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仮入部に泉さんと行った次の日、妹たちを保育園に預けてから、学校へと向かい、教室に入れば、泉さんは自分の席で静かに本を読んでいた。
いつも通りの光景だが、彼女はどこか少し浮かない表情をしているような気がするのは気の所為だろうか。
背後に回り込み、彼女の右肩から顔を覗かして「何読んでんの?」と声を掛けると、微かに肩を震わせて、振り返った。
自分で近付けた癖に、拳一個分くらいしかない、顔の距離に心臓が一回、大きく跳ねて思わず仰け反ってしまった。
泉さんもこれには、少し驚いているようで表情はいつもと変わらないような気もするが、少しだけ頬が強ばっているようにも見えた。
「…びっくりしました」
「ハハ、悪ぃ」
ほらね、当たった。
自分でも能面だなんて言っているけれど、結構分かりやすいと思う。
オレだけがその変化に気付けているという、優越感というのかな。そういう気持ちが若干あるのは否めない。
「おはようございます」
「おはよ。で、何の本を読んでるの?」
「ニーチェです」
「にーちぇ…?童話かなんか?」
「いえ、哲学者の名前です。ニーチェのツァラトゥストラを読んでます。神は死んだってセリフ聞いた事ないですか?」
「…ごめん、分かんねぇや」
ニーチェ、ね。帰りに本屋でも寄ってみようか。
何でそんな事をまでしようとしているのかは、よく分からないけれど、彼女の感じている世界、見ているモノを少しでもいいから、見てみたいとは思う。
帰り本屋へ寄る事を決めたのと同時に、ペーやんが教室のドアを足で乱暴に開けたのが見えた。そのまま、こっちにやって来て「よー、三ツ谷、泉」と声を掛けて来た。
泉さんは、今日もきっと丁寧に「おはようございます」と言って、45度で頭を下げるのだろうと思っていれば、彼女は軽く会釈をして「おはよう」と言った。
「…は?」
思わず漏れた声。そんなオレに構う事なく、二人は会話を始めた。ぼんやりと聞こえてくる内容からすると、昨日の帰りに「さようなら」と堅苦しく挨拶をした泉さんに、ペーやんが明日の朝は敬語を使うなと言ったらしい。
「ちっとは堅苦しいの取れたな」
「何だか照れますね」
「はっ!?照れてるのなんか、分かんねぇよ」
「顔が熱くなってます」
「ゾンビみてぇに顔は白いけどな」
「ゾンビ…」
「なぁ、三ツ谷?」
突然のペーやんの呼びかけで我に返り、アホっぽい声で「え、なに?」と返してしまった。会話を続けようと慌てて言葉を発したら「二人、そんな仲良かったっけ」なんて言ってしまっていた。
何、言ってんだ、オレ?別にいいだろ、友達なんだから。
そう思いたいのに、心の声が邪魔をする。昨日までは、オレが一番、泉さんに近かった筈なのにと。
「それにしても、白すぎねぇ?日焼けしろよ」
「あまり、外には出ないので」
「あぁ、友達いねぇもんな、オマエ。休みの日は引きこもりか」
「あの、そんなグサグサと来る事を平然と言わないで下さい」
「ペーやんは友達じゃん」
「あ?まぁ、そうだけどよぉ」
いや、ほんと何やってんだ、オレ。今日、マジでダセェ。″友達″を強調して、それ以上でもそれ以下でもねぇみたいな言い方なんてしてさ。そんなのオレだって一緒なのに。
何、焦ってんだよ。別にペーやんが泉さんの事、好きとか言ったワケじゃねーのに。
…好き……?
