愛とか恋とか
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妙に気まずい雰囲気が流れてしまい、どうにかこの空気をぶち壊そうと考えてみるが良い方法は思い浮かばない。
口は上手い方では無いし、適切な言葉も浮かばないので、とりあえず席を立ってみる事にした。
椅子を引いた音に弾かれる様に顔を上げたナマエはジッとおれの目を見つめてきた。
先は思わず視線を逸らしてしまったが、今度は射止められたかのように視線が絡め取られ、逸らすことができなかった。
その目は何かを探るように、まるでおれの心の中を覗き込むかの様な視線が少し居心地が悪い。
こんな空気にしてしまったのはおれ自身だ。だから、もう帰ろうと言われても文句は言えなくて。
それならいっその事、自分から帰ろうと言ってしまおうか。それとも、ナマエの手を取って無理矢理でも連れ出してしまおうか。
そんな風に考えたが、どうせ答えは最初から決まっている。
誰かを傷つけることしか出来ない、この手で掴んでいいわけがない。
デュースかサッチだったら、おれが躊躇ってしまうその行動をいとも簡単に出来てしまうだろう。
それが出来る人間を羨ましく思うなんて、今まで無かったのに、どうして急にそんな事を思うようになってしまったのか。
ここ最近、そんなマイナスな思考や人と比べる様なことばかり考えてしまう自分に辟易してしまう。白ひげに負けてから余計にそうだ。
自分の出来る事なんて戦いに勝てる事くらいで、自分の存在価値のような力さえ失ってしまったら、おれに何が残る。
そう考え出したら、思考はどんどん悪い方向へと向かっていってしまい、自分の存在価値はもうないように思えて苦しくなっていた。
そんな中でさっき、ナマエがおれと一緒に居たいと言ってくれた事がおれ自身の存在を認めてくれた気がして、必要としてくれているような気がして嬉しかった。
だけど、おれがゴール・D・ロジャーの息子と知ったらどうだろう。
そんな事、思ってはくれなくなるのだろうと考えたら、無性に苦しくて。
…バカだろ、期待すんなって。
あれほどガキの頃にしんどい目にあった癖に。どうして、今になってこんなにも諦めたはずの期待を胸に秘めてしまっているのか。
そのままのおれを認めてもらいたい、だなんて。
「もう次の場所行くの?カレー、まだ来てないけど。せっかちすぎない?」
「あ…」
カレーの存在なんてすっかり忘れてしまっていた。存在を思い出したら、急に腹が減って来て引き戻される様に椅子に座り直す。
そんなおれの様子を見て、ナマエはおかしそうに笑った。
そこへ丁度、カレーが運ばれて来て目の前のテーブルに置かれた。
カレーから立つ湯気に乗ってスパイスの香りが鼻腔を突き、それに刺激されて腹の音が豪快になった。
見ただけでも旨そうで今すぐに食らいつきたいが、テーブルに備え付けてあったタバスコをドバドバとカレーに入れてからスプーンを手に取り、かき込む様にカレーを口に運んだ。
ナマエはその様子を見て驚いたように目を見開いて、おれの顔を凝視した。
「カレーにタバスコそんなに入れるの!?」
「変か?」
「風味と風味がバトルしちゃわない?」
「別に旨ェけど。食うか?」
一口分のカレーを掬ってスプーンを差し出すと本当に旨いのかと疑いの視線を向けて来たがすぐに意を決した様で、髪を耳に掛けてから、躊躇いがちにカレーを口に含んだ。
そして、味わうように咀嚼をして数秒後、一瞬白目を剥いてテーブルに頭を打ちつけた。
「お、そんなに旨かったか?お前も旨ェと心が幸せで気絶すんだな」
「ちが…!かッッらッッ!!」
顔を上げたナマエは今にも死にそうで苦悶の表情を浮かべて必死に手は水を求めていたが、掴んだのはえすぷれっそとか言っていた、クソまずいコーヒーだ。
それを一気に口に含むと今度は「熱ッッつ!?」と叫んで悶絶していた。
「なにやってんだよ。お前、バカだろ」
「舌、ピリピリする!痛い…」
「ほら、見せてみろ。あー…赤くなっちまってんな」
ナマエの顎を指で軽く持ち上げて覗き込む。
眉間に皺を寄せて涙目で真っ赤になった舌をちょろっと出す顔がなんとも間抜けズラで思わず吹き出してしまいそうになる。
ルフィ並みに世話が焼けるな、と思いながら、まだ溶け切っていない氷の入ったグラスを渡せば、一つ氷を口に含んで転がすようにして真っ赤になってしまった舌を冷やしていた。
「火傷と辛いのでダブルパンチだから」
「こんなんで辛いとかガキだな」
「いやいやいや!辛いでしょ、これ!」
おれの近くにあったタバスコの瓶に手を伸ばし、ラベルをまじまじと見つめた後、またデカイ声で叫んだ。
「これサドンデスソースじゃん!」とギャーギャー喚いているが、それがなんなのかが全く分からない。タバスコとなにが違うのか。
