恋時雨
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週明け、いつも通りに学校へ行き、教室に入って自席に着くと、暫くして予鈴が校内に鳴り響いた。
しかし、まだ隣の席は空席のままだ。予鈴の5分後には本鈴が鳴り、担任の先生が教室へやって来て、朝のHRを行った後、数学の授業が始まった。
教科書を開いて、黒板に書かれた文字をノートに書き写す。いつもなら、先生の話を真面目に聞いて自分なりに大事だと思った所をメモしたりしているのだが、今日は隣が気になってしまい、ただの書き写すだけの作業になってしまう。集中しなくては、と思うのだが、全く集中は出来ずに隣を横目で見てしまう。そんな自分に嫌気が差し、思わずため息をついてしまった。
「平野~。先生の授業はそんなにつまらないかー?」
先生に突然、名指しをされ胸がドキッとする。
「えっ?いえ、そんな事は…」
「じゃあ、この問題解いてみろ」
「…分かりません」
授業がつまるつまらないの話ではないのだ。
右から左へ受け流してしまっていた為、全くもって頭に入っていなかったものだから、分かるはずもなかった。意味不明な公式と数字が羅列されている黒板と自分のノートを見比べても何一つ理解出来ない。先生にちゃんと話は聞くようにと少し怒られてしまい、更にため息をつきたくなってしまった。
どうせ集中なんて出来ないので、この授業は半ば諦めて再度、隣の席へと視線を戻した。昨日までは普通に元気だったし、風邪はないだろう。単に寝坊だろうか。松野くんが遅刻なんて今までだって何度もあったし、別に珍しい事でもない。そう思うのに、胸の辺りがザワザワして妙に落ち着かなかった。
そんな状態が2限目が終わるまで続いた。
2限目と3限目の間の休み時間に次の授業の準備をしていると、ドアが物凄い音を立てて開く音がした。その音に先程まで騒がしかった教室が瞬時に静まった。何事かと顔を上げれば、ドアの所に立っていたのは松野くんだった。彼は不機嫌そうな表情をしながら、踵を潰した上履きを鳴らしながらズカズカと近づいてきて、ドカッと私の隣の席へと腰を下ろした。隣にある顔は私の知っている彼のものとは違うように見えた。怪我もしているし、髪は乱れ、制服もよれているっていうのもあるが、私にいつも向けてくれている笑顔の彼とは違う表情だ。初めて不良の松野千冬の顔を見た気がした。
思わず顔を凝視してしまっていると、松野くんはこっちは一切見ずに「見すぎ」と言った。
慌てて視線を逸らして前を見ながら、周りに聞こえないように、彼だけに聞こえる声で話しかけた。
「…喧嘩したの?」
「おう」
「…負けたの?」
「はぁ?オレが負けるわけねーだろ」
「す、すみません…」
怖っ…。めちゃくちゃ機嫌悪いんですけど…。
そもそも、松野くんがどれ程喧嘩強いとか知らないし、負ける訳ねーだろとか言われても。と心の中で文句を言う。普段なら言えるが、今の彼に言えるような度胸は私には持ち合わせてない。
喧嘩で遅刻なんてヤンキーじゃん。漫画の世界だよ、そんなの。あぁ、そうだ。松野くんは暴走族でした。
すると、松野くんはガタッと音を立ててイスから立ち上がり、「平野、屋上」とだけを言い残して教室から出て行った。
平野、屋上…?って何だ?混乱する頭で懸命に考えていると、クラスメイトの1人が私の元へ真っ青な顔をして駆け寄ってきた。
「平野ちゃん!ヤバいよ!行くの!?行かない方が良いよ!?」
「え?ヤバい…?」
「カツアゲされるんだよ、絶対!」
「いや、機嫌が悪いから、憂さ晴らしにボコボコにされるんだって!」
「行ったら、もうここへ帰って来れなくなるよ!」
「行かなかったら逆にシメられたり…?」
最初の子を筆頭に次々に言いたい放題なクラスメイトたち。ゆっくりと全員が哀れんだ瞳で私を見て「武運を祈る」と口を揃えた。
「いや、闘わないし…」
クラスメイトは散々言っていたが、松野くんは絶対に弱い者や女に手を上げたり、例え、相手が男でもカツアゲするような人ではない。だから、そんな心配はないのだが、「行ってくるね」と言い残し、彼らに見送られ、屋上へと急いだ。
