御伽噺のその後で
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「お前、この私が誘ってやっていると言うのにつれないじゃないか。こそこそと何処へ行っている?吐け」
大荷物で出掛けようとしていると、鍾会から声を掛けられた。鍾会とは所謂アフタヌーンティーのような形でお茶をする仲間で、休みの日は度々彼の家で過ごすことがあった。とは言え殆ど彼の愚痴を聞く形になっているのだが、私には最近娯楽よりも心を砕く他の用事が出来たのだ。
「お寺だよ」
「寺だと?そんなに信心深いようには見えないがね」
「結構楽しいもんだよ。鍾会も行く?」
誘ってみると怪訝そうな顔をしながらも着いてきた。これは良い台車を手に入れたぞ。紙の入った袋を手渡して持たせると、『何故この私が荷物持ちなど・・・』とぶつぶつ言いながらも持ってくれた。
「名前ちゃんだ!」
寺に着くと早速子供達が駆け寄ってくる。わらわらと寄る中から小さい子を抱き上げると我も我もと声が飛んだ。
「お兄ちゃん誰?」
「鍾会様と言うのよ」
「へえ〜」
じろじろと物珍しそうに眺められて居心地悪そうに鍾会が唸っている。冷たくすることも出来ずやり込められている様子が面白い。
「名前、謀ったな」
「何のこと?」
「祈りに来たのではなかったのか」
「ねえねえ、今日はどんなお話なの?」
抱き上げた子供に話を封じられて顔を赤くしている。わなわなと震える口を見ながら、名前は笑いも隠さずに大きな声で言った。
「今日はね、妖術で眠ってしまったお姫様を、王子様が助けに来るお話をするわよ」
「きゃー!」
「皆で教室まで競争!鍾会も早く!」
子供達が騒いで、ぶつかったり、走ったり。その中に混じって鍾会がうんざりとした顔で続く。これほど愉快な日もそうないだろうと思った。
近くを通りかかった時に子供の声が聞こえて、中を覗いたのが始まりだった。戦乱の世、親を亡くして孤児になった子供達は主に親戚の家に身を寄せる。それでもあぶれた場合、寺や豪族の家に預けられ育つらしい。そこで自分にも何か出来ないかと思い始めたのがきっかけだった。童歌を歌ったり、庭で追いかけっ子をしたり、お絵描きを指導したりして過ごすのだが、もっぱら子供達がはまっているのは紙芝居だった。無論この世界にまだ原本は無いので、絵を描き、台本を用意し、読むといった三役全てを名前がこなして何とか続いている。物語を知っているのが名前しかいない上に、鑑賞者は子供達である。不得手でも、多少ちんぷんかんぷんでも、けちをつける者はいない。
「王子様が姫に口づけを送りました。すると金の稲穂のような髪が揺れて、薔薇のような頬が色づき、菫色の瞳がゆっくりと開かれたのです」
三国時代にキスシーンを入れていいのかはかなりの迷いどころだった。愛情表現の一つではあるが閨物語の一部であるらしく、子供達はわーきゃーと騒いでいる。寺の和尚ですら耳を塞いでいる有り様だ。
「そして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
芝居を終えると子供達が拍手を送る。そしてこの後は長らくの質問時間が来るのが恒例だった。
「龍ってどんなの?腕は何本?」
「六本くらいかな。鋭い爪もあるわよ」
「どれくらい強いの?」
「と〜っても!火を吹くんだよ。誰か勝てる人はいるかしら?」
「私には無理かも」
「俺が戦ってやる!」
じゃれている間に夕方になっていた。教室の隅で放って置かれた鍾会が帰り際になって恨み言を言う。
「子供に揉まれて何とする。お前は晋の行く先を左右する身だ、少しは弁えろ」
「分かってるよ。軍略には影響が無いようにするから」
「大体憐れな子供など降って湧くようにいるのだぞ。一時その心を紛らわせたと言っても何の役に立つと言うのだ」
「それでも、知ってしまったら何かしないではいられないの」
夕日に伸びる紙芝居の影。子供達は寂しさを必死に押し殺して娯楽を心待ちにしている。
「お願い、何も言わないで。皆の笑顔を見るとね、私が癒やされるの。迷惑は掛けないようにするから」
瞼の裏には年下の妹の姿があった。現代に置いてきた、たった一人の妹。今頃突然いなくなった姉のことをなんと思っているだろうか。
