綱引き
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
徐々に動き回れるようになってきた。身の回りのことは自分でやりたいと申し出ても紫鸞くんは何処か不満げだったが、何もしないでいても居心地が悪いのだと説得してやっと受け入れられた。よって、付きっきりの要介護状態は終わりを告げた。また家事についてもさせてもらえるようお願いし、料理だけは請け負うことが出来るようになった。
始めるときに不思議だったのが、家の中に見知った道具があったことだ。ピーラーである。芋類の皮剥きには欠かせない。刃以外は木製だが、無論この時代にあっていい物ではない。しかし形も握り心地も私がかつて使っていたものにそっくりだった。驚いていると、紫鸞くんは事も無げに『あんたの指示で職人に作らせた』と言う。その他の調理用品も私が家にないと困るというものは全て揃っていた。私が長年この家に染み付いてきた証拠が並んでいた。
材料は紫鸞くんが買ってきてくれる。しかし、固いものは扱わせてもらえない。私の出番はもっぱら柔らかいものを切ること、野菜の皮を剥くこと、味付けに限られていた。
国も時代も異なるのもあって、使われる食材も調味料も異なってくる。味の仕上げには中々苦戦を強いられた。何度か味見しながら足して、また味見しては足してを繰り返していると、迷っている様子を察してか、紫鸞くんが近寄ってくる。私の味覚が信用できないのかとびくびくしていると、視線だけで私が試食した匙を指し示す。まさか寄越せという意味なのだろうか。
「えっと・・・」
「貸せ」
そう言って匙を奪い、試食する。
「安心しろ、今日も美味い」
それは良かった。良かったのだが、これは間接キスではなかろうか。紫鸞くんは気にならないのだろうか。倫理的にも意味がありそうで怖いのもあるし、未来の口腔内細菌が移ってしまいやしないだろうか。これには毎回冷や冷やした。
また困ったことに、私は魚を捌いたことがない。スーパーではいつも切り身を買っていた。しかし無論紫鸞くんが買ってくる、ないし獲ってくる魚については丸ままなので、非常に難儀した。
慣れない手付きで包丁を入れようとすると、柔らかな手付きで止められた。
「そういえば最初は捌けなかったな」
この時代の人は捌けて当たり前なのだろうか。己の未熟さに恥ずかしくなった。
「教えよう」
「あ、ありがとう」
紫鸞くんが私の体の脇から両手を回して、背後から包丁を掠め取る。そして肩口から顔を出して、なんとそのまま講義を開始してしまった。後ろから紫鸞くんに抱っこされるような形で、魚の捌き方の講釈を拝聴する羽目になる。これは非常に辛かった。背中には彼の体温、顔の真横には綺麗なご尊顔がある。
「二匹目は自分で出来るか?」
「で・・・でき、ます」
「自信無さそうだな。もう一度やるから見ていろ」
そのまま続行になったので、紫鸞くんの察しの良さに頭を抱えたくなった。
極めつけは野菜を調理した時だった。丸い蕪を切っていた時に手が滑って指を切り、血が出てしまった。滅多にやらないミスなのに、ここで起きるとは思わなかった。もし紫鸞くんに知られたら愚鈍さに呆れられ、長い説得の末任せてもらえた料理の役割すら取り上げられるかもしれない。私は慌てた。清潔な調理場に血を持ち込んだこと、蕪に付着してしまったことも尚焦燥に拍車をかけた。一人わたわたとしていると、後ろで書を読んでいたはずの紫鸞くんがいつの間にか横に立っていた。
「紫鸞くん、ごめん。今蕪洗う」
からね、と続けようとした言葉を、中断せざるを得なかった。彼は柔らかに手を取って包丁を奪い、そのままその指を自分の口内に持っていったからだ。
「ちょっ・・・」
慌てて引き抜こうとしても、断固たる力で握られていて動かない。舌がざらりと動いて、皮膚をなぞる。背中に電流が走る心地がした。皆のアイドルにこんな汚れ仕事をさせてはいけない。やがて解放された手を持ったまま呆然としていると、知らん顔で手当の道具を持ってきた。
「気付くのが遅くなって悪かった」
