5話
名前
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三ツ谷とぺーやんの三人で授業をサボる事になり、生徒たちが授業を受けている中、静かな廊下を練り歩く。
「どこでサボるの?ウチの学校は屋上閉まってるし」
「これじゃあ、青春出来ねぇよなぁ」
「ぺーやんに青春する相手いないでしょ」
「名前さんってたまに酷でぇ事サラッと言うよな…」
「事実じゃない」
そんな話をしている私たちを他所に三ツ谷は迷いもなく歩みを進めている。
「三ツ谷ぁ、宛はあるのかよ?」
「家庭科室」
「鍵閉まってない?」
「オレを誰だと思ってんだよ?」
そう言って、ポケットから鍵を覗かせてニヤッと笑う三ツ谷。三ツ谷は不良という事の方が存在の大半を占めているので、すっかり忘れてた事実。
「「部長様〜〜!!!」」
「ははっ。オマエら、息ぴったり」
「仲良しだもんな、オレら」
「いや、そうでもない」
「え゛っ…?」
「私は三ツ谷との方が仲良いも〜ん」
「まぁ、マブダチだっけ?」
「あ、認めてくれたの?迷惑とか言ってたクセに」
「オレが名前を迷惑とか思う訳ねーじゃん」
三ツ谷があまりにも真剣な顔をして言うものだから心臓がドキッと跳ねた。
すぐこうやって、天然タラシを発揮してくるからズルい。
「なーに、ボケっとしてんの」
三ツ谷は、私のおでこを軽くコツンと小突いた。その行動に固まってしまった私を心配してか、顔を覗き込んできた。
「名前?どうした?」
「え、あの、顔…近い…」
至近距離の三ツ谷の綺麗な顔に息が一瞬止まる。顔に熱が集中してしまい、多分誰が見ても真っ赤になっていると筈だ。その表情を見た三ツ谷は、意地悪そうな笑みを浮かべ「そう?」と言い始めた。
絶対に分かっていながら、やっている事に気が付き悔しさが芽生えた。だけど、さっきより更に鼓動が加速して心臓が痛いくらいに動いている。そんな近くに来られてしまうと、心臓の音聞こえそうで恥ずかしい。
「顔、真っ赤」
「誰のせいだと…!」
「さぁね」
イタズラに笑いながら、歩き出す三ツ谷の背中を少し恨めしい気持ちで睨み付ける。誰のせいでこんなにドギマギしてると思っているのだろうか。こっちは毎回必死なのにそんな余裕そうな顔しちゃって、三ツ谷は本当にズルい。
こんな事を平気でするから他の女の子も三ツ谷の事好きになってしまうんだ。
そうか、他の女の子にもやっているんだ。そんな場面見たらショックで暫くは立ち直れないだろう。また、モヤモヤする胸にため息をついた。
その隣で「え、オレ空気じゃん」と言っているぺーやんに突っ込む余裕なんてなかった。
*
家庭科室に着いて、三人で一つの机を囲んで椅子に座る。隣に三ツ谷で正面にぺーやんだ。
「三ツ谷はいつもここで部活してるんだね」
「ん?まぁな」
「凄いなぁ。私、裁縫なんてまるっきり出来ないし」
「オレも」
「ぺーやんが出来るなんて1ミリも思わないよ」
そんな他愛もない話題や二人の所属している東京卍會の事や総長のマイキーくんの無敵伝説など色々教えて貰っているうちに、あっという間に時間は過ぎ、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「あ、授業終わったね」
「次の時間もサボらねぇ?」
「次は三組の授業で使うから無理だな」
「マジかよ…」
残念がるぺーやんを宥めて、教室へ戻ろうと腰を上げるとドアが開く音が聞こえて、そちらへ目を向ける。そこには、驚いた表情をうかべた安田さんが立っていた。
「部長!何でここに?」
「まぁ、サボりかな」
「また林くんが部長をたぶらかしたんでしょ!?」
「オレじゃねぇよ!」
物凄い剣幕でぺーやんに詰め寄る安田さんと、その勢いにタジタジのぺーやんを眺めていると、突如、安田さんが思い出したかのように声を上げた。
「そうだ、部長!8月3日って空いてますか?」
「8月3日?」
「空いているなら、一緒に武蔵祭りに行きませんか?」
安田さんのその誘いに焦りを感じてしまう。
もうそろそろ学校も終わり、夏休みに突入する。夏休みの間は三ツ谷と会えなくなるから、せめて武蔵祭りには誘おうと思ってはいたのだが、誘うタイミングがなかなか掴めなくて誘えないままでいた。
なのに、今目の前で三ツ谷が他の女の子に誘われてしまった。チラッと隣を見れば、微妙な顔をしているぺーやんと目が合った。
オマエ、どうするんだ?とでも言いたい顔だろう。
「あー、名前とぺーやんも一緒行く?」
「「「は?」」」
三ツ谷の提案に私達、三人の声は重なった。
何を言い出しているのだろうか、この人は。安田さんは絶対に三ツ谷と二人で行きたいから誘ってるのに。察しのいい三ツ谷がそれに気が付かない訳がない。その事を分かった上で私達を誘っているのだろうか。
「あの、私は…!」
「いーじゃん、皆で行った方が楽しくねぇ?」
「…私、部長以外の不良は嫌いです」
「ぺーやんは良いヤツだよ」
「不良なんて嫌いです」
その言葉を聞いた瞬間に私は、バッとぺーやんの方を向いて「ぺーやん!私と一緒に武蔵祭り行こう!」と口走っていた。ぺーやんは驚いたように目を見開き、「三ツ谷を誘えよ」と言いたげな視線を私に寄越していた。
確かに、ぺーやんは見た目とか声も怖いし不良だけど良い人だ。泣いてる私を慰めてくれるし、フォローの仕方は意味不明だったけれど、ちゃんと庇ってくれもした。大事な友達をそんな風に言われるのは嫌だった。悔しかった。
「ぺーやんは優しいよ!アホだけど良い人だもん!」
「お、おう?」
私の勢いに戸惑っているぺーやんの手を握って「一緒にお祭りに行こう!」と言えば、困惑しながら、勢いに押されたのか小さく頷いていた。
「じゃあ、四人で行こうぜ。安田さんもそれでいい?」
「…はい」
「よし、じゃあ決まりだな」
ニカッと笑う三ツ谷に安田さんは何か言いたそうにしているが、それ以上は何も言わなかった。何も言わせない雰囲気がその笑顔の中にあったように見えた。
三ツ谷と一緒にお祭りに行ける事になったのは嬉しいが、本当にこれで良いのだろうか。
折角、安田さんが勇気を出して武蔵祭りに誘った事に便乗する形になってしまって申し訳ない気持ちになる。
「じゃあ、また部活でね」
三ツ谷のその言葉を合図に私達は家庭科室を後にした。