焦げた運命のその先で
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中学生の頃、初恋の人が事故で亡くなった。
それだけ聞けばドラマのような悲劇的な悲しい恋愛を想像するかもだけれど、そうじゃなかった。
初恋の人は炎に焼かれ、あっという間に燃えて塵となって私の前から居なくなってしまった。
遺体も残らないほどの高温で残ったのは下顎部の一欠片のみだったそう。
目の前の墓石の中はほぼカラッポでそこには彼は居ない。あの日から私の心もカラッポのまま大人になってしまった。
立夏を迎え、夏の暑さを含んだ風を感じながら晴天の空の元目を瞑り、目の前にある墓石に向かって、本人が居るかどうかも分からないけれどひたすら心の中で語りかける。
あの日から10年、長いようであっという間だったように感じる。燈矢くんの居ない日々は寂しくて、息苦しくて狭い世界だった。
近所に住んでいた幼馴染の轟燈矢くんとはいつも一緒に遊んでいた。
燈矢くんの家で弟と妹を含めた4人で遊んだり、瀬古杜岳で彼の個性訓練を眺めたり。いつも同じ事をしていただけだったけれど、毎日が楽しかった。
燈矢くんはオールマイトを越えるナンバーワンヒーローを夢みていつも瀬古杜岳で個性訓練をしていて、そこに私も着いて行くのを許してくれ、私は傍でその様子をずっと見ていた。
たまに「俺の炎、凄いことになったんだ!見に来てよ!」と誘ってくれる事もあって、それがたまらなく嬉しくて2人して上機嫌で山を登ったのを今でも鮮明に覚えている。
彼の揺らめく炎が歳を重ねるごとに大きく、強く、そして温度が高くなっていくのを見ているのが好きだった。燈矢くんの努力が実っていくのが目に見えて分かったから。
日が暮れる頃には『灯ちゃんはもうお家帰りなよ』と言っていつも帰されていたけれど
『お父さん、こんな強い炎出せるようになったんだ。だから、俺の事、見てよ』
そんなか細い声が聞こえて来て、ひとりぼっちの小さな背中が震えていた事も知っていた。
強がって笑うくせに私が帰った後、ひとりで泣いていた背中を私は知っている。
それでも翌日には、何事もなかったみたいに「昨日より火力上がったんだ」と笑う人だった。
『将来はお父さんの母校の雄英に入って卒業したらお父さんの事務所に入って経験積むんだ。それで、そうだなぁ。23歳頃になったら自分の事務所を立ち上げて独立するんだ!そうしたら、灯ちゃんは俺のサイドキックになってよ!』
『えっ、サイドキック私でいいの?私の個性、ヒーロー向きじゃないんだよ…?』
『なんで?俺と灯ちゃん、相性抜群じゃん。灯ちゃんが居ないと俺ダメだよ。それに近くに居てくれれば最大火力だって放てる気がするんだよね』
『えっ…最大火力…?』
『…なに?灯ちゃんも危ないからやめろっていうの?』
『ううん、私の今の個性じゃダメだから。燈矢くんの火力を補えるくらい個性を鍛えなきゃ。私も一緒に個性訓練しようかなぁ』
『やっぱり、灯ちゃんだけだよ。そう言ってくれるの』
彼のお父さん、No.2ヒーロー、エンデヴァーはNo.1ヒーロー、オールマイトを超える子供を作ろうとして、生まれたのが長男の燈矢くんだった。父親以上の火力を持っていたけれど、それに耐えられる身体を持って生まれなかった為に個性を使うと火傷を負ってしまっていた。
その事が分かった途端、父親は、燈矢くんを見なくなった。まるで、存在まで消えたみたいに。
それは私もそうだった。
親の理想を押し付けられる毎日、出来損ないは家には要らないと言い聞かされ良い子でいなければ手を挙げられて存在を否定される日々。
そして、1番厄介だったのは私自身の個性だった。
私の個性は、体温支配。
触れた対象の体温を自在に操れる個性。
個性が発現した時、私が母に触れた瞬間に母の肌から熱が消えた。まるで、私が奪ったみたいに。
無意識に発動してしまった個性は急性低体温症を引き起こしてしまった。その後、母は極端に私に触れられるのを嫌がり「お前の手は呪われている」とか散々言われるようになって、疎まれるようになった。
それからは人に触れる事が怖かった。
いつかこの手で人を殺めてしまうのではないかと怯えていた。
だけど、燈矢くんだけは違った。
『灯ちゃんの個性で俺の体温あげてくれれば、火傷マシにならないかな?』
『燈矢くんの体温を?』
『うん。急激な温度差による細胞破壊によって火傷するから、灯ちゃんの個性で急激な温度差を減らして火傷の進行軽減出来ないかなって』
『やってみる!』
あの日以来、人に個性を使うのは怖くて自分自身に使ってこっそり練習をしていた。人を傷付けない為に。そうすれば、またお母さんもお父さんも受け入れてくれて家に居場所が出来ると思ったから。
個性事故を起こした日から初めて人に使ってみると、上手くいったのか私自身ではよく分からないけれど燈矢くんは興奮したように「凄いよ!痛いの和らいでるし、すぐに火傷しない!」と早口に言う。
必要としてくれた事が幸せで。まるで生きてて良いよと言ってくれているみたいで泣きたくなるほど嬉しかった。
だから、燈矢くんが言ってくれた言葉たちは私を救って、縛って、過去に囚われなが生きている。
「今、思えばただ私の個性が必要だっただけかも」
「え?何か言った?」
「ううん、独り言」
「そう?」
独り言に返して来たのは燈矢くんの妹の冬美ちゃん。心の中で語りかけるのに必死すぎて彼女が居ることを頭からすっぽ抜けてしまっていたので、独り言まで呟いてしまって少し恥ずかしい。
轟家は4人兄弟で長男の燈矢くん、長女の冬美ちゃん、次男の夏雄くん、三男の焦凍くん。
焦凍くんとは話した事はないけれど、冬美ちゃんと夏くんとはよく遊んでいた。
燈矢くんが亡くなってからは2人とも疎遠になってしまっていて、今日久しぶりにここで再会した。
疎遠になってしまったのは、亡くなってからすぐの時に燈矢くんのお家に行ってお線香をあげようと仏壇を見てから、一度も行かなくなった。