鍾会はふんと鼻を鳴らして、それ以上は言及しなかった。
大荷物で出掛けようとしていると、鍾会から声を掛けられた。鍾会とは所謂アフタヌーンティーのような形でお茶をする仲間で、休みの日は度々彼の家で過ごすことがあった。とは言え殆ど彼の愚痴を聞く形になっているのだが、私には最近娯楽よりも心を砕く他の用事が出来たのだ。
「お寺だよ」
「寺だと?そんなに信心深いようには見えないがね」
「結構楽しいもんだよ。鍾会も行く?」
誘ってみると怪訝そうな顔をしながらも着いてきた。これは良い台車を手に入れたぞ。紙の入った袋を手渡して持たせると、『何故この私が荷物持ちなど・・・』とぶつぶつ言いながらも持ってくれた。
「名前ちゃんだ!」
寺に着くと早速子供達が駆け寄ってくる。わらわらと寄る中から小さい子を抱き上げると我も我もと声が飛んだ。
「お兄ちゃん誰?」
「鍾会様と言うのよ」
「へえ〜」
じろじろと物珍しそうに眺められて居心地悪そうに鍾会が唸っている。冷たくすることも出来ずやり込められている様子が面白い。
「名前、謀ったな」
「何のこと?」
「祈りに来たのではなかったのか」
「ねえねえ、今日はどんなお話なの?」
抱き上げた子供に話を封じられて顔を赤くしている。わなわなと震える口を見ながら、名前は笑いも隠さずに大きな声で言った。
「今日はね、妖術で眠ってしまったお姫様を、王子様が助けに来るお話をするわよ」
「きゃー!」
「皆で教室まで競争!鍾会も早く!」
子供達が騒いで、ぶつかったり、走ったり。その中に混じって鍾会がうんざりとした顔で続く。これほど愉快な日もそうないだろうと思った。
近くを通りかかった時に子供の声が聞こえて、中を覗いたのが始まりだった。戦乱の世、親を亡くして孤児になった子供達は主に親戚の家に身を寄せる。それでもあぶれた場合、寺や豪族の家に預けられ育つらしい。そこで自分にも何か出来ないかと思い始めたのがきっかけだった。童歌を歌ったり、庭で追いかけっ子をしたり、お絵描きを指導したりして過ごすのだが、もっぱら子供達がはまっているのは紙芝居だった。無論この世界にまだ原本は無いので、絵を描き、台本を用意し、読むといった三役全てを名前がこなして何とか続いている。物語を知っているのが名前しかいない上に、鑑賞者は子供達である。不得手でも、多少ちんぷんかんぷんでも、けちをつける者はいない。
「王子様が姫に口づけを送りました。すると金の稲穂のような髪が揺れて、薔薇のような頬が色づき、菫色の瞳がゆっくりと開かれたのです」
三国時代にキスシーンを入れていいのかはかなりの迷いどころだった。愛情表現の一つではあるが閨物語の一部であるらしく、子供達はわーきゃーと騒いでいる。寺の和尚ですら耳を塞いでいる有り様だ。
「そして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
芝居を終えると子供達が拍手を送る。そしてこの後は長らくの質問時間が来るのが恒例だった。
「龍ってどんなの?腕は何本?」
「六本くらいかな。鋭い爪もあるわよ」
「どれくらい強いの?」
「と〜っても!火を吹くんだよ。誰か勝てる人はいるかしら?」
「私には無理かも」
「俺が戦ってやる!」
じゃれている間に夕方になっていた。教室の隅で放って置かれた鍾会が帰り際になって恨み言を言う。
「子供に揉まれて何とする。お前は晋の行く先を左右する身だ、少しは弁えろ」
「分かってるよ。軍略には影響が無いようにするから」
「大体憐れな子供など降って湧くようにいるのだぞ。一時その心を紛らわせたと言っても何の役に立つと言うのだ」
「それでも、知ってしまったら何かしないではいられないの」
夕日に伸びる紙芝居の影。子供達は寂しさを必死に押し殺して娯楽を心待ちにしている。
「お願い、何も言わないで。皆の笑顔を見るとね、私が癒やされるの。迷惑は掛けないようにするから」
瞼の裏には年下の妹の姿があった。現代に置いてきた、たった一人の妹。今頃突然いなくなった姉のことをなんと思っているだろうか。
鍾会はふんと鼻を鳴らして、それ以上は言及しなかった。
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