愛とか恋とか
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今まで雑用だけを任されていたエースにようやくオヤジから、デカイ仕事が回されて来た。
それは、白ひげのシマ荒らしの始末を4番隊が任され、それにエースを同行させるというものだった。
今回の任務は無銭飲食をした海賊団の壊滅だ。サッチを始めとし、戦える4番隊隊員が集結している。
その上、億越えルーキーのエースもいる為、無銭飲食をした海賊団の壊滅はあっという間ですぐさまに片付いた。
エースとサッチの足元に転がる海賊たちは苦しそうな表情を浮かべながら、エースの顔をみて驚いたように目を見開いた。
「お前…″火拳"だろ!七武海を蹴った…」
「億越えのルーキーが、まさか白ひげに降ったのか…!?」
「ちげーよ。いろいろ事情があるんだよ」
エースは苛立ちを隠すこともない声色でそう言い放つ。
今のエースにはそれはタブーだろうなと思っていると、私の方に倒し損ねていた海賊が向かって来たので顔面に蹴りを入れて地面にねじ伏せた。
「…こいつら、なにやらかしたんだ?サッチ」
「無銭飲食だ。よくある話さァ」
「あー…よくあるな。うん」
「いいか、メシ食っておいて金払わないやつはな、客じゃねェんだよ」
歯切れの悪い返事をするエースに視線で訴えかけると、エースは「黙ってろ」と口パクで合図してきた。
なんたって、エースは食い逃げして支払いの行列を作った張本人だ。あの島がウチのシマではなかったからまだ良かったものの、そうだったらどうなっていた事か…と考えるとゾッとする。
そうならなくて良かったと安堵のため息を小さく吐いていると、私の足元に転がっていた男が気絶から目を覚ましたようで、ピクリと動いた。
男が私の足を掴もうと手を伸ばして来る。
それがエースにも見えたようで私の名前を呼んでこっちに駆け出そうとしたが、それよりも先に男の顎に私の蹴りが入る方が早かった。
男は白目を剥いて意識を飛ばして、再度倒れた。
「…お前、容赦ねェな」
「そう?顎に蹴り入れたから、脳震盪起こしただけでしょ」
「やっぱり、お前さ。おれの船に乗れよ。余計に欲しくなった」
「だから、嫌です」
「やっぱり、あいつに勝って貰うしかねェな」
「勝手に勝負の賭け事に私を巻き込まないでよ!」
「はいはいはい、お二人さん。まだ仕事の途中だからね。エースは性懲りも無くウチのを勧誘しない」
前と同じようにサッチに断りを入れられ、エースは遠慮なしに舌打ちをした。それを聞いてサッチは眉をハの字にして肩を竦めた。
「仕事の説明再開するから、ちゃんと聞けよ」
「分かってるっての」
エースは不満そうに口を尖らせながらも返事をして説明を再開したサッチの言葉を大人しく聞き出した。
白ひげのシマは隊長たちによって守られていて、一般市民ではどうしようも出来ない海賊たちの討伐などの見返りとして様々な対価をアガリとして納められるように出来ている。
「こうやってバカの相手をしてアガリを取る。それがおれたちの仕事だよ。旗の威信を高める。そうすりゃ、シマは広がっていく」
「海賊団は放っておいてもデカくなる…か」
「ウチのシマではドラッグと奴隷は扱わねェ。それはご法度なんだ。四皇っていったって、やることは地味だろ?」
サッチは部下に次々と指示を出しながらもエースに説明をしている。
エースと話をしながら慣れた手つきで仕事をこなしていると、サッチは思い出したように「そういえば…」と呟いて、私の方を見て遠くを指さした。
「向こうにティーチが居るから様子見てきてくれないか。あいつ放っておくと何をしでかすか…」
サッチがそこで言うと、突然大きな音を立ててデッキハウスの壁がぶち壊された。船からのっそりと巨体を現したのは、今ちょうど話に上がっていたティーチだった。
「ゼハハハハ!もう終わりか?」
「船を壊すな、ティーチ」
ティーチはいつも隊長のサッチのいう事もあまり聞かず、好きなだけ暴れて好きなだけ破壊する。
その度にサッチが注意をするが意味なんてない。
いつもやりすぎてしまい、サッチが毎回尻拭いに追われているのをよく見ている。
今回も好きなだけ暴れたせいで、無銭飲食をした海賊団の船長を半殺しにしてしまっていた。
半殺しにした理由は船長に銃でティーチが撃たれたからなのだが、その倍以上の致命傷を負わせてしまっている。
船長が生きてるかの確認をサッチがしている間もティーチはずっと笑っていて、それを見たエースは戸惑いを隠せない様子だった。
「あまり、気にしな方がいいよ。ティーチはいつもああだから」
「大丈夫か…撃たれてるぞ」
エースの声が聞こえたティーチは撃たれた事を思い出したかのように叫び出して船医を呼びつけていた。
「テキトーなヤツだな」と呆れ顔のエースに「あれも通常運行だよ」と答えれば、苦笑いを浮かべていた。
結構、適当なエースですら呆れるくらいに雑なティーチはウチの隊のスーパー問題児だ。
昔から船に乗っていてサッチとも仲良しだから、私もよく仕事を共にするのだが、未だにティーチの性格に慣れない所は正直ある。
嫌いではないが、得意ではないタイプと言ったらいいのだろうか。
扱い方がイマイチ分からないというべきか。
そこら辺はサッチがティーチの扱いを心得ているので、特に困った事も甚大な被害が私自身に来た事もないので、安心はしている。
エース、サッチ、ティーチが存分に暴れたおかげで早々にならず者の海賊を撃退できたので、4人で最寄りの港でささやかな祝盃をあげることになった。
「オヤジの旗に乾杯〜」
「しねェよ」
「ゼハハハハハ!ひと仕事のあとのメシは死ぬほどうめェな!」
サッチが一人で乾杯とグラスを掲げる中、誰一人として乾杯とグラスを打ち鳴らす人はいなかった。
個々で好きにお酒とご飯を頼んで好き勝手食べていると、みんなお酒が入って来て口が軽くなって来ていた。
四皇の一人、赤髪のシャンクスの話から始まり、エースの腕の刺青の話や兄弟の話になり、弟のルフィくんが悪魔の実の能力者だということをエースは話した。
その流れから、ウチの海賊団の中でもマルコ、オヤジ、ジョズ…と悪魔の実を口にした人物をあげていく中で話はどんな悪魔の実が食べたいかに変わっていった。
「うちでは、悪魔の実は見つけたやつが食っていいルールでな。もちろん売れば億の金になるが…おれが食いたいのは、お前の実だな、エース」
「なんでメラメラの実なんだ」
「お前の手は炎だろ…?コックのおれからしたら羨ましい話さ。どんな火加減でも自由自在だ」
「なるほど…お前の分もあればよかったのにな」
包丁は料理人の魂で炎は料理人にとって生涯の伴侶のようなものだとサッチは昔からよく言っていた。
そのくらい、サッチは料理人としての誇りとプライドを持っている。いつもはふざけてばかりだが、料理に対しては一切冗談はナシで料理中のサッチは普段と想像がつかないくらいにカッコいい。
そういうところは純粋に尊敬している。
調子に乗ってすぐに茶化して来るのは目に見えているので絶対に本人には言わないけど。
「そうなると、ナマエもメラメラの実がいいか?」
「こいつ、海賊女帝のメロメロの実がいいって言ってた」
エースがそういうと、サッチは面白いネタを見つけたと言わんばかりに瞳を爛々と輝かせて、口角をニンマリとあげた。