中学校の証明写真が遺影に使われていて、笑っていない遺影なんて見たくなかったから。
燈矢くんの笑っている写真すらない家族の実態を突き付けられて苦しくなって逃げ出したから。
私が燈矢くんと最期に話したのは事故の前の日だった。
赤かった彼の炎は蒼へと変わり、それをお父さんに見せるのだと嬉しそうに語っていた。
『これならきっとお父さんも認めてくれる。焦凍にだって、オールマイトにだって負けない。そうしたら、きっとお父さんだってまた俺の事…』
『うん、燈矢くんなら大丈夫。いっぱい頑張ってたもんね』
『灯ちゃんのおかげだよ。ありがとう』
『私は燈矢くんを守りたかっただけだから』
『俺はもう大丈夫だよ。だから、今度は俺が灯ちゃんを守るから』
屈託なく笑う燈矢くんの顔を生涯忘れる事はないだろう。
あの笑顔が最期だった。笑顔の燈矢くんを忘れて笑っていない燈矢くんで思い出を塗り替えたくなかった。
最期に交わした、小さな約束。
何も守れなかったな。
「でも、久しぶりに灯ちゃんに会えて良かった。それに、燈矢兄の事も覚えててくれて嬉しい。燈矢兄の仲良かった人、灯ちゃんくらいしか知らなかったから」
「私も久しぶりに冬美ちゃんに会えて嬉しいよ」
「燈矢兄のお墓、よく来るの?」
「最近はちょっと仕事が忙しくてなかなか。最後に来たのは燈矢くんの誕生日だったかな」
「そっかぁ。燈矢兄も灯ちゃんが来てくれて嬉しいと思う。大好きだったもん、灯ちゃんの事」
お家には行かなくなったけど、お墓には定期的に行っている。
からっぽだけど、ここにしか燈矢くんに会いに来れる場所がないのだから。
忘れられるはずもない、今でも毎日思い出して胸が焦げ付きそうなくらいに痛くて苦しい。
「今、仕事は何してるの?」
「エンデヴァー事務所で事務を…」
「え!?お父さんの事務所で働いてるの!?言ってよー!私、全然知らなかった」
「ごめんね、言えば良かったね」
23歳になった今でも律儀に昔の約束を守ってるなんてバカバカしくて人に言えないでしょ。
約束とも言えないような、些細な会話の中で生まれた小さな夢。勝手に約束と捉えて実現するなんて、我ながらイカれてると思う。
「忙しいって、そっかぁ。そろそろビルボードチャートの時期だもんね」
「この時期が近付くと、エンデヴァーさん仕事めちゃくちゃ入れるから…」
冬美ちゃんは少し呆れを含んだような笑みを浮かべて「お父さんがごめんね」と言った。
仕事依頼を受けまくるから事務作業も増える為、年2回のビルボードチャートの発表前は毎回多忙を極めている。
「今度、またお家に遊びに来てね!灯ちゃんが来てくれれば夏も喜ぶと思うの」
「そうだね、またお邪魔しようかな」
「お夕飯、奮発しちゃうから!」
「ありがとう、楽しみにしてるね」
そう約束してから、冬美ちゃんと別れて家路に着く。
明日出す予定の表面に退職届と書かれた封筒が入った鞄を抱え込むように力を込める。
ごめんね、冬美ちゃん。約束なんてしない方が良かったかもしれないね。
燈矢くんが独立して、彼のサイドキックになるという夢はもう叶わないからもういいかな、と思ったこのタイミングで彼の元を訪れた。
この10年間、充分に頑張ったと思う。
だから、燈矢くん。
あなたのいない世界を終わらせに行くね。
*
借りているアパートに着き、自分の部屋を片付け始める。必要最低限だけ残して後は全部捨てよう。この部屋に戻る理由もない。
服も日用品も余っていた食料品も全部捨てて、中・高校の卒業アルバムも思い出も全部捨てる。
「これだけ、取っておこうかな」
小学生の頃に燈矢くんと1枚だけ写真を撮った事があり、これは私の宝物だった。この思い出だけは捨てられない。
品行方正に生きたつもりもないから天国になんか行ける気はしないけれど、燈矢くんが天国に居るならそっちがいいから、行けるといいな。
片付けが終わる頃には夜は更け、時計の針は0時を刺していて日付が変わってしまっていた。
明日は最後の出勤日になるからそろそろ寝ようと思った途端にスマホがジリジリと鳴り響く。
こんな時間に誰だと思いながら画面を見れば、中学時代の友人で何事かと思いながらも画面をタップして電話に出た。
「もしもし」
「灯!?今どこにいるの!?」
「え、アパートだけど」
「大変だよ!あんたの実家、燃えてる!」
「は?」
実家が燃えてるってどういう事だ。
電話口ではガヤガヤとした声や怒鳴り声のような音がスピーカーから聞こえてきて、耳がキンキンとする。
頭の中は疑問符でいっぱいでそれ以上の言葉が出て来ず、友人の次の言葉を待つ。
「外がサイレンで騒がしくてさ、何事かと思って外見たら煙が上がっているのが近かったから見に行ったら、灯の家だったの!」
「両親は…?」
「それはごめん、分からない。連絡取ってみた方がいいよ」
「…うん、ありがとう」
友達からの電話を切ってスマホをポケットの中に仕舞い、外に出た。
電話するよりも先に実家に様子見に行った方が早いだろう。
アパートから実家はそんなに離れていないので電車で30分もかからない。終電はギリギリあったので電車に乗り込んだ。
さっき、両親のことを真っ先に聞いたのは心配からではない。もしも、生き残っていたとしたらその後の生活はどうするのだろう。私の部屋に来るとなれば、嫌だな。とか、そんな事を真っ先に思ってしまった。最期に過ごすのが両親なんてまっぴごめんだ。
「…はは。最低じゃん、私」
自分の思考回路に辟易しながら、嘲笑うように独りごちる。
両親の安否よりも自分の保身に走るなんてね。
死んでしまっていたら良いのに、なんて思ってしまう自分は敵と同類かもしれない。
まぁ、仮に生きていて家に避難して来たとしても、もうすぐで私は居なくなるのだから関係ないか。
自分の心の汚さを痛感しているうちに電車は最寄りに着いたので、降りて実家へと向かう。
もう火は消されたのか立ち込める煙は見えなかった。
家の前に着くとかろうじて野次馬が数人残っていて、救急車と消防車はもう居らず警察とヒーローが残っている。
「あの、すみません。ここの家の者ですが、両親が中に居たと思うんですけど…」
