愛とか恋とか
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エースの100回勝負が終わり、正式におれらスペード海賊団は白ひげ海賊団に入った。
入ると決めた時にエースの意思でおれらは旗を燃やし、解散となった。
白ひげはスペード海賊団のまま傘下に降る形でも良いと言ってくれていたが、船長のエースがそれを拒否し、スペード海賊団の旗を畳み白ひげ海賊団に入りたいと言った。
おれらは最初からエースの決めたことに従うと決めていたので、誰も文句を言う奴はいなかった。
慣れ親しんだ海賊団を畳むことに寂しい気持ちがゼロなわけではなかったが、新たな門出だ。
新しい気持ちで望むのは悪い気分ではなかった。
それぞれが決められた持ち場で忙しなく働く中、エースは周りからの期待も高いようでおれたち以上に忙しそうに駆け回っていた。
特に4番隊に重宝されているようで、サッチ隊長を主として色んな所で活躍をしているそうだ。
そういえば、ここ暫くエースと顔を合わせてねェな…。
怪我人も体調が悪い奴も居らず、暇な医務室でそんな事をぼんやりと考えている。
まァ、怪我人や具合が悪い奴が居ないことは良い事なんだが、特にやる事もなく手持ち無沙汰にしていると、医務室の扉が静かに開いた。
男所帯のこの船でこんな静かにドアを開けるのは限られている。
マルコ隊長かナマエちゃんのどちらかだ。
ナースたちは、扉を開ける前からヒールの音で分かるので今回は違う。
ゆっくりと開いたドアから顔を覗かしたのは想像した通りの人物、ナマエちゃんだった。
「ここに来るの珍しいな。どうした?」
「指、切っちゃって。診てもらえるかな、若先生」
「若先生はやめてくれ。慣れないんだ」
おれが首を横に振ってそう言えば、ナマエちゃんは可笑しそうにクスクスと笑った。
前はよく頻繁に医務室へ来ていたが、今はあまり来なくなった。
以前、来ていた理由は100回勝負でボロボロになったエースの様子を見に来ていたからで今はその勝負もない為、足が遠のいていた。
どうぞ、とおれの前の椅子に誘えば少し照れ臭そうにしながら、おれの目の前に座った。
差し出された指を見るとかなり深く切れているようで、応急処置で巻かれた絆創膏は既に役には立っておらず、血で真っ赤に染まっていた。
緩くなった絆創膏を剥がして傷口を見れば、想像よりもパックリと開いていた。
「結構、深く行ったなァ」
「カボチャが固くてさ。力入れたら、こうバッサリとね」
「うわ、痛そう。…って事は、今日の夜はカボチャ料理?」
「うん、カボチャのポタージュ」
「それは絶対に美味い」
スペード海賊団の時はコック不在の為、料理は煮るか焼くか、そのまま生かの三択で味付けは塩オンリー。
海賊生活でカボチャのポタージュなんてそんな洒落たものは一生拝めないと思っていたのでとても有難い。
脳内はカボチャのポタージュ一色で埋まってしまったが、怪我には真摯に向き合わなくては…と頭を軽く振り、傷口を消毒して新たな包帯を指先に巻いた。
「そういえば、エースは元気か?」
「ん、元気だよ。よくサッチにパシられてる」
「はは、上手くやっているなら良かったよ」
ここ最近のエースの様子をナマエちゃんに聞いて情報を得ようと色んな事を聞くが、特に変わったことは何もないようで、彼女も普段となんら変わりない。
おれが知りたいのはエースが元気にやっている事よりも、ナマエちゃんとの進展だ。
まァ、あのエースとこのナマエちゃんに何かを期待するだけ無駄なのはわかりきっているが。
なんて言ったって、自分の感情に鈍いエースvs恋愛フラグへし折り大魔神のナマエちゃんだ。
一歩前進したと思ったら、二歩後退するのがこの二人。
どちらかをけしかけなければ、自然にどうにかなるような二人ではない。
前はエースに集中攻撃してみたが、全くもって意味をなさなかったので今度はナマエちゃんに援護射撃をしてみようかと思う。