そして、腹を抱えて笑い始める。挙句の果てにはテーブルをバンバンと叩いてヒーヒーと息たえたえの状態だ。
料理していない時はいつもこうだ。失礼極まりない変なオジサンに早変わりする。
「ほんっと、失礼なオジサン」
「なんだ、ナマエ。メロメロの実食いてェのか。お前相手だったら、おれは石化しちまうなァ」
「ティーチに言われても嬉しくない。むしろ不快」
「ゼハハハハ!相変わらず、冷てェな!まァ、そこが堪らねェ!」
「お前は既に玉砕してんだからそう何度も口説くなよ。しつこい男は嫌われるぞ」
「もう嫌い」
「嫌いと来るか!手厳しいねェ」
ティーチのこのチャラついた感じはいつものノリだから大して気にも留めてはいない。
気にしていたらキリがない。
ティーチはそこらの女の人にも「いい女だな」と声を掛けたりしているので、挨拶の一種のようなものだろう。
挨拶にしては軟派すぎて好きではないけれど。
「まァ、どうしてもその悪魔の実が欲しければ、エースとボア・ハンコックを殺すしかねェな…ゼハハハハ!能力者が死ねばその実は、また世界のどこかで実をつけるって話だぜ」
「冗談でもやめてくれる。そういうの好きじゃないの知ってるでしょ」
「ほんと、タチの悪い冗談だ。誰かを殺してまで食いたい実なんか、おれにはねェよ」
サッチはこの話を終わりにしようとしたのか、ウェイトレスのお姉さんを呼んでお酒の追加を頼んだ。
普段、私はそんなにお酒は飲まない方だが、今の好きではない冗談のせいで気分が落ちてしまったので、お酒に逃げようとサッチの手から余っていたお酒を奪い取って、一気に流し込んだ。
サッチの飲んでいたものはアルコールの度数がかなり高かったようで喉から胸の辺りが一気にカッと熱くなった。
「あ、それはおれの酒だぜ。しかも、お前あんまり酒得意じゃねェだろ。そんなに一気に飲んだら悪酔いするぞ」
「大丈夫。今日は飲みたい気分なの!」
先程サッチが注文したワインが運ばれて来たのでそれも奪い取ってまた一気に飲み干すとサッチは「だから、それはおれのだって」とぼやいていたが、またお姉さんに自分の分と私の分のお酒を注文してくれていた。
「ありがとう」
「はいはい。それはいいけど、まじでそんな飲み過ぎんなよ。酔ったお前はちょっと、こう…扱いにくいんだ」
「おれに任せろ、ちゃんと介抱してやるぜェ」
「体毛に介抱されるとか絶対に嫌」
「体毛って…。じゃあ、ビスタの体毛はどうなのよ。似たようなモンでしょ」
「ビスタはいいの。ヒゲの形、面白いし」
「え、そこなの」
そんな話をしているとまたお酒は運ばれて来たので、アルコール度数の高そうな方を取って一気に流し込む。
「あー、そっちはおれのだって。お前のはこっちのカクテル!」
「そんなジュースみたいなの飲んでたらいつまでたっても酔えないよ!」
「それでいつもベロベロに酔ってんだろ」
「そういう時もある」
「そういう時しかねェよ」
そもそも、アルコールの味自体があまり好きではないので、普段なら度数が高いのは不味くて飲みたくはないが、今日みたいにさっさと酔ってしまいたい時には味がダイレクトに伝わってくる前に一気飲みをしてしまう。
良くない飲み方なのは分かっているが、私にだってお酒の力で逃げたい気持ちになる時もある。
元々、強い方ではないので3杯も一気飲みしたら既に頭はふわふわして顔も熱くなってきた。
首が据わっていない赤子のように頭をグラグラとさせている私の様子を見たエースが「大丈夫か」と顔を覗いて来たので、大丈夫の意を込めて親指を立てて見せるが、エースの表情は曇ったままだった。
「まァ、今日はエースがいるし酔ってもいいか。お前に任せる」
「なんでおれなんだよ」
「なんでって…、いいの?ティーチに任せて。女に見境ないけど」
「…わかったよ」
そんな話が耳に入っては来るが頭が上手く回っていない為、理解することは出来ない。
ただ、酔ってもいいという言葉だけをクリアに拾い上げて、心の中でラッキーと思い、更にお酒を飲む。
ひたすら飲んでいると、男3人もお酒が進み解放的な気分になって来たのか、元々バカなのか。
欲しい悪魔の実の話からティーチがスケスケの実が欲しいという流れになり、透明人間になったら何をしたいかという話題になった。
「男のロマンだもんなァ…!」
話題はお酒の力も相まって徐々に下品な話になっていき、少し居心地が悪い。
あまりにも生々しい内容だったので「女のいるところで話す内容じゃないでしょ」と言っても酔っ払いのオジサン組はヘラヘラと笑うだけで、止める気配は一切ない。
サッチとティーチはいつものことだし、どうでもいいけどエースのそういう話はなんとなく聞きたくないような気がして極力耳に入れないように両手で軽く塞いだ。
「エース、スケスケの実が手に入ったら何したい?」
「わーーーー!!!エースはスケスケの実なんて要りません!!」
「ばっか!今、大事な事を聞いてるんだから、叫ぶな」
「バカはサッチだ!エースは変態クソ野郎のクズ男に成り下がらないからね!」
「...え、それって間接的におれは変態クソ野郎のクズ男だって言ってる?」
「いえ、直接的に」
首を横にぶんぶん振って否定していると、その反動で余計に頭がふらふらして来てしまう。
くそう、サッチのせいだ。変な話をエースにフるから。
懲りずにエースにスケスケの実の話をしつこく問い掛けているので、絶対に聞かないようにしようと御手洗に席を立った。
これが1番手っ取り早く確実に聞かなくて済む方法だ。
御手洗から戻ると3人の視線が一気に自分に向いたので、何事かとその場で足を止めた。
3人を凝視しているとサッチが「ちょうどいい所に戻って来た」と言って、早く席に座るように促した。
席に座ると早速サッチは「お前、好きなタイプは?」と聞いて来た。
スケスケの実の話は終わったようで、ホッと胸を撫で下ろして会話に参加する事にした。
だけど、サッチの質問をよくよく考えてみるが直ぐには答えは浮かんでは来ない。
「タイプとか考えたことなかったな…」
「おれか?」
「ティーチだけはない。私、軟派な人より硬派な人がいいの」
「バカだなァ。男はみんな軟派で脳内はピンク色なんだぜ」
「それを表に出さない人がいい。少なくともスケスケの実を欲しがるような人は嫌」
「ここ全員玉砕だな!」
サッチは愉快そうに声をあげて笑った。そもそも、サッチとティーチはオジサンなんだから対象外だよと心の中で思う。
「じゃあ、ウチの中で付き合うなら誰がいいんだ?」
「そこはおれだな」
「だから、ティーチはない。みんなをそういう目で見た事ないけど…強いていうなら、イゾウ」
「あいつは色男だからなァ」
「イゾウ?」
「あァ、エースはまだ会ったことねェか。16番隊の隊長だ。そういやァ、昔はよくイゾウの後を着いて回ってたもんな、お前」
「イゾウは優しいから。よくお菓子くれてた」
「お前の基準は食いモンかよ」
サッチはお前らしいと笑飛ばしていた。
好きなタイプとか誰かと付き合うとか、恋とか。そんな事考えた事もなかった。
小さい頃からずっと船の上での生活だし、島に降りた時にそういう人を探すというワケにもいかないし、そもそもそんな島の滞在期間の短い間で好きだのなんだの、付き合いましょうなんて展開になる方が難しい。
1番長く一緒に居る白ひげ海賊団の誰かと...と言われても、これもまた違う気がする。
