愛とか恋とか
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今日も4番隊はシマ荒らしの海賊団の討伐へと駆り出されている。
あらかた方はついて、今はサッチの指示に従って後処理に追われていた。
ろくでもねェ海賊団の船長を縛り上げてサッチに引渡し、残党は居ないかと辺りを見渡す。
周囲には物音さえしないので全て終わったと思い、小さく息を吐くと同時に少し離れた所から大きな物音がした。
「なんだ?エース、音のした方を見て来てくれねェか」
「わかった」
サッチに頼まれ音のした方へ歩いて行くと、自分が居る場所から少し離れた所にナマエと男が交戦しているのが見えた。
残党がまだ居たらしく、助太刀に向かおうと思ったがあいつはなんだかんだ強いし、いつも男
だろうと構わず蹴り飛ばしているから助けなんていらないだろう。
おれがナマエの元に着く頃にはどうせ終わってる、と一瞬目を離した隙に大きな音がまた鳴った。
男が倒れた音だろうと想像しながら視線をナマエの方へ戻すと地面に転がっていたのは男ではなく、ナマエの方だった。
嘘だろ、と小さな声で呟きながら焦燥感に駆られながらも地面を蹴り上げて走り出した。
その間にもトドメを刺そうと男がナマエに向かってナイフを振りかざすのが見え、走るよりも先に火を纏った拳を振った。
「火拳!!」
半ば怒鳴りつけるような声を出しながら放った炎がナマエの上に馬乗りになった男に向かい、当たった途端に業火に包まれながら吹っ飛ぶ男をみて、自分でも驚いてしまう。
いつもより無意識に火力を強めに技を出してしまっていたらしい。
近くにいたナマエにも火傷を負わせていないか心配になり、慌てて駆け寄って地面に倒れているナマエを抱き抱えた。
「おい!大丈夫か!?」
「あ、エースか…。ありがとう、助かった」
「火傷、してねェか」
「それは大丈夫」
パッと見た感じでは火傷は本当にしてなさそうだが、肩を左手で押さえているナマエの顔色は真っ白で額にびっしりと汗を浮かべているので、
肩を痛めているようだった。
一見、出血もしていなそうだから怪我はしていなさそうだ。
「肩どうした」
「右腕掴まれて地面に叩きつけられた時に痛めたみたい」
「折れたのか」
「分かんないけど、痛くて腕上げれない…」
苦痛に顔を歪めた姿を見たら思わず舌打ちが溢れてしまった。もちろん、その矛先はさっきぶっ飛ばした男に向けてなのだが、ヘマをした自分に向けてだと思ったようで小さな声で「ごめん、油断したつもりはなかったんだけど…」と悔しそうに呟いた。
「一旦、船に戻る。肩に響くかもしれねェけど、我慢してくれ」
断りを入れてから背中と膝裏に手を回して一気に抱き上げると、やっぱり肩に振動が伝わってしまったようで苦悶の表情を浮かべて下唇を噛み締めて痛みに耐えていた。
なるべく揺らさないように気を付けながらも船に戻る道中を全力で走っていると、サッチがおれらに気がついて「おい!どうした!」と大声を上げて来たが、足を止める余裕もなく「ナマエが怪我した!先に船に戻る!」とだけ叫び返した。
その間も時折、痛みに声を漏らしているのが聞こえ焦りが増す。早く、医務室に連れて行ってどうにかしてやりたい一心でひたすら足を動かした。
長く感じた船までの道のりがようやく終わり、船内をナマエを抱いたまま全力で駆け抜けるおれに驚いたような表情で何事かと視線を向けて来る船員たちに一切構う事なく、一直線に医務室を目指す。
途中でハルタとすれ違い「あれ、エースとナマエ?」と言っているのが聞こえたが、返事をしている余裕なんて今はなく、スルーをしてしまった。あとで、ハルタには謝ろうと心の中で「悪ィ、ハルタ!」と呟いているうちに目的地である医務室の辿り着いた。
両手が塞がっているので、思いっきり足で医務室のドアを蹴り飛ばして半壊させて中へ足を踏み入れると、目を全開にして口をぽかんと開けているデュースと目が合った。
ドアを壊したのがおれだと分かると、一気に眉を釣りあげて非難の声を上げる。
「おい、エース!ドアを壊すな!」
「ンな事、どうでもいい!とにかく、ナマエの怪我を見てくれ!」
抱き抱えていたナマエをベッドに静かに降ろして横たわらせ、痛みで溢れた汗に濡れた前髪を分けながら「大丈夫か」と声を掛けるが掠れた声で「大丈夫…」と返って来る。だけど、全く大丈夫では無さそうな声に焦り、デュースに「早く診てくれ!」と再度声を掛けた。
デュースがベッドサイドに立ち、左手で押さえている右肩を診ながらおれに「何があったんだ」と聞いて来たのでさっきあった出来事を話すとデュースは怒りに満ちた顔でおれを見た。
「はァ!?お前が居ながら何やってんだよ!」
「うるせェ!そんな事、おれが一番わかってんだよ!」
2人して焦っていて心に余裕がない為、言い合いを始めてしまった。おれらの声に「ごめんね、二人とも」と申し訳なさそうに眉を下げながら呟いた。
その顔を見たら、おれもデュースもなにも言えなくなって口を噤む。
デュースが肩を診る為に服をズラすが、やっぱり外傷はないようだった。
骨折にしては大きな腫れは見られないので、なんだろうと首を捻っているとデュースは二の腕を持って上に持ち上げた。
「ナマエちゃん、こうすると痛い?」
「いッ…!?ちょ、痛い!痛い!死んじゃう!」
「お前、何してんだよ!」
腕を軽く捻るだけで、顔を酷く歪めてデュースの腕を左手でバンバンと叩いていたのを見て、止めさせようとデュースの腕を掴んだ。
「骨は折れてないけど、脱臼してるな」
「マジ?」
「ほら、ここ。左肩と比べて骨の位置、ズレてるだろ?」
「おォ…すげェ」
「エース、なんで感心してるの…」
正常な左肩と比較してみると右の肩峰が出っ張っていた。思わず、感嘆の声を上げてしまい慌てて口を閉じた。
流石に痛みで苦しんでる奴を目の前にスゲェという発言は失言だったと反省した。
「ひとまず、鎮痛剤飲んで、右肩冷やして。その後、固定するから暫くは安静してるように。戦闘はもちろん、料理もダメだから」
デュースがそういうが何も言わずにいる。その表情は不満…というより不貞腐れているように見えた。
だが、デュースがそれをそのまま終わらせるわけもなく「返事」とピシャリと言えば、叱られた子供のように「はい…」と答えて、しょぼくれてしまっていた。
あまりのしょぼくれ加減に可哀想になってしまい、慰めの意を込めて頭を撫でてやると余計に口を尖らせていく。
いや、なんでだよ。
怪我人相手にそんな事を言うのははばかれ、心の中でボソッと文句をこぼした。
その間もデュースはテキパキと処置をして、氷嚢で冷やした後、器用だなと関心しているうちにナマエの右肩は三角巾で完璧に固定されていた。
「おれはサッチ隊長に報告しに行って来るから。エース、ナマエちゃんの様子見ててくれ」
そう言い残して、デュースは慌ただしく医務室を出て行ってしまった。
残されたおれたちの間には沈黙が落ちてしまい、微妙に気まずい。「大丈夫か」と声をかけてみたが、小さく頷くだけだった。
あの時は必死だったから平気だったが、今更になってナマエが敵にやられそうになっている光景が脳裏に蘇って、急に指先が冷えていくような感覚に襲われる。
間に合ってよかった。生きてて…よかった。
一気に身体の力が抜けてその場にしゃがみ込むと、びっくりしたようにおれの名前を呼びながら「エースもどっか怪我したの?」心配そうに声をかけてきた。
情けないくらいに指先は震えて、心臓が生き急ぐようにドクドクと脈を打つ。
気持ちを落ち着かせるように長く深いため息を吐くと、また勘違いしたようで「ごめん」と謝罪の言葉を口にした。
「いや…、おれの方こそ悪かった」
「なんでエースが謝るの」
「近くにいたのに守れなくて、怪我負わせちまった」
「エースのせいじゃないよ」
「守れなくて、ごめん」
ベッドに寝ているナマエに向けて頭を下げるがもう何も言わなくなってしまった。
顔を上げて様子を伺うと顔を壁の方に向けてしまっていて、何を思っているのか分からない。
「怒ってんのか」と声をかけると、ナマエは毛布を頭まですっぽり被って縮こまってしまった。
「…私はエースに守って貰わないといけないほど、弱い…かな」
