Old Fashioned
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「お前が名前か」
馬の毛を梳いている時に突如話し掛けられて驚いた。振り向くと鋭い視線が私を射抜いていて不安に震えた。何その圧。蜀の人間は基本的に厚かましいところがあるが、その中でも群を抜いて怖かった。
「そうですが」
「お前の導入した餌で我が馬も身が引き締まった。礼を言う」
それならばそんなに睨むような目をしないで欲しいのだが、これがこの男の通常なのかもしれない。正直言ってあまり関わりたいタイプではない。『それは良かったですね』、刷毛を手持ち無沙汰に動かし、離れてくれと願いながら馬に目をやると男は腕組みしてそこに居直っていた。
「随分手慣れているが、どのような背景があってのことだ」
「私の身の上なんて聞いてもつまらないですよ」
「構わん。聞かせてくれ」
不躾な言い方をするので位のある将なのだろうなと予想しながら、私は人生を振り返った。
牧場の娘に生まれた私は、物心ついた頃から動物達に囲まれていた。朝は餌やりと乳搾り、夜は卵の選定。家族経営故に子供ながら立派に役割が与えられていたが、嫌だと思ったことは無かった。鶏の鳴き声で朝を迎え、犬と共に羊を追い回し、搾りたての牛乳を味わって、疲れた日には兎を撫でて過ごす。長閑な日々。私は牧畜に向いている気性だったと思う。様々な種類の動物達が揃う中で、一番好きなのが馬だった。私を見つけたとき尻尾を振って歓迎する奥ゆかしさ、豊かで柔らかな鬣、純粋できらきらと光る瞳。言葉を持たなくても通じ合うものがあった。馬は優しい。温かくて、干し草の匂いがして、内に情熱を秘めている。私が学校に馴染めなくて悩んでいたときも、その背に乗って草原を駆ければ憂いなど忘れられた。正直に言ってしまえば、心を許せる人間など家族以外にはいなかったのかもしれない。私には馬がいる、絶対に私を裏切らない友が。それだけで十二分に幸福な人生だった。
はっと我に返る。コミュニケーションが得手ではない私の話を、男は真面目に聞いていた。『そんな感じです』、ごにょごにょと話を切り上げると一つ大きく頷いて納得した。
「そうか。馬を無二の友として育ったか、俺と同じだな」
一人満足して男は去って行った。いや、名前くらい名乗って欲しい。
「あの人何なんだろうね」
馬に問う。答えの代わりに、ブルルと嘶いて尻尾が振られた。
馬の毛を梳いている時に突如話し掛けられて驚いた。振り向くと鋭い視線が私を射抜いていて不安に震えた。何その圧。蜀の人間は基本的に厚かましいところがあるが、その中でも群を抜いて怖かった。
「そうですが」
「お前の導入した餌で我が馬も身が引き締まった。礼を言う」
それならばそんなに睨むような目をしないで欲しいのだが、これがこの男の通常なのかもしれない。正直言ってあまり関わりたいタイプではない。『それは良かったですね』、刷毛を手持ち無沙汰に動かし、離れてくれと願いながら馬に目をやると男は腕組みしてそこに居直っていた。
「随分手慣れているが、どのような背景があってのことだ」
「私の身の上なんて聞いてもつまらないですよ」
「構わん。聞かせてくれ」
不躾な言い方をするので位のある将なのだろうなと予想しながら、私は人生を振り返った。
牧場の娘に生まれた私は、物心ついた頃から動物達に囲まれていた。朝は餌やりと乳搾り、夜は卵の選定。家族経営故に子供ながら立派に役割が与えられていたが、嫌だと思ったことは無かった。鶏の鳴き声で朝を迎え、犬と共に羊を追い回し、搾りたての牛乳を味わって、疲れた日には兎を撫でて過ごす。長閑な日々。私は牧畜に向いている気性だったと思う。様々な種類の動物達が揃う中で、一番好きなのが馬だった。私を見つけたとき尻尾を振って歓迎する奥ゆかしさ、豊かで柔らかな鬣、純粋できらきらと光る瞳。言葉を持たなくても通じ合うものがあった。馬は優しい。温かくて、干し草の匂いがして、内に情熱を秘めている。私が学校に馴染めなくて悩んでいたときも、その背に乗って草原を駆ければ憂いなど忘れられた。正直に言ってしまえば、心を許せる人間など家族以外にはいなかったのかもしれない。私には馬がいる、絶対に私を裏切らない友が。それだけで十二分に幸福な人生だった。
はっと我に返る。コミュニケーションが得手ではない私の話を、男は真面目に聞いていた。『そんな感じです』、ごにょごにょと話を切り上げると一つ大きく頷いて納得した。
「そうか。馬を無二の友として育ったか、俺と同じだな」
一人満足して男は去って行った。いや、名前くらい名乗って欲しい。
「あの人何なんだろうね」
馬に問う。答えの代わりに、ブルルと嘶いて尻尾が振られた。
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