恋愛感情の好きと言うよりかは、家族としての好きが正しい。みんなとは結構歳も離れているので、お兄ちゃんたちみたいな感覚に近い。
「じゃあ、初恋はまだなのか」
「うーん…。昔、近所に住んでた3つ上のお兄ちゃんの事は凄い好きだったな。よくお菓子くれてたし」
「だから、なんでお前の基準はお菓子なの」
「そういえば、そのお兄ちゃん、デュースに似てるかも」
その近所のお兄ちゃんが初恋かと言われれば違うとは思う。子供の頃の記憶はかなり曖昧だし、もしかしたら楽しかった頃の記憶を美化しているだけの可能性だってある。
ただ、当時深く関わった異性はそのお兄ちゃんしかいなかっただけのような気もする。
デュースに似ていると言っても優しいところと当時の私から見たら、大人っぽいところだけだけど。
それも私が勝手に捏造している可能性もある。
今の私が当時のお兄ちゃんを見たら、ただの鼻ったれ小僧だったかもしれないし。
本当にあの頃の記憶は酷く曖昧だ。
まァ、当時を思い出したくない、というのが正解かもしれないが。
「恋人への理想とかあんの?」
「おれみてェに強い男だろ?ゼハハハハ!」
「私を置いて行かないでくれる人」
俯いたまま、そう答えてからハッと我に返って顔を上げると不意に口をついてしまった答えに3人は表情がピシリと固まっていた。
サッチは飲もうとしていたグラスを片手に固まり、エースは若干目を見開いて固まり、マイペースのティーチでさえ、口に含まれた肉を噛む事を忘れたように固まっていた。
かなり真面目なトーンになってしまったのもあるし、私の過去を知っている3人には気を使わせてしまう答えだっただろう。
なに、言ってしまったのだろう。こんな事言うつもりなんてなかったし、そんな事考えた事もなかった癖に。
昔の事を思い出したせいでこうなってしまったのだろうか。
「…あは、なんてね。酔ってるのかも」
「お、おォ、お前酔うとめんどくせェもんな!もう飲むのやめとけ、な!」
「そうだね。私、先に帰るね」
「じゃあ、もうおれらもここらでお開きに…」
「いいよ、酔い醒ましの為に夜風に当たりながら散歩して帰るから」
椅子を引いて立ち上がるとエースも一緒に立ち上がった。
サッチが「おー、エース送って行ってやってくれ」と言った事に対してエースは「分かってる」と答えていた。
慌てて胸の前辺りで手をひらひらと横に振って「一人で帰れるから大丈夫。まだ飲み足りないでしょ」と断りを入れるがエースはそれを良しとはしなかった。
「おれもこれ以上長居するつもりはねェ」
「おーおー、いいね。若いお二人で帰りなー」
「送り狼になんなよ、エース!」
「お前じゃねェんだ。そんな事しねェよ」
完全に帰るモードに入ってしまったエースにどう断りを入れようかと思考を巡らせてみるが良い方法が思い浮かばない。
どうしよう、一人で帰りたかったんだけどな…。
これ以上、エースに変な姿を見せたくない。
酔っているとは言え、過去を未だに引きずっているような奴だなんて思われたくない。
だって、そんな人間、めんどくさいでしょう。
だから、一人になって頭を冷やしたかったのに。
どう断るか、それとも途中で撒いて逃げるか。そんな風に考えているといつの間にか私たちの席の周りに幼い女の子たちが集まって来ていた。
何事かと固まっていれば、最初に女の子たちに声をかけたのはサッチだった。
「なんだい、かわいいレディたち」
「これ!感謝の気持ちです!」
女の子たちが渡して来たのはお花で作られた冠だった。
この街で無銭飲食を働いていた海賊たちを追い払った事への感謝の気持ちらしい。
このお店にはその海賊たちの無銭飲食の被害にあっていた人達が悪い事から解放された事への喜びから打ち上げをしていたようだ。
ご両親らしき人達は微笑ましい表情でこちらを見ている。
サッチは「ワォ、綺麗な花だ。ありがとう」と言って、頭を下げて女の子に冠を載せてもらってヘラッと笑った。
一方、エースは「いや、おれは…いらねェよ」と受け取らず、つっかえそうとした。
そのエースの表情は複雑そうに歪められていた。
「バーカ、エース!おめェ、レディに恥かかせんじゃねェぞ」
サッチの言葉にエースは悪い事をしたと思い直したのか、渋々と言った感じで女の子から花輪を頭に載せた。
「おにいちゃんたち、いい海賊なの?」
「え?あ…いや…」
「いいかいお嬢ちゃん、海賊に、いいも悪いもねェ」
女の子の問いかけに言葉を詰まらせたエースに変わってティーチがそう答える。
全くその通りなのだが、いい海賊もいるんだろうと漠然と思う。
ここに居る女の子たちと同じように自分も海賊に救われた一人だ。
白ひげ海賊団は世の中の嫌われ者だけど。
この街の人みたいに好きだと思ってくれる人達も居るだろう。
花輪を渡して満足した女の子が一人、私たちの元から駆け足で立ち去って、こちらを微笑ましく見ていた母親の元へ戻って行くのを目で追ってしまう。
女の子はお母さんに駆け寄って抱き着いた。
お母さんも柔らかい笑みを浮かべて女の子を優しく抱き止める。
私がとうの昔に失ってしまった家族との光景をぼんやりと眺める。
昔、私がこうやって駆け寄ったらお母さんは抱きしめてくれていただろうか。
曖昧な記憶を辿ってみても、靄がかかったみたいに鮮明には思い出せない。
どうだったかな。もう…思い出せないや…。
「─うめェな、この花!おいエース、お前のもくれよ」
「ほらよ」
過去に引き戻されているとティーチの声で一気に現実に引き戻された。
花がうめェってなんだ。
理解不能な言葉を頭で整理してみても理解出来ないので視線をティーチに向けると、女の子から貰った花をパスタに乗せて食べてしまっていた。
そして、エースのも欲しがり、貰ったそれも食べてしまう。当然、女の子たちは唖然としていた。
それはそうだ、花をパスタに乗せて食べる人間がどこにいる。未知の生物と遭遇でもしたかのような目で見るのも無理はない。
「このオジサンとお兄ちゃん、話がつまんなくて意味不明だよねー。ありがとう、お嬢さんたち。あと20年…いいや、10年経ったら、オジさんのお嫁さんになってくれるかなー?」
「それはいやー」
「あー、そう」
サッチが空気を変えようとそんな話をして女の子たちに無惨に振られているのを見てから、3人には黙って店を出た。
外に出ると既に日は落ちていて、丸い月が顔を出し、空気はひんやりとしていた。
空を見上げれば、小さな星が微かな明かりを灯して懸命に存在を示しているかのようだった。
だけど、大きな月の明かりには勝てなくて。
そのまま誰にも見つけて貰えずにいる迷子のように思えて、なんとなく昔の自分と重ねてしまった。
こんな感傷的になるのはいつぶりだろうか。ここ10年くらいは平気だったのに。
酷く曖昧な記憶の中で思い返されるのは、炎が燃え盛る真っ赤な空と立ち込める黒煙。
家や人が燃える酷い臭いや人々の悲鳴や怒声。
目が染みるくらいの煙に呼吸が出来なくなる程に熱い空気。
離されてしまった、手。行き場所を無くしてしまった、手。
声が枯れたって呼吸が苦しくなったって必死に泣き叫ぶ自分。
それだけは、いつだって鮮明だった。
熱い、痛い、怖い、置いて行かないで。
「…熱い、な」
掠れた声でそう呟いて、自分が発したとに気付いて乾いた笑いが漏れた。
熱い訳なんてないのに。バカみたい。
適当にフラフラと歩きながら、空を眺める。