警察の人に声を掛ければ、私の顔を見てハッとした表情を浮かべた後にすぐに悔しそうに眉間に皺を寄せて目を伏せた。
「娘さん、ご両親は残念ながらもう…」
そこまで聞いた途端に今までずっしりと重かった心が一気に軽くなって、呼吸がしやすくなったのを感じる。
やっぱり、私は根が腐っているのだろう。両親のことは嫌い。でも、もしかしたら実際に訃報を聞いたら悲しくなれるかも、なんて少しだけ自分の良心に期待をしていた。
だけど、どうしたって悲しみなんて何一つ出てこなくて、解放されたという感情が一番に胸を占めている。
「蛇腔病院に運ばれたから、そこに行ってみて」
警察にそう言われて、小さく頷くと続けて「犯人は必ず捕まえるから」と近くに居たヒーローに言われて、心臓が脈打つ。
「放火だったんですか?」
「確定ではないけどね、その可能性が高いよ。火は外から燃え広がって行ったから」
「そうですか」
誰だろう、燃やしてくれたのは。
私を救ってくれたのは。そんな風に思ってしまう。流石に警察とヒーローの前で喜びを露にする訳にもいかないので、少し悲しむような表情を浮かべてみせた。
一応、最期に顔を見る為に病院行ってみるかと思い、タクシーを拾う為に駅前に戻ろうと近道の裏路地を通る。
街灯もない薄暗い道を早足に歩いていると「霜月 灯だな」という低音が響く。
その声がした瞬間、背後の空気が変わった。
振り返れば、壁にもたれてこちらを見下ろす男。
黒のコート、焼けただれた肌、そして、まっすぐに射抜くような青い瞳。
見た目からして一般人ではなさそうな、敵のようなそんな風貌をした男には見覚えはない。
彼が出す雰囲気からすぐに殺される、そう思ったけれど、対抗する気も起こらない。
どうせもうこの世界には用はないんだ。
終わらせ方くらい自分で選びたかったけど、まぁいいか。
「…どうして私の名前を?」
肯定とも捉えられる返答をすれば、男は薄らと笑みを浮かべて身体からチリチリと蒼い炎を出した。
…燈矢くんと同じ炎だ。
さっき、終わらせ方も選べないって思ったけど、最高の最期じゃない。燈矢くんと同じ炎に焼かれるのなら。もしかして、実家を燃やした犯人はこの人なのだろうか。
「あそこの家、燃やしたのはあなた?」
「あぁ」
「ありがとう。燃やしてくれて」
もう心残りはない、一思いに燃やして欲しい。
…燈矢くん、どれだけ熱かったのかなぁ。
なんてぼんやりと揺らめく蒼い炎を見つめていると、彼はフと炎を消した。
「着いてこい」
「えっ、どこに…」
「仲間を勧誘中なんだ。お前はこっち側だ。最高の舞台を用意してやるよ」
「…私に生きる理由を与えてくれるの?」
彼は何も答えずに歩き出したので私もその後に続く。もう一度、顔を見たくて横に並んで見上げると、やっぱりどうしても燈矢くんが脳裏を過ぎる。
燈矢くんは中学生の頃、亡くなっているし生きている訳ないのに。
「人の顔をジロジロ見てなんだよ」
「知り合いに似てたから。もう亡くなってるけど」
「……へぇ」
「大切な人だったの」
「それ以上は聞いてねぇ」
「いいじゃない、話せる人あまり居ないんだもん」
「図々しいな、お前」
「まぁね」
「自覚あんのかよ」
「あるよ。だから着いてきた」
鼻で笑われただけでそれ以降の言葉は返って来なかった。そう言えば、この人の名前聞いてないな。
「ねぇ、あなたの名前は?」
そう問いかけたのと同時に「ここだ、入れ」と言い、彼は足を止めた。
そこは廃ビルのような所の裏口で、彼がドアノブを回して中に入ると数人の話し声と明るい光が漏れた。
「お、荼毘。今日も1人?」
「荼毘くん、今日もお仲間探し失敗ですか?」
「いつも燃やしてるだけだもんな!探せよ!」
そんな会話が聞こえて、荼毘と呼ばれた男の人の後ろから、ひょこっと顔を覗かせると女子高生とお面の男、ヤモリのような男、手を身体中に付けた人、黒い影のような人、覆面の男がギョッとした顔で私を見た。
「えっ、荼毘が女の子連れてる!?」
「わー!女の子!カァイイねぇ!私、トガです、トガヒミコ!お友達になりましょう!」
トガと名乗る女の子は椅子からぴょんと飛び跳ねて私の前に駆け寄って、手を取って上下にぶんぶんと振る。
「え、と。霜月 灯です」
「灯ちゃん!チウチウしてもいいですか?」
「チウチウってなに…?」
「カァイイので灯ちゃんになりたいのです!なので血をチウチウさせて!」
「えっ、と。貧血にならない程度にお願いします…?」
「わーい!やったー!」
「良かったな、トガちゃん!断れよ!!」
廃ビルの中は、外観から想像していたよりも明るかった。剥き出しの照明が天井からぶら下がり、簡易的な机や椅子、ソファが雑然と置かれている。
一人一人、自己紹介をしてくれるが、荼毘と呼ばれた彼だけは名乗る事をしなかった。
死柄木弔と名乗った人が「で、お前は何が出来る?」と問いかけて来る。
「私の個性は体温支配です。触れた相手の体温を、上げたり下げたり出来ます」
そう答えた瞬間、空気が変わった。
はっきりとした“興味”の視線が、私に集まる。
すると、荼毘と呼ばれる彼は「どこまで出来る?」と聞いた。
「触れていれば、ある程度は自在に。でも、加減を間違えると簡単に殺せちゃうくらいには危険な個性です」
彼はコートのポケットから手を出し、指先に蒼い炎を灯した。チリ、と乾いた音が鳴る。
「俺に使ってみろ」
一瞬、迷いはなかったと言えば嘘になる。でも、それ以上に確かめたかった。
燈矢くんと同じ炎を持つこの人が何者なのかを。
「いいですよ」
一歩近づき、躊躇いながらも彼の手に触れる。
掌から伝わる体温は、異常なほど高い。
それなのに、どこか冷たい。
意識を集中させ、ゆっくりと体温を底上げする。
あの頃と同じように急激な差を作らないように。
手を握っていると彼の喉が小さく鳴った。
「どうですか」
「……悪くねぇが、わざわざ手を握る意味はあんのか」
「ごめんなさい、つい昔の癖で。最近は個性を他人に使ってなかったから」
