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mha / 短 編



Hero-Stay_Home



ヒーロー協会から活動を自粛するよう
要請を受けて数日が経った。
SNSや動画投稿ツールでは「HeroStayHome 活動」という
広報活動が広がり様々なプロヒーローたちが
家での過ごし方などを配信している。
それは当然同じくプロヒーローである
彼の耳にも届いていたようで数日間悩んだ末
家でできるトレーニングを撮ると話していた。
需要があるとかないとかは関係ない、やりたい人間がやればいい。
そう言いながらも撮影場所だったり説明だったり
しっかり準備を進めるのは彼の性格ゆえなのかもしれない。
ヒーロー活動が自粛される中で広まった活動にも
しっかり向き合うその姿勢に感化されるように
何か手伝えることはないかと声を掛ければ
手渡されたのはハンディカメラ一台。
久しぶりに手に持ったその機械を見てふと一つ案が浮かぶ。

「その企画、私に任せてくれないかな
普段通りに過ごせるし、需要もある動画が撮れると思うから」

もちろん彼のトレーニング動画に需要がないというわけではない。
ただそれ以上にもっと需要のある
私にしか撮れない動画が思い浮かんだ。
いつも彼の提案を二つ返事引き受ける私だが
今回ばかりはとても自信があった。
なにせ私にしか撮れないヒーロー爆心地の動画なのだから。
だからお願い、と両手を合わせると彼は少しだけ怪訝な顔をしたが
カメラを私のは自分だからお前に任せる、と言ってくれた。
そうと決まれば早速明日の朝から撮影を始めなければ。





時刻は5時になる少し前。
彼から手渡されたハンディカメラの電源を入れて
しっかり映ることを確認したら片手に持って準備は完了。
しばらく彼の寝息だけがひたすら続き
ヘッドボードに置かれていた置時計の針が動いたと同時
無機質なアラーム音が寝室に響いた。
ピピピ、と何度か繰り返したあと
彼の手によってその音は止められる。
おはよう、と声を掛けると掠れた声で返事をしてくれた。
寝返りを打ったことでカメラを回していると知ったのか
小さな舌打ちの音。

「朝っぱらから撮るんかよ、」

「爆心地のお家での過ごし方を撮ろうと思って
普段通りに生活するだけだから苦にはならないでしょ」

くあ、と小さく欠伸をしながらベッドを出た彼は
私の言葉に何を言うでもなく
後ろ手でひらひらと手を振り寝室を出て行ってしまった。
とりあえず朝一番のヒーロー爆心地はあの通り。
エンジン掛かりかけと言ったところか
辛辣な言葉を放つことは少ない。
普段の彼とは違った面には
かなり需要があると思うのだがどうだろう。
正直なことを言うと独り占めしていたいという欲が勝るが
これも活動の一環なのだからと腹を決め
一度カメラの電源を落とした。





あれから朝食を作って二人一緒に食べたあと
天気がいいからとたくさん洗濯をした。
この時期の日差しは厚手のものも乾きやすいからと
冬場に使った毛布などもまとめて洗ってしまった。
いつもの倍は洗濯機を回したと思う。
気が付けば時刻は11時を過ぎ、彼はパソコンに向かっていた。
事務所から送られてきたメールや報告書に目を通したり
テレビ通話で今後のことなどを話し合っていたらしい。

その間に私はキッチンへと向かい
お昼の準備とおやつの準備を進める。
私が作るところはさておきだ。
本題はおやつに何を作るか、なのだが。
生憎買い物の頻度を減らした今
ここにあるのはホットケーキミックスだけで
冷蔵庫の中にもホットケーキを作りなさいと
言わんばかりに材料が揃っていた。
仕事に一段落ついたのか彼が戻ってきたところでお昼にする。
冷凍のチキンライスを温めて、卵で包んだ簡単なオムライス。
ケチャップで何か書くようなベタなことはしないけど
やっぱり何か感想が欲しいと思ってしまうのが
女心なのかもしれない。