あの時の赤い空とは違って、吸い込まれていきそうな濃紺の空はどこか心地よくて、このまま誰も居ない夜空に連れて入ってくれないかな、とすら思う。
「このまま消えてしまえないかなァ。…あー、でもサッチが怒るかな」
ぼんやりとそんな風に一人ごちていると、急に肩を強く後に引かれてその勢いのまま後に倒れ込みそうになったが、後に何かがあったようでひっくり返る事はなく、そのなにかに頭をぶつけるだけで済んだ。
振り返れば私の肩を引いたのはエースだったようだ。エースは肩で息をするように上下させ、額にじんわりと汗が滲んでいた。
走って追いかけて来たようだ。
「なに先に行ってんだよ。おれも帰るって言ったじゃねェか」
「あー…、ごめんごめん。外の空気吸いたくなったから先に出ちゃった」
「こんな暗い中一人でフラフラと危ねェだろ」
「大丈夫だよ。私がそこそこ戦えるの今日見たでしょ」
「でも、お前、食いモンに釣られてホイホイついて行きそうだからな」
「あー、うん。それでもいいかもね。そのままどっかに行っちゃいたい」
「は…?」
何言ってんだと思う自分と全部どうでもいいと思う自分も居て、自分の感情なのによく分からない。
困惑したようなエースの顔を下から見て、やっぱり言ってしまった事に後悔した。
エースはサッチみたいに適当に受け流したり、冗談言って笑い飛ばすようなタイプではなく何事も真正面からど直球に受け止めてしまう人だった事を思い出す。
「ウソ、ごめん。まだ酔ってるみたいだから、気にしないで」
「お前…」
なぜか驚いたように目を見開いて、エースは掠れた声でそう呟いた。
やっぱり、今はエースと一緒に居たくなくて顔を逸らしてそのまま歩き出した。
背後から「おい、待て」とエースの声が聞こえるが聞こえないフリしてそのまま歩くペースを早める。
「ナマエ!!」
エースは半ば叫ぶような声量で私の名前を呼ぶ。
再度、肩を掴まれ強い力で無理矢理、反対方向を向かされた。
顔を見たくなくて俯くように下を向けば、両頬を手で挟まれて強制的に上を向かされてしまう。
強引に視界に映り込んで来たエースの顔はやっぱり、驚いたかのように目は開かれ、それでいて焦っているような表情を浮かべていた。
どうして、エースがそんな顔をしているのか分からなくて、黙って見つめてしまう。
「なんかあったのか」
「なんで。別に何もないけど。エースこそどうしたの」
「なんもねェなら、なんでそんな泣きそうな顔してんだよ」
「え、ウソ」
今、自分がどんな表情しているのか分からない。そんな泣きそうな顔しているつもりなんてなかった。
エースの黒い瞳に映り込む自分はどんな惨めな顔をしているのだろうか。
そんなの知りたくない、その思いでまた下を向きたいのにエースの手が逃がすまいというように、固定されてしまっているせいで下を向くことを許されない。
「私、泣き上戸だからお酒のせいかも。本当に何もないから気にしないで」
酔いなんてとっくに醒めていることは自分が1番わかっているのに。
そうやって、いつも、いつだって自分に嘘ついて生きて行くのは、もう疲れた。
なんにもないフリして生きるのは慣れたけど、嘘は何度吐いてもしんどい。
エースは何も言うことはなく、ただ黙ったまま頬に添えていた親指だけを滑らせて私の目の下を軽く撫でた。
「おれじゃ頼りねェか。なら、サッチ呼んで来るか」
「そんなんじゃないって。本当に大丈夫」
「そうやって今まで自分に言い聞かせて来たのか」
核心を突くような言葉に思わず、目頭が熱くなって来てしまう。
慌てて引っ込めようと下唇を噛み締めて堪えるが、それをエースの指が止めるようにゆるりと唇を撫でた。
そのせいで噛み締めた唇は緩み、ぽろりと本音が溢れ落ちる。
「…やめてよ。アホエースの癖にこういう時だけ気づくの。分からないフリするのが正解だよ」
「おれはそういうの出来ねぇタチなんだ」
「でしょうね。真っ直ぐだもんね、エースは」
そういうところが私とは正反対で自分にないものを持っているエースが酷く羨ましくて。
適当にヘラヘラ笑っている自分と、こうやってたまに過去に引き戻されて感情がわからなくなってしまう自分、どっちが本当なのかわからなくなってしまう。
自分という存在がどういう人間なのかが酷く曖昧になる。
昔、オヤジに拾われて船に乗った当初、なにに対しても反応しなかった私がサッチの髪型に反応した時、サッチは酷く安心したように笑った。
ぎこちなく口角を上げて笑って見せるとそれに釣られるようにみんなも嬉しそうに笑った。
それを見た時に幼いながら察したのを覚えている。みんなはそれを望んでいるんだと。
ちゃんと反応して、笑っている子がいいと。
だから、そうしないとまた捨てられちゃう、って思った。
前、エースに過去を話した時、死にたいと思わなかったのかと聞かれて「生きたい理由なんてなかったけど、死にたい理由もなかった」って言ったけど、本当は違う。
″生きたい理由なんてなかったけど、一人で死ぬのは怖かった″だけなんだって。
だから、なんとなくここまで生きてきてしまっただけ。オヤジたちに捨てられてまた一人ぼっちになるのは怖かったから。
「気の利いた事は出来ねぇけどよ。話聞くことくらい出来る、多分」
「はは、多分なんだ」
「あ、そうだ。忘れてた」
エースは思い出したかのように腕に通していたさっきの花輪を手に取って、私の頭に載せる。
「お前の分。あいつらが渡しそびれたって言ってたら預かってきた」と笑った。
エースの笑顔が太陽みたいに眩しくて。
夜の暗闇の中で道に迷ってしまっていても足元を照らして光の方へ導いてくれるような力強い暖かな光。
その光の元で生きてみたくなってしまうほどに柔らかくて、優しい。
こういう時ってどういう顔してたかな。
ヘラヘラと笑って「似合うでしょ」って戯けてたっけ。
偽り方を忘れてしまったかのように上手く取り繕うことが出来なくて。
「…花、食べたら美味しいかな」
「いや、食うなよ。腹減ってんの」
「ううん、減ってない」
こんな意味不明な返事しか返す事が出来なかった。
それでも、エースは小さく笑ってくれた。
私も力なく笑い返すと、急にエースは私の頭に自分が被っていたテンガロンハットを被せて来た。
私とエースでは明らかにサイズが違い、大きいからズルっと前に落ちて来て顔がスッポリ隠れてしまう。
「それ、被ってろ」
「なんで」
「お前、顔見られたくねェんだろ」
「…ほんっと、アホエース。それ、口にしないのが常識だよ。ノンデリカシー」
「うっせェ」
だけど、その気遣いが嬉しくて。
帽子のつばを両手で握ると、エースは帽子越しに私の頭を乱暴に撫でた。
「このまま、どっか行くか」
「どっかってどこに?」
「さァな。お前がどっかに行きてェみてェだから」
「…朝まで連れ回すよ」
「上等だ。付き合うぜ」
さっきまでは一緒に居たくなかったハズなのに。
今は、エースが傍に居てくれて良かったと思ってしまっている。
エースならこんなめんどくさい人間でも受け入れてくれるのかな。
手を取ったら、ちゃんと握り返して一緒に居てくれるのかな、って。
そんな風に思ったら、張り詰めていたモノが剥がれ落ちるように溢れ出て、目から形となって頬を伝う。
大丈夫、見えてないよ。だって、見ないように背向けてくれてるもんね。
「…エース、ありがと」
「…おう」