「はぁ!?」
「うぉ!ンだよ、いきなり叫ぶんじゃねぇよ!」
大袈裟なほどに体全体を揺らして、驚くペーやんを凝視していると、じわじわと湧いて来る感情。鼓動が妙に速くなる。
好きってなんだ?コレは好きって感情なのか?ついさっきまでは妹を見守るような心情だと思っていた。
いやいや、落ち着け。だって、まだ出会って数日だぞ。
放っては置けない子。最初はそう思っていた。だって、微かにだけど、ちゃんと感情を表現出来るのに、自分で自分の事を諦めて、周りを不快にさせたくなから一人でいいみたいなの勿体ねぇじゃん。
だから、この子の事を見守っていたいと思った。それは、今でも変わらない。
それが、この数日でどうやったら恋愛感情に変わったのか。
いや、わっかんねー…
「オイ、三ツ谷、どうした?石みてぇに固まって」
「や、何でもねぇ」
「今日、変だな。オマエ」
「いつも変なオマエに言われたくねぇわ」
「あ゛ぁ!?テメェやんのか!?」
「やんねーよ。そんな気分じゃねぇし」
「…マジでどうした?」
そんなん、オレが聞きてぇよ。どうしちまったんだよ。
小さくため息をつくと、教室のドアがガラッと音を立てて開き、パーちんが片手に肉まんを持って入って来た。
「よー、パーちん」
「おう」
「朝から肉まんですか?」
「ピザまんだ」
「更にヘビーですね」
三人の会話に入っていかないオレを不思議に思ったのか、パーちんはオレの目をジッと見た後、ピザまんを半分に割って、その片割れを差し出した。
「え、何。くれんの?」
「オレはバカだからよく分かんねーけど、腹減ってっと元気出ねぇからな!」
「…サンキュ」
パーちんにまですぐに気づかれるなんて、オレもどうかしてんな。
パーちんからピザまんを受け取り、齧り付くとそれは、ほのかにまだ温かさが残っていて、パーちんの温かい優しさのように感じた。
「あの、三ツ谷君」
「ん?どうした?」
気持ちを切り替えて、泉さんに向き直ると、彼女は口をモゴモゴとさせながら、視線を彷徨わせて言いづらそうにしていた。悪さをした妹たちが謝る時、こんな表情をよくする。だから、妹たちにするように少し屈んで、目を覗き込んで出来るだけ柔らかい声で「何?」と聞くと、泉さんはゆっくりと口を開いた。
「手芸部なんですけど、やっぱり入りません」
「え、何で?」
「…お父さんに反対されてしまいました。部活なんて勉強の邪魔になるだけだと」
「めんどくせー親父だな」
実の父親を本人の目の前で悪くいう奴があるかよ、とペーやんの脇腹を肘でど突く。
でも、これで、合点がいった。どうも浮かない表情をしていたのはコレだったかと。
「泉さんはそれでいいの?」
「勉強の手を抜かない約束でここに入学したので、これ以上はワガママ言えません」
「ソレってワガママじゃねーだろ」
「駄々こねねぇガキはロクな大人になんねぇぞ」
「パーちんは親に駄々捏ねまくりだもんな」
「おう!」
二人の言葉にまたグルグルと考え始めてしまう。
最後に駄々捏ねたのっていつだっけな。覚えてねぇな…。
そんな事を考えたってキリがないので、それを振り払うようにかぶりを振って打ち消した。
それよりも、泉さんだ。本当にそれでいいの?って聞こうにも、きっと彼女は「それでいい」とか答えるだろう。だったら、今は落ち込んだ様子の彼女を元気付けるのが先だ。
そう言えば、滝巡りをすると癒されるとか言ってたよな。
今日は金曜日だ。明日は土曜で学校は休み。元気付で滝巡りにでも誘ってみようか。
「泉さん」
「はい?」
「明日、空いてる?」
「特に用事はないですけど」
「じゃあ、明日、オレとデートしよ」
オレの言葉にピシリと空気が固まった気がした。それは三人だけではなく、自分自身も固まってしまった。
何、言ってんだ、オレ…?
今日はすこぶる、調子が悪いらしい。
いつも通りの光景だが、彼女はどこか少し浮かない表情をしているような気がするのは気の所為だろうか。
背後に回り込み、彼女の右肩から顔を覗かして「何読んでんの?」と声を掛けると、微かに肩を震わせて、振り返った。
自分で近付けた癖に、拳一個分くらいしかない、顔の距離に心臓が一回、大きく跳ねて思わず仰け反ってしまった。
泉さんもこれには、少し驚いているようで表情はいつもと変わらないような気もするが、少しだけ頬が強ばっているようにも見えた。
「…びっくりしました」
「ハハ、悪ぃ」
ほらね、当たった。
自分でも能面だなんて言っているけれど、結構分かりやすいと思う。
オレだけがその変化に気付けているという、優越感というのかな。そういう気持ちが若干あるのは否めない。
「おはようございます」
「おはよ。で、何の本を読んでるの?」
「ニーチェです」
「にーちぇ…?童話かなんか?」
「いえ、哲学者の名前です。ニーチェのツァラトゥストラを読んでます。神は死んだってセリフ聞いた事ないですか?」
「…ごめん、分かんねぇや」
ニーチェ、ね。帰りに本屋でも寄ってみようか。
何でそんな事をまでしようとしているのかは、よく分からないけれど、彼女の感じている世界、見ているモノを少しでもいいから、見てみたいとは思う。
帰り本屋へ寄る事を決めたのと同時に、ペーやんが教室のドアを足で乱暴に開けたのが見えた。そのまま、こっちにやって来て「よー、三ツ谷、泉」と声を掛けて来た。
泉さんは、今日もきっと丁寧に「おはようございます」と言って、45度で頭を下げるのだろうと思っていれば、彼女は軽く会釈をして「おはよう」と言った。
「…は?」
思わず漏れた声。そんなオレに構う事なく、二人は会話を始めた。ぼんやりと聞こえてくる内容からすると、昨日の帰りに「さようなら」と堅苦しく挨拶をした泉さんに、ペーやんが明日の朝は敬語を使うなと言ったらしい。
「ちっとは堅苦しいの取れたな」
「何だか照れますね」
「はっ!?照れてるのなんか、分かんねぇよ」
「顔が熱くなってます」
「ゾンビみてぇに顔は白いけどな」
「ゾンビ…」
「なぁ、三ツ谷?」
突然のペーやんの呼びかけで我に返り、アホっぽい声で「え、なに?」と返してしまった。会話を続けようと慌てて言葉を発したら「二人、そんな仲良かったっけ」なんて言ってしまっていた。
何、言ってんだ、オレ?別にいいだろ、友達なんだから。
そう思いたいのに、心の声が邪魔をする。昨日までは、オレが一番、泉さんに近かった筈なのにと。
「それにしても、白すぎねぇ?日焼けしろよ」
「あまり、外には出ないので」
「あぁ、友達いねぇもんな、オマエ。休みの日は引きこもりか」
「あの、そんなグサグサと来る事を平然と言わないで下さい」
「ペーやんは友達じゃん」
「あ?まぁ、そうだけどよぉ」
いや、ほんと何やってんだ、オレ。今日、マジでダセェ。″友達″を強調して、それ以上でもそれ以下でもねぇみたいな言い方なんてしてさ。そんなのオレだって一緒なのに。
何、焦ってんだよ。別にペーやんが泉さんの事、好きとか言ったワケじゃねーのに。
…好き……?
