碁
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「よし。できた」
まあまあの出来に満足した。手に傷を作りながら彫り終えたのは木でできた駒だ。全部で三十二個、一緒に作ったボードは八掛ける八マス。明日の披露に向けて一度風呂敷に包んだ。
中国にも梅雨がある。そしてその時期にできることは現代よりも限られていた。体育館のように屋根のついている演習場があり、私は休みの日は専らそこに出入りしていた。大抵ランニングをするのだが、于禁殿所属の兵士達など見知った顔の者達と一緒に筋トレに励むときもあった。苦しむ兵卒に『もっとお腹に力入れて!』『肩にちっちゃい騎馬乗せてんのかい!』と罵声を発するのも楽しかった。ただ知り合いのいない日はかなり浮いてしまう、そもそも女性の兵士が少ないのだから仕方がない。なので他に暇潰しが欲しいところだった。
曹操様から『なんか未来の遊戯教えて』的なご要望があったことも遠因となって、私はこれを作るに至った。木材を貰い、彫刻刀を買った。ちなみに前回の街歩きから私は好きなところへどこへでも行っていいこととなり、街に遊びに行くことも増えた。女性のひとり歩きは危険だからという理由で誰かしらの護衛がついてのことではあったが。
曹操様の前で風呂敷を解き、盤上に駒を並べると興味深そうに眺めていた。
「これは何という遊戯だ」
「チェスです」
「ちぇす」
この時代の人が言う現代語は可愛い。大抵頬の内側を噛んで笑いを誤魔化すことになる。年代が上になるほど可愛くなるが、比較的柔軟な人達、即ち李典さんや郭嘉さんは『マジ』『ガチ』『OK』辺りは既に使いこなしていて、時偶ドヤ顔で私に言って見せることもあった。
「遊び方をご説明します」
駒の名称と動き方を説明して、その後何局か遊んだ。初めは慣れてはいなかったものの段々とコツを掴み、戦場の覇者らしくすぐに盤上を支配し始めた。
「碁のようなものか」
「ご?」
囲碁か。囲碁ならこの時代にもあるのだろうか。テレビで名人同士が勝った負けた以上の情報を私は知らない。
「碁ならば、于禁が強いぞ」
返答に困ってしまう。私は皆と遊ぶためにこれを作ったというのに、なぜ于禁殿の名前が出てくるというのか。
お前の気持ちなど全てお見通しだ、そういう顔で曹操様は笑った。
その後チェスは小さなブームとなりつつあった。駒と盤が一対しかないので、必然私と親しい人しか対戦できない。そんな状況でも噂が噂を呼び、執務室を訪れる人が一戦交えて帰っていくということが増えていた。
最初は李典さんだった。次第に郭嘉さんや賈&♯X8a61;さん、楽進さんが加わり、時に曹丕様や徐晃さんに所望されることもあった。日を追うごとに人は増えていき、副官や分隊長、女官までもが興味を示した。無論全員が全員時間を取れるわけではないため、途中まで対戦したあと盤上の記録を取り、後日続きから始めるというシステムすら構築されつつあった。
ここまでは良かったのだが噂に尾鰭が付き始めた。曰く私が戦術ゲームにいたく強いと言うのである。そんな事実は無い、小さい頃から家族と時々遊ぶくらいで、チェスが特に好きという訳でもなかった。ただルールを知っているのが私のみというだけで、戸惑う人よりは初手の知識で勝っていたというだけなのに、とうとう『連戦連勝』という仰々しい異名すらつき始めていた。これは私が戦において口出ししているのも良くなかった。未来を知っているのだからアドバイス通りに動けば勝てるのは自明の理だ。
浮名を流すところまで至り、休みの于禁殿から呼び出しがあった。遊興に耽るなというお怒りを頂戴するのかと思いながら向かうと、思いがけず穏やかな姿勢でその人は待っていた。
「恐れるな。今日は処分の通達ではない。私的な用件があって呼び出したのだ」
私用とは珍しい。彼に会ってから初めてのことではなかろうか。
なんだろうと思っていると机には碁盤、その上に丸い入れ物が二つ並んでいた。
「私と勝負してもらいたい。むろん厳格な規定の元、公正に行うと誓おう」