熱くて、暗くて、一人ぼっちの寂しい世界でも暖かくて、優しいひだまりみたいな世界がある事を知ってしまった。
それは、白ひげのシマ荒らしの始末を4番隊が任され、それにエースを同行させるというものだった。
今回の任務は無銭飲食をした海賊団の壊滅だ。サッチを始めとし、戦える4番隊隊員が集結している。
その上、億越えルーキーのエースもいる為、無銭飲食をした海賊団の壊滅はあっという間ですぐさまに片付いた。
エースとサッチの足元に転がる海賊たちは苦しそうな表情を浮かべながら、エースの顔をみて驚いたように目を見開いた。
「お前…″火拳"だろ!七武海を蹴った…」
「億越えのルーキーが、まさか白ひげに降ったのか…!?」
「ちげーよ。いろいろ事情があるんだよ」
エースは苛立ちを隠すこともない声色でそう言い放つ。
今のエースにはそれはタブーだろうなと思っていると、私の方に倒し損ねていた海賊が向かって来たので顔面に蹴りを入れて地面にねじ伏せた。
「…こいつら、なにやらかしたんだ?サッチ」
「無銭飲食だ。よくある話さァ」
「あー…よくあるな。うん」
「いいか、メシ食っておいて金払わないやつはな、客じゃねェんだよ」
歯切れの悪い返事をするエースに視線で訴えかけると、エースは「黙ってろ」と口パクで合図してきた。
なんたって、エースは食い逃げして支払いの行列を作った張本人だ。あの島がウチのシマではなかったからまだ良かったものの、そうだったらどうなっていた事か…と考えるとゾッとする。
そうならなくて良かったと安堵のため息を小さく吐いていると、私の足元に転がっていた男が気絶から目を覚ましたようで、ピクリと動いた。
男が私の足を掴もうと手を伸ばして来る。
それがエースにも見えたようで私の名前を呼んでこっちに駆け出そうとしたが、それよりも先に男の顎に私の蹴りが入る方が早かった。
男は白目を剥いて意識を飛ばして、再度倒れた。
「…お前、容赦ねェな」
「そう?顎に蹴り入れたから、脳震盪起こしただけでしょ」
「やっぱり、お前さ。おれの船に乗れよ。余計に欲しくなった」
「だから、嫌です」
「やっぱり、あいつに勝って貰うしかねェな」
「勝手に勝負の賭け事に私を巻き込まないでよ!」
「はいはいはい、お二人さん。まだ仕事の途中だからね。エースは性懲りも無くウチのを勧誘しない」
前と同じようにサッチに断りを入れられ、エースは遠慮なしに舌打ちをした。それを聞いてサッチは眉をハの字にして肩を竦めた。
「仕事の説明再開するから、ちゃんと聞けよ」
「分かってるっての」
エースは不満そうに口を尖らせながらも返事をして説明を再開したサッチの言葉を大人しく聞き出した。
白ひげのシマは隊長たちによって守られていて、一般市民ではどうしようも出来ない海賊たちの討伐などの見返りとして様々な対価をアガリとして納められるように出来ている。
「こうやってバカの相手をしてアガリを取る。それがおれたちの仕事だよ。旗の威信を高める。そうすりゃ、シマは広がっていく」
「海賊団は放っておいてもデカくなる…か」
「ウチのシマではドラッグと奴隷は扱わねェ。それはご法度なんだ。四皇っていったって、やることは地味だろ?」
サッチは部下に次々と指示を出しながらもエースに説明をしている。
エースと話をしながら慣れた手つきで仕事をこなしていると、サッチは思い出したように「そういえば…」と呟いて、私の方を見て遠くを指さした。
「向こうにティーチが居るから様子見てきてくれないか。あいつ放っておくと何をしでかすか…」
サッチがそこで言うと、突然大きな音を立ててデッキハウスの壁がぶち壊された。船からのっそりと巨体を現したのは、今ちょうど話に上がっていたティーチだった。
「ゼハハハハ!もう終わりか?」
「船を壊すな、ティーチ」
ティーチはいつも隊長のサッチのいう事もあまり聞かず、好きなだけ暴れて好きなだけ破壊する。
その度にサッチが注意をするが意味なんてない。
いつもやりすぎてしまい、サッチが毎回尻拭いに追われているのをよく見ている。
今回も好きなだけ暴れたせいで、無銭飲食をした海賊団の船長を半殺しにしてしまっていた。
半殺しにした理由は船長に銃でティーチが撃たれたからなのだが、その倍以上の致命傷を負わせてしまっている。
船長が生きてるかの確認をサッチがしている間もティーチはずっと笑っていて、それを見たエースは戸惑いを隠せない様子だった。
「あまり、気にしな方がいいよ。ティーチはいつもああだから」
「大丈夫か…撃たれてるぞ」
エースの声が聞こえたティーチは撃たれた事を思い出したかのように叫び出して船医を呼びつけていた。
「テキトーなヤツだな」と呆れ顔のエースに「あれも通常運行だよ」と答えれば、苦笑いを浮かべていた。
結構、適当なエースですら呆れるくらいに雑なティーチはウチの隊のスーパー問題児だ。
昔から船に乗っていてサッチとも仲良しだから、私もよく仕事を共にするのだが、未だにティーチの性格に慣れない所は正直ある。
嫌いではないが、得意ではないタイプと言ったらいいのだろうか。
扱い方がイマイチ分からないというべきか。
そこら辺はサッチがティーチの扱いを心得ているので、特に困った事も甚大な被害が私自身に来た事もないので、安心はしている。
エース、サッチ、ティーチが存分に暴れたおかげで早々にならず者の海賊を撃退できたので、4人で最寄りの港でささやかな祝盃をあげることになった。
「オヤジの旗に乾杯〜」
「しねェよ」
「ゼハハハハハ!ひと仕事のあとのメシは死ぬほどうめェな!」
サッチが一人で乾杯とグラスを掲げる中、誰一人として乾杯とグラスを打ち鳴らす人はいなかった。
個々で好きにお酒とご飯を頼んで好き勝手食べていると、みんなお酒が入って来て口が軽くなって来ていた。
四皇の一人、赤髪のシャンクスの話から始まり、エースの腕の刺青の話や兄弟の話になり、弟のルフィくんが悪魔の実の能力者だということをエースは話した。
その流れから、ウチの海賊団の中でもマルコ、オヤジ、ジョズ…と悪魔の実を口にした人物をあげていく中で話はどんな悪魔の実が食べたいかに変わっていった。
「うちでは、悪魔の実は見つけたやつが食っていいルールでな。もちろん売れば億の金になるが…おれが食いたいのは、お前の実だな、エース」
「なんでメラメラの実なんだ」
「お前の手は炎だろ…?コックのおれからしたら羨ましい話さ。どんな火加減でも自由自在だ」
「なるほど…お前の分もあればよかったのにな」
包丁は料理人の魂で炎は料理人にとって生涯の伴侶のようなものだとサッチは昔からよく言っていた。
そのくらい、サッチは料理人としての誇りとプライドを持っている。いつもはふざけてばかりだが、料理に対しては一切冗談はナシで料理中のサッチは普段と想像がつかないくらいにカッコいい。
そういうところは純粋に尊敬している。
調子に乗ってすぐに茶化して来るのは目に見えているので絶対に本人には言わないけど。
「そうなると、ナマエもメラメラの実がいいか?」
「こいつ、海賊女帝のメロメロの実がいいって言ってた」
エースがそういうと、サッチは面白いネタを見つけたと言わんばかりに瞳を爛々と輝かせて、口角をニンマリとあげた。
そして、腹を抱えて笑い始める。挙句の果てにはテーブルをバンバンと叩いてヒーヒーと息たえたえの状態だ。
