天竺寿司
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高校生になると世間的にはバイトという形で働けるようになる。華の女子高生がお金がないからと友達と遊べないのは勿体ないと思ったので、私は高校に入学して直ぐにバイトの面接へと行った。
面接を受け、受かったバイト先はお寿司屋さんだ。個人経営のこじんまりとした、カウンター式の回らない高級寿司屋。
初出勤の今日、気合を入れてお店の前まで来てみたのだが、以前、面接を受けた時と店名が変わっている事に気が付き、店内に入るのに躊躇してしまった。
看板にはデカデカと行書体で"天竺寿司"と書いてある。私が面接受けたのは、数日前。たった数日の間で何故、名前を変えたのかと考えてみるものの、個人経営のお店が名前を変える事はよくある事だし、深い意味は特に何も無いのだろうと判断した。
バイト初日という事もあり、緊張で心臓がバクバクしている。他のバイト仲間と上手くやっていけるだろうか、仕事はすぐ覚えられるだろうか。心配な事は色々あるが、面接をしてくれた人は凄く優しかったのできっと上手くいくと自分に言い聞かせ、まだ暖簾の出ていないドアを開けて、中に入った。
中に入ると、開いたドアの音でカウンターの前に並んでいる従業員らしき人達が一斉に振り向いた。
ジロジロを通り越して、睨まれているのではないかと思う程の複数の鋭い視線にたじろいでしまう。女の子はこの中に居ないし、全員個性的な見た目で怖いし。
一人でだけ足を組んで椅子に座っている褐色の肌の男の人を五人の男の人たちが取り囲んでいた。
一体、これはどういう状況だろうか…。バイト始まる前のミーティング中なのだろうか。
呆然と立ち尽くしていると、私の面接を担当してくれた背の高い男の人が「今日から入る新人だな?」と声を掛けてくれた。
「はい!今日からお世話になります、苗字です。よろしくお願いします!」
最初の第一印象が大事だと思い、元気よく声を張り上げて頭を下げて挨拶をするが、誰一人、挨拶を返してくれなくて、悲しくなった。そして、顔を上げるタイミングを失ってしまった。
沈黙を流れる中、ひたすら私が頭を下げるという異様な光景だ。
そこへ、ようやく「よろしく」と声を掛けてくれた人が居たのでホッと胸をなでおろして顔を上げると、この中で一番ゴツくて怖そうな三つ編みの人と目が合った。
「あ、よろしくお願いします、大将」
見た目で判断しただけだが、絶対に間違いはないと思う。だって、誰よりも調理白衣が様になってるからだ。この人以外が大将とか有り得ないだろうと思っていると、その人の口から爆弾発言が飛び出した。
「いや、オレは新人バイトだ」
「…は?その貫禄で?」
思わず本音がポロリと漏れてしまい、慌てて口を塞ぐがもう遅かった。私の言葉を聞いた周りの人達は大笑いを始めた。バカにするようにゲラゲラと笑う彼らの会話を聞いていると、大将のような見た目の人はモッチーと言うらしい。
モッチーさんね。よし、覚えた。
そして、面接してくれた人は鶴蝶さんと言うらしく、その方が一通り作業の流れを簡単に説明してくれた。
「何か質問とかあるか?」
「あの、私が面接を受けた時は天竺寿司って名前じゃなかったと思うんですけど、改名したんですか?」
「あぁ…、前の大将がな。失踪したんだ」
「え、失踪?何でですか!?」
「ウチのバイトリーダーと揉めてな」
「え、バイトリーダー?」
鶴蝶さんの視線の先には一人だけ椅子に座っている人が居た。確かに、一人だけ異様なオーラを発しているので納得は直ぐに出来た。きっと、この中で一番歴が長くて仕事がバリバリ出来る人なのだろうか。大将にも盾付けるなんてきっと、お寿司を極めてる人なんだ。若いのに凄い人だと感心してしまう。
「ここを仕切っているバイトリーダーの黒川イザナだ。業務の事で困ったら、イザナに聞くと良い」
「はい!イザナさん、ご指導お願いします」
頭をぺこりと下げたが、特に何も言葉は返って来なく、相変わらずの無視で困ってしまう。
イザナさんは椅子から立ち上がり、「獅音、例のブツはどこだ」と聞いた。
その言葉で、まるで薬物の取引現場に来てしまったような緊張感がその場を包み込んだ。
獅音さんと呼ばれた、左の頭から首にかけて刺青の入ってる厳つい男の人が動いた。奥から発泡スチロールを持って来て、イザナさんの前に置いた。獅音さんが発泡スチロールの蓋を開けると、イザナさんは身をかがめてその中身を覗き込む。暫く、黙って見つめた後、ゆらりと身を起こし、耳に付いたピアスをカランと鳴らした。
