Merry Widow
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「紫鸞くんはいいよね、モテモテで」
地面を行く蟻の群れに棒で道筋を作ってやると、彼が首を傾げた。可愛い。そういうところが人に好かれるのだという自覚はあるのだろうか。
三国時代にやって来て数ヶ月が経った。紫鸞くんの思い出の場所で救われた私は、彼に着いて色んな国を東奔西走。好色一代男記を眼前に見せつけられながら旅を続けていた。今のところどの軍にも属していないが、彼の人気っぷりは留まるところを知らない。
壮絶な過去を抱え記憶を失っている人の前で言えたことではないが、私は彼が羨ましかった。類稀なる武力と人格によって、あらゆる人から声を掛けられる。その横にいて変な顔をされることが多かった。"我らが"紫鸞についている変な虫はなんなのか、そういう目を向けられることさえあった。私だって降り立つ場所を選んだわけではないのに。彼に出会えたことは幸福以外の何物でもなかったが、人間関係は私と紫鸞くん、二人で完結することが多かった。
「袁紹に夕食を一緒にどうかと誘われている。共に行くか」
「ううん、止めとく」
地面に棒で弧を描く。蟻が丸の中に閉じ込められた。
「皆紫鸞くんとお話したいんだもん。邪魔できないや」
そう言うと困った顔をする。許褚や典韋、蜀の人達はいい。彼らは私を差別したりしない。だけど上流階級の人は明らかに私を下に見ていた。同じ場にいて何度苦しい思いをしたことか。
一人だけでいい、境遇を分かってくれて、私を一番にしてくれる人が欲しかった。
現代では彼氏がいた。大学のサークルで出会った二つ上の先輩だ。そんなに好きというわけでもなかったけど、告白されたし、将来有望そうなので付き合った。ただそれだけ。明るくて、剽軽で、誰にでも引っ張りだこな人だった。
「私にもね、彼氏がいたの」
「かれし」
「恋仲の男性だよ」
紫鸞くんが悲しそうな顔をした。次にくる言葉を読めてしまったからだろう。
「多分もう次の人を見つけているだろうなあ」
ぐるぐると地面に靄を描く。私の寂しさも砂に解けて消えていったらいいのに。
「紫鸞くんほどモテなくてもいいから、私も私だけを見てくれる人を探したいな」
「もてとはどういう意味だ」
「人から好かれるってこと」
突如横から手を掴まれてびっくりした。初めて触る紫鸞くんの手は、まめだらけでところどころ傷がついていた。戦場を渡るものの性だ。それなのに、視線は甘えるように溶けて、一抹の切なさを孕んでいた。
「あんたは俺に"もて"ている。それだけでは物足りないのか」
ちょっと待って聞いてないよ…。オリジンズは年齢層が少し下がったこともあって私にとってはイケメンパラダイスだ。その中でも紫鸞くんは特筆して顔がいい。ときめかないはずがない。だけど。
「紫鸞くんは皆のヒロインだから」
「ひろいん?」
「お姫様ってとこかな」
「俺は男だ」
掴んだ私の手を頬にすり寄せられた。打って変わって今度は鋭い目が私を捕らえて離さない。どうしたの。いつも波が無くて、穏やかで、私の話を黙って聞いていてくれる彼は一体どこへ。
「いい加減分からせた方がいいようだ」
待って、鼻血出そう。強気の紫鸞くん、破壊力が半端ない。ねえ、いいの?私、何にも持たない女だよ?貴方みたいに戦局を動かしたり、妖術を見抜いたり、風の動きを読んだりできない。それでも、私でいいって言ってくれる?他の男の人みたいに惰性で告白したりしないで、私自身を見て話してくれる?