すると炎の揺らぎがほんの一瞬だけ安定したのを見逃さなかった。その変化に、私の胸がざわつく。あの頃の燈矢くんの手を握った時と同じだった。
「灯ちゃん、すごーい!荼毘くんの炎、さっきより綺麗です!」
トガちゃんがぱちぱちと手を叩く。
他の人達も小さく感嘆の声を漏らしていたが、彼だけは舌打ちを落としながら乱暴に手を引き抜く。そして、そのまま奥の部屋へと行ってしまった。
どうしても気になってしまったので、近くに居た先程、Mr.コンプレスと名乗った人に声をかける。
「あの、あの人の名前って…」
「え、勧誘して来た癖に自己紹介してないの?あいつは荼毘だよ」
「あの荼毘に付すの荼毘って意味ですよね? 」
「多分ね。あまり自分の事語らないから分からないけど、炎の個性だしそうだと思うよ」
「荼毘に付すってなんですか?」
「中卒のトガちゃんにおじさんが教えてあげよう。火葬って意味だよ」
「へェ!荼毘くんにピッタリですねェ。よく焼き回ってます」
「火遊びが趣味だもんね〜」
クスクスとトガちゃんとコンプレスさんが笑って居たので、私も笑いながら「私の家も燃やされました」と言えば、出会い頭と一緒で2人はギョッとした顔でこちらを見た。
「え!?勧誘するのに家焼くとか強行突破すぎるじゃん」
「いいんです、むしろありがたいです。あんな家と両親なんて」
「… 灯ちゃんもワケありなんだねぇ」
「コンプレスさんの個性はなんですか?」
「ん?俺?俺はね」
コンプレスさんが指をパチンと鳴らすと同時に指先には一輪の花を出して私に向けて「はい、どうぞ。お嬢さん」と手渡してくれた。
「凄い、手品みたいですね」
「マジックも得意なんだけどね。俺の個性は圧縮」
差し出された花を受け取ろうとした瞬間に蒼い炎が横から飛んで来てその花は散り散りに燃やされた。花に触れようとしていた指は熱さを感じで瞬時に引っ込めたので火傷する程ではないが、ヒリヒリと痛む。
「荼毘〜、危ないでしょ。灯ちゃんが火傷しちゃったらどうするの。大丈夫?」
「あ、はい。なんとか…」
「…次は気を付けろ」
「あっ、あ〜…はいはい、なるほどね」
コンプレスは両手を顔の横にあげて首を横に振る。気を付けるって何をだろうと首を傾げた。
トガちゃんとトゥワイスさんは、事情を察しているのかニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「楽しいですねェ」
「楽しいな!おもしろくねぇよ!」
……なんだか、愉快な人達だなぁ。
「面白い場所ですね、ここ」
ぽつりと零した私の言葉に、数人が一斉にこちらを見る。
荼毘さんは何も言わず、ただ一瞬だけ横目で私を見た。
「お前が敵向きって事は分かった」
死柄木さんが淡々とそう告げるとトガちゃんは嬉しそうに口角をぎゅっとあげて「ようこそ、敵連合へ!」と高らかに言った。
「ん……? 敵、連合……?」
「え? その反応、説明してないの、荼毘!?」
「マジかよ!」
一斉にツッコミが飛ぶ中、私は少し遅れて理解した。
──ああ、ここは“敵”の拠点なんだ。
そう思っても不思議と恐怖は湧かなかった。
それよりも、胸の奥に妙な居心地の良さが広がっていく。
それでも、一言くらい言って欲しかった、という意味を込めて私はジロリと荼毘さんを見る。
その視線で意味を察したのか顎をクイッと動かして彼は奥へと歩き出す。後に着いて来いと言う意味だろうか。
一緒に着いて行き、人気のない廊下に出ると足を止めた彼が振り返った。
「お前が着いてきた先は地獄だぜ」
「今更説明されても……?」
「覚悟はあるのか」
低く、試すような声。
私は少し考えてから、正直に答えた。
「私、生きる理由なんてもう無かったんです。だから、ここに来た。ここが地獄でもいい」
一瞬、彼の蒼い瞳が細められる。
彼は何も言わず、視線を逸らしたまま指先に小さく蒼い炎を灯して小さく笑ったあと、背を向けた。
もう一度、彼の炎を見て真っ先に感じたのは、この炎をやっぱり私は知っている。
この炎の揺れ方も温度も全部。
私は彼に一歩近づいた。
「もう一度、触ってもいい?」
「は?」
「確認したい事があるの」
一瞬の沈黙の後、彼は舌打ちして、乱暴に手を差し出した。
それは許可してくれたようで、私は「ありがとう」と言って、もう一度、彼の手に触れる。
やっぱり、あの日と、同じだ。体温の奥、炎の芯の部分。無理をした時にだけ現れる、不自然な冷たさ。
自分の中で答え合わせが出来てしまい、視界が歪んだ。間近で見る炎はあの日の、燈矢くんの温度そのものだった。恋しくてもう一度触れたくて焦がれていた温度だったから間違えるはずもない。
指先に触れるたび、胸の奥がじりじりと焦がされる。彼は何も言わず、ただじっと視線を返す。
言葉よりも熱を伝えてくるように。
「…同じ、だった。炎も体も全部」
沈黙の後、蒼い炎が強く揺らいだが嘲笑うように短く笑って「何が言いてぇ」と冷たく言い放つ。
「燈矢、くん…」
涙混じりに掠れた声で呼ぶと名前を呼んだだけなのに喉の奥と胸が熱くなった。まるで焼けたみたいにジリジリと痛むけれど、その痛みさえ愛おしいと感じてしまう。
「…燈矢は死んだ。俺は荼毘だ」
──ああ、やっぱり。この人は今もまだ認められたかっただけなんだ。そして、名前の意味で彼が自分の最期をどうするのかもう既に決めているのも分かってしまった。
「うん、そうだね。でもね、この体を知ってるのは私だけだった」
彼が1番見てもらいたかった人でもなくて、知っているのは私だけだ。
指先に力を込めれば、炎が消えて手を振り払われる。そして、燈矢くんは顔を伏せたまま低く言う。
「死んだ奴の名前を二度と口にするんじゃねぇ」
それは肯定じゃない。でも、否定しきれない答えだった。
「じゃあ、荼毘、くん?」
「好きにしろ」
「うん、荼毘くん」
もうこの世界に用はないと思っていたけれど、生きる理由が出来た。
だって、ここには炎がある。私が守れなかった同じ色の炎が。
「私、荼毘くんの炎を支えるね。今度こそ壊れないように。最後まで」