「最近、エースとはどうよ」
「あ、そう!最近、エースのつまみ食いが酷くてさ!人が作ってる横からバクバク食べるから困ってるんだよね。デュースからも言ってやってよ」
「そりゃ、無理だな。あいつ、ナマエちゃんのご飯気に入ってるから」
エースとどうだと聞いているのに全く答えになっていない話題が飛び出してしまった。
エースがどうだ、とは聞いていない。
だけど、相変わらず仲良くやっているようではあるので少し安心だ。
この間、エースが腹減ったと騒いだらナマエちゃんがおやつにと作ってくれたフレンチトーストがめちゃくちゃ美味かったって言っていた事を思い出した。
その時一緒に食堂に居たウォレスやスカルが一口くれと強請ってもカケラもやらずに全部一人で食ってしまったそうだ。
その話をすれば、ナマエちゃんは驚いたようで「みんなで食べるようにてんこ盛りに焼いたのに。一人で食べちゃったんだ」と言った。
美味しいと沢山食べてくれる事は嬉しいようで、口元は緩んでいた。
確かにエースみたいに美味そうに完食してくれると作る側は気持ちが良いだろうし、作りがいがあるだろう。
「今度、またフレンチトースト作ってあげようかな」とニコニコと笑う彼女は可愛かった。
彼女は特別美人ってわけではないが、顔は整っているし、笑った顔は愛嬌があって可愛いと思う。
本人はスタイルが悪いとか色気がないとか諸々気にしているようだが、そんな風に思った事はない。
確かにここのナースたちに比べたらアレかもしれないが、贔屓目なしにみても申し分はない。ナマエちゃんの周りの女があのナース達だから基準が高くなってしまっているだけで、普通にモテるビジュアルである事は間違いないし、性格も良いから、男はほうっておかないだろうと言うのが、おれの見解だ。
本人はモテた事がないと言っているが、そもそもの原因は白ひげ海賊団に小さい頃から在籍している事にあると思う。
昔から船の上て生活をして、同い年くらいのヤツと過ごす機会がなかったからそういう、恋愛事情に恵まれなかっただけだろう。
現におれらの仲間の間ではセイバーとかコーネリアあたりは可愛いと連呼し、エースに睨まれているくらいだ。極度のインドアで滅多に船室から出て来ない、あのミハールにですら好感触で「いい子だ」と言っていた。
エースも独占欲丸出しの態度を周囲に出しておきながら、未だに別にそんなんじゃないとか言ってるのもなんだかなァ、と思うがエースにも色々と思うところはあるのだろうとも思う。
あいつ、妙に自己肯定感が低いところがある。ソレは父親が関係しているのは知っているが、おれが思っているよりもそれは深刻だ。
周りから見たエースは太陽のような存在なのに、本人がそうと思っていない。
おれたちみたいな世間から浮いてしまっているような癖のある奴らでも関係なく、エースは仲間にしてくれて、居場所を与えてくれた。
おれに関しては″デュース″という名前もエースが与えてくれた。
本当は冒険記を出す時にペンネームでカッコイイからエースの名前を使わせて欲しいと言ったら、エースがデュースにしろって言ったのが始まりだが、それでもおれはこの名前を気に入っている。
おれは医者の家系に生まれ、おれも医学の道へと進んだが出来の良い兄と比べられ、家族や友人には侮蔑され、コンプレックスを抱えて生きて来た。
だから、海に出た時に本当の名前を捨て、マスクを付けてるのも過去を捨てる為。
一から生きてみたかった。
今ではみんなが呼んでくれる"マクスド・デュース"という名前はエースが与えてくれたもの。
エースが与えてくれたのは名前だけじゃなくて、第二の人生、居場所、そして、仲間。
欲しかったものをいとも簡単におれにくれたんだ。
そのくらい、エースが周囲に与える力は大きくて、おれらの船の奴らは全員、エースの事が大好きだ。