まあまあの出来に満足した。手に傷を作りながら彫り終えたのは木でできた駒だ。全部で三十二個、一緒に作ったボードは八掛ける八マス。明日の披露に向けて一度風呂敷に包んだ。
中国にも梅雨がある。そしてその時期にできることは現代よりも限られていた。体育館のように屋根のついている演習場があり、私は休みの日は専らそこに出入りしていた。大抵ランニングをするのだが、于禁殿所属の兵士達など見知った顔の者達と一緒に筋トレに励むときもあった。苦しむ兵卒に『もっとお腹に力入れて!』『肩にちっちゃい騎馬乗せてんのかい!』と罵声を発するのも楽しかった。ただ知り合いのいない日はかなり浮いてしまう、そもそも女性の兵士が少ないのだから仕方がない。なので他に暇潰しが欲しいところだった。
曹操様から『なんか未来の遊戯教えて』的なご要望があったことも遠因となって、私はこれを作るに至った。木材を貰い、彫刻刀を買った。ちなみに前回の街歩きから私は好きなところへどこへでも行っていいこととなり、街に遊びに行くことも増えた。女性のひとり歩きは危険だからという理由で誰かしらの護衛がついてのことではあったが。
曹操様の前で風呂敷を解き、盤上に駒を並べると興味深そうに眺めていた。
「これは何という遊戯だ」
「チェスです」
「ちぇす」
この時代の人が言う現代語は可愛い。大抵頬の内側を噛んで笑いを誤魔化すことになる。年代が上になるほど可愛くなるが、比較的柔軟な人達、即ち李典さんや郭嘉さんは『マジ』『ガチ』『OK』辺りは既に使いこなしていて、時偶ドヤ顔で私に言って見せることもあった。
「遊び方をご説明します」
駒の名称と動き方を説明して、その後何局か遊んだ。初めは慣れてはいなかったものの段々とコツを掴み、戦場の覇者らしくすぐに盤上を支配し始めた。
「碁のようなものか」
「ご?」
囲碁か。囲碁ならこの時代にもあるのだろうか。テレビで名人同士が勝った負けた以上の情報を私は知らない。
「碁ならば、于禁が強いぞ」
返答に困ってしまう。私は皆と遊ぶためにこれを作ったというのに、なぜ于禁殿の名前が出てくるというのか。
お前の気持ちなど全てお見通しだ、そういう顔で曹操様は笑った。
その後チェスは小さなブームとなりつつあった。駒と盤が一対しかないので、必然私と親しい人しか対戦できない。そんな状況でも噂が噂を呼び、執務室を訪れる人が一戦交えて帰っていくということが増えていた。
最初は李典さんだった。次第に郭嘉さんや賈&♯X8a61;さん、楽進さんが加わり、時に曹丕様や徐晃さんに所望されることもあった。日を追うごとに人は増えていき、副官や分隊長、女官までもが興味を示した。無論全員が全員時間を取れるわけではないため、途中まで対戦したあと盤上の記録を取り、後日続きから始めるというシステムすら構築されつつあった。
ここまでは良かったのだが噂に尾鰭が付き始めた。曰く私が戦術ゲームにいたく強いと言うのである。そんな事実は無い、小さい頃から家族と時々遊ぶくらいで、チェスが特に好きという訳でもなかった。ただルールを知っているのが私のみというだけで、戸惑う人よりは初手の知識で勝っていたというだけなのに、とうとう『連戦連勝』という仰々しい異名すらつき始めていた。これは私が戦において口出ししているのも良くなかった。未来を知っているのだからアドバイス通りに動けば勝てるのは自明の理だ。
浮名を流すところまで至り、休みの于禁殿から呼び出しがあった。遊興に耽るなというお怒りを頂戴するのかと思いながら向かうと、思いがけず穏やかな姿勢でその人は待っていた。
「恐れるな。今日は処分の通達ではない。私的な用件があって呼び出したのだ」
私用とは珍しい。彼に会ってから初めてのことではなかろうか。
なんだろうと思っていると机には碁盤、その上に丸い入れ物が二つ並んでいた。
「私と勝負してもらいたい。むろん厳格な規定の元、公正に行うと誓おう」
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