kmt / 贈 物
君との未来以外いらない
もし、この世に鬼という忌まわしきものが
存在していなければ。
対鬼のために集められた隊士すら存在せず、
知り合うこともなければ
共に戦った仲間の死という苦しい思いも
知ることなく過ごせていただろうか。
「絶対生きて帰るって約束はできねえ、けど…
お前がもう二度と怯えずに過ごせるようにするから。
俺が帰ってこなかったら俺のことは忘れて
誰かと幸せになってくれ。」
そう言葉を残したことも懐かしい。
別れ際に約束だと小指を絡めた
あの温かさを確かめるようにそっと指先を撫でた。
早く会いたい、この腕であの華奢な体を抱きしめたい
そう逸る気持ちを抑え
見慣れた屋敷の扉をゆっくりと開ける。
この場所をあとにした時と
何ら変わらない手入れの行き届いた庭。
花壇には眩しいくらいに咲き誇る花
あの頃よりも種類が増えている。
花が好きだと語る彼女の笑顔が
どんな花よりも綺麗だと何度思ったことか。
恥ずかしくて伝えることのできなかったこの気持ちを
言葉にしたら彼女はどんな顔を見せるんだろう。
ああ、また楽しみが増えてしまう
玄関には小ぶりな靴がなかった。
外に出かけているのか。
元来た道を戻り恋しい姿を探していると
ばさりと布が風を切る音が聞こえてきた。
音のするほうへ向かうと
そこにいたのは短くなった髪の毛先を風に揺らし
真っ白に洗われた衣服を干す彼女の姿。
目に捉えた途端足は勝手に動き出し
驚いて声をあげようとした彼女のことを
気にもとめず強く抱きしめていた。
俺の腕の中で肩を震わせながら何度も俺の名前を呼び
おかえりと迎えてくれる彼女の健気で
愛らしい姿に胸が締め付けられる。
「ただいま」
目に映る彼女がぼやけていたことで
自分が泣いていると知る。
会って早々情けねえなあなんて思っていると
彼女の柔らかい手が頬に伝う涙を拭ってくれた。
僅かに触れた手のひらの体温。
そこでやっと生きて帰ってこれたんだと実感した。
「髪、切ったんだな…似合ってる」
そう言うと彼女は短く切り揃えられた毛先を
照れくさそうにくるくると弄る。
自然な上目遣いに思わず胸が高鳴り
抱きしめたい、とそう思った時には
既に彼女を腕の中に閉じ込めていた。
小さな体が壊れないように優しく抱きしめる。
肌を通して伝わる心音はとくんとくんと
心なしか速いように聞こえた。
俺の腕の中にすっぽりと収まる華奢な体も
指通りのいいさらさらとした綺麗な髪も
大きな瞳も、小さく可愛い唇も
彼女の全てが愛おしくてたまらない。
頬を染め嬉しそうに微笑むその顔を
俺一人だけに見せていてほしいと
欲張りな感情までも顔を覗かせる。
いつまでも黙ったままでいる俺を心配してくれたのか
彼女は見上げるようにして顔色を伺い
耳障りのいい声で名前を呼んだ。
その声に返事をすると同時
抑えきれなかった気持ちが溢れる。
「あのさ……他の誰かと幸せになってくれ、
…なんてかっこつけたけど
やっぱりお前のことは俺が幸せにしたいんだ」
他の誰かじゃなくて俺が。
そう伝え、彼女の反応を待ってみたが
返ってくる言葉はない。
恐る恐る目線を僅かに下へと向けると
そこには方を小さく震わせる彼女がいた。
顔全体を手で覆い隠しながら
何度も首を縦に振るその仕草は
受け入れてくれたと取るには十分だった。
そっと、抱きしめていた体を離し
手を握り、目線を合わせる。
形に残る何かはないけど
気持ちは絶対変わらないから。
「俺と幸せになってくれますか」
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