地面にうじうじ物描きをする女に付き合う美丈夫がいると街でも話題になっていた。宿屋の裏、私達の秘密の逢瀬。なんてことはない時間で満ち足りていたなんて、信じられなかった。藤色の瞳が心臓を撃ち抜いて、目が離せない。茶髪にピアスで笑っている前の彼氏のことなんて、頭から抜け落ちて消えていってしまった。
Merry Widow・・・もう一度素敵な恋を
地面を行く蟻の群れに棒で道筋を作ってやると、彼が首を傾げた。可愛い。そういうところが人に好かれるのだという自覚はあるのだろうか。
三国時代にやって来て数ヶ月が経った。紫鸞くんの思い出の場所で救われた私は、彼に着いて色んな国を東奔西走。好色一代男記を眼前に見せつけられながら旅を続けていた。今のところどの軍にも属していないが、彼の人気っぷりは留まるところを知らない。
壮絶な過去を抱え記憶を失っている人の前で言えたことではないが、私は彼が羨ましかった。類稀なる武力と人格によって、あらゆる人から声を掛けられる。その横にいて変な顔をされることが多かった。"我らが"紫鸞についている変な虫はなんなのか、そういう目を向けられることさえあった。私だって降り立つ場所を選んだわけではないのに。彼に出会えたことは幸福以外の何物でもなかったが、人間関係は私と紫鸞くん、二人で完結することが多かった。
「袁紹に夕食を一緒にどうかと誘われている。共に行くか」
「ううん、止めとく」
地面に棒で弧を描く。蟻が丸の中に閉じ込められた。
「皆紫鸞くんとお話したいんだもん。邪魔できないや」
そう言うと困った顔をする。許褚や典韋、蜀の人達はいい。彼らは私を差別したりしない。だけど上流階級の人は明らかに私を下に見ていた。同じ場にいて何度苦しい思いをしたことか。
一人だけでいい、境遇を分かってくれて、私を一番にしてくれる人が欲しかった。
現代では彼氏がいた。大学のサークルで出会った二つ上の先輩だ。そんなに好きというわけでもなかったけど、告白されたし、将来有望そうなので付き合った。ただそれだけ。明るくて、剽軽で、誰にでも引っ張りだこな人だった。
「私にもね、彼氏がいたの」
「かれし」
「恋仲の男性だよ」
紫鸞くんが悲しそうな顔をした。次にくる言葉を読めてしまったからだろう。
「多分もう次の人を見つけているだろうなあ」
ぐるぐると地面に靄を描く。私の寂しさも砂に解けて消えていったらいいのに。
「紫鸞くんほどモテなくてもいいから、私も私だけを見てくれる人を探したいな」
「もてとはどういう意味だ」
「人から好かれるってこと」
突如横から手を掴まれてびっくりした。初めて触る紫鸞くんの手は、まめだらけでところどころ傷がついていた。戦場を渡るものの性だ。それなのに、視線は甘えるように溶けて、一抹の切なさを孕んでいた。
「あんたは俺に"もて"ている。それだけでは物足りないのか」
ちょっと待って聞いてないよ…。オリジンズは年齢層が少し下がったこともあって私にとってはイケメンパラダイスだ。その中でも紫鸞くんは特筆して顔がいい。ときめかないはずがない。だけど。
「紫鸞くんは皆のヒロインだから」
「ひろいん?」
「お姫様ってとこかな」
「俺は男だ」
掴んだ私の手を頬にすり寄せられた。打って変わって今度は鋭い目が私を捕らえて離さない。どうしたの。いつも波が無くて、穏やかで、私の話を黙って聞いていてくれる彼は一体どこへ。
「いい加減分からせた方がいいようだ」
待って、鼻血出そう。強気の紫鸞くん、破壊力が半端ない。ねえ、いいの?私、何にも持たない女だよ?貴方みたいに戦局を動かしたり、妖術を見抜いたり、風の動きを読んだりできない。それでも、私でいいって言ってくれる?他の男の人みたいに惰性で告白したりしないで、私自身を見て話してくれる?
地面にうじうじ物描きをする女に付き合う美丈夫がいると街でも話題になっていた。宿屋の裏、私達の秘密の逢瀬。なんてことはない時間で満ち足りていたなんて、信じられなかった。藤色の瞳が心臓を撃ち抜いて、目が離せない。茶髪にピアスで笑っている前の彼氏のことなんて、頭から抜け落ちて消えていってしまった。
Merry Widow・・・もう一度素敵な恋を
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