返事はなかったけれど、蒼い炎がほんの少しだけ穏やかに揺れた。
それだけ聞けばドラマのような悲劇的な悲しい恋愛を想像するかもだけれど、そうじゃなかった。
初恋の人は炎に焼かれ、あっという間に燃えて塵となって私の前から居なくなってしまった。
遺体も残らないほどの高温で残ったのは下顎部の一欠片のみだったそう。
目の前の墓石の中はほぼカラッポでそこには彼は居ない。あの日から私の心もカラッポのまま大人になってしまった。
立夏を迎え、夏の暑さを含んだ風を感じながら晴天の空の元目を瞑り、目の前にある墓石に向かって、本人が居るかどうかも分からないけれどひたすら心の中で語りかける。
あの日から10年、長いようであっという間だったように感じる。燈矢くんの居ない日々は寂しくて、息苦しくて狭い世界だった。
近所に住んでいた幼馴染の轟燈矢くんとはいつも一緒に遊んでいた。
燈矢くんの家で弟と妹を含めた4人で遊んだり、瀬古杜岳で彼の個性訓練を眺めたり。いつも同じ事をしていただけだったけれど、毎日が楽しかった。
燈矢くんはオールマイトを越えるナンバーワンヒーローを夢みていつも瀬古杜岳で個性訓練をしていて、そこに私も着いて行くのを許してくれ、私は傍でその様子をずっと見ていた。
たまに「俺の炎、凄いことになったんだ!見に来てよ!」と誘ってくれる事もあって、それがたまらなく嬉しくて2人して上機嫌で山を登ったのを今でも鮮明に覚えている。
彼の揺らめく炎が歳を重ねるごとに大きく、強く、そして温度が高くなっていくのを見ているのが好きだった。燈矢くんの努力が実っていくのが目に見えて分かったから。
日が暮れる頃には『灯ちゃんはもうお家帰りなよ』と言っていつも帰されていたけれど
『お父さん、こんな強い炎出せるようになったんだ。だから、俺の事、見てよ』
そんなか細い声が聞こえて来て、ひとりぼっちの小さな背中が震えていた事も知っていた。
強がって笑うくせに私が帰った後、ひとりで泣いていた背中を私は知っている。
それでも翌日には、何事もなかったみたいに「昨日より火力上がったんだ」と笑う人だった。
『将来はお父さんの母校の雄英に入って卒業したらお父さんの事務所に入って経験積むんだ。それで、そうだなぁ。23歳頃になったら自分の事務所を立ち上げて独立するんだ!そうしたら、灯ちゃんは俺のサイドキックになってよ!』
『えっ、サイドキック私でいいの?私の個性、ヒーロー向きじゃないんだよ…?』
『なんで?俺と灯ちゃん、相性抜群じゃん。灯ちゃんが居ないと俺ダメだよ。それに近くに居てくれれば最大火力だって放てる気がするんだよね』
『えっ…最大火力…?』
『…なに?灯ちゃんも危ないからやめろっていうの?』
『ううん、私の今の個性じゃダメだから。燈矢くんの火力を補えるくらい個性を鍛えなきゃ。私も一緒に個性訓練しようかなぁ』
『やっぱり、灯ちゃんだけだよ。そう言ってくれるの』
彼のお父さん、No.2ヒーロー、エンデヴァーはNo.1ヒーロー、オールマイトを超える子供を作ろうとして、生まれたのが長男の燈矢くんだった。父親以上の火力を持っていたけれど、それに耐えられる身体を持って生まれなかった為に個性を使うと火傷を負ってしまっていた。
その事が分かった途端、父親は、燈矢くんを見なくなった。まるで、存在まで消えたみたいに。
それは私もそうだった。
親の理想を押し付けられる毎日、出来損ないは家には要らないと言い聞かされ良い子でいなければ手を挙げられて存在を否定される日々。
そして、1番厄介だったのは私自身の個性だった。
私の個性は、体温支配。
触れた対象の体温を自在に操れる個性。
個性が発現した時、私が母に触れた瞬間に母の肌から熱が消えた。まるで、私が奪ったみたいに。
無意識に発動してしまった個性は急性低体温症を引き起こしてしまった。その後、母は極端に私に触れられるのを嫌がり「お前の手は呪われている」とか散々言われるようになって、疎まれるようになった。
それからは人に触れる事が怖かった。
いつかこの手で人を殺めてしまうのではないかと怯えていた。
だけど、燈矢くんだけは違った。
『灯ちゃんの個性で俺の体温あげてくれれば、火傷マシにならないかな?』
『燈矢くんの体温を?』
『うん。急激な温度差による細胞破壊によって火傷するから、灯ちゃんの個性で急激な温度差を減らして火傷の進行軽減出来ないかなって』
『やってみる!』
あの日以来、人に個性を使うのは怖くて自分自身に使ってこっそり練習をしていた。人を傷付けない為に。そうすれば、またお母さんもお父さんも受け入れてくれて家に居場所が出来ると思ったから。
個性事故を起こした日から初めて人に使ってみると、上手くいったのか私自身ではよく分からないけれど燈矢くんは興奮したように「凄いよ!痛いの和らいでるし、すぐに火傷しない!」と早口に言う。
必要としてくれた事が幸せで。まるで生きてて良いよと言ってくれているみたいで泣きたくなるほど嬉しかった。
だから、燈矢くんが言ってくれた言葉たちは私を救って、縛って、過去に囚われなが生きている。
「今、思えばただ私の個性が必要だっただけかも」
「え?何か言った?」
「ううん、独り言」
「そう?」
独り言に返して来たのは燈矢くんの妹の冬美ちゃん。心の中で語りかけるのに必死すぎて彼女が居ることを頭からすっぽ抜けてしまっていたので、独り言まで呟いてしまって少し恥ずかしい。
轟家は4人兄弟で長男の燈矢くん、長女の冬美ちゃん、次男の夏雄くん、三男の焦凍くん。
焦凍くんとは話した事はないけれど、冬美ちゃんと夏くんとはよく遊んでいた。
燈矢くんが亡くなってからは2人とも疎遠になってしまっていて、今日久しぶりにここで再会した。
疎遠になってしまったのは、亡くなってからすぐの時に燈矢くんのお家に行ってお線香をあげようと仏壇を見てから、一度も行かなくなった。
中学校の証明写真が遺影に使われていて、笑っていない遺影なんて見たくなかったから。
燈矢くんの笑っている写真すらない家族の実態を突き付けられて苦しくなって逃げ出したから。
