愛とか恋とか
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デュースと医務室で話した後、外で言葉の通りに律儀に待っていたナマエを見つけ、仕事が欲しいと伝えた。
根はお人好しなのか、それともお節介なのかは分からないが一緒に頼んであげると彼女は笑った。仮にも敵であるうえに差し伸べた手を叩き落とした相手にだ。
普通なら腹が立つだろうし、関わりたくもないと思うはずなのに、こいつは最初に会った時と何も変わらなかった。
そういう性格の人間なのだろうとは思うと正直、やりやすいとは思った。手を叩き落とした事が無かった事にはならないが、気まずい空気が流れる訳でもなく、むしろ突っかかって来るくらいに勢いである事に安心感を覚えていた。
頼れる相手がまだこの船には居なかったので、お節介なナマエは物事を頼むのに丁度良いと思っていた。
ナマエがサッチに白ひげと話をする機会を設けて欲しいと一緒に頼んでくれ、今、白ひげ、サッチ、ナマエの4人が甲板に集まり、おれの話を聞いていた。
「──ちょっと待て、エース!オヤジに話があるからあいだに入ってくれっていうからつれてきたら、そりゃ、なんのつもりだ。お前も知ってたのか?」
「仕事が欲しいって事は聞いてたけど、理由はよく分からなかった」
「だったら、最初に仕事が欲しいって事をおれに言うべきだろ」
「あんたの面目を潰す気はねェよ。おれの話はいま言った通りだ」
ナマエにも伝えた通りに、仲間が飯を食わせてもらった恩があるからその仁義は通す、その事を伝えればサッチは面を食らっていて、一度話を聞いたナマエでさえも苦笑いを浮かべていた。
医務室でデュースに言われた言葉、「おれの船長は、エース…おまえだけだ。おまえがどんな人生を歩もうと、ついていきたい。おまえがあくまで白ひげの首を狙うっていうなら、止められねェよ。ただ…仁義は通せ」
「白ひげを狙うなら堂々とやれ。おれにおまえを裏切らせるな」の二つがずっと胸に残っていた。
確かに、おれは白ひげを寝込み襲ったり、背後から攻撃をしたりと狡い手を使ってでも、何とかして首を取ろうとしていた。
全部、デュースの言う通りだった。おれらは白ひげに喧嘩を売って、敗北をした。海に放り込まれてお陀仏になっていても文句は言えない状況にも関わらず、白ひげは許すどころか枷も付けずにおれたちに飯すら与えた。
海賊の中にもルールだって存在する。それらを無視して、白ひげの首を狙うのは筋が通っていない。仲間たちは白ひげに寝返ったわけではなく、命を救われ、飯を食わせてもらった恩を返す為に、海賊としての筋を通す為に白ひげ海賊団の中で生きていた。
「つまり…ウチに入るってことだろ?オヤジの息子に…」
「ちがう」
「え?ちがうの」
サッチは困惑した顔でナマエを見て「通訳を頼む」だなんて言っていた。話を振られたナマエも困惑した表情で緩く首を横に振って「私もそこから理解が出来てないの」と告げた。
そりゃそうだ。突発的に思い至った事を口にしてしまっているだけで、おれ自身が一番、どうしたら良いのかも自分だけがここでの居場所を分かっていない。自分でもよく分からないから、白ひげに「働かせろ」と丸投げをしている。
「働くたって、おめェ…なにができる?雑用か?億越えのルーキー様が…」
「そんなんじゃ、メシ代にもならねェだろ。おれは働きてェんだ。白ひげ…あんたに貸しを作るくらいに」
「貸しって…?もしオヤジに貸しを作ったとして、どうするつもりだ」
「貸しができたら、そりゃァ、返してもらう。それが仁義だろ。おれはな白ひげ…おまえとの勝負を要求する」
そう告げれば、サッチは言葉を失い、ナマエは「そういう事ね」と面白そうに笑っていた。白ひげは特にリアクションを起こす訳でもなく、短く「そうか」と答えただけだった。
「わかった。いいぞ。話はそれだけか」
「いや…いやいやいや!待て、エース!オヤジもだ!たとえオヤジが認めたって、おれが認めねェぞ!ナマエもなんか言ってやれよ!」
「いいじゃん、わかりやすくて。それに楽しそうだし」