どれも同じだろと言えば、高速で首を横に振った。
「これ、ブートジョロキアとハバネロを混ぜた調味料だよ。タバスコなんかと比にならない」
「お、ブートジョロキア!それ好き」
「味覚音痴…」
「お前がガキ舌なだけだろ。ガキでアホな上に色気もねェ」
「ここぞとばかりにさっきの仕返しを…!しかも、色気は今関係ないじゃん!!」
「言っただろ、おれは倍返しが基本だ」
「目には目を、歯には歯を、じゃなかったっけ!?」
「…どっちでもいいだろ」
「忘れてただけでしょ」
店に入って来た時と同じような騒がしさが戻ってきて、フッと肩の力が抜ける。
変な空気にしてしまった自覚はあるし、このまま気まずくて船に戻ろうとか言われるかもとか危惧していたが、そんな事もなく普段通りのおれたちに戻った。
安心して自然に笑みが溢れるとナマエは釣り上げていた眉を下げて、ヘラッと笑った。
出会った頃はそのヘラッとした顔にイラついていたが、今はその顔を見ると安心するようになってしまっている。
やっぱり、こいつはアホみてェに笑っている方がいいなと思う。
色気がどうのこうのと未だに騒いでるのを横目にサドンなんちゃらを入れたカレーを平げ、ごちそうさまと手を合わせて頭を下げた。
そのタイミングを見計らっていたのか、食べ終わった途端に身を乗り出すようにして、この後の提案をしてきた。
「この後、エースが行きたい場所がなければ、さっき紙に書いてあった海の見える丘に行きたいんだけど」
「なんで。さっきのヤツに会いに行きたいとかだったら、やだ」
「やだって子供…」
「ガキだろうとなんだろうと嫌なモンは嫌だ」
自分でもよく分からないくらいに胸がモヤモヤして、妙にイライラしてくる。
さっきは腹減ったから、イライラするのかと思ったが、今はカレーも食べたし別に腹が減っているわけではない。
のに、どうしてこんなにもイライラするのか。
顔もまともに覚えていないさっきの男に舌打ちを落とした。
「あの男の人はどうでもよくて。海が見える丘ってのが気になるの」
「ふーん。なら、行くか」
「やった!ありがとう」
ナマエは嬉しそうに目をキラキラと輝かせて笑った。ガキみてェに喜ぶ姿を見てさっきまでのモヤモヤと苛立ちは嘘みたいに晴れていく。
頬杖をついて喜ぶ様子を見てると、視線が合い「ガキみたいって思ってたでしょ」と口を尖らせて不貞腐れるように言った。
脳内を覗かれたかのように当てられて、ドキリと心臓が跳ねた。
人の心中を見透かせる能力でも持っているのかと思って少し焦ってしまった。
ナマエが悪魔の実の能力者なんて話は聞いた事もないのでそんな訳ないと思うが、考えている事を見透かしたような発言をする事が多々あるので、気になってしまった。
まァ、そんな能力あるのかも知らねェけど。
「そろそろ行くか」
そう言って立ち上がればナマエも続くように立ち上がった。
街の広場の大時計を見れば針は14時を少し過ぎた位置を指していた。
一応、念の為に16時前に丘を立ち去れば会う事もないはずだし、2時間もあるし余裕だろう。
万が一、遭遇したらまた苛立ちが復活しそうな予感がなんとなくしていた。
それをわざわざ口にする事でもないので、口は閉ざしたまま。
近くで出店を出していたおっちゃんに丘への行き方を聞いて、特に意味もないようなくだらない話をしながら丘の頂上を目指す。
ふざけあって、時たま軽い言い合いをしながら20分程歩いたら、丘のテッペンに到着して視界いっぱいに海が広がった。
いつも船の上で海は見ているが、丘から見る景色はやっぱり格別で。
青空と碧い海が一つに混ざり合ったような世界が広がり、少し下がった太陽の光が水平線を照らす。その光が眩しくて目を細めた。
この景色は昔、兄弟たちと一緒に夢を誓った場所に似ていてどこか懐かしい。
夢を語り合った場所。亡くしてしまった大切な兄弟の面影を探してひっそりひとりで泣いたあの場所。弟に新たな誓いをした場所。
どの記憶を辿ってもあの場所には兄弟たちの姿があって、おれにとって凄く大切な場所。
「エース、凄く優しい顔してるね」
ただ黙ってその景色を見続けていたおれの顔を覗き込んだナマエは「大切な誰かでも思い出してた?」と優しく笑った。
ここでも心を見透かすような発言に心臓を一つ、鳴らす。
「お前さ、人間?」
「は?急に悪口ですか?」
「あー、いや。聞き方間違えた。普通の人間か?能力者だったりすんのか」
「あぁ、そういうね。非能力者だよ。食べてみたいとは思うけど」
「どんなヤツが食いてェの」
「海賊女帝のメロメロの実とか?」
「お前じゃ無理だろ」
「失礼だな!」