何で私、授業サボってまで屋上に向かっているんだろう。後、数分で3限目始まるのに。今までだったら、絶対に有り得ない行動だ。自分の行動に驚きながらも、足は真っ直ぐに屋上へと向かっていた。
屋上のドアをゆっくりと開いて中に入ると、フェンスにもたれかかっていた、松野くんと目が合った。
「お、来た」
「松野くんが来いって言ったんじゃない」
「来るとは思わなかった」
「何となくだけど、無視出来なかったんだもん」
そう言えば、松野くんは嬉しそうに笑った。
あ、いつもの顔だ。自分の知っている彼の顔を見れた事に少しだけホッとした。教室での彼は、別人かのように思えたから。今の松野くんになら、色々聞けると思った。
「何で喧嘩したの?」
「5人組がいきなり喧嘩ふっかけて来たから、買っただけ」
「5人!?5人相手に1人で喧嘩したの?」
「何発か食らったけど、余裕」
「喧嘩強いんだ…」
「まぁ、そこそこじゃん?もっと強ぇ人達は、東卍にいるし」
「そうなんだ?」
その後、無敵のマイキーやら金髪辮髪に龍の刺青が入ったドラケンという人の話しやら、東卍について色々と教えて貰った。言っていることは、半分くらいしか理解は出来なかったが、兎に角凄い人達が居るという事だけは分かった。
「オレさぁ、抗争とは別で久しぶりに喧嘩したんだけど、1人でする喧嘩ってつまんねーのな」
「1人でも大勢でも嫌ですけど…」
「昔は、場地さんと一緒に喧嘩してたんだ。あの人、いっつも無茶苦茶に突っ込んで行ってさ。でも、必ず勝つんだ。その背中を見てさ、こうなりてぇってずっと思ってた」
松野くんの表情から、場地さんとの思い出は彼にとって凄く優しいものだと言うことが分かった。
本当に大好きで、大切だと言うことがひしひしと伝わる。
「場地さんに出会うまでは、人の事が嫌いだった」
「え、松野くんが?」
「そう。人を嫌い、人を傷つけてきた。でも、場地さんに出会って人生が変わったんだ」
人の人生を変えるなんてそんな簡単な事ではない。それを変えてしまった、場地さんは凄い人なのだろう。
そんな二人の関係が素敵だと思うのと同時に羨ましくもあった。私もそんな人と出会えていれば、明るい未来が見えたのだろうか。松野くんみたいに、人を想ってあんなに優しい表情を出来る人間になれていたのだろうか。
自分を心から大切だと思ってくれる人が居てくれたらな…。なんて、そんな自分の考えに自嘲してしまった。要らないって言ったくせに。どうせ、怖いって逃げる癖に。
いくら、取り繕ってみたって、自分の心は誤魔化せないのは自分が1番知っている。私だって前に進みたいって本当は思っているんだ。
「…私も変わりたいな」
「え?」
「弱い自分と決別したい」
「平野なら出来る。絶対」
松野くんは力強い声でキッパリと言ってくれた。その声にその言葉に心がスっと軽くなった気がした。
言葉って人を救う事も傷つける事も出来る。些細な一言でも受け取り次第で他人の人生を左右させてしまう事だってある。
「松野くんって優しいね」
「は?どこが?別に普通じゃね?」
「普通な事が1番凄いよ」
松野くんは、不思議そうな顔で私を見た。
彼の言葉は暖かい。そんな素敵な事を普通な事だと言える事が凄いんだよ。誰もが出来る事ではないから。
「場地さんに会ってみたいな」
「え、場地さんに?」
「うん。松野くんの人生を変えた人でしょ?いつか、私も会えるかな」
「…いつか、平野にも会わせてやるよ」
「本当?」
「うん。場地さんびっくりするだろうな。オレが女を連れて来るなんて」
「眠い時とお腹すいてる時に連れて行かないでね」
「ははっ、場地さんは気まぐれだからな。分かんねぇよ」
「ええっ!怖いからやっぱり、やめておこうかな」
「大丈夫、女に手ぇあげるような人じゃねぇから」
「そっか…」
松野くんは初めて話したあの日のように、また空を見上げ、手を伸ばしていた。松野くんは、たまにこうやって遠くを見ている時がある。それが何なのか、何を意味しているのか気になってしまう。
けれど、彼が何も言わないのなら、聞かない方が良いだろう。私がするべき事は、待つことだけだ。いつか、話してくれる日まで。
