「やっぱり戻る」
「今更戻ったって怒られるのは確定だぜ？」

松野くんの言葉にうっ…と声を詰まらせる。廊下に立たされている最中に松野くんに連れられ、屋上へと来た。誰もいない屋上は静まり返っていた。「平凡なスクールライフ…」と溜息を漏らせば思ったより大きくて、松野くんにも届いてしまったようだ。

「何でそんな平凡に拘るんだ？」
「一番楽じゃない。周りからハミ出さない事が」
「周りに合わせて自分のやりてぇように出来ねぇのなんてつまんなくね？」
「私の場合はつまる、つまらないの話じゃないの」
「意味わかんねぇ」

松野くんは眉間に皺を寄せて私を見た。彼の言いたいことは分かる。でも、私も私で自分の主張は曲げない。いや、曲げれない。
過去に出来た傷はそう簡単には消えてはくれない。周りに合わせる事しか自分を守る術がないのだから。

「松野くんはさ、過去に戻れるとしたらいつに戻りたい？」
「過去に…？戻れるならオレは中2の10月31日」
「ピンポイントで来るね」
「まぁ、その日は一生忘れる事はない日だから」
「そっかぁ」
「オマエは？」
「私？私も中2かな」
「何で？」
「私の人生を大きく変えた年だから」
「へぇ。戻ってどうするんだよ」
「その時好きになった人を好きにならない」
「はぁ？なんだそれ。訳わかんねぇ」
「辛い事、苦しい事しか無かったから」

昔の事を思い出すと苦しくなる。胸の辺りの衣服を握り締めて息苦しさに耐える。落ち着かせるように深呼吸をすれば幾分か楽になったような気がした。

「松野くんは10月31日に何したいの？」
「…ある人に会いてぇ」
「会えないの？」
「あぁ。ある事を成し遂げるまでは会えねぇ」
「そっか。早く会えるといいね」
「…そうだな」

松野くんは青空に向けて右手を伸ばした。その意味は何だろうと聞いてみたかったけれど、その横顔は何だか悲しそうでそれ以上は踏み込めないと思ってしまった。

「空って届きそうで届かねぇよな。こんな近くに見えるのに遠い」
「え？なに？ポエム？」
「バッカ！違ぇよ！」

顔を赤くして声を荒らげる彼を笑えば更に怒った。
感情が表に出やすい人だなぁと思うのと同時に羨ましいとすら思えた。

「松野くんのように感情を上手く表現出来れば人生楽しそうだよね」
「バカにしてんのか？」
「まさか。褒めてる」
「褒めてるように聞こえねぇよ」
「あら、それはごめんなさいね」
「平野って本当に掴めねぇ女だよなぁ」
「そう？」
「オマエと付き合う男は大変そうだな」
「ちょっと！それ悪口！」
「褒めてる、褒めてる」
「絶対に褒めてない！！」

ムキになって言えば、松野くんは小さく笑った。「オマエ、その方がいいよ」と。

「教室でつまんなそうに適当に周りに合わせてる時より今の方が全然良い」

私は彼の目にはそう映ってたのか。松野くんの言うように自分のやりたいように生きていけたらどれだけ良かったことだろうか。だけど、今はまだそんな強さはない。彼のようには生きていけない。

「一度きりの人生なんだ。楽しく行こうぜ？」

ニッと歯を見せて笑う彼が眩しくて、ハラハラと涙がこぼれ落ちてしまった。不思議だった。彼の言葉は重みがあるように聞こえて心に響いた。この言葉をしっかりと受け止めなくてはならないと思った。

「いや、マジでゴメン！無神経な事言ったか！？」
「ううん、そうじゃない。松野くん、ありがとう」

慌てふためいてバツの悪そうな顔をしていたが、お礼を言えば、彼は安心したように笑ったのだった。