気紛れたラスボスを振り回す気紛れた群像

 フレイアが煙突で必死に悪戦苦闘している頃、宿屋から小さな袋を持って出てきた一人の少女―――。

「はぁ……、結局見つからなかったなぁ……」

 預けていた荷物を取りに戻ったロゼッタは、討伐隊を離れたことで寝床を失ったばかりだった。離脱後に魔導書を探し回って歩きづめだったこともあり、できればどこかでゆっくり休みたかったのだが、そこまでの金銭的な余裕はない。
 それに時間が経てば経つほど、魔導書を買った行商人は遠退いてしまう。
 その為、可能なら早めに次の町へ向かいたかった。
 ロゼッタは、とある施設を目指して更け始めた夜道を歩く。
 テミルナの近くには、西に商業都市国家キャンベル、東に魔導の都スフィーナがある。
 だが、前者は聖大陸の交易都市の為、向かうには定期の船便が必要だ。しかし、夜の航行を避けるため、定期便は始発が五時と早いかわりに最終も一四時と早い。その最終が出てから既に四時間が経っている。大陸間移動はテミルナとキャンベル間でしか行えないため、それ以外に聖大陸へ到達する手段はない。
 後者は歩きでも日が変わる前に辿り着けるが、魔導の都の名に恥じず、魔導研究に関する施設以外は一切が存在しない。都とは言うものの、正確には研究に没頭したい魔導士たちだけが集う世捨て人の集落だ。その為、一般的な行商には向かない。
 よって最終的な候補地は、魔大陸南東に茫漠と広がるインバール砂漠の集落か、北東にある大陸最大の娯楽都市マッカランとなる。
 前者は砂漠の奥深くの為、行商に適しているのは後者だ。
 その為、すぐさまマッカランへ向かいたかったのだが……、生憎と徒歩で今日中に届くような距離ではない。

「……あった、ここだ」

 そこでロゼッタは、この時間からでも外へ出る人がいないか探しに、町の商業ギルドへやって来た。
 ギルドでは商圏内での経済統制以外に、キャラバンなどに同行を希望する旅行者の手配なども行っている。聖大陸は勿論、魔大陸もまだ交通網が満足に整備されていない為、都市間移動に旅慣れした商人の知恵は欠かせない。旅行記や世界地図も世に数多く出てはいるが、その真偽を同定することができない為、あまり信頼を集めなかった。
 代わりに最も信頼された道案内が、各都市の商業ギルドに登録している行商人グループやキャラバンだ。
 ロゼッタは早速、ギルドの窓口に向かい事情を説明する。係を務める初老の男性は嫌な顔一つせず、帳簿のようなリストを開いて手際よく確認作業を進めてくれた。
 だが――――――。

「うーん……今日これから出る人は、いるにはいるねぇ……」

 返ってきた答えは、どうしてか些か歯切れが悪い。だが、ロゼッタにはそこまで気を回す余裕はなかった。

「いるんですか!? どこですか!? どなたですか!?」
「ああ、うん、慌てないで慌てないで」
「あっ、すっ、すみません……」

 思わず取り乱した恥ずかしさから、顔を真っ赤にして縮こまるロゼッタ。

「これからマッカランに向かうって言う人が一人、いるにはいるんだけど……正直あまりオススメできないって言うか……」
「………どういうことですか? ギルドに登録してる方ですから、素性とかはハッキリしてるんですよね?」
「うん。その辺りの基本的な情報は全く問題ないんだけど……まあ、その……ちょっと気難しい人って言えばいいのかな……。実はうち、登録してる人たちの評価みたいなものをお客さんから集めててね。ほら、不満とかそのまま放置してたら大変だろ? 前にマッカランのギルドで誘拐騒動とかもあったらしいからね」

 親切心からか男性は更に話を続ける。

「んで、もちろん彼女の評価も聴いてはいるんだけど、終始無言だったとか無愛想だったとかばっかりで、次も彼女に頼ろうって人がほとんどいないんだよ。そういう人、ウチに登録してる中では彼女だけでね。……まあ言わば、お客さんからの評価が一番低いってわけなんだ」
「彼女……その人、女の方なんですか?」
「ああ、そうだよ。まあ、悪い人じゃないんだよね。特に先を急ぐ人なんかは彼女を頼ることが多いんだ。急ぎの手紙とか、身内の危篤とかね。うちでは一番の早馬だから。意外と荒事にも慣れてるらしくてね…………っと、噂をすればだね」

 男性は話を切って、ロゼッタの背後に視線を移した。ロゼッタも釣られるようにそちらを振り返る。
 開け放たれたギルドの扉から、一人の細身の人物が入ってきた。
 だがロゼッタは、その人物が男性の話していた女性だと全く思わなかった。
 彼女の目には、その人物が紛れもなく男性として映っていたのだ。
 討伐隊に同行していたシャロンも女性にしては髪が短い方だったが、目の前の女性は更に短く刈り上げており、髪が目にも耳にもかからない。ほぼ坊主と言っても過言ではないほどの短髪だ。その服装は赤い上着に黒いパンツという格好で、以前にアインシュヴァルツで見かけた騎兵連隊の制服に似ていた。
 その外見は誰もが一見した限りでは男装と見紛うだろう。細身だからこそ目立つ程度の胸の膨らみから、幸い女性であることは理解できた。
 女性は別の窓口の人と少し話していたが、すぐに用件は終わったらしく、そのまま建物を立ち去ろうとしていた。その間、終始無表情だ。

