恋時雨
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江ノ島に行ったあの日から、私と松野くんは話す事はなくなった。松野くんも私に話し掛けてくる事もなくなったし、私からも話し掛ける事はない。そう、これで良いんだ。これが本来の形なのだから。あの日から目も合わす事すらなくなったのだが、自然と気にしてしまう自分もいて、モヤモヤしてしまう。今日は珍しく、松野くんは学校を休んでいた。空席になった隣の席をボンヤリと眺める。いつも窓から差し込む光に照らされて輝いて見える目立つ金髪が見えない事が少しだけ物足りなく感じる。私には関係ないのに、休んでいる理由が気になってしまう。モヤモヤする気持ちを振り払うように首を振ってから、授業に集中するべく黒板へと目を向けた。
何とか集中して授業を全て終え、放課後になった。サッサと帰ろうと鞄を持って立ち上がってから、もう一度だけ空席の隣に視線をやる。
最近は朝居なくても遅刻だったりと、1日休むという事は無かったので、少しだけ心配になる。喧嘩とかして変な事に巻き込まれてないと良いけど…。暫く、机を見つめたまま考え込むが、どうせ私に出来る事なんて何もないのだから、考えるのは止めた。
足早に教室を出て昇降口で靴に履き替えて校舎から出ると、ポツポツと雨が降り始めていた。折り畳み傘が鞄の中に入っている事を思い出し、傘を取り出した。傘を差して歩き始め、駅に向かっているうちにも雨は段々と勢を増し、傘を強く打ち付けていた。足元も雨で濡れ、湿った靴下と靴が気持ち悪い。早く帰りたくて歩くペースを速めると、目の前から人影が見えた。傘も差さずに走る訳でもなく、ゆっくりと歩いているその人影を見て何をしているんだろうと思いながら、その人物との距離を縮めて行く。近付くにつれて顔がハッキリと見えて息を飲んだ。
何かを考える前に体は勝手に動いて、その人物に駆け寄った。手に持っていた傘を彼に傾けて、雨を凌ぐ。俯きがちだった顔を上げて、私と視線が交差すると彼は目を伏せた。
「風邪引いちゃうよ」
松野くんは何も言葉を発さずにただ自分に向けられた傘を押し返した。押し返された傘をもう一度、無理矢理松野くんの方へ傾ける。
「雨の中、何してたの?」
「…今日、場地さんの命日なんだ」
「え?命日…?」
命日と言う言葉が一瞬理解出来なかった。命日という事は、場地さんは亡くなっている。そう理解するのに時間を要した。俯いている松野くんの瞳は濡れた前髪が掛かっていてよく見えなかったが、噛み締められた唇は微かに震えていた。この時、今までの松野くんの言葉や表情の意味を初めて知る。
過去に戻りたいと言っていた10月31日は場地さんの命日だと言う事。遠くに行ってしまって今は会えないと言った言葉、空に向かって手を伸ばして悲しそうな表情をしていたのも全部、そういう意味だったんだ。
「毎年、この日になるとあの日の事を思い出す。場地さんの事、守りたかった」
一筋の水が松野くんの頬を伝ったのが見えた。それは、雨ではないモノのような気がして胸が締め付けられた。いつものような太陽のように眩しい笑顔を見せる彼の姿はなく、このまま雨と共に地に落ちて流れて消えていってしまうような気がして怖くなった。
私は手に持っていた傘を手放して、吸い寄せられるように彼の身体を抱き締めた。雨に濡れて冷え切った身体が私の体温までジワジワと奪っていく。
「オマエ、何してんだよ。離せ」
「嫌」
「いいから、離せって」
「嫌だ」
首を横に振って頑なに断っていると、松野くんは重たい溜息をついた。
「平野はズリぃよ」
「え…?」
「オレの気持ちに応える気なんて、ねぇクセにこんな事してんなよ」
彼の声にはいつものような覇気はなく、雨音に掻き消されてしまいそうな声だったけど、私の耳にはハッキリと届いた。
「前にオレの好きは場地さんへの好きと同じとか言ってたけど、今もそう思ってんの?」
「それは…」