布団の中からくぐもった声が微かに聞こえて来て、時が止まってしまったかのように息も鼓動も脈拍も全て一瞬感じられなくなった後、大きくドクンと心臓が跳ねてから一気にまた鼓動と脈拍が早く動き出した。
そう返って来るとは思っていなかった予想外の言葉に固まっていると布団から少し顔を出して「…ごめん。今のは違うね」と言ったがその目は悲しそうに揺れていた。
「そういうつもりで言ったわけじゃねェけど…悪かった」
「私の方こそ、ごめん。…あと、助けてくれてありがとう」
伝え方を間違えてしまった。
白ひげの船に乗った時から、いつも朝と夜に毎日欠かさず、鍛錬をひっそりしている事は知っていた。
たまにマルコとかジョズ相手に必死に喰らい付いて行っているのも何度も目にして来たし、生傷を作りながらも、何度負けてもそれでも立ち向かっていく姿を見て来た。
なのに、女だから守らなきゃいけない弱い存在だと捉えてしまわれても仕方ないような言い方をおれはしてしまった。
そういうつもりで言ったわけではなくても、伝え方一つ間違えるだけでこうも相手を傷付けてしまう。
弱いと思っているわけじゃないけど、できればナマエには怪我はして欲しくないし、なんでか分からないが、おれが守りたいと思ってしまった。
だけど、その感情を適切に伝える言葉が見つからない。
どうしたら、ちゃんと伝わるのかが分からねェ。
お互い言葉が見つからず、黙っているとドスドスと大きな足音が複数聞こえ、壊れて半分開いているドアからサッチとイゾウが医務室に雪崩れ込むように入ってきた。
「無事か!?」
「金平糖食べるか!?」
サッチのは言葉は分かるが、イゾウの金平糖食うかって飛び込んで来るのは意味わかんねェよ。
つーか、イゾウの奴、金平糖与えすぎだろ。
「平気だよ。だけど、金平糖はもらう」
このタイミングで貰うのかよ。
食い意地が張ってるのか、呑気なのかは定かではないが金平糖を食う元気はあるようで少しは安心した。
少しだけイゾウに対してモヤッとしたが、イゾウがおれの方を見て「エースもいるか」と聞いて来たので素直に食えるもんは貰っておいた。
2人でボリボリと音を立てながら金平糖を食べているシュールな光景の中、サッチとイゾウは特に気にする訳でもなく今後の話を進めていた。
「お前は怪我を治す事に専念だな」
「仕込みの手伝いくらい出来るよ」
「利き腕なのにどうやって出来るんだ」
「…出来るもん」
「はいはい、わがまま言ってないで大人しく休んでいるように!」
サッチにそう念を押されて渋々頷いていた。
こういう時くらい素直に休めば良いのに、とは思う。
むしろ、普段から他の奴らより何倍も働いているように見える。
部屋に戻ると言ったので、送ると申し出て立ち上がったナマエを支えようと手を出したが、要らないとだけ返されてしまい、行き場の無くした右手は虚しく宙ぶらりんの状態で固まった。
ナマエが医務室から出て行った後、サッチは「あいつの代わりにしっかり手伝ってくれよな!」と笑って右肩を叩いて来た。
イゾウも「頑張れ」と左肩を叩いて、医務室を出て行った。
その夜の夕飯はおれも手伝ったが、殆どサッチ1人で作り上げた。いつも通りメシは旨かったが何かが物足りないような気がして、騒がしいハズの食堂もいつもより静かに感じた。
夜更けに小腹が空いて食堂へ足を運んだが、そこでナマエは居ない事を思い出した。
いつもなら、朝ご飯の仕込みをしているか片付けをしている時間なので顔を出すと呆れたように笑いながらも毎回、夜食を作ってくれるのだが、今日から暫くはそれもない事に気づき、なんだか物足りないような気がした。
腹も足りないけど、それ以上に胸にポッカリと穴が空いてしまったような気分だ。
「なんか、つまんねェな」
食堂の入口で独りごちて、そのまま部屋に戻ろうと踵を返すと背後から「エース!ちょっと待ってくれ!」というサッチの声が聞こえたので足を止めて、厨房の方へ顔を覗かした。
「良いところに来た!ちょっと手伝ってくれ」
「なんだよ」
手招きをされ、渋々厨房に足を踏み入れるとサッチにヘラを急に手渡されて首を傾げていると「コンロの前に立って」と指示され、その通りに従う。
コンロの上には小鍋が置かれており、サッチが鍋に火をかけてその中に茶色い粉をスプーン3杯入れた。
「はい、そのまま煎って」
「煎る…?」
「そのまま、ヘラで混ぜて」
指示通り、粉を適当にグルグルと混ぜていると今度は砂糖をスプーン2杯と塩をひとつまみ鍋に入れた。
その後、牛乳を少しだけ加えて「はい、練ってー」と言ったのでそのままヘラで混ぜ続けた。
牛乳と粉が綺麗に混ざり合い、ドロッとした物が出来た。
「なんだよ、これ」
「まだ完成じゃねェのよ」
サッチは牛乳をコップ2杯分鍋に入れて、「そのまま混ぜて」と言われたので、またクルクルとヘラを回した。
甘い香りが鼻腔をつき、減っていた腹の音が思い出したかのように厨房に鳴り響いた。
サッチは「スゲェ音だな」と笑いながら、コンロの火を止めて、鍋に入っている液体をマグカップに移した。そして、その上に小ぶりのマシュマロを数個乗せた上に茶色い粉を振りかけてから、おれの手に二つのマグカップを手渡した。
「サッチ特製ココアだ。昔からナマエはこれが好きなんだ」
「へェ」
「今、あいつが不寝番してるから持って行ってやってくれ。今日は冷え込むからなァ。頼んだぞ!」
サッチはおれの背中をバシッと叩いて使った鍋を鼻歌を鳴らしながら洗い始めた。
なんで、おれの分まで…なんて野暮な事を聞くのは止め、素直に見張り台へ向かう事にした。
サッチは適当なノリと変な見た目に反して意外にも周囲に目を配っていて変化にすぐ気が付く。
おれとナマエが微妙な空気になっているのも気が付いて、仲直りでもして来いという気遣いなのだろう。
マグカップを二つ持ちながら、どう登れってんだよと心の中で文句を言いながら溢さないように細心の注意を払って絶妙なバランスを保って見張り台に顔を出すとブランケットに包まったナマエがおれの顔を見て「ヒィ!!」と化け物でも見たかのような悲鳴を上げた。
「痛っ!!肩に変な力はいった!!オバケかと思ってびっくりしたじゃん」
「いねェよ、オバケなんざ」
おれだと分かると安心したように肩の力を抜き、痛んだ肩を摩っていた。
見張り台に乗り込み、手に持っていたマグカップを一つ、手渡してから勝手に自爆して肩を痛めて涙を浮かべているナマエの頭を軽く撫でた。
今度は唇を尖らせる事はなく、ゆるりと弧を描いていた。
「サッチのココア?」と嬉しそうに聞いて来たので、頷けば「ありがとう」と笑ってココアを一口飲んだ。
おれもココアを一口含むとじんわりと甘さが広がり、身体と心も温かくした。
突っ立っているのも変だと思い、隣に腰を下ろしてみたが、思ったより展望台は狭くて肩が触れ合ってしまった。
「…悪ィ」
「ううん。ていうか、エース寒いでしょ、戻らなくていいの」
「寒くはねェ」
「そう」
そう言ったものの、夜の海はそれなりに冷え、いくら自分が炎だと言っても上に何も着ていない生身だと流石に肌寒かった。微かに身震いしたのがバレたのか、「入りなよ」と包まっていたブランケットの中へ誘うが、一人用なのでおれが入ったら狭くなってナマエがちゃんと暖を取れないだろうと思い、首を横に振ればナマエは少し考えるように顔を斜め上に向けて数秒、黙り込んだ。
「こうすればいいんだ!」
「は…?」
何を思い至ったのか、急に立ち上がっておれの肩にブランケットを掛けてから「ちょっと、失礼」とかほざいておれの脚の間に身体を滑り込ませた。
いきなりの行動に固まっているとおれの方にもたれかかりながら呑気に「はー、さすがメラメラの実だね。暖かいわー」と言っている。
「……はァ!?バカだろ!」
数秒、固まったのちにどう考えても意味不明な行動に声を上げるが特に気にしている様子もなく、平然としている。
「なんで?一番、効率良く暖まる方法じゃない?」
「…お前、他の奴にもこれやんの」
「しないよ。だって、他の人はメラメラの実の能力ないじゃん」
「あ…?それもそうか…?」
段々とナマエの行動が最適解に思えて来て、混乱し始める。
間違っているのがおれでナマエが正しいのか…?
自分の脚の間にスッポリと収まってしまう程に小さな身体に男女の差を意識させられている気がして、じわじわと小っ恥ずかしさが湧き上がって来る。
いやいやいや、やっぱりおかしいだろ…!!
