睦言
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あの日揉めて、抱擁して、甘い時を過ごしていたために二人の帰りは夜になった。薄暗い夕闇の中で馬が歩を進めるも明かりがなくては心許ない。何か踏んではいけないとより鈍間になる足にも苛まれることはなかった。行きと違って帰りは満たされていた。二人共言葉は発さなかったが、それすらもむしろ余韻となっていた。
于禁は宿舎まで名前を送り届けた。変にどぎまぎしながら告げる別れの後、名前はその背が見えなくなるまで見送るつもりだった。少し離れて振り返っても名前が動かないので、于禁は困った顔をして『もう部屋に戻れ』と告げた。上官としての命令も含んでいそうな声色だったので、名前は名残惜しくも背中を向けた。戸口を締める前にもう一度外を見遣ると、遠ざかりながら于禁も再び名前を振り向いていた。同じ心であることを実感して名前が最後にと手を振ると、戸惑うように片手で応える。煌めく星の合間に青い服が融けていった。
簡単に湯浴みを済ませて床につく。名前の瞼の裏には無論于禁の姿があった。恋の一番楽しいとき、編み始めは胸が甘く疼いて蕩ける心地良さだった。明日曹操に報告しに行こう、一日を振り返りながらそう決意したところで名前はぎくりとした。
そういえば、自分の気持ちをまだ言っていない。
夢みたい、迷惑を掛けたくないとは言ったが『好きだ』とその一言を言った覚えがない。何度も始めから記憶を呼び起こして名前は焦る。
憎からず想っていることは伝わっているだろうが、名前の気持ちはどれ程知られているだろう。煩わせてはと思ってひた隠しにしてきた己の過去の態度を省みる。ほろ酔いの冷めた明日また顔を見て率直に述べられる自信がなかった。名前は不甲斐ない自分を悔しく思って眠れない夜を過ごした。
「あるべき収束へと相成ったようだな」
次の日朝一番に曹操の元へ向かうとき、于禁も着いてきた。伴って謁見して目出度く同意があったと伝えると、一言だけ告げられた。全て分かっていると言わんばかりの顔だった。名前は曹操を罵ったことを恥じたが、抑えきれないといった表情の君主に嫌な予感がした。
「して、想いを告げたのはどちらだ」
前言撤回。酒も入っていない状態で上司との恋バナは避けたい。
そもそも名前はまだ伝えていないのだ。機を図って言いたいから放っておいて欲しいのに、狸爺は追い詰める。
「私めで御座います」
答えあぐねて于禁に目を向けると迷いもなく宣言した。行き過ぎた忠誠心と真面目さが発揮された瞬間に曹操も大きな笑い声を上げた。
(この人いじられ耐性ありすぎ)
その後もあれこれと聞き縋る曹操に、深堀りされては困る名前は『ご容赦下さい』と突っぱねて退席した。
廊下で郭嘉とすれ違うと意味深ににっこりと微笑まれ、賈詡に会うと『あっははあ、お二人さん、やっとくっついたか』と両手を叩いていた。何も言っていないのに何故ばれたのだろうか。
戻る間、于禁がちらちらと見遣るので名前は落ち着かない気持ちになった。
(好きじゃないから何も聞かれたくないって捉えられたかな)
より切羽詰まった状況となって名前は早足になる。
執務室へ着くと、荀彧の遣いの者が待っていた。書簡を預かって作業をしていると、途切れなく人が訪れて、二人きりで話す暇もなかった。
于禁は宿舎まで名前を送り届けた。変にどぎまぎしながら告げる別れの後、名前はその背が見えなくなるまで見送るつもりだった。少し離れて振り返っても名前が動かないので、于禁は困った顔をして『もう部屋に戻れ』と告げた。上官としての命令も含んでいそうな声色だったので、名前は名残惜しくも背中を向けた。戸口を締める前にもう一度外を見遣ると、遠ざかりながら于禁も再び名前を振り向いていた。同じ心であることを実感して名前が最後にと手を振ると、戸惑うように片手で応える。煌めく星の合間に青い服が融けていった。
簡単に湯浴みを済ませて床につく。名前の瞼の裏には無論于禁の姿があった。恋の一番楽しいとき、編み始めは胸が甘く疼いて蕩ける心地良さだった。明日曹操に報告しに行こう、一日を振り返りながらそう決意したところで名前はぎくりとした。
そういえば、自分の気持ちをまだ言っていない。
夢みたい、迷惑を掛けたくないとは言ったが『好きだ』とその一言を言った覚えがない。何度も始めから記憶を呼び起こして名前は焦る。
憎からず想っていることは伝わっているだろうが、名前の気持ちはどれ程知られているだろう。煩わせてはと思ってひた隠しにしてきた己の過去の態度を省みる。ほろ酔いの冷めた明日また顔を見て率直に述べられる自信がなかった。名前は不甲斐ない自分を悔しく思って眠れない夜を過ごした。
「あるべき収束へと相成ったようだな」
次の日朝一番に曹操の元へ向かうとき、于禁も着いてきた。伴って謁見して目出度く同意があったと伝えると、一言だけ告げられた。全て分かっていると言わんばかりの顔だった。名前は曹操を罵ったことを恥じたが、抑えきれないといった表情の君主に嫌な予感がした。
「して、想いを告げたのはどちらだ」
前言撤回。酒も入っていない状態で上司との恋バナは避けたい。
そもそも名前はまだ伝えていないのだ。機を図って言いたいから放っておいて欲しいのに、狸爺は追い詰める。
「私めで御座います」
答えあぐねて于禁に目を向けると迷いもなく宣言した。行き過ぎた忠誠心と真面目さが発揮された瞬間に曹操も大きな笑い声を上げた。
(この人いじられ耐性ありすぎ)
その後もあれこれと聞き縋る曹操に、深堀りされては困る名前は『ご容赦下さい』と突っぱねて退席した。
廊下で郭嘉とすれ違うと意味深ににっこりと微笑まれ、賈詡に会うと『あっははあ、お二人さん、やっとくっついたか』と両手を叩いていた。何も言っていないのに何故ばれたのだろうか。
戻る間、于禁がちらちらと見遣るので名前は落ち着かない気持ちになった。
(好きじゃないから何も聞かれたくないって捉えられたかな)
より切羽詰まった状況となって名前は早足になる。
執務室へ着くと、荀彧の遣いの者が待っていた。書簡を預かって作業をしていると、途切れなく人が訪れて、二人きりで話す暇もなかった。
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