気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像
娯楽都市マッカラン カジノ
娯楽施設で闘技場と並ぶ最大の魅力はカジノだ。
施設は全体で三つの建物から構成されている。一つは闘技場、一つは演劇や九柱戯など様々な娯楽を楽しめる複合的な社交場、そしてもう一つがカジノだ。
特にカジノは貴族の道楽として人気を集めている。
魔族に対する防衛を第一としていたマッカランは元来、カジノに限らず賭博全般が規制された厳格な都市だった。賭博に溺れる者は大抵、結果や資金の貸し借りで再三トラブルを起こし、その身を滅ぼす。結果、町の治安自体も悪化の一途を辿ってしまう。
だが実際には、外から訪れた行商人などから教わった町民が、酒場の中二階や地下など目につきにくい場所で興じていた。普段の窮屈極まりない生活の鬱憤を晴らすのに、違法賭博の背徳感は良薬だったのだ。
最終的には町の過疎化を食い止める為、町は要塞都市と真逆の方向へ舵を切ることになるのだが、結果生まれたものの一つがカジノだ。
その内装は貴族連中が資金を融通したこともあって桁外れに豪奢であり、世界最大の都市国家・アインシュヴァルツの王宮に匹敵するのではとも囁かれている。
だが、華やかな表舞台の裏には黒い噂も絶えない。カジノ建設費用の工面が専ら貴族たち自身の働きに依ったからだ。
そして、その大半は事実として今も根深く蔓延っている。
当初の多大な貸しによって、カジノは後世長きに亘って、癒着という形で貴族に縛られてしまっていたのだ―――。
そんな背景も自分の死亡が予告されたことも知らない男―――ユーイチは、カジノで自らの運の浮き沈みに激しく一喜一憂していた。
「……くそっ、スロットなんて目押しでどうとでもなると思ったけど、やっぱり色々と細工してるな。押してから止まるまでのラグがさっきより0.2秒くらい広がってるぞ」
今はスロットの台を睨みつけて苛々している。
実際には、揃う役はレバーを引いた段階で決まっているので目押し云々は一切関係ないのだが、勿論そんな仕組みを彼が知る筈もない。
一〇数分前まで青年は甚く上機嫌だった。勝ち負けを繰り返してはいたが、プラスの方が大きかった為、メダルは徐々に増えていたのだ。
だが、数分前辺りから外れが続き出し、負け戦の様相を呈し始めた。
結果、午前の勝負は、ほぼプラマイゼロだ。
ユーイチは不機嫌に鼻を鳴らす。
「―――まあいい。午前の運はこんなもんだろう。どうせまだまだ元手はあるんだから気長にやるとするさ」
不運への言い訳か、あるいは譲れない自負を保つためか、ユーイチは強気な独り言を口にすると、そそくさとスロットを離れてフロアを後にした。
―――そんな彼の様子を、別のスロット台から眺める二人の人影があった。
「……あいつで間違いないのよね?」
そのうちの一人―――緑色の長い髪が印象的なサングラスの女は、不気味な笑顔でユーイチを睨みつけていた。裂けるように歪んだ口元からは、いまにも呪詛や怒号の数々が溢れ出してきそうだ。
「そ、そうですね、お姉様から教えてもらった人相によれば……」
隣の付き人らしき女が、やや怯えて身を引きながら答える。
二人とも人間とは思えないほど妖艶な美貌を誇っていた。スロットやカードより彼女たちに目を奪われている客も多い。
実際二人は人間ではないのだが、それには誰も気づいていない。
「ふぅん……私を無視してこんなカジノで豪遊とはいい度胸じゃないの……!」
怒りに嗤いを震わせる女―――魔女リリス。
隣の付き人―――リーフィアと共にカジノを訪れた彼女は、暫くスロットやカードに興じていたが、途中で目の前の男を見つけた。
それが部下に連行を命じた青年だと気づいて、リリスの表情は豹変した。
彼が自身の討伐という目的を放棄してカジノで豪遊している光景を目の当たりにして激怒したのだ。
自分がカジノよりも下に見られたという受け入れ難い事実に……。
カジノに飽きたのか、青年はメダルを受付に預けるとそのままフロアを後にした。
そこで漸くスロットの陰から出るリリスとリーフィア。
「でも、向こうからのこのこ現れてくれるとは好都合だわ。ノエルに任せっぱなしだと不安だから、いっそここでおっ始めてやろうかしら」
「ダメですよ。カジノが壊れて大騒ぎになっちゃいます」
徒に悪気の逸るリリスをリーフィアが窘める。だが、リリスが本気でないことは彼女も確信していた。
「冗談に決まってるでしょ。私が今まで人間に手を出したの見たことある?」
リーフィアがリリスに生み出されてから一〇数年、彼女が理不尽に人間を傷つける所は一度も見たことがない。
彼女が人間に敵対した光景を思い返せば、そこには魔族の側から見た必然があった。
ある時は、密猟目的で人間に襲われている魔獣を救う為に。
