ぺーやん
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好きだと言ってから、約3ヶ月。週に一度開催する、ミッションに幾度も付き合わせて来た。名前呼びから、一緒に帰ったりと色々して実行した。手を繋ぐというミッションは林君に全力で拒否られて失敗に終わってしまったが、一緒に帰れるだけで私は満足だった。
そう、一緒に帰るようになってから知った事が一つある。それは、林君がめちゃくちゃ喧嘩が強いという事。林君は細いし、私にビクビクしてる姿のイメージが強いから、喧嘩が強いイメージがあまり無かった。
数日前、一緒に帰っている途中にガラの悪い人達に絡まれた事があったが、林君は多数なんてものともせず、あっという間に片付けてしまった。人を人で殴る姿は、そこら辺のイケメン俳優なんかより断然カッコよくて煌めいて見えてしまった。更に恋に落ちてしまって、私にはこの人しか居ないって思ったの。
「という訳で、私は林君にゾッコンです」
「ははっ、ぺーやんは腕っぷしだけはオレなんかより全然強いからな」
「そうなの!?知ってるなら教えてよ~!」
「ごめん、ごめん。言う機会が無かったからさ」
珍しく部活が休みな三ツ谷君に放課後、教室に残って貰って、近況報告も兼ねて二人で話している。
本人が目の前に居るわけでもないのに、林君の事を考えるだけで、胸がドキドキして頬が熱くなってしまう。そんな様子の私を見て、三ツ谷君は「めっちゃ、女の顔」と笑っていた。
「副隊長の称号はダテじゃないんだね」
「そりゃあ、パーが選んだヤツだ。間違いねぇよ」
三ツ谷君はいつも林君をからかっているけど、なんだかんだ、ちゃんと認めているし、私が褒めると自分の事のように嬉しそうに笑う。
「三ツ谷君って林君の事、大好きだよねぇ」
「いや、別に大好きって訳じゃねーけど」
「照れんなって」
「いやいやいや」
半笑いで否定をする三ツ谷君に素直になれよと言っていると、開けっ放しにしてある窓から風が吹き込み、カーテンを揺らし、私の髪も同時に揺らした。その風は清々しいモノではなく、夏特有の熱風だ。
「あっちぃな」
「だね。もうすぐ夏休みだね」
「夏休み中もミッションやんの?」
「あー…、うん。次のミッションで最後にしようと思っててさ」
「マジで?」
「大マジ」
深く頷くと三ツ谷君は驚いたように目を見開いた。散々振り回している癖にと思われるかもしれないけど、振り回すのも悪いような気もして来ている。ビクビクしたり、私を見た瞬間に進行方向を変え逃げる様を見ると、もうそろそろ、ちゃんとケリを付けた方がいいと思って来ていた。いつまでも、ずっとこのままの訳にはいかないでしょう。
「最後は何すんの?」
「夏休み、花火大会行こうよ。三人で」
「え、オレも?」
「うん。二人じゃ絶対に来てくれないでしょ?」
「あー、確かになぁ」
付き合えなかったとしても、最後の想い出が欲しい。少しでも楽しい想い出を作りたい。私だけじゃなくて、林君にとっても。
「パーちんも居たら良かったね…」
「赤点で夏休み中は補習だからな。来年は四人で行こうぜ」
「うん!その為にはパーちんにはテスト赤点回避してもらわないと」
「パーには難しいんじゃねーか?」
「頑張れ、カテキョー三ツ谷」
「オレかよ…」
「だって、私の頭、中の中くらいだもん」
「オレも別に上位じゃねーけど」
「教え方は上手いじゃん!私に出来ると思う?」
「無理だな」
「あー!ひどーい!少しは否定してよ!」
二人でケラケラと笑っていれば、教室のドアが開く音がして、三ツ谷君と一緒に音の方へ顔を向けた。ドアの所には、顔面蒼白の林君が立っていた。私が立ち上がると瞬時に踵を返そうとしたので、慌てて「今日は、ミッションしないから!」と言葉を投げ掛けると、疑いの目を私に向けて来た。
「本当に今日は何もしないから、こっちおいでよ。一緒に話そ?」
