狐薊に気をつけて
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「もう長くないかもしれないんだ」
青白い顔に隈をこさえた徐庶が言うので名前はたじろいだ。馬鹿な。徐庶が若くして病を得たという歴史は無かったはず。
二人は徐庶の邸で向かい合っていた。執務に出仕せず滞りがちであった書簡を諸葛亮に言われて名前が届けに来たところである。『どうにも様子がおかしいので、見てきてくれますか』と菓子と白い包みを渡されていたが、包みの中身は薬だったようだ。言わないだけでどうやらこれは見舞いだったらしい。
「そんな、医者は何と」
「はっきりとしたことは分かっていないんだ・・・体が衰弱しているとだけ」
「どうにかならないんですか」
「さあ、どうだろうな」
言葉を濁して徐庶は自嘲するように遠くを見た。名前は計画外の出来事に狼狽えて冷静さを失っていた。
徐庶の母親が魏に捕らわれる前に手を打ったのは名前の言によるものであった。まだ蜀に来てから日の浅い名前にはじめ徐庶は警戒心を抱いていたようだが、母親を移動させてから魏がかつての居所近辺を支配したとあって、そこから名前に感謝し気安く関わるようになっていた。
共に竹簡を前に唸ったり戦場を駆け抜けたり、酒場で飲み過ぎた仲間を介抱したりと、名前と徐庶は軍の中でも特に親しい関係性になっていた。天下統一に必要な人材でもあるが、心の支えとしても失っては困る存在だった。
「実は、名前殿にお願いがあるんだ」
「何でも。何でも言って下さい。きっと叶えます」
控えめな男が言うので名前も前のめりになった。徐庶がはにかむ。事実自分にできることなら死力を尽くして叶えようという心があった。
「俺の妻になってもらえないだろうか」
は?
聞き間違いかと思ってまじまじと見返すと、徐庶は頬をかいた。
「だめ・・・かな」
駄目だ駄目じゃないという問題ではない。つい先日大言を叩いたところなのである。中心部に姿はなかったにせよあれだけの騒ぎになっていたのだから徐庶も知っているはずだ。かぐや姫顔負けの無理難題を挙げたのだ、そんな女を妻にしたいとは、正気とは思えなかった。
「母上は昔から俺が一人前の男になれるかどうかを心配していてね。こんなことになってしまったけど、いよいよとなる前に一目見せてあげたいんだ」
なるほど手近な相手として名前を選んだというわけか。それなら納得である。名前ほど徐庶に近い女性は今いないだろう。
困ったのは名前である。徐庶のことは好きだ。友として想っている。ただその思いがどれほど強くとも、衆目監視の上で切った大見得を覆すことは気が引けた。
悩む名前を前に徐庶が畳み掛ける。
「俺は・・・自分で言うのもなんだけど、良い家の出ではないし。家族も今は母上一人だけだ。面倒は俺が見るから、君に手間は掛けさせない。一人でいた時間も長かったから、家事は一通りできるつもりだよ。子どもは・・・できるかどうか分からないけど・・・記念日というのは、夫婦になったその日のことかな?それとも前に言っていた君の生まれた日の話?これでも記憶力には自信があるんだ、必ず忘れないようにするよ」
前渡したようにこれからも贈り物は欠かさない、要望に添うので言って欲しい、これ程弱っているのに他の妻など考えられない、君だけに尽くす、女官や他の文官からの評判は良い方なんだ…。
条件を一つずつ潰されていって名前は愕然とする。この時代の男性にとって厳しいものばかりを挙げたはずだが、確かに徐庶は他の男性陣と違って柔軟であると言えた。条件面で言えば文句はない。劉備にした誓いも違えない。なのだが。
付け加える必要もないと思って言わなかった『愛し愛されること』というお伽噺のような一節が頭に浮かぶ。これが満たされないなら現代ではそもそも結婚などしない。
面目も立つ、友への義も果たせる、そのような理由で結婚してもいいものだろうか。名前は揺らいだ。
「お願いだ、名前殿。君にしか頼めないんだ」
自信のない男が、俺なんかと言う男が、今日に限って胸を射抜くような強い目をしている。はっきりと踏ん切りがついたわけではないが、名前はこの先徐庶のどれだけ続くか分からない人生で、病床にあるその心を慰めることで恩を返そうと思った。
「わか・・・り・・・ました・・・」
実際にはもっと『・・・』の多い言葉だったが、やっと了承を示した。徐庶がその言葉を聞いて『ありがとう』と笑ったので、名前も曖昧に笑みを返した。
その次の週にはささやかな結婚式をした。
病人をして式典などさせようとはと名前は怒り心頭で止めたのだが、まあまあと周囲に宥められいつの間にか決行する羽目になっていた。あまりに名前が譲らないので少数の身内と諸将を呼んでの食事会のみとなったが、徐庶の母親が泣いていたので名前は反対したことを少し後悔した。
いざ初夜へという段階となって名前は徐庶を寝台に寝かせて自分は長椅子へ腰掛けた。
「私はこっちで寝ますね」
「どうして?そんなことさせられないよ、こちらへおいで」
「病人をしっかり寝かせることが私の責務です」
名前は介護要員としての使命感に燃えていた。
「そんなところで寝たら君の健康まで害してしまうよ。広い寝台を手配したんだ、君一人増えても平気さ」
「でも」
「名前殿、お願いだ」
名前は徐庶の『お願い』に弱かった。不安げな顔をされると何でも受け入れたくなってしまう。出来うる限り寝台の隅に体を寄せて、『では、おやすみなさい』と目を閉じた。