「はぁ!?」
「うぉ!ンだよ、いきなり叫ぶんじゃねぇよ!」
大袈裟なほどに体全体を揺らして、驚くペーやんを凝視していると、じわじわと湧いて来る感情。鼓動が妙に速くなる。
好きってなんだ?コレは好きって感情なのか?ついさっきまでは妹を見守るような心情だと思っていた。
いやいや、落ち着け。だって、まだ出会って数日だぞ。
放っては置けない子。最初はそう思っていた。だって、微かにだけど、ちゃんと感情を表現出来るのに、自分で自分の事を諦めて、周りを不快にさせたくなから一人でいいみたいなの勿体ねぇじゃん。
だから、この子の事を見守っていたいと思った。それは、今でも変わらない。
それが、この数日でどうやったら恋愛感情に変わったのか。
いや、わっかんねー…
「オイ、三ツ谷、どうした?石みてぇに固まって」
「や、何でもねぇ」
「今日、変だな。オマエ」
「いつも変なオマエに言われたくねぇわ」
「あ゛ぁ!?テメェやんのか!?」
「やんねーよ。そんな気分じゃねぇし」
「…マジでどうした?」
そんなん、オレが聞きてぇよ。どうしちまったんだよ。
小さくため息をつくと、教室のドアがガラッと音を立てて開き、パーちんが片手に肉まんを持って入って来た。
「よー、パーちん」
「おう」
「朝から肉まんですか?」
「ピザまんだ」
「更にヘビーですね」
三人の会話に入っていかないオレを不思議に思ったのか、パーちんはオレの目をジッと見た後、ピザまんを半分に割って、その片割れを差し出した。
「え、何。くれんの?」
「オレはバカだからよく分かんねーけど、腹減ってっと元気出ねぇからな!」
「…サンキュ」
パーちんにまですぐに気づかれるなんて、オレもどうかしてんな。
パーちんからピザまんを受け取り、齧り付くとそれは、ほのかにまだ温かさが残っていて、パーちんの温かい優しさのように感じた。
「あの、三ツ谷君」
「ん?どうした?」
気持ちを切り替えて、泉さんに向き直ると、彼女は口をモゴモゴとさせながら、視線を彷徨わせて言いづらそうにしていた。悪さをした妹たちが謝る時、こんな表情をよくする。だから、妹たちにするように少し屈んで、目を覗き込んで出来るだけ柔らかい声で「何?」と聞くと、泉さんはゆっくりと口を開いた。
「手芸部なんですけど、やっぱり入りません」
「え、何で?」
「…お父さんに反対されてしまいました。部活なんて勉強の邪魔になるだけだと」
「めんどくせー親父だな」
実の父親を本人の目の前で悪くいう奴があるかよ、とペーやんの脇腹を肘でど突く。
でも、これで、合点がいった。どうも浮かない表情をしていたのはコレだったかと。
「泉さんはそれでいいの?」
「勉強の手を抜かない約束でここに入学したので、これ以上はワガママ言えません」
「ソレってワガママじゃねーだろ」
「駄々こねねぇガキはロクな大人になんねぇぞ」
「パーちんは親に駄々捏ねまくりだもんな」
「おう!」
二人の言葉にまたグルグルと考え始めてしまう。
最後に駄々捏ねたのっていつだっけな。覚えてねぇな…。
そんな事を考えたってキリがないので、それを振り払うようにかぶりを振って打ち消した。
それよりも、泉さんだ。本当にそれでいいの?って聞こうにも、きっと彼女は「それでいい」とか答えるだろう。だったら、今は落ち込んだ様子の彼女を元気付けるのが先だ。
そう言えば、滝巡りをすると癒されるとか言ってたよな。
今日は金曜日だ。明日は土曜で学校は休み。元気付で滝巡りにでも誘ってみようか。
「泉さん」
「はい?」
「明日、空いてる?」
「特に用事はないですけど」
「じゃあ、明日、オレとデートしよ」
オレの言葉にピシリと空気が固まった気がした。それは三人だけではなく、自分自身も固まってしまった。
何、言ってんだ、オレ…?
今日はすこぶる、調子が悪いらしい。
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