手招きをしながら呼べば、小動物のようにビクビクしながらもゆっくりとこちらへ歩みを進めた。そんな、ビビらなくてもいいじゃないと思う反面、そんな姿が少し可愛いと思う訳で。
「苗字さん、ニヤニヤしてないでさ、誘わなくていいの?」
「はっ…!そうだ!林君!!」
「お、おう…」
不安そうに瞳を揺らしながら私の顔を見て来る姿にちょっぴり、キュンとしてしまった事は顔に出さずに、グイッと顔を近付けた。
林君は、うおっと声を上げながら後ずさった。
いや、それはちょっと悲しいぞ。
「夏休み、暇?」
「夏休み?」
「そ!花火大会行こうよ」
「えっ、いやっ…」
「オレも行くから、行こうぜ」
「三ツ谷も…?」
「そうそう!三ツ谷くんも来るよ!」
「まぁ…それなら…」
それもちょっと悲しいぞ。
今、私が考えているラストミッションも上手くいく気がしなくて、ポジティブが取り柄の私も流石に落ち込んでしまう。
思わず俯いてしまうと、三ツ谷君に肩をポンっと叩かれ顔を上げると、少し気まずそうに眉を下げて小さく笑っていた。
最初は同情されているのかと思ったが、肩に置かれた手が何となく、頑張れと励ましてくれているような気がした。小さく頷くと、三ツ谷君も優しく笑いながら頷き返してくれた。
「よーし!頑張るぞー!!」
椅子から立ち上がって拳を上に突き上げてそう叫ぶと、林君はビクッと震えて私を見た。隣にいた三ツ谷君は手をおでこに当てて、深いため息をついていた。
「あれ。三ツ谷君、どうしたの?」
「何でもねぇよ…」
「そう?」
苦笑いをしている三ツ谷君はほっといて、私は心の中で気合いを入れる。
夏休みの花火大会、最後の決戦だ。
*
花火大会当日、私は気合いを入れて浴衣を着て行く事に決めていた。約束は、夕方の5時なので午前中に浴衣を買いに行こうと思い、三ツ谷君に付き合って貰っている。
林君の好きそうな浴衣のイメージは私の中で決まっていて、それを探したが全く見つからなかった。
三ツ谷君にどんなのを探しているのか聞かれたので、自信満々に「ドラゴン!」と答えたら、あの三ツ谷君にドン引きされた顔をされてしまった。
だって、林君の柄シャツはドラゴンの時もあったし、好きってことでしょう? 私、なんか変な事言ったかな。
「本気で言ってる?」
「本気中の本気だけど?」
「あのさ、女の子でドラゴンの浴衣着てるのどうかと思うよ」
「あ!じゃあ、このヒョウ柄とかどうかな!?」
「一旦、変なのから離れねぇ?」
「え、ダメ?」
「ぺーやんに振り向いてもらいたいんだろ?」
「はい。それはもちろん」
「じゃあ、全部オレに任せて」
「でも、私の意見は…」
「何?」
「いえ、ナンデモナイデス…」
おっと…三ツ谷君の笑顔が怖いと思ったの初めてだよ。ドス黒いオーラを纏った笑顔が怖いよ、三ツ谷さん。この時、初めて三ツ谷君も暴走族なのだと実感した。いや、変な実感の仕方だけどさ。かなり怖かったんだもん。
本能的に大人しく従った方が良い気がして、三ツ谷君の言う通りに従って、あれよあれよという間に買い物は終わった。
一旦、三ツ谷君と別れて家に帰り、浴衣に合うようなメイクをしてから、買った浴衣に着替える。そのタイミングで三ツ谷君に連絡を入れて、家に来て貰った。何故かと言うと、三ツ谷君がヘアセットをやってくれるらしい。
自分では上手く出来ないので、凄く有難かった。
「ラストミッション、上手くいくといいな」
「…うん。緊張して来た」
「ははっ!苗字さんでも緊張とかするんだ」
「そりゃ、するよ。好きな人とデートだもん」
そう言った所で、三ツ谷君が「ほら、出来た」と声を掛けてきた。鏡を見てみると、赤いお花の付いた簪で髪の毛を綺麗に纏められ、生成色の生地に臙脂椿柄の浴衣とえんじ帯びによく似合っていた。
「わっ…自分じゃないみたい」
「ドラゴンにしなくて良かっただろ?」
「うん。ドラゴンじゃ、こんな風にはならなかった!」
「だろうね」
最近、三ツ谷君、私の扱い雑じゃないですか?前はもう少し優しかったような気もするけど。まぁ、何でもいいか。今は、林君の事だけを考えよう。うん、そうしよう。