私だっていつかはお色気お姉さんになるんだから、と怒るナマエを適当に宥めながら「無理することねェだろ」と言えば、更に不愉快そうに眉を寄せて軽く睨みつけてきた。
「無理だと思ってるの酷い!アホエース!」
「そうじゃなくてよ。今のままのお前でいいだろ」
「へ…?」
「おれは今のお前がいい」
そう言ってしまってから、なんかとんでもなく恥ずかしいセリフを言ってしまったような気がして、慌てて視線を逸らした。
身体から火を出してしまいそうなくらいに恥ずかしくなって来て、顔を隠すように右手で覆った。
「今のナシ。言い方間違えた」
「本当はなんて言いたかったの?」
「今のお前を気に入ってる」
「同じじゃない?」
「じゃあ、今のもナシ」
「やだ」
「ヤダじゃねェ!頼むから忘れてくれ」
「ヤダよ。私は嬉しかったもん」
真正面から見るのはまだ照れくさいから、左に居るナマエの方を横目で見やれば本当に嬉しそうにはにかんでいてむず痒くなってしまい、視線だけでは足りなくて反対の右の方に顔を向けた。
あー、クソッ。こんな事言うつもりなんてなかったのに。
つい、うっかりと溢れてしまった本音に恥ずかしくなるとか、アホかよ。
シンプルな気持ちで取り繕う事をしない、自然体のナマエを気に入っているという事実を伝えたかっただけなのに意味ありげな言い方をしてしまったような気がした。
今まで何も考えずにストレートに物事を言って生きて来たのにどうしてか、それすらも上手くいかない。
照れくさい感情とこのむず痒い空気感をかき消そうと話題変更を試みて口を開いた。
「さっきの話に戻るけどよ、兄弟を思い出してたんだ」
「エース、兄弟いたんだね」
「あァ、長男二人と弟一人。義兄弟だけど、3人で兄弟の盃を交わしたあの日から、ずっと大事な兄弟だ。血の繋がりなんか関係ねェ」
「いいね、そういうの。二人ともエースと同じで海賊なの?」
一人は弟のルフィ、もう一人は幼い頃殺されたサボ。その二人の顔があの頃のままで脳裏に鮮明に蘇る。二人と過ごした記憶は色褪せることなく覚えている。
サボは初めて心を許した親友だった。海賊になって自由に生きてみたいと、誰よりも自由を求めていたアイツは、自由とは反対の何かに殺された。
そんな理不尽な死を受け入れたくはなかったが、サボを殺したクソみてェな世界をぶっ壊してやりたいと思った。
他人にルフィの話はしてもサボの話は極力避けて来ていた。だけど、どうしてか今日はナマエに聞いて欲しいと思ってしまった。
そう思ったら、口は勝手に開き言葉はこぼれ落ちる。
「おれたち3人は17歳で海に出る約束をしているから、弟はもう少しで海に出るハズだ。……もう1人は、サボは…昔に、殺された」
そう告げれば、ナマエはキュッと上がっていた口角は真一文字にまで下がり、また曖昧な表情になってしまっていた。
おれの話に同情するでもなく、おれの代わりに悲しんでやるような偽善をする訳でもなく、ただ「そう」と抑揚のない声で呟いた。
「ごめんね、こういう時、なんて言ったらいいか分かんない」
「別にいいさ。聞いて欲しかっただけだ」
「...大好きだったんだね、サボくんのこと」
「は…なんだよ、いきなり」
「そんな顔してたから」
「まァ、な」
歯切れの悪い答え方になってしまった。
確かにその通りかもしれねェけど、改めて言葉にされるとどうも頷きづらい。
「前から気になってたんだけどさ。その左腕の刺青のSってもしかしてサボくん?」
「よく気付いたな。一緒に海に連れて行って、あいつにも色んな世界を見せてやりたくてな」
Sのマークの入った腕の部分を撫でるように触れると幼い頃のサボの笑った顔が思い浮かんだ。
あいつ、おれと正反対の性格してたけど、仲良かったな。
よく一緒に悪さして、たくさん笑って、とにかくお互い自由に生きていた。
「エースは優しいね」
「どこがだよ、別に普通だろ」
「そういう所だよ。その優しさを普通だと思ってる」
「優しいとか、よく分かんねェな」
サボが掲げた自由の象徴である海賊旗のマーク、Sにバツ印。それを腕に刻みつけ、サボが生きた証、誓いを忘れないように、自由を求めたあいつが生きれなかった世界をぶっ壊したいという思い、あいつの分もくいのないように生きる為、それらを忘れない為。
自分自身の為でもあるのに、ナマエは優しいという。
こいつにとっての優しいの定義が分からねェがそれでも、肯定するような言葉が胸にじんわりと染み渡るように広がる。
「弟くんはなんて名前なの?」
「ルフィだ。あいつはさ、本当に世話の焼けるヤツでさ」
サボとルフィと過ごした1年間の話、その後のルフィと過ごした7年間。その話をひたすら、喋った。
ルフィのアホエピソードは腐るほどあるし、久しぶりに弟の話をしたから止まらなかった。
「エースってブラコン…?」
「は?違ェよ」
