ヒロインになんてなれない
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※notトリップ
なぜ女だてらに兵士になったのか。よく人に問われるが、自分にとっては自然な流れだったのだ。
許昌にほど近い村で生まれた。子沢山の家の三番目。跡取りでもなく、家業は人の要るものでもない。お偉方の家へ女官として奉公する、料理屋の炊事場で働く、あらゆる選択肢の中で、家事全般がてんで駄目だった私が選び取ったのは剣の道だった。母には泣いて止められたが、決意は揺らがなかった。髪を切り、泥で顔を汚し、男のなりをして士官したのは魏軍だった。女の兵も受け入れられると後から知って肩透かしを食らった。命の重みを持つ鈍色の光、『忠』の文字が彫られた刀身に魅了された日を未だに覚えている。
身分も何も持たない一兵卒だ、どこの所属になるかなど選べるはずもない。厳しいと噂の将軍の下に配属された。毎日素振りは千回、走り込みは四刻、その後は組手に水運び。体は襤褸になり、手にはまめが出来た。しかしそれが誇らしかった。私には憧れの人がいた、強くなればその人のお役に立てる。その想いがあってこそ日々の鍛錬で手を抜くことはなかった。
真っ直ぐ伸びたその背筋。規律を守る厳格な姿勢。鋭い瞳。檄を飛ばす低い声。素振りをする兵達の合間を縫って一人一人指示するその人。
「構えが甘い!」
「申し訳ありません!」
不出来な私は于将軍その人から注意を受けることが度々あった。その度どれだけ嬉しく思っていたか、かの御方は知らないだろう。兵士仲間に于将軍の素晴らしさを説かんとすると、皆『また始まった』という顔をする。大体が返事半分に去っていくのだが、ごく僅かな厳しい鍛錬が好きな者だけが乗ってくれることがあった。
何も私だって鍛錬が、辛いことが好きというわけではない。しかし集団を、軍を、引いては国を動かす礎があるとしたらそれは理であり、法であると思っていた。それを体現する彼に着いていき、果てには殉じたかった。直属の上司は分隊長、そのまた上に副将がいて、その上に于将軍がいる。直接言葉を交わすことは多くない。それでも満たされていた。私にはあの御方という人生における光があったからだ。
一度だけ名前を呼ばれたことがある。于将軍の方針に同意できない新参兵を諫め、それを分隊長に報告しているのを見掛けられたときだった。振り返ると腕を組んで黙るその姿に聞き間違いかと思ったが、その低い声は間違いなく本人のものだった。
「お呼びでしょうか」
目の前で礼をすると手が震えた。畏れ多い。数多部下を抱える方が私の名前を覚えている。その事実に胸が高鳴った。
「大儀であった」
ただ一言。一言なのに。
「恐れ入ります」
目尻に涙が滲んだ。私は一生、この日を忘れられないだろう。
なぜ女だてらに兵士になったのか。よく人に問われるが、自分にとっては自然な流れだったのだ。
許昌にほど近い村で生まれた。子沢山の家の三番目。跡取りでもなく、家業は人の要るものでもない。お偉方の家へ女官として奉公する、料理屋の炊事場で働く、あらゆる選択肢の中で、家事全般がてんで駄目だった私が選び取ったのは剣の道だった。母には泣いて止められたが、決意は揺らがなかった。髪を切り、泥で顔を汚し、男のなりをして士官したのは魏軍だった。女の兵も受け入れられると後から知って肩透かしを食らった。命の重みを持つ鈍色の光、『忠』の文字が彫られた刀身に魅了された日を未だに覚えている。
身分も何も持たない一兵卒だ、どこの所属になるかなど選べるはずもない。厳しいと噂の将軍の下に配属された。毎日素振りは千回、走り込みは四刻、その後は組手に水運び。体は襤褸になり、手にはまめが出来た。しかしそれが誇らしかった。私には憧れの人がいた、強くなればその人のお役に立てる。その想いがあってこそ日々の鍛錬で手を抜くことはなかった。
真っ直ぐ伸びたその背筋。規律を守る厳格な姿勢。鋭い瞳。檄を飛ばす低い声。素振りをする兵達の合間を縫って一人一人指示するその人。
「構えが甘い!」
「申し訳ありません!」
不出来な私は于将軍その人から注意を受けることが度々あった。その度どれだけ嬉しく思っていたか、かの御方は知らないだろう。兵士仲間に于将軍の素晴らしさを説かんとすると、皆『また始まった』という顔をする。大体が返事半分に去っていくのだが、ごく僅かな厳しい鍛錬が好きな者だけが乗ってくれることがあった。
何も私だって鍛錬が、辛いことが好きというわけではない。しかし集団を、軍を、引いては国を動かす礎があるとしたらそれは理であり、法であると思っていた。それを体現する彼に着いていき、果てには殉じたかった。直属の上司は分隊長、そのまた上に副将がいて、その上に于将軍がいる。直接言葉を交わすことは多くない。それでも満たされていた。私にはあの御方という人生における光があったからだ。
一度だけ名前を呼ばれたことがある。于将軍の方針に同意できない新参兵を諫め、それを分隊長に報告しているのを見掛けられたときだった。振り返ると腕を組んで黙るその姿に聞き間違いかと思ったが、その低い声は間違いなく本人のものだった。
「お呼びでしょうか」
目の前で礼をすると手が震えた。畏れ多い。数多部下を抱える方が私の名前を覚えている。その事実に胸が高鳴った。
「大儀であった」
ただ一言。一言なのに。
「恐れ入ります」
目尻に涙が滲んだ。私は一生、この日を忘れられないだろう。
1/7ページ