「エース、寒くない?」
呑気にナマエが振り向くと思った以上に顔が近く、驚きで「うおッ!」と情けない声を上げて仰け反りながら、頬に手を当てて顔を前に戻そうとした。が、思ったより勢いがついてしまった為に首はグキッとヤバそうな音を立てながら、勢い良く反対方向へ向いてしまった。
「ぎゃ…!首まで負傷させる気ですか!?」
「あ…悪ィ…!」
首を摩りながら文句を言って来るナマエに申し訳なく思いつつも、お前のせいだとも思い複雑な気分でいっぱいだ。
そんなおれの心境なんてまるで知らないナマエは呑気に夜空を見上げていた。
「ねぇ。今日、月が凄く近く見えるね」
「あ?あァ…え?」
「だから、月」
何言ってるのか全く耳に入って来ねェ…。
不思議そうにしながら、また振り返って来ようとしたのでそのまま頭に右手を置いて「だから、こっち向くな」と振り向かないように力を込めて、頭を固定させた。
なんでだとギャーギャー騒いでいるが振り向かれたら、かなり困る。絶対ェにこっちに向くなよ、と念を送りながら頭を掴んだ手を緩めないように気を張った。
ナマエは諦めたのか振り向こうとしていた力を緩め、また上を見上げた。
「空気が澄んでるから、月がくっきりしてる。綺麗だね」
「そうだな、月が綺麗だな」
いや、悪ィけどマジで月なんて綺麗かどうかなんて一ミリも分かんねェし、なんなら自分がなんて言葉を返してるのか全く理解出来てねェ。
ただ、ナマエが言った言葉をそのまま復唱しているだけだ。
月なんてそんなモン見てる余裕なんてこっちにはないし、綺麗だろうと見えなかろうとクソどうでもいい。
今、頭の中を占めているのはこの状況をどうするべきか…という事だけだ。
なんか妙にいい匂いするし。なんつーか、こう…柔らかい匂いっつーか、甘い匂いっつーか…。
想像したら終わりだと、首を横に高速で振るが、口から心臓が出そうなくらいにバクバクと高鳴って、呼吸が出来ているのかすら怪しく、酸素が足りないのか首を横に振りすぎたのか分からないが、頭がクラクラして来る。
…あぁ、そうか。サッチが1匹、ティーチが2匹、デュースが3匹、マルコが4匹……
現実逃避をしまくって心を落ち着かそうと試みると、マルコのパイナップル頭が4つあるのを想像したらちょっとゾッとして一気に夢見心地から解放された。
少し頭が冷静になった所でナマエの声がクリアに聞こえ、「…死んでもいいわ?」という言葉を拾い上げ、脳内で処理するが疑問符しか浮かばない。
「は?いきなりなんだよ。死んだらダメだろ」
「だよね。私もそう思う」
「ついに頭おかしくなったか」
「ついにって失礼なんだけど。昔、イゾウが男に月が綺麗だって言われたら、死んでもいいわって返すのがいいって言ってたから」
別に自発的に言った訳じゃねェけどな。
月が綺麗の言葉にそのままの意味意外に何があるってんだ。イゾウの頭ン中、どうなってんだ、と思いながら「意味分かんねェな」と返すと、ナマエよく分かっていないようで首を傾げていた。
「明日、イゾウに聞いてみようか」
ちんぷんかんぷんな会話のおかげで、頭は冷静になりドコドコと暴れるように鳴っていた心臓も落ち着きを取り戻していた。
安堵のため息を吐けば、「ねぇ」と小さな声で呟いた。
「さっきはごめんね。医務室で変な事言っちゃって」
「あ、いや。それは…」
「エースの優しさを無下にするような言い方して、最悪だったよね」
「いや、別に…」
なんて返したらいいのか分からなくて、そんな歯切れの悪い言葉しか返せないのがもどかしい。
医務室でもそうだったが、どうして守りたいと思ったのか、そんな感情を抱いているのかも分からなくて、適切な言葉が見つからずに答えあぐねているとゆっくりと振り返った。
考え事をしていたせいで、頭を固定するのを忘れてしまっていて、間近で目が合ってまた心臓がドキリと鳴った。
妙に顔も熱く感じるのは気の所為だろうか。
「私、もっと頑張るから。ほら、いつかエースに背中預けて貰えるくらい強くなれるようにさ。相棒みたいな感じになれたらいいなって」
「…そりゃあ、いいな」
「でしょ。4番隊名物になれたら面白いよね」
「お前、騒がしいしもう既に4番隊の名物だろ」
「え、嘘。それは不名誉の名物じゃない?」
眉を顰めて口を尖らせる姿はまるで子供のようなのに、月明かりに照らされた顔は普段と違って見えて、収まったはずの心臓がまた暴れ出す。
本人はいつもと同じ調子なのに雰囲気が違うように感じてしまい、内心は穏やかでいられない。
「そういえば、エースって手から火出せるんだよね」
「まァな」
「出して!」
「は?今?」
「うん。焚き火みたいに暖まれそう」
「人を焚き火代わりにすんじゃねェよ」
文句は言いつつ、手から弱めの小さな火を出すと嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。
ナマエの右頬はおれの手から出ている炎に照らされて、オレンジ色に染まる。
月明かりに照らされていた時とは違って、こっちの雰囲気の方がナマエっぽくて好きだと思った。
ひだまりのような暖かくて柔らかい光の中に居るのが似合う。
「私ね、昔の事もあって火は怖かったんだ」
昔、というのは海賊に住んでいた街を焼かれた時の事だろう。
…そうだ、おれは炎で恐怖の対象であり、全てを奪った海賊の、海賊時代の幕開けをした張本人の海賊王の息子だ。
皮肉のようだと思った。
おれは近づいてはいけないと言われているようで。少し、近づけたと思ってもお前は近づいたらダメだと世界から言われているようで、胸が軋むように痛かった。
怖いと言われてしまい、無意識に手から出していた炎は消え、かざされた手だけが行き場をなくして宙を彷徨う。
「…でも、エースの炎は優しいよね」
「は…、優しい…?」
「あの時は熱くて苦しかっただけだったのに、エースの炎は優しくて暖かい。それに今日、エースの炎に守って貰った」
炎の消えた迷子のようにどうしようもなくなっていた、おれの掌に自身の掌を重ね合わせた。
このまま包み込んだらスッポリと自分の手に収まってしまうくらいに小さくて、暖かかった。
「私、エースの炎は大好き」
その言葉に思わず目頭が熱くなって来てしまい、慌てて俯いた。
この歳で泣きそうになるとかありえねェだろ。しかも、ナマエの前でとかダセェ。
でも、その言葉はここに居てもいいと認めて貰えた気がして無性に嬉しかった。
それを言った当の本人はこっちの気持ちなんて一ミリも理解していないから「おーい、エース?どうしたの、お腹痛い?冷えた?」とか的外れな事を言いながら、おれの顔を覗き込もうとして来る。
絶対にこんな顔、見られたくないので「だから、こっち向くな」と、また頭に手を置いて前を向かせた。
「えー…さっきから、そればっか」
「頼むから今はこっち見ないでくれ」
「…しょうがないから、今は見ないであげる。この間のお返しね」
「それこそノンデリカシーってヤツだろ」
「私のは意識して言ったから良いんです」
「よくねェだろ。お前、都合良すぎんだよ」
軽口を叩き合いながらも、ナマエはまた空を見上げている。それに倣っておれも空を見上げてみるが、あいにく星空が綺麗とかそんな感想を抱くようなタチではないので、ただぼんやりとナマエと同じ空を目に映している事実が同じ世界に存在出来ている証の気がして、妙に心地よかった。
空を眺めている間は会話は存在しなくて、それでも無言の時間も良いモンだと思ったのも束の間、ガクンとナマエの身体が後に倒れ込んできた。
ちょうど頭がおれの胸の位置に来て、少し冷たくなった柔らかな髪が触れてくすぐったい。
何してんのかと、顔を上から覗き込めば気持ちよさそうにスヤスヤと眠っていた。
前もいきなり寝たし、警戒心というモンはコイツにはねェのか。
心の中で文句を言ったって全く起きる気配のない事に深くため息を吐いた。
どうせ、ここに居るのだって何も仕事しないのは嫌だとかそういう理由でどうせ不寝番に名乗りを上げたのだろう。
なのに寝てたら世話ねェだろ、とは思うが怪我もして疲れているだろうから起こす気にはならなかった。
自分が代わりに見張りでもしてれば問題ないだろうからこのまま寝かしておく事に決めた。
いつかと同じだな、と寝顔を眺めていたがあの時とは違って胸がくすぐったいような、ソワソワとは違う、ざわついて落ち着かない。
無意識に腕を伸ばして、もたれかかっているその小さな身体を包み込む。
予想通りに腕の中にスッポリと収まり、柔らかくて暖かい存在に心臓がドッと一つ、大きく跳ねた。
脳は寝ている相手に何を勝手に触れてんだと、早く離せと思うのに心は手離すのが惜しくて、このまま時が止まってしまえば良いとすら思ってしまう。
どくどくと胸を打つ、この感情がなんなのかわからないけど、不快ではなくて。
心地良いような、まるで夢の中のような感覚だ。
なのに、たまにギュッと胸が握り潰されたように苦しくなる。
自分自身のことなのに分からないのがもどかしくて、この感情を明白にしたくて仕方がない。
夢中になって眠る姿を見つめ続けて、必死に言葉を探す。
もしも、この感情に名前を付けるとしたら…
「…好きだ、、」
掠れた声で呟かれた自分の声に驚いて、目を見張る。
「……は?」
なに、言ってんだ…?