私が燈矢くんと最期に話したのは事故の前の日だった。
赤かった彼の炎は蒼へと変わり、それをお父さんに見せるのだと嬉しそうに語っていた。
『これならきっとお父さんも認めてくれる。焦凍にだって、オールマイトにだって負けない。そうしたら、きっとお父さんだってまた俺の事…』
『うん、燈矢くんなら大丈夫。いっぱい頑張ってたもんね』
『灯ちゃんのおかげだよ。ありがとう』
『私は燈矢くんを守りたかっただけだから』
『俺はもう大丈夫だよ。だから、今度は俺が灯ちゃんを守るから』
屈託なく笑う燈矢くんの顔を生涯忘れる事はないだろう。
あの笑顔が最期だった。笑顔の燈矢くんを忘れて笑っていない燈矢くんで思い出を塗り替えたくなかった。
最期に交わした、小さな約束。
何も守れなかったな。
「でも、久しぶりに灯ちゃんに会えて良かった。それに、燈矢兄の事も覚えててくれて嬉しい。燈矢兄の仲良かった人、灯ちゃんくらいしか知らなかったから」
「私も久しぶりに冬美ちゃんに会えて嬉しいよ」
「燈矢兄のお墓、よく来るの?」
「最近はちょっと仕事が忙しくてなかなか。最後に来たのは燈矢くんの誕生日だったかな」
「そっかぁ。燈矢兄も灯ちゃんが来てくれて嬉しいと思う。大好きだったもん、灯ちゃんの事」
お家には行かなくなったけど、お墓には定期的に行っている。
からっぽだけど、ここにしか燈矢くんに会いに来れる場所がないのだから。
忘れられるはずもない、今でも毎日思い出して胸が焦げ付きそうなくらいに痛くて苦しい。
「今、仕事は何してるの?」
「エンデヴァー事務所で事務を…」
「え!?お父さんの事務所で働いてるの!?言ってよー!私、全然知らなかった」
「ごめんね、言えば良かったね」
23歳になった今でも律儀に昔の約束を守ってるなんてバカバカしくて人に言えないでしょ。
約束とも言えないような、些細な会話の中で生まれた小さな夢。勝手に約束と捉えて実現するなんて、我ながらイカれてると思う。
「忙しいって、そっかぁ。そろそろビルボードチャートの時期だもんね」
「この時期が近付くと、エンデヴァーさん仕事めちゃくちゃ入れるから…」
冬美ちゃんは少し呆れを含んだような笑みを浮かべて「お父さんがごめんね」と言った。
仕事依頼を受けまくるから事務作業も増える為、年2回のビルボードチャートの発表前は毎回多忙を極めている。
「今度、またお家に遊びに来てね!灯ちゃんが来てくれれば夏も喜ぶと思うの」
「そうだね、またお邪魔しようかな」
「お夕飯、奮発しちゃうから!」
「ありがとう、楽しみにしてるね」
そう約束してから、冬美ちゃんと別れて家路に着く。
明日出す予定の表面に退職届と書かれた封筒が入った鞄を抱え込むように力を込める。
ごめんね、冬美ちゃん。約束なんてしない方が良かったかもしれないね。
燈矢くんが独立して、彼のサイドキックになるという夢はもう叶わないからもういいかな、と思ったこのタイミングで彼の元を訪れた。
この10年間、充分に頑張ったと思う。
だから、燈矢くん。
あなたのいない世界を終わらせに行くね。
*
借りているアパートに着き、自分の部屋を片付け始める。必要最低限だけ残して後は全部捨てよう。この部屋に戻る理由もない。
服も日用品も余っていた食料品も全部捨てて、中・高校の卒業アルバムも思い出も全部捨てる。
「これだけ、取っておこうかな」
小学生の頃に燈矢くんと1枚だけ写真を撮った事があり、これは私の宝物だった。この思い出だけは捨てられない。
品行方正に生きたつもりもないから天国になんか行ける気はしないけれど、燈矢くんが天国に居るならそっちがいいから、行けるといいな。
片付けが終わる頃には夜は更け、時計の針は0時を刺していて日付が変わってしまっていた。
明日は最後の出勤日になるからそろそろ寝ようと思った途端にスマホがジリジリと鳴り響く。
こんな時間に誰だと思いながら画面を見れば、中学時代の友人で何事かと思いながらも画面をタップして電話に出た。
「もしもし」
「灯!?今どこにいるの!?」
「え、アパートだけど」
「大変だよ!あんたの実家、燃えてる!」
「は?」
実家が燃えてるってどういう事だ。
電話口ではガヤガヤとした声や怒鳴り声のような音がスピーカーから聞こえてきて、耳がキンキンとする。
頭の中は疑問符でいっぱいでそれ以上の言葉が出て来ず、友人の次の言葉を待つ。
「外がサイレンで騒がしくてさ、何事かと思って外見たら煙が上がっているのが近かったから見に行ったら、灯の家だったの!」
「両親は…?」
「それはごめん、分からない。連絡取ってみた方がいいよ」
「…うん、ありがとう」
友達からの電話を切ってスマホをポケットの中に仕舞い、外に出た。
電話するよりも先に実家に様子見に行った方が早いだろう。
アパートから実家はそんなに離れていないので電車で30分もかからない。終電はギリギリあったので電車に乗り込んだ。
さっき、両親のことを真っ先に聞いたのは心配からではない。もしも、生き残っていたとしたらその後の生活はどうするのだろう。私の部屋に来るとなれば、嫌だな。とか、そんな事を真っ先に思ってしまった。最期に過ごすのが両親なんてまっぴごめんだ。
「…はは。最低じゃん、私」
自分の思考回路に辟易しながら、嘲笑うように独りごちる。
両親の安否よりも自分の保身に走るなんてね。
死んでしまっていたら良いのに、なんて思ってしまう自分は敵と同類かもしれない。
まぁ、仮に生きていて家に避難して来たとしても、もうすぐで私は居なくなるのだから関係ないか。
自分の心の汚さを痛感しているうちに電車は最寄りに着いたので、降りて実家へと向かう。
もう火は消されたのか立ち込める煙は見えなかった。
家の前に着くとかろうじて野次馬が数人残っていて、救急車と消防車はもう居らず警察とヒーローが残っている。
「あの、すみません。ここの家の者ですが、両親が中に居たと思うんですけど…」
警察の人に声を掛ければ、私の顔を見てハッとした表情を浮かべた後にすぐに悔しそうに眉間に皺を寄せて目を伏せた。
