Eggnog
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「名前殿、少し先走り過ぎではないか」
横から話し掛けられて、馬の歩を早めた。幾度となく繰り返された注意にもう耳がたこになっている。
「攻めなければ戦は勝てませんよ」
「そなたは死に急いでいるように見える」
「貴方に何が分かるの」
手綱を強く握る。身に余る優しさもお節介も、私には必要無いのだ。
「私は価値を証明しないと生きていけないの。お願いだから放って置いて」
そのまま馬を走らせた。曹仁は追い掛けてこなかった。
光と共に魏へ押し出されて以来、私の命運は曹操が握っていた。取り押さえられたときに抵抗して、兵士十人を一気に吹き飛ばしたところから処遇が決まった。何の因果か、私は戦国武将並みに力が強くなっていて、心根は脆くとも戦に出させられることとなった。誰かを斬るということに抵抗を拭えなかった私は棍棒を持ち歩き、殴って気絶させる、戦線を撹乱するという役割を担っていた。戦争なんて、出たいはずがない。毎回体が震えて止まらない。だけどここで『怖い』と言ってしまったら、『もう誰も傷つけたくない』と打ち明けてしまったら、私の身柄はどうなるのだろう。勇ましく戦い、己の信念を守る武将達に囲まれて、一人弱音を吐けるはずがなかったのだ。
そんな時、いつも誘惑の呪文を囁く男がいる。
「名前殿、良ければ我が背後に着いてくるといい」
もう止めてよ。耳を塞ぎたくなるから。着込んだ鎧を脱いで、心の叫びを曝け出してしまいたくなるから。
最近は無視するようにしていた。どんな罵倒を投げ付けようとも温かい言葉だけが返ってきて、情けなくもその優しさに身を預けたくなってしまうからだ。
「無理をするな。そなたの心は悲鳴を上げている」
そんなの自分でも分かってるよ。でも歩みを止めることの方が、私には怖かったのだ。
ある戦で怪我をした。自分の武器に殺傷能力は無いとは言え、無論相手のものには刃がついている。腕に深い傷を負って天幕へ戻ったところだった。鎧の一部を外して手当を受ける。まだやるべきことが残っている。前線に出て混戦に持ち込む計画があったのだ。
「そんな体で何処へ行く」
また曹仁だ。いい加減にしてもらいたい。痛む腕が露見しないように振り向くと、私よりも苦しげな顔でこちらを見詰める男がいた。
「撤退したと見た者がまた前線に現れる、そうして混乱を発生させる必要があるのです」
「そなたでなくても担える者はいる」
「でも私がやりたいの」
私はいつからこんな性格になってしまったのだろう。三国時代に来る前は、花を愛でるのが好きで、散歩が趣味で、休みの日にはお気に入りのベーカリーでパンを買って音楽を聞きながら公園に行くような毎日だったのに。いつの間にこんな血に塗れて殺伐とした世界に身を置いて平気なくらい、狂気に慣れてしまったのだろう。自分でも自分が分からなかった。本当は誰かにその肩を支えて欲しかった。
「私は魏の矛になる」
「ならば自分がそなたの盾になろう」
どうしてこんな私を気に掛けてくれるのか。いつまで優しい対応を続けてくれるのか。崩れ落ちそうな体を、この人に預けてもいいのか。握り締める篭手がぎりぎりと引き攣るような音を立てた。
「愛しい女性を守る許しをくれぬか」
広いその胸に顔を押し付けると、無言のまま体に手が添えられた。冷たい鎧越しの、温かい抱擁。乱世によって千々に引き裂かれた心の隙間に、彼の思い遣りが注がれていく心地を味わった。
Eggnog・・・守護
横から話し掛けられて、馬の歩を早めた。幾度となく繰り返された注意にもう耳がたこになっている。
「攻めなければ戦は勝てませんよ」
「そなたは死に急いでいるように見える」
「貴方に何が分かるの」
手綱を強く握る。身に余る優しさもお節介も、私には必要無いのだ。
「私は価値を証明しないと生きていけないの。お願いだから放って置いて」
そのまま馬を走らせた。曹仁は追い掛けてこなかった。
光と共に魏へ押し出されて以来、私の命運は曹操が握っていた。取り押さえられたときに抵抗して、兵士十人を一気に吹き飛ばしたところから処遇が決まった。何の因果か、私は戦国武将並みに力が強くなっていて、心根は脆くとも戦に出させられることとなった。誰かを斬るということに抵抗を拭えなかった私は棍棒を持ち歩き、殴って気絶させる、戦線を撹乱するという役割を担っていた。戦争なんて、出たいはずがない。毎回体が震えて止まらない。だけどここで『怖い』と言ってしまったら、『もう誰も傷つけたくない』と打ち明けてしまったら、私の身柄はどうなるのだろう。勇ましく戦い、己の信念を守る武将達に囲まれて、一人弱音を吐けるはずがなかったのだ。
そんな時、いつも誘惑の呪文を囁く男がいる。
「名前殿、良ければ我が背後に着いてくるといい」
もう止めてよ。耳を塞ぎたくなるから。着込んだ鎧を脱いで、心の叫びを曝け出してしまいたくなるから。
最近は無視するようにしていた。どんな罵倒を投げ付けようとも温かい言葉だけが返ってきて、情けなくもその優しさに身を預けたくなってしまうからだ。
「無理をするな。そなたの心は悲鳴を上げている」
そんなの自分でも分かってるよ。でも歩みを止めることの方が、私には怖かったのだ。
ある戦で怪我をした。自分の武器に殺傷能力は無いとは言え、無論相手のものには刃がついている。腕に深い傷を負って天幕へ戻ったところだった。鎧の一部を外して手当を受ける。まだやるべきことが残っている。前線に出て混戦に持ち込む計画があったのだ。
「そんな体で何処へ行く」
また曹仁だ。いい加減にしてもらいたい。痛む腕が露見しないように振り向くと、私よりも苦しげな顔でこちらを見詰める男がいた。
「撤退したと見た者がまた前線に現れる、そうして混乱を発生させる必要があるのです」
「そなたでなくても担える者はいる」
「でも私がやりたいの」
私はいつからこんな性格になってしまったのだろう。三国時代に来る前は、花を愛でるのが好きで、散歩が趣味で、休みの日にはお気に入りのベーカリーでパンを買って音楽を聞きながら公園に行くような毎日だったのに。いつの間にこんな血に塗れて殺伐とした世界に身を置いて平気なくらい、狂気に慣れてしまったのだろう。自分でも自分が分からなかった。本当は誰かにその肩を支えて欲しかった。
「私は魏の矛になる」
「ならば自分がそなたの盾になろう」
どうしてこんな私を気に掛けてくれるのか。いつまで優しい対応を続けてくれるのか。崩れ落ちそうな体を、この人に預けてもいいのか。握り締める篭手がぎりぎりと引き攣るような音を立てた。
「愛しい女性を守る許しをくれぬか」
広いその胸に顔を押し付けると、無言のまま体に手が添えられた。冷たい鎧越しの、温かい抱擁。乱世によって千々に引き裂かれた心の隙間に、彼の思い遣りが注がれていく心地を味わった。
Eggnog・・・守護
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