砂上の楼閣
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「お前、向こうで想う男はいなかったのか」
これはどのように答えるのが正解か。名前は選択を迫られた。酔いを纏った夏侯惇が蔦の如く絡み付いてくる。宴会がある度に名前は綱渡りだ。何度断ろうとしても『あっははあ、そう言うなよ』と躱す掴み所のない策士。他の人だったら断れるのに。一度郭嘉が誘いに来たとき遠回しかつはっきりと否を突きつけると次段とばかりに賈詡が派遣されてきた。二段構えの策。名前が誰には強く誰には弱みを握られているか分かりきっているが故の戦略を取られていた。
「いませんでした」
「ふん、その歳で想い人の一人も居ないとはおぼこいものよ」
これはぎりぎり正解と言えようか。深く突っ込まれずに済んで安堵するが、周りの興味津々な視線に耐えきれず酒を一気に飲み込んだ。
「なあ、あんたのところではどんな男が人気なんだ?」
これは難しい質問だ。あまりに的はずれな事を言ってしまっては突っ込まれることは避けられない。名前は無難な返答を頭の中で検索した。
「逆にこちらではどの様な方が人気なんですか?」
「知れたこと。武に優れ強靭な精神を持った男が最も魅力的であると言えよう」
質問してきた李典を張遼が遮る。
「美しい人はどうでしょう?いつの時代も、美というものは人の心を捕らえて離さないものです」
張郃がふわりと卓の前を舞った。
「やっぱり、顔のいい男はどこへ行っても引っ張りだこさ」
郭嘉が己の頬を撫でる。
「目標に直走る姿勢こそ備えるべき善性でしょう」
曹休が目を輝かせる。
「どうかねえ。賢い者が、どんな分野でも場を制するものだ」
賈詡がにやりと笑う。
「筋肉が無ければ漢の名が泣くであろう」
徐晃がポーズを決める。
「死をも恐れぬ覚悟を抱いて突き進む、その姿に皆憧憬を抱く」
龐徳が燃え上がる。
「少年のような遊び心がないと、一緒にいて詰まらないのではないかな」
満寵が笑う。
「王者の風格あってこそ、女人も付き従うべき相手を理解し得よう」
曹丕様、そんな特性を備えているのは貴方だけですよ。
「皆さん面白い考え方ですね。勉強になりました」
無難な返答をして逃げようとすると甄姫に肩を捕まれ、再度席に座らせられた。
「それで?結局あなたはどんな殿方に惹かれるのかしら」
色気が名前に迫る。質問が当初から少しずれているような気がした。
「そのお話は二人きりでしませんか?ほら、皆さん興味もないでしょうし」
「恐縮ですが、自分もご教授願いたいです」
楽進がいらぬ合いの手を入れてくる。それは不正解の行いだ。
「まあまあまあ、そこまでにしときなって。名前が困ってるだろ」
夏侯淵殿…!
両手を広げて引き止める背後に翼が見えた。やはり淵ジェル。推すならば彼しかいない。
「優しい人がいいですね。夏侯淵殿みたいに」
どうやら不正解だったらしい。場が紛糾した。飛び交う杯と掴み合う胸倉を避けに避けて宴会から退散する。
ふと広場を横切ると曹操が一人月見をしながら酒を飲んでいた。いつも誰かしらそばにいるのに珍しい。
「名前よ、想う男がいるなら儂に申すが良い。この曹孟徳に命ぜられて否と言える男など、この魏にいはしまい」
「はい。ありがとうございます」
パワハラの片棒は担ぎたくない。しかし気分を損ねたくない。名前は曹操の顔色を窺いながら言葉を濁した。
名前の立場はいつも揺らいで不安定だ。もし曹操が一言誰かに下賜すると言ってしまえば一貫の終わり、どのような男でも文句を言わず嫁ぐしかない。暴力を振るわれようが、飯をもらえなかろうが、側妻を何人持たれようが、文句など言えようはずもない。
名前は自分の立っている曹操のお墨付きという足場が、砂上の楼閣であることを重々承知していた。この話題は容易くその足場を揺らがせる上に、正・不正が分かりづらい。避けるに限るのだ。
廊下に出て周りを見渡す。もう誰も着いてきていないようだ。安堵した自分を遠くから一人見つめる男がいたことに、名前は気が付かなかった。
