愛とか恋とか
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船に戻って早々にサッチの部屋に無理矢理連れて来られた。
めんどくせェと思いながら床に胡座をかいていると、おれの目の前で腕を組んで仁王立ちをする二人に見下ろされる。
その圧力のせいで何か悪い事をしたような気持ちになってしまう。
別に何も悪い事をしたわけではないが「洗いざらい吐いてもらおう」と言われると、妙に気まずくなり、視線を逸らしてしまう。
その反応を見た2人はニヤリ、と右の口角だけを上げて顔を見合わせていた。
「完全に何かあった反応だな」
「ねェよ」
「お前は素直が取り柄だろ。正直に話せ、船長」
「デュース!てめェ、こういう時だけ船長とか言ってくんじゃねェ!」
デュースと言い合いしていると部屋の扉が三回ノックされ、サッチが「はいはいはい」と雑な返事をしながら扉の方へ向かい、ドアノブを握る前に扉が開いた。
「サッチー、デュースいる?」
「おれが扉開ける前に普通、開けるかね」
「サッチだしいいかなって」
「おれが着替えてたらどうすんのよ」
「どうもしないけど」
「だよねー」
訪ねて来た人物はナマエだったようだ。
サッチと特に内容のない会話をしながら、サッチの右腕辺りからひょこっと顔を出して、部屋の中を探すように視線をさ迷わせた。
そして、目的であるデュースを見つけるとパッと笑顔になって、ひらひらとデュースに手を振っていた。
「話の途中にごめんね。マルコがデュースの事探してるよ。急ぎの用事っぽいから早く行ってあげて」
「あ、マジ?なんだろう」
呼ばれたデュースは心当たりはないようで、首を傾げながら扉の方へ向かった。そして、サッチに「聞き出しておいてください」と余計な一言を放った。
サッチは任せろと言わんばかりに親指をビシッと立てて送り出す。
「あ、そうそう。コーヒー煎れてきたから飲んで。エースのは軽い口当たりのモノにしたから多分、飲めると思うよ」
ナマエはマグカップが三つ乗ったトレーをサッチに渡し、水色のマグカップを手に取って、デュースに「悪いけど、飲みながら行って」と手渡した。
ありがとう、と受け取るとデュースはすぐにカップに口をつけて一口飲むと驚いたように目を見開いた。
「これ、旨いな。好きな味だ」
「あ、本当?良かった」
「あァ。ゆっくり味わって飲めないのが残念なくらいだ」
「また煎れるから、今度は一緒にゆっくり飲もうね」
「ありがとう。楽しみにしてる」
二人は当たり前のように次の約束をしていた。
たったそれだけの事なのに。
何故かまた心臓のあたりがモヤっとして嫌な気分になる。今まで感じた事のなかったその感覚がどうも気持ち悪くて、ナマエが煎れたコーヒーと一緒に流してやろうとマグカップに入っている量の半分くらいを一気に流し込んだ。
コーヒー独特の苦味と酸味が口内に広がり、また口から出しそうになったが、せっかくナマエが煎れてくれたコーヒーだと思うと無下にも出来ずに喉を鳴らして飲み込んだ。
さっきの店で飲んだヤツよりかはマシだが、それでもやっぱり苦くて眉間に皺を寄せて顰めっ面になってしまう。
「ははッ、エースにはまだコーヒーは早いみたいだな」
「あ、それもダメだった?ミルクいる?」
「…要らねェ」
飲み込んだ後なのに苦味が口の中に未だ残っていて、顰めた顔が元に戻せない。
寧ろ、どんどんと眉間に寄せた皺が深くなるような気がした。
なんとなく、デュースやナマエは平気で飲めるのに自分は飲みやすいと言われたモノでも苦手で。島でナマエに大人っぽいと言われていたデュースとガキと言われた、おれの差がここでも突きつけられた気がして、妙に悔しくなって奥歯を噛み締める。
「サッチもサボってないでね。隊長がいないって隊員たちが嘆いてたんだから」
「なに、エースがさっさと吐けばすぐ戻るさ」
「なんもねェって言ってんだろ。さっさと戻れって」
追い払うように右手を前後に払うがサッチには何一つ効いていないようだ。
ヘラヘラと笑いながら「ほら、マルコんとこ行って来い」と2人を送り出していた。
サッチに促されるままナマエとデュースは横に並んで部屋から出て行った。
閉められた扉をぼんやりと見ていると、サッチが戻って来て、ベッドの縁に腰掛けて足を組んだ。
サッチは「コーヒーはまず、香りを楽しむもんだ」とか言って、目を閉じて湯気に乗って薫るコーヒーの匂いを嗅いで頷いていた。
「なに気取ってんだよ」
「別にいいだろ!そんくらいしたって!末っ子たちはおれに厳しいんだから」
「誰が末っ子だ。おれは息子になった覚えはねェ」
「はいはいはいはい」
サッチは適当に受け流しながら、コーヒーを一口飲んだ。
苦味なんてないような感じで、もう一口、もう二口と次々に飲む様子を見て自分もイケる気になり、謎に満ちた自信を胸に残り半分を一気に飲み干そうとカップに口をつけた。
「で。寝てるナマエにキスでもしちゃった?」
とんでもないセリフが耳に飛び込んで来たもんだから、口に含んでいたコーヒーを思いっきり吹き出してしまった。
キ ス で も し ち ゃ っ た ?