切なげに空を見上げる彼の横顔を暫く、見つめていた。
しかし、まだ隣の席は空席のままだ。予鈴の5分後には本鈴が鳴り、担任の先生が教室へやって来て、朝のHRを行った後、数学の授業が始まった。
教科書を開いて、黒板に書かれた文字をノートに書き写す。いつもなら、先生の話を真面目に聞いて自分なりに大事だと思った所をメモしたりしているのだが、今日は隣が気になってしまい、ただの書き写すだけの作業になってしまう。集中しなくては、と思うのだが、全く集中は出来ずに隣を横目で見てしまう。そんな自分に嫌気が差し、思わずため息をついてしまった。
「平野~。先生の授業はそんなにつまらないかー?」
先生に突然、名指しをされ胸がドキッとする。
「えっ?いえ、そんな事は…」
「じゃあ、この問題解いてみろ」
「…分かりません」
授業がつまるつまらないの話ではないのだ。
右から左へ受け流してしまっていた為、全くもって頭に入っていなかったものだから、分かるはずもなかった。意味不明な公式と数字が羅列されている黒板と自分のノートを見比べても何一つ理解出来ない。先生にちゃんと話は聞くようにと少し怒られてしまい、更にため息をつきたくなってしまった。
どうせ集中なんて出来ないので、この授業は半ば諦めて再度、隣の席へと視線を戻した。昨日までは普通に元気だったし、風邪はないだろう。単に寝坊だろうか。松野くんが遅刻なんて今までだって何度もあったし、別に珍しい事でもない。そう思うのに、胸の辺りがザワザワして妙に落ち着かなかった。
そんな状態が2限目が終わるまで続いた。
2限目と3限目の間の休み時間に次の授業の準備をしていると、ドアが物凄い音を立てて開く音がした。その音に先程まで騒がしかった教室が瞬時に静まった。何事かと顔を上げれば、ドアの所に立っていたのは松野くんだった。彼は不機嫌そうな表情をしながら、踵を潰した上履きを鳴らしながらズカズカと近づいてきて、ドカッと私の隣の席へと腰を下ろした。隣にある顔は私の知っている彼のものとは違うように見えた。怪我もしているし、髪は乱れ、制服もよれているっていうのもあるが、私にいつも向けてくれている笑顔の彼とは違う表情だ。初めて不良の松野千冬の顔を見た気がした。
思わず顔を凝視してしまっていると、松野くんはこっちは一切見ずに「見すぎ」と言った。
慌てて視線を逸らして前を見ながら、周りに聞こえないように、彼だけに聞こえる声で話しかけた。
「…喧嘩したの?」
「おう」
「…負けたの?」
「はぁ?オレが負けるわけねーだろ」
「す、すみません…」
怖っ…。めちゃくちゃ機嫌悪いんですけど…。
そもそも、松野くんがどれ程喧嘩強いとか知らないし、負ける訳ねーだろとか言われても。と心の中で文句を言う。普段なら言えるが、今の彼に言えるような度胸は私には持ち合わせてない。
喧嘩で遅刻なんてヤンキーじゃん。漫画の世界だよ、そんなの。あぁ、そうだ。松野くんは暴走族でした。
すると、松野くんはガタッと音を立ててイスから立ち上がり、「平野、屋上」とだけを言い残して教室から出て行った。
平野、屋上…?って何だ?混乱する頭で懸命に考えていると、クラスメイトの1人が私の元へ真っ青な顔をして駆け寄ってきた。
「平野ちゃん!ヤバいよ!行くの!?行かない方が良いよ!?」
「え?ヤバい…?」
「カツアゲされるんだよ、絶対!」
「いや、機嫌が悪いから、憂さ晴らしにボコボコにされるんだって!」
「行ったら、もうここへ帰って来れなくなるよ!」
「行かなかったら逆にシメられたり…?」
最初の子を筆頭に次々に言いたい放題なクラスメイトたち。ゆっくりと全員が哀れんだ瞳で私を見て「武運を祈る」と口を揃えた。
「いや、闘わないし…」
クラスメイトは散々言っていたが、松野くんは絶対に弱い者や女に手を上げたり、例え、相手が男でもカツアゲするような人ではない。だから、そんな心配はないのだが、「行ってくるね」と言い残し、彼らに見送られ、屋上へと急いだ。