中身はもちろん、薬物なんかではなくてちゃんとした寿司のネタになるお魚でホッと胸をなで下ろしたのも束の間、私の顔の横を何か素早いものが過ぎったような風が吹き抜けた。何事かとぎこちなく顔を横に向けると、イザナさんの長い足が獅音さんの顔面へとめり込まれていた。
「…え?」
バタンと豪快な音を立てて倒れた所に足を乗せてグリグリとつま先を捻り、踏み付けていた。ミシミシと骨が鳴る音が聞こえて、ゾワッと鳥肌が立つ。
「こんな凪な魚を持ってくるなんて、どういうつもりだ?」
私には、艶があって新鮮そうな良い魚に見えたが、イザナさんにはそうではなかったらしい。バイトリーダーの名は伊達じゃないようで、一目見るだけで良い魚、悪い魚が分かるようだ。そこは素直に尊敬するのだが、いきなり蹴り飛ばして顔を踏み付けるのは如何なものだろうか。
「…オマエら、もっと極悪ろ」
極める…!なんて素敵な響き。そうだよね、いくらバイトだとしても、中途半端で良い訳ではない。誇りを持って仕事をする為にお寿司について極める。なんと素晴らしい事だろうか。
イザナさんは、お寿司に本気なのだ。
一つの事を極めている人を見ると何故だかキラキラと輝いて見える。イザナさんが無性にカッコよく見えて来たかもしれない。
だが、感動してるの私だけのようで、辺りはシーンとして、誰も何も喋らなくなってしまい、不穏な空気になってしまった。そんな空気を打ち砕いたのは、鶴蝶さんだった。
「じゃあ、新人にはまず客引きをして貰う。イザナと一緒に行ってくれ」
「はい!イザナさん、お願いします」
やはり、チラリとも見る事もせずに何も言ってくれないけれど、外に出て行くイザナさんに着いて行った。
通り沿いをキョロキョロと見渡すと、丁度そこへ金髪の男の子二人組が前を通った。その二人組へイザナさんは歩み寄った。この子達に声を掛けるのかなと思っていれば、あろう事か、イザナさんは髪の毛を立てている男の子の胸倉を突然掴み始めた。
「オイ、ツラ貸せ」
「えぇ!?かなり強引!」
「な、なんですか!?」
「タケミっち、大丈夫か!?何すんだよ、テメェ!」
もう一人の金髪の男の子は今にもイザナさんに掴みかかりそうな勢いだったので慌てて間に入って止めた。
「ごめんなさい!私たち、そこのお寿司屋さんの店員なんですけど、ただの客引きなんです!」
「は?客引き…?」
「はい。申し訳ありません。あの、良かったらお寿司どうですか?美味しいですよ」
怪訝そうな顔をしている男の子に私も引き攣った笑顔を貼り付けてそう言えば、チラッと横目で胸倉を掴まれた男の子を見て、「タケミっちどうする?」と聞いた。
「来るよな?」
「はい!!行きます!!」
相変わらず、高圧的に客引きをするイザナさんに男の子はビビって震え上がりながらそう答えた。ある意味、客引きは成功したし結果オーライなのかもしれないが、あまりにも強引すぎて私には到底真似出来ない。
鶴蝶さんは分からない事はイザナに聞けと言っていたが、メンチ切る事も胸ぐら掴む事も出来そうにないので、泣きそうになってしまう。
二人を引連れて、中に戻ってカウンター席に二人を座らせて、注文を取りに行くや否や、オススメを聞いて来たので答えようとすると横からモッチーさんが入って来て「この極み寿司が一番人気だ」と答えた。
じゃあ、それ二つでと注文が入ったので、調理場の方に伝えると、調理するのは鶴蝶さんとイザナさんだった。
手元をチラッと見ると、鶴蝶さんは丁寧に握って艶のある綺麗なお寿司を作って、可愛い顔をした金髪の男の子の方へ出した。
イザナさんは素早くキビキビと握っていた。流石、バイトリーダーだ。仕事が早いと尊敬の眼差しを送っていると、髪の毛を立てている金髪の男の子の前にドンッと勢いよく置いた。
しかし、カウンターに置かれたお寿司はとんでもない形を形成していた。シャリはグチャグチャでネタの切り方はかなり雑でお寿司とは言えないような形だった。
あれれ、イザナさん?どういう事ですか?という、視線を送るが私の視線なんか一ミリも気にする事はなく、今はフライパンを手に持っている。
卵を割り、フライパンに流し込んでいる。
きっと、だし巻き玉子を作っているのだろう。手元は見えないが、手際はやはり良くキビキビとしている。だが、少ししてまたドンッと勢いよく出されたお皿に乗っているのは、だし巻き玉子…ではなく、スクランブルエッグのようなグチャグチャなやつだった。
「…イザナ、もう厨房に立つな」
「下僕が王に意見すんのか?あ!?」
「もうそんな醜態を晒すな。オレはオマエの情けねぇ姿を見たくねぇんだよ!!」
「どけよ、下僕ぅ。オレはまだまだやれんだよ」
「オマエは、寿司握るのは向いてねぇんだよ!」
「うるせぇぇぇ!」
おっと、なんだこれは?どういう状況だ?