自分で言った言葉に度肝を抜かれているだなんて、バカみたいだと思うのにアホみたいに呆けた口は簡単には塞がらない。
…あぁ、そういうことか。認めたくなかった感情をもう認めざるを得ない。
デュースやサッチ、他人に言われもイマイチピンと来なかったけど、自分で気が付いた時には胸にストンと落ちた答え。
…だけど、気付いたからってどうしろって言うんだ。鬼の血を引くおれなんかに好かれたって、迷惑でしかないだろ。
だったら、気が付いてしまった感情なんか捨てて、何もないフリをしているのがおれにとってもナマエにとっても1番良いはずだ。
仲間として好きでいてもらえるだけで、おれの炎を好きだと言って貰えただけで、充分だ。
それ以上を求めたって、どうしようもない。
生きる事すら許さていないおれが恋とか愛とか、そんな資格すらねェんだ。
「聞こえてなくて良かった」
これは紛れもない本音だ。ウソなんかじゃねェ。
今もこれから先も聞こえなくていい。ただ、溢れてしまった言葉なんて、一生伝わらなくていい。
悔いは残さない、一度向き合ったら逃げねェと決めて生きている癖にこんなにも向き合うのが怖いと思うのは初めてだ。
四皇や海軍大将を相手にする方がよっぽど楽な気がしてしまうほどに、ナマエを傷つけて泣かせてしまう事が何よりも怖ェんだ。
きっと、自分が死ぬよりも痛ェ。
どうせ一緒に居たいと願う事さえ許されない存在だ。
だから、もうその手を離せと思うのに今だけは…最後の思い出にと、この温もりを手離したくないだなんて、自分勝手な事を思ってしまって、離れ難い。
明日になれば、朝が来ればきっといつも通りにするから、今だけは束の間の夢を見させて欲しい。
そう願って、ゆっくりと目を閉じた。
✴︎
遠くから何か声が聞こえる。未だぼんやりとする思考を手繰り寄せて、重たい瞼を開くと目の前には眉間に皺を寄せたイゾウの顔が飛び込んできた。
まだ覚醒しきっていない頭で考えてみても、なんでイゾウがここに居るのかが理解出来ない。
「なにしてんだ、お前ら」
「なにって…は?」
お前らってなんだ、と周囲に視線をやれば何故か景色は空と雲の青と白が映り込み、頭に疑問符が浮かぶ。
徐々に覚醒して来る脳と蘇って来る記憶に冷や汗がブワッと湧き出てくる。
恐る恐るといったように妙に暖かい腕の中を見れば、昨夜の記憶通りにスッポリとおれの腕の中に収まって未だすやすやと眠るナマエの姿が見えた。
自覚してしまった感情や自分のしている行動をイゾウにバッチリ見られている事への恥ずかしさやらなんやらで、慌ててしまい思いっきりナマエを前に突き飛ばしてしまった。
寝ているので抵抗も何も出来ないナマエは勢いのまま見張り台に顔面から突っ込んで行った。
馬鹿でかい音を立てて突っ込んだナマエは「ぶっ!?」と可愛げもない声をあげて、目を覚ました。
鼻を押さえながら涙目で睨みながら振り返る。
「ちょっと、なにすんの!ただでさえ低い鼻が更に低くなったらどうすんの!」
「あー…悪ィ。それは、うん。本当に悪い事をした」
「…否定してもらっていいかな。サイテー」
「はァ!?先に自分で言ったんだろ!」
「ほんっと、エースは乙女心を分かってないよね!」
「めんどっくせェな!その乙女心っつーやつ!」
「…お前ら、ギャーギャー言ってないでさっさと降りて来い」
イゾウは呆れたようにそう告げて、先に見張り台から降りて行ったので、2人で身を小さくさせながらイゾウに続いて見張り台を降りた。身を小さくさせたのは、怒られるやつだと察したからだ。
二人揃って爆睡してただなんて、不寝番の意味が全くない。
下に降りれば、案の定イゾウから説教をくらい、二人で甲板の隅で「すみません」と謝罪をした。
「なんでエースが見張り台に居たんだ。お前は不寝番じゃないだろう」
「サッチが作ったココアを届けに来てくれたの。その流れで話し込んじゃって、そのまま気づいたら寝てたというか。サッチのココア飲んで眠気を誘われたから元を辿ればサッチのせい…嘘です、私のせいです。ごめんなさい」
言い訳めいた事を口にすれば、イゾウの顔が阿修羅のように険しくなったので即座に素直に謝っていた。
だけど、ちゃんと反省すればイゾウは「仕事はしっかりしろ」と頭を軽く小突いて説教は終了した。
「あ、ねェ。イゾウに聞きたい事があるんだけど」
説教が終わった途端にそう言って、昨夜、おれたちが疑問に思った会話を話した。
イゾウは話を聞いて驚いたように目を見開いてから可笑しそうに吹き出して、大きな声で笑い出した。
おれたちは笑われている意味が分からず首を傾げて顔を見合わせていると、イゾウは笑って涙が溜まった目尻を拭っておれたちの頭に手を置いた。
「お前たちには少し早かったみたいだな」
「どういう事?」
「ワノ国では月が綺麗ですね、と言うと愛の告白になると言われていてな。まァ、ワノ国は奥ゆかしさが美みたいな所があるからな、直接的な表現より美しいだろう?」
「じゃあ、死んでもいいわって返しは?」
「あなたの為なら死んでもいいと言う、最上級の愛の伝え方だとも言われている。他にも返し方はあるが、それが一番有名だな」
「へェ、そうだったんだ!最初から、そう教えてよ」
「悪い悪い。まさか、ナマエがそれを使う日が来るとは思っていなかったんだ。使い方間違えてたけど」
イゾウの話を聞いていると、そんなつもりは全くなかったがそれらしい会話をしていた事が急に恥ずかしくなって来てしまった。
その後に気が付いてしまった感情とリンクしてしまい、余計に恥ずかしさが増す。
おれの方を見たイゾウは小さく目を見張った後、何かに気が付いたかのように紅く塗られた唇をゆるりと弧を描くように持ち上げ、意味深に目を細める。
「あながち、ハズレじゃなさそうなヤツも居たみたいだな」
「ん?どう言うこと?」
「さァな。エースに聞いたらどうだ?」
もう答えを言ってしまっているようなイゾウの言葉に焦りを覚える。ナマエはイゾウの口から出たおれの名前に視線を移し、顔を覗き込んで来た。
急に近くなった顔の距離にびっくりして、情けない声をあげながら距離を取る為に腰を変な角度に曲げて仰反った。
「エース?どうしたの?」
「お前、顔近ェんだよ!!」
「え、いつも通りじゃない?てか、顔赤いけど大丈夫?もしかして、昨日外で寝たから風邪でもひいたんじゃ…」
こっちの気も知らないで、熱を測ろうと無遠慮に額を合わせて来て、身体が固まってしまった。
ほぼ無意識に身体から勝手に炎が出てしまい、ナマエは驚いたようにおれから離れた。
「うわっ!熱ッ…!ちょっと、エース!身体から火出てるよ!」
「あ、悪ィ…!」
「本当に大丈夫?」
「だから!!顔近ェよ!」
心配そうに眉を下げながら再度、顔を覗き込んで来て、こいつ、本当はワザとやってんじゃねェのかと疑ってしまうほどに遠慮なしに近寄って来る。
能力のコントロールすらまともに出来なくなり身体から轟々と炎が燃え盛る。
もうどうにもならなくて、思考回路は正常ではなく、何も考えられずにただ距離を取らないとまずい、その思いだけで船の縁の足を掛けて、海へ飛び込んだ。
我ながら綺麗なフォームなんじゃないかと思うくらいに思考はぶっ壊れていたが、目の前に真っ青な海が見えた瞬間に、あ。おれ、泳げねェ…と我に返った。
「エースが海に身投げした!?ウォレスー!助けてー!!」
ナマエの叫び声と同時に海へ落ちた。
海へ入った瞬間に身体の自由は奪われ、指先一つも動かせない。
昨夜とは正反対の冷たいモノが身体を包み、海底へ抵抗も出来ずにただ、沈んでいく。
...そうだ、おれの世界はここだ。何も無い海の底のような世界。
どうせ、暗くて冷たい世界に還って来るしかないんだ。そういう、運命なのだと痛感した。
夢なら昨日見れた。今までで、きっと一番幸せな夢だった。
夢は刹那的であるべきなんだと、だから幸せなんだと。大丈夫だ、今ならまだ…引き返せる。
掴みたかった手を、今ならちゃんと手離せる。
もう引き摺るな。
そう自分に言い聞かせて、冷たい海の中で夢のような暖かい世界を思い出しながら、目を閉じて静かに沈んでいくことに身を委ねた。
あらかた方はついて、今はサッチの指示に従って後処理に追われていた。
