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夢小説設定
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私とイザナと鶴蝶は同じ施設で育った。友達とか仲間とかそんな類よりももっと上の固い絆で結ばれている。言わば、家族みたいなモノだと思っていた。血の繋がりなんて無くても、二人も同じ気持ちでいてくれていると信じて疑わなかった。
イザナがそうでは無いという事に気が付いたのは、兄と名乗る男、佐野 真一郎が現れてからだった。イザナは、血の繋がりを凄く大事にしていて繋がりを求めていた。本当の兄が居たんだと嬉しそうに語るその表情は今まで見た事のない程、生き生きとしていたのを今でも鮮明に脳裏に浮かぶ。
でも、嫌だとか負の感情を抱いた事は一度もなくて、イザナが笑っている事が素直に嬉しく感じていた。
本当の家族が出来たからって私たちを蔑ろにするようになった訳でもないし、今まで通り、他の人には見せない彼の優しさに触れる事は出来ていたから。
鶴蝶とは、言葉にしてその事について語り合った事はないけれど、多分、私と同じなのだろうなと言う事は分かっていた。
鶴蝶にとってイザナは命の恩人と言うべきか、生きる意味を作ってくれた大切な人。それは、私も一緒。イザナが居るから私も生きたいと思えるほど、彼に心酔している。
イザナの幸せが私たちの幸福。それは、18歳になった今でも何一つ変わらない。
「イザナ…」
イザナのお気に入りの場所、横浜のビルの屋上で彼は赤の特服に身を包み、風に髪を揺られながら街を見下ろしていた。そんな彼の背中に向かって名前を呼ぶ。
ピアスをカランと鳴らしながら、私の声にゆっくりと振り返った。
何も言わず、ただ真っ直ぐに見つめてくる、アメジストの瞳が私を捕らえた。私たちの間を冷たい風が吹き抜け、もう一度彼のピアスを鳴らした。
イザナは、一歩ずつ確かに歩みを進め、呼んだ癖に何も言わない私の横をスっと通り過ぎる。
通り過ぎ際、触れるか触れないかのほんの一瞬だけ、頭に彼の手が触れた。
その彼の行動に驚いて、勢いよく振り返ってみるも、彼は何事もなかったかのように歩みを止める事はなく、私から遠ざかって行く。
頭に微かに触れた手の温もりに胸がギュッと締め付けられるかのように苦しくなる。
昔から、私が泣く度にイザナはそうやって頭に手を乗せてくれていた。幼い頃は頭を撫でるとまではいかないけれど、ポンっと手を乗せてくれていた。だけど、歳を重ねる事に触れるのは一瞬になっていった。
ココ最近では、一度もなかった。久しぶりのソレは、私の昔から抱いて来た淡い感情をすぐに呼び起こした。
不器用なイザナの優しさ。他人に興味のない彼にとって、その行動は自分が特別だと思わせるには充分だった。
だけど、彼の特別はもっと確かな繋がりを求めている事も分かっている。
真一郎さんが亡くなって、まるで灰のようになってしまったイザナに私と鶴蝶はどうする事も出来なかった。私たちには、彼の求める繋がりは持っていなかったから。分かっている癖に、知らないフリ、見ないフリをし続けていたんだ。
遠さがる背中をひたすら、見つめるだけしか出来ない止まったままの私と進む彼の距離は開く一方で縮まらない距離にソっとため息を吐く。
音にならない程の声で「イザナ、行かないで」と呟いた。
すると、彼は歩みを急に止めた。聞こえるハズもないのに、イザナは首だけ振り返って、目を細めて右の口角を微かに上げた。そして、また前を向いて屋上から出て行ってしまった。
閉じて開く事のない扉を見つめながら、涙を静かに零す。