なのに、ふとした瞬間にエースは顔に暗い影を落とす。まるでひとりぼっちかのように。
他の奴らが気がついているのかはわからないが、おれには分かる。
初めて会った時に知ってしまった、エースの父親の事。その時もあいつは辛そうな顔をしていた。それがたまにフとした瞬間に表情に浮かぶ。本人に自覚があるのかは分からないが。
ナマエちゃんのことも積極的になれないことや自分の感情に鈍いのはそれが原因だと思う。
自覚がある云々の前にそれを理由に自分の中で無意識に制御と防衛をしてしまっているはずだ。
エースは人には馬鹿みたいに優しいから、その事が原因で自分が近づいた人間を傷付けてしまうと勝手に思っているところがある。
心の奥底で傷付けて失う事を極端に怖がっているとおれは思う。
二人が上手くいけば、エースの自己肯定感が低い所も少しはマシになるんじゃないかと思っているが、なんせ相手が悪すぎる。
いい子なんだけどな、ナマエちゃん。
ただちょっと、アホに磨きがかかり過ぎていて一筋縄ではいかないのがもどかしい。
「ナマエちゃんさ、好きな人とかいないの」
「いないよ」
あ、これは拒否された。
そう直感的に思った。顔はいつもと同じようにニコニコしているのに声に拒絶が混じっているように感じた。苦手なのかもしれない、こういった類の話は。
「…最近、元スペードの人に告白されてさ。断っても何度も来てどうしたらいいか分からなくて悩んでるんだ。いや、仲間の事をそう言うのは申し訳ないんだけどさ…」
「え、スペードの?誰?」
「言っていいのか分からないけど…セイバーさん」
「…ごめん。あとでおれから言っておくから…」
困ったように眉尻を下げるナマエちゃんを不憫に思いながら、頭の中であの髭面を五回くらい蹴り飛ばしておいた。後で実際にやるけど。
邪魔すんな、あいつ!!と心の中で毒づく。
うちの海賊団も若い女の子いなかったし、急に可愛い子が目の前に現れたら好きなってしまうのも仕方がないと言ったら、仕方ないが。
そう言えば、あいつら、いつも島に降りる時、女の子がいる店にエースも一緒に行くと一人でモテてしまうからと妬んでたな。
エースを誘わなかったりもしていて、非モテ組の妬みがあからさまだった事を思い出した。
「エースはどうだ。仲良いし、同い年だろ。そういう感情が芽生えたりしないのか?」
「エースかァ…」
顎に手を当てて考え込む姿を見て微かな希望が湧く。
即答でないと言われない辺り、少しは脈があるのかもしれない。と期待を抱いた瞬間におれの希望の光は光の速さで閉ざされた。
「でも、エースはお菓子くれないからなー」
「は…お菓子…?」
「ほら、お菓子くれるとその人の事特別に見えたりしない?」
「餌付けされてるよ、それ」
さすが、恋愛フラグへし折り大魔神もとい、恋愛フラグ破壊神だ。新たなあだ名を追加してしまうほどに頭を抱えたくなってしまう。
特別に見える基準がお菓子だなんて、誰も予想しないだろう。
これは絶対にセイバーには言わないようにしよう。こことぞばかりにお菓子をプレゼントするに違いない。この事は墓場まで持っていこうと心に誓った。
そんな話をしていると急に医務室のドアが乱暴に開かれた。
この乱暴にドアを開くのはあいつしかいないな、と予想を立てながらドアの方へ目を向けると予想通りの人物が入って来た。
そう、現在、話題の中心人物、エースだった。
入って来た途端に不機嫌そうに眉間に皺が寄せられ、エースの視線はおれとナマエちゃんの間の空間だ。
何を見ているのかと思って、視線の先を辿れば、おれが彼女の手を両手で握っている事に気が付いた。
握っていると言っても、手当の為に手を取っていただけなのだが。
無実を証明する為にパッと手を離して、エースにぎこちない笑顔を向けた。
「どうした、エース」
「…いや、ナマエが怪我したってサッチから聞いてよ」
「あァ、そんな大したことないよ。包丁で指切っちゃっただけだよ」
