Nikolaschka続きの続き
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幼児の小さい手がぷるぷると積み木を上に乗せるのを、私は遠巻きに眺めていた。城壁を再現しているのか、堅牢な作りの作品がそこにはあった。満足して嬉しそうにしているところに彼女が声を掛ける。
「孝太郎殿、完成なさったのですか」
「ああ、死力を尽くし申した」
とそこへたんぽぽ組の問題児、直孝くんが他の子に押されて来て城を破壊した。『この報いは存分に受けさせるぞ』と歯軋りして、幼児特有の視野の狭さで己の失態には気付かず去って行った。
「直孝殿…!折角孝太郎殿が作ったお城を!許せません!」
「ああ、いや、良いのだ。直孝くんとて悪気があったわけではあるまい」
弱冠五歳だというのにあまりに出来すぎた会話だ。普通の大人が聞いたら腰を抜かすところだが、先生は慣れているのかニコニコと笑っている。
「文則殿、今日もまたお相手していただいてもよろしいでしょうか」
「・・・うむ」
次は教室の隅でぱちぱちと一人碁を打つ文則くんに声を掛けている。碁など五歳児のやる遊びでは無い。いつも孤独に勤しむ彼が実は彼女のことを待っているのだと、私だけが知っていた。
「何故熱心に他の男を見ている」
「黙って。今いいところなの」
令明がうるさい。友達の恋路くらい静かに見守らせてよね。
小学生になった。二月、孝太郎くんは寒がりなのか分厚いダウンをガチガチに着込む。反して私の夫(予定)は半袖短パンを保っている。見る目にも寒々しいから止めて欲しいのだが、本人は問題無いと言うのだから仕方が無い。
「バレンタインは誰かにあげるの?」
「いえいえ、とんでない。私がチョコをあげる人なんて」
後ろで聞き耳を立てている人が二人いるのよね。助け舟を出したつもりがとどめを刺してしまったようで、若干落ち込んでいる。
「友チョコでもいいじゃない。ねえ?文則くん?チョコ欲しいよね」
「学校に菓子の持ち込みなど厳禁だ。規律を乱す」
「へえ。いらないってこと?」
「・・・」
いや、そこで黙っちゃうの。面白すぎるんだけど。
「自分は毎年母と手作りするのだが、今年も受け取ってもらえるだろうか」
「勿論!じゃあ私もお返しに持ってきますね」
しごできの孝太郎が今年は一歩リードか。私はこのやり取りを毎年楽しみにしている。
後日一方は手作り同士の交換、一方は高級クッキーをホワイトデーに渡しているのを見た。彼女に夢中で彼氏にチョコレートを渡すのを忘れていて、その年は大分恨まれた。
中学の卒業式、彼女の手には二つのボタンが握られていた。
「はわわ・・・はわ・・・」
「どうしたの?」
「推しの第二ボタン。これは家宝。国宝。指定文化財に登録すべきです」
あまりの喜びに理性を失っている。背後で令明が申し訳なさそうに私に囁いた。
「第二ボタンはそなたに渡そう。しかし第三ボタンは彼女に遣ってもいいだろうか」
「そうして。絶対喜ぶよ」
結局三人目の推しからもボタンを貰うことになって彼女は飛び上がって喜んでいた。親友の芯からの笑顔を見ることができて、私は平和な世に生まれ変わった歓びを感じていた。
高校生になっても、相も変わらず私達は一緒にいる。
「ねえ、この後は二人で回ってもいいかな」
「勿論!ではここで解散にしましょうか」
文化祭では五人で回るのが恒例だ。しかし既に付き合っている私と令明が抜けようとすると彼女はあっけらかんと言う。背後で二人が私に何とかしろという目線を向けている。
「それがし達の兄・姉を孝太郎と文則にも紹介してやって欲しい。悪いが案内してやってくれぬか」
