宝石
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
心を自覚してから、気もそぞろの日が続いていました。用も無いのに、貴方の部屋へ足が向かってしまうのです。夜分に女人の部屋を訪ねるなどあってはならないと言うのに、宿舎を無意味に通り過ぎることがあり、己に呆れました。しかしその日は何だか気配がおかしかった。足元に何かぶつかったかと思うと、宿舎の上から声が降ってきたのです。
「荀攸殿、こんばんは」
見上げてみれば、名前殿が宿舎の屋根の上に座っていました。貴方は自分を『怖がり』と称しながらも、いつも突飛の無いことをしますよね。俺がどれだけ肝を冷やしたか、滔々と語りたくなってしまいます。
「名前殿、一体そこで何を」
「星が綺麗だったので見ていたのですが、梯子が落ちてしまって」
ばつが悪そうな愛想笑い。足にぶつかったのは梯子だったのです。梯子を壁に掛けて屋根に上ると、輝く星空が頭上に瞬いていました。名前殿は空を眺めながら、感嘆するように白い息を吐いていました。宿舎の外に灯る弱々しい光。暗闇の中で、僅かに横顔が照らされていました。
「綺麗ですね」
「ええ」
俺が綺麗だと述べたのは名前殿のことなのですが、そんなことは塵ほども気付いていないのでしょう。人の目を見るのが苦手だと、いつか言っていましたね。真意を覗くのが怖いのだと。実際会話するときも地面や手を見つめることが多い。しかし重要なときは固い決意を瞳に込めて目線を上げる、勇敢な姿を何度も目にしてきました。人のため、弱き者のため、立ち上がり抗う貴方を見守ってきました。しかしそろそろ、寄りかかって欲しいと思うようになっていました。心を許し、弱さを見せて、助けを求める存在が俺であったら。そう考えずにはいられないのです。
僅かに腫れている目元。貴方が度々一人で泣いているであろうことは分かっていました。曹操殿の話では、故郷は遥か彼方、家族にもう二度と会えない状況だとか。どれだけ寂しかったでしょう。心細かったでしょう。しかし貴方は誰にも胸中を明かさなかった。もどかしさがどれ程俺の胸を掻きむしったか、言葉では言い表せない程です。貴方の手を握りたかった。肩を支えたかった。腕の中に抱き締めて離したくない。そう言えば貴方は怯えて俺から去ってしまうでしょう。まだ心が傾いていないことは俺にも分かっていました。
「荀攸殿は困っているときいつも助けてくれますよね」
自嘲するように笑っていました。
「ご迷惑を掛けてばかりで申し訳無いです」
「迷惑など、考えたこともありません」
「そうなんですか?」
膝に顔を埋め、再度溢れてきた涙を隠そうとしているようでした。俺は知らないふりを貫きました。
「荀攸殿は、私の英雄なんです。めげずに、諦めずに難題に挑戦するところを見ると、勇気が湧いてくるんです。私も頑張らなきゃって」
言葉を失ってしまいました。貴方も俺を見ていて下さったのですね。例え同じ温度でなかったとしても、その事実が嬉しかったんです。
「勇気付けられているのは俺も同じです」
「え・・・」
「貴方は怖いのではないですか、人から不興を買うことが。誰かを傷つけることが。それでもいつも逃げ出さずに立ち向かってきたのを、俺は知っています」
肩が震えて、膝を握る手に力が入りました。本格的に嗚咽が始まってしまったので、俺は間違ったことを言ったのかと不安になりました。そして、その背中に手を回したくなるのを必死に我慢しなければなりませんでした。怯える兎に狼が触れていい道理などこの世にはありませんから。
貴方は暫く顔を上げませんでした。俺はただ隣で待っていました。貴方が泣き止むのを。隣にいることで、心の癒やしとなるよう祈りながら、ただ。
「ぁりがとうございます・・・」
蚊の鳴くような声が返ってきたとき、俺は満足しました。その時丁度、貴方の帯から覗く玉佩が見えたからです。俺が差し上げたものを、身につけて下さっている。俺の帯にも、頂いたものがぶら下がっていました。その時悟ったのです、俺が貴方に抱くこの感情は単なる恋慕などではない、最早これは愛と言って相応しいものなのだと。俺が何より触れたいのはその心なのだと気付きました。決意したのです。貴方がひとり孤独に泣く夜など、消し去ってしまいたい。宝石の如き輝きを放つ星も、沈んでしまえばいい。燦然と輝く朝を貴方に迎えて欲しい。そして朝を告げるのは、俺がいい、俺でありたい。そう思う心が止められなくなってしまい、こうして貴方に白状している次第です。