ヘラッと笑った彼女の指を見てエースは顔を顰めた。
指を切っただけと言っても包帯を巻いているのが見えたら、本当に大丈夫なのかと思うのも致し方ないだろう。
手当も終わって「もう大丈夫だ」と言えば、彼女は笑ってお礼を言った。
うん、やっぱり笑った顔は可愛い。
躊躇ってばっかりいると誰かに取られるぞ、とエースにガツンと言ってやりたいところだが、言ったところで、だ。
素直じゃねェからな、こいつ。こういう時だけは。普段は余計な事まで素直な癖に。
ナマエちゃんが持ち場に戻ろうと腰を上げたのと同時に医務室のドアが再度開かれた。
今日は来客が多いな、と漠然と思いながら開かれたドアの方へ目を移せば、珍しい人物が顔を現した。
「あ、イゾウ。どうしたの」
そう、16番隊隊長のイゾウだった。
エースが親子盃を交わす時に口上を述べてくれたりと何かとお世話になった人物だ。
見た目は凄く色男で和の服と濃い口紅が似合っていて妙に色気がある人だ。40歳だなんて信じられない見た目をしている。
あまり医務室にはやって来ない人物なのでこんなマジマジと顔を見る事はなかったので少し新鮮だ。
「サッチからナマエがここに居るって聞いてな」
「うん?私に何か用だった?」
「怪我したって聞いたからな。ほら、これをやろう」
「あー!金平糖!やったー!」
綺麗な和紙に包まれた、白とピンクと黄色の色とりどりの金平糖をイゾウ隊長から貰ったナマエちゃんは嬉しそうに一つを口に放り込んだ。
金平糖の甘さのように蕩けた顔をしているナマエちゃんを見て、イゾウ隊長は優しく頭を撫でた。
「イゾウは昔から怪我するといつも金平糖くれるよね」
「弟にもよくそうやってたから、癖かもしれないな」
「いいなァ。イゾウみたいなお兄ちゃん欲しかったな」
完全に金平糖で餌付けされている彼女は「デュース、ありがとう!」とお礼を言ってから、ニコニコとイゾウ隊長と談笑しながら医務室を出て行ってしまった。
残されたおれは隣に居るエースの顔を横目で見た瞬間に目を逸らしてしまった。
なぜなら、エースの顔が今まで見た中でも過去一怖いからだ。
目を逸らしながら、エースに話し掛ける。
「…どうした、そんな顔して」
「お前、付き合うならああいうのがいいのか?」
「はァ!?なんでおれが男と付き合うんだよ。アホなこと言うな」
「違ェよ!前にナマエが付き合うならイゾウが良いって言ってたからよ」
「え、まじ?ナマエちゃん、イゾウ隊長が好きなの!?」
「知らねェ。でも、そう言ってた」
「…まァ、イゾウ隊長は40歳と言えど、あの顔の良さじゃ歳なんて気にはならないよなァ…」
エースのライバルって、もしかしてイゾウ隊長?勝ち目なんてあるか?なんて言ったら、エースが凹んじまうしな。
これも墓場まで持っていくとしよう。
「お前もお菓子あげれば良いんじゃねェの?」
「は?…菓子、な」
「あー、でも、別の何かの方がいいな。他と同じ事したって意味ねェだろ。特別な事をしねェと。お前だけの、な」
「…よく分かんねェ」
ポツリと零した声はか細くてエースらしく無かった。
ほんっとうに、こういう事は頼りねェヤツだな、小さく溜息を吐いてから逸らしていた目を元に戻す。
「で、自覚はしたのか?好きって」
「は?んだよ、それ。別に好きとかじゃねェよ」
「じゃあ、逆に好きじゃねェならなんだよ」
エースは頭をガシガシと掻きながら小難しそうな顔をしていた。
こいつもグダグダと色々考えたら勝手に沼にハマっていってしまうタイプらしい。
物事は意外にもこう、シンプルなのに。
「そう言うのはさ、案外簡単に答えは見つかるもんだぜ。お前のココに素直になれば、な」
エースの胸のあたりを右の拳で二回ほど小突くと口をへの字に曲げた後に目を伏せて深い溜息を吐いた。
これでいて、別に好きじゃないとか言うから困りもんだ。好きじゃねェなら、こんな悩ましくもならねェだろ。
「…なァ、デュース」