「さて、行きますか!」
約束の5時まであと少し。集合場所へと二人で向かう事にした。
集合場所に着くと、もう既に林君は着いていて、ポケットに手を突っ込んで変な柄のシャツを着てガラの悪そうな顔で立っていた。
不意にキュン、と胸がときめいた。
だって、あのガラ悪そうな顔…!いつものおびえた顔とは違う男らしさ。そのギャップに私の胸はドキドキしっぱなしだ。
見惚れてボケっと突っ立っていると、林くんは私たちに気が付いて、のしのしと歩み寄って来た。
「おー、ぺーやん。早いな」
「そうか?もう5時だぜ」
そんな会話も頭には入って来ない。林君の顔を見たら、この後はどうしようとか、色々と考えてしまい、心臓が大暴れし始めてしまう。
「苗字さん?どうした?」
「はいっ!?」
三ツ谷君に呼びかけられて顔を上げると、林君とばっちり目が合ってしまい、一気に顔に熱が集中してしまう。
「行かねぇの?」
「行きます!行きますとも!」
勢いよく返事をすると、あまりの勢いに何事かと不思議そうに二人は首を傾げていた。
冷静になれ、冷静になれ。平静を保つのよ、私。…よし、心臓も落ち着き始めて来たぞ。よしよし、いい感じ。
気持ちも大分落ち着気を取り戻した所で、花火大会の会場へ向かう事にした。
三人で横並びになりながら、歩いているとフと気がついた事があった。下駄と浴衣で歩きづらいから、いつもより歩くペースが遅い筈なのに、何も言わずに二人が私のペースに自然と合わせてくれているという事。
三ツ谷君は、そんな気遣いが自然と出来る人だと思えるんだけど、あの林君までもが同じペースで合わせてくれている事に驚きを隠せなかった。
隣にいる彼の顔を見上げると、またまたフと気がついてしまった。林君は、思ったより背が高いという事。凝視していると、視線に気が付いた彼は、頬を引き攣らせながら「何だよ…」と言った。
「林君って身長いくつ?」
「176だけど」
「へぇ、大きいね」
「そうか?」
「うん」
ここで会話は途切れてしまい、上手く繋げることが出来ない。それもこれも、この後の事を考えてしまうせいだ。告白たるものは勢いでしている癖に何を今更と思った、そこのあなた。それはそうだけど、そうじゃないんだよ。と誰に向けている訳でもないのに、心の中で一人で喋って一人で突っ込んでしまう。それも全て動揺のせいだ。
「あ、悪ぃ!ちょっと、マイキーから電話来たから、先行ってて」
「は?おい!三ツ谷ぁ!」
突然、そんな声を上げて三ツ谷君は両手を顔の前で合わせて、ごめんと言って走って行ってしまった。
いきなり、二人になってしまった私たちは呆然と立ち尽くす。林君に至っては、絶望に満ちた表情で三ツ谷君の後ろ姿を目で追っていた。
今の絶対に嘘なのはすぐに理解した。電話の音なんか聞こえなかったし、ケータイ出してもないのに電話の相手が分かるわけがない。
そんな文句は心の中に眠らせて、気を利かせた三ツ谷君が作ってくれた二人っきりの状況をきっちり生かさねばならないと意気込む。
「もう、花火も始まるし、向こうの方に行かない?」
「お、おう」
しどろもどろな林君を連れて、事前に三ツ谷君から教えて貰っていた、あまり人気がなくて花火もバッチリ見える穴場へと向かった。
教えて貰った場所に着くと、本当にそこは、人は全然居なくて、私たちだけしかいなかった。
街灯も何も無く、真っ暗なその場所は少し怖く感じる位に静かだった。
「三ツ谷君が教えてくれた、花火がよく見える場所なんだけど、なんか怖いね」
出来るだけ明るく接しようと頑張って笑顔と声色を作って話し掛けるが、林君は何も答えずに私の方へ歩み寄って来た。私の目の前でピタッと足を止め、真剣な眼差しでジッと見下ろしてくる。
「えっ、何?どうしたの?」
そのまま、林君は私の方へ手を伸ばし頭の後ろへと回した。いきなり、目の前にやって来る彼の胸板に驚いて息が止まってしまう。
何?どういう状況?