これはどのように答えるのが正解か。名前は選択を迫られた。酔いを纏った夏侯惇が蔦の如く絡み付いてくる。宴会がある度に名前は綱渡りだ。何度断ろうとしても『あっははあ、そう言うなよ』と躱す掴み所のない策士。他の人だったら断れるのに。一度郭嘉が誘いに来たとき遠回しかつはっきりと否を突きつけると次段とばかりに賈詡が派遣されてきた。二段構えの策。名前が誰には強く誰には弱みを握られているか分かりきっているが故の戦略を取られていた。
「いませんでした」
「ふん、その歳で想い人の一人も居ないとはおぼこいものよ」
これはぎりぎり正解と言えようか。深く突っ込まれずに済んで安堵するが、周りの興味津々な視線に耐えきれず酒を一気に飲み込んだ。
「なあ、あんたのところではどんな男が人気なんだ?」
これは難しい質問だ。あまりに的はずれな事を言ってしまっては突っ込まれることは避けられない。名前は無難な返答を頭の中で検索した。
「逆にこちらではどの様な方が人気なんですか?」
「知れたこと。武に優れ強靭な精神を持った男が最も魅力的であると言えよう」
質問してきた李典を張遼が遮る。
「美しい人はどうでしょう?いつの時代も、美というものは人の心を捕らえて離さないものです」
張郃がふわりと卓の前を舞った。
「やっぱり、顔のいい男はどこへ行っても引っ張りだこさ」
郭嘉が己の頬を撫でる。
「目標に直走る姿勢こそ備えるべき善性でしょう」
曹休が目を輝かせる。
「どうかねえ。賢い者が、どんな分野でも場を制するものだ」
賈詡がにやりと笑う。
「筋肉が無ければ漢の名が泣くであろう」
徐晃がポーズを決める。
「死をも恐れぬ覚悟を抱いて突き進む、その姿に皆憧憬を抱く」
龐徳が燃え上がる。
「少年のような遊び心がないと、一緒にいて詰まらないのではないかな」
満寵が笑う。
「王者の風格あってこそ、女人も付き従うべき相手を理解し得よう」
曹丕様、そんな特性を備えているのは貴方だけですよ。
「皆さん面白い考え方ですね。勉強になりました」
無難な返答をして逃げようとすると甄姫に肩を捕まれ、再度席に座らせられた。
「それで?結局あなたはどんな殿方に惹かれるのかしら」
色気が名前に迫る。質問が当初から少しずれているような気がした。
「そのお話は二人きりでしませんか?ほら、皆さん興味もないでしょうし」
「恐縮ですが、自分もご教授願いたいです」
楽進がいらぬ合いの手を入れてくる。それは不正解の行いだ。
「まあまあまあ、そこまでにしときなって。名前が困ってるだろ」
夏侯淵殿…!
両手を広げて引き止める背後に翼が見えた。やはり淵ジェル。推すならば彼しかいない。
「優しい人がいいですね。夏侯淵殿みたいに」
どうやら不正解だったらしい。場が紛糾した。飛び交う杯と掴み合う胸倉を避けに避けて宴会から退散する。
ふと広場を横切ると曹操が一人月見をしながら酒を飲んでいた。いつも誰かしらそばにいるのに珍しい。
「名前よ、想う男がいるなら儂に申すが良い。この曹孟徳に命ぜられて否と言える男など、この魏にいはしまい」
「はい。ありがとうございます」
パワハラの片棒は担ぎたくない。しかし気分を損ねたくない。名前は曹操の顔色を窺いながら言葉を濁した。
名前の立場はいつも揺らいで不安定だ。もし曹操が一言誰かに下賜すると言ってしまえば一貫の終わり、どのような男でも文句を言わず嫁ぐしかない。暴力を振るわれようが、飯をもらえなかろうが、側妻を何人持たれようが、文句など言えようはずもない。
名前は自分の立っている曹操のお墨付きという足場が、砂上の楼閣であることを重々承知していた。この話題は容易くその足場を揺らがせる上に、正・不正が分かりづらい。避けるに限るのだ。
廊下に出て周りを見渡す。もう誰も着いてきていないようだ。安堵した自分を遠くから一人見つめる男がいたことに、名前は気が付かなかった。
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