「それがブラコンでなければ、この世にブラコンという概念は存在しないと思うよ」
ブラコンではないと自分では思っている。
弟と多少連呼してしまっただけだ。
「うっせェ!まだ話の途中なんだから、続き聞いてくれよ」
「はいはい、どうぞ」
どうぞ、と言われたからには遠慮なんてしてやらねェと言わんばかりにひたすら喋り続けていたら、途中から相槌や笑い声が聞こえなくなり不思議に思って隣を見た。
「眠そうだな」
「んー…、今日、仕込みで4時起きだったから」
目をゴシゴシと手で擦り、何度が瞬きをして必死に眠気と戦っているようだが、とろんと瞼が落ちて来てしまうようだった。
早起きして仕事していたヤツを遅くまで連れ回すのは悪いかと思い始め、ルフィの話はまだ途中だがここらで切り上げて船に戻ろうかと言おうと口を開いた。
が、言葉を発する前にフラフラとしていたナマエの頭はついにはガクンと落ちて、そのままおれの肩に頭をもたれ掛かるように倒れ込んで来たので咄嗟に腕を回して抱き止めた。
完全に眠りに落ちてしまったようで規則正しい寝息と伏せられたまつ毛が頬に影を落としている。
まるで遊び疲れたガキだな。
ほのかに肩に感じる温かさに懐かしさを感じた。ルフィも体温高かったな、とか。昔の事を思い出す。
「しょうがねェな」
そう呟いて、眠ったままのナマエを担ぎあげてそのまま船に戻ろうと踵を返すと、丁度16時になってしまったようで、先程の男が背後に立っていた。
男はおれと目が合うと小さな声で「あ...」と呟いておれの肩に担がれたナマエに視線を移した。
「悪ィな。こいつ、寝ちまったんだ」
男の横を通り過ぎようとすると、そいつは起こそうとしているのか、おれの顔を見たあとに何か言いたそうにしながら、手を伸ばしかけたのに気が付いたのでその腕を掴んでナマエに触れる前に阻止した。
「こいつはお前には渡せねェ」
「え?いや。あ、あの...」
「大事な、友達なんだ」
多分、それであっているハズだ。
同じ海賊団の仲間ではないし、白ひげのような家族、とも違う。だったら、おれたちの関係ってなんだ、と考えた時に大事な、何か。それだけは確かにあって。
明確な言葉にするとなれば、何が適切なのかは正直まだ分からない。
だけど、今はそれが1番シックリ来るような気がした。
「いえ、あの!その運び方はどうかと...。女の子ですし。そう言いたかったんですけど...、なんかすみません」
男は顔を真っ赤にして俯きながらそう告げた。
こいつの言葉を脳内で整理した後に自分が盛大な勘違いした上に「渡せねェ」とかどの目線で言ってんだみたいなセリフを吐いてしまったことを思い出した。
「〜〜〜ッッ!!先に言えよ!!」
「ヒィ!すみません...!!」
その場に居た堪れなくなって、全力ダッシュで船まで戻るとサッチとデュースが甲板で片手に酒を持って話し込んでいるのが見えた。
2人はおれたちの姿を目視するとサッチが呑気に手をヒラヒラと振って来る。
ジャンプをして船の上に飛び乗ると、デュースがおれの肩に担がれたナマエを見てギョッと目を見張った。
「ナマエちゃん、どうしたんだ」
「寝てる」
「で、お前は?顔真っ赤だけど」
「なんでもねェよ!」
「なんだよ、機嫌悪ィな」
デュースが呆れたように肩を竦める横でサッチがナマエの顔を覗き込んで、頬を数回軽く叩きながら「起きろー」と起こしていた。
のそりと顔を上げて「サッチ...?」と寝ぼけた様な声を出した。
「ほら、いつまでエースのお米ちゃんになってんのよ」
「お米ちゃん...?」
「エースに俵抱きされてんの、お前」
へェ、これ俵抱きっつーのか。
なんて、呑気な事を考えているとデュースが「女の子を俵抱きにすんなよ...」と言ってきたので首を傾げる。
そういえば、あの男もそんな事言ってたなと思っているとデュースは「ほんと、デリカシーねェのな」と付け足した。
起きた事だし、担いでいたのを床に下ろすとナマエは「連れて帰って来てくれてありがとう」と丁寧に頭を下げた。
「でも、お米様抱っこじゃなくて、お姫様抱っこの方が良かったな」
「これが1番運びやすいんだよ」
「エースは乙女心を分かってないなァ」
「お米心なんて分かるかよ」
「くっ…!!いつか、お米じゃなくて乙女だって認めさせてやるんだから!」
「へーへー、ガンバレ」
適当に返事をしていれば、サッチが急に肩に腕を回して来てニヤリと笑った表情を向けて来た。
不気味なその笑みに眉を顰めると余計にニヤニヤ顔に拍車がかかった。
「エース、これから報告会だ」
「はァ?なんの」
「顔真っ赤にしてた理由、聞こうじゃねェか」
「うっせェな、デュース!お前は医務室戻れよ!」
「今日の仕事は終わってる。後はお前の報告を聞くだけだ」