「なるほど!承りました。ではお時間を頂戴してしまって恐れ入りますが、私達は三人で回ってもよろしいでしょうか」
令明のナイスアシストに承知する彼女に四人一斉にほっとする。彼女の鈍感具合にも困ったものだ。
大学。激しい雨が降って近くの川から水害が発生すると、彼女は休みを取った。曰く、樊城の戦いを思い出して憂鬱になるのだそうだ。
あの戦いから生きて帰って来た彼女は私に泣いて詫びた。将軍の一味に加わっていたために上官の降伏するという命に逆らえず、彼女は于禁と共に捕虜として数年の後魏に帰還した。水に沈みたかった、三人を守ると誓ったのに不甲斐無いと繰り返す彼女をどれだけ痛ましく思ったか分からない。
無言で氾濫する河川を見つめる文則くん。何を考えているのだろう。兵を救い、しかしそのために己が泥を被って恥辱に塗れた最期を迎えたその人。
「ねえ、名誉を捨てた甲斐はあった?」
「麾下数万の兵を犬死にさせることはできぬ」
「惚れた女もいたわけだしね」
ちょっと。無視しないでよ。
「自分達は今一度機会を得た。次こそはあらゆる憂いから彼女を守る」
孝太郎くんが決意をその瞳に燃やしていた。夫は無言で頷いている。歴史を知る者達だけの哀惜がそこにはあった。
就職してすぐに令明と私は結婚した。ブーケを投げると、彼女が拾ってくれて万々歳!両目に涙を貯めながら彼女は私達に言った。
「お二人の結婚式に出られて、心から幸せです。一番近くで見守らせてくれてありがとう。これからもどうぞ永遠に幸せでいて下さい」
「ありがとう!でも次は、貴方の番だよ」
そう言うときょとんとした彼女は、一ヶ月後に彼氏が出来たと報告して来て、その一年後には恥ずかしそうに婚約指輪をはめていた。
三人の男の子と私と彼女、五人の不思議な縁が絡まって編み出された奇々怪々な物語。三国時代から飛んで今、現代で幸せが花開こうとしている。
彼女がどっちと結婚するかって?それは私達だけの秘密!
「孝太郎殿、完成なさったのですか」
「ああ、死力を尽くし申した」
とそこへたんぽぽ組の問題児、直孝くんが他の子に押されて来て城を破壊した。『この報いは存分に受けさせるぞ』と歯軋りして、幼児特有の視野の狭さで己の失態には気付かず去って行った。
「直孝殿…!折角孝太郎殿が作ったお城を!許せません!」
「ああ、いや、良いのだ。直孝くんとて悪気があったわけではあるまい」
弱冠五歳だというのにあまりに出来すぎた会話だ。普通の大人が聞いたら腰を抜かすところだが、先生は慣れているのかニコニコと笑っている。
「文則殿、今日もまたお相手していただいてもよろしいでしょうか」
「・・・うむ」
次は教室の隅でぱちぱちと一人碁を打つ文則くんに声を掛けている。碁など五歳児のやる遊びでは無い。いつも孤独に勤しむ彼が実は彼女のことを待っているのだと、私だけが知っていた。
「何故熱心に他の男を見ている」
「黙って。今いいところなの」
令明がうるさい。友達の恋路くらい静かに見守らせてよね。
小学生になった。二月、孝太郎くんは寒がりなのか分厚いダウンをガチガチに着込む。反して私の夫(予定)は半袖短パンを保っている。見る目にも寒々しいから止めて欲しいのだが、本人は問題無いと言うのだから仕方が無い。
「バレンタインは誰かにあげるの?」
「いえいえ、とんでない。私がチョコをあげる人なんて」
後ろで聞き耳を立てている人が二人いるのよね。助け舟を出したつもりがとどめを刺してしまったようで、若干落ち込んでいる。
「友チョコでもいいじゃない。ねえ?文則くん?チョコ欲しいよね」
「学校に菓子の持ち込みなど厳禁だ。規律を乱す」
「へえ。いらないってこと?」