なに、言ってんだ。目の前のこのおっさんは。
ボタボタと口から垂れるコーヒーを拭う事も忘れ、ポカンとした顔でサッチを凝視する。
「...誰と誰が」
「お前とナマエが」
反射的に吹き出してしまったが、その言葉を理解するまでに時間を要した。
理解した途端に否定しようとしたが変に気管に入ってしまい、むせ込んでしまった。
そのせいでまともな言葉にならない。
サッチは「図星か?」とニヤニヤとしながら、タオルを差し出して来たので、それを奪うように受け取り、咳をしながら濡してしまった床を拭った。
「先にお前の口とか拭けって」
「変な事言ってんじゃねェよ。そんな事するかよ」
「なんでしてねェの、キス」
「逆になんでおれがしなきゃいけねェんだよ」
「そりゃ、好きな子が目の前に居たらしたくなっちゃうモンでしょ。男なんだから」
「は…?」
「え、なにその反応」
す き な こ が め の ま え に い た ら ?
...は?今、サッチはなんて言った?
この短時間で2回も理解不能な言語を聞く事はあるだろうか。
混乱する頭で考えても理解が出来ないので、もう一度、頼むと言えば、サッチは眉を上下させた。
「だから、したくなっちゃうモンでしょ、男なんだから」
「そっちじゃねェよ」
「え、どっち」
「その前」
「前って…好きな子?」
「す、き…?」
覇気を使って頭をぶん殴られたような衝撃を受けて、脳がグラグラと揺れる。
まるで白ひげにぶっ飛ばされて海に叩き落とされた時のように身動きが取れない。
おれの様子を見て何かを察したサッチは「好きって、恋の方ね。友達として好きとかそんな子供みたいな事、聞いてねェから」と付け足した。
そんな事、考えた事もなかった。
好きとか、知らねェ。そんな感情が自分の中にあるとも思えない。
そもそも、どんな感情が恋ってやつなのかも分からない。自分とは無縁の事だと思っていたから意識した事もなかったし、そんな感情に振り回されるのもまっぴらだ。
「お前、恋したことねェの」
「興味ねェよ」
「あーそう。なるほどね、はいはい。...まァ、いいや。遅かれ早かれ自分で気が付くだろ」
まるで、おれがナマエに恋っつーのをしているような口ぶりだった。
別にそんな目であいつの事、見たつもりなんてないし、そもそもおれにはそういうのは無理だ。
鬼の血を引いていて、生きている事さえ望まれていない人間が恋?
