宵の茉莉花
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「私では不足なのでしょうか」
荀攸が突飛な話をし出すのは何も今日が初めてではない。名前は何のことか分からず頭の中で話題を検索した。うん。結果はゼロだ。いつも通りよく分からない。
「こんな陰気な男が貴女に釣り合うはずもないことは分かっています」
「すみません、何の話でしょうか」
「しかし機会だけでも頂けないでしょうか」
話を聞いてくれ。
荀攸が酒を飲むとき、そのペースは一定ではない。まずがぶっと一杯飲む。酔う。そして酔いが冷めてきた頃また一気に飲み干す。その繰り返しだ。エンジンを掛け、弱まってきたらまた掛け直す、嗜むというよりも酔いという恩恵を直に受けるためだけに酒を飲む人だった。
普段はそうなのに今日は始めの一杯を飲んでから止まらずにずっと飲み続けている。ただでさえ死んでいるその目がどんどん濁っていくのを名前は不安に見ていた。この流れは良くない気がする。そろそろ止めなければ。
「荀攸殿、今日はちょっと飲み過ぎですよ。一旦止めましょう」
「いいえ、私は大丈夫です」
杯を取り上げようとするとがっしりと掴んでいて叶わなかった。虚空を見つめるその目が据わっている。怖い。バレないように杯の酒に少しずつ水を足していく。
「確かに夏侯淵殿の優しさは魏に仕える者ならば知らぬ者はいない域に達しているでしょう。身分の上下、性別、年齢、全て彼の前においては意味を持たず、誰にでも等しく対応されます。物腰柔らかで声を荒らげることもなく、戦の最中も冷静で、議論が白熱しても気遣いを忘れない。むしろ、紛糾して場の雰囲気が悪化したときもそれを諌める余裕すら持っている。ええ。それこそが夏侯淵殿の唯一無二たる所以です。軍師という立場で人を操らねばならない俺でも足元にも及ばない。夏侯淵殿の心を動かす才は正に神業のようで、誰しもその背を追わずにはいられません。貴方が惹かれるというのはそういう所なのでしょう。確かに城中においてもあの特殊な気質を持った殿方はあまり類を見ません。貴方は以前自分の場所と異なると仰いましたが、家長として家を纏めなければならない背景上、強く在らねばならないというのが男性の心情になりがちです。しかし夏侯淵殿は集団を率いる牽引力と、弱者に寄り添い何人も見捨てないという統率力、双方兼ね備えているのが恐るべきところです。将として男として、あらゆる面で鑑みても彼が群を抜いた存在であることは分かっていますが、それでも俺は中々貴方を諦めきれず、こうして僅かな期待を掛けて勝機は無いかと乞うている次第です」
「長い。一言で」
「夏侯淵殿だけではなく、俺にも目を向けて頂けないでしょうか」
宴会での話か。やっと合点がいった。あのとき夏侯淵殿の話を出したのはただその場を切り抜けたかったからで、別に本心から彼を男性として慕っているわけではない。夏侯淵殿ならああ言っても笑って許してくれると思ったからだ。実際あの後気まずい思いはしていない。
「荀攸殿は素敵ですよ。ただ私には勿体無いです」
「そんなことは・・・」
「私のどんなところが良いと思って下さっているんですか?」
「まず第一にいつも笑顔を絶やさない、その明るさです。貴方の存在はまるで太陽のように周囲にその温かさを与えます。誰に対しても分け隔てないところも欠かさず述べなければならない点でしょう。道に迷った女官を助けて共に迷ってしまったと笑う貴方を見た時の私の胸の高鳴り、どうか想像して下さい。好奇心旺盛で何処にでも赴き何にでも手を出すところも目が離せなくなる要因です。予測不能な行動に驚かせられながらも、世界を広げて頂きました。素直で誠実、裏表が無いところも一緒にいてとても安心できます。軍師として心を隠さなければならない俺にはその真っ直ぐな視線が眩しい時もありますが、それでも背けたくないと、逃げたくないと思ってしまうのです。これが恋・・・というものなのでしょう。どんなときも一生懸命で、弛まぬ研鑽を重ねるところも尊敬に値します。慣れない執務においても泣き言を言わず、賈&♯X8a61;殿の指摘に食らいつき、郭嘉殿に煙に巻かれても質問を返し、文若殿の気遣いもただ受け取るだけでなく自力で事を成し遂げようとするその姿勢、日々感服しています。