ろくでもねェ海賊団の船長を縛り上げてサッチに引渡し、残党は居ないかと辺りを見渡す。
周囲には物音さえしないので全て終わったと思い、小さく息を吐くと同時に少し離れた所から大きな物音がした。
「なんだ?エース、音のした方を見て来てくれねェか」
「わかった」
サッチに頼まれ音のした方へ歩いて行くと、自分が居る場所から少し離れた所にナマエと男が交戦しているのが見えた。
残党がまだ居たらしく、助太刀に向かおうと思ったがあいつはなんだかんだ強いし、いつも男
だろうと構わず蹴り飛ばしているから助けなんていらないだろう。
おれがナマエの元に着く頃にはどうせ終わってる、と一瞬目を離した隙に大きな音がまた鳴った。
男が倒れた音だろうと想像しながら視線をナマエの方へ戻すと地面に転がっていたのは男ではなく、ナマエの方だった。
嘘だろ、と小さな声で呟きながら焦燥感に駆られながらも地面を蹴り上げて走り出した。
その間にもトドメを刺そうと男がナマエに向かってナイフを振りかざすのが見え、走るよりも先に火を纏った拳を振った。
「火拳!!」
半ば怒鳴りつけるような声を出しながら放った炎がナマエの上に馬乗りになった男に向かい、当たった途端に業火に包まれながら吹っ飛ぶ男をみて、自分でも驚いてしまう。
いつもより無意識に火力を強めに技を出してしまっていたらしい。
近くにいたナマエにも火傷を負わせていないか心配になり、慌てて駆け寄って地面に倒れているナマエを抱き抱えた。
「おい!大丈夫か!?」
「あ、エースか…。ありがとう、助かった」
「火傷、してねェか」
「それは大丈夫」
パッと見た感じでは火傷は本当にしてなさそうだが、肩を左手で押さえているナマエの顔色は真っ白で額にびっしりと汗を浮かべているので、
肩を痛めているようだった。
一見、出血もしていなそうだから怪我はしていなさそうだ。
「肩どうした」
「右腕掴まれて地面に叩きつけられた時に痛めたみたい」
「折れたのか」
「分かんないけど、痛くて腕上げれない…」
苦痛に顔を歪めた姿を見たら思わず舌打ちが溢れてしまった。もちろん、その矛先はさっきぶっ飛ばした男に向けてなのだが、ヘマをした自分に向けてだと思ったようで小さな声で「ごめん、油断したつもりはなかったんだけど…」と悔しそうに呟いた。
「一旦、船に戻る。肩に響くかもしれねェけど、我慢してくれ」
断りを入れてから背中と膝裏に手を回して一気に抱き上げると、やっぱり肩に振動が伝わってしまったようで苦悶の表情を浮かべて下唇を噛み締めて痛みに耐えていた。
なるべく揺らさないように気を付けながらも船に戻る道中を全力で走っていると、サッチがおれらに気がついて「おい!どうした!」と大声を上げて来たが、足を止める余裕もなく「ナマエが怪我した!先に船に戻る!」とだけ叫び返した。
その間も時折、痛みに声を漏らしているのが聞こえ焦りが増す。早く、医務室に連れて行ってどうにかしてやりたい一心でひたすら足を動かした。
長く感じた船までの道のりがようやく終わり、船内をナマエを抱いたまま全力で駆け抜けるおれに驚いたような表情で何事かと視線を向けて来る船員たちに一切構う事なく、一直線に医務室を目指す。
途中でハルタとすれ違い「あれ、エースとナマエ?」と言っているのが聞こえたが、返事をしている余裕なんて今はなく、スルーをしてしまった。あとで、ハルタには謝ろうと心の中で「悪ィ、ハルタ!」と呟いているうちに目的地である医務室の辿り着いた。
両手が塞がっているので、思いっきり足で医務室のドアを蹴り飛ばして半壊させて中へ足を踏み入れると、目を全開にして口をぽかんと開けているデュースと目が合った。
ドアを壊したのがおれだと分かると、一気に眉を釣りあげて非難の声を上げる。
「おい、エース!ドアを壊すな!」
「ンな事、どうでもいい!とにかく、ナマエの怪我を見てくれ!」
抱き抱えていたナマエをベッドに静かに降ろして横たわらせ、痛みで溢れた汗に濡れた前髪を分けながら「大丈夫か」と声を掛けるが掠れた声で「大丈夫…」と返って来る。だけど、全く大丈夫では無さそうな声に焦り、デュースに「早く診てくれ!」と再度声を掛けた。
デュースがベッドサイドに立ち、左手で押さえている右肩を診ながらおれに「何があったんだ」と聞いて来たのでさっきあった出来事を話すとデュースは怒りに満ちた顔でおれを見た。
「はァ!?お前が居ながら何やってんだよ!」
「うるせェ!そんな事、おれが一番わかってんだよ!」
2人して焦っていて心に余裕がない為、言い合いを始めてしまった。おれらの声に「ごめんね、二人とも」と申し訳なさそうに眉を下げながら呟いた。
その顔を見たら、おれもデュースもなにも言えなくなって口を噤む。
デュースが肩を診る為に服をズラすが、やっぱり外傷はないようだった。
骨折にしては大きな腫れは見られないので、なんだろうと首を捻っているとデュースは二の腕を持って上に持ち上げた。
「ナマエちゃん、こうすると痛い?」
「いッ…!?ちょ、痛い!痛い!死んじゃう!」
「お前、何してんだよ!」
腕を軽く捻るだけで、顔を酷く歪めてデュースの腕を左手でバンバンと叩いていたのを見て、止めさせようとデュースの腕を掴んだ。
「骨は折れてないけど、脱臼してるな」
「マジ?」
「ほら、ここ。左肩と比べて骨の位置、ズレてるだろ?」
「おォ…すげェ」
「エース、なんで感心してるの…」
正常な左肩と比較してみると右の肩峰が出っ張っていた。思わず、感嘆の声を上げてしまい慌てて口を閉じた。
流石に痛みで苦しんでる奴を目の前にスゲェという発言は失言だったと反省した。
「ひとまず、鎮痛剤飲んで、右肩冷やして。その後、固定するから暫くは安静してるように。戦闘はもちろん、料理もダメだから」
デュースがそういうが何も言わずにいる。その表情は不満…というより不貞腐れているように見えた。
だが、デュースがそれをそのまま終わらせるわけもなく「返事」とピシャリと言えば、叱られた子供のように「はい…」と答えて、しょぼくれてしまっていた。
あまりのしょぼくれ加減に可哀想になってしまい、慰めの意を込めて頭を撫でてやると余計に口を尖らせていく。
いや、なんでだよ。
怪我人相手にそんな事を言うのははばかれ、心の中でボソッと文句をこぼした。
その間もデュースはテキパキと処置をして、氷嚢で冷やした後、器用だなと関心しているうちにナマエの右肩は三角巾で完璧に固定されていた。
「おれはサッチ隊長に報告しに行って来るから。エース、ナマエちゃんの様子見ててくれ」
そう言い残して、デュースは慌ただしく医務室を出て行ってしまった。
残されたおれたちの間には沈黙が落ちてしまい、微妙に気まずい。「大丈夫か」と声をかけてみたが、小さく頷くだけだった。
あの時は必死だったから平気だったが、今更になってナマエが敵にやられそうになっている光景が脳裏に蘇って、急に指先が冷えていくような感覚に襲われる。
間に合ってよかった。生きてて…よかった。
一気に身体の力が抜けてその場にしゃがみ込むと、びっくりしたようにおれの名前を呼びながら「エースもどっか怪我したの?」心配そうに声をかけてきた。
情けないくらいに指先は震えて、心臓が生き急ぐようにドクドクと脈を打つ。
気持ちを落ち着かせるように長く深いため息を吐くと、また勘違いしたようで「ごめん」と謝罪の言葉を口にした。
「いや…、おれの方こそ悪かった」
「なんでエースが謝るの」
「近くにいたのに守れなくて、怪我負わせちまった」
「エースのせいじゃないよ」
「守れなくて、ごめん」
ベッドに寝ているナマエに向けて頭を下げるがもう何も言わなくなってしまった。
顔を上げて様子を伺うと顔を壁の方に向けてしまっていて、何を思っているのか分からない。
「怒ってんのか」と声をかけると、ナマエは毛布を頭まですっぽり被って縮こまってしまった。
「…私はエースに守って貰わないといけないほど、弱い…かな」
布団の中からくぐもった声が微かに聞こえて来て、時が止まってしまったかのように息も鼓動も脈拍も全て一瞬感じられなくなった後、大きくドクンと心臓が跳ねてから一気にまた鼓動と脈拍が早く動き出した。