「ん?どうした」
「…おれなんかが、好きになっても、いいのかな」
「そりゃ…お前…いいに決まってんだろ」
「…そうか」
そうか、と呟いたエースの表情は納得いったような晴々としたものではなく、諦めに近い表情で悲しそうに笑っていた。
エース、お前、おれがなんて言ったら納得するんだ?どうせ、しねェだろ。
自分でその答えを見つけない限り、他人に言われた言葉なんかで納得なんてお前がする訳がねェんだ。
こりゃ、前途多難だな。なんて言ったて、エースがスタート地点にすら立とうとしていないんだから。
黙り込んでしまったエースの肩に手を置くと微かに肩が揺れた。
ま、長い目で見守って行くしかないだろう。
おれの大事な相棒には幸せになって欲しいんだ。
入ると決めた時にエースの意思でおれらは旗を燃やし、解散となった。
白ひげはスペード海賊団のまま傘下に降る形でも良いと言ってくれていたが、船長のエースがそれを拒否し、スペード海賊団の旗を畳み白ひげ海賊団に入りたいと言った。
おれらは最初からエースの決めたことに従うと決めていたので、誰も文句を言う奴はいなかった。
慣れ親しんだ海賊団を畳むことに寂しい気持ちがゼロなわけではなかったが、新たな門出だ。
新しい気持ちで望むのは悪い気分ではなかった。
それぞれが決められた持ち場で忙しなく働く中、エースは周りからの期待も高いようでおれたち以上に忙しそうに駆け回っていた。
特に4番隊に重宝されているようで、サッチ隊長を主として色んな所で活躍をしているそうだ。
そういえば、ここ暫くエースと顔を合わせてねェな…。
怪我人も体調が悪い奴も居らず、暇な医務室でそんな事をぼんやりと考えている。
まァ、怪我人や具合が悪い奴が居ないことは良い事なんだが、特にやる事もなく手持ち無沙汰にしていると、医務室の扉が静かに開いた。
男所帯のこの船でこんな静かにドアを開けるのは限られている。
マルコ隊長かナマエちゃんのどちらかだ。
ナースたちは、扉を開ける前からヒールの音で分かるので今回は違う。
ゆっくりと開いたドアから顔を覗かしたのは想像した通りの人物、ナマエちゃんだった。
「ここに来るの珍しいな。どうした?」
「指、切っちゃって。診てもらえるかな、若先生」
「若先生はやめてくれ。慣れないんだ」
おれが首を横に振ってそう言えば、ナマエちゃんは可笑しそうにクスクスと笑った。
前はよく頻繁に医務室へ来ていたが、今はあまり来なくなった。
以前、来ていた理由は100回勝負でボロボロになったエースの様子を見に来ていたからで今はその勝負もない為、足が遠のいていた。
どうぞ、とおれの前の椅子に誘えば少し照れ臭そうにしながら、おれの目の前に座った。
差し出された指を見るとかなり深く切れているようで、応急処置で巻かれた絆創膏は既に役には立っておらず、血で真っ赤に染まっていた。
緩くなった絆創膏を剥がして傷口を見れば、想像よりもパックリと開いていた。
「結構、深く行ったなァ」
「カボチャが固くてさ。力入れたら、こうバッサリとね」
「うわ、痛そう。…って事は、今日の夜はカボチャ料理?」
「うん、カボチャのポタージュ」
「それは絶対に美味い」
スペード海賊団の時はコック不在の為、料理は煮るか焼くか、そのまま生かの三択で味付けは塩オンリー。
海賊生活でカボチャのポタージュなんてそんな洒落たものは一生拝めないと思っていたのでとても有難い。
脳内はカボチャのポタージュ一色で埋まってしまったが、怪我には真摯に向き合わなくては…と頭を軽く振り、傷口を消毒して新たな包帯を指先に巻いた。
「そういえば、エースは元気か?」
「ん、元気だよ。よくサッチにパシられてる」
「はは、上手くやっているなら良かったよ」
ここ最近のエースの様子をナマエちゃんに聞いて情報を得ようと色んな事を聞くが、特に変わったことは何もないようで、彼女も普段となんら変わりない。