そうでは無い事は私にだってもう分かっている。だけど、言葉が詰まって声に出せない。黙り込んでいる私に松野くんは再度、溜息をついた。
「逃げるのは勝手だけど、オレの感情まで否定すんなよ」
苦しそうに吐き出した彼の言葉が胸を抉るように突き刺さった。言葉と彼の放つ声色で自分がどれだけ彼を傷付けてしまっていたのかを知る。抱き締めていた腕は脱力し、するりと彼の身体から滑り落ちた。
私ばかり傷付いて来たなんて思って、周りなんて見えていなかった。気付かないうちに自分も傷付ける側に居た事に胸がズキズキと痛み出す。
「平野、好きだよ」
突然聞こえた告白にゆっくりと顔を上げて松野くんの顔を見ると、彼は悲しそうに笑っていた。
「だから、ちゃんとフッてくんねーか?」
「え…?」
松野くんはスっと私の頬に手を添えて、目の端の零れ落ちそうな涙を親指で優しく拭った。
「そんな顔、させたかった訳じゃなかった。今もあの時も」
ポツリと零れた言葉に堪えきれずに両目からボロボロと涙が溢れ出てしまった。
「ごめんなさい…」
絞り出してやっと出た声は掠れていて物凄く情けない声だった。松野くんは私の返事を聞いて「言わせてごめん。でも、言ってくれてありがとな」と無理矢理に笑った。足元に落ちた傘を拾い上げて私の手に持たせてから、横を通り過ぎて行った。歩き出す事も松野くんを追いかける事も出来ずに立ち尽くす私に雨は容赦なく打ち付ける。
ジワジワと広がる胸の痛みに耐えられず、胸元を右手でぎゅっと握り締める。
脳裏に浮かぶのは、いつも優しい目をして私を見てくれた事、楽しく行こうぜと力強く手を引いてくれた事、自分の悲しみや痛みを隠して私をずっと気にかけてくれていた事。松野くんの優しさの全てを知っても尚、自分を優先させてしまう自分の弱さ。誰よりも優しい彼をごめんなさいのたった一言で深く傷付けてしまった。
「松野くん、ごめんね…っ」
こんな私でごめんね。弱くてごめんなさい。傷付けてごめんね。さっき、絞り出した一言に色んな意味を込めてしまった。どれくらい彼に伝わっただろうか。多分、何にも伝わってない。
その場にしゃがみ込んで膝を抱えながら声を上げて泣いた。胸から喉の奥が灼けるように熱くて苦しいけど、構わず泣き叫んだ。
地面に転がり落ちた広げた傘に水溜まりが出来ていく。お互いの凌げない悲しみを分かち合う事は出来なかった。私の涙も降り続く雨も止む事はなかった。
何とか集中して授業を全て終え、放課後になった。サッサと帰ろうと鞄を持って立ち上がってから、もう一度だけ空席の隣に視線をやる。
最近は朝居なくても遅刻だったりと、1日休むという事は無かったので、少しだけ心配になる。喧嘩とかして変な事に巻き込まれてないと良いけど…。暫く、机を見つめたまま考え込むが、どうせ私に出来る事なんて何もないのだから、考えるのは止めた。
足早に教室を出て昇降口で靴に履き替えて校舎から出ると、ポツポツと雨が降り始めていた。折り畳み傘が鞄の中に入っている事を思い出し、傘を取り出した。傘を差して歩き始め、駅に向かっているうちにも雨は段々と勢を増し、傘を強く打ち付けていた。足元も雨で濡れ、湿った靴下と靴が気持ち悪い。早く帰りたくて歩くペースを速めると、目の前から人影が見えた。傘も差さずに走る訳でもなく、ゆっくりと歩いているその人影を見て何をしているんだろうと思いながら、その人物との距離を縮めて行く。近付くにつれて顔がハッキリと見えて息を飲んだ。
何かを考える前に体は勝手に動いて、その人物に駆け寄った。手に持っていた傘を彼に傾けて、雨を凌ぐ。俯きがちだった顔を上げて、私と視線が交差すると彼は目を伏せた。
「風邪引いちゃうよ」
松野くんは何も言葉を発さずにただ自分に向けられた傘を押し返した。押し返された傘をもう一度、無理矢理松野くんの方へ傾ける。
「雨の中、何してたの?」
「…今日、場地さんの命日なんだ」
「え?命日…?」
