kmt / 短 編
年齢差を飛び越えて
後頭部に当たる枕とは違う感触に違和感を覚え
深い場所にいた意識が覚醒していく
目を開け一番に映ったのは見知らぬ天井
ここが何処なのか、どうしてここにいるのか
しばらく考えてみたが思い出せなかった
「……ようやくお目覚めかィ」
すぐ傍から聞こえた低く落ち着いた声
ギギギ、と首を軋ませながら
声がしたほうを見やる
そこにいたのはまたもや見知らぬ男
その人はどうしてか私に優しい目を向けていた
伸びてきた手は髪ごと頭を撫でる
まるで花でも愛でているような瞳と手つき
頭に次々と浮かぶ疑問に答える余裕もなく
状況が呑み込めていない私はされるがまま
男の顔をただじっと見つめることしかできない
「何も覚えてねぇって顔だなァ、」
「……順を追って説明してもらっても…?」
掛布に隠れた私の体はしっかりと服を着ていて
一夜の過ちを犯したような跡はない
なにかアクシデントがあって
この男と同部屋に泊まることになってしまった
きっとそうに違いない
乱れたところのない衣服が何よりもの証拠だ
それから改めてベッドの上に正座して
男の話に耳を傾けた
ヘッドボードに身を預けたままの男は
無言で私の体へと手を伸ばしてくる
どうしてか払いのけることもできなかった
何をされるのか分からない恐怖から固く目を瞑る
しかし男の手は首元に触れると肩を、鎖骨を撫でた
するすると降りていくと胸の膨らみを手に収め
口元をゆるりと歪ませ、話し始めた
「…ここ、まだ赤くなってるだろ
……そうだなァ、あとはここも残ってるか…」
赤くなっている、とはどういうことなのか
いい歳の私は説明されなくとも分かってしまう
男は目を細めうっとりとしながら
その箇所ひとつひとつを指先で撫でた
触れられるほどに間違いを犯したという
罪悪感にも似た気持ちでいっぱいになる
「一夜の過ちだった」と
「もうこの話は終わりにしよう」と
触れていた手を掴み、止める
私の行動と言葉に驚いたのか男は目を見開いていた
僅かだが空気が凍りつき
次の瞬間にはベッドへと組み敷かれていた
「終わりにしたいなら今この状況から逃げてみろ」
ぐっと近づいた顔
私を見下ろす瞳が揺れる
戸惑いが見えるのに手首を押さえつける力は緩まない
だんだんと本当に怖くなってきた
視界がぼやけて見えるのは溢れ出した涙のせい
それは目を瞑った拍子に頬を伝った
途端に男の様子が変わり
覆いかぶさっていた体が離れ
押さえつけられていた腕も自由になった
「……悪い、怖がらせるつもりはなかった
高校生でも、女のあんたより力だってある
ただ、そう言いたかっただけだ」
男は自分を高校生だと言う
しかしどうしてだろうか、私は驚くことができなかった
驚きよりも今までの恐怖と
寂しげな瞳が頭から離れないからなのか
本当のことは私にも分からない
自由になったいま逃げることも容易い
それでも私は男の傍を離れる気にもなれず
壊れ物に触れるようにそっと彼の背へと手を伸ばした
指先が微かに触れた時、男が口を開く
「あんたの気が向いたらでいい
またこうして俺と会ってくれ」
そう言う男の背中は酷く小さく見えて
気がついた時にはもたれ掛かるように身を預けていた
とくんとくんと伝わる心音も悲しい音に聞こえる
「まだ、君を好きかどうか、わからないけど…
それでもいいっていうなら…会おう…?」
「…一ヶ月だ」
私の言葉にふっと笑うと
唐突に何かの期限を指定してきた
それが何を示すのかわからず聞き返すと
男は先程までの寂しげな表情とは打って変わって
自信たっぷりに宣言した
「あんたを落としてやるからよォ、覚悟しとけ」
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