そして貴方の話の興味深さは背景によるものだけではありません。機知に富んでいながら理解し易く、伝わらないことがあっても此方の顔色を窺いながら諦めずに最後まで説明して下さいますよね。貴方の知識がどれほどこの魏の、そして私の役に立ったか、言葉では言い表せないほどです。普段礼儀正しく接していながら、偶に見せる無邪気な笑顔にも心臓が高鳴っていること、貴方はご存知でしょうか。その華のような微笑みに何度思いを告げてしまいそうになったか分かりません。こんな俺の長話など詰まらないかと心配になりつつも、いつも笑顔で聞いてくれる貴方と一緒にいると、つい時間を忘れてしまうくらい楽しんでしまうのです。この時間がいつまでも続いて欲しい、そして、あなたを誰にも渡したくない、その気持ちを止められないのです」
「三つに絞って」
「朗らかなところ、努力家なところ、可愛らしいところです」
頭を抱えた。可愛らしいって何。そんなこと思ってたの。いつもポーカーフェイスだから分からなかった。
荀攸殿の酒瓶を奪って自分の杯に注ぐ。もうこんなのやっていられない。どうしたらいいかも分からない。
受け入れる、受け入れない、どちらを選択しようとも名前は飲み仲間を今日失うのだ。恋人を得るか、友人を一人無くすか、そんな選択など正気では出来なかった。
「え」
これ、お酒じゃない。
一口飲んで気付いた、アルコールの味がしない。三国時代のお酒は度数が薄く焼酎のような香りがあるが、それが一切無い。瓶が酒用なだけで、中身は水だ。荀攸はずっと水をかっ喰らっていたのだ。
「重要な話をする時に、酔っていては元も子もありませんから」
なんの事はないように荀攸が言う。酔いという逃げ場を失った。どうしよう。先程まで胡乱げになっていた目が突然色を得て光線のように名前を打ち抜いた。
杯に添えた手を握られて肩が跳ねる。真剣な顔だ。いつも飄々として手の中をすり抜けていくような、雲のような男が。誰なの。こんな人知らない。
「名前殿。どうか俺を、貴方のお側に」
ぐるぐると酒が脳を回る。俺を見て。朗らか、努力家、可愛らしい。初めての言葉に目が回る。触れられた手が熱い。私の心はいつの間に、この男に捕らえられていたというのだろうか。
荀攸が突飛な話をし出すのは何も今日が初めてではない。名前は何のことか分からず頭の中で話題を検索した。うん。結果はゼロだ。いつも通りよく分からない。
「こんな陰気な男が貴女に釣り合うはずもないことは分かっています」
「すみません、何の話でしょうか」
「しかし機会だけでも頂けないでしょうか」
話を聞いてくれ。
荀攸が酒を飲むとき、そのペースは一定ではない。まずがぶっと一杯飲む。酔う。そして酔いが冷めてきた頃また一気に飲み干す。その繰り返しだ。エンジンを掛け、弱まってきたらまた掛け直す、嗜むというよりも酔いという恩恵を直に受けるためだけに酒を飲む人だった。
普段はそうなのに今日は始めの一杯を飲んでから止まらずにずっと飲み続けている。ただでさえ死んでいるその目がどんどん濁っていくのを名前は不安に見ていた。この流れは良くない気がする。そろそろ止めなければ。
「荀攸殿、今日はちょっと飲み過ぎですよ。一旦止めましょう」
「いいえ、私は大丈夫です」
杯を取り上げようとするとがっしりと掴んでいて叶わなかった。虚空を見つめるその目が据わっている。怖い。バレないように杯の酒に少しずつ水を足していく。
「確かに夏侯淵殿の優しさは魏に仕える者ならば知らぬ者はいない域に達しているでしょう。身分の上下、性別、年齢、全て彼の前においては意味を持たず、誰にでも等しく対応されます。物腰柔らかで声を荒らげることもなく、戦の最中も冷静で、議論が白熱しても気遣いを忘れない。むしろ、紛糾して場の雰囲気が悪化したときもそれを諌める余裕すら持っている。ええ。それこそが夏侯淵殿の唯一無二たる所以です。軍師という立場で人を操らねばならない俺でも足元にも及ばない。夏侯淵殿の心を動かす才は正に神業のようで、誰しもその背を追わずにはいられません。貴方が惹かれるというのはそういう所なのでしょう。確かに城中においてもあの特殊な気質を持った殿方はあまり類を見ません。貴方は以前自分の場所と異なると仰いましたが、家長として家を纏めなければならない背景上、強く在らねばならないというのが男性の心情になりがちです。しかし夏侯淵殿は集団を率いる牽引力と、弱者に寄り添い何人も見捨てないという統率力、双方兼ね備えているのが恐るべきところです。将として男として、あらゆる面で鑑みても彼が群を抜いた存在であることは分かっていますが、それでも俺は中々貴方を諦めきれず、こうして僅かな期待を掛けて勝機は無いかと乞うている次第です」
