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𝐌𝐲 𝐇𝐨𝐦𝐞, 𝐎𝐮𝐫 𝐇𝐨𝐦𝐞
最後の逢瀬からどれくらい経っただろう。私は相も変わらず独りで暮らしていた。手を繋いで公園に行った父と母。日曜日には手作りのパンを焼いてくれた祖母。怒鳴って物を投げつけてくる夫。家には誰一人として居ない。ずっとずっと私だけ。
時々従者がやって来て、物を置いていくのも変わらなかった。勿体無くて使えなくなってしまった風呂敷は箪笥の奥に積み重なり、過ぎた日の彩りを懐かしむ時にちらりと見返すだけだった。
あれから時々袁紹のことを想って泣いた。夫には罵られても、殴られても、放置されても何も感じなかったというのに、袁紹が側にいないというだけでこの世の終わりのように寂しかった。しかし邸で暮らすという選択肢が浮かぶことはない。彼はあらゆる苦難を乗り越え覇者となった。妻も子供も、慕ってくる臣下も、守るべき民もいる。そこにぽっと出の女なぞいても邪魔でしかないのだ。既に十分、彼は祖母との約束を果たそうと努力してくれた。もう私という足枷から解放してあげたかった。
孤独に苛まれる度、脳裏には家族の顔が閃いた。つまらない冗談ばかり言って、家族を笑わせようとする父。私の我儘に付き合って、長時間掛けて髪を編み込んでくれた母。学校に行き辛い日が続いたとき、痛む膝を押さえながら迎えに来てくれた祖母。そして、病めるときも、健やかなるときも、私と共に怒り、悲しみ、笑い、過ごしてきた袁紹。私の人生は、恵まれていたとは言い難いものなのかもしれない。だけど、確かに幸せだったともう一人の私が言う。記憶の中の家族の喜怒哀楽、しかし思い返すのは受けてきた優しさ、温かさ、思い遣りばかり。こんなにも人の愛を受けてきた自分が、消えゆく蝋燭の炎のように生きる力を無くしていく事実が、情けなくも悲しかった。
ある日、俄に外が騒がしくなった。出てみると、恰幅のいい男達が何やら荷を運び込んでいる。
「貴方達誰です?何をしているの?」
「名前様、まあまあお待ちを」
従者が前に出てきて私を引き留めている間に、色々な物が並べられていく。寝台、食器、農耕具、化粧品から反物まで。一体何の騒ぎかと思っていると、後ろから台風の目が現れた。
「もしかして袁紹?ちょっと、貴方どうしたの?」
様子が変だ。豪勢な衣服に金ぴかの装飾、成金そのままの格好をしているはずの彼が今日は何だか質素だ。一見すると、小綺麗な学士のように見える。冠はそのままだが、漢服から靴までシンプルに揃えられ、彼が好むとは思えない地味な装いだった。
「名前よ、長らく待たせたな。寂しくさせたか」
「いや、そこじゃなくて。一体何の騒ぎ?」
「喜べ。今日から私もここで暮らすぞ」
彼の突発的な行動は何も今に始まったことではない。私は頭を抱えた。
「馬鹿なこと言わないで。領地の管理はどうするの」
「家督は息子に譲った。私は呑気に隠居生活というわけだ」
「ここには使用人も、相応の設備も無いの。お坊ちゃま育ちの貴方には無理よ」
「私よりも便利な場所から来たお前が適応しているのだ、出来んことなどあるまい」
「こんな僻地にいたら命を狙われるわ」
「私を誰だと思っている、この手で天下統一を成し遂げた武人なのだぞ。剣は手放さん。麓には護衛を配置するが、この家の敷地には入らせんから気にせずとも良い」
へなへなと足から力が抜けてへたり込む。何。何なの。私の決意は何だったの。彼は成功者、数多の人から求められ崇められ、これから花道を歩んでいくだけ。だけど私は違う。だから別々の世界で生きていこうとしたというのに。
「うむ。苦しゅうない」
「まだ受け入れるなんて言ってないけど」
「いいや、お前の思考は誰よりよく分かっている。必ずや私を迎え入れるだろう」
私の肩を支えて彼が言う。その目には絶対の自信が煌めいていた。
「私は愛のため、お前と共にこの辺境の地で生きていくことを決めた。なに、求めることなど一つのみよ。お前はただ受け取るだけで良い」