「話は決まったな。さしあたって、なにをすればいい」
「皿でも洗ってな火の玉小僧。そのうち、なんかデカい仕事をやる」
白ひげは独特な笑い方で豪快に笑いながら、船室へと消えていくのを見届けてから、サッチとナマエに向き直った。そして、二人に勝負を見届けて欲しいと頼んだ。
そうすると、勝負をするにあたって決め事をすると言い出しその決め事を聞いていれば、白ひげが一旦戻って来た。
「今日から、そいつは正式なうちの客分だ。身元預かり人は、おまえがなれ」
「おれ…?は、はァ…」
「とはいうものの、おめェにはうちの台所を預けているからな。ほかに世話係をつける… ナマエ、おめェがやれ」
「私、ですか?ティーチとかの方がいいんじゃないですか?古株だし」
「おまえも充分古株だろ。そもそも、あいつは人の世話をするとかのタマじゃねェ」
「それもそうだけど。…エースが私でいいなら」
不安そうにおれを見つめて来るナマエに肯定の意味を込めて軽く頷けば、ホッとしたかの様に小さく息をはいていた。
この時、手を叩き落とされた事を気にしていた事を知る。何も気にしない能天気な女ではなく、ただ気にしないようにしてくれていただけだと。
申し訳ない気持ちが少なからず、胸に広がったが手を取る事はどうしても出来ないので仕方ないと自分に言い訳をしてみるが、胸のモヤモヤや罪悪感は消えず、そう簡単には割り切れるものでは無かった。
「…てな感じで、うちの海賊団は成り立ってます」
「は?今、なんて?聞いてなかった」
「もう10分くらい説明してたんだけど!?」
「悪りィ。もう一回説明してくれ」
「サッチー!!私、もう心折れたよ!!」
「ははッ。まァ、がんばれ。おれはメシの仕込みに行ってくるからよ」
「あ、逃げた!!」
サッチを見送った後、考え事をするあまり話が全く耳に入ってなかった事を告げれば、ナマエは眉を下げて少しだけ悲しそうに笑った。
その表情を見たら、やっぱりどうしても罪悪感は湧いて出てしまって。
どうしたらいいか分からなくて、視線を下に落とした。
「私が嫌なら今からでも変えられるよ。オヤジの指名だからって無理する事ないし」
「そうじゃねェ。お前が嫌いとか、そんな事、思ってない」
途切れ途切れだけれど、自分の思っている本心をちゃんと告げれば、嬉しそうにヘラッと笑った。最初に会った時とはまるで印象が違くて、少し戸惑う。
こんなにも表情がわかりやすかったのか、と。もっと、曖昧な表情と平和ボケしたかのようなヘラヘラした顔だけの印象だったけれど。
…あぁ、そうか。自分の見方が変わったのだと、不意にそんな事を思った。最初の頃は敵の女で馴れ合うつもりもなかったし、白ひげに負けて気が立っていたという事も相まってちゃんと顔を見ようとはしていなかった。本当は結構分かりやすくて感情がすぐ表情に出る奴なんだという事に今更気が付いた。
「今からもう一回説明するから、ちゃんと話聞いてよね!また聞いて無かったって言われても、もう二度と説明しないから」
「手短に頼むよ」
「難しい注文するね…。まぁ、そうね。うちの海賊団は細かい事はあまり気にしないから、筋さえ通ってれば自由にしてて大丈夫だよ」
「ふーん、そうか」
「何か分からない事があったら、その都度聞いてくれればいいから。海賊なんだし、自由にいこう!」
そう言って笑う、ナマエは本当に自由そのもので。どこへでも飛んで行けそうなくらい軽やかで、まるで大海原を渡る鳥のようだ。
そんな人間がどうして、海賊なんかになろうと思ったのか急に疑問に思ってしまった。
確かに海賊は自由ではあるが、海軍に追われる身になってまで海賊になろうと思う理由が思い当たらない。もっと別の選択肢もあっただろうに。
「なァ。あんた、なんで海賊なんかになったんだ」
「え?」
「親とか反対しなかったのか?普通、娘が海賊になるとか言ったら、心配するもんじゃねェのか」
「さぁ?心配なんてしないと思うよ」
「思うってなんだよ」
「だって、私、捨て子だし。簡単に捨てられるくらいの情しかない子供の心配なんてしないでしょ、普通」