料理していない時はいつもこうだ。失礼極まりない変なオジサンに早変わりする。
「ほんっと、失礼なオジサン」
「なんだ、ナマエ。メロメロの実食いてェのか。お前相手だったら、おれは石化しちまうなァ」
「ティーチに言われても嬉しくない。むしろ不快」
「ゼハハハハ!相変わらず、冷てェな!まァ、そこが堪らねェ!」
「お前は既に玉砕してんだからそう何度も口説くなよ。しつこい男は嫌われるぞ」
「もう嫌い」
「嫌いと来るか!手厳しいねェ」
ティーチのこのチャラついた感じはいつものノリだから大して気にも留めてはいない。
気にしていたらキリがない。
ティーチはそこらの女の人にも「いい女だな」と声を掛けたりしているので、挨拶の一種のようなものだろう。
挨拶にしては軟派すぎて好きではないけれど。
「まァ、どうしてもその悪魔の実が欲しければ、エースとボア・ハンコックを殺すしかねェな…ゼハハハハ!能力者が死ねばその実は、また世界のどこかで実をつけるって話だぜ」
「冗談でもやめてくれる。そういうの好きじゃないの知ってるでしょ」
「ほんと、タチの悪い冗談だ。誰かを殺してまで食いたい実なんか、おれにはねェよ」
サッチはこの話を終わりにしようとしたのか、ウェイトレスのお姉さんを呼んでお酒の追加を頼んだ。
普段、私はそんなにお酒は飲まない方だが、今の好きではない冗談のせいで気分が落ちてしまったので、お酒に逃げようとサッチの手から余っていたお酒を奪い取って、一気に流し込んだ。
サッチの飲んでいたものはアルコールの度数がかなり高かったようで喉から胸の辺りが一気にカッと熱くなった。
「あ、それはおれの酒だぜ。しかも、お前あんまり酒得意じゃねェだろ。そんなに一気に飲んだら悪酔いするぞ」
「大丈夫。今日は飲みたい気分なの!」
先程サッチが注文したワインが運ばれて来たのでそれも奪い取ってまた一気に飲み干すとサッチは「だから、それはおれのだって」とぼやいていたが、またお姉さんに自分の分と私の分のお酒を注文してくれていた。
「ありがとう」
「はいはい。それはいいけど、まじでそんな飲み過ぎんなよ。酔ったお前はちょっと、こう…扱いにくいんだ」
「おれに任せろ、ちゃんと介抱してやるぜェ」
「体毛に介抱されるとか絶対に嫌」
「体毛って…。じゃあ、ビスタの体毛はどうなのよ。似たようなモンでしょ」
「ビスタはいいの。ヒゲの形、面白いし」
「え、そこなの」
そんな話をしているとまたお酒は運ばれて来たので、アルコール度数の高そうな方を取って一気に流し込む。
「あー、そっちはおれのだって。お前のはこっちのカクテル!」
「そんなジュースみたいなの飲んでたらいつまでたっても酔えないよ!」
「それでいつもベロベロに酔ってんだろ」
「そういう時もある」
「そういう時しかねェよ」
そもそも、アルコールの味自体があまり好きではないので、普段なら度数が高いのは不味くて飲みたくはないが、今日みたいにさっさと酔ってしまいたい時には味がダイレクトに伝わってくる前に一気飲みをしてしまう。
良くない飲み方なのは分かっているが、私にだってお酒の力で逃げたい気持ちになる時もある。
元々、強い方ではないので3杯も一気飲みしたら既に頭はふわふわして顔も熱くなってきた。
首が据わっていない赤子のように頭をグラグラとさせている私の様子を見たエースが「大丈夫か」と顔を覗いて来たので、大丈夫の意を込めて親指を立てて見せるが、エースの表情は曇ったままだった。
「まァ、今日はエースがいるし酔ってもいいか。お前に任せる」
「なんでおれなんだよ」
「なんでって…、いいの?ティーチに任せて。女に見境ないけど」
「…わかったよ」
そんな話が耳に入っては来るが頭が上手く回っていない為、理解することは出来ない。
ただ、酔ってもいいという言葉だけをクリアに拾い上げて、心の中でラッキーと思い、更にお酒を飲む。
ひたすら飲んでいると、男3人もお酒が進み解放的な気分になって来たのか、元々バカなのか。
欲しい悪魔の実の話からティーチがスケスケの実が欲しいという流れになり、透明人間になったら何をしたいかという話題になった。
「男のロマンだもんなァ…!」
話題はお酒の力も相まって徐々に下品な話になっていき、少し居心地が悪い。
あまりにも生々しい内容だったので「女のいるところで話す内容じゃないでしょ」と言っても酔っ払いのオジサン組はヘラヘラと笑うだけで、止める気配は一切ない。
サッチとティーチはいつものことだし、どうでもいいけどエースのそういう話はなんとなく聞きたくないような気がして極力耳に入れないように両手で軽く塞いだ。
「エース、スケスケの実が手に入ったら何したい?」
「わーーーー!!!エースはスケスケの実なんて要りません!!」
「ばっか!今、大事な事を聞いてるんだから、叫ぶな」
「バカはサッチだ!エースは変態クソ野郎のクズ男に成り下がらないからね!」
「...え、それって間接的におれは変態クソ野郎のクズ男だって言ってる?」
「いえ、直接的に」
首を横にぶんぶん振って否定していると、その反動で余計に頭がふらふらして来てしまう。
くそう、サッチのせいだ。変な話をエースにフるから。
懲りずにエースにスケスケの実の話をしつこく問い掛けているので、絶対に聞かないようにしようと御手洗に席を立った。
これが1番手っ取り早く確実に聞かなくて済む方法だ。
御手洗から戻ると3人の視線が一気に自分に向いたので、何事かとその場で足を止めた。
3人を凝視しているとサッチが「ちょうどいい所に戻って来た」と言って、早く席に座るように促した。
席に座ると早速サッチは「お前、好きなタイプは?」と聞いて来た。
スケスケの実の話は終わったようで、ホッと胸を撫で下ろして会話に参加する事にした。
だけど、サッチの質問をよくよく考えてみるが直ぐには答えは浮かんでは来ない。
「タイプとか考えたことなかったな…」
「おれか?」
「ティーチだけはない。私、軟派な人より硬派な人がいいの」
「バカだなァ。男はみんな軟派で脳内はピンク色なんだぜ」
「それを表に出さない人がいい。少なくともスケスケの実を欲しがるような人は嫌」
「ここ全員玉砕だな!」
サッチは愉快そうに声をあげて笑った。そもそも、サッチとティーチはオジサンなんだから対象外だよと心の中で思う。
「じゃあ、ウチの中で付き合うなら誰がいいんだ?」
「そこはおれだな」
「だから、ティーチはない。みんなをそういう目で見た事ないけど…強いていうなら、イゾウ」
「あいつは色男だからなァ」
「イゾウ?」
「あァ、エースはまだ会ったことねェか。16番隊の隊長だ。そういやァ、昔はよくイゾウの後を着いて回ってたもんな、お前」
「イゾウは優しいから。よくお菓子くれてた」
「お前の基準は食いモンかよ」
サッチはお前らしいと笑飛ばしていた。
好きなタイプとか誰かと付き合うとか、恋とか。そんな事考えた事もなかった。
小さい頃からずっと船の上での生活だし、島に降りた時にそういう人を探すというワケにもいかないし、そもそもそんな島の滞在期間の短い間で好きだのなんだの、付き合いましょうなんて展開になる方が難しい。
1番長く一緒に居る白ひげ海賊団の誰かと...と言われても、これもまた違う気がする。
恋愛感情の好きと言うよりかは、家族としての好きが正しい。みんなとは結構歳も離れているので、お兄ちゃんたちみたいな感覚に近い。