ある時は、奴隷やサーカスの見せ物としての売買目的で小悪魔を攫おうとする人間から同族を守る為に。
またある時は、新たに考案された魔術の効果実証の実験体として追い回される仲間を逃がす為に。
人間と違い魔獣や悪魔など「魔族」と呼ばれる存在の分類は多岐に亘る。野生の獣が魔性を帯びた《魔獣》もしくは《魔物》。人間が魔性を帯びた《悪魔》や《小悪魔》さらには《妖魔》など様々だ。
魔族の歴史の根源は定かではない。一説には獣と人間の交配した成れの果てだとも、魔術によって人為的に改変された存在だとも言われている。
そんな魔族に唯一共通するのは、外見的に歪な特徴があることだ。
その為、世界の大半が人間である以上、突然変異種にも等しい彼らは常に奇異な存在として映る。
その犠牲者の一人が――――――。
「お姉様のときも、そうでしたね」
その名前を出した途端、リリスの表情が怪訝に曇った。
「わっざわざあいつのこと持ち出さなくていいわよ」
大仰に顔を顰めるリリスだが、その態度が照れ隠しであることをリーフィアは知っている。本音を真逆の態度で隠す性分は昔から変わっていない。
ノエル。ノーティスで拾った混血の遺児。
時に厳しく時に適当にあしらっているのも、真面目一辺倒で融通の利かないノエルの不器用を気にかけているからこそだ。もっとも、鈍感なノエルが彼女の気遣いに気づくはずもなく、いつも小馬鹿にされていると感じて怒り出すのだが。
その様子が鮮明に思い出されて、リーフィアは思わず笑ってしまった。
「ちょっと、なに笑ってんのよ」
「いえ、何でもないです」
納得できないのか、リリスは不満気に両目を細める。
「……まあいいわ。―――でも、このまま逃がすのも癪よね」
「癪?」
「あの男よ。さすがに私の討伐そっちのけでカジノに入り浸ってるとこ目撃して、黙って引き下がるわけにいかないでしょうが。一泡くらい吹かせないと気が済まないわ。何か良い手はないかしらね……」
顎に手を当てて思案に耽るリリス。リーフィアは口を挟まずに主の様子を見守る。
「―――♪」
すぐに何か閃いたのか、リリスが両目を大きく見開く。
「そっか。丁度良いもん、あるじゃない」
「? 丁度良いもの?」
尋ねたリーフィアに向かって、リリスは含み笑いを浮かべた。悪巧みを巡らしている風にも見えて、リーフィアの背中を嫌な予感が奔る。
「そうよ、公然と相手をぶっ飛ばしても文句一つ言われない最高の場所」
そして、リリスの告げた場所は、リーフィアの予想と見事に一致した。
「―――闘技場ってもんがね」
娯楽施設で闘技場と並ぶ最大の魅力はカジノだ。
施設は全体で三つの建物から構成されている。一つは闘技場、一つは演劇や九柱戯など様々な娯楽を楽しめる複合的な社交場、そしてもう一つがカジノだ。
特にカジノは貴族の道楽として人気を集めている。
魔族に対する防衛を第一としていたマッカランは元来、カジノに限らず賭博全般が規制された厳格な都市だった。賭博に溺れる者は大抵、結果や資金の貸し借りで再三トラブルを起こし、その身を滅ぼす。結果、町の治安自体も悪化の一途を辿ってしまう。
だが実際には、外から訪れた行商人などから教わった町民が、酒場の中二階や地下など目につきにくい場所で興じていた。普段の窮屈極まりない生活の鬱憤を晴らすのに、違法賭博の背徳感は良薬だったのだ。
最終的には町の過疎化を食い止める為、町は要塞都市と真逆の方向へ舵を切ることになるのだが、結果生まれたものの一つがカジノだ。
その内装は貴族連中が資金を融通したこともあって桁外れに豪奢であり、世界最大の都市国家・アインシュヴァルツの王宮に匹敵するのではとも囁かれている。
だが、華やかな表舞台の裏には黒い噂も絶えない。カジノ建設費用の工面が専ら貴族たち自身の働きに依ったからだ。
そして、その大半は事実として今も根深く蔓延っている。
当初の多大な貸しによって、カジノは後世長きに亘って、癒着という形で貴族に縛られてしまっていたのだ―――。
そんな背景も自分の死亡が予告されたことも知らない男―――ユーイチは、カジノで自らの運の浮き沈みに激しく一喜一憂していた。
「……くそっ、スロットなんて目押しでどうとでもなると思ったけど、やっぱり色々と細工してるな。押してから止まるまでのラグがさっきより0.2秒くらい広がってるぞ」
今はスロットの台を睨みつけて苛々している。
実際には、揃う役はレバーを引いた段階で決まっているので目押し云々は一切関係ないのだが、勿論そんな仕組みを彼が知る筈もない。
一〇数分前まで青年は甚く上機嫌だった。勝ち負けを繰り返してはいたが、プラスの方が大きかった為、メダルは徐々に増えていたのだ。
だが、数分前辺りから外れが続き出し、負け戦の様相を呈し始めた。
結果、午前の勝負は、ほぼプラマイゼロだ。
ユーイチは不機嫌に鼻を鳴らす。