おれが知りたいのはエースが元気にやっている事よりも、ナマエちゃんとの進展だ。
まァ、あのエースとこのナマエちゃんに何かを期待するだけ無駄なのはわかりきっているが。
なんて言ったって、自分の感情に鈍いエースvs恋愛フラグへし折り大魔神のナマエちゃんだ。
一歩前進したと思ったら、二歩後退するのがこの二人。
どちらかをけしかけなければ、自然にどうにかなるような二人ではない。
前はエースに集中攻撃してみたが、全くもって意味をなさなかったので今度はナマエちゃんに援護射撃をしてみようかと思う。
「最近、エースとはどうよ」
「あ、そう!最近、エースのつまみ食いが酷くてさ!人が作ってる横からバクバク食べるから困ってるんだよね。デュースからも言ってやってよ」
「そりゃ、無理だな。あいつ、ナマエちゃんのご飯気に入ってるから」
エースとどうだと聞いているのに全く答えになっていない話題が飛び出してしまった。
エースがどうだ、とは聞いていない。
だけど、相変わらず仲良くやっているようではあるので少し安心だ。
この間、エースが腹減ったと騒いだらナマエちゃんがおやつにと作ってくれたフレンチトーストがめちゃくちゃ美味かったって言っていた事を思い出した。
その時一緒に食堂に居たウォレスやスカルが一口くれと強請ってもカケラもやらずに全部一人で食ってしまったそうだ。
その話をすれば、ナマエちゃんは驚いたようで「みんなで食べるようにてんこ盛りに焼いたのに。一人で食べちゃったんだ」と言った。
美味しいと沢山食べてくれる事は嬉しいようで、口元は緩んでいた。
確かにエースみたいに美味そうに完食してくれると作る側は気持ちが良いだろうし、作りがいがあるだろう。
「今度、またフレンチトースト作ってあげようかな」とニコニコと笑う彼女は可愛かった。
彼女は特別美人ってわけではないが、顔は整っているし、笑った顔は愛嬌があって可愛いと思う。
本人はスタイルが悪いとか色気がないとか諸々気にしているようだが、そんな風に思った事はない。
確かにここのナースたちに比べたらアレかもしれないが、贔屓目なしにみても申し分はない。ナマエちゃんの周りの女があのナース達だから基準が高くなってしまっているだけで、普通にモテるビジュアルである事は間違いないし、性格も良いから、男はほうっておかないだろうと言うのが、おれの見解だ。
本人はモテた事がないと言っているが、そもそもの原因は白ひげ海賊団に小さい頃から在籍している事にあると思う。
昔から船の上て生活をして、同い年くらいのヤツと過ごす機会がなかったからそういう、恋愛事情に恵まれなかっただけだろう。
現におれらの仲間の間ではセイバーとかコーネリアあたりは可愛いと連呼し、エースに睨まれているくらいだ。極度のインドアで滅多に船室から出て来ない、あのミハールにですら好感触で「いい子だ」と言っていた。
エースも独占欲丸出しの態度を周囲に出しておきながら、未だに別にそんなんじゃないとか言ってるのもなんだかなァ、と思うがエースにも色々と思うところはあるのだろうとも思う。
あいつ、妙に自己肯定感が低いところがある。ソレは父親が関係しているのは知っているが、おれが思っているよりもそれは深刻だ。
周りから見たエースは太陽のような存在なのに、本人がそうと思っていない。
おれたちみたいな世間から浮いてしまっているような癖のある奴らでも関係なく、エースは仲間にしてくれて、居場所を与えてくれた。
おれに関しては″デュース″という名前もエースが与えてくれた。
本当は冒険記を出す時にペンネームでカッコイイからエースの名前を使わせて欲しいと言ったら、エースがデュースにしろって言ったのが始まりだが、それでもおれはこの名前を気に入っている。
おれは医者の家系に生まれ、おれも医学の道へと進んだが出来の良い兄と比べられ、家族や友人には侮蔑され、コンプレックスを抱えて生きて来た。