気になったからと軽率に聞いてみてしまった事を軽く後悔した。まさか、こんな返答が返って来るとは予想していなかったからだ。
どうせ、ヘラヘラと笑って「楽しそうだから」とかそんな何気ない理由なのだろうと勝手に思ってしまっていた。
平和ボケしている様に感じているからと言って、本当に平和ボケしているとは限らないというのに。
誰にだって触れられたくない事もあるのに無遠慮に聞いてしまった事に罪悪感が生まれ、ここで会話を終わらせた方がいいのかと答えあぐねていると、ナマエはそれを察したのか、大丈夫という様に笑って話を続けた。
「私の生まれた街はさ、海賊に襲われて全てを奪われた挙句、街も焼かれて、生きる場所すら無くなった。火から逃げる途中でお母さんに懸命に繋いでいた手を突然離されたの。どんなに泣いても、叫んでも、何度お母さんって呼んでも、振り返る事は無かったし、立ち止まる事も無かった」
そう淡々と話すナマエの横顔は、最初に会った時と同じように感情を読み取れないほどに曖昧な表情になっていた。捨てられて悲しいとも違う、その海賊に怒っているとも違う。どんな感情が彼女の心を覆い尽くしているのか検討もつかなかった。
「…恨んでねェのか?その…母親を」
「別に。だって、仕方ないじゃない。自分ひとり生き延びるのでさえ困難な状況なのに、子供なんていたら邪魔でしょ?恨んだって、意味なんてないの」
「そん時、死にてェとか思わなかったのか」
「生きたい理由なんてなかったけど、死にたい理由も無かったから。何となく、生きて来ちゃった。昔も、今も」
意味なんてない、その言葉に込められた意味はきっと、諦めに近い感情なのだと気が付いた。親やその海賊を恨んだって何かが返って来るわけでも平和だった時に戻れる訳でもなく、ただ自分は捨てられた子だという事実だけが残る。それを分かっているから、もう諦めたのだとそう感じた。
何も期待もせずに諦めているから、生きれるなら生きるし、死ぬ時が来たら死ぬ、ただそうやって何となくで生きてしまったのだと。
「でも、ゴミみたいになってしまった街でゴミのように存在していただけの私をオヤジは見つけて、家族にしてくれた。拾ってくれたのが海賊だったから、海賊になったの」
昔を懐かしむ様に目を細めた後、ナマエは「だから、オヤジには感謝してるんだ」と笑った。
おれはその顔を理解出来なかった。海賊に全てを奪われ、そのせいで親にも捨てられ、ゴミのようだと自身を揶揄するくらいの思いをしたはずなのに何故、そんな風に笑えるのかと。
「…じゃあ、ゴールド・ロジャーはどう思う」
「ん?海賊王の?」
「あぁ。そんな海賊たちを生み出した、大海賊時代の幕を開けた張本人はどうだ」
「どうって…」
「もし、そいつに息子が居たらどう思う」
なに、言ってんだ、おれは。なにをバカな事を聞いている。そんなの聞いたって、答えはわかりきっているのに。期待なんてするな、何度も聞いた言葉を言われるだけだ。とうに諦めている癖に。
そう思うのに、口は勝手に動き、言葉は勝手に紡がれてしまう。
「海賊王に息子が…居たら…?」
「あぁ。お前はどう思う」
「…息子が居たら、ゴリラみたいな男だと思う」
「…はァ!?」
「ほら、噂ではゴールド・ロジャーって270㎝以上もあったっていうじゃない。そして、海の王となれるくらいの強さを持っている人の血を継いでいるなら、息子も強そうなゴリラ男だと思うの!」
「どう思うってそういう意味で聞いてねェんだよ!」
真剣な顔でそう答えるナマエに思わず気が緩んでズッコケそうになりながらも、そう返せば彼女は大きな声で豪快に笑った。
頓珍漢女はなお健在で、自分の求めていた答えとはまた違うけれど、今まで言われて来た言葉たちの中でもまた、違う。
悩みなんて吹っ飛ばしてくれる様な、そんな笑い方をするナマエの声に釣られるように強ばった口元は微かに緩んだ。
「じゃあ、エースはどう思うの?海賊王に息子が居たら」
「……ゴリラじゃなくて、男前かもしれねェだろ」
「それならお近づきになりたい」