そう返って来るとは思っていなかった予想外の言葉に固まっていると布団から少し顔を出して「…ごめん。今のは違うね」と言ったがその目は悲しそうに揺れていた。
「そういうつもりで言ったわけじゃねェけど…悪かった」
「私の方こそ、ごめん。…あと、助けてくれてありがとう」
伝え方を間違えてしまった。
白ひげの船に乗った時から、いつも朝と夜に毎日欠かさず、鍛錬をひっそりしている事は知っていた。
たまにマルコとかジョズ相手に必死に喰らい付いて行っているのも何度も目にして来たし、生傷を作りながらも、何度負けてもそれでも立ち向かっていく姿を見て来た。
なのに、女だから守らなきゃいけない弱い存在だと捉えてしまわれても仕方ないような言い方をおれはしてしまった。
そういうつもりで言ったわけではなくても、伝え方一つ間違えるだけでこうも相手を傷付けてしまう。
弱いと思っているわけじゃないけど、できればナマエには怪我はして欲しくないし、なんでか分からないが、おれが守りたいと思ってしまった。
だけど、その感情を適切に伝える言葉が見つからない。
どうしたら、ちゃんと伝わるのかが分からねェ。
お互い言葉が見つからず、黙っているとドスドスと大きな足音が複数聞こえ、壊れて半分開いているドアからサッチとイゾウが医務室に雪崩れ込むように入ってきた。
「無事か!?」
「金平糖食べるか!?」
サッチのは言葉は分かるが、イゾウの金平糖食うかって飛び込んで来るのは意味わかんねェよ。
つーか、イゾウの奴、金平糖与えすぎだろ。
「平気だよ。だけど、金平糖はもらう」
このタイミングで貰うのかよ。
食い意地が張ってるのか、呑気なのかは定かではないが金平糖を食う元気はあるようで少しは安心した。
少しだけイゾウに対してモヤッとしたが、イゾウがおれの方を見て「エースもいるか」と聞いて来たので素直に食えるもんは貰っておいた。
2人でボリボリと音を立てながら金平糖を食べているシュールな光景の中、サッチとイゾウは特に気にする訳でもなく今後の話を進めていた。
「お前は怪我を治す事に専念だな」
「仕込みの手伝いくらい出来るよ」
「利き腕なのにどうやって出来るんだ」
「…出来るもん」
「はいはい、わがまま言ってないで大人しく休んでいるように!」
サッチにそう念を押されて渋々頷いていた。
こういう時くらい素直に休めば良いのに、とは思う。
むしろ、普段から他の奴らより何倍も働いているように見える。
部屋に戻ると言ったので、送ると申し出て立ち上がったナマエを支えようと手を出したが、要らないとだけ返されてしまい、行き場の無くした右手は虚しく宙ぶらりんの状態で固まった。
ナマエが医務室から出て行った後、サッチは「あいつの代わりにしっかり手伝ってくれよな!」と笑って右肩を叩いて来た。
イゾウも「頑張れ」と左肩を叩いて、医務室を出て行った。
その夜の夕飯はおれも手伝ったが、殆どサッチ1人で作り上げた。いつも通りメシは旨かったが何かが物足りないような気がして、騒がしいハズの食堂もいつもより静かに感じた。
夜更けに小腹が空いて食堂へ足を運んだが、そこでナマエは居ない事を思い出した。
いつもなら、朝ご飯の仕込みをしているか片付けをしている時間なので顔を出すと呆れたように笑いながらも毎回、夜食を作ってくれるのだが、今日から暫くはそれもない事に気づき、なんだか物足りないような気がした。
腹も足りないけど、それ以上に胸にポッカリと穴が空いてしまったような気分だ。
「なんか、つまんねェな」
食堂の入口で独りごちて、そのまま部屋に戻ろうと踵を返すと背後から「エース!ちょっと待ってくれ!」というサッチの声が聞こえたので足を止めて、厨房の方へ顔を覗かした。
「良いところに来た!ちょっと手伝ってくれ」
「なんだよ」
手招きをされ、渋々厨房に足を踏み入れるとサッチにヘラを急に手渡されて首を傾げていると「コンロの前に立って」と指示され、その通りに従う。
コンロの上には小鍋が置かれており、サッチが鍋に火をかけてその中に茶色い粉をスプーン3杯入れた。
「はい、そのまま煎って」
「煎る…?」
「そのまま、ヘラで混ぜて」
指示通り、粉を適当にグルグルと混ぜていると今度は砂糖をスプーン2杯と塩をひとつまみ鍋に入れた。
その後、牛乳を少しだけ加えて「はい、練ってー」と言ったのでそのままヘラで混ぜ続けた。
牛乳と粉が綺麗に混ざり合い、ドロッとした物が出来た。
「なんだよ、これ」
「まだ完成じゃねェのよ」
サッチは牛乳をコップ2杯分鍋に入れて、「そのまま混ぜて」と言われたので、またクルクルとヘラを回した。
甘い香りが鼻腔をつき、減っていた腹の音が思い出したかのように厨房に鳴り響いた。
サッチは「スゲェ音だな」と笑いながら、コンロの火を止めて、鍋に入っている液体をマグカップに移した。そして、その上に小ぶりのマシュマロを数個乗せた上に茶色い粉を振りかけてから、おれの手に二つのマグカップを手渡した。
「サッチ特製ココアだ。昔からナマエはこれが好きなんだ」
「へェ」
「今、あいつが不寝番してるから持って行ってやってくれ。今日は冷え込むからなァ。頼んだぞ!」
サッチはおれの背中をバシッと叩いて使った鍋を鼻歌を鳴らしながら洗い始めた。
なんで、おれの分まで…なんて野暮な事を聞くのは止め、素直に見張り台へ向かう事にした。
サッチは適当なノリと変な見た目に反して意外にも周囲に目を配っていて変化にすぐ気が付く。
おれとナマエが微妙な空気になっているのも気が付いて、仲直りでもして来いという気遣いなのだろう。
マグカップを二つ持ちながら、どう登れってんだよと心の中で文句を言いながら溢さないように細心の注意を払って絶妙なバランスを保って見張り台に顔を出すとブランケットに包まったナマエがおれの顔を見て「ヒィ!!」と化け物でも見たかのような悲鳴を上げた。
「痛っ!!肩に変な力はいった!!オバケかと思ってびっくりしたじゃん」
「いねェよ、オバケなんざ」
おれだと分かると安心したように肩の力を抜き、痛んだ肩を摩っていた。
見張り台に乗り込み、手に持っていたマグカップを一つ、手渡してから勝手に自爆して肩を痛めて涙を浮かべているナマエの頭を軽く撫でた。
今度は唇を尖らせる事はなく、ゆるりと弧を描いていた。
「サッチのココア?」と嬉しそうに聞いて来たので、頷けば「ありがとう」と笑ってココアを一口飲んだ。
おれもココアを一口含むとじんわりと甘さが広がり、身体と心も温かくした。
突っ立っているのも変だと思い、隣に腰を下ろしてみたが、思ったより展望台は狭くて肩が触れ合ってしまった。
「…悪ィ」
「ううん。ていうか、エース寒いでしょ、戻らなくていいの」
「寒くはねェ」
「そう」
そう言ったものの、夜の海はそれなりに冷え、いくら自分が炎だと言っても上に何も着ていない生身だと流石に肌寒かった。微かに身震いしたのがバレたのか、「入りなよ」と包まっていたブランケットの中へ誘うが、一人用なのでおれが入ったら狭くなってナマエがちゃんと暖を取れないだろうと思い、首を横に振ればナマエは少し考えるように顔を斜め上に向けて数秒、黙り込んだ。
「こうすればいいんだ!」
「は…?」
何を思い至ったのか、急に立ち上がっておれの肩にブランケットを掛けてから「ちょっと、失礼」とかほざいておれの脚の間に身体を滑り込ませた。
いきなりの行動に固まっているとおれの方にもたれかかりながら呑気に「はー、さすがメラメラの実だね。暖かいわー」と言っている。
「……はァ!?バカだろ!」
数秒、固まったのちにどう考えても意味不明な行動に声を上げるが特に気にしている様子もなく、平然としている。
「なんで?一番、効率良く暖まる方法じゃない?」
「…お前、他の奴にもこれやんの」
「しないよ。だって、他の人はメラメラの実の能力ないじゃん」
「あ…?それもそうか…?」
段々とナマエの行動が最適解に思えて来て、混乱し始める。
間違っているのがおれでナマエが正しいのか…?
自分の脚の間にスッポリと収まってしまう程に小さな身体に男女の差を意識させられている気がして、じわじわと小っ恥ずかしさが湧き上がって来る。
いやいやいや、やっぱりおかしいだろ…!!