鶴蝶さんが涙目でイザナさんの肩を掴んで必死に説得してるが、イザナさんは断固として拒否している。
混乱している私の近くに居たモッチーさんが小さな声で私に言った。
「圧倒的戦才。それがイザナの魅力。アイツは全て暴力で捩じ伏せてバイトリーダーにのし上がったんだ」
「えっと、それはつまり…」
「寿司を上手く握れねぇイザナを咎めた大将と揉めて、ボコボコにして追い出したんだ」
「ははっ…、マジですか…」
興奮したのか、ゼイゼイと息が上がったイザナさんは肩を上下させながら、私達の方をチラッと見て口を開いた。
「おい、オマエ」
「あ、え、私…ですか?」
「オマエには素質がある」
「いや、なんのでしょうか?」
「日本の寿司屋はオレらが牛耳る」
「いやいや、規模デカすぎですって」
「もっと寿司を極悪ろ」
極めるのはオマエだ!と叫びたいのを我慢し、苦笑いで答えた。私、バイト初日早々、辞めたいです。
面接を受け、受かったバイト先はお寿司屋さんだ。個人経営のこじんまりとした、カウンター式の回らない高級寿司屋。
初出勤の今日、気合を入れてお店の前まで来てみたのだが、以前、面接を受けた時と店名が変わっている事に気が付き、店内に入るのに躊躇してしまった。
看板にはデカデカと行書体で"天竺寿司"と書いてある。私が面接受けたのは、数日前。たった数日の間で何故、名前を変えたのかと考えてみるものの、個人経営のお店が名前を変える事はよくある事だし、深い意味は特に何も無いのだろうと判断した。
バイト初日という事もあり、緊張で心臓がバクバクしている。他のバイト仲間と上手くやっていけるだろうか、仕事はすぐ覚えられるだろうか。心配な事は色々あるが、面接をしてくれた人は凄く優しかったのできっと上手くいくと自分に言い聞かせ、まだ暖簾の出ていないドアを開けて、中に入った。
中に入ると、開いたドアの音でカウンターの前に並んでいる従業員らしき人達が一斉に振り向いた。
ジロジロを通り越して、睨まれているのではないかと思う程の複数の鋭い視線にたじろいでしまう。女の子はこの中に居ないし、全員個性的な見た目で怖いし。
一人でだけ足を組んで椅子に座っている褐色の肌の男の人を五人の男の人たちが取り囲んでいた。
一体、これはどういう状況だろうか…。バイト始まる前のミーティング中なのだろうか。
呆然と立ち尽くしていると、私の面接を担当してくれた背の高い男の人が「今日から入る新人だな?」と声を掛けてくれた。
「はい!今日からお世話になります、苗字です。よろしくお願いします!」
最初の第一印象が大事だと思い、元気よく声を張り上げて頭を下げて挨拶をするが、誰一人、挨拶を返してくれなくて、悲しくなった。そして、顔を上げるタイミングを失ってしまった。
沈黙を流れる中、ひたすら私が頭を下げるという異様な光景だ。
そこへ、ようやく「よろしく」と声を掛けてくれた人が居たのでホッと胸をなでおろして顔を上げると、この中で一番ゴツくて怖そうな三つ編みの人と目が合った。
「あ、よろしくお願いします、大将」
見た目で判断しただけだが、絶対に間違いはないと思う。だって、誰よりも調理白衣が様になってるからだ。この人以外が大将とか有り得ないだろうと思っていると、その人の口から爆弾発言が飛び出した。
「いや、オレは新人バイトだ」
「…は?その貫禄で?」
思わず本音がポロリと漏れてしまい、慌てて口を塞ぐがもう遅かった。私の言葉を聞いた周りの人達は大笑いを始めた。バカにするようにゲラゲラと笑う彼らの会話を聞いていると、大将のような見た目の人はモッチーと言うらしい。
モッチーさんね。よし、覚えた。
