鬼事
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玄関を破壊した男が、家の中へ踏み込んできた。壊れた扉が風に揺れて、軋んだ音を立てる。男は私を見据えたまま、ゆっくりと一歩踏み出した。紫の衣が静かに揺れる。逃げなければ。そう思った瞬間、思考より先に身体が動いた。
居間の机を掴んで押し倒す。脚が床を擦り、耳障りな音を立てた。机の上の椀や皿が滑り落ち、砕け散る。そのまま台所へ駆け込んだ。
背後で、机が蹴り払われる音がした。振り返ると、男は歩みを止めることもなく倒れた机を足先で押し退けている。まるで散らばる木片など存在しないかのようだった。
棚に手を伸ばし、並んでいた器を掴んでは投げつける。陶器が弧を描いて飛んでいく。男は腕を軽く振っただけだった。器は空中で弾かれ、壁に当たって砕ける。破片が床に散らばり、乾いた音を立てた。
「小賢しい」
低く唸るような声。
台所を飛び出し、自分の部屋へ滑り込んだ。窓を覆う布を引き剥がし、振り返りざまに投げる。布は空中で広がり、男の顔を覆った。その隙に廊下へ飛び出す。背後で布が引き裂かれる音がした。
紫鸞くんの部屋の前を通り過ぎ、更に奥へ走る。息が焼けるように苦しい。男は絡みついた布を乱暴に引き剥がし、床へ投げ捨てていた。紫の衣には皺一つない。
逃げ場が無い。外に出られる出口は、玄関しかない。その玄関に繋がる廊下では、男が私に魔の手を伸ばしている。
活路を見出したくて、勝手口へ辿り着いた。扉の取手を掴む。開かない。扉は開かないように外側から仕掛けを施されている。お願い、開いて。今だけでいい、天よ私に味方して。指先が震える。必死に押し引きしてみるが、びくともしない。
背後から足音が近づく。一歩。また一歩。
「霊鳥は虫を籠で飼う趣味でもあるらしい」
男ーー曹操が剣を引き抜く。ぎらりと輝くその鈍色。あの日私に向けられた物に相違なかった。
手が伸びてきて、髪を掴まれた。地面に引き倒されて、首を曝け出す形になる。今度は確実に命を仕留める気らしい。尖先が大動脈を狙っている。皮膚一枚、切れて血が剣に滴った。
「安心せよ、瞬きもせぬ間に終わる」
嗚呼、体が動かない。
「貴様の死によって、いと高き霊鳥の羽ばたきを阻む者は世から消え失せる。女、怨むなら私を怨め。刀の錆が一つ増えたとて、我が紫鸞が再び手元に返ってくるならば安いものよ」
振り上げられた刃が光る。私は目を閉じた。
居間の机を掴んで押し倒す。脚が床を擦り、耳障りな音を立てた。机の上の椀や皿が滑り落ち、砕け散る。そのまま台所へ駆け込んだ。
背後で、机が蹴り払われる音がした。振り返ると、男は歩みを止めることもなく倒れた机を足先で押し退けている。まるで散らばる木片など存在しないかのようだった。
棚に手を伸ばし、並んでいた器を掴んでは投げつける。陶器が弧を描いて飛んでいく。男は腕を軽く振っただけだった。器は空中で弾かれ、壁に当たって砕ける。破片が床に散らばり、乾いた音を立てた。
「小賢しい」
低く唸るような声。
台所を飛び出し、自分の部屋へ滑り込んだ。窓を覆う布を引き剥がし、振り返りざまに投げる。布は空中で広がり、男の顔を覆った。その隙に廊下へ飛び出す。背後で布が引き裂かれる音がした。
紫鸞くんの部屋の前を通り過ぎ、更に奥へ走る。息が焼けるように苦しい。男は絡みついた布を乱暴に引き剥がし、床へ投げ捨てていた。紫の衣には皺一つない。
逃げ場が無い。外に出られる出口は、玄関しかない。その玄関に繋がる廊下では、男が私に魔の手を伸ばしている。
活路を見出したくて、勝手口へ辿り着いた。扉の取手を掴む。開かない。扉は開かないように外側から仕掛けを施されている。お願い、開いて。今だけでいい、天よ私に味方して。指先が震える。必死に押し引きしてみるが、びくともしない。
背後から足音が近づく。一歩。また一歩。
「霊鳥は虫を籠で飼う趣味でもあるらしい」
男ーー曹操が剣を引き抜く。ぎらりと輝くその鈍色。あの日私に向けられた物に相違なかった。
手が伸びてきて、髪を掴まれた。地面に引き倒されて、首を曝け出す形になる。今度は確実に命を仕留める気らしい。尖先が大動脈を狙っている。皮膚一枚、切れて血が剣に滴った。
「安心せよ、瞬きもせぬ間に終わる」
嗚呼、体が動かない。
「貴様の死によって、いと高き霊鳥の羽ばたきを阻む者は世から消え失せる。女、怨むなら私を怨め。刀の錆が一つ増えたとて、我が紫鸞が再び手元に返ってくるならば安いものよ」
振り上げられた刃が光る。私は目を閉じた。
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