「要らねェだろ!」
「「いいから、来い!」」
サッチとデュースに無理矢理連行されたが、絶対に口は割らないと心に決めた。
口は上手い方では無いし、適切な言葉も浮かばないので、とりあえず席を立ってみる事にした。
椅子を引いた音に弾かれる様に顔を上げたナマエはジッとおれの目を見つめてきた。
先は思わず視線を逸らしてしまったが、今度は射止められたかのように視線が絡め取られ、逸らすことができなかった。
その目は何かを探るように、まるでおれの心の中を覗き込むかの様な視線が少し居心地が悪い。
こんな空気にしてしまったのはおれ自身だ。だから、もう帰ろうと言われても文句は言えなくて。
それならいっその事、自分から帰ろうと言ってしまおうか。それとも、ナマエの手を取って無理矢理でも連れ出してしまおうか。
そんな風に考えたが、どうせ答えは最初から決まっている。
誰かを傷つけることしか出来ない、この手で掴んでいいわけがない。
デュースかサッチだったら、おれが躊躇ってしまうその行動をいとも簡単に出来てしまうだろう。
それが出来る人間を羨ましく思うなんて、今まで無かったのに、どうして急にそんな事を思うようになってしまったのか。
ここ最近、そんなマイナスな思考や人と比べる様なことばかり考えてしまう自分に辟易してしまう。白ひげに負けてから余計にそうだ。
自分の出来る事なんて戦いに勝てる事くらいで、自分の存在価値のような力さえ失ってしまったら、おれに何が残る。
そう考え出したら、思考はどんどん悪い方向へと向かっていってしまい、自分の存在価値はもうないように思えて苦しくなっていた。
そんな中でさっき、ナマエがおれと一緒に居たいと言ってくれた事がおれ自身の存在を認めてくれた気がして、必要としてくれているような気がして嬉しかった。
だけど、おれがゴール・D・ロジャーの息子と知ったらどうだろう。
そんな事、思ってはくれなくなるのだろうと考えたら、無性に苦しくて。
…バカだろ、期待すんなって。
あれほどガキの頃にしんどい目にあった癖に。どうして、今になってこんなにも諦めたはずの期待を胸に秘めてしまっているのか。
そのままのおれを認めてもらいたい、だなんて。
「もう次の場所行くの?カレー、まだ来てないけど。せっかちすぎない?」
「あ…」
カレーの存在なんてすっかり忘れてしまっていた。存在を思い出したら、急に腹が減って来て引き戻される様に椅子に座り直す。
そんなおれの様子を見て、ナマエはおかしそうに笑った。
そこへ丁度、カレーが運ばれて来て目の前のテーブルに置かれた。
カレーから立つ湯気に乗ってスパイスの香りが鼻腔を突き、それに刺激されて腹の音が豪快になった。
見ただけでも旨そうで今すぐに食らいつきたいが、テーブルに備え付けてあったタバスコをドバドバとカレーに入れてからスプーンを手に取り、かき込む様にカレーを口に運んだ。
ナマエはその様子を見て驚いたように目を見開いて、おれの顔を凝視した。
「カレーにタバスコそんなに入れるの!?」
「変か?」
「風味と風味がバトルしちゃわない?」
「別に旨ェけど。食うか?」
一口分のカレーを掬ってスプーンを差し出すと本当に旨いのかと疑いの視線を向けて来たがすぐに意を決した様で、髪を耳に掛けてから、躊躇いがちにカレーを口に含んだ。
そして、味わうように咀嚼をして数秒後、一瞬白目を剥いてテーブルに頭を打ちつけた。
「お、そんなに旨かったか?お前も旨ェと心が幸せで気絶すんだな」
「ちが…!かッッらッッ!!」
顔を上げたナマエは今にも死にそうで苦悶の表情を浮かべて必死に手は水を求めていたが、掴んだのはえすぷれっそとか言っていた、クソまずいコーヒーだ。
それを一気に口に含むと今度は「熱ッッつ!?」と叫んで悶絶していた。
「なにやってんだよ。お前、バカだろ」
「舌、ピリピリする!痛い…」
「ほら、見せてみろ。あー…赤くなっちまってんな」
ナマエの顎を指で軽く持ち上げて覗き込む。
眉間に皺を寄せて涙目で真っ赤になった舌をちょろっと出す顔がなんとも間抜けズラで思わず吹き出してしまいそうになる。
ルフィ並みに世話が焼けるな、と思いながら、まだ溶け切っていない氷の入ったグラスを渡せば、一つ氷を口に含んで転がすようにして真っ赤になってしまった舌を冷やしていた。
「火傷と辛いのでダブルパンチだから」
「こんなんで辛いとかガキだな」
「いやいやいや!辛いでしょ、これ!」
おれの近くにあったタバスコの瓶に手を伸ばし、ラベルをまじまじと見つめた後、またデカイ声で叫んだ。
「これサドンデスソースじゃん!」とギャーギャー喚いているが、それがなんなのかが全く分からない。タバスコとなにが違うのか。
どれも同じだろと言えば、高速で首を横に振った。
