このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

kmt / 短 編



ハロウィンの話



ハロウィンが近づいてくると
我が家からお菓子が消える。
常に何個か置いてあるお菓子が全てなくなったら
31日が終わるまで
一切買い貯めはしない暗黙のルール。
今年も数日前から少しずつ減っていき
当日は完全にゼロだ。
これで私が用意した分を除いて
家にお菓子はひとつもない。
実弥さんの隠していたお菓子も回収しておいた。
今年こそはあの人に悪戯ができる。
意気揚々とリビングの扉を開けた瞬間に決め台詞。

「さあ、実弥さん…トリックオアトリート!」

「今年も俺に負けにきたかァ
 待ってなァ、いま持ってきてやる」

来ると思っていた、とでも言うように
顔色ひとつ変えずそういうと
実弥さんはソファから腰を上げ寝室へと向かった。
クローゼットが開く音がして勝ちを確信する。
ジャケットの裏ポケットに
隠してあったクッキーは回収済み。
悔しがっている顔を見るのが楽しみでしょうがない。
徐々に上がっていく口角を慌ててなおして我慢する。
戻ってきたらなんて声をかけようか、
そんなことを考えているうちに彼が戻ってきた。

「おら、これでいいんだろォ?」

「そ、そんな…どこからそれを…!なんで…!」

戻ってきた実弥さんの手には
しっかりお菓子が握られていた。
私がみつけたクッキーとはまた違うお菓子。
あれだけ探したのにまだ隠してあったなんて
今年は一段と自信満々だったためかなり悔しい。
手に持ったお菓子を私の前まで持ってくると
楽しさの滲みでる声色でからかってきた。

「ちゃんと探せって言ってんだろォ?
 これで俺は悪戯ナシだなァ
 …ほら、今度はお前の番だ」

「トリックオアトリート」と言われ
落ち込んだ気持ちのまま私もお菓子を取りにいく。
今年は化粧ポーチの中に隠しておいた。
しかも見た目は化粧品っぽく見えるア
イシングクッキーの詰め合わせ。
メイクに疎い実弥さんなら分からないだろう。
化粧ポーチを開いて一番底に指を入れる。
おかしい、ツルツルした肌触りの箱がない。
今指で触っているのはポーチの底だ。
慌てて中身を全て出して探しても見当たらない。
まさか見つけられた?実弥さんに?
信じられないままリビングに戻ると
そこには余裕そうな表情で
お菓子を食べる実弥さんがいた。

「…ない……私のお菓子がない…!」

「これのことかァ?
 悪ィがもう俺が食っちまったァ」

実弥さんの手にあったのは
私が用意していたお菓子の箱。
それが私の元に渡された時にはもう既に空
振っても何をしても音すらたたない。
まさか化粧ポーチの中に隠していたものすら
見つけられてしまうなんて。
残念ながらこれ以外にお菓子は用意していない。
じりじりと距離をつめてきた実弥さんを前に
毎年恒例のスパルタ筋トレを覚悟した。
去年はスクワットだったが今年なんだろう。
お腹周りも少しふくよかになった気もするから
きっと腹筋あたりが来るのではと予想した。

「今年はどこを鍛えれば……
 …って、ちょっとさねみさ、ッ…
 …あははっ!、ちょ、ふふッ…
 な、なに、して…あはははッ…!」

「なにって擽ってるだけだろうがァ」

「だけじゃ…あ、はッ…ふ、
 …だけじゃない、ひひッ…!」

急に伸びてきた手は私の脇腹を擽ってきた。
逃げようにも手は追いかけてくる。
うつ伏せになっていたせいで上に跨られてしまえば
あとはもうひたすら擽られ、笑うことしかできない。
擽ったくて喋ることができないため
実弥さんの手首を掴んで抵抗した。
それでも男女の力の差と言ったところか
私の手なんて簡単に振りほどいて
また擽りはじめてしまう。

「…も、もうッ…やめっ……は、…あ…はぁ…」

「ったく…もうギブアップかァ?」

「じゅ、十分です…
 …死にそうなくらいに笑いましたから…」

口ではつまらないと言うが
実弥さんは私の上から退いてくれた。
それからようやく仰向けになって
息を整えようと何度か深呼吸を繰り返す。
酸素をとりこんで脳もまともに動き始めたようで
冷蔵庫に入れてあったおはぎをの存在を思い出した。
しかし取りに行こうにも体に力が入らない。
本当にサプライズみたいに渡したかったが仕方ない
ここは実弥さん自ら取りに行ってもらおう。

「実弥さん、冷蔵庫におはぎ入れてあるので
 あとで食べてくださいね」

「…お、気ィ利くなァ…なら、いま食うかァ」

伝えるとすぐにキッチンへと向かう。
冷蔵庫を開ける音がして
すぐに「おぉ、」と声がした。
きっと驚いてくれているに違いない。
パタンと扉が閉まる音のあと足音が戻ってきた。
私もなんとか体を起こしてソファにもたれ掛かる。
小さなテーブルに置かれたお皿には
鮮やかな色をしたおはぎが乗っていた。
普通の茶色いおはぎとは違ってかぼちゃ色のおはぎ。
かぼちゃを使った餡にするために
餡から手作りしたことを伝えると
実弥さんは空いた手で私の頭を優しく撫でてくれた。
大きてくて温かい手に安心した私は
ソファに腰かけている実弥さんの膝元に体を預け
美味しそうにおはぎを食べている姿を見つめた。

「…で、今年の悪戯は何を考えてたんだァ?」

「実は考えてたなかったんですよね…
 今年もきっと負けちゃうかなぁと思って…
 …たから、いま思いついた悪戯、」

おはぎをひとつ食べ終えた実弥さんの首に腕を回す。
すると気をつかってくれたのか
私へと顔を寄せてくれた。
近づいてきた顔、
唇に待ってましたというようにキスをする。
角度はおかしいかもしれないけど
突然にしては上手くできた気がする。
唇を離し実弥さんの表情を覗き見ると
その目はいつもより見開かれていた。
どうやら驚いてくれたらしい。

「いつもこういうことされて
 驚かされてばっかりだから…」

「……っとに、お前はよォ…
 …風呂上がったら覚悟しとけ
 今晩は寝かせねぇからなァ…」


6/7ページ