だから、海に出た時に本当の名前を捨て、マスクを付けてるのも過去を捨てる為。
一から生きてみたかった。
今ではみんなが呼んでくれる"マクスド・デュース"という名前はエースが与えてくれたもの。
エースが与えてくれたのは名前だけじゃなくて、第二の人生、居場所、そして、仲間。
欲しかったものをいとも簡単におれにくれたんだ。
そのくらい、エースが周囲に与える力は大きくて、おれらの船の奴らは全員、エースの事が大好きだ。
なのに、ふとした瞬間にエースは顔に暗い影を落とす。まるでひとりぼっちかのように。
他の奴らが気がついているのかはわからないが、おれには分かる。
初めて会った時に知ってしまった、エースの父親の事。その時もあいつは辛そうな顔をしていた。それがたまにフとした瞬間に表情に浮かぶ。本人に自覚があるのかは分からないが。
ナマエちゃんのことも積極的になれないことや自分の感情に鈍いのはそれが原因だと思う。
自覚がある云々の前にそれを理由に自分の中で無意識に制御と防衛をしてしまっているはずだ。
エースは人には馬鹿みたいに優しいから、その事が原因で自分が近づいた人間を傷付けてしまうと勝手に思っているところがある。
心の奥底で傷付けて失う事を極端に怖がっているとおれは思う。
二人が上手くいけば、エースの自己肯定感が低い所も少しはマシになるんじゃないかと思っているが、なんせ相手が悪すぎる。
いい子なんだけどな、ナマエちゃん。
ただちょっと、アホに磨きがかかり過ぎていて一筋縄ではいかないのがもどかしい。
「ナマエちゃんさ、好きな人とかいないの」
「いないよ」
あ、これは拒否された。
そう直感的に思った。顔はいつもと同じようにニコニコしているのに声に拒絶が混じっているように感じた。苦手なのかもしれない、こういった類の話は。
「…最近、元スペードの人に告白されてさ。断っても何度も来てどうしたらいいか分からなくて悩んでるんだ。いや、仲間の事をそう言うのは申し訳ないんだけどさ…」
「え、スペードの?誰?」
「言っていいのか分からないけど…セイバーさん」
「…ごめん。あとでおれから言っておくから…」
困ったように眉尻を下げるナマエちゃんを不憫に思いながら、頭の中であの髭面を五回くらい蹴り飛ばしておいた。後で実際にやるけど。
邪魔すんな、あいつ!!と心の中で毒づく。
うちの海賊団も若い女の子いなかったし、急に可愛い子が目の前に現れたら好きなってしまうのも仕方がないと言ったら、仕方ないが。
そう言えば、あいつら、いつも島に降りる時、女の子がいる店にエースも一緒に行くと一人でモテてしまうからと妬んでたな。
エースを誘わなかったりもしていて、非モテ組の妬みがあからさまだった事を思い出した。
「エースはどうだ。仲良いし、同い年だろ。そういう感情が芽生えたりしないのか?」
「エースかァ…」
顎に手を当てて考え込む姿を見て微かな希望が湧く。
即答でないと言われない辺り、少しは脈があるのかもしれない。と期待を抱いた瞬間におれの希望の光は光の速さで閉ざされた。
「でも、エースはお菓子くれないからなー」
「は…お菓子…?」
「ほら、お菓子くれるとその人の事特別に見えたりしない?」
「餌付けされてるよ、それ」
さすが、恋愛フラグへし折り大魔神もとい、恋愛フラグ破壊神だ。新たなあだ名を追加してしまうほどに頭を抱えたくなってしまう。
特別に見える基準がお菓子だなんて、誰も予想しないだろう。
これは絶対にセイバーには言わないようにしよう。こことぞばかりにお菓子をプレゼントするに違いない。この事は墓場まで持っていこうと心に誓った。
そんな話をしていると急に医務室のドアが乱暴に開かれた。
この乱暴にドアを開くのはあいつしかいないな、と予想を立てながらドアの方へ目を向けると予想通りの人物が入って来た。
そう、現在、話題の中心人物、エースだった。