「欲望に忠実だなお前!」
「人間、素直が一番よ」
名言を言ってやったといわんばかりの顔で得意げな顔しているナマエをみていたら、無性に笑いが込み上げてきて思わず吹き出すと彼女もまた同時に吹き出した。
白ひげに敗北してから、久しぶりにこんなに声に出して笑った。別にこんなに大声を出して笑うほど、面白くなんてないのに、涙が出るくらいに笑ってしまった。
「…でもさ、ロジャーがどうとか、その息子がどうとかなんて何も関係ないんだよ」
「関係、ない…?」
「全てを奪ったのは確かに海賊だけど、与えてくれたのも海賊。だから、全ての海賊が悪いとは思ってないし、ましてや海賊王やその息子がどうかなんて、何も関係ない。すくなくとも、私はそう思う」
「じゃあ、お前は…その息子が、生きててもいいって思うのか」
「当たり前でしょ。生きる権利はみんな平等に持って生まれるんだから」
目を見張ってしまった。自分の聞き違いなのかと。都合の良い妄想か、はたまた夢なのか。
ずっと求め続けていたような気がした、その答えが本当に現実なのか分からなくなる。
綺麗な音となって聞こえたその言葉はあまりにも淡くて儚くて、すぐに消えてしまいそうで。
思わず、両手で耳を塞いでしまうほどに消えて欲しくなかった。
「それにね、もし本当に息子が居るなら、仲良くなりたいな」
「男前だったら、か?」
「あは、バレた?」
「お前なァ!」
大口を開けて笑うナマエの姿は女らしさの欠片もないけれど、その笑い方がいいな、と思ってしまう。感情が読み取れないような曖昧な表情だったり、諦めたような表情をしているのはもう見たくない、と。笑った顔だけを見ていたいと、そう思ってしまった。
「エースはどうして海賊になりたかったの?」
「…分からねェ」
「え?どういうこと」
「ただ、名声を手に入れたくて…、その手段が海賊だったってだけで別に海賊になりたかったワケじゃねェ。…だけど、今、分からねェんだ。名声を手に入れたとして、その先自分がどうしたいのか分からなくなっちまった」
ポツリ、ポツリとこぼれ落ちる本音にため息をはいた。何を弱音みてェな事を言ってしまっているのか。スペード海賊団の仲間でもない、ましてや、まだ敵である白ひげの仲間の人間に、だ。
海賊になろうと思ったのは、大犯罪者の息子として苦しめられて来た人生だけれど、前を向いて生きて行くには恨みしかない父親を超えるしかなかったから。
だけど、父親を超えるどころか白ひげには負け、ここでの居場所すら分からないでいる。それなのに、名声やら高みやらなんて、余計に分からなくなってしまった。
「じゃあさ、一緒に見つけようよ。エースが欲しいものをさ。何が出来るかは分からないけど、手伝うよ」
当然の様にそう言ってくれるナマエの言葉は今度は、すんなりと胸に落ちてきて素直に受け入れることが出来た。
そんな自分に少し驚きつつも、心のどこかでそうしたいと、その言葉が嬉しいと思っている自分が確かに存在していた。
「…じゃあ、お前も見つけろよ」
「え、私も?」
「あァ。生きたい理由」
「生きたい…理由…」
「死にてェ理由がねェなら生きたい理由を探そうぜ。おれも手伝ってやる。まァ、おれの探し物を手伝ってくれる礼だ。恩を受けたら返す、海賊の礼儀だろ」
なんていうのは建前なのは自分自身が一番分かっている。間接的ではあったが、生きる権利は平等にあると言ってくれたナマエにも生きて欲しい。ただ、何となくとかじゃなくて、生きたい理由を見つけて欲しかった。
「…私たち、人生の迷子みたいだね」
「かもな」
「じゃあ、迷子同士、改めてよろしくね、エース」
初めて会った日と同じように差し伸べられる小さな手。
今なら少し触れてもいいだろうか。その手を取っても許されるだろうか。
燃えるような夕日の赤と静かな海の底のような夜の青が溶け合うような宵の空に明星がきらりと輝く。まるでナマエの居る世界とおれの居る世界がひとつに溶け合い、この世界で生きる事を許された様な気がして。お伽噺でもあるまいし、そんな訳がないと思いながらもその微かな星の光に縋ってみたくて。