「ご覧の通りちょっと無愛想でね……、――――――って、あれ?」

 窓口係の男性が口を開いた時には、既に目の前からロゼッタの姿はなくなっていた。
 彼女はその女性に向かって、一直線に走り出していたのだ。
 ギルドから出ようとした女性に、ロゼッタは勇気を出して話しかける。

「あ、あの…………」
「……?」

 彼女は脚を止めてはくれたが、一切返事はなく表情も崩れない。
 それだけでも、ロゼッタは先程の男性の話を肌で理解した。確かに彼女は酷く近寄り難い雰囲気を纏っている。
 だが、無言無表情以上にロゼッタを萎縮させたのは、女性の身の丈と装具だった。
 近寄ってみると彼女はかなり長身で、小柄なロゼッタとは優に頭一つ分の差があった。その為、無愛想な表情で見下ろされると予想以上に圧迫感がある。
 また、女性らしく見事に括れた腰にはベルトが巻いてあり、その背中側で十字を成すように二本の短剣が鞘に収められていた。その刀身は「へ」の字を描くように内側へ緩く湾曲しており、まるで人の首を刈ることを目指したような禍々しい形状だ。
 そんな身形の女性が放つ威圧感は尋常ではない。
 だが、ロゼッタは懸命に本題を切り出す。

「いまから、マッカランに向かうんですよね?」
「…………」
「じ、実は一緒に連れて行ってもらえる人を探してるんですけど……」
「…………」
「あ、あの! お金は大丈夫です! ありますあります!」
「…………」

 完全に一方通行が続く。だが、もし本当に鬱陶しいなら無視して行くだろうと思い、ロゼッタは希望があると信じてひたすら頼みこんだ。

「……ダ、ダメですか?」

 そんな無邪気な熱意の賜物か、女性は静かに口を開いた。

「……あなたみたいな子供がこんな時間に外に出るのは勧められない。魔大陸で夜間に町を離れるのは自殺するようなものよ。危険すぎる」

 女性の切り返しにロゼッタは「うっ……」と黙りこんでしまった。
 魔導書があれば足手まといになる不安などないのだが、今はその魔導書を探しにマッカランへ行く人を捜しているのだ。

「……分かったら明日にしなさい。それと、ちゃんとした隊商を選ぶこと。間違ってもこんな夜更けに一人で先を急ぐような無謀に付き合うのは止めなさい」

 的確な助言を残して、女性はそのままギルドを後にした。
 だが、それでも諦め切れないロゼッタは、すぐさま彼女の後を追う。

「あ、あの、待って下さい……!」
「……まだ何か?」
「今日じゃなきゃダメなんです、今日どうしても行かないと……」
「……?」

 眉を顰める女性にロゼッタは事情を説明した。彼女はやはり終始無言だったが、しかしその表情は深い共感を匂わせる程に真剣そのものだった。

「……下衆にもほどがあるわね、その男」

 やがてロゼッタの話を聴き終えた彼女は辛辣に毒づいた。

「だから……少しでも早くマッカランに行きたいんです……」

 ようやく説明し終えてもじもじしているロゼッタに対して、女性は彼女の同行を決め倦ねているのか深く考えこんでいる。
 だが、意外とすぐに決断は下された。

「……まあ、いいわ。そういうことなら……」
「―――ホントですか!?」
「そこまで事情を聴いたら、流石に断りにくいわね」
「ありがとうございます!」

 女性の了承を聴いたロゼッタの表情から不安が一気に晴れた。
 だが、女性の方はロゼッタの話に思う所でもあったのか、それまでの凛々しい雰囲気を掻き消す程の沈鬱な表情を浮かべている。

「それに……気持ちも分かるしね……」
「……? 何か言いました?」

 女性の呟きは小さすぎて、ロゼッタには聴き取れなかった。

「……何でもないわ。それよりあなた、準備は終わってる?」
「えっ? あっ、はい。もういつでも大丈夫です!」

 宣誓するように右手を上げて満面の笑顔で答えるロゼッタ。言ってから如何にも現金な自分の性格が少し恥ずかしくなり、顔が自然と火照ってきた。
 その様子を見ていた女性が、初めてロゼッタに笑顔を見せた。
 ほんの少しだけ口元が緩んだ程度だったが、それでもロゼッタには何となく彼女との距離を縮められたようで嬉しかった。

「そう。それじゃあ行きましょう。えっと―――ロゼッタ、だったわよね」
「はい!」
「私はジャンヌ。とりあえず明日までよろしくね」
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