「娘さん、ご両親は残念ながらもう…」
そこまで聞いた途端に今までずっしりと重かった心が一気に軽くなって、呼吸がしやすくなったのを感じる。
やっぱり、私は根が腐っているのだろう。両親のことは嫌い。でも、もしかしたら実際に訃報を聞いたら悲しくなれるかも、なんて少しだけ自分の良心に期待をしていた。
だけど、どうしたって悲しみなんて何一つ出てこなくて、解放されたという感情が一番に胸を占めている。
「蛇腔病院に運ばれたから、そこに行ってみて」
警察にそう言われて、小さく頷くと続けて「犯人は必ず捕まえるから」と近くに居たヒーローに言われて、心臓が脈打つ。
「放火だったんですか?」
「確定ではないけどね、その可能性が高いよ。火は外から燃え広がって行ったから」
「そうですか」
誰だろう、燃やしてくれたのは。
私を救ってくれたのは。そんな風に思ってしまう。流石に警察とヒーローの前で喜びを露にする訳にもいかないので、少し悲しむような表情を浮かべてみせた。
一応、最期に顔を見る為に病院行ってみるかと思い、タクシーを拾う為に駅前に戻ろうと近道の裏路地を通る。
街灯もない薄暗い道を早足に歩いていると「霜月 灯だな」という低音が響く。
その声がした瞬間、背後の空気が変わった。
振り返れば、壁にもたれてこちらを見下ろす男。
黒のコート、焼けただれた肌、そして、まっすぐに射抜くような青い瞳。
見た目からして一般人ではなさそうな、敵のようなそんな風貌をした男には見覚えはない。
彼が出す雰囲気からすぐに殺される、そう思ったけれど、対抗する気も起こらない。
どうせもうこの世界には用はないんだ。
終わらせ方くらい自分で選びたかったけど、まぁいいか。
「…どうして私の名前を?」
肯定とも捉えられる返答をすれば、男は薄らと笑みを浮かべて身体からチリチリと蒼い炎を出した。
…燈矢くんと同じ炎だ。
さっき、終わらせ方も選べないって思ったけど、最高の最期じゃない。燈矢くんと同じ炎に焼かれるのなら。もしかして、実家を燃やした犯人はこの人なのだろうか。
「あそこの家、燃やしたのはあなた?」
「あぁ」
「ありがとう。燃やしてくれて」
もう心残りはない、一思いに燃やして欲しい。
…燈矢くん、どれだけ熱かったのかなぁ。
なんてぼんやりと揺らめく蒼い炎を見つめていると、彼はフと炎を消した。
「着いてこい」
「えっ、どこに…」
「仲間を勧誘中なんだ。お前はこっち側だ。最高の舞台を用意してやるよ」
「…私に生きる理由を与えてくれるの?」
彼は何も答えずに歩き出したので私もその後に続く。もう一度、顔を見たくて横に並んで見上げると、やっぱりどうしても燈矢くんが脳裏を過ぎる。
燈矢くんは中学生の頃、亡くなっているし生きている訳ないのに。
「人の顔をジロジロ見てなんだよ」
「知り合いに似てたから。もう亡くなってるけど」
「……へぇ」
「大切な人だったの」
「それ以上は聞いてねぇ」
「いいじゃない、話せる人あまり居ないんだもん」
「図々しいな、お前」
「まぁね」
「自覚あんのかよ」
「あるよ。だから着いてきた」
鼻で笑われただけでそれ以降の言葉は返って来なかった。そう言えば、この人の名前聞いてないな。
「ねぇ、あなたの名前は?」
そう問いかけたのと同時に「ここだ、入れ」と言い、彼は足を止めた。
そこは廃ビルのような所の裏口で、彼がドアノブを回して中に入ると数人の話し声と明るい光が漏れた。
「お、荼毘。今日も1人?」
「荼毘くん、今日もお仲間探し失敗ですか?」
「いつも燃やしてるだけだもんな!探せよ!」
そんな会話が聞こえて、荼毘と呼ばれた男の人の後ろから、ひょこっと顔を覗かせると女子高生とお面の男、ヤモリのような男、手を身体中に付けた人、黒い影のような人、覆面の男がギョッとした顔で私を見た。
「えっ、荼毘が女の子連れてる!?」
「わー!女の子!カァイイねぇ!私、トガです、トガヒミコ!お友達になりましょう!」
トガと名乗る女の子は椅子からぴょんと飛び跳ねて私の前に駆け寄って、手を取って上下にぶんぶんと振る。
「え、と。霜月 灯です」
「灯ちゃん!チウチウしてもいいですか?」
「チウチウってなに…?」
「カァイイので灯ちゃんになりたいのです!なので血をチウチウさせて!」
「えっ、と。貧血にならない程度にお願いします…?」
「わーい!やったー!」
「良かったな、トガちゃん!断れよ!!」
廃ビルの中は、外観から想像していたよりも明るかった。剥き出しの照明が天井からぶら下がり、簡易的な机や椅子、ソファが雑然と置かれている。
一人一人、自己紹介をしてくれるが、荼毘と呼ばれた彼だけは名乗る事をしなかった。
死柄木弔と名乗った人が「で、お前は何が出来る?」と問いかけて来る。
「私の個性は体温支配です。触れた相手の体温を、上げたり下げたり出来ます」
そう答えた瞬間、空気が変わった。
はっきりとした“興味”の視線が、私に集まる。
すると、荼毘と呼ばれる彼は「どこまで出来る?」と聞いた。
「触れていれば、ある程度は自在に。でも、加減を間違えると簡単に殺せちゃうくらいには危険な個性です」
彼はコートのポケットから手を出し、指先に蒼い炎を灯した。チリ、と乾いた音が鳴る。
「俺に使ってみろ」
一瞬、迷いはなかったと言えば嘘になる。でも、それ以上に確かめたかった。
燈矢くんと同じ炎を持つこの人が何者なのかを。
「いいですよ」
一歩近づき、躊躇いながらも彼の手に触れる。
掌から伝わる体温は、異常なほど高い。
それなのに、どこか冷たい。
意識を集中させ、ゆっくりと体温を底上げする。
あの頃と同じように急激な差を作らないように。
手を握っていると彼の喉が小さく鳴った。
「どうですか」
「……悪くねぇが、わざわざ手を握る意味はあんのか」
「ごめんなさい、つい昔の癖で。最近は個性を他人に使ってなかったから」
すると炎の揺らぎがほんの一瞬だけ安定したのを見逃さなかった。その変化に、私の胸がざわつく。あの頃の燈矢くんの手を握った時と同じだった。
「灯ちゃん、すごーい!荼毘くんの炎、さっきより綺麗です!」