今はまだ偽りの自分だから、全てを手にする事は出来ない。だから、差し伸べられた指先だけにソッと指を重ねた。
根はお人好しなのか、それともお節介なのかは分からないが一緒に頼んであげると彼女は笑った。仮にも敵であるうえに差し伸べた手を叩き落とした相手にだ。
普通なら腹が立つだろうし、関わりたくもないと思うはずなのに、こいつは最初に会った時と何も変わらなかった。
そういう性格の人間なのだろうとは思うと正直、やりやすいとは思った。手を叩き落とした事が無かった事にはならないが、気まずい空気が流れる訳でもなく、むしろ突っかかって来るくらいに勢いである事に安心感を覚えていた。
頼れる相手がまだこの船には居なかったので、お節介なナマエは物事を頼むのに丁度良いと思っていた。
ナマエがサッチに白ひげと話をする機会を設けて欲しいと一緒に頼んでくれ、今、白ひげ、サッチ、ナマエの4人が甲板に集まり、おれの話を聞いていた。
「──ちょっと待て、エース!オヤジに話があるからあいだに入ってくれっていうからつれてきたら、そりゃ、なんのつもりだ。お前も知ってたのか?」
「仕事が欲しいって事は聞いてたけど、理由はよく分からなかった」
「だったら、最初に仕事が欲しいって事をおれに言うべきだろ」
「あんたの面目を潰す気はねェよ。おれの話はいま言った通りだ」
ナマエにも伝えた通りに、仲間が飯を食わせてもらった恩があるからその仁義は通す、その事を伝えればサッチは面を食らっていて、一度話を聞いたナマエでさえも苦笑いを浮かべていた。
医務室でデュースに言われた言葉、「おれの船長は、エース…おまえだけだ。おまえがどんな人生を歩もうと、ついていきたい。おまえがあくまで白ひげの首を狙うっていうなら、止められねェよ。ただ…仁義は通せ」
「白ひげを狙うなら堂々とやれ。おれにおまえを裏切らせるな」の二つがずっと胸に残っていた。
確かに、おれは白ひげを寝込み襲ったり、背後から攻撃をしたりと狡い手を使ってでも、何とかして首を取ろうとしていた。
全部、デュースの言う通りだった。おれらは白ひげに喧嘩を売って、敗北をした。海に放り込まれてお陀仏になっていても文句は言えない状況にも関わらず、白ひげは許すどころか枷も付けずにおれたちに飯すら与えた。
海賊の中にもルールだって存在する。それらを無視して、白ひげの首を狙うのは筋が通っていない。仲間たちは白ひげに寝返ったわけではなく、命を救われ、飯を食わせてもらった恩を返す為に、海賊としての筋を通す為に白ひげ海賊団の中で生きていた。
「つまり…ウチに入るってことだろ?オヤジの息子に…」
「ちがう」
「え?ちがうの」
サッチは困惑した顔でナマエを見て「通訳を頼む」だなんて言っていた。話を振られたナマエも困惑した表情で緩く首を横に振って「私もそこから理解が出来てないの」と告げた。
そりゃそうだ。突発的に思い至った事を口にしてしまっているだけで、おれ自身が一番、どうしたら良いのかも自分だけがここでの居場所を分かっていない。自分でもよく分からないから、白ひげに「働かせろ」と丸投げをしている。
「働くたって、おめェ…なにができる?雑用か?億越えのルーキー様が…」
「そんなんじゃ、メシ代にもならねェだろ。おれは働きてェんだ。白ひげ…あんたに貸しを作るくらいに」
「貸しって…?もしオヤジに貸しを作ったとして、どうするつもりだ」
「貸しができたら、そりゃァ、返してもらう。それが仁義だろ。おれはな白ひげ…おまえとの勝負を要求する」
そう告げれば、サッチは言葉を失い、ナマエは「そういう事ね」と面白そうに笑っていた。白ひげは特にリアクションを起こす訳でもなく、短く「そうか」と答えただけだった。
「わかった。いいぞ。話はそれだけか」
「いや…いやいやいや!待て、エース!オヤジもだ!たとえオヤジが認めたって、おれが認めねェぞ!ナマエもなんか言ってやれよ!」
「いいじゃん、わかりやすくて。それに楽しそうだし」
「話は決まったな。さしあたって、なにをすればいい」
「皿でも洗ってな火の玉小僧。そのうち、なんかデカい仕事をやる」