「これ、ブートジョロキアとハバネロを混ぜた調味料だよ。タバスコなんかと比にならない」
「お、ブートジョロキア!それ好き」
「味覚音痴…」
「お前がガキ舌なだけだろ。ガキでアホな上に色気もねェ」
「ここぞとばかりにさっきの仕返しを…!しかも、色気は今関係ないじゃん!!」
「言っただろ、おれは倍返しが基本だ」
「目には目を、歯には歯を、じゃなかったっけ!?」
「…どっちでもいいだろ」
「忘れてただけでしょ」
店に入って来た時と同じような騒がしさが戻ってきて、フッと肩の力が抜ける。
変な空気にしてしまった自覚はあるし、このまま気まずくて船に戻ろうとか言われるかもとか危惧していたが、そんな事もなく普段通りのおれたちに戻った。
安心して自然に笑みが溢れるとナマエは釣り上げていた眉を下げて、ヘラッと笑った。
出会った頃はそのヘラッとした顔にイラついていたが、今はその顔を見ると安心するようになってしまっている。
やっぱり、こいつはアホみてェに笑っている方がいいなと思う。
色気がどうのこうのと未だに騒いでるのを横目にサドンなんちゃらを入れたカレーを平げ、ごちそうさまと手を合わせて頭を下げた。
そのタイミングを見計らっていたのか、食べ終わった途端に身を乗り出すようにして、この後の提案をしてきた。
「この後、エースが行きたい場所がなければ、さっき紙に書いてあった海の見える丘に行きたいんだけど」
「なんで。さっきのヤツに会いに行きたいとかだったら、やだ」
「やだって子供…」
「ガキだろうとなんだろうと嫌なモンは嫌だ」
自分でもよく分からないくらいに胸がモヤモヤして、妙にイライラしてくる。
さっきは腹減ったから、イライラするのかと思ったが、今はカレーも食べたし別に腹が減っているわけではない。
のに、どうしてこんなにもイライラするのか。
顔もまともに覚えていないさっきの男に舌打ちを落とした。
「あの男の人はどうでもよくて。海が見える丘ってのが気になるの」
「ふーん。なら、行くか」
「やった!ありがとう」
ナマエは嬉しそうに目をキラキラと輝かせて笑った。ガキみてェに喜ぶ姿を見てさっきまでのモヤモヤと苛立ちは嘘みたいに晴れていく。
頬杖をついて喜ぶ様子を見てると、視線が合い「ガキみたいって思ってたでしょ」と口を尖らせて不貞腐れるように言った。
脳内を覗かれたかのように当てられて、ドキリと心臓が跳ねた。
人の心中を見透かせる能力でも持っているのかと思って少し焦ってしまった。
ナマエが悪魔の実の能力者なんて話は聞いた事もないのでそんな訳ないと思うが、考えている事を見透かしたような発言をする事が多々あるので、気になってしまった。
まァ、そんな能力あるのかも知らねェけど。
「そろそろ行くか」
そう言って立ち上がればナマエも続くように立ち上がった。
街の広場の大時計を見れば針は14時を少し過ぎた位置を指していた。
一応、念の為に16時前に丘を立ち去れば会う事もないはずだし、2時間もあるし余裕だろう。
万が一、遭遇したらまた苛立ちが復活しそうな予感がなんとなくしていた。
それをわざわざ口にする事でもないので、口は閉ざしたまま。
近くで出店を出していたおっちゃんに丘への行き方を聞いて、特に意味もないようなくだらない話をしながら丘の頂上を目指す。
ふざけあって、時たま軽い言い合いをしながら20分程歩いたら、丘のテッペンに到着して視界いっぱいに海が広がった。
いつも船の上で海は見ているが、丘から見る景色はやっぱり格別で。
青空と碧い海が一つに混ざり合ったような世界が広がり、少し下がった太陽の光が水平線を照らす。その光が眩しくて目を細めた。
この景色は昔、兄弟たちと一緒に夢を誓った場所に似ていてどこか懐かしい。
夢を語り合った場所。亡くしてしまった大切な兄弟の面影を探してひっそりひとりで泣いたあの場所。弟に新たな誓いをした場所。
どの記憶を辿ってもあの場所には兄弟たちの姿があって、おれにとって凄く大切な場所。
「エース、凄く優しい顔してるね」
ただ黙ってその景色を見続けていたおれの顔を覗き込んだナマエは「大切な誰かでも思い出してた?」と優しく笑った。
ここでも心を見透かすような発言に心臓を一つ、鳴らす。
「お前さ、人間?」
「は?急に悪口ですか?」
「あー、いや。聞き方間違えた。普通の人間か?能力者だったりすんのか」
「あぁ、そういうね。非能力者だよ。食べてみたいとは思うけど」
「どんなヤツが食いてェの」
「海賊女帝のメロメロの実とか?」
「お前じゃ無理だろ」
「失礼だな!」
私だっていつかはお色気お姉さんになるんだから、と怒るナマエを適当に宥めながら「無理することねェだろ」と言えば、更に不愉快そうに眉を寄せて軽く睨みつけてきた。