命日と言う言葉が一瞬理解出来なかった。命日という事は、場地さんは亡くなっている。そう理解するのに時間を要した。俯いている松野くんの瞳は濡れた前髪が掛かっていてよく見えなかったが、噛み締められた唇は微かに震えていた。この時、今までの松野くんの言葉や表情の意味を初めて知る。
過去に戻りたいと言っていた10月31日は場地さんの命日だと言う事。遠くに行ってしまって今は会えないと言った言葉、空に向かって手を伸ばして悲しそうな表情をしていたのも全部、そういう意味だったんだ。
「毎年、この日になるとあの日の事を思い出す。場地さんの事、守りたかった」
一筋の水が松野くんの頬を伝ったのが見えた。それは、雨ではないモノのような気がして胸が締め付けられた。いつものような太陽のように眩しい笑顔を見せる彼の姿はなく、このまま雨と共に地に落ちて流れて消えていってしまうような気がして怖くなった。
私は手に持っていた傘を手放して、吸い寄せられるように彼の身体を抱き締めた。雨に濡れて冷え切った身体が私の体温までジワジワと奪っていく。
「オマエ、何してんだよ。離せ」
「嫌」
「いいから、離せって」
「嫌だ」
首を横に振って頑なに断っていると、松野くんは重たい溜息をついた。
「平野はズリぃよ」
「え…?」
「オレの気持ちに応える気なんて、ねぇクセにこんな事してんなよ」
彼の声にはいつものような覇気はなく、雨音に掻き消されてしまいそうな声だったけど、私の耳にはハッキリと届いた。
「前にオレの好きは場地さんへの好きと同じとか言ってたけど、今もそう思ってんの?」
「それは…」
そうでは無い事は私にだってもう分かっている。だけど、言葉が詰まって声に出せない。黙り込んでいる私に松野くんは再度、溜息をついた。
「逃げるのは勝手だけど、オレの感情まで否定すんなよ」
苦しそうに吐き出した彼の言葉が胸を抉るように突き刺さった。言葉と彼の放つ声色で自分がどれだけ彼を傷付けてしまっていたのかを知る。抱き締めていた腕は脱力し、するりと彼の身体から滑り落ちた。
私ばかり傷付いて来たなんて思って、周りなんて見えていなかった。気付かないうちに自分も傷付ける側に居た事に胸がズキズキと痛み出す。
「平野、好きだよ」
突然聞こえた告白にゆっくりと顔を上げて松野くんの顔を見ると、彼は悲しそうに笑っていた。
「だから、ちゃんとフッてくんねーか?」
「え…?」
松野くんはスっと私の頬に手を添えて、目の端の零れ落ちそうな涙を親指で優しく拭った。
「そんな顔、させたかった訳じゃなかった。今もあの時も」
ポツリと零れた言葉に堪えきれずに両目からボロボロと涙が溢れ出てしまった。
「ごめんなさい…」
絞り出してやっと出た声は掠れていて物凄く情けない声だった。松野くんは私の返事を聞いて「言わせてごめん。でも、言ってくれてありがとな」と無理矢理に笑った。足元に落ちた傘を拾い上げて私の手に持たせてから、横を通り過ぎて行った。歩き出す事も松野くんを追いかける事も出来ずに立ち尽くす私に雨は容赦なく打ち付ける。
ジワジワと広がる胸の痛みに耐えられず、胸元を右手でぎゅっと握り締める。
脳裏に浮かぶのは、いつも優しい目をして私を見てくれた事、楽しく行こうぜと力強く手を引いてくれた事、自分の悲しみや痛みを隠して私をずっと気にかけてくれていた事。松野くんの優しさの全てを知っても尚、自分を優先させてしまう自分の弱さ。誰よりも優しい彼をごめんなさいのたった一言で深く傷付けてしまった。
「松野くん、ごめんね…っ」
こんな私でごめんね。弱くてごめんなさい。傷付けてごめんね。さっき、絞り出した一言に色んな意味を込めてしまった。どれくらい彼に伝わっただろうか。多分、何にも伝わってない。
その場にしゃがみ込んで膝を抱えながら声を上げて泣いた。胸から喉の奥が灼けるように熱くて苦しいけど、構わず泣き叫んだ。
地面に転がり落ちた広げた傘に水溜まりが出来ていく。お互いの凌げない悲しみを分かち合う事は出来なかった。私の涙も降り続く雨も止む事はなかった。