パニックになって、思考も何もかも止まってしまう。どれくらい止まっていただろうか。やっとの思いで、酸素を吸い込むと止まっていた脳も動き出し、この状況を理解した途端に恥ずかしくなってしまい、思わず、目の前にあった林くんの鳩尾に拳を叩き込んでしまった。
ドスっという鈍い音と同時に唸り声を上げてその場にしゃがみ込む彼と同じように私も両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
「い、いきなりダメだよ!そんな…!私、まだミッション言ってないよっ!?抱き合うとか早いよぉ!」
「…はぁ!?違ぇよ!頭の飾り、取れそうだったから、付け直そうとしただけだって!」
「へ?頭の飾り…?」
「つーか、オマエ、いきなり腹殴んなっつーの…痛てぇ…」
「あぁ!ごめん!つい、勘違いしちゃって…!恥ずかしい!!」
もう、一人で何を勘違いしちゃってるの。恥ずかし過ぎる。穴があったら入りたい。バカでアホすぎる自分に嫌になっちゃう。
はぁ…とため息を零すと同時に群青色の夏の空に色鮮やかな花火が打ち上がった。
二人でしゃがみ込みながら見上げ、空を飾る花火を私達は黙って見つめた。
チラッと横目で林君の方を見ると、花火の光で照らされた横顔に胸がトクンと小さく鳴った。
今だ。今しかない。最後のミッションを言おう。だけど、意志とは裏腹に口は思うように開いてくれなくて、言葉を紡げない。
これが最後って決めている。成功したとしても、失敗したとしてもだ。もし、失敗したら、林君との関係が終わってしまう。そう思うと、怖くて、寂しくて、悲しくて、思うように口に出来なかった。
今のままだったら、嫌々ながらも林君は私のミッションに付き合ってくれて、一緒に居る事が出来る。私が口にしなければ…。
「…林君、ラストミッション始めていい?」
そう言った声が震えている事に気が付いて、奥歯をグッと噛み締めて震えを止めようとする。
そうだよ、ダメだよ。泣いても笑っても今日が最後だって決めて来たじゃない。今の状況に甘えるのはよそうって。
「これは、強制じゃないから断ってくれてもいいよ。林君の意思で決めて欲しい」
林君はジッと私の目を見つめて、私の続きの言葉を待つ。一つ、深く息を吐いてから、意を決して口を開く。
「最後のミッションは…私を好きになって」
言葉と共に瞳から涙が零れ落ちてしまい、暖かい物が頬を伝った。
練習した言葉とは違う台詞を言ってしまった。いつものように笑いながら、私と付き合ってって言うつもりだった。
なのに、零れ落ちた言葉は私の心の奥底に眠っていた、好きという気持ちとか不安とか、切実な願いが溢れ出てしまった。泣くつもりなんて一切なかったのに、溢れ出た涙は気持ちと同じで止まる事を知らない。
「…泣いてんのか?」
驚いたように目を見開いて、おどおどしながらも立ち上がって私の元へ歩み寄り、私と同じようにまた、しゃがみ込んで視線を合わせた。
そして、辺りをキョロキョロとしながら「三ツ谷、居ねぇのか?ハンカチとかねぇよ、オレ」とブツブツ呟きながら、手でゴシゴシと私の目元を擦り始めた。
「や、あの、そんな擦られると痛いし、メイク落ちるんですけど…」
「あ?悪ぃ!」
パッと手を離して、居心地悪そうにまた辺りをキョロキョロとし始めた。そんな姿が面白くて、プッと吹き出して笑うと更に罰の悪そうな表情を浮かべて、いつものようにアワアワとし始めた。
「ごめんね、いきなり泣いたりして」
ヘラっと笑うと、林君は安心したかのように引き攣らせた頬を緩め、小さくため息をついた。
「オマエが泣いてると困るっつーか、どうしていいか分かんねぇっつーか…」
「あはは、ごめんってば。もう、いきなり泣いたりしないから大丈夫だよ」
「なら、いーけどよぉ」
いつも通りに戻った私たちに、ホッとするのと同時にまだケリが付いていない事を思い出す。
今度は泣かないように、ちゃんと笑顔を作って林君に向ける。
「さっきの返事、聞かせて貰えますか?」
どんな返事が来たって、最後は笑って終わりにしようと決めているから、上げた口角を下げないように必死に堪える。
林君は視線を泳がした後、彼も意を決したように私の視線と合わせて真っ直ぐに見詰めてきた。