「綺麗に焼けたと思わない?」

「まあ、いつもよりは上出来だな」

相変わらず厳しいなあ、なんて苦笑いを零すと
「次作るなら呼べ、教えてやる」と嬉しいお誘いをもらえた。
ひねくれたことを言って直接的に褒めてくれることは少ないけれど
二言目にはこうして彼なりの優しさを見せてくれる。
次は絶対上手にと思う一方、二人でできる楽しみがあるおかげで
苦手なことでも頑張ろうと思えるから本当に不思議だ。

それから他愛もない話をしていると
気がつけばオムライスは綺麗になくなっていて
お皿を洗うために彼の分も持つと
「美味かった」と一言だけくれた。
その言葉に胸の内には一気に嬉しさが込み上げてきて
良かった、と零したその声にも
隠しきれない嬉しさが乗っていた。
分かりやすい奴だと笑われたが本当に嬉しいのだから仕方がない。
勝己くんだってたまにわかりやすい所があるんだよ、
なんてからかい返すと彼は怖いくらいの笑顔を張りつけて
トレーニングに付き合え、と極めつけの言葉を私にかけた。

「私はあくまで撮る側だから、…ね?」

「別に全部撮るわけじゃねえんだろ
 ならお前だってやる余裕はあるよなぁ?」

「さ、さっき撮った分の編集が……」

苦しい言い訳だった。
我ながら酷いと分かるその言い訳はいとも簡単にねじ伏せられ
電源の落とされたハンディカメラをテーブルの上に放置して
半ば強制的に彼のトレーニングに付き合うことになった。
日々体を鍛えている彼からすればなんてことない動きでも
私からすれば全身が軋むほどに辛いもので
半泣きになりながら1時間以上は付き合った。
明日には寿命分の筋肉疲労が私を襲うに違いない。




まったりとした時間を過ごしていると
時刻は22時をまわり、同時にテレビが消され
彼は寝室へと向かっていった。
その後を追いかけるようにカメラを持ってついていく。
ベッドに横になった彼の隣に滑り込んで再びカメラを構えると
レンズ越しにじいっとこちらを見つめる彼と目が合った。
目から伝わるのは「まだ撮るのか」という呆れに似た雰囲気。

「爆心地さん、おやすみは? 」

「ンなこと言わなくたって寝れんだろうが」

ぴしゃりと言われてしまえば言い返す事もできない。
カメラを向ける私と掛布を引っ張って背を向けた彼
二人の間にはなんとも形容しがたい空気が漂っていた。
何度か名前を呼んでみても反応はもらえず
どうしたものかと頭を捻り悩んでいると
何か言いたげにちらりと此方に目を向けてくれた彼。
レンズはしっかりと向けたまま覗き口から目を離して
私自身の目でしっかりと見つめると
満足したようにぽつり言葉を零した。

「そもそも、いつもならお前から言ってくるだろ」

「いつもならそうなんだけどさ、
今日はほら、カメラが回ってるから特別に…」

「日常を撮りてえって言ったのは誰だよ
俺から言ったらそれこそ日常じゃなくなんじゃねえの」

それは最もな意見だった。
ごもっともです、とぐうの音も出ない私に
どこか子供っぽい勝ち誇ったような表情を見せたあと
大きな手が迫ってきた。
それはレンズを覆い隠すようにカメラを掴み
私の手から奪い取るとベッドの上へと放られてしまう。

「はよ寝ろ。
 そんでまたいつもみてえにその気ぃ抜けたツラ見せろや」

カメラを挟んでお前を見るのは飽きた、と呟いた
彼の目の奥にはほんのり寂しさが滲んでいた。
十何時間ぶりにカメラという存在を気にせず見つめ合う。
おかしなほどにどきどきと胸が高鳴る私をよそに
随分な余裕を見せた彼はおもむろに手を伸ばし
私の額にかかる前髪を流して優しく口づけた。
唇が離れていったあとしばらく残る体温を感じていると
目の前にいる彼は口端をにいっとあげ笑っていた。

「お前にだけの特別だ、これで満足だろ?」



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