今なら、まだ私の声は届くのかな?今は素直に言葉に出来ないけれど、もしも、また貴方が振り返ってくれる時がくれば、その時はきっと、ちゃんと言葉にしてみようってそう思ったんだ。
*
あの時、こうしていれば。だとか、あの時、ちゃんと言葉にしていれば。なんて考えてたって、時間は巻き戻せない。そんな事は分かっている。
私たちが育った施設に鶴蝶と二人で足を運んだ。正面玄関や下駄箱を目にする度に蘇る、イザナとの記憶たち。
一緒に遊んだ事、喧嘩して泣かされた事、上手に仲直り出来なくて鶴蝶が間を取り持ってくれて、なんとか仲直りした事。そんな記憶たちを思い返しながら、一言も話さずに施設内を巡る。
最後に室外機がある小汚い裏庭へと足を向けた。鶴蝶が初めてイザナと出会った場所だ。
あの時のように、鶴蝶は砂をかき集めてお墓を作り始めた。
その様子をただ呆然と眺める事しか出来なかった。砂の頂点にイザナの付けていたピアスを添えて、彼が安らかに眠れるようにと手を合わせた。
もっときちんと弔いをしてあげたいけれど、今の私たちにはこのくらいしか出来ない。
こんな時ですら、自分の無力さに打ちひしがれなくてはならないのが辛かった。
「ねぇ、鶴蝶。イザナは天国に行けたかな?」
「…さぁな」
幼い頃、イザナの優しさで生まれた天竺。それは、彼らの夢で求め続けていた理想郷。でも、彼らの夢は呆気なく崩れ、唐突に終わりを告げた。イザナは、理想郷へと辿り着けたのだろうか。独りで居ないかな。なんて、これからの自分の事よりも彼の事で頭はいっぱいだった。
つい先日までは、進む貴方と止まったままの私の距離を恨めしく思ったりもしていたのに、今では逆になってしまったね。時が止まってしまった貴方と進むしかない私。今度は、どうやっても縮める事は出来ない。
いつかまた、出会う事が出来たのなら、行き場のない溢れるばかりのこの愛を貴方に渡す事が出来るかな。
「イザナ、愛してるよ」
伝える事の出来なかったこの愛をいつか、貴方に届けられる日が来ますようにと願いを込めながら、彼のいる空にソっと届けた。
イザナがそうでは無いという事に気が付いたのは、兄と名乗る男、佐野 真一郎が現れてからだった。イザナは、血の繋がりを凄く大事にしていて繋がりを求めていた。本当の兄が居たんだと嬉しそうに語るその表情は今まで見た事のない程、生き生きとしていたのを今でも鮮明に脳裏に浮かぶ。
でも、嫌だとか負の感情を抱いた事は一度もなくて、イザナが笑っている事が素直に嬉しく感じていた。
本当の家族が出来たからって私たちを蔑ろにするようになった訳でもないし、今まで通り、他の人には見せない彼の優しさに触れる事は出来ていたから。
鶴蝶とは、言葉にしてその事について語り合った事はないけれど、多分、私と同じなのだろうなと言う事は分かっていた。
鶴蝶にとってイザナは命の恩人と言うべきか、生きる意味を作ってくれた大切な人。それは、私も一緒。イザナが居るから私も生きたいと思えるほど、彼に心酔している。
イザナの幸せが私たちの幸福。それは、18歳になった今でも何一つ変わらない。
「イザナ…」
イザナのお気に入りの場所、横浜のビルの屋上で彼は赤の特服に身を包み、風に髪を揺られながら街を見下ろしていた。そんな彼の背中に向かって名前を呼ぶ。
ピアスをカランと鳴らしながら、私の声にゆっくりと振り返った。
何も言わず、ただ真っ直ぐに見つめてくる、アメジストの瞳が私を捕らえた。私たちの間を冷たい風が吹き抜け、もう一度彼のピアスを鳴らした。
イザナは、一歩ずつ確かに歩みを進め、呼んだ癖に何も言わない私の横をスっと通り過ぎる。