バカバカしい。そんなモンする資格もねェっていうのに。
「あいつは、そんなんじゃ…ねェよ」
若干俯いて、絞り出すように溢れた言葉はサッチには届いていないと思うくらいに小さくて床に吸い込まれるかのように落ちていく。
サッチは小さくため息を吐いて呆れたように笑った。
そして、ベッドから立ち上がって、おれと同じように床に座って顔を覗き込むように視線を合わせて来る。
「お前、あいつから過去のこと聞いたんだってな」
「…ん、あァ」
「あいつは、今はあんな風にアホの子みてぇに笑ってるけどさ。昔はああじゃなかったんだ」
サッチは当時を思い出しているのか、目をスっと細めた。
「拾ったのはまだあいつが6歳の頃だったな。ガキの癖にしてさ、心臓がまだ動いているから仕方なく呼吸をしているだけって感じで、表情もなにもなくてさ。まるで生を感じられなかった」
おれに親に捨てられたと言っていた時のナマエもそんな顔していたのが脳裏に蘇る。瞳は過去を見ているかのように遠い所を見て、感情が読み取れない表情で「仕方ない」とだけ言っていた。
「マルコやジョズたちが何をしても全く笑いもしないし、あの日の事を悲しんで泣いたりもしない。話す事も頷く事もしないで、ただ、いつも朝から晩まで船の隅っこで膝を抱えて自分の故郷の方角をジッと見つめてた」
今でさえ、ちっこいのに今よりももっと小さいあいつが膝を抱えている姿が容易に想像出来てしまい、無性に胸が潰されるように痛くなって苦しくなる。
普段はヘラヘラしている癖に急に諦めたように笑うあの表情の裏に秘められた想いを少しだけ知った。
まだまだ知らない事だらけで、知っている事の方が少ないということにフと気づく。
そんなの当たり前だ。だって、あいつはいつもおれの話を聞いてくれるだけであまり自分の話をしないからだ。
「でもさ、そんな時に初めて反応を示したのはなんだったと思う?…コレさ」
「コレって…」
「あァ。おれのこのリーゼント。あいつ、初めておれの頭を見た時に初めて喋ったんだ。〝変な頭。タワシみたい〟ってよォ」
サッチは綺麗に変な形に固められた自分のリーゼントを触って、柔らかく笑った。当時を懐かしむサッチの瞳はどこまでも優しくて。
全てを優しく包み込むような...受け入れてくれるような本当の家族に向けられる無償の愛みたいなようなモノの気がした。
「…タワシってその事なんだな」
「ん?タワシの事、聞いたのか」
「聞いたっつーか、島に降りた時に船に戻ったら、サッチのタワシを燃やしてって言われたからよ」
「相変わらず、酷ェなァ」
そう言いながらも、サッチは優しい表情を崩さなかった。ナマエの事を本当の妹のように大事にしてんだとヒシヒシと感じる。
サッチとおれはどこか似ているのかもしれない。血は繋がってはいないけど、大事な兄弟がいる所とか。世話の焼ける弟と妹がいる所とか。
おれはこんな変なオッサンではねェけど。
「それからおれはこの髪型さ。イカすだろ?」
「タワシってバカにされてんじゃねェか」
「そこはいいんだよ。おれは気に入ってんだ、この髪型をよ」
サッチは初めて反応を示したナマエの為に10年以上もの間、同じ髪型で成長していく様子を見守って来たのだろう。
白ひげ海賊団は船長のエドワード・ニューゲートをオヤジと呼び、船員を息子と呼ぶ。
傍から見たら、海賊が家族ごっこをしているだけのように思えるが、サッチとナマエは紛れもなく家族に見えた。
この二人以外とはあまり関わる事はないから、他の船員たちがどうなのかは分からないが、この船に乗っているヤツら、全員家族のような感じなのだろうか。
「つまるところ、なにが言いたいかっていうと過去を打ち明けられるくらにはあいつはお前の事、信頼してんだよ」
「信頼…」
「最近のあいつ、すげェ楽しそうでさ。ちゃんと笑ってんだよ。それがおれも嬉しんだなァ。だから、ありがとう」
サッチはおれの頭に優しく手を置いて数回撫で回した。
いつもだったら、やめろと手を振り払うのに、今日はどうしてか受け入れてしまった。
両親にすら頭なんて撫でられた事もないし、ガキの頃にジジイから、片手に収まるくらいの回数があったかくらいの経験しかないそれは、暖かくて妙に嬉しくて。
無性に泣きたくなるほどに安心できるものだった。
「あいつのこと、頼むよ」
おれはずっとこの船に乗っているわけじゃないし、白ひげとの対決が100回終わる頃には答えを出さなきゃならない。
その時に出す自分の答えがここに留まるという形を選ぶかは分からない。それに、サッチにもナマエにもまだ言えてない事だってある。
1番隠していたい事を打ち明けてもいないのにおれ自身を認めてもらったつもりになっているんじゃねェよ。
そう自分に言い聞かせてみても。
やっぱり、どうしても自分の心に素直になりたくて。
小さく頷いてしまったんだ。
