朝
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「以上です。如何でしょうか」
荀攸殿が話し終えたとき、空が白み始めて鳥の囀りが聞こえていた。両手で顔を隠して動けないまま、寒さではない何かで体が震え出すのを感じた。
「名前殿」
「ちょっと、ちょっと待って下さい。消化し切れない」
幾千夜が経った気がする。たった一晩だったのに、荀攸殿が吐露した気持ちはまさしく私達が出会ってからずっと貯めてきた、積年の想いだった。顔色を変えず、声色に出さず、この人はどれだけ我慢してきたのだろう。どれだけ待っていてくれたのだろう。私は人に頼ることが苦手だ。心を明け渡すのが怖い。真正面から接することができるのは女友達や子供が相手の時だけだった。この時代に来て初めて、男性の友達ができたと思っていた。分からなかったのだ、自分が好意を向けられていることが。
人が動く気配がする。腕を優しく取られて驚くと、恋情を孕んだ瞳が覗き込んでいた。
「一晩掛けて、反応を窺っていました。貴方の気持ちが昨晩から変わっていること、俺の勘違いではないと信じたいのですが」
身を寄せられてその肩の冷たさに驚く。羽織を貸した彼がどれだけの寒さに夜通し耐えたのか分かって、その想いの深さに融けそうになった。冷たい。だけど、暖かい。この人の思い遣りは、柔らかくてさり気ない。
私の良さなんて、人からはどうでもいいと切り捨てられるようなところばかりだ。荀攸殿が挙げた例はどれも日常の一駒で、重大な事件ではない。些細な出来事を掬い上げてもらえたことが嬉しかった。努力してきたことを認めてもらえて涙が出そうだ。自分に自信が無い。優れた部分など何も持っていない。それでも見ていてもらえたこと、心を傾けてもらえたことが何より暖かかった。ずっと向き合うことを避けてきたけど、本当はこの人にだけは打ち明けたかったのだ。異なる時代を生き残らなければならないこと、暗闇が怖いこと、そして、独りが何より寂しいこと。本当は誰かに大丈夫だと言って欲しかった。側にいて欲しかった。だけど、その願いはずっと前から叶っていたのだ。
「私、何も出来ませんが」
「そのままの貴方がいいのです」
馬鹿だな、と自嘲する。この人を試す必要なんて無い。きっと、荀攸殿ならありのままを受け入れてくれる。そして、そんな彼を、私も好きになったのだ。
「荀攸殿」
「はい」
「賭けは貴方の勝ちです」
観念して告げると、彼は柔らかく微笑んだ。
「この時を待ち望んでいました」
抱き締められても、抵抗する者などいない。彼の心臓の音が煩いことも、自分が同じくらい煩いのであろうことも、今の私にはよく分かっている。
遠方から呼ぶ声が聞こえる。捜索隊が間近まで迫っているようだ。顔を天の穴に向けかけたところで、顎に指を掛けられて至近距離で目が合った。
「名前殿、愛しています」
唇が重なり、夜が終わる。月が去り、星が沈んで、男と女は朝を迎えた。二人の物語は、ここから始まるのだ。
了
荀攸殿が話し終えたとき、空が白み始めて鳥の囀りが聞こえていた。両手で顔を隠して動けないまま、寒さではない何かで体が震え出すのを感じた。
「名前殿」
「ちょっと、ちょっと待って下さい。消化し切れない」
幾千夜が経った気がする。たった一晩だったのに、荀攸殿が吐露した気持ちはまさしく私達が出会ってからずっと貯めてきた、積年の想いだった。顔色を変えず、声色に出さず、この人はどれだけ我慢してきたのだろう。どれだけ待っていてくれたのだろう。私は人に頼ることが苦手だ。心を明け渡すのが怖い。真正面から接することができるのは女友達や子供が相手の時だけだった。この時代に来て初めて、男性の友達ができたと思っていた。分からなかったのだ、自分が好意を向けられていることが。
人が動く気配がする。腕を優しく取られて驚くと、恋情を孕んだ瞳が覗き込んでいた。
「一晩掛けて、反応を窺っていました。貴方の気持ちが昨晩から変わっていること、俺の勘違いではないと信じたいのですが」
身を寄せられてその肩の冷たさに驚く。羽織を貸した彼がどれだけの寒さに夜通し耐えたのか分かって、その想いの深さに融けそうになった。冷たい。だけど、暖かい。この人の思い遣りは、柔らかくてさり気ない。
私の良さなんて、人からはどうでもいいと切り捨てられるようなところばかりだ。荀攸殿が挙げた例はどれも日常の一駒で、重大な事件ではない。些細な出来事を掬い上げてもらえたことが嬉しかった。努力してきたことを認めてもらえて涙が出そうだ。自分に自信が無い。優れた部分など何も持っていない。それでも見ていてもらえたこと、心を傾けてもらえたことが何より暖かかった。ずっと向き合うことを避けてきたけど、本当はこの人にだけは打ち明けたかったのだ。異なる時代を生き残らなければならないこと、暗闇が怖いこと、そして、独りが何より寂しいこと。本当は誰かに大丈夫だと言って欲しかった。側にいて欲しかった。だけど、その願いはずっと前から叶っていたのだ。
「私、何も出来ませんが」
「そのままの貴方がいいのです」
馬鹿だな、と自嘲する。この人を試す必要なんて無い。きっと、荀攸殿ならありのままを受け入れてくれる。そして、そんな彼を、私も好きになったのだ。
「荀攸殿」
「はい」
「賭けは貴方の勝ちです」
観念して告げると、彼は柔らかく微笑んだ。
「この時を待ち望んでいました」
抱き締められても、抵抗する者などいない。彼の心臓の音が煩いことも、自分が同じくらい煩いのであろうことも、今の私にはよく分かっている。
遠方から呼ぶ声が聞こえる。捜索隊が間近まで迫っているようだ。顔を天の穴に向けかけたところで、顎に指を掛けられて至近距離で目が合った。
「名前殿、愛しています」
唇が重なり、夜が終わる。月が去り、星が沈んで、男と女は朝を迎えた。二人の物語は、ここから始まるのだ。
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