白ひげは独特な笑い方で豪快に笑いながら、船室へと消えていくのを見届けてから、サッチとナマエに向き直った。そして、二人に勝負を見届けて欲しいと頼んだ。
そうすると、勝負をするにあたって決め事をすると言い出しその決め事を聞いていれば、白ひげが一旦戻って来た。
「今日から、そいつは正式なうちの客分だ。身元預かり人は、おまえがなれ」
「おれ…?は、はァ…」
「とはいうものの、おめェにはうちの台所を預けているからな。ほかに世話係をつける… ナマエ、おめェがやれ」
「私、ですか?ティーチとかの方がいいんじゃないですか?古株だし」
「おまえも充分古株だろ。そもそも、あいつは人の世話をするとかのタマじゃねェ」
「それもそうだけど。…エースが私でいいなら」
不安そうにおれを見つめて来るナマエに肯定の意味を込めて軽く頷けば、ホッとしたかの様に小さく息をはいていた。
この時、手を叩き落とされた事を気にしていた事を知る。何も気にしない能天気な女ではなく、ただ気にしないようにしてくれていただけだと。
申し訳ない気持ちが少なからず、胸に広がったが手を取る事はどうしても出来ないので仕方ないと自分に言い訳をしてみるが、胸のモヤモヤや罪悪感は消えず、そう簡単には割り切れるものでは無かった。
「…てな感じで、うちの海賊団は成り立ってます」
「は?今、なんて?聞いてなかった」
「もう10分くらい説明してたんだけど!?」
「悪りィ。もう一回説明してくれ」
「サッチー!!私、もう心折れたよ!!」
「ははッ。まァ、がんばれ。おれはメシの仕込みに行ってくるからよ」
「あ、逃げた!!」
サッチを見送った後、考え事をするあまり話が全く耳に入ってなかった事を告げれば、ナマエは眉を下げて少しだけ悲しそうに笑った。
その表情を見たら、やっぱりどうしても罪悪感は湧いて出てしまって。
どうしたらいいか分からなくて、視線を下に落とした。
「私が嫌なら今からでも変えられるよ。オヤジの指名だからって無理する事ないし」
「そうじゃねェ。お前が嫌いとか、そんな事、思ってない」
途切れ途切れだけれど、自分の思っている本心をちゃんと告げれば、嬉しそうにヘラッと笑った。最初に会った時とはまるで印象が違くて、少し戸惑う。
こんなにも表情がわかりやすかったのか、と。もっと、曖昧な表情と平和ボケしたかのようなヘラヘラした顔だけの印象だったけれど。
…あぁ、そうか。自分の見方が変わったのだと、不意にそんな事を思った。最初の頃は敵の女で馴れ合うつもりもなかったし、白ひげに負けて気が立っていたという事も相まってちゃんと顔を見ようとはしていなかった。本当は結構分かりやすくて感情がすぐ表情に出る奴なんだという事に今更気が付いた。
「今からもう一回説明するから、ちゃんと話聞いてよね!また聞いて無かったって言われても、もう二度と説明しないから」
「手短に頼むよ」
「難しい注文するね…。まぁ、そうね。うちの海賊団は細かい事はあまり気にしないから、筋さえ通ってれば自由にしてて大丈夫だよ」
「ふーん、そうか」
「何か分からない事があったら、その都度聞いてくれればいいから。海賊なんだし、自由にいこう!」
そう言って笑う、ナマエは本当に自由そのもので。どこへでも飛んで行けそうなくらい軽やかで、まるで大海原を渡る鳥のようだ。
そんな人間がどうして、海賊なんかになろうと思ったのか急に疑問に思ってしまった。
確かに海賊は自由ではあるが、海軍に追われる身になってまで海賊になろうと思う理由が思い当たらない。もっと別の選択肢もあっただろうに。
「なァ。あんた、なんで海賊なんかになったんだ」
「え?」
「親とか反対しなかったのか?普通、娘が海賊になるとか言ったら、心配するもんじゃねェのか」
「さぁ?心配なんてしないと思うよ」
「思うってなんだよ」
「だって、私、捨て子だし。簡単に捨てられるくらいの情しかない子供の心配なんてしないでしょ、普通」
気になったからと軽率に聞いてみてしまった事を軽く後悔した。まさか、こんな返答が返って来るとは予想していなかったからだ。