何で私、授業サボってまで屋上に向かっているんだろう。後、数分で3限目始まるのに。今までだったら、絶対に有り得ない行動だ。自分の行動に驚きながらも、足は真っ直ぐに屋上へと向かっていた。
屋上のドアをゆっくりと開いて中に入ると、フェンスにもたれかかっていた、松野くんと目が合った。
「お、来た」
「松野くんが来いって言ったんじゃない」
「来るとは思わなかった」
「何となくだけど、無視出来なかったんだもん」
そう言えば、松野くんは嬉しそうに笑った。
あ、いつもの顔だ。自分の知っている彼の顔を見れた事に少しだけホッとした。教室での彼は、別人かのように思えたから。今の松野くんになら、色々聞けると思った。
「何で喧嘩したの?」
「5人組がいきなり喧嘩ふっかけて来たから、買っただけ」
「5人!?5人相手に1人で喧嘩したの?」
「何発か食らったけど、余裕」
「喧嘩強いんだ…」
「まぁ、そこそこじゃん?もっと強ぇ人達は、東卍にいるし」
「そうなんだ?」
その後、無敵のマイキーやら金髪辮髪に龍の刺青が入ったドラケンという人の話しやら、東卍について色々と教えて貰った。言っていることは、半分くらいしか理解は出来なかったが、兎に角凄い人達が居るという事だけは分かった。
「オレさぁ、抗争とは別で久しぶりに喧嘩したんだけど、1人でする喧嘩ってつまんねーのな」
「1人でも大勢でも嫌ですけど…」
「昔は、場地さんと一緒に喧嘩してたんだ。あの人、いっつも無茶苦茶に突っ込んで行ってさ。でも、必ず勝つんだ。その背中を見てさ、こうなりてぇってずっと思ってた」
松野くんの表情から、場地さんとの思い出は彼にとって凄く優しいものだと言うことが分かった。
本当に大好きで、大切だと言うことがひしひしと伝わる。
「場地さんに出会うまでは、人の事が嫌いだった」
「え、松野くんが?」
「そう。人を嫌い、人を傷つけてきた。でも、場地さんに出会って人生が変わったんだ」
人の人生を変えるなんてそんな簡単な事ではない。それを変えてしまった、場地さんは凄い人なのだろう。
そんな二人の関係が素敵だと思うのと同時に羨ましくもあった。私もそんな人と出会えていれば、明るい未来が見えたのだろうか。松野くんみたいに、人を想ってあんなに優しい表情を出来る人間になれていたのだろうか。
自分を心から大切だと思ってくれる人が居てくれたらな…。なんて、そんな自分の考えに自嘲してしまった。要らないって言ったくせに。どうせ、怖いって逃げる癖に。
いくら、取り繕ってみたって、自分の心は誤魔化せないのは自分が1番知っている。私だって前に進みたいって本当は思っているんだ。
「…私も変わりたいな」
「え?」
「弱い自分と決別したい」
「平野なら出来る。絶対」
松野くんは力強い声でキッパリと言ってくれた。その声にその言葉に心がスっと軽くなった気がした。
言葉って人を救う事も傷つける事も出来る。些細な一言でも受け取り次第で他人の人生を左右させてしまう事だってある。
「松野くんって優しいね」
「は?どこが?別に普通じゃね?」
「普通な事が1番凄いよ」
松野くんは、不思議そうな顔で私を見た。
彼の言葉は暖かい。そんな素敵な事を普通な事だと言える事が凄いんだよ。誰もが出来る事ではないから。
「場地さんに会ってみたいな」
「え、場地さんに?」
「うん。松野くんの人生を変えた人でしょ?いつか、私も会えるかな」
「…いつか、平野にも会わせてやるよ」
「本当?」
「うん。場地さんびっくりするだろうな。オレが女を連れて来るなんて」
「眠い時とお腹すいてる時に連れて行かないでね」
「ははっ、場地さんは気まぐれだからな。分かんねぇよ」
「ええっ!怖いからやっぱり、やめておこうかな」
「大丈夫、女に手ぇあげるような人じゃねぇから」
「そっか…」
松野くんは初めて話したあの日のように、また空を見上げ、手を伸ばしていた。松野くんは、たまにこうやって遠くを見ている時がある。それが何なのか、何を意味しているのか気になってしまう。
けれど、彼が何も言わないのなら、聞かない方が良いだろう。私がするべき事は、待つことだけだ。いつか、話してくれる日まで。
切なげに空を見上げる彼の横顔を暫く、見つめていた。