めんどくせェと思いながら床に胡座をかいていると、おれの目の前で腕を組んで仁王立ちをする二人に見下ろされる。
その圧力のせいで何か悪い事をしたような気持ちになってしまう。
別に何も悪い事をしたわけではないが「洗いざらい吐いてもらおう」と言われると、妙に気まずくなり、視線を逸らしてしまう。
その反応を見た2人はニヤリ、と右の口角だけを上げて顔を見合わせていた。
「完全に何かあった反応だな」
「ねェよ」
「お前は素直が取り柄だろ。正直に話せ、船長」
「デュース!てめェ、こういう時だけ船長とか言ってくんじゃねェ!」
デュースと言い合いしていると部屋の扉が三回ノックされ、サッチが「はいはいはい」と雑な返事をしながら扉の方へ向かい、ドアノブを握る前に扉が開いた。
「サッチー、デュースいる?」
「おれが扉開ける前に普通、開けるかね」
「サッチだしいいかなって」
「おれが着替えてたらどうすんのよ」
「どうもしないけど」
「だよねー」
訪ねて来た人物はナマエだったようだ。
サッチと特に内容のない会話をしながら、サッチの右腕辺りからひょこっと顔を出して、部屋の中を探すように視線をさ迷わせた。
そして、目的であるデュースを見つけるとパッと笑顔になって、ひらひらとデュースに手を振っていた。
「話の途中にごめんね。マルコがデュースの事探してるよ。急ぎの用事っぽいから早く行ってあげて」
「あ、マジ?なんだろう」
呼ばれたデュースは心当たりはないようで、首を傾げながら扉の方へ向かった。そして、サッチに「聞き出しておいてください」と余計な一言を放った。
サッチは任せろと言わんばかりに親指をビシッと立てて送り出す。
「あ、そうそう。コーヒー煎れてきたから飲んで。エースのは軽い口当たりのモノにしたから多分、飲めると思うよ」
ナマエはマグカップが三つ乗ったトレーをサッチに渡し、水色のマグカップを手に取って、デュースに「悪いけど、飲みながら行って」と手渡した。
ありがとう、と受け取るとデュースはすぐにカップに口をつけて一口飲むと驚いたように目を見開いた。
「これ、旨いな。好きな味だ」
「あ、本当?良かった」
「あァ。ゆっくり味わって飲めないのが残念なくらいだ」
「また煎れるから、今度は一緒にゆっくり飲もうね」
「ありがとう。楽しみにしてる」
二人は当たり前のように次の約束をしていた。
たったそれだけの事なのに。
何故かまた心臓のあたりがモヤっとして嫌な気分になる。今まで感じた事のなかったその感覚がどうも気持ち悪くて、ナマエが煎れたコーヒーと一緒に流してやろうとマグカップに入っている量の半分くらいを一気に流し込んだ。
コーヒー独特の苦味と酸味が口内に広がり、また口から出しそうになったが、せっかくナマエが煎れてくれたコーヒーだと思うと無下にも出来ずに喉を鳴らして飲み込んだ。
さっきの店で飲んだヤツよりかはマシだが、それでもやっぱり苦くて眉間に皺を寄せて顰めっ面になってしまう。
「ははッ、エースにはまだコーヒーは早いみたいだな」
「あ、それもダメだった?ミルクいる?」
「…要らねェ」
飲み込んだ後なのに苦味が口の中に未だ残っていて、顰めた顔が元に戻せない。
寧ろ、どんどんと眉間に寄せた皺が深くなるような気がした。
なんとなく、デュースやナマエは平気で飲めるのに自分は飲みやすいと言われたモノでも苦手で。島でナマエに大人っぽいと言われていたデュースとガキと言われた、おれの差がここでも突きつけられた気がして、妙に悔しくなって奥歯を噛み締める。
「サッチもサボってないでね。隊長がいないって隊員たちが嘆いてたんだから」
「なに、エースがさっさと吐けばすぐ戻るさ」
「なんもねェって言ってんだろ。さっさと戻れって」
追い払うように右手を前後に払うがサッチには何一つ効いていないようだ。
ヘラヘラと笑いながら「ほら、マルコんとこ行って来い」と2人を送り出していた。
サッチに促されるままナマエとデュースは横に並んで部屋から出て行った。
閉められた扉をぼんやりと見ていると、サッチが戻って来て、ベッドの縁に腰掛けて足を組んだ。
サッチは「コーヒーはまず、香りを楽しむもんだ」とか言って、目を閉じて湯気に乗って薫るコーヒーの匂いを嗅いで頷いていた。
「なに気取ってんだよ」
「別にいいだろ!そんくらいしたって!末っ子たちはおれに厳しいんだから」
「誰が末っ子だ。おれは息子になった覚えはねェ」
「はいはいはいはい」
サッチは適当に受け流しながら、コーヒーを一口飲んだ。
苦味なんてないような感じで、もう一口、もう二口と次々に飲む様子を見て自分もイケる気になり、謎に満ちた自信を胸に残り半分を一気に飲み干そうとカップに口をつけた。
「で。寝てるナマエにキスでもしちゃった?」
とんでもないセリフが耳に飛び込んで来たもんだから、口に含んでいたコーヒーを思いっきり吹き出してしまった。
キ ス で も し ち ゃ っ た ?