通り過ぎ際、触れるか触れないかのほんの一瞬だけ、頭に彼の手が触れた。
その彼の行動に驚いて、勢いよく振り返ってみるも、彼は何事もなかったかのように歩みを止める事はなく、私から遠ざかって行く。
頭に微かに触れた手の温もりに胸がギュッと締め付けられるかのように苦しくなる。
昔から、私が泣く度にイザナはそうやって頭に手を乗せてくれていた。幼い頃は頭を撫でるとまではいかないけれど、ポンっと手を乗せてくれていた。だけど、歳を重ねる事に触れるのは一瞬になっていった。
ココ最近では、一度もなかった。久しぶりのソレは、私の昔から抱いて来た淡い感情をすぐに呼び起こした。
不器用なイザナの優しさ。他人に興味のない彼にとって、その行動は自分が特別だと思わせるには充分だった。
だけど、彼の特別はもっと確かな繋がりを求めている事も分かっている。
真一郎さんが亡くなって、まるで灰のようになってしまったイザナに私と鶴蝶はどうする事も出来なかった。私たちには、彼の求める繋がりは持っていなかったから。分かっている癖に、知らないフリ、見ないフリをし続けていたんだ。
遠さがる背中をひたすら、見つめるだけしか出来ない止まったままの私と進む彼の距離は開く一方で縮まらない距離にソっとため息を吐く。
音にならない程の声で「イザナ、行かないで」と呟いた。
すると、彼は歩みを急に止めた。聞こえるハズもないのに、イザナは首だけ振り返って、目を細めて右の口角を微かに上げた。そして、また前を向いて屋上から出て行ってしまった。
閉じて開く事のない扉を見つめながら、涙を静かに零す。
今なら、まだ私の声は届くのかな?今は素直に言葉に出来ないけれど、もしも、また貴方が振り返ってくれる時がくれば、その時はきっと、ちゃんと言葉にしてみようってそう思ったんだ。
*
あの時、こうしていれば。だとか、あの時、ちゃんと言葉にしていれば。なんて考えてたって、時間は巻き戻せない。そんな事は分かっている。
私たちが育った施設に鶴蝶と二人で足を運んだ。正面玄関や下駄箱を目にする度に蘇る、イザナとの記憶たち。
一緒に遊んだ事、喧嘩して泣かされた事、上手に仲直り出来なくて鶴蝶が間を取り持ってくれて、なんとか仲直りした事。そんな記憶たちを思い返しながら、一言も話さずに施設内を巡る。
最後に室外機がある小汚い裏庭へと足を向けた。鶴蝶が初めてイザナと出会った場所だ。
あの時のように、鶴蝶は砂をかき集めてお墓を作り始めた。
その様子をただ呆然と眺める事しか出来なかった。砂の頂点にイザナの付けていたピアスを添えて、彼が安らかに眠れるようにと手を合わせた。
もっときちんと弔いをしてあげたいけれど、今の私たちにはこのくらいしか出来ない。
こんな時ですら、自分の無力さに打ちひしがれなくてはならないのが辛かった。
「ねぇ、鶴蝶。イザナは天国に行けたかな?」
「…さぁな」
幼い頃、イザナの優しさで生まれた天竺。それは、彼らの夢で求め続けていた理想郷。でも、彼らの夢は呆気なく崩れ、唐突に終わりを告げた。イザナは、理想郷へと辿り着けたのだろうか。独りで居ないかな。なんて、これからの自分の事よりも彼の事で頭はいっぱいだった。
つい先日までは、進む貴方と止まったままの私の距離を恨めしく思ったりもしていたのに、今では逆になってしまったね。時が止まってしまった貴方と進むしかない私。今度は、どうやっても縮める事は出来ない。
いつかまた、出会う事が出来たのなら、行き場のない溢れるばかりのこの愛を貴方に渡す事が出来るかな。
「イザナ、愛してるよ」
伝える事の出来なかったこの愛をいつか、貴方に届けられる日が来ますようにと願いを込めながら、彼のいる空にソっと届けた。