kmt / 短 編
5分間キスしないと出られない
目を覚ますと知らない場所にいた
その部屋には扉のようなものはなく
どうやって入ってきたのか思い出せない
ここに来るまでの記憶がすっぽり抜け落ちているらしい
白以外の色がない殺風景な空間
その中央には黒い封筒が床に寂しく置かれている
いかにも拾ってくださいと言われているような気がして
手に取ろうと立ち上がると
私以外の衣擦れの音が聞こえた
音の方へ目を向けるとそこにはふわふわの黒い髪
その毛先を黄色く染めた彼がいた
彼は私がいる場所からとても離れた場所にいて
ちらりとこちらを見てすぐに目を逸らしてしまう
「とりあえす俺が見てくるから
あんたはそこにいてくれ、動くなよ」
「あ…うん、お願いします」
黒い封筒を手に取った彼は
躊躇うことなく中身を取り出した
様子を伺おうにも大きな背に隠れ何も見えない
ただ分かるのは彼の肩が僅かに震えはじめたこと
取り出した紙を再び封筒に戻すと
それを思い切り床へと叩きつける
ぐりんと勢いよく私へと振り返った
その顔は赤く染まっていた
「なんて書いてあったの?」
「…じ、時間内に部屋から出ないと死ぬって
出る方法探すから手伝ってくれ」
少しの間があったことが気になったが
この状況で嘘をつく必要もないだろうから
素直に彼を信じて部屋を調べて回ることにした
白だけの部屋は相変わらず殺風景
ノックしてみたりペタペタと触ってみても
音は変わらず、ひんやりとしている
時間内に出なければ死ぬ、と言っていたが
このまま探していて本当に大丈夫なんだろうか
一人、不安になっていると
乾いた大きな音が空気を揺らした
鼓膜が揺れ、鼻には硝煙のにおいがつく
「くそっ…ビクともしねえ…
あ…悪い、驚かせたな大丈夫か?」
距離は離れたまま私を気遣う彼に大丈夫だと返した
片手に銃を持っているのを見て
さきほどの乾いた音は発砲音だったと知る
銃弾が当たったはずの壁には傷一つついておらず
異常なほどの頑丈さを見せつけていた
銃でも駄目なら何をしても無駄ではないかと絶望する
ふいにしゃがみこむと足元には黒い封筒が
それを手に取って中身の紙を取り出した
特に装飾のない紙の中央には機械的な文字が並んでいて
5分間キスをしないと出られない
達成できない場合は死ぬ
そう分かりやすい内容が書かれていた
私が封筒の中身を読んでしまったことに気づいた彼は
赤く染まっていた顔を今度は青くした
「なっ…お前なに勝手に読んで…」
「あの、玄弥くん…これ…」
「無理だからな、俺には絶対無理だ」
まだなにも言っていないのに彼は無理だと返す
強い否定に思わず胸が痛んだ
しかし傷ついていても仕方がない
この内容を達成しない限りは出られない
そして最悪の場合は死んでしまうのだから
想い人と結ばれなくとも生きてここから出たい
私の気持ちが伝わらなくても生きているなら
こうしてまた話すことも出来るから
「お願い、玄弥くんと生きてここから出たいの」
「そんなこと言ったって…キ、キスするんだぞ?
そういうのは好きな男としねえと…」
青かった顔は再び赤く染まり
彼は口ごもりながら言葉を紡いだ
好きな人、では好きな男と言ったのは
私のことを一番に気にしてくれているからなのか
恋という熱に浮かされている脳では
都合のいいようにしか解釈できない
「玄弥くんは私とするのは、嫌…?」
「い、嫌なわけねえ!
…あ、いや!…い、今のは、その…!」
身振り手振りを交え慌てる彼が言った
「嫌じゃない」その言葉に酷く安心して
そっと彼との距離を詰める
近づく私と後ずさる彼
その勝負の軍配は私に上がった
とん、と彼の背が壁につくと
そのままずるずると床にへたりこんだ
目線を合わせるように私もまた座って向かい合う
赤くなった自分の顔を何度か叩いた彼は
覚悟を決めたような目で私を見つめ
本当にいいのかと最後の確認をしてきた
私の腹はもう決まっていたから
その言葉にただこくりと頷いて見せる
それを見たあと彼は私の肩にそっと手を置くと
触れるだけの短いキスをしてきた
すぐに唇が離れると嫌じゃないか、と
心配そうに聞いてきて
素直に嫌じゃないと、続けて、と返す
するとごくと彼の喉が鳴った
「…やばい…恥ずかしくて、死にそう…」
そう言いながらもまたすぐに唇を塞がれる
重なった唇が離れたかと思えば再び重なり
何度か短いキスを繰り返した
しかしそれは回数を重ねるごとに長くなっていき
一度重ねた唇はすぐには離れない
その間も彼はずっと私のことを見つめていて
向けられる瞳には愛が溢れていた
恥ずかしさにたまらず俯いて逃げようとすると
それすら許さないというように
下からすく上げるようにキスをされる
肩に置かれていた手は気づくと私の頬を挟んでいて
今度は逃がさない、そう言われているような気がした
普段の呼吸すら忘れてしまったのか
だんだんと息が苦しくなり
塞がれていた口を薄く開け、空気を取りこもうとした
しかしそこに入ってきたのは空気ではなく
熱く、ぬるりとした別の生き物の舌だった
それは私の咥内と堪能するようにうごめく
「悪いっ…止めらんねぇ…」
唇が離れると銀色の糸が二人の口元を繋いでいた
それはぷつりと簡単に切れてしまう
経験したことのない気持ちよさに全身の力が抜け
今ではもうされるがままになっていた
そして彼は再び短いキスを繰り返す
リップ音をたて唇が離れると
5分を知らせるブザーが部屋に響いた
さきほどまではただの壁だった場所に扉が出現する
「げや、くん…も、5分経った、から…」
「時計も止まったから大丈夫だろ
だから、もっと…」
残った力で彼の肩を押してみたがビクともしない
なんの根拠もなく大丈夫だと言う彼に
一際深いキスをされた