私の指に包帯を巻きながらしょんぼりしているので、慌てて否定する。
「そんなことないよ。でももうしないでね。料理中の手って結構汚いから」
「断る」
一刀両断にされ、もう二度と同じ過ちを犯すまいと心に誓った。
始めるときに不思議だったのが、家の中に見知った道具があったことだ。ピーラーである。芋類の皮剥きには欠かせない。刃以外は木製だが、無論この時代にあっていい物ではない。しかし形も握り心地も私がかつて使っていたものにそっくりだった。驚いていると、紫鸞くんは事も無げに『あんたの指示で職人に作らせた』と言う。その他の調理用品も私が家にないと困るというものは全て揃っていた。私が長年この家に染み付いてきた証拠が並んでいた。
材料は紫鸞くんが買ってきてくれる。しかし、固いものは扱わせてもらえない。私の出番はもっぱら柔らかいものを切ること、野菜の皮を剥くこと、味付けに限られていた。
国も時代も異なるのもあって、使われる食材も調味料も異なってくる。味の仕上げには中々苦戦を強いられた。何度か味見しながら足して、また味見しては足してを繰り返していると、迷っている様子を察してか、紫鸞くんが近寄ってくる。私の味覚が信用できないのかとびくびくしていると、視線だけで私が試食した匙を指し示す。まさか寄越せという意味なのだろうか。
「えっと・・・」
「貸せ」
そう言って匙を奪い、試食する。
「安心しろ、今日も美味い」
それは良かった。良かったのだが、これは間接キスではなかろうか。紫鸞くんは気にならないのだろうか。倫理的にも意味がありそうで怖いのもあるし、未来の口腔内細菌が移ってしまいやしないだろうか。これには毎回冷や冷やした。
また困ったことに、私は魚を捌いたことがない。スーパーではいつも切り身を買っていた。しかし無論紫鸞くんが買ってくる、ないし獲ってくる魚については丸ままなので、非常に難儀した。
慣れない手付きで包丁を入れようとすると、柔らかな手付きで止められた。
「そういえば最初は捌けなかったな」
この時代の人は捌けて当たり前なのだろうか。己の未熟さに恥ずかしくなった。
「教えよう」
「あ、ありがとう」
紫鸞くんが私の体の脇から両手を回して、背後から包丁を掠め取る。そして肩口から顔を出して、なんとそのまま講義を開始してしまった。後ろから紫鸞くんに抱っこされるような形で、魚の捌き方の講釈を拝聴する羽目になる。これは非常に辛かった。背中には彼の体温、顔の真横には綺麗なご尊顔がある。
「二匹目は自分で出来るか?」
「で・・・でき、ます」
「自信無さそうだな。もう一度やるから見ていろ」
そのまま続行になったので、紫鸞くんの察しの良さに頭を抱えたくなった。
極めつけは野菜を調理した時だった。丸い蕪を切っていた時に手が滑って指を切り、血が出てしまった。滅多にやらないミスなのに、ここで起きるとは思わなかった。もし紫鸞くんに知られたら愚鈍さに呆れられ、長い説得の末任せてもらえた料理の役割すら取り上げられるかもしれない。私は慌てた。清潔な調理場に血を持ち込んだこと、蕪に付着してしまったことも尚焦燥に拍車をかけた。一人わたわたとしていると、後ろで書を読んでいたはずの紫鸞くんがいつの間にか横に立っていた。
「紫鸞くん、ごめん。今蕪洗う」
からね、と続けようとした言葉を、中断せざるを得なかった。彼は柔らかに手を取って包丁を奪い、そのままその指を自分の口内に持っていったからだ。
「ちょっ・・・」
慌てて引き抜こうとしても、断固たる力で握られていて動かない。舌がざらりと動いて、皮膚をなぞる。背中に電流が走る心地がした。皆のアイドルにこんな汚れ仕事をさせてはいけない。やがて解放された手を持ったまま呆然としていると、知らん顔で手当の道具を持ってきた。
「気付くのが遅くなって悪かった」
私の指に包帯を巻きながらしょんぼりしているので、慌てて否定する。
「そんなことないよ。でももうしないでね。料理中の手って結構汚いから」
「断る」
一刀両断にされ、もう二度と同じ過ちを犯すまいと心に誓った。
1/2ページ