「じゃあ、初恋はまだなのか」
「うーん…。昔、近所に住んでた3つ上のお兄ちゃんの事は凄い好きだったな。よくお菓子くれてたし」
「だから、なんでお前の基準はお菓子なの」
「そういえば、そのお兄ちゃん、デュースに似てるかも」
その近所のお兄ちゃんが初恋かと言われれば違うとは思う。子供の頃の記憶はかなり曖昧だし、もしかしたら楽しかった頃の記憶を美化しているだけの可能性だってある。
ただ、当時深く関わった異性はそのお兄ちゃんしかいなかっただけのような気もする。
デュースに似ていると言っても優しいところと当時の私から見たら、大人っぽいところだけだけど。
それも私が勝手に捏造している可能性もある。
今の私が当時のお兄ちゃんを見たら、ただの鼻ったれ小僧だったかもしれないし。
本当にあの頃の記憶は酷く曖昧だ。
まァ、当時を思い出したくない、というのが正解かもしれないが。
「恋人への理想とかあんの?」
「おれみてェに強い男だろ?ゼハハハハ!」
「私を置いて行かないでくれる人」
俯いたまま、そう答えてからハッと我に返って顔を上げると不意に口をついてしまった答えに3人は表情がピシリと固まっていた。
サッチは飲もうとしていたグラスを片手に固まり、エースは若干目を見開いて固まり、マイペースのティーチでさえ、口に含まれた肉を噛む事を忘れたように固まっていた。
かなり真面目なトーンになってしまったのもあるし、私の過去を知っている3人には気を使わせてしまう答えだっただろう。
なに、言ってしまったのだろう。こんな事言うつもりなんてなかったし、そんな事考えた事もなかった癖に。
昔の事を思い出したせいでこうなってしまったのだろうか。
「…あは、なんてね。酔ってるのかも」
「お、おォ、お前酔うとめんどくせェもんな!もう飲むのやめとけ、な!」
「そうだね。私、先に帰るね」
「じゃあ、もうおれらもここらでお開きに…」
「いいよ、酔い醒ましの為に夜風に当たりながら散歩して帰るから」
椅子を引いて立ち上がるとエースも一緒に立ち上がった。
サッチが「おー、エース送って行ってやってくれ」と言った事に対してエースは「分かってる」と答えていた。
慌てて胸の前辺りで手をひらひらと横に振って「一人で帰れるから大丈夫。まだ飲み足りないでしょ」と断りを入れるがエースはそれを良しとはしなかった。
「おれもこれ以上長居するつもりはねェ」
「おーおー、いいね。若いお二人で帰りなー」
「送り狼になんなよ、エース!」
「お前じゃねェんだ。そんな事しねェよ」
完全に帰るモードに入ってしまったエースにどう断りを入れようかと思考を巡らせてみるが良い方法が思い浮かばない。
どうしよう、一人で帰りたかったんだけどな…。
これ以上、エースに変な姿を見せたくない。
酔っているとは言え、過去を未だに引きずっているような奴だなんて思われたくない。
だって、そんな人間、めんどくさいでしょう。
だから、一人になって頭を冷やしたかったのに。
どう断るか、それとも途中で撒いて逃げるか。そんな風に考えているといつの間にか私たちの席の周りに幼い女の子たちが集まって来ていた。
何事かと固まっていれば、最初に女の子たちに声をかけたのはサッチだった。
「なんだい、かわいいレディたち」
「これ!感謝の気持ちです!」
女の子たちが渡して来たのはお花で作られた冠だった。
この街で無銭飲食を働いていた海賊たちを追い払った事への感謝の気持ちらしい。
このお店にはその海賊たちの無銭飲食の被害にあっていた人達が悪い事から解放された事への喜びから打ち上げをしていたようだ。
ご両親らしき人達は微笑ましい表情でこちらを見ている。
サッチは「ワォ、綺麗な花だ。ありがとう」と言って、頭を下げて女の子に冠を載せてもらってヘラッと笑った。
一方、エースは「いや、おれは…いらねェよ」と受け取らず、つっかえそうとした。
そのエースの表情は複雑そうに歪められていた。
「バーカ、エース!おめェ、レディに恥かかせんじゃねェぞ」
サッチの言葉にエースは悪い事をしたと思い直したのか、渋々と言った感じで女の子から花輪を頭に載せた。
「おにいちゃんたち、いい海賊なの?」
「え?あ…いや…」
「いいかいお嬢ちゃん、海賊に、いいも悪いもねェ」
女の子の問いかけに言葉を詰まらせたエースに変わってティーチがそう答える。
全くその通りなのだが、いい海賊もいるんだろうと漠然と思う。
ここに居る女の子たちと同じように自分も海賊に救われた一人だ。
白ひげ海賊団は世の中の嫌われ者だけど。
この街の人みたいに好きだと思ってくれる人達も居るだろう。
花輪を渡して満足した女の子が一人、私たちの元から駆け足で立ち去って、こちらを微笑ましく見ていた母親の元へ戻って行くのを目で追ってしまう。
女の子はお母さんに駆け寄って抱き着いた。
お母さんも柔らかい笑みを浮かべて女の子を優しく抱き止める。
私がとうの昔に失ってしまった家族との光景をぼんやりと眺める。
昔、私がこうやって駆け寄ったらお母さんは抱きしめてくれていただろうか。
曖昧な記憶を辿ってみても、靄がかかったみたいに鮮明には思い出せない。
どうだったかな。もう…思い出せないや…。
「─うめェな、この花!おいエース、お前のもくれよ」
「ほらよ」
過去に引き戻されているとティーチの声で一気に現実に引き戻された。
花がうめェってなんだ。
理解不能な言葉を頭で整理してみても理解出来ないので視線をティーチに向けると、女の子から貰った花をパスタに乗せて食べてしまっていた。
そして、エースのも欲しがり、貰ったそれも食べてしまう。当然、女の子たちは唖然としていた。
それはそうだ、花をパスタに乗せて食べる人間がどこにいる。未知の生物と遭遇でもしたかのような目で見るのも無理はない。
「このオジサンとお兄ちゃん、話がつまんなくて意味不明だよねー。ありがとう、お嬢さんたち。あと20年…いいや、10年経ったら、オジさんのお嫁さんになってくれるかなー?」
「それはいやー」
「あー、そう」
サッチが空気を変えようとそんな話をして女の子たちに無惨に振られているのを見てから、3人には黙って店を出た。
外に出ると既に日は落ちていて、丸い月が顔を出し、空気はひんやりとしていた。
空を見上げれば、小さな星が微かな明かりを灯して懸命に存在を示しているかのようだった。
だけど、大きな月の明かりには勝てなくて。
そのまま誰にも見つけて貰えずにいる迷子のように思えて、なんとなく昔の自分と重ねてしまった。
こんな感傷的になるのはいつぶりだろうか。ここ10年くらいは平気だったのに。
酷く曖昧な記憶の中で思い返されるのは、炎が燃え盛る真っ赤な空と立ち込める黒煙。
家や人が燃える酷い臭いや人々の悲鳴や怒声。
目が染みるくらいの煙に呼吸が出来なくなる程に熱い空気。
離されてしまった、手。行き場所を無くしてしまった、手。
声が枯れたって呼吸が苦しくなったって必死に泣き叫ぶ自分。
それだけは、いつだって鮮明だった。
熱い、痛い、怖い、置いて行かないで。
「…熱い、な」
掠れた声でそう呟いて、自分が発したとに気付いて乾いた笑いが漏れた。
熱い訳なんてないのに。バカみたい。
適当にフラフラと歩きながら、空を眺める。
あの時の赤い空とは違って、吸い込まれていきそうな濃紺の空はどこか心地よくて、このまま誰も居ない夜空に連れて入ってくれないかな、とすら思う。