なに、言ってんだ。目の前のこのおっさんは。
ボタボタと口から垂れるコーヒーを拭う事も忘れ、ポカンとした顔でサッチを凝視する。
「...誰と誰が」
「お前とナマエが」
反射的に吹き出してしまったが、その言葉を理解するまでに時間を要した。
理解した途端に否定しようとしたが変に気管に入ってしまい、むせ込んでしまった。
そのせいでまともな言葉にならない。
サッチは「図星か?」とニヤニヤとしながら、タオルを差し出して来たので、それを奪うように受け取り、咳をしながら濡してしまった床を拭った。
「先にお前の口とか拭けって」
「変な事言ってんじゃねェよ。そんな事するかよ」
「なんでしてねェの、キス」
「逆になんでおれがしなきゃいけねェんだよ」
「そりゃ、好きな子が目の前に居たらしたくなっちゃうモンでしょ。男なんだから」
「は…?」
「え、なにその反応」
す き な こ が め の ま え に い た ら ?
...は?今、サッチはなんて言った?
この短時間で2回も理解不能な言語を聞く事はあるだろうか。
混乱する頭で考えても理解が出来ないので、もう一度、頼むと言えば、サッチは眉を上下させた。
「だから、したくなっちゃうモンでしょ、男なんだから」
「そっちじゃねェよ」
「え、どっち」
「その前」
「前って…好きな子?」
「す、き…?」
覇気を使って頭をぶん殴られたような衝撃を受けて、脳がグラグラと揺れる。
まるで白ひげにぶっ飛ばされて海に叩き落とされた時のように身動きが取れない。
おれの様子を見て何かを察したサッチは「好きって、恋の方ね。友達として好きとかそんな子供みたいな事、聞いてねェから」と付け足した。
そんな事、考えた事もなかった。
好きとか、知らねェ。そんな感情が自分の中にあるとも思えない。
そもそも、どんな感情が恋ってやつなのかも分からない。自分とは無縁の事だと思っていたから意識した事もなかったし、そんな感情に振り回されるのもまっぴらだ。
「お前、恋したことねェの」
「興味ねェよ」
「あーそう。なるほどね、はいはい。...まァ、いいや。遅かれ早かれ自分で気が付くだろ」
まるで、おれがナマエに恋っつーのをしているような口ぶりだった。
別にそんな目であいつの事、見たつもりなんてないし、そもそもおれにはそういうのは無理だ。
鬼の血を引いていて、生きている事さえ望まれていない人間が恋?