空に打ち上がる花火の音なんかより、自分の鼓動の方がうるさいんじゃないかと思うくらいに鳴っていた。手も足も震えて来ちゃう程に緊張して、変な汗までかいて来る。
そして、ゆっくりと林君は口を開いた。
「もう、好きになってる…と思う」
「…へ?」
素っ頓狂な声を上げながら、ポカン顔の私と徐々に顔を真っ赤にさせてお猿さんみたいになった林君が見つめ合う。彼の言葉を脳内でリピートさせる。
「…思うなの?」
本当は、心の中の私はサンバのダンスを踊っているくらいに喜んでいるし、興奮もしている。それだけで、十分満足なのだけど、照れ隠しでそんな風に返してしまった。仕方ないじゃない。当たって砕けろ精神で告白したんだもん。まさか、こんな返事来るなんて思ってなかったもん。
黙り込んでしまった、林君に「嘘。その言葉だけで十分だよ」と言おうと顔を上げると、真剣な顔をした彼と目が合い、口を閉じてしまった。
「好きだ」
私の耳に飛び込んで来たのは、花火の音と私の鼓動。そして、彼の息を飲む音と私がずっと待ち望んでいた言葉。
「私も大好き」
さっきまでの作り笑いとは違った本当の笑顔の私と頬を赤く染めて気恥しそうにしながらも笑顔の林君をフィナーレを飾る大輪の花火が包み込んでいた。
そう、一緒に帰るようになってから知った事が一つある。それは、林君がめちゃくちゃ喧嘩が強いという事。林君は細いし、私にビクビクしてる姿のイメージが強いから、喧嘩が強いイメージがあまり無かった。
数日前、一緒に帰っている途中にガラの悪い人達に絡まれた事があったが、林君は多数なんてものともせず、あっという間に片付けてしまった。人を人で殴る姿は、そこら辺のイケメン俳優なんかより断然カッコよくて煌めいて見えてしまった。更に恋に落ちてしまって、私にはこの人しか居ないって思ったの。
「という訳で、私は林君にゾッコンです」
「ははっ、ぺーやんは腕っぷしだけはオレなんかより全然強いからな」
「そうなの!?知ってるなら教えてよ~!」
「ごめん、ごめん。言う機会が無かったからさ」
珍しく部活が休みな三ツ谷君に放課後、教室に残って貰って、近況報告も兼ねて二人で話している。
本人が目の前に居るわけでもないのに、林君の事を考えるだけで、胸がドキドキして頬が熱くなってしまう。そんな様子の私を見て、三ツ谷君は「めっちゃ、女の顔」と笑っていた。
「副隊長の称号はダテじゃないんだね」
「そりゃあ、パーが選んだヤツだ。間違いねぇよ」
三ツ谷君はいつも林君をからかっているけど、なんだかんだ、ちゃんと認めているし、私が褒めると自分の事のように嬉しそうに笑う。
「三ツ谷君って林君の事、大好きだよねぇ」
「いや、別に大好きって訳じゃねーけど」
「照れんなって」
「いやいやいや」
半笑いで否定をする三ツ谷君に素直になれよと言っていると、開けっ放しにしてある窓から風が吹き込み、カーテンを揺らし、私の髪も同時に揺らした。その風は清々しいモノではなく、夏特有の熱風だ。
「あっちぃな」
「だね。もうすぐ夏休みだね」
「夏休み中もミッションやんの?」
「あー…、うん。次のミッションで最後にしようと思っててさ」
「マジで?」
「大マジ」
深く頷くと三ツ谷君は驚いたように目を見開いた。散々振り回している癖にと思われるかもしれないけど、振り回すのも悪いような気もして来ている。ビクビクしたり、私を見た瞬間に進行方向を変え逃げる様を見ると、もうそろそろ、ちゃんとケリを付けた方がいいと思って来ていた。いつまでも、ずっとこのままの訳にはいかないでしょう。
「最後は何すんの?」
「夏休み、花火大会行こうよ。三人で」
「え、オレも?」
「うん。二人じゃ絶対に来てくれないでしょ?」
「あー、確かになぁ」
付き合えなかったとしても、最後の想い出が欲しい。少しでも楽しい想い出を作りたい。私だけじゃなくて、林君にとっても。
「パーちんも居たら良かったね…」
「赤点で夏休み中は補習だからな。来年は四人で行こうぜ」
「うん!その為にはパーちんにはテスト赤点回避してもらわないと」
「パーには難しいんじゃねーか?」
「頑張れ、カテキョー三ツ谷」
「オレかよ…」
「だって、私の頭、中の中くらいだもん」
「オレも別に上位じゃねーけど」
「教え方は上手いじゃん!私に出来ると思う?」
