kmt / 短 編
100回キスしないと出られない部屋
目が覚めた場所は無機質な空間だった
周りを見渡しても代わり映えのしない白さ
置いてある家具すら白で統一されている
中央の小さなテーブルがやけに目を引くのは
この部屋に似つかわしい
黒い封筒が置いてあるからだろう
いかにも手に取ってくださいと言わんばかりの存在感
誰が用意したのか知らないが相手がそう来たなら
こっちも乗ってあげるのが筋だろう
テーブルに近づこうと立ち上がると
急に後ろから聞き覚えのある低く落ち着いた声がした
「…さ、実弥さん?!ど、どうしてこんなところに…」
「知るかァ…
そもそも状況がわからねえ、勝手に動くな」
鋭い目付きで一点を見つめる彼もまた
黒い封筒が気になっているらしい
私が見てきましょうか?と聞いても
勝手な行動をとるなと言われてしまい
この部屋に来てから既に5分以上が経過している
全く進展がないことに痺れを切らしたようで
私にはその場で待機するように命じ
中央のテーブルへと近寄っていった
後ろから様子を伺おうにも
背中に隠れてしまい何も分からない
ただ分かることは相当気が立っているということ
大きく響いた舌打ちが何よりもの証拠だ
封筒を勢い任せにテーブルに叩きつけ
こちらに振り返ると指をさした
「今から出る方法を探す
てめぇも死ぬ気で探せ、わかったなァ?」
「えっ……あ、はい!探します!死ぬ気で!」
結局なにが書いてあったのか分からず
壁を触ったり叩いてみたり
色んな方法で出口を探した
後ろでは激しい金属音が断続的に聞こえる
あの重い斬撃を受けても傷一つつかないこの壁
出る方法なんかより壁の材質が気になってしまいそうだ
調べられる全てを調べたがめぼしいものも無く
私もいい加減に封筒の中身を見ることにした
黒い封筒から出てきたのは二つ折りの白い紙
それを開くと真ん中に機械的な文字が並んでいた
「実弥さん!これ早く済ませてしまいましょう?!
最後の文読みました!?制限時間ありますって!」
「だから他の方法探してんだろうがァ!
んなことしてる暇があるならてめぇも探せェ…!」
全てカタカナで書かれていたせいで
理解するのに少し時間がかかってしまったが
紙に書かれているのは所謂指令というものだった
「100回キスしないと出られない」
その文だけでもかなり衝撃的だというのに
下に小さく「時間内に達成しなければ死にます」と
短的になんとも恐ろしい文章が書いてあった
たしかに好い人でもない人とキスをするのは難しい
かと言ってこんなところで死ぬわけにもいかない
そうとなったら腹を決めて
指令を達成する以外に道はないのだ
「私は実弥さんと生きてここから出たいんです
嫌なのは重々承知の上でお願いします
これを終わらせて一緒に出ましょう」
「…嫁入り前の女が簡単に言うんじゃねぇ
そういうことは好いた男とするもんだろうが」
「好いてもない男の人にこんなこと言うと思いますか…
……実弥さんの…わ、わからずや…!」
ぴしりと空気が凍るような感覚
いくらなんでもそれはないだろうと
言ってしまったあとに後悔した
私が実弥さんを好いていることも言ってしまって
そしてその人に「わからずや」だなんて
今になって逃げ場のないこの空間を恨んだ
目の前が涙で滲んでくる
顔をあげられない、合わせる顔もない
絶対嫌われてしまった
次々と溢れる後ろ向きの考え
ついには立っていられなくなり
その場にしゃがみこんでしまった
こうしている間にも時間は進んで言ってしまうのに
無駄な時間を過ごさせてしまっている
いますぐに気を切りかえて他の方法を探さなくては
何度も何度も自分の頬を叩き涙を止めようとしていると
その手をやんわりと掴まれ
涙で濡れた頬に手を添えられた
思わず驚いて顔を上げると目の前には
どこか悲しそうな表情をした実弥さんがいた
彼は何を言うわけでもなく私の頬をするりと撫でると
躊躇うことなく自らの唇を私のそれへと押し当てた
「……な、にしてるんですか…」
「苦情なら出てからいくらでも受け付けてやる
だから今は黙ってこっちにだけ集中してろォ…」
そういうと実弥さんは短いキスを繰り返した
離れたかと思えばすぐに塞がれて
喋る隙を与えてくれない
いざこうなった時にどうしたらいいのか
手は空を彷徨い、目線はキョロキョロと落ち着かない
ただただ心臓のうるささだけを聞いていると
急にキスが止まり覗き込むように目線を合わせてきた
その瞳は少しだけ熱っぽいような
最初の頃の鋭い目つきはどこかへ消えていた
「…大口叩いた割に顔真っ赤だなァ、」
「そ、それ…は……その…」
「お前が膳を据えたんだ、
食わねえわけにはいかねぇだろ」
実弥さんが言ったことの意味がわからず
目を丸くしていると再びキスをされ
熱のこもった瞳と目が合ってしまう
彼の瞳に私だけが映っている
それに何故か多幸感を感じ
さまよったままだった手は
自然と実弥さんの首へとまわり
いつの間にか私からも求めるようになっていた
辺りを見回していて見つけた計測器が
51回目を数えた時、薄く開いていた私の唇を割り
熱い舌がぬるりと差し込まれた
しかしそれは歯列をなぞるとすぐに離れ
また入ってきたかと思えば
今度は上顎をざらりと舐めていく
一回一回の時間が初めのキスと比べると格段に長くなり
唾液までも交換するような深いキスをされるたびに
腰の当たりが甘く痺れるようなそんな感覚に襲われた
「…さねみ、さん…ッ……私そのキス、苦手です……」
「苦手だァ?
…そんな顔で言われてもなぁ、説得力がねぇ」
苦手だと言ったのに実弥さんは
深いキスをやめてくれない
計測器の数の変わりがさっきよりも遅くなり
びくびくと腰を、足を震わせながら応え続け
ようやく77回目のキスまできた
あの深いキスをされると呼吸が上手くできなくて
そのせいか頭がクラクラする
下半身に力を入れることもできず
実弥さんの首元に回していた腕に力を入れた途端
バランスを崩してそのまま二人で倒れ込んでしまった
体勢が変わっても尚キスが止むことはなく
むしろ頭をしっかりと固定されて
逃げることが出来なくなったが
今更逃げる気なんて毛頭ない
でもこのまま食べられてしまうのではないかという
恐怖のような、それでいて期待のような
対極した感情に呑まれてしまう
一回のキスにかける時間は長いはずなのに
私も求めてしまっているせいか
計測器の刻みが早く感じる
カチ、と数を数えた計測器の音のあと
しばらく間が空いてもどかしい
どうしたのかと実弥さんの表情を覗き見ると
頬は僅かに上気して、欲にまみれた顔をしていた
それに思わずごくりと喉がなるのがわかった
完全にその気になってしまった私を軽々と抱き上げると
壁際にあった無機質な白いベッドに降ろされた
「悪いが、もう少し先まで付き合ってくれ…」
聞いたことのない艶めかしい声だった
互いの気持ちを確かめるように手を握り
どちらからともなくキスをする
二人だけの空間に100回目を知らせる電子音が響いた
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