「―――まあいい。午前の運はこんなもんだろう。どうせまだまだ元手はあるんだから気長にやるとするさ」
不運への言い訳か、あるいは譲れない自負を保つためか、ユーイチは強気な独り言を口にすると、そそくさとスロットを離れてフロアを後にした。
―――そんな彼の様子を、別のスロット台から眺める二人の人影があった。
「……あいつで間違いないのよね?」
そのうちの一人―――緑色の長い髪が印象的なサングラスの女は、不気味な笑顔でユーイチを睨みつけていた。裂けるように歪んだ口元からは、いまにも呪詛や怒号の数々が溢れ出してきそうだ。
「そ、そうですね、お姉様から教えてもらった人相によれば……」
隣の付き人らしき女が、やや怯えて身を引きながら答える。
二人とも人間とは思えないほど妖艶な美貌を誇っていた。スロットやカードより彼女たちに目を奪われている客も多い。
実際二人は人間ではないのだが、それには誰も気づいていない。
「ふぅん……私を無視してこんなカジノで豪遊とはいい度胸じゃないの……!」
怒りに嗤いを震わせる女―――魔女リリス。
隣の付き人―――リーフィアと共にカジノを訪れた彼女は、暫くスロットやカードに興じていたが、途中で目の前の男を見つけた。
それが部下に連行を命じた青年だと気づいて、リリスの表情は豹変した。
彼が自身の討伐という目的を放棄してカジノで豪遊している光景を目の当たりにして激怒したのだ。
自分がカジノよりも下に見られたという受け入れ難い事実に……。
カジノに飽きたのか、青年はメダルを受付に預けるとそのままフロアを後にした。
そこで漸くスロットの陰から出るリリスとリーフィア。
「でも、向こうからのこのこ現れてくれるとは好都合だわ。ノエルに任せっぱなしだと不安だから、いっそここでおっ始めてやろうかしら」
「ダメですよ。カジノが壊れて大騒ぎになっちゃいます」
徒に悪気の逸るリリスをリーフィアが窘める。だが、リリスが本気でないことは彼女も確信していた。
「冗談に決まってるでしょ。私が今まで人間に手を出したの見たことある?」
リーフィアがリリスに生み出されてから一〇数年、彼女が理不尽に人間を傷つける所は一度も見たことがない。
彼女が人間に敵対した光景を思い返せば、そこには魔族の側から見た必然があった。
ある時は、密猟目的で人間に襲われている魔獣を救う為に。
ある時は、奴隷やサーカスの見せ物としての売買目的で小悪魔を攫おうとする人間から同族を守る為に。
またある時は、新たに考案された魔術の効果実証の実験体として追い回される仲間を逃がす為に。
人間と違い魔獣や悪魔など「魔族」と呼ばれる存在の分類は多岐に亘る。野生の獣が魔性を帯びた《魔獣》もしくは《魔物》。人間が魔性を帯びた《悪魔》や《小悪魔》さらには《妖魔》など様々だ。
魔族の歴史の根源は定かではない。一説には獣と人間の交配した成れの果てだとも、魔術によって人為的に改変された存在だとも言われている。
そんな魔族に唯一共通するのは、外見的に歪な特徴があることだ。
その為、世界の大半が人間である以上、突然変異種にも等しい彼らは常に奇異な存在として映る。
その犠牲者の一人が――――――。
「お姉様のときも、そうでしたね」
その名前を出した途端、リリスの表情が怪訝に曇った。
「わっざわざあいつのこと持ち出さなくていいわよ」
大仰に顔を顰めるリリスだが、その態度が照れ隠しであることをリーフィアは知っている。本音を真逆の態度で隠す性分は昔から変わっていない。
ノエル。ノーティスで拾った混血の遺児。
時に厳しく時に適当にあしらっているのも、真面目一辺倒で融通の利かないノエルの不器用を気にかけているからこそだ。もっとも、鈍感なノエルが彼女の気遣いに気づくはずもなく、いつも小馬鹿にされていると感じて怒り出すのだが。
その様子が鮮明に思い出されて、リーフィアは思わず笑ってしまった。
「ちょっと、なに笑ってんのよ」
「いえ、何でもないです」
納得できないのか、リリスは不満気に両目を細める。
「……まあいいわ。―――でも、このまま逃がすのも癪よね」
「癪?」
「あの男よ。さすがに私の討伐そっちのけでカジノに入り浸ってるとこ目撃して、黙って引き下がるわけにいかないでしょうが。一泡くらい吹かせないと気が済まないわ。何か良い手はないかしらね……」
顎に手を当てて思案に耽るリリス。リーフィアは口を挟まずに主の様子を見守る。
「―――♪」
すぐに何か閃いたのか、リリスが両目を大きく見開く。
「そっか。丁度良いもん、あるじゃない」
「? 丁度良いもの?」
尋ねたリーフィアに向かって、リリスは含み笑いを浮かべた。悪巧みを巡らしている風にも見えて、リーフィアの背中を嫌な予感が奔る。
「そうよ、公然と相手をぶっ飛ばしても文句一つ言われない最高の場所」
そして、リリスの告げた場所は、リーフィアの予想と見事に一致した。
「―――闘技場ってもんがね」