どうせ、ヘラヘラと笑って「楽しそうだから」とかそんな何気ない理由なのだろうと勝手に思ってしまっていた。
平和ボケしている様に感じているからと言って、本当に平和ボケしているとは限らないというのに。
誰にだって触れられたくない事もあるのに無遠慮に聞いてしまった事に罪悪感が生まれ、ここで会話を終わらせた方がいいのかと答えあぐねていると、ナマエはそれを察したのか、大丈夫という様に笑って話を続けた。
「私の生まれた街はさ、海賊に襲われて全てを奪われた挙句、街も焼かれて、生きる場所すら無くなった。火から逃げる途中でお母さんに懸命に繋いでいた手を突然離されたの。どんなに泣いても、叫んでも、何度お母さんって呼んでも、振り返る事は無かったし、立ち止まる事も無かった」
そう淡々と話すナマエの横顔は、最初に会った時と同じように感情を読み取れないほどに曖昧な表情になっていた。捨てられて悲しいとも違う、その海賊に怒っているとも違う。どんな感情が彼女の心を覆い尽くしているのか検討もつかなかった。
「…恨んでねェのか?その…母親を」
「別に。だって、仕方ないじゃない。自分ひとり生き延びるのでさえ困難な状況なのに、子供なんていたら邪魔でしょ?恨んだって、意味なんてないの」
「そん時、死にてェとか思わなかったのか」
「生きたい理由なんてなかったけど、死にたい理由も無かったから。何となく、生きて来ちゃった。昔も、今も」
意味なんてない、その言葉に込められた意味はきっと、諦めに近い感情なのだと気が付いた。親やその海賊を恨んだって何かが返って来るわけでも平和だった時に戻れる訳でもなく、ただ自分は捨てられた子だという事実だけが残る。それを分かっているから、もう諦めたのだとそう感じた。
何も期待もせずに諦めているから、生きれるなら生きるし、死ぬ時が来たら死ぬ、ただそうやって何となくで生きてしまったのだと。
「でも、ゴミみたいになってしまった街でゴミのように存在していただけの私をオヤジは見つけて、家族にしてくれた。拾ってくれたのが海賊だったから、海賊になったの」
昔を懐かしむ様に目を細めた後、ナマエは「だから、オヤジには感謝してるんだ」と笑った。
おれはその顔を理解出来なかった。海賊に全てを奪われ、そのせいで親にも捨てられ、ゴミのようだと自身を揶揄するくらいの思いをしたはずなのに何故、そんな風に笑えるのかと。
「…じゃあ、ゴールド・ロジャーはどう思う」
「ん?海賊王の?」
「あぁ。そんな海賊たちを生み出した、大海賊時代の幕を開けた張本人はどうだ」
「どうって…」
「もし、そいつに息子が居たらどう思う」
なに、言ってんだ、おれは。なにをバカな事を聞いている。そんなの聞いたって、答えはわかりきっているのに。期待なんてするな、何度も聞いた言葉を言われるだけだ。とうに諦めている癖に。
そう思うのに、口は勝手に動き、言葉は勝手に紡がれてしまう。
「海賊王に息子が…居たら…?」
「あぁ。お前はどう思う」
「…息子が居たら、ゴリラみたいな男だと思う」
「…はァ!?」
「ほら、噂ではゴールド・ロジャーって270㎝以上もあったっていうじゃない。そして、海の王となれるくらいの強さを持っている人の血を継いでいるなら、息子も強そうなゴリラ男だと思うの!」
「どう思うってそういう意味で聞いてねェんだよ!」
真剣な顔でそう答えるナマエに思わず気が緩んでズッコケそうになりながらも、そう返せば彼女は大きな声で豪快に笑った。
頓珍漢女はなお健在で、自分の求めていた答えとはまた違うけれど、今まで言われて来た言葉たちの中でもまた、違う。
悩みなんて吹っ飛ばしてくれる様な、そんな笑い方をするナマエの声に釣られるように強ばった口元は微かに緩んだ。
「じゃあ、エースはどう思うの?海賊王に息子が居たら」
「……ゴリラじゃなくて、男前かもしれねェだろ」
「それならお近づきになりたい」
「欲望に忠実だなお前!」
「人間、素直が一番よ」