「無理だな」
「あー!ひどーい!少しは否定してよ!」
二人でケラケラと笑っていれば、教室のドアが開く音がして、三ツ谷君と一緒に音の方へ顔を向けた。ドアの所には、顔面蒼白の林君が立っていた。私が立ち上がると瞬時に踵を返そうとしたので、慌てて「今日は、ミッションしないから!」と言葉を投げ掛けると、疑いの目を私に向けて来た。
「本当に今日は何もしないから、こっちおいでよ。一緒に話そ?」
手招きをしながら呼べば、小動物のようにビクビクしながらもゆっくりとこちらへ歩みを進めた。そんな、ビビらなくてもいいじゃないと思う反面、そんな姿が少し可愛いと思う訳で。
「苗字さん、ニヤニヤしてないでさ、誘わなくていいの?」
「はっ…!そうだ!林君!!」
「お、おう…」
不安そうに瞳を揺らしながら私の顔を見て来る姿にちょっぴり、キュンとしてしまった事は顔に出さずに、グイッと顔を近付けた。
林君は、うおっと声を上げながら後ずさった。
いや、それはちょっと悲しいぞ。
「夏休み、暇?」
「夏休み?」
「そ!花火大会行こうよ」
「えっ、いやっ…」
「オレも行くから、行こうぜ」
「三ツ谷も…?」
「そうそう!三ツ谷くんも来るよ!」
「まぁ…それなら…」
それもちょっと悲しいぞ。
今、私が考えているラストミッションも上手くいく気がしなくて、ポジティブが取り柄の私も流石に落ち込んでしまう。
思わず俯いてしまうと、三ツ谷君に肩をポンっと叩かれ顔を上げると、少し気まずそうに眉を下げて小さく笑っていた。
最初は同情されているのかと思ったが、肩に置かれた手が何となく、頑張れと励ましてくれているような気がした。小さく頷くと、三ツ谷君も優しく笑いながら頷き返してくれた。
「よーし!頑張るぞー!!」
椅子から立ち上がって拳を上に突き上げてそう叫ぶと、林君はビクッと震えて私を見た。隣にいた三ツ谷君は手をおでこに当てて、深いため息をついていた。
「あれ。三ツ谷君、どうしたの?」
「何でもねぇよ…」
「そう?」
苦笑いをしている三ツ谷君はほっといて、私は心の中で気合いを入れる。
夏休みの花火大会、最後の決戦だ。
*
花火大会当日、私は気合いを入れて浴衣を着て行く事に決めていた。約束は、夕方の5時なので午前中に浴衣を買いに行こうと思い、三ツ谷君に付き合って貰っている。
林君の好きそうな浴衣のイメージは私の中で決まっていて、それを探したが全く見つからなかった。
三ツ谷君にどんなのを探しているのか聞かれたので、自信満々に「ドラゴン!」と答えたら、あの三ツ谷君にドン引きされた顔をされてしまった。
だって、林君の柄シャツはドラゴンの時もあったし、好きってことでしょう? 私、なんか変な事言ったかな。
「本気で言ってる?」
「本気中の本気だけど?」
「あのさ、女の子でドラゴンの浴衣着てるのどうかと思うよ」
「あ!じゃあ、このヒョウ柄とかどうかな!?」
「一旦、変なのから離れねぇ?」
「え、ダメ?」
「ぺーやんに振り向いてもらいたいんだろ?」
「はい。それはもちろん」
「じゃあ、全部オレに任せて」
「でも、私の意見は…」
「何?」
「いえ、ナンデモナイデス…」
おっと…三ツ谷君の笑顔が怖いと思ったの初めてだよ。ドス黒いオーラを纏った笑顔が怖いよ、三ツ谷さん。この時、初めて三ツ谷君も暴走族なのだと実感した。いや、変な実感の仕方だけどさ。かなり怖かったんだもん。
本能的に大人しく従った方が良い気がして、三ツ谷君の言う通りに従って、あれよあれよという間に買い物は終わった。
一旦、三ツ谷君と別れて家に帰り、浴衣に合うようなメイクをしてから、買った浴衣に着替える。そのタイミングで三ツ谷君に連絡を入れて、家に来て貰った。何故かと言うと、三ツ谷君がヘアセットをやってくれるらしい。
自分では上手く出来ないので、凄く有難かった。
「ラストミッション、上手くいくといいな」
「…うん。緊張して来た」
「ははっ!苗字さんでも緊張とかするんだ」
「そりゃ、するよ。好きな人とデートだもん」
そう言った所で、三ツ谷君が「ほら、出来た」と声を掛けてきた。鏡を見てみると、赤いお花の付いた簪で髪の毛を綺麗に纏められ、生成色の生地に臙脂椿柄の浴衣とえんじ帯びによく似合っていた。