バカバカしい。そんなモンする資格もねェっていうのに。
「あいつは、そんなんじゃ…ねェよ」
若干俯いて、絞り出すように溢れた言葉はサッチには届いていないと思うくらいに小さくて床に吸い込まれるかのように落ちていく。
サッチは小さくため息を吐いて呆れたように笑った。
そして、ベッドから立ち上がって、おれと同じように床に座って顔を覗き込むように視線を合わせて来る。
「お前、あいつから過去のこと聞いたんだってな」
「…ん、あァ」
「あいつは、今はあんな風にアホの子みてぇに笑ってるけどさ。昔はああじゃなかったんだ」
サッチは当時を思い出しているのか、目をスっと細めた。
「拾ったのはまだあいつが6歳の頃だったな。ガキの癖にしてさ、心臓がまだ動いているから仕方なく呼吸をしているだけって感じで、表情もなにもなくてさ。まるで生を感じられなかった」
おれに親に捨てられたと言っていた時のナマエもそんな顔していたのが脳裏に蘇る。瞳は過去を見ているかのように遠い所を見て、感情が読み取れない表情で「仕方ない」とだけ言っていた。
「マルコやジョズたちが何をしても全く笑いもしないし、あの日の事を悲しんで泣いたりもしない。話す事も頷く事もしないで、ただ、いつも朝から晩まで船の隅っこで膝を抱えて自分の故郷の方角をジッと見つめてた」
今でさえ、ちっこいのに今よりももっと小さいあいつが膝を抱えている姿が容易に想像出来てしまい、無性に胸が潰されるように痛くなって苦しくなる。
普段はヘラヘラしている癖に急に諦めたように笑うあの表情の裏に秘められた想いを少しだけ知った。
まだまだ知らない事だらけで、知っている事の方が少ないということにフと気づく。
そんなの当たり前だ。だって、あいつはいつもおれの話を聞いてくれるだけであまり自分の話をしないからだ。
「でもさ、そんな時に初めて反応を示したのはなんだったと思う?…コレさ」
「コレって…」
「あァ。おれのこのリーゼント。あいつ、初めておれの頭を見た時に初めて喋ったんだ。〝変な頭。タワシみたい〟ってよォ」
サッチは綺麗に変な形に固められた自分のリーゼントを触って、柔らかく笑った。当時を懐かしむサッチの瞳はどこまでも優しくて。
全てを優しく包み込むような...受け入れてくれるような本当の家族に向けられる無償の愛みたいなようなモノの気がした。
「…タワシってその事なんだな」
「ん?タワシの事、聞いたのか」
「聞いたっつーか、島に降りた時に船に戻ったら、サッチのタワシを燃やしてって言われたからよ」
「相変わらず、酷ェなァ」
そう言いながらも、サッチは優しい表情を崩さなかった。ナマエの事を本当の妹のように大事にしてんだとヒシヒシと感じる。
サッチとおれはどこか似ているのかもしれない。血は繋がってはいないけど、大事な兄弟がいる所とか。世話の焼ける弟と妹がいる所とか。
おれはこんな変なオッサンではねェけど。
「それからおれはこの髪型さ。イカすだろ?」
「タワシってバカにされてんじゃねェか」
「そこはいいんだよ。おれは気に入ってんだ、この髪型をよ」
サッチは初めて反応を示したナマエの為に10年以上もの間、同じ髪型で成長していく様子を見守って来たのだろう。
白ひげ海賊団は船長のエドワード・ニューゲートをオヤジと呼び、船員を息子と呼ぶ。
傍から見たら、海賊が家族ごっこをしているだけのように思えるが、サッチとナマエは紛れもなく家族に見えた。
この二人以外とはあまり関わる事はないから、他の船員たちがどうなのかは分からないが、この船に乗っているヤツら、全員家族のような感じなのだろうか。
「つまるところ、なにが言いたいかっていうと過去を打ち明けられるくらにはあいつはお前の事、信頼してんだよ」
「信頼…」
「最近のあいつ、すげェ楽しそうでさ。ちゃんと笑ってんだよ。それがおれも嬉しんだなァ。だから、ありがとう」
サッチはおれの頭に優しく手を置いて数回撫で回した。
いつもだったら、やめろと手を振り払うのに、今日はどうしてか受け入れてしまった。
両親にすら頭なんて撫でられた事もないし、ガキの頃にジジイから、片手に収まるくらいの回数があったかくらいの経験しかないそれは、暖かくて妙に嬉しくて。
無性に泣きたくなるほどに安心できるものだった。
「あいつのこと、頼むよ」
おれはずっとこの船に乗っているわけじゃないし、白ひげとの対決が100回終わる頃には答えを出さなきゃならない。
その時に出す自分の答えがここに留まるという形を選ぶかは分からない。それに、サッチにもナマエにもまだ言えてない事だってある。
1番隠していたい事を打ち明けてもいないのにおれ自身を認めてもらったつもりになっているんじゃねェよ。
そう自分に言い聞かせてみても。
やっぱり、どうしても自分の心に素直になりたくて。
小さく頷いてしまったんだ。