トガちゃんがぱちぱちと手を叩く。
他の人達も小さく感嘆の声を漏らしていたが、彼だけは舌打ちを落としながら乱暴に手を引き抜く。そして、そのまま奥の部屋へと行ってしまった。
どうしても気になってしまったので、近くに居た先程、Mr.コンプレスと名乗った人に声をかける。
「あの、あの人の名前って…」
「え、勧誘して来た癖に自己紹介してないの?あいつは荼毘だよ」
「あの荼毘に付すの荼毘って意味ですよね? 」
「多分ね。あまり自分の事語らないから分からないけど、炎の個性だしそうだと思うよ」
「荼毘に付すってなんですか?」
「中卒のトガちゃんにおじさんが教えてあげよう。火葬って意味だよ」
「へェ!荼毘くんにピッタリですねェ。よく焼き回ってます」
「火遊びが趣味だもんね〜」
クスクスとトガちゃんとコンプレスさんが笑って居たので、私も笑いながら「私の家も燃やされました」と言えば、出会い頭と一緒で2人はギョッとした顔でこちらを見た。
「え!?勧誘するのに家焼くとか強行突破すぎるじゃん」
「いいんです、むしろありがたいです。あんな家と両親なんて」
「… 灯ちゃんもワケありなんだねぇ」
「コンプレスさんの個性はなんですか?」
「ん?俺?俺はね」
コンプレスさんが指をパチンと鳴らすと同時に指先には一輪の花を出して私に向けて「はい、どうぞ。お嬢さん」と手渡してくれた。
「凄い、手品みたいですね」
「マジックも得意なんだけどね。俺の個性は圧縮」
差し出された花を受け取ろうとした瞬間に蒼い炎が横から飛んで来てその花は散り散りに燃やされた。花に触れようとしていた指は熱さを感じで瞬時に引っ込めたので火傷する程ではないが、ヒリヒリと痛む。
「荼毘〜、危ないでしょ。灯ちゃんが火傷しちゃったらどうするの。大丈夫?」
「あ、はい。なんとか…」
「…次は気を付けろ」
「あっ、あ〜…はいはい、なるほどね」
コンプレスは両手を顔の横にあげて首を横に振る。気を付けるって何をだろうと首を傾げた。
トガちゃんとトゥワイスさんは、事情を察しているのかニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「楽しいですねェ」
「楽しいな!おもしろくねぇよ!」
……なんだか、愉快な人達だなぁ。
「面白い場所ですね、ここ」
ぽつりと零した私の言葉に、数人が一斉にこちらを見る。
荼毘さんは何も言わず、ただ一瞬だけ横目で私を見た。
「お前が敵向きって事は分かった」
死柄木さんが淡々とそう告げるとトガちゃんは嬉しそうに口角をぎゅっとあげて「ようこそ、敵連合へ!」と高らかに言った。
「ん……? 敵、連合……?」
「え? その反応、説明してないの、荼毘!?」
「マジかよ!」
一斉にツッコミが飛ぶ中、私は少し遅れて理解した。
──ああ、ここは“敵”の拠点なんだ。
そう思っても不思議と恐怖は湧かなかった。
それよりも、胸の奥に妙な居心地の良さが広がっていく。
それでも、一言くらい言って欲しかった、という意味を込めて私はジロリと荼毘さんを見る。
その視線で意味を察したのか顎をクイッと動かして彼は奥へと歩き出す。後に着いて来いと言う意味だろうか。
一緒に着いて行き、人気のない廊下に出ると足を止めた彼が振り返った。
「お前が着いてきた先は地獄だぜ」
「今更説明されても……?」
「覚悟はあるのか」
低く、試すような声。
私は少し考えてから、正直に答えた。
「私、生きる理由なんてもう無かったんです。だから、ここに来た。ここが地獄でもいい」
一瞬、彼の蒼い瞳が細められる。
彼は何も言わず、視線を逸らしたまま指先に小さく蒼い炎を灯して小さく笑ったあと、背を向けた。
もう一度、彼の炎を見て真っ先に感じたのは、この炎をやっぱり私は知っている。
この炎の揺れ方も温度も全部。
私は彼に一歩近づいた。
「もう一度、触ってもいい?」
「は?」
「確認したい事があるの」
一瞬の沈黙の後、彼は舌打ちして、乱暴に手を差し出した。
それは許可してくれたようで、私は「ありがとう」と言って、もう一度、彼の手に触れる。
やっぱり、あの日と、同じだ。体温の奥、炎の芯の部分。無理をした時にだけ現れる、不自然な冷たさ。
自分の中で答え合わせが出来てしまい、視界が歪んだ。間近で見る炎はあの日の、燈矢くんの温度そのものだった。恋しくてもう一度触れたくて焦がれていた温度だったから間違えるはずもない。
指先に触れるたび、胸の奥がじりじりと焦がされる。彼は何も言わず、ただじっと視線を返す。
言葉よりも熱を伝えてくるように。
「…同じ、だった。炎も体も全部」
沈黙の後、蒼い炎が強く揺らいだが嘲笑うように短く笑って「何が言いてぇ」と冷たく言い放つ。
「燈矢、くん…」
涙混じりに掠れた声で呼ぶと名前を呼んだだけなのに喉の奥と胸が熱くなった。まるで焼けたみたいにジリジリと痛むけれど、その痛みさえ愛おしいと感じてしまう。
「…燈矢は死んだ。俺は荼毘だ」
──ああ、やっぱり。この人は今もまだ認められたかっただけなんだ。そして、名前の意味で彼が自分の最期をどうするのかもう既に決めているのも分かってしまった。
「うん、そうだね。でもね、この体を知ってるのは私だけだった」
彼が1番見てもらいたかった人でもなくて、知っているのは私だけだ。
指先に力を込めれば、炎が消えて手を振り払われる。そして、燈矢くんは顔を伏せたまま低く言う。
「死んだ奴の名前を二度と口にするんじゃねぇ」
それは肯定じゃない。でも、否定しきれない答えだった。
「じゃあ、荼毘、くん?」
「好きにしろ」
「うん、荼毘くん」
もうこの世界に用はないと思っていたけれど、生きる理由が出来た。
だって、ここには炎がある。私が守れなかった同じ色の炎が。
「私、荼毘くんの炎を支えるね。今度こそ壊れないように。最後まで」
返事はなかったけれど、蒼い炎がほんの少しだけ穏やかに揺れた。
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