「わっ…自分じゃないみたい」
「ドラゴンにしなくて良かっただろ?」
「うん。ドラゴンじゃ、こんな風にはならなかった!」
「だろうね」
最近、三ツ谷君、私の扱い雑じゃないですか?前はもう少し優しかったような気もするけど。まぁ、何でもいいか。今は、林君の事だけを考えよう。うん、そうしよう。
「さて、行きますか!」
約束の5時まであと少し。集合場所へと二人で向かう事にした。
集合場所に着くと、もう既に林君は着いていて、ポケットに手を突っ込んで変な柄のシャツを着てガラの悪そうな顔で立っていた。
不意にキュン、と胸がときめいた。
だって、あのガラ悪そうな顔…!いつものおびえた顔とは違う男らしさ。そのギャップに私の胸はドキドキしっぱなしだ。
見惚れてボケっと突っ立っていると、林くんは私たちに気が付いて、のしのしと歩み寄って来た。
「おー、ぺーやん。早いな」
「そうか?もう5時だぜ」
そんな会話も頭には入って来ない。林君の顔を見たら、この後はどうしようとか、色々と考えてしまい、心臓が大暴れし始めてしまう。
「苗字さん?どうした?」
「はいっ!?」
三ツ谷君に呼びかけられて顔を上げると、林君とばっちり目が合ってしまい、一気に顔に熱が集中してしまう。
「行かねぇの?」
「行きます!行きますとも!」
勢いよく返事をすると、あまりの勢いに何事かと不思議そうに二人は首を傾げていた。
冷静になれ、冷静になれ。平静を保つのよ、私。…よし、心臓も落ち着き始めて来たぞ。よしよし、いい感じ。
気持ちも大分落ち着気を取り戻した所で、花火大会の会場へ向かう事にした。
三人で横並びになりながら、歩いているとフと気がついた事があった。下駄と浴衣で歩きづらいから、いつもより歩くペースが遅い筈なのに、何も言わずに二人が私のペースに自然と合わせてくれているという事。
三ツ谷君は、そんな気遣いが自然と出来る人だと思えるんだけど、あの林君までもが同じペースで合わせてくれている事に驚きを隠せなかった。
隣にいる彼の顔を見上げると、またまたフと気がついてしまった。林君は、思ったより背が高いという事。凝視していると、視線に気が付いた彼は、頬を引き攣らせながら「何だよ…」と言った。
「林君って身長いくつ?」
「176だけど」
「へぇ、大きいね」
「そうか?」
「うん」
ここで会話は途切れてしまい、上手く繋げることが出来ない。それもこれも、この後の事を考えてしまうせいだ。告白たるものは勢いでしている癖に何を今更と思った、そこのあなた。それはそうだけど、そうじゃないんだよ。と誰に向けている訳でもないのに、心の中で一人で喋って一人で突っ込んでしまう。それも全て動揺のせいだ。
「あ、悪ぃ!ちょっと、マイキーから電話来たから、先行ってて」
「は?おい!三ツ谷ぁ!」
突然、そんな声を上げて三ツ谷君は両手を顔の前で合わせて、ごめんと言って走って行ってしまった。
いきなり、二人になってしまった私たちは呆然と立ち尽くす。林君に至っては、絶望に満ちた表情で三ツ谷君の後ろ姿を目で追っていた。
今の絶対に嘘なのはすぐに理解した。電話の音なんか聞こえなかったし、ケータイ出してもないのに電話の相手が分かるわけがない。
そんな文句は心の中に眠らせて、気を利かせた三ツ谷君が作ってくれた二人っきりの状況をきっちり生かさねばならないと意気込む。
「もう、花火も始まるし、向こうの方に行かない?」
「お、おう」
しどろもどろな林君を連れて、事前に三ツ谷君から教えて貰っていた、あまり人気がなくて花火もバッチリ見える穴場へと向かった。
教えて貰った場所に着くと、本当にそこは、人は全然居なくて、私たちだけしかいなかった。
街灯も何も無く、真っ暗なその場所は少し怖く感じる位に静かだった。
「三ツ谷君が教えてくれた、花火がよく見える場所なんだけど、なんか怖いね」
出来るだけ明るく接しようと頑張って笑顔と声色を作って話し掛けるが、林君は何も答えずに私の方へ歩み寄って来た。私の目の前でピタッと足を止め、真剣な眼差しでジッと見下ろしてくる。
「えっ、何?どうしたの?」
そのまま、林君は私の方へ手を伸ばし頭の後ろへと回した。いきなり、目の前にやって来る彼の胸板に驚いて息が止まってしまう。
何?どういう状況?