名言を言ってやったといわんばかりの顔で得意げな顔しているナマエをみていたら、無性に笑いが込み上げてきて思わず吹き出すと彼女もまた同時に吹き出した。
白ひげに敗北してから、久しぶりにこんなに声に出して笑った。別にこんなに大声を出して笑うほど、面白くなんてないのに、涙が出るくらいに笑ってしまった。
「…でもさ、ロジャーがどうとか、その息子がどうとかなんて何も関係ないんだよ」
「関係、ない…?」
「全てを奪ったのは確かに海賊だけど、与えてくれたのも海賊。だから、全ての海賊が悪いとは思ってないし、ましてや海賊王やその息子がどうかなんて、何も関係ない。すくなくとも、私はそう思う」
「じゃあ、お前は…その息子が、生きててもいいって思うのか」
「当たり前でしょ。生きる権利はみんな平等に持って生まれるんだから」
目を見張ってしまった。自分の聞き違いなのかと。都合の良い妄想か、はたまた夢なのか。
ずっと求め続けていたような気がした、その答えが本当に現実なのか分からなくなる。
綺麗な音となって聞こえたその言葉はあまりにも淡くて儚くて、すぐに消えてしまいそうで。
思わず、両手で耳を塞いでしまうほどに消えて欲しくなかった。
「それにね、もし本当に息子が居るなら、仲良くなりたいな」
「男前だったら、か?」
「あは、バレた?」
「お前なァ!」
大口を開けて笑うナマエの姿は女らしさの欠片もないけれど、その笑い方がいいな、と思ってしまう。感情が読み取れないような曖昧な表情だったり、諦めたような表情をしているのはもう見たくない、と。笑った顔だけを見ていたいと、そう思ってしまった。
「エースはどうして海賊になりたかったの?」
「…分からねェ」
「え?どういうこと」
「ただ、名声を手に入れたくて…、その手段が海賊だったってだけで別に海賊になりたかったワケじゃねェ。…だけど、今、分からねェんだ。名声を手に入れたとして、その先自分がどうしたいのか分からなくなっちまった」
ポツリ、ポツリとこぼれ落ちる本音にため息をはいた。何を弱音みてェな事を言ってしまっているのか。スペード海賊団の仲間でもない、ましてや、まだ敵である白ひげの仲間の人間に、だ。
海賊になろうと思ったのは、大犯罪者の息子として苦しめられて来た人生だけれど、前を向いて生きて行くには恨みしかない父親を超えるしかなかったから。
だけど、父親を超えるどころか白ひげには負け、ここでの居場所すら分からないでいる。それなのに、名声やら高みやらなんて、余計に分からなくなってしまった。
「じゃあさ、一緒に見つけようよ。エースが欲しいものをさ。何が出来るかは分からないけど、手伝うよ」
当然の様にそう言ってくれるナマエの言葉は今度は、すんなりと胸に落ちてきて素直に受け入れることが出来た。
そんな自分に少し驚きつつも、心のどこかでそうしたいと、その言葉が嬉しいと思っている自分が確かに存在していた。
「…じゃあ、お前も見つけろよ」
「え、私も?」
「あァ。生きたい理由」
「生きたい…理由…」
「死にてェ理由がねェなら生きたい理由を探そうぜ。おれも手伝ってやる。まァ、おれの探し物を手伝ってくれる礼だ。恩を受けたら返す、海賊の礼儀だろ」
なんていうのは建前なのは自分自身が一番分かっている。間接的ではあったが、生きる権利は平等にあると言ってくれたナマエにも生きて欲しい。ただ、何となくとかじゃなくて、生きたい理由を見つけて欲しかった。
「…私たち、人生の迷子みたいだね」
「かもな」
「じゃあ、迷子同士、改めてよろしくね、エース」
初めて会った日と同じように差し伸べられる小さな手。
今なら少し触れてもいいだろうか。その手を取っても許されるだろうか。
燃えるような夕日の赤と静かな海の底のような夜の青が溶け合うような宵の空に明星がきらりと輝く。まるでナマエの居る世界とおれの居る世界がひとつに溶け合い、この世界で生きる事を許された様な気がして。お伽噺でもあるまいし、そんな訳がないと思いながらもその微かな星の光に縋ってみたくて。
今はまだ偽りの自分だから、全てを手にする事は出来ない。だから、差し伸べられた指先だけにソッと指を重ねた。