「長い。一言で」
「夏侯淵殿だけではなく、俺にも目を向けて頂けないでしょうか」
宴会での話か。やっと合点がいった。あのとき夏侯淵殿の話を出したのはただその場を切り抜けたかったからで、別に本心から彼を男性として慕っているわけではない。夏侯淵殿ならああ言っても笑って許してくれると思ったからだ。実際あの後気まずい思いはしていない。
「荀攸殿は素敵ですよ。ただ私には勿体無いです」
「そんなことは・・・」
「私のどんなところが良いと思って下さっているんですか?」
「まず第一にいつも笑顔を絶やさない、その明るさです。貴方の存在はまるで太陽のように周囲にその温かさを与えます。誰に対しても分け隔てないところも欠かさず述べなければならない点でしょう。道に迷った女官を助けて共に迷ってしまったと笑う貴方を見た時の私の胸の高鳴り、どうか想像して下さい。好奇心旺盛で何処にでも赴き何にでも手を出すところも目が離せなくなる要因です。予測不能な行動に驚かせられながらも、世界を広げて頂きました。素直で誠実、裏表が無いところも一緒にいてとても安心できます。軍師として心を隠さなければならない俺にはその真っ直ぐな視線が眩しい時もありますが、それでも背けたくないと、逃げたくないと思ってしまうのです。これが恋・・・というものなのでしょう。どんなときも一生懸命で、弛まぬ研鑽を重ねるところも尊敬に値します。慣れない執務においても泣き言を言わず、賈&♯X8a61;殿の指摘に食らいつき、郭嘉殿に煙に巻かれても質問を返し、文若殿の気遣いもただ受け取るだけでなく自力で事を成し遂げようとするその姿勢、日々感服しています。そして貴方の話の興味深さは背景によるものだけではありません。機知に富んでいながら理解し易く、伝わらないことがあっても此方の顔色を窺いながら諦めずに最後まで説明して下さいますよね。貴方の知識がどれほどこの魏の、そして私の役に立ったか、言葉では言い表せないほどです。普段礼儀正しく接していながら、偶に見せる無邪気な笑顔にも心臓が高鳴っていること、貴方はご存知でしょうか。その華のような微笑みに何度思いを告げてしまいそうになったか分かりません。こんな俺の長話など詰まらないかと心配になりつつも、いつも笑顔で聞いてくれる貴方と一緒にいると、つい時間を忘れてしまうくらい楽しんでしまうのです。この時間がいつまでも続いて欲しい、そして、あなたを誰にも渡したくない、その気持ちを止められないのです」
「三つに絞って」
「朗らかなところ、努力家なところ、可愛らしいところです」
頭を抱えた。可愛らしいって何。そんなこと思ってたの。いつもポーカーフェイスだから分からなかった。
荀攸殿の酒瓶を奪って自分の杯に注ぐ。もうこんなのやっていられない。どうしたらいいかも分からない。
受け入れる、受け入れない、どちらを選択しようとも名前は飲み仲間を今日失うのだ。恋人を得るか、友人を一人無くすか、そんな選択など正気では出来なかった。
「え」
これ、お酒じゃない。
一口飲んで気付いた、アルコールの味がしない。三国時代のお酒は度数が薄く焼酎のような香りがあるが、それが一切無い。瓶が酒用なだけで、中身は水だ。荀攸はずっと水をかっ喰らっていたのだ。
「重要な話をする時に、酔っていては元も子もありませんから」
なんの事はないように荀攸が言う。酔いという逃げ場を失った。どうしよう。先程まで胡乱げになっていた目が突然色を得て光線のように名前を打ち抜いた。
杯に添えた手を握られて肩が跳ねる。真剣な顔だ。いつも飄々として手の中をすり抜けていくような、雲のような男が。誰なの。こんな人知らない。
「名前殿。どうか俺を、貴方のお側に」
ぐるぐると酒が脳を回る。俺を見て。朗らか、努力家、可愛らしい。初めての言葉に目が回る。触れられた手が熱い。私の心はいつの間に、この男に捕らえられていたというのだろうか。
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