「・・・」
いや、そこで黙っちゃうの。面白すぎるんだけど。
「自分は毎年母と手作りするのだが、今年も受け取ってもらえるだろうか」
「勿論!じゃあ私もお返しに持ってきますね」
しごできの孝太郎が今年は一歩リードか。私はこのやり取りを毎年楽しみにしている。
後日一方は手作り同士の交換、一方は高級クッキーをホワイトデーに渡しているのを見た。彼女に夢中で彼氏にチョコレートを渡すのを忘れていて、その年は大分恨まれた。
中学の卒業式、彼女の手には二つのボタンが握られていた。
「はわわ・・・はわ・・・」
「どうしたの?」
「推しの第二ボタン。これは家宝。国宝。指定文化財に登録すべきです」
あまりの喜びに理性を失っている。背後で令明が申し訳なさそうに私に囁いた。
「第二ボタンはそなたに渡そう。しかし第三ボタンは彼女に遣ってもいいだろうか」
「そうして。絶対喜ぶよ」
結局三人目の推しからもボタンを貰うことになって彼女は飛び上がって喜んでいた。親友の芯からの笑顔を見ることができて、私は平和な世に生まれ変わった歓びを感じていた。
高校生になっても、相も変わらず私達は一緒にいる。
「ねえ、この後は二人で回ってもいいかな」
「勿論!ではここで解散にしましょうか」
文化祭では五人で回るのが恒例だ。しかし既に付き合っている私と令明が抜けようとすると彼女はあっけらかんと言う。背後で二人が私に何とかしろという目線を向けている。
「それがし達の兄・姉を孝太郎と文則にも紹介してやって欲しい。悪いが案内してやってくれぬか」
「なるほど!承りました。ではお時間を頂戴してしまって恐れ入りますが、私達は三人で回ってもよろしいでしょうか」
令明のナイスアシストに承知する彼女に四人一斉にほっとする。彼女の鈍感具合にも困ったものだ。
大学。激しい雨が降って近くの川から水害が発生すると、彼女は休みを取った。曰く、樊城の戦いを思い出して憂鬱になるのだそうだ。
あの戦いから生きて帰って来た彼女は私に泣いて詫びた。将軍の一味に加わっていたために上官の降伏するという命に逆らえず、彼女は于禁と共に捕虜として数年の後魏に帰還した。水に沈みたかった、三人を守ると誓ったのに不甲斐無いと繰り返す彼女をどれだけ痛ましく思ったか分からない。
無言で氾濫する河川を見つめる文則くん。何を考えているのだろう。兵を救い、しかしそのために己が泥を被って恥辱に塗れた最期を迎えたその人。
「ねえ、名誉を捨てた甲斐はあった?」
「麾下数万の兵を犬死にさせることはできぬ」
「惚れた女もいたわけだしね」
ちょっと。無視しないでよ。
「自分達は今一度機会を得た。次こそはあらゆる憂いから彼女を守る」
孝太郎くんが決意をその瞳に燃やしていた。夫は無言で頷いている。歴史を知る者達だけの哀惜がそこにはあった。
就職してすぐに令明と私は結婚した。ブーケを投げると、彼女が拾ってくれて万々歳!両目に涙を貯めながら彼女は私達に言った。
「お二人の結婚式に出られて、心から幸せです。一番近くで見守らせてくれてありがとう。これからもどうぞ永遠に幸せでいて下さい」
「ありがとう!でも次は、貴方の番だよ」
そう言うときょとんとした彼女は、一ヶ月後に彼氏が出来たと報告して来て、その一年後には恥ずかしそうに婚約指輪をはめていた。
三人の男の子と私と彼女、五人の不思議な縁が絡まって編み出された奇々怪々な物語。三国時代から飛んで今、現代で幸せが花開こうとしている。
彼女がどっちと結婚するかって?それは私達だけの秘密!
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