「エース、寒くない?」
呑気にナマエが振り向くと思った以上に顔が近く、驚きで「うおッ!」と情けない声を上げて仰け反りながら、頬に手を当てて顔を前に戻そうとした。が、思ったより勢いがついてしまった為に首はグキッとヤバそうな音を立てながら、勢い良く反対方向へ向いてしまった。
「ぎゃ…!首まで負傷させる気ですか!?」
「あ…悪ィ…!」
首を摩りながら文句を言って来るナマエに申し訳なく思いつつも、お前のせいだとも思い複雑な気分でいっぱいだ。
そんなおれの心境なんてまるで知らないナマエは呑気に夜空を見上げていた。
「ねぇ。今日、月が凄く近く見えるね」
「あ?あァ…え?」
「だから、月」
何言ってるのか全く耳に入って来ねェ…。
不思議そうにしながら、また振り返って来ようとしたのでそのまま頭に右手を置いて「だから、こっち向くな」と振り向かないように力を込めて、頭を固定させた。
なんでだとギャーギャー騒いでいるが振り向かれたら、かなり困る。絶対ェにこっちに向くなよ、と念を送りながら頭を掴んだ手を緩めないように気を張った。
ナマエは諦めたのか振り向こうとしていた力を緩め、また上を見上げた。
「空気が澄んでるから、月がくっきりしてる。綺麗だね」
「そうだな、月が綺麗だな」
いや、悪ィけどマジで月なんて綺麗かどうかなんて一ミリも分かんねェし、なんなら自分がなんて言葉を返してるのか全く理解出来てねェ。
ただ、ナマエが言った言葉をそのまま復唱しているだけだ。
月なんてそんなモン見てる余裕なんてこっちにはないし、綺麗だろうと見えなかろうとクソどうでもいい。
今、頭の中を占めているのはこの状況をどうするべきか…という事だけだ。
なんか妙にいい匂いするし。なんつーか、こう…柔らかい匂いっつーか、甘い匂いっつーか…。
想像したら終わりだと、首を横に高速で振るが、口から心臓が出そうなくらいにバクバクと高鳴って、呼吸が出来ているのかすら怪しく、酸素が足りないのか首を横に振りすぎたのか分からないが、頭がクラクラして来る。
…あぁ、そうか。サッチが1匹、ティーチが2匹、デュースが3匹、マルコが4匹……
現実逃避をしまくって心を落ち着かそうと試みると、マルコのパイナップル頭が4つあるのを想像したらちょっとゾッとして一気に夢見心地から解放された。
少し頭が冷静になった所でナマエの声がクリアに聞こえ、「…死んでもいいわ?」という言葉を拾い上げ、脳内で処理するが疑問符しか浮かばない。
「は?いきなりなんだよ。死んだらダメだろ」
「だよね。私もそう思う」
「ついに頭おかしくなったか」
「ついにって失礼なんだけど。昔、イゾウが男に月が綺麗だって言われたら、死んでもいいわって返すのがいいって言ってたから」
別に自発的に言った訳じゃねェけどな。
月が綺麗の言葉にそのままの意味意外に何があるってんだ。イゾウの頭ン中、どうなってんだ、と思いながら「意味分かんねェな」と返すと、ナマエよく分かっていないようで首を傾げていた。
「明日、イゾウに聞いてみようか」
ちんぷんかんぷんな会話のおかげで、頭は冷静になりドコドコと暴れるように鳴っていた心臓も落ち着きを取り戻していた。
安堵のため息を吐けば、「ねぇ」と小さな声で呟いた。
「さっきはごめんね。医務室で変な事言っちゃって」
「あ、いや。それは…」
「エースの優しさを無下にするような言い方して、最悪だったよね」
「いや、別に…」
なんて返したらいいのか分からなくて、そんな歯切れの悪い言葉しか返せないのがもどかしい。
医務室でもそうだったが、どうして守りたいと思ったのか、そんな感情を抱いているのかも分からなくて、適切な言葉が見つからずに答えあぐねているとゆっくりと振り返った。
考え事をしていたせいで、頭を固定するのを忘れてしまっていて、間近で目が合ってまた心臓がドキリと鳴った。
妙に顔も熱く感じるのは気の所為だろうか。
「私、もっと頑張るから。ほら、いつかエースに背中預けて貰えるくらい強くなれるようにさ。相棒みたいな感じになれたらいいなって」
「…そりゃあ、いいな」
「でしょ。4番隊名物になれたら面白いよね」
「お前、騒がしいしもう既に4番隊の名物だろ」
「え、嘘。それは不名誉の名物じゃない?」
眉を顰めて口を尖らせる姿はまるで子供のようなのに、月明かりに照らされた顔は普段と違って見えて、収まったはずの心臓がまた暴れ出す。
本人はいつもと同じ調子なのに雰囲気が違うように感じてしまい、内心は穏やかでいられない。
「そういえば、エースって手から火出せるんだよね」
「まァな」
「出して!」
「は?今?」
「うん。焚き火みたいに暖まれそう」
「人を焚き火代わりにすんじゃねェよ」
文句は言いつつ、手から弱めの小さな火を出すと嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。
ナマエの右頬はおれの手から出ている炎に照らされて、オレンジ色に染まる。
月明かりに照らされていた時とは違って、こっちの雰囲気の方がナマエっぽくて好きだと思った。
ひだまりのような暖かくて柔らかい光の中に居るのが似合う。
「私ね、昔の事もあって火は怖かったんだ」
昔、というのは海賊に住んでいた街を焼かれた時の事だろう。
…そうだ、おれは炎で恐怖の対象であり、全てを奪った海賊の、海賊時代の幕開けをした張本人の海賊王の息子だ。
皮肉のようだと思った。
おれは近づいてはいけないと言われているようで。少し、近づけたと思ってもお前は近づいたらダメだと世界から言われているようで、胸が軋むように痛かった。
怖いと言われてしまい、無意識に手から出していた炎は消え、かざされた手だけが行き場をなくして宙を彷徨う。
「…でも、エースの炎は優しいよね」
「は…、優しい…?」
「あの時は熱くて苦しかっただけだったのに、エースの炎は優しくて暖かい。それに今日、エースの炎に守って貰った」
炎の消えた迷子のようにどうしようもなくなっていた、おれの掌に自身の掌を重ね合わせた。
このまま包み込んだらスッポリと自分の手に収まってしまうくらいに小さくて、暖かかった。
「私、エースの炎は大好き」
その言葉に思わず目頭が熱くなって来てしまい、慌てて俯いた。
この歳で泣きそうになるとかありえねェだろ。しかも、ナマエの前でとかダセェ。
でも、その言葉はここに居てもいいと認めて貰えた気がして無性に嬉しかった。
それを言った当の本人はこっちの気持ちなんて一ミリも理解していないから「おーい、エース?どうしたの、お腹痛い?冷えた?」とか的外れな事を言いながら、おれの顔を覗き込もうとして来る。
絶対にこんな顔、見られたくないので「だから、こっち向くな」と、また頭に手を置いて前を向かせた。
「えー…さっきから、そればっか」
「頼むから今はこっち見ないでくれ」
「…しょうがないから、今は見ないであげる。この間のお返しね」
「それこそノンデリカシーってヤツだろ」
「私のは意識して言ったから良いんです」
「よくねェだろ。お前、都合良すぎんだよ」
軽口を叩き合いながらも、ナマエはまた空を見上げている。それに倣っておれも空を見上げてみるが、あいにく星空が綺麗とかそんな感想を抱くようなタチではないので、ただぼんやりとナマエと同じ空を目に映している事実が同じ世界に存在出来ている証の気がして、妙に心地よかった。
空を眺めている間は会話は存在しなくて、それでも無言の時間も良いモンだと思ったのも束の間、ガクンとナマエの身体が後に倒れ込んできた。
ちょうど頭がおれの胸の位置に来て、少し冷たくなった柔らかな髪が触れてくすぐったい。
何してんのかと、顔を上から覗き込めば気持ちよさそうにスヤスヤと眠っていた。
前もいきなり寝たし、警戒心というモンはコイツにはねェのか。
心の中で文句を言ったって全く起きる気配のない事に深くため息を吐いた。
どうせ、ここに居るのだって何も仕事しないのは嫌だとかそういう理由でどうせ不寝番に名乗りを上げたのだろう。
なのに寝てたら世話ねェだろ、とは思うが怪我もして疲れているだろうから起こす気にはならなかった。
自分が代わりに見張りでもしてれば問題ないだろうからこのまま寝かしておく事に決めた。
いつかと同じだな、と寝顔を眺めていたがあの時とは違って胸がくすぐったいような、ソワソワとは違う、ざわついて落ち着かない。
無意識に腕を伸ばして、もたれかかっているその小さな身体を包み込む。
予想通りに腕の中にスッポリと収まり、柔らかくて暖かい存在に心臓がドッと一つ、大きく跳ねた。
脳は寝ている相手に何を勝手に触れてんだと、早く離せと思うのに心は手離すのが惜しくて、このまま時が止まってしまえば良いとすら思ってしまう。
どくどくと胸を打つ、この感情がなんなのかわからないけど、不快ではなくて。
心地良いような、まるで夢の中のような感覚だ。
なのに、たまにギュッと胸が握り潰されたように苦しくなる。
自分自身のことなのに分からないのがもどかしくて、この感情を明白にしたくて仕方がない。
夢中になって眠る姿を見つめ続けて、必死に言葉を探す。
もしも、この感情に名前を付けるとしたら…
「…好きだ、、」
掠れた声で呟かれた自分の声に驚いて、目を見張る。
「……は?」
なに、言ってんだ…?