「荀攸殿、こんばんは」
見上げてみれば、名前殿が宿舎の屋根の上に座っていました。貴方は自分を『怖がり』と称しながらも、いつも突飛の無いことをしますよね。俺がどれだけ肝を冷やしたか、滔々と語りたくなってしまいます。
「名前殿、一体そこで何を」
「星が綺麗だったので見ていたのですが、梯子が落ちてしまって」
ばつが悪そうな愛想笑い。足にぶつかったのは梯子だったのです。梯子を壁に掛けて屋根に上ると、輝く星空が頭上に瞬いていました。名前殿は空を眺めながら、感嘆するように白い息を吐いていました。宿舎の外に灯る弱々しい光。暗闇の中で、僅かに横顔が照らされていました。
「綺麗ですね」
「ええ」
俺が綺麗だと述べたのは名前殿のことなのですが、そんなことは塵ほども気付いていないのでしょう。人の目を見るのが苦手だと、いつか言っていましたね。真意を覗くのが怖いのだと。実際会話するときも地面や手を見つめることが多い。しかし重要なときは固い決意を瞳に込めて目線を上げる、勇敢な姿を何度も目にしてきました。人のため、弱き者のため、立ち上がり抗う貴方を見守ってきました。しかしそろそろ、寄りかかって欲しいと思うようになっていました。心を許し、弱さを見せて、助けを求める存在が俺であったら。そう考えずにはいられないのです。
僅かに腫れている目元。貴方が度々一人で泣いているであろうことは分かっていました。曹操殿の話では、故郷は遥か彼方、家族にもう二度と会えない状況だとか。どれだけ寂しかったでしょう。心細かったでしょう。しかし貴方は誰にも胸中を明かさなかった。もどかしさがどれ程俺の胸を掻きむしったか、言葉では言い表せない程です。貴方の手を握りたかった。肩を支えたかった。腕の中に抱き締めて離したくない。そう言えば貴方は怯えて俺から去ってしまうでしょう。まだ心が傾いていないことは俺にも分かっていました。
「荀攸殿は困っているときいつも助けてくれますよね」
自嘲するように笑っていました。
「ご迷惑を掛けてばかりで申し訳無いです」
「迷惑など、考えたこともありません」
「そうなんですか?」
膝に顔を埋め、再度溢れてきた涙を隠そうとしているようでした。俺は知らないふりを貫きました。
「荀攸殿は、私の英雄なんです。めげずに、諦めずに難題に挑戦するところを見ると、勇気が湧いてくるんです。私も頑張らなきゃって」
言葉を失ってしまいました。貴方も俺を見ていて下さったのですね。例え同じ温度でなかったとしても、その事実が嬉しかったんです。
「勇気付けられているのは俺も同じです」
「え・・・」
「貴方は怖いのではないですか、人から不興を買うことが。誰かを傷つけることが。それでもいつも逃げ出さずに立ち向かってきたのを、俺は知っています」
肩が震えて、膝を握る手に力が入りました。本格的に嗚咽が始まってしまったので、俺は間違ったことを言ったのかと不安になりました。そして、その背中に手を回したくなるのを必死に我慢しなければなりませんでした。怯える兎に狼が触れていい道理などこの世にはありませんから。
貴方は暫く顔を上げませんでした。俺はただ隣で待っていました。貴方が泣き止むのを。隣にいることで、心の癒やしとなるよう祈りながら、ただ。
「ぁりがとうございます・・・」
蚊の鳴くような声が返ってきたとき、俺は満足しました。その時丁度、貴方の帯から覗く玉佩が見えたからです。俺が差し上げたものを、身につけて下さっている。俺の帯にも、頂いたものがぶら下がっていました。その時悟ったのです、俺が貴方に抱くこの感情は単なる恋慕などではない、最早これは愛と言って相応しいものなのだと。俺が何より触れたいのはその心なのだと気付きました。決意したのです。貴方がひとり孤独に泣く夜など、消し去ってしまいたい。宝石の如き輝きを放つ星も、沈んでしまえばいい。燦然と輝く朝を貴方に迎えて欲しい。そして朝を告げるのは、俺がいい、俺でありたい。そう思う心が止められなくなってしまい、こうして貴方に白状している次第です。
1/1ページ