L'amour d'Anastasia
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お姉ちゃんなんだから我慢しなさいね。幼い頃からそう言われて育った。小さな妹達は柔らかく、弱く、儚く、そして素直だった。小鴨のように後ろをついて回る彼女達が可愛らしくて、『お姉ちゃん』と呼ばれることが何よりの誇りだった。何歳になっても擦り寄ってくる、愛すべき妹達。何時しか私は家族以外からも『お姉』『姐御』と呼ばれるようになっていた。嫌な気持ちはしなかった。誰かに頼られる心地良さがあった。何の因果か三国時代にやって来た時も、私には妹分と言える存在が出来た。
「名前さんって、度胸があって、格好良くて、皆の憧れなんです。もし良ければ、姐姐って呼んでも良いですか?」
女官のうちの一人がこう言って、皆が口々に私を姐姐と呼び出した。嬉しかった。どこの世にいても私の特性は通じるものがあると分かったからである。
肝が据わっている。物怖じしない。いつも堂々としていて、男顔負けの頼れる姐御。それが私の目指す姿だった。
「あ、甘寧様」
女官連中と談笑していると、鈴が鳴った。耳ざとく聞きつけた蘭々が走って行くと、清月がその乱れた裾に溜め息を吐いた。麗華が蘭々の取り落とした洗濯物を拾って、手を腰にやったまま睨みつける。怒れる彼女が声を張り上げる前に遮った。
「ねえ、許してあげて。蘭々は甘寧を慕ってるのよ」
「それにしても放っていくなんて有り得ないわよ。この中でも一番の新参だっていうのに、やる気が感じられないったら」
「まだ若いんだから仕方無いよ。後で私が言っておくから」
年の順に述べると清月、私、麗華、蘭々で、蘭々はまだ先月入ったばかりの娘盛りだった。宮中には未来の旦那様を探しに来たと言って憚らず、通り掛かる将に色目を使うので女官の中でも目の敵にされがちだった。皆、心の隅でもし自分が選ばれたら、という気持ちは持っている。しかし貴族の家の出であることが多い身分の高い女中達は、表立って行動することを控える品があった。蘭々は町人の出身なので礼儀を知らないのだと、気位の高い麗華が怒るのもさもありなんだった。
実のところ私は蘭々に同情していた。この世界の常識を知らなかったのは私も同様で、今までなんとかやって来られたのは手取り足取り教えてくれる清月や麗華のような先達の存在あってこそという実感があった。身分のせいで蔑まれ、蘭々にそれを教えてやろうという者は少ない。だからこそ、姐姐と慕われる私が助けなければという使命感に燃えていた。
とは言え、私だって内心穏やかではいられない時がある。刺青のある男、甘寧が関わってくるときには。
「ほら、あんなにべったりとしちゃって」
私はもう目を向けなかった。見たって何も良いことはない、心が荒れるだけだ。若い女の黄色い声と、それに応える低い声。蘭々は将の中でも特に面倒みの良い甘寧を好んで、見掛けたとなれば擦り寄っていく始末だった。そして放り出された仕事は周りの女官達に皺寄せが来る。これでは嫌われて当たり前だ。蘭々のためにもならない。後できつく叱らなくては。
そう思っていると、また鈴の音がこちらに近付いてくる。すぐ近くで止まって影が差すので、目を上に向けると羽飾りが視界で揺れた。
「よお」
「甘寧、お疲れ様」
進言する私の意見を真っ先に取り入れてくれたのは甘寧だった。弟分達の命も背負っている彼は私の言い分をよく聞いて、そして成功したときには熱い感謝の言葉をくれた。女慣れしているのだろう、彼の態度はさっぱりとして、男でも女でも変わりない。人間、性を前にしても誰しも平等だ。特に優しくされるわけでもない姿勢を私は好ましく思っていた。
「お前の言う通り船を改修したらよ、速度が上がったぜ。これは礼だ。少ねえけどよ」
「ありがとう。美味しそう」
渡された包みの中にはお菓子が入っていた。甘寧は年上には可愛がられ、その分年下を可愛がる、そういう機微に聡い男だった。現に呉に加わってからもすぐに呂蒙と打ち解け、碁に戦法にと日々あらゆることを学んでいる。そして年下たる名前も、偶におこぼれに預かることがあった。
「甘寧様ったら酷い。私には何か無いの?」
「蘭々、後で一緒に食べよう。洗濯物をちゃんと全部干し終わってからね」
「名前、あんまり甘やかすなよ」
「姐姐は優しいんです!」
甘寧が蘭々を小突くと、私に強く抱きついて逃げる。清月と麗華の視線が射殺さんばかりに蘭々に突き刺さっている。彼女はこうして人の悪意を己の若さで乗り切ろうとするきらいがある。何とかして止めてあげたいが、どうにもならなかった。
「しょうがねえな、お前にも今度何か買ってきてやるよ」