自分で言った言葉に度肝を抜かれているだなんて、バカみたいだと思うのにアホみたいに呆けた口は簡単には塞がらない。
…あぁ、そういうことか。認めたくなかった感情をもう認めざるを得ない。
デュースやサッチ、他人に言われもイマイチピンと来なかったけど、自分で気が付いた時には胸にストンと落ちた答え。
…だけど、気付いたからってどうしろって言うんだ。鬼の血を引くおれなんかに好かれたって、迷惑でしかないだろ。
だったら、気が付いてしまった感情なんか捨てて、何もないフリをしているのがおれにとってもナマエにとっても1番良いはずだ。
仲間として好きでいてもらえるだけで、おれの炎を好きだと言って貰えただけで、充分だ。
それ以上を求めたって、どうしようもない。
生きる事すら許さていないおれが恋とか愛とか、そんな資格すらねェんだ。
「聞こえてなくて良かった」
これは紛れもない本音だ。ウソなんかじゃねェ。
今もこれから先も聞こえなくていい。ただ、溢れてしまった言葉なんて、一生伝わらなくていい。
悔いは残さない、一度向き合ったら逃げねェと決めて生きている癖にこんなにも向き合うのが怖いと思うのは初めてだ。
四皇や海軍大将を相手にする方がよっぽど楽な気がしてしまうほどに、ナマエを傷つけて泣かせてしまう事が何よりも怖ェんだ。
きっと、自分が死ぬよりも痛ェ。
どうせ一緒に居たいと願う事さえ許されない存在だ。
だから、もうその手を離せと思うのに今だけは…最後の思い出にと、この温もりを手離したくないだなんて、自分勝手な事を思ってしまって、離れ難い。
明日になれば、朝が来ればきっといつも通りにするから、今だけは束の間の夢を見させて欲しい。
そう願って、ゆっくりと目を閉じた。
✴︎
遠くから何か声が聞こえる。未だぼんやりとする思考を手繰り寄せて、重たい瞼を開くと目の前には眉間に皺を寄せたイゾウの顔が飛び込んできた。
まだ覚醒しきっていない頭で考えてみても、なんでイゾウがここに居るのかが理解出来ない。
「なにしてんだ、お前ら」
「なにって…は?」
お前らってなんだ、と周囲に視線をやれば何故か景色は空と雲の青と白が映り込み、頭に疑問符が浮かぶ。
徐々に覚醒して来る脳と蘇って来る記憶に冷や汗がブワッと湧き出てくる。
恐る恐るといったように妙に暖かい腕の中を見れば、昨夜の記憶通りにスッポリとおれの腕の中に収まって未だすやすやと眠るナマエの姿が見えた。
自覚してしまった感情や自分のしている行動をイゾウにバッチリ見られている事への恥ずかしさやらなんやらで、慌ててしまい思いっきりナマエを前に突き飛ばしてしまった。
寝ているので抵抗も何も出来ないナマエは勢いのまま見張り台に顔面から突っ込んで行った。
馬鹿でかい音を立てて突っ込んだナマエは「ぶっ!?」と可愛げもない声をあげて、目を覚ました。
鼻を押さえながら涙目で睨みながら振り返る。
「ちょっと、なにすんの!ただでさえ低い鼻が更に低くなったらどうすんの!」
「あー…悪ィ。それは、うん。本当に悪い事をした」
「…否定してもらっていいかな。サイテー」
「はァ!?先に自分で言ったんだろ!」
「ほんっと、エースは乙女心を分かってないよね!」
「めんどっくせェな!その乙女心っつーやつ!」
「…お前ら、ギャーギャー言ってないでさっさと降りて来い」
イゾウは呆れたようにそう告げて、先に見張り台から降りて行ったので、2人で身を小さくさせながらイゾウに続いて見張り台を降りた。身を小さくさせたのは、怒られるやつだと察したからだ。
二人揃って爆睡してただなんて、不寝番の意味が全くない。
下に降りれば、案の定イゾウから説教をくらい、二人で甲板の隅で「すみません」と謝罪をした。
「なんでエースが見張り台に居たんだ。お前は不寝番じゃないだろう」
「サッチが作ったココアを届けに来てくれたの。その流れで話し込んじゃって、そのまま気づいたら寝てたというか。サッチのココア飲んで眠気を誘われたから元を辿ればサッチのせい…嘘です、私のせいです。ごめんなさい」
言い訳めいた事を口にすれば、イゾウの顔が阿修羅のように険しくなったので即座に素直に謝っていた。
だけど、ちゃんと反省すればイゾウは「仕事はしっかりしろ」と頭を軽く小突いて説教は終了した。
「あ、ねェ。イゾウに聞きたい事があるんだけど」
説教が終わった途端にそう言って、昨夜、おれたちが疑問に思った会話を話した。
イゾウは話を聞いて驚いたように目を見開いてから可笑しそうに吹き出して、大きな声で笑い出した。
おれたちは笑われている意味が分からず首を傾げて顔を見合わせていると、イゾウは笑って涙が溜まった目尻を拭っておれたちの頭に手を置いた。
「お前たちには少し早かったみたいだな」
「どういう事?」
「ワノ国では月が綺麗ですね、と言うと愛の告白になると言われていてな。まァ、ワノ国は奥ゆかしさが美みたいな所があるからな、直接的な表現より美しいだろう?」
「じゃあ、死んでもいいわって返しは?」
「あなたの為なら死んでもいいと言う、最上級の愛の伝え方だとも言われている。他にも返し方はあるが、それが一番有名だな」
「へェ、そうだったんだ!最初から、そう教えてよ」
「悪い悪い。まさか、ナマエがそれを使う日が来るとは思っていなかったんだ。使い方間違えてたけど」
イゾウの話を聞いていると、そんなつもりは全くなかったがそれらしい会話をしていた事が急に恥ずかしくなって来てしまった。
その後に気が付いてしまった感情とリンクしてしまい、余計に恥ずかしさが増す。
おれの方を見たイゾウは小さく目を見張った後、何かに気が付いたかのように紅く塗られた唇をゆるりと弧を描くように持ち上げ、意味深に目を細める。
「あながち、ハズレじゃなさそうなヤツも居たみたいだな」
「ん?どう言うこと?」
「さァな。エースに聞いたらどうだ?」
もう答えを言ってしまっているようなイゾウの言葉に焦りを覚える。ナマエはイゾウの口から出たおれの名前に視線を移し、顔を覗き込んで来た。
急に近くなった顔の距離にびっくりして、情けない声をあげながら距離を取る為に腰を変な角度に曲げて仰反った。
「エース?どうしたの?」
「お前、顔近ェんだよ!!」
「え、いつも通りじゃない?てか、顔赤いけど大丈夫?もしかして、昨日外で寝たから風邪でもひいたんじゃ…」
こっちの気も知らないで、熱を測ろうと無遠慮に額を合わせて来て、身体が固まってしまった。
ほぼ無意識に身体から勝手に炎が出てしまい、ナマエは驚いたようにおれから離れた。
「うわっ!熱ッ…!ちょっと、エース!身体から火出てるよ!」
「あ、悪ィ…!」
「本当に大丈夫?」
「だから!!顔近ェよ!」
心配そうに眉を下げながら再度、顔を覗き込んで来て、こいつ、本当はワザとやってんじゃねェのかと疑ってしまうほどに遠慮なしに近寄って来る。
能力のコントロールすらまともに出来なくなり身体から轟々と炎が燃え盛る。
もうどうにもならなくて、思考回路は正常ではなく、何も考えられずにただ距離を取らないとまずい、その思いだけで船の縁の足を掛けて、海へ飛び込んだ。
我ながら綺麗なフォームなんじゃないかと思うくらいに思考はぶっ壊れていたが、目の前に真っ青な海が見えた瞬間に、あ。おれ、泳げねェ…と我に返った。
「エースが海に身投げした!?ウォレスー!助けてー!!」
ナマエの叫び声と同時に海へ落ちた。
海へ入った瞬間に身体の自由は奪われ、指先一つも動かせない。
昨夜とは正反対の冷たいモノが身体を包み、海底へ抵抗も出来ずにただ、沈んでいく。
...そうだ、おれの世界はここだ。何も無い海の底のような世界。
どうせ、暗くて冷たい世界に還って来るしかないんだ。そういう、運命なのだと痛感した。
夢なら昨日見れた。今までで、きっと一番幸せな夢だった。
夢は刹那的であるべきなんだと、だから幸せなんだと。大丈夫だ、今ならまだ…引き返せる。
掴みたかった手を、今ならちゃんと手離せる。
もう引き摺るな。
そう自分に言い聞かせて、冷たい海の中で夢のような暖かい世界を思い出しながら、目を閉じて静かに沈んでいくことに身を委ねた。