kmt / 短 編
恋人らしいことをしよう
なんの前触れもなく触れてきた彼の手は
私の手をそっと握り、当然のように指を絡めてくる
それから指の腹で甲を何度か撫でたり
握る強さを強めたりと一頻り遊び満足したのか
顔を覗き込んできたあとに手は一方的に解かれた
寂しさを覚えた手を無意識に見つめていると
今度は腕を引かれ、彼の胸元へと倒れ込んでしまう
体重をかけてもビクともせず受け止めてくれる
そんな落ち着ける場所へと閉じ込めるように
腕が私の背へと回された
鼻をくすぐった大好きな香りと
トクントクンとゆったりとした心音
何気ない日常の幸せに思わず笑みが零れる
「なに笑ってんだァ?」
「…幸せだなあって思っちゃって、」
幸せだと言いながらも恥ずかしさが勝っていた
ほんのり赤く染っているだろう顔を隠そうと
彼の胸元に顔を埋めていたのに
半ば強引に剥がされてしまう
おかげで熱の集まった顔を見られ
ケラケラと笑われてしまった
彼の視線から逃れたくて俯くと
頬に手を添えられて顔を見せろ、と言われる
それはまるで目をそらすことすら許さない
そう言われている気もした
未だ熱の残る顔のまま視線を交えると
彼の指先が私の顎をそっとなぞり
ゆっくりと距離が縮まっていく
今からキスをされるのかと思った頃には
既に優しく口を塞がれていた
ちゅ、と短いリップ音のあと彼は薄らと笑う
「これがキス、だなァ」
「子供じゃないんですから、言われなくたって…」
何度も何度も短いキスが続き
再び顔へと熱が集まりはじめてしまう
恥ずかしさを誤魔化すように拗ねたフリをする
そんな私を見かねた彼は矢継ぎ早に口を開けろと言って
半ば強引に自らの指を使い私の唇を割った
僅かに残った冷静さで次はなんだと予想を立てる
キスは先程散々されたからきっと別の何かだろう
口元に添えられた指はそのままで
彼の片手が私の視界を覆った
見えないように目を隠して
口を開ける必要があることといえば
いわゆる「あーん」というものではないか
少しだけ開いていた口を食べ物を食べるように開くと
閉ざされた視界の向こうで彼がふっと笑った
「色気のねぇやつ」
「……ッ、ふ、ぁ…んぅ……待っ、…ん、ぁ…」
反論するよりも早く再び口を塞がれ
唇の隙間からぬるりと舌が差し込まれた
それは私の舌に絡みつき、歯列をなぞるように蠢く
時折流れ込んでくる唾液は
口端から溢れ私の口元を艶々と濡らす
気づけば彼の手は私が顔を背けないようにと
頬から耳元にかけて添えられていた
指先が耳を塞ぎ、外から入る音は聞こえないものの
私の咥内で溢れる音がダイレクトに脳に響き
ぐちゅぐちゅと水音が脳を侵していく
「これが大人のキスってやつだ
…ははっ、随分蕩けた顔してんなァ」
彼は唇を離すと、してやったりといった表情を見せた
そのまま塞いでいた耳元に口を寄せると
熱っぽくも低く落ち着いた声で囁いた
「どうする、この先も教えてやろうか」
「…実弥さんがどうしてもっていうなら、
付き合ってあげないこともないですよ……?」
まるで挑発するみたいに返すと
彼は一瞬目を丸くした
しかしそれは直ぐに歪んでしまう
妖艶な笑みを見せた彼は
軽々と私を抱き上げると舌なめずりをした
「言うようになったじゃねぇか…
ならその言葉に甘えさせてもらうとするかねェ」
連れてこられたのは全てのカーテンが閉めきられ
僅かな明かりだけが灯っていた寝室だった
ダブルサイズのベッドに優しく私を下ろすと
前髪をそっと流し、額に口づけてくる
二人分の重みで軋んだスプリングの音
それを合図にどちらからともなく深い口づけを交わした