パニックになって、思考も何もかも止まってしまう。どれくらい止まっていただろうか。やっとの思いで、酸素を吸い込むと止まっていた脳も動き出し、この状況を理解した途端に恥ずかしくなってしまい、思わず、目の前にあった林くんの鳩尾に拳を叩き込んでしまった。
ドスっという鈍い音と同時に唸り声を上げてその場にしゃがみ込む彼と同じように私も両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
「い、いきなりダメだよ!そんな…!私、まだミッション言ってないよっ!?抱き合うとか早いよぉ!」
「…はぁ!?違ぇよ!頭の飾り、取れそうだったから、付け直そうとしただけだって!」
「へ?頭の飾り…?」
「つーか、オマエ、いきなり腹殴んなっつーの…痛てぇ…」
「あぁ!ごめん!つい、勘違いしちゃって…!恥ずかしい!!」
もう、一人で何を勘違いしちゃってるの。恥ずかし過ぎる。穴があったら入りたい。バカでアホすぎる自分に嫌になっちゃう。
はぁ…とため息を零すと同時に群青色の夏の空に色鮮やかな花火が打ち上がった。
二人でしゃがみ込みながら見上げ、空を飾る花火を私達は黙って見つめた。
チラッと横目で林君の方を見ると、花火の光で照らされた横顔に胸がトクンと小さく鳴った。
今だ。今しかない。最後のミッションを言おう。だけど、意志とは裏腹に口は思うように開いてくれなくて、言葉を紡げない。
これが最後って決めている。成功したとしても、失敗したとしてもだ。もし、失敗したら、林君との関係が終わってしまう。そう思うと、怖くて、寂しくて、悲しくて、思うように口に出来なかった。
今のままだったら、嫌々ながらも林君は私のミッションに付き合ってくれて、一緒に居る事が出来る。私が口にしなければ…。
「…林君、ラストミッション始めていい?」
そう言った声が震えている事に気が付いて、奥歯をグッと噛み締めて震えを止めようとする。
そうだよ、ダメだよ。泣いても笑っても今日が最後だって決めて来たじゃない。今の状況に甘えるのはよそうって。
「これは、強制じゃないから断ってくれてもいいよ。林君の意思で決めて欲しい」
林君はジッと私の目を見つめて、私の続きの言葉を待つ。一つ、深く息を吐いてから、意を決して口を開く。
「最後のミッションは…私を好きになって」
言葉と共に瞳から涙が零れ落ちてしまい、暖かい物が頬を伝った。
練習した言葉とは違う台詞を言ってしまった。いつものように笑いながら、私と付き合ってって言うつもりだった。
なのに、零れ落ちた言葉は私の心の奥底に眠っていた、好きという気持ちとか不安とか、切実な願いが溢れ出てしまった。泣くつもりなんて一切なかったのに、溢れ出た涙は気持ちと同じで止まる事を知らない。
「…泣いてんのか?」
驚いたように目を見開いて、おどおどしながらも立ち上がって私の元へ歩み寄り、私と同じようにまた、しゃがみ込んで視線を合わせた。
そして、辺りをキョロキョロとしながら「三ツ谷、居ねぇのか?ハンカチとかねぇよ、オレ」とブツブツ呟きながら、手でゴシゴシと私の目元を擦り始めた。
「や、あの、そんな擦られると痛いし、メイク落ちるんですけど…」
「あ?悪ぃ!」
パッと手を離して、居心地悪そうにまた辺りをキョロキョロとし始めた。そんな姿が面白くて、プッと吹き出して笑うと更に罰の悪そうな表情を浮かべて、いつものようにアワアワとし始めた。
「ごめんね、いきなり泣いたりして」
ヘラっと笑うと、林君は安心したかのように引き攣らせた頬を緩め、小さくため息をついた。
「オマエが泣いてると困るっつーか、どうしていいか分かんねぇっつーか…」
「あはは、ごめんってば。もう、いきなり泣いたりしないから大丈夫だよ」
「なら、いーけどよぉ」
いつも通りに戻った私たちに、ホッとするのと同時にまだケリが付いていない事を思い出す。
今度は泣かないように、ちゃんと笑顔を作って林君に向ける。
「さっきの返事、聞かせて貰えますか?」
どんな返事が来たって、最後は笑って終わりにしようと決めているから、上げた口角を下げないように必死に堪える。
林君は視線を泳がした後、彼も意を決したように私の視線と合わせて真っ直ぐに見詰めてきた。
空に打ち上がる花火の音なんかより、自分の鼓動の方がうるさいんじゃないかと思うくらいに鳴っていた。手も足も震えて来ちゃう程に緊張して、変な汗までかいて来る。
そして、ゆっくりと林君は口を開いた。
「もう、好きになってる…と思う」
「…へ?」
素っ頓狂な声を上げながら、ポカン顔の私と徐々に顔を真っ赤にさせてお猿さんみたいになった林君が見つめ合う。彼の言葉を脳内でリピートさせる。
「…思うなの?」
本当は、心の中の私はサンバのダンスを踊っているくらいに喜んでいるし、興奮もしている。それだけで、十分満足なのだけど、照れ隠しでそんな風に返してしまった。仕方ないじゃない。当たって砕けろ精神で告白したんだもん。まさか、こんな返事来るなんて思ってなかったもん。
黙り込んでしまった、林君に「嘘。その言葉だけで十分だよ」と言おうと顔を上げると、真剣な顔をした彼と目が合い、口を閉じてしまった。
「好きだ」
私の耳に飛び込んで来たのは、花火の音と私の鼓動。そして、彼の息を飲む音と私がずっと待ち望んでいた言葉。
「私も大好き」
さっきまでの作り笑いとは違った本当の笑顔の私と頬を赤く染めて気恥しそうにしながらも笑顔の林君をフィナーレを飾る大輪の花火が包み込んでいた。