「やったあ!」
そして甘寧も、渋々といった体で彼女を許すのだ。間近で見るのが毎回辛かった。蕩ける女と、許す男。主人公はいつの世も可愛らしくて、華奢で、天真爛漫な女の子というのが定石だ。私みたいな女には無縁の話なのだ、恋物語なんてものは。
「名前さんって、度胸があって、格好良くて、皆の憧れなんです。もし良ければ、姐姐って呼んでも良いですか?」
女官のうちの一人がこう言って、皆が口々に私を姐姐と呼び出した。嬉しかった。どこの世にいても私の特性は通じるものがあると分かったからである。
肝が据わっている。物怖じしない。いつも堂々としていて、男顔負けの頼れる姐御。それが私の目指す姿だった。
「あ、甘寧様」
女官連中と談笑していると、鈴が鳴った。耳ざとく聞きつけた蘭々が走って行くと、清月がその乱れた裾に溜め息を吐いた。麗華が蘭々の取り落とした洗濯物を拾って、手を腰にやったまま睨みつける。怒れる彼女が声を張り上げる前に遮った。
「ねえ、許してあげて。蘭々は甘寧を慕ってるのよ」
「それにしても放っていくなんて有り得ないわよ。この中でも一番の新参だっていうのに、やる気が感じられないったら」
「まだ若いんだから仕方無いよ。後で私が言っておくから」
年の順に述べると清月、私、麗華、蘭々で、蘭々はまだ先月入ったばかりの娘盛りだった。宮中には未来の旦那様を探しに来たと言って憚らず、通り掛かる将に色目を使うので女官の中でも目の敵にされがちだった。皆、心の隅でもし自分が選ばれたら、という気持ちは持っている。しかし貴族の家の出であることが多い身分の高い女中達は、表立って行動することを控える品があった。蘭々は町人の出身なので礼儀を知らないのだと、気位の高い麗華が怒るのもさもありなんだった。
実のところ私は蘭々に同情していた。この世界の常識を知らなかったのは私も同様で、今までなんとかやって来られたのは手取り足取り教えてくれる清月や麗華のような先達の存在あってこそという実感があった。身分のせいで蔑まれ、蘭々にそれを教えてやろうという者は少ない。だからこそ、姐姐と慕われる私が助けなければという使命感に燃えていた。
とは言え、私だって内心穏やかではいられない時がある。刺青のある男、甘寧が関わってくるときには。
「ほら、あんなにべったりとしちゃって」
私はもう目を向けなかった。見たって何も良いことはない、心が荒れるだけだ。若い女の黄色い声と、それに応える低い声。蘭々は将の中でも特に面倒みの良い甘寧を好んで、見掛けたとなれば擦り寄っていく始末だった。そして放り出された仕事は周りの女官達に皺寄せが来る。これでは嫌われて当たり前だ。蘭々のためにもならない。後できつく叱らなくては。
そう思っていると、また鈴の音がこちらに近付いてくる。すぐ近くで止まって影が差すので、目を上に向けると羽飾りが視界で揺れた。
「よお」
「甘寧、お疲れ様」
進言する私の意見を真っ先に取り入れてくれたのは甘寧だった。弟分達の命も背負っている彼は私の言い分をよく聞いて、そして成功したときには熱い感謝の言葉をくれた。女慣れしているのだろう、彼の態度はさっぱりとして、男でも女でも変わりない。人間、性を前にしても誰しも平等だ。特に優しくされるわけでもない姿勢を私は好ましく思っていた。
「お前の言う通り船を改修したらよ、速度が上がったぜ。これは礼だ。少ねえけどよ」
「ありがとう。美味しそう」
渡された包みの中にはお菓子が入っていた。甘寧は年上には可愛がられ、その分年下を可愛がる、そういう機微に聡い男だった。現に呉に加わってからもすぐに呂蒙と打ち解け、碁に戦法にと日々あらゆることを学んでいる。そして年下たる名前も、偶におこぼれに預かることがあった。
「甘寧様ったら酷い。私には何か無いの?」
「蘭々、後で一緒に食べよう。洗濯物をちゃんと全部干し終わってからね」
「名前、あんまり甘やかすなよ」
「姐姐は優しいんです!」
甘寧が蘭々を小突くと、私に強く抱きついて逃げる。清月と麗華の視線が射殺さんばかりに蘭々に突き刺さっている。彼女はこうして人の悪意を己の若さで乗り切ろうとするきらいがある。何とかして止めてあげたいが、どうにもならなかった。
「しょうがねえな、お前にも今度何か買ってきてやるよ」
「やったあ!」
そして甘寧も、渋々といった体で彼女を許すのだ。間近で見るのが毎回辛かった。蕩ける女と、許す男。主人公はいつの世も可愛らしくて、華奢で、天真爛漫な女の子というのが定石だ。私みたいな女には無縁の話なのだ、恋物語なんてものは。
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