そして、面接してくれた人は鶴蝶さんと言うらしく、その方が一通り作業の流れを簡単に説明してくれた。
「何か質問とかあるか?」
「あの、私が面接を受けた時は天竺寿司って名前じゃなかったと思うんですけど、改名したんですか?」
「あぁ…、前の大将がな。失踪したんだ」
「え、失踪?何でですか!?」
「ウチのバイトリーダーと揉めてな」
「え、バイトリーダー?」
鶴蝶さんの視線の先には一人だけ椅子に座っている人が居た。確かに、一人だけ異様なオーラを発しているので納得は直ぐに出来た。きっと、この中で一番歴が長くて仕事がバリバリ出来る人なのだろうか。大将にも盾付けるなんてきっと、お寿司を極めてる人なんだ。若いのに凄い人だと感心してしまう。
「ここを仕切っているバイトリーダーの黒川イザナだ。業務の事で困ったら、イザナに聞くと良い」
「はい!イザナさん、ご指導お願いします」
頭をぺこりと下げたが、特に何も言葉は返って来なく、相変わらずの無視で困ってしまう。
イザナさんは椅子から立ち上がり、「獅音、例のブツはどこだ」と聞いた。
その言葉で、まるで薬物の取引現場に来てしまったような緊張感がその場を包み込んだ。
獅音さんと呼ばれた、左の頭から首にかけて刺青の入ってる厳つい男の人が動いた。奥から発泡スチロールを持って来て、イザナさんの前に置いた。獅音さんが発泡スチロールの蓋を開けると、イザナさんは身をかがめてその中身を覗き込む。暫く、黙って見つめた後、ゆらりと身を起こし、耳に付いたピアスをカランと鳴らした。
中身はもちろん、薬物なんかではなくてちゃんとした寿司のネタになるお魚でホッと胸をなで下ろしたのも束の間、私の顔の横を何か素早いものが過ぎったような風が吹き抜けた。何事かとぎこちなく顔を横に向けると、イザナさんの長い足が獅音さんの顔面へとめり込まれていた。
「…え?」
バタンと豪快な音を立てて倒れた所に足を乗せてグリグリとつま先を捻り、踏み付けていた。ミシミシと骨が鳴る音が聞こえて、ゾワッと鳥肌が立つ。
「こんな凪な魚を持ってくるなんて、どういうつもりだ?」
私には、艶があって新鮮そうな良い魚に見えたが、イザナさんにはそうではなかったらしい。バイトリーダーの名は伊達じゃないようで、一目見るだけで良い魚、悪い魚が分かるようだ。そこは素直に尊敬するのだが、いきなり蹴り飛ばして顔を踏み付けるのは如何なものだろうか。
「…オマエら、もっと極悪ろ」
極める…!なんて素敵な響き。そうだよね、いくらバイトだとしても、中途半端で良い訳ではない。誇りを持って仕事をする為にお寿司について極める。なんと素晴らしい事だろうか。
イザナさんは、お寿司に本気なのだ。
一つの事を極めている人を見ると何故だかキラキラと輝いて見える。イザナさんが無性にカッコよく見えて来たかもしれない。
だが、感動してるの私だけのようで、辺りはシーンとして、誰も何も喋らなくなってしまい、不穏な空気になってしまった。そんな空気を打ち砕いたのは、鶴蝶さんだった。
「じゃあ、新人にはまず客引きをして貰う。イザナと一緒に行ってくれ」
「はい!イザナさん、お願いします」
やはり、チラリとも見る事もせずに何も言ってくれないけれど、外に出て行くイザナさんに着いて行った。
通り沿いをキョロキョロと見渡すと、丁度そこへ金髪の男の子二人組が前を通った。その二人組へイザナさんは歩み寄った。この子達に声を掛けるのかなと思っていれば、あろう事か、イザナさんは髪の毛を立てている男の子の胸倉を突然掴み始めた。
「オイ、ツラ貸せ」
「えぇ!?かなり強引!」
「な、なんですか!?」