青白い顔に隈をこさえた徐庶が言うので名前はたじろいだ。馬鹿な。徐庶が若くして病を得たという歴史は無かったはず。
二人は徐庶の邸で向かい合っていた。執務に出仕せず滞りがちであった書簡を諸葛亮に言われて名前が届けに来たところである。『どうにも様子がおかしいので、見てきてくれますか』と菓子と白い包みを渡されていたが、包みの中身は薬だったようだ。言わないだけでどうやらこれは見舞いだったらしい。
「そんな、医者は何と」
「はっきりとしたことは分かっていないんだ・・・体が衰弱しているとだけ」
「どうにかならないんですか」
「さあ、どうだろうな」
言葉を濁して徐庶は自嘲するように遠くを見た。名前は計画外の出来事に狼狽えて冷静さを失っていた。
徐庶の母親が魏に捕らわれる前に手を打ったのは名前の言によるものであった。まだ蜀に来てから日の浅い名前にはじめ徐庶は警戒心を抱いていたようだが、母親を移動させてから魏がかつての居所近辺を支配したとあって、そこから名前に感謝し気安く関わるようになっていた。
共に竹簡を前に唸ったり戦場を駆け抜けたり、酒場で飲み過ぎた仲間を介抱したりと、名前と徐庶は軍の中でも特に親しい関係性になっていた。天下統一に必要な人材でもあるが、心の支えとしても失っては困る存在だった。
「実は、名前殿にお願いがあるんだ」
「何でも。何でも言って下さい。きっと叶えます」
控えめな男が言うので名前も前のめりになった。徐庶がはにかむ。事実自分にできることなら死力を尽くして叶えようという心があった。
「俺の妻になってもらえないだろうか」
は?
聞き間違いかと思ってまじまじと見返すと、徐庶は頬をかいた。
「だめ・・・かな」
駄目だ駄目じゃないという問題ではない。つい先日大言を叩いたところなのである。中心部に姿はなかったにせよあれだけの騒ぎになっていたのだから徐庶も知っているはずだ。かぐや姫顔負けの無理難題を挙げたのだ、そんな女を妻にしたいとは、正気とは思えなかった。
「母上は昔から俺が一人前の男になれるかどうかを心配していてね。こんなことになってしまったけど、いよいよとなる前に一目見せてあげたいんだ」
なるほど手近な相手として名前を選んだというわけか。それなら納得である。名前ほど徐庶に近い女性は今いないだろう。
困ったのは名前である。徐庶のことは好きだ。友として想っている。ただその思いがどれほど強くとも、衆目監視の上で切った大見得を覆すことは気が引けた。
悩む名前を前に徐庶が畳み掛ける。
「俺は・・・自分で言うのもなんだけど、良い家の出ではないし。家族も今は母上一人だけだ。面倒は俺が見るから、君に手間は掛けさせない。一人でいた時間も長かったから、家事は一通りできるつもりだよ。子どもは・・・できるかどうか分からないけど・・・記念日というのは、夫婦になったその日のことかな?それとも前に言っていた君の生まれた日の話?これでも記憶力には自信があるんだ、必ず忘れないようにするよ」
前渡したようにこれからも贈り物は欠かさない、要望に添うので言って欲しい、これ程弱っているのに他の妻など考えられない、君だけに尽くす、女官や他の文官からの評判は良い方なんだ…。
条件を一つずつ潰されていって名前は愕然とする。この時代の男性にとって厳しいものばかりを挙げたはずだが、確かに徐庶は他の男性陣と違って柔軟であると言えた。条件面で言えば文句はない。劉備にした誓いも違えない。なのだが。
付け加える必要もないと思って言わなかった『愛し愛されること』というお伽噺のような一節が頭に浮かぶ。これが満たされないなら現代ではそもそも結婚などしない。
面目も立つ、友への義も果たせる、そのような理由で結婚してもいいものだろうか。名前は揺らいだ。
「お願いだ、名前殿。君にしか頼めないんだ」
自信のない男が、俺なんかと言う男が、今日に限って胸を射抜くような強い目をしている。はっきりと踏ん切りがついたわけではないが、名前はこの先徐庶のどれだけ続くか分からない人生で、病床にあるその心を慰めることで恩を返そうと思った。
「わか・・・り・・・ました・・・」
実際にはもっと『・・・』の多い言葉だったが、やっと了承を示した。徐庶がその言葉を聞いて『ありがとう』と笑ったので、名前も曖昧に笑みを返した。
その次の週にはささやかな結婚式をした。
病人をして式典などさせようとはと名前は怒り心頭で止めたのだが、まあまあと周囲に宥められいつの間にか決行する羽目になっていた。あまりに名前が譲らないので少数の身内と諸将を呼んでの食事会のみとなったが、徐庶の母親が泣いていたので名前は反対したことを少し後悔した。
いざ初夜へという段階となって名前は徐庶を寝台に寝かせて自分は長椅子へ腰掛けた。
「私はこっちで寝ますね」
「どうして?そんなことさせられないよ、こちらへおいで」
「病人をしっかり寝かせることが私の責務です」
名前は介護要員としての使命感に燃えていた。
「そんなところで寝たら君の健康まで害してしまうよ。広い寝台を手配したんだ、君一人増えても平気さ」
「でも」
「名前殿、お願いだ」
名前は徐庶の『お願い』に弱かった。不安げな顔をされると何でも受け入れたくなってしまう。出来うる限り寝台の隅に体を寄せて、『では、おやすみなさい』と目を閉じた。
1/3ページ