「無理だと思ってるの酷い!アホエース!」
「そうじゃなくてよ。今のままのお前でいいだろ」
「へ…?」
「おれは今のお前がいい」
そう言ってしまってから、なんかとんでもなく恥ずかしいセリフを言ってしまったような気がして、慌てて視線を逸らした。
身体から火を出してしまいそうなくらいに恥ずかしくなって来て、顔を隠すように右手で覆った。
「今のナシ。言い方間違えた」
「本当はなんて言いたかったの?」
「今のお前を気に入ってる」
「同じじゃない?」
「じゃあ、今のもナシ」
「やだ」
「ヤダじゃねェ!頼むから忘れてくれ」
「ヤダよ。私は嬉しかったもん」
真正面から見るのはまだ照れくさいから、左に居るナマエの方を横目で見やれば本当に嬉しそうにはにかんでいてむず痒くなってしまい、視線だけでは足りなくて反対の右の方に顔を向けた。
あー、クソッ。こんな事言うつもりなんてなかったのに。
つい、うっかりと溢れてしまった本音に恥ずかしくなるとか、アホかよ。
シンプルな気持ちで取り繕う事をしない、自然体のナマエを気に入っているという事実を伝えたかっただけなのに意味ありげな言い方をしてしまったような気がした。
今まで何も考えずにストレートに物事を言って生きて来たのにどうしてか、それすらも上手くいかない。
照れくさい感情とこのむず痒い空気感をかき消そうと話題変更を試みて口を開いた。
「さっきの話に戻るけどよ、兄弟を思い出してたんだ」
「エース、兄弟いたんだね」
「あァ、長男二人と弟一人。義兄弟だけど、3人で兄弟の盃を交わしたあの日から、ずっと大事な兄弟だ。血の繋がりなんか関係ねェ」
「いいね、そういうの。二人ともエースと同じで海賊なの?」
一人は弟のルフィ、もう一人は幼い頃殺されたサボ。その二人の顔があの頃のままで脳裏に鮮明に蘇る。二人と過ごした記憶は色褪せることなく覚えている。
サボは初めて心を許した親友だった。海賊になって自由に生きてみたいと、誰よりも自由を求めていたアイツは、自由とは反対の何かに殺された。
そんな理不尽な死を受け入れたくはなかったが、サボを殺したクソみてェな世界をぶっ壊してやりたいと思った。
他人にルフィの話はしてもサボの話は極力避けて来ていた。だけど、どうしてか今日はナマエに聞いて欲しいと思ってしまった。
そう思ったら、口は勝手に開き言葉はこぼれ落ちる。
「おれたち3人は17歳で海に出る約束をしているから、弟はもう少しで海に出るハズだ。……もう1人は、サボは…昔に、殺された」
そう告げれば、ナマエはキュッと上がっていた口角は真一文字にまで下がり、また曖昧な表情になってしまっていた。
おれの話に同情するでもなく、おれの代わりに悲しんでやるような偽善をする訳でもなく、ただ「そう」と抑揚のない声で呟いた。
「ごめんね、こういう時、なんて言ったらいいか分かんない」
「別にいいさ。聞いて欲しかっただけだ」
「...大好きだったんだね、サボくんのこと」
「は…なんだよ、いきなり」
「そんな顔してたから」
「まァ、な」
歯切れの悪い答え方になってしまった。
確かにその通りかもしれねェけど、改めて言葉にされるとどうも頷きづらい。
「前から気になってたんだけどさ。その左腕の刺青のSってもしかしてサボくん?」
「よく気付いたな。一緒に海に連れて行って、あいつにも色んな世界を見せてやりたくてな」
Sのマークの入った腕の部分を撫でるように触れると幼い頃のサボの笑った顔が思い浮かんだ。
あいつ、おれと正反対の性格してたけど、仲良かったな。
よく一緒に悪さして、たくさん笑って、とにかくお互い自由に生きていた。
「エースは優しいね」
「どこがだよ、別に普通だろ」
「そういう所だよ。その優しさを普通だと思ってる」
「優しいとか、よく分かんねェな」
サボが掲げた自由の象徴である海賊旗のマーク、Sにバツ印。それを腕に刻みつけ、サボが生きた証、誓いを忘れないように、自由を求めたあいつが生きれなかった世界をぶっ壊したいという思い、あいつの分もくいのないように生きる為、それらを忘れない為。
自分自身の為でもあるのに、ナマエは優しいという。
こいつにとっての優しいの定義が分からねェがそれでも、肯定するような言葉が胸にじんわりと染み渡るように広がる。
「弟くんはなんて名前なの?」
「ルフィだ。あいつはさ、本当に世話の焼けるヤツでさ」
サボとルフィと過ごした1年間の話、その後のルフィと過ごした7年間。その話をひたすら、喋った。
ルフィのアホエピソードは腐るほどあるし、久しぶりに弟の話をしたから止まらなかった。
「エースってブラコン…?」
「は?違ェよ」
「それがブラコンでなければ、この世にブラコンという概念は存在しないと思うよ」
ブラコンではないと自分では思っている。