「このまま消えてしまえないかなァ。…あー、でもサッチが怒るかな」
ぼんやりとそんな風に一人ごちていると、急に肩を強く後に引かれてその勢いのまま後に倒れ込みそうになったが、後に何かがあったようでひっくり返る事はなく、そのなにかに頭をぶつけるだけで済んだ。
振り返れば私の肩を引いたのはエースだったようだ。エースは肩で息をするように上下させ、額にじんわりと汗が滲んでいた。
走って追いかけて来たようだ。
「なに先に行ってんだよ。おれも帰るって言ったじゃねェか」
「あー…、ごめんごめん。外の空気吸いたくなったから先に出ちゃった」
「こんな暗い中一人でフラフラと危ねェだろ」
「大丈夫だよ。私がそこそこ戦えるの今日見たでしょ」
「でも、お前、食いモンに釣られてホイホイついて行きそうだからな」
「あー、うん。それでもいいかもね。そのままどっかに行っちゃいたい」
「は…?」
何言ってんだと思う自分と全部どうでもいいと思う自分も居て、自分の感情なのによく分からない。
困惑したようなエースの顔を下から見て、やっぱり言ってしまった事に後悔した。
エースはサッチみたいに適当に受け流したり、冗談言って笑い飛ばすようなタイプではなく何事も真正面からど直球に受け止めてしまう人だった事を思い出す。
「ウソ、ごめん。まだ酔ってるみたいだから、気にしないで」
「お前…」
なぜか驚いたように目を見開いて、エースは掠れた声でそう呟いた。
やっぱり、今はエースと一緒に居たくなくて顔を逸らしてそのまま歩き出した。
背後から「おい、待て」とエースの声が聞こえるが聞こえないフリしてそのまま歩くペースを早める。
「ナマエ!!」
エースは半ば叫ぶような声量で私の名前を呼ぶ。
再度、肩を掴まれ強い力で無理矢理、反対方向を向かされた。
顔を見たくなくて俯くように下を向けば、両頬を手で挟まれて強制的に上を向かされてしまう。
強引に視界に映り込んで来たエースの顔はやっぱり、驚いたかのように目は開かれ、それでいて焦っているような表情を浮かべていた。
どうして、エースがそんな顔をしているのか分からなくて、黙って見つめてしまう。
「なんかあったのか」
「なんで。別に何もないけど。エースこそどうしたの」
「なんもねェなら、なんでそんな泣きそうな顔してんだよ」
「え、ウソ」
今、自分がどんな表情しているのか分からない。そんな泣きそうな顔しているつもりなんてなかった。
エースの黒い瞳に映り込む自分はどんな惨めな顔をしているのだろうか。
そんなの知りたくない、その思いでまた下を向きたいのにエースの手が逃がすまいというように、固定されてしまっているせいで下を向くことを許されない。
「私、泣き上戸だからお酒のせいかも。本当に何もないから気にしないで」
酔いなんてとっくに醒めていることは自分が1番わかっているのに。
そうやって、いつも、いつだって自分に嘘ついて生きて行くのは、もう疲れた。
なんにもないフリして生きるのは慣れたけど、嘘は何度吐いてもしんどい。
エースは何も言うことはなく、ただ黙ったまま頬に添えていた親指だけを滑らせて私の目の下を軽く撫でた。
「おれじゃ頼りねェか。なら、サッチ呼んで来るか」
「そんなんじゃないって。本当に大丈夫」
「そうやって今まで自分に言い聞かせて来たのか」
核心を突くような言葉に思わず、目頭が熱くなって来てしまう。
慌てて引っ込めようと下唇を噛み締めて堪えるが、それをエースの指が止めるようにゆるりと唇を撫でた。
そのせいで噛み締めた唇は緩み、ぽろりと本音が溢れ落ちる。
「…やめてよ。アホエースの癖にこういう時だけ気づくの。分からないフリするのが正解だよ」
「おれはそういうの出来ねぇタチなんだ」
「でしょうね。真っ直ぐだもんね、エースは」
そういうところが私とは正反対で自分にないものを持っているエースが酷く羨ましくて。
適当にヘラヘラ笑っている自分と、こうやってたまに過去に引き戻されて感情がわからなくなってしまう自分、どっちが本当なのかわからなくなってしまう。
自分という存在がどういう人間なのかが酷く曖昧になる。
昔、オヤジに拾われて船に乗った当初、なにに対しても反応しなかった私がサッチの髪型に反応した時、サッチは酷く安心したように笑った。
ぎこちなく口角を上げて笑って見せるとそれに釣られるようにみんなも嬉しそうに笑った。
それを見た時に幼いながら察したのを覚えている。みんなはそれを望んでいるんだと。
ちゃんと反応して、笑っている子がいいと。
だから、そうしないとまた捨てられちゃう、って思った。
前、エースに過去を話した時、死にたいと思わなかったのかと聞かれて「生きたい理由なんてなかったけど、死にたい理由もなかった」って言ったけど、本当は違う。
″生きたい理由なんてなかったけど、一人で死ぬのは怖かった″だけなんだって。
だから、なんとなくここまで生きてきてしまっただけ。オヤジたちに捨てられてまた一人ぼっちになるのは怖かったから。
「気の利いた事は出来ねぇけどよ。話聞くことくらい出来る、多分」
「はは、多分なんだ」
「あ、そうだ。忘れてた」
エースは思い出したかのように腕に通していたさっきの花輪を手に取って、私の頭に載せる。
「お前の分。あいつらが渡しそびれたって言ってたら預かってきた」と笑った。
エースの笑顔が太陽みたいに眩しくて。
夜の暗闇の中で道に迷ってしまっていても足元を照らして光の方へ導いてくれるような力強い暖かな光。
その光の元で生きてみたくなってしまうほどに柔らかくて、優しい。
こういう時ってどういう顔してたかな。
ヘラヘラと笑って「似合うでしょ」って戯けてたっけ。
偽り方を忘れてしまったかのように上手く取り繕うことが出来なくて。
「…花、食べたら美味しいかな」
「いや、食うなよ。腹減ってんの」
「ううん、減ってない」
こんな意味不明な返事しか返す事が出来なかった。
それでも、エースは小さく笑ってくれた。
私も力なく笑い返すと、急にエースは私の頭に自分が被っていたテンガロンハットを被せて来た。
私とエースでは明らかにサイズが違い、大きいからズルっと前に落ちて来て顔がスッポリ隠れてしまう。
「それ、被ってろ」
「なんで」
「お前、顔見られたくねェんだろ」
「…ほんっと、アホエース。それ、口にしないのが常識だよ。ノンデリカシー」
「うっせェ」
だけど、その気遣いが嬉しくて。
帽子のつばを両手で握ると、エースは帽子越しに私の頭を乱暴に撫でた。
「このまま、どっか行くか」
「どっかってどこに?」
「さァな。お前がどっかに行きてェみてェだから」
「…朝まで連れ回すよ」
「上等だ。付き合うぜ」
さっきまでは一緒に居たくなかったハズなのに。
今は、エースが傍に居てくれて良かったと思ってしまっている。
エースならこんなめんどくさい人間でも受け入れてくれるのかな。
手を取ったら、ちゃんと握り返して一緒に居てくれるのかな、って。
そんな風に思ったら、張り詰めていたモノが剥がれ落ちるように溢れ出て、目から形となって頬を伝う。
大丈夫、見えてないよ。だって、見ないように背向けてくれてるもんね。
「…エース、ありがと」
「…おう」
熱くて、暗くて、一人ぼっちの寂しい世界でも暖かくて、優しいひだまりみたいな世界がある事を知ってしまった。