箱を私の手に握らせた。厳かな蓋を開けると中身が銀色に輝いて、情けない顔をしている私が映し出された。
「結納の品だ。私達にはこれこそ相応しい」
時々従者がやって来て、物を置いていくのも変わらなかった。勿体無くて使えなくなってしまった風呂敷は箪笥の奥に積み重なり、過ぎた日の彩りを懐かしむ時にちらりと見返すだけだった。
あれから時々袁紹のことを想って泣いた。夫には罵られても、殴られても、放置されても何も感じなかったというのに、袁紹が側にいないというだけでこの世の終わりのように寂しかった。しかし邸で暮らすという選択肢が浮かぶことはない。彼はあらゆる苦難を乗り越え覇者となった。妻も子供も、慕ってくる臣下も、守るべき民もいる。そこにぽっと出の女なぞいても邪魔でしかないのだ。既に十分、彼は祖母との約束を果たそうと努力してくれた。もう私という足枷から解放してあげたかった。
孤独に苛まれる度、脳裏には家族の顔が閃いた。つまらない冗談ばかり言って、家族を笑わせようとする父。私の我儘に付き合って、長時間掛けて髪を編み込んでくれた母。学校に行き辛い日が続いたとき、痛む膝を押さえながら迎えに来てくれた祖母。そして、病めるときも、健やかなるときも、私と共に怒り、悲しみ、笑い、過ごしてきた袁紹。私の人生は、恵まれていたとは言い難いものなのかもしれない。だけど、確かに幸せだったともう一人の私が言う。記憶の中の家族の喜怒哀楽、しかし思い返すのは受けてきた優しさ、温かさ、思い遣りばかり。こんなにも人の愛を受けてきた自分が、消えゆく蝋燭の炎のように生きる力を無くしていく事実が、情けなくも悲しかった。
ある日、俄に外が騒がしくなった。出てみると、恰幅のいい男達が何やら荷を運び込んでいる。
「貴方達誰です?何をしているの?」
「名前様、まあまあお待ちを」
従者が前に出てきて私を引き留めている間に、色々な物が並べられていく。寝台、食器、農耕具、化粧品から反物まで。一体何の騒ぎかと思っていると、後ろから台風の目が現れた。
「もしかして袁紹?ちょっと、貴方どうしたの?」
様子が変だ。豪勢な衣服に金ぴかの装飾、成金そのままの格好をしているはずの彼が今日は何だか質素だ。一見すると、小綺麗な学士のように見える。冠はそのままだが、漢服から靴までシンプルに揃えられ、彼が好むとは思えない地味な装いだった。
「名前よ、長らく待たせたな。寂しくさせたか」
「いや、そこじゃなくて。一体何の騒ぎ?」
「喜べ。今日から私もここで暮らすぞ」
彼の突発的な行動は何も今に始まったことではない。私は頭を抱えた。
「馬鹿なこと言わないで。領地の管理はどうするの」
「家督は息子に譲った。私は呑気に隠居生活というわけだ」
「ここには使用人も、相応の設備も無いの。お坊ちゃま育ちの貴方には無理よ」
「私よりも便利な場所から来たお前が適応しているのだ、出来んことなどあるまい」
「こんな僻地にいたら命を狙われるわ」
「私を誰だと思っている、この手で天下統一を成し遂げた武人なのだぞ。剣は手放さん。麓には護衛を配置するが、この家の敷地には入らせんから気にせずとも良い」
へなへなと足から力が抜けてへたり込む。何。何なの。私の決意は何だったの。彼は成功者、数多の人から求められ崇められ、これから花道を歩んでいくだけ。だけど私は違う。だから別々の世界で生きていこうとしたというのに。
「うむ。苦しゅうない」
「まだ受け入れるなんて言ってないけど」
「いいや、お前の思考は誰よりよく分かっている。必ずや私を迎え入れるだろう」
私の肩を支えて彼が言う。その目には絶対の自信が煌めいていた。
「私は愛のため、お前と共にこの辺境の地で生きていくことを決めた。なに、求めることなど一つのみよ。お前はただ受け取るだけで良い」
箱を私の手に握らせた。厳かな蓋を開けると中身が銀色に輝いて、情けない顔をしている私が映し出された。
「結納の品だ。私達にはこれこそ相応しい」
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