弟と多少連呼してしまっただけだ。
「うっせェ!まだ話の途中なんだから、続き聞いてくれよ」
「はいはい、どうぞ」
どうぞ、と言われたからには遠慮なんてしてやらねェと言わんばかりにひたすら喋り続けていたら、途中から相槌や笑い声が聞こえなくなり不思議に思って隣を見た。
「眠そうだな」
「んー…、今日、仕込みで4時起きだったから」
目をゴシゴシと手で擦り、何度が瞬きをして必死に眠気と戦っているようだが、とろんと瞼が落ちて来てしまうようだった。
早起きして仕事していたヤツを遅くまで連れ回すのは悪いかと思い始め、ルフィの話はまだ途中だがここらで切り上げて船に戻ろうかと言おうと口を開いた。
が、言葉を発する前にフラフラとしていたナマエの頭はついにはガクンと落ちて、そのままおれの肩に頭をもたれ掛かるように倒れ込んで来たので咄嗟に腕を回して抱き止めた。
完全に眠りに落ちてしまったようで規則正しい寝息と伏せられたまつ毛が頬に影を落としている。
まるで遊び疲れたガキだな。
ほのかに肩に感じる温かさに懐かしさを感じた。ルフィも体温高かったな、とか。昔の事を思い出す。
「しょうがねェな」
そう呟いて、眠ったままのナマエを担ぎあげてそのまま船に戻ろうと踵を返すと、丁度16時になってしまったようで、先程の男が背後に立っていた。
男はおれと目が合うと小さな声で「あ...」と呟いておれの肩に担がれたナマエに視線を移した。
「悪ィな。こいつ、寝ちまったんだ」
男の横を通り過ぎようとすると、そいつは起こそうとしているのか、おれの顔を見たあとに何か言いたそうにしながら、手を伸ばしかけたのに気が付いたのでその腕を掴んでナマエに触れる前に阻止した。
「こいつはお前には渡せねェ」
「え?いや。あ、あの...」
「大事な、友達なんだ」
多分、それであっているハズだ。
同じ海賊団の仲間ではないし、白ひげのような家族、とも違う。だったら、おれたちの関係ってなんだ、と考えた時に大事な、何か。それだけは確かにあって。
明確な言葉にするとなれば、何が適切なのかは正直まだ分からない。
だけど、今はそれが1番シックリ来るような気がした。
「いえ、あの!その運び方はどうかと...。女の子ですし。そう言いたかったんですけど...、なんかすみません」
男は顔を真っ赤にして俯きながらそう告げた。
こいつの言葉を脳内で整理した後に自分が盛大な勘違いした上に「渡せねェ」とかどの目線で言ってんだみたいなセリフを吐いてしまったことを思い出した。
「〜〜〜ッッ!!先に言えよ!!」
「ヒィ!すみません...!!」
その場に居た堪れなくなって、全力ダッシュで船まで戻るとサッチとデュースが甲板で片手に酒を持って話し込んでいるのが見えた。
2人はおれたちの姿を目視するとサッチが呑気に手をヒラヒラと振って来る。
ジャンプをして船の上に飛び乗ると、デュースがおれの肩に担がれたナマエを見てギョッと目を見張った。
「ナマエちゃん、どうしたんだ」
「寝てる」
「で、お前は?顔真っ赤だけど」
「なんでもねェよ!」
「なんだよ、機嫌悪ィな」
デュースが呆れたように肩を竦める横でサッチがナマエの顔を覗き込んで、頬を数回軽く叩きながら「起きろー」と起こしていた。
のそりと顔を上げて「サッチ...?」と寝ぼけた様な声を出した。
「ほら、いつまでエースのお米ちゃんになってんのよ」
「お米ちゃん...?」
「エースに俵抱きされてんの、お前」
へェ、これ俵抱きっつーのか。
なんて、呑気な事を考えているとデュースが「女の子を俵抱きにすんなよ...」と言ってきたので首を傾げる。
そういえば、あの男もそんな事言ってたなと思っているとデュースは「ほんと、デリカシーねェのな」と付け足した。
起きた事だし、担いでいたのを床に下ろすとナマエは「連れて帰って来てくれてありがとう」と丁寧に頭を下げた。
「でも、お米様抱っこじゃなくて、お姫様抱っこの方が良かったな」
「これが1番運びやすいんだよ」
「エースは乙女心を分かってないなァ」
「お米心なんて分かるかよ」
「くっ…!!いつか、お米じゃなくて乙女だって認めさせてやるんだから!」
「へーへー、ガンバレ」
適当に返事をしていれば、サッチが急に肩に腕を回して来てニヤリと笑った表情を向けて来た。
不気味なその笑みに眉を顰めると余計にニヤニヤ顔に拍車がかかった。
「エース、これから報告会だ」
「はァ?なんの」
「顔真っ赤にしてた理由、聞こうじゃねェか」
「うっせェな、デュース!お前は医務室戻れよ!」
「今日の仕事は終わってる。後はお前の報告を聞くだけだ」
「要らねェだろ!」
「「いいから、来い!」」
サッチとデュースに無理矢理連行されたが、絶対に口は割らないと心に決めた。