「タケミっち、大丈夫か!?何すんだよ、テメェ!」
もう一人の金髪の男の子は今にもイザナさんに掴みかかりそうな勢いだったので慌てて間に入って止めた。
「ごめんなさい!私たち、そこのお寿司屋さんの店員なんですけど、ただの客引きなんです!」
「は?客引き…?」
「はい。申し訳ありません。あの、良かったらお寿司どうですか?美味しいですよ」
怪訝そうな顔をしている男の子に私も引き攣った笑顔を貼り付けてそう言えば、チラッと横目で胸倉を掴まれた男の子を見て、「タケミっちどうする?」と聞いた。
「来るよな?」
「はい!!行きます!!」
相変わらず、高圧的に客引きをするイザナさんに男の子はビビって震え上がりながらそう答えた。ある意味、客引きは成功したし結果オーライなのかもしれないが、あまりにも強引すぎて私には到底真似出来ない。
鶴蝶さんは分からない事はイザナに聞けと言っていたが、メンチ切る事も胸ぐら掴む事も出来そうにないので、泣きそうになってしまう。
二人を引連れて、中に戻ってカウンター席に二人を座らせて、注文を取りに行くや否や、オススメを聞いて来たので答えようとすると横からモッチーさんが入って来て「この極み寿司が一番人気だ」と答えた。
じゃあ、それ二つでと注文が入ったので、調理場の方に伝えると、調理するのは鶴蝶さんとイザナさんだった。
手元をチラッと見ると、鶴蝶さんは丁寧に握って艶のある綺麗なお寿司を作って、可愛い顔をした金髪の男の子の方へ出した。
イザナさんは素早くキビキビと握っていた。流石、バイトリーダーだ。仕事が早いと尊敬の眼差しを送っていると、髪の毛を立てている金髪の男の子の前にドンッと勢いよく置いた。
しかし、カウンターに置かれたお寿司はとんでもない形を形成していた。シャリはグチャグチャでネタの切り方はかなり雑でお寿司とは言えないような形だった。
あれれ、イザナさん?どういう事ですか?という、視線を送るが私の視線なんか一ミリも気にする事はなく、今はフライパンを手に持っている。
卵を割り、フライパンに流し込んでいる。
きっと、だし巻き玉子を作っているのだろう。手元は見えないが、手際はやはり良くキビキビとしている。だが、少ししてまたドンッと勢いよく出されたお皿に乗っているのは、だし巻き玉子…ではなく、スクランブルエッグのようなグチャグチャなやつだった。
「…イザナ、もう厨房に立つな」
「下僕が王に意見すんのか?あ!?」
「もうそんな醜態を晒すな。オレはオマエの情けねぇ姿を見たくねぇんだよ!!」
「どけよ、下僕ぅ。オレはまだまだやれんだよ」
「オマエは、寿司握るのは向いてねぇんだよ!」
「うるせぇぇぇ!」
おっと、なんだこれは?どういう状況だ?
鶴蝶さんが涙目でイザナさんの肩を掴んで必死に説得してるが、イザナさんは断固として拒否している。
混乱している私の近くに居たモッチーさんが小さな声で私に言った。
「圧倒的戦才。それがイザナの魅力。アイツは全て暴力で捩じ伏せてバイトリーダーにのし上がったんだ」
「えっと、それはつまり…」
「寿司を上手く握れねぇイザナを咎めた大将と揉めて、ボコボコにして追い出したんだ」
「ははっ…、マジですか…」
興奮したのか、ゼイゼイと息が上がったイザナさんは肩を上下させながら、私達の方をチラッと見て口を開いた。
「おい、オマエ」
「あ、え、私…ですか?」
「オマエには素質がある」
「いや、なんのでしょうか?」
「日本の寿司屋はオレらが牛耳る」
「いやいや、規模デカすぎですって」
「もっと寿司を極悪ろ」
極めるのはオマエだ!と叫びたいのを我慢し、苦笑いで答えた。私、バイト初日早々、辞めたいです。