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第二章 紅花栄 —べにばなさかう—

 一週間後、また同じ時間に審神者は三池書店を訪れた。
 聞き慣れた、念仏のような「いらっしゃいませ。」でワクワクのスイッチがONになる。
 真っ直ぐいつもの棚へ行き、新しい本が来ていないかチェックするが、品揃えに変わりはない。
 流石に一週間そこそこじゃ新しい商品なんて来ないよね……。このお店、来客も少なそうだし……。
 諦めて帰ろうとすると
「妖怪関連なら、まだ卸してないのがあるぞ。」
 ハシビロコウの擬人化みたいな店主から声がかかった。
「見ていくだけならタダだ。」
 審神者は、その言葉にパッと目を輝かせ
「いいんですか⁉︎」
 店台の方へと歩み寄る。
 見せられたのは、和綴の妖怪図画。
「うわぁ〜! すごい!」
 パラリ、パラリと丁寧にページを捲り、唾が飛ばないようハンカチで口を押さえながら感嘆の声を漏らす。
「学生か?」
「はい、そうです。」
 唐突に降ってきた問いかけに、ハンカチを口から外し答えた。
「K大か?」
「よく分かりましたね。」
「俺もそこの出身だからな。」
 ヘぇ〜と頷く審神者。
「あんたも、社会学部の民俗学ゼミか?」
「私は、生物学部です。あと、まだ二年なのでゼミ配属はされてません。」
 社会科が壊滅的にダメだったので、文系には行けなかったのだ。
「理系なのに妖怪が好きなんて、変わってるな。」
「むしろ、生物学部だからですよ! 私、妖怪の中には絶滅生物も含まれてると思うんですよね。
 例えば『ゆきなめ』は北の方から迷い込んだアザラシですし、カワウソや狸、オオカミなんかも妖怪化だったり、神格化されています。」
 妖怪を調べれば、もしかしたら未知の内に絶滅してしまった日本固有種が見つかるかも知れない。見つけてみたい。そんな夢があるのだと審神者は語る。
「でもまぁ、結局のところ妖怪が好き、ってのが根元にあるんですけど。」
 テヘヘっ、と審神者は微笑んだ。
「すみません、こんな変な話しちゃって。」
「いや、あんたは中々面白い事を考えるんだな。」
 普段の厳しい表情を幾許か緩め、喉を鳴らす。
 そこで審神者は初めて、店主が思っていたよりずっと若いことに気付いた。
 和服でテンションも低いから、父親と同じくらいのおじさんとばかり思っていたが、よくよく見れば三十代前半といったところだろう。
 そして意外と——
(かっこいい……)
 近くで見た店主は、一瞬見惚れるくらい、整った顔立ちをしていた。
 決して一般受けのする、王子様みたいなタイプではない。むしろ「魔王」と言う言葉がしっくり来る、陰鬱で凶悪で、野生的な面相。だが、それが良い。
 要は、推しのHIKARIさんと同じタイプの顔なのだ。
 想像以上にイケメンな店主に頬が熱くなりそうで、慌てて本に目線を落とす。
「ち、ちなみにこの本、買うとおいくらぐらいするんですか?」
 まだ、どこにも値札は挟まっていない。
「十万円だ。」
「じゅっ……」
 あまりの額に凍りつき、弾かれたように本から離れる。
「いや、いいんだ、読んでやってくれ。」
 後ずさった審神者に、穏やかな声がかかった。
「本は、読まれてこそ意味がある。書架の中朽ちていくよりは、そうやって読まれた方が本も嬉しいだろうさ。」
 店主の柔らいだ表情に、再びドキッとした。
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