入って来た途端に不機嫌そうに眉間に皺が寄せられ、エースの視線はおれとナマエちゃんの間の空間だ。
何を見ているのかと思って、視線の先を辿れば、おれが彼女の手を両手で握っている事に気が付いた。
握っていると言っても、手当の為に手を取っていただけなのだが。
無実を証明する為にパッと手を離して、エースにぎこちない笑顔を向けた。
「どうした、エース」
「…いや、ナマエが怪我したってサッチから聞いてよ」
「あァ、そんな大したことないよ。包丁で指切っちゃっただけだよ」
ヘラッと笑った彼女の指を見てエースは顔を顰めた。
指を切っただけと言っても包帯を巻いているのが見えたら、本当に大丈夫なのかと思うのも致し方ないだろう。
手当も終わって「もう大丈夫だ」と言えば、彼女は笑ってお礼を言った。
うん、やっぱり笑った顔は可愛い。
躊躇ってばっかりいると誰かに取られるぞ、とエースにガツンと言ってやりたいところだが、言ったところで、だ。
素直じゃねェからな、こいつ。こういう時だけは。普段は余計な事まで素直な癖に。
ナマエちゃんが持ち場に戻ろうと腰を上げたのと同時に医務室のドアが再度開かれた。
今日は来客が多いな、と漠然と思いながら開かれたドアの方へ目を移せば、珍しい人物が顔を現した。
「あ、イゾウ。どうしたの」
そう、16番隊隊長のイゾウだった。
エースが親子盃を交わす時に口上を述べてくれたりと何かとお世話になった人物だ。
見た目は凄く色男で和の服と濃い口紅が似合っていて妙に色気がある人だ。40歳だなんて信じられない見た目をしている。
あまり医務室にはやって来ない人物なのでこんなマジマジと顔を見る事はなかったので少し新鮮だ。
「サッチからナマエがここに居るって聞いてな」
「うん?私に何か用だった?」
「怪我したって聞いたからな。ほら、これをやろう」
「あー!金平糖!やったー!」
綺麗な和紙に包まれた、白とピンクと黄色の色とりどりの金平糖をイゾウ隊長から貰ったナマエちゃんは嬉しそうに一つを口に放り込んだ。
金平糖の甘さのように蕩けた顔をしているナマエちゃんを見て、イゾウ隊長は優しく頭を撫でた。
「イゾウは昔から怪我するといつも金平糖くれるよね」
「弟にもよくそうやってたから、癖かもしれないな」
「いいなァ。イゾウみたいなお兄ちゃん欲しかったな」
完全に金平糖で餌付けされている彼女は「デュース、ありがとう!」とお礼を言ってから、ニコニコとイゾウ隊長と談笑しながら医務室を出て行ってしまった。
残されたおれは隣に居るエースの顔を横目で見た瞬間に目を逸らしてしまった。
なぜなら、エースの顔が今まで見た中でも過去一怖いからだ。
目を逸らしながら、エースに話し掛ける。
「…どうした、そんな顔して」
「お前、付き合うならああいうのがいいのか?」
「はァ!?なんでおれが男と付き合うんだよ。アホなこと言うな」
「違ェよ!前にナマエが付き合うならイゾウが良いって言ってたからよ」
「え、まじ?ナマエちゃん、イゾウ隊長が好きなの!?」
「知らねェ。でも、そう言ってた」
「…まァ、イゾウ隊長は40歳と言えど、あの顔の良さじゃ歳なんて気にはならないよなァ…」
エースのライバルって、もしかしてイゾウ隊長?勝ち目なんてあるか?なんて言ったら、エースが凹んじまうしな。
これも墓場まで持っていくとしよう。
「お前もお菓子あげれば良いんじゃねェの?」
「は?…菓子、な」
「あー、でも、別の何かの方がいいな。他と同じ事したって意味ねェだろ。特別な事をしねェと。お前だけの、な」
「…よく分かんねェ」
ポツリと零した声はか細くてエースらしく無かった。
ほんっとうに、こういう事は頼りねェヤツだな、小さく溜息を吐いてから逸らしていた目を元に戻す。
「で、自覚はしたのか?好きって」
「は?んだよ、それ。別に好きとかじゃねェよ」
「じゃあ、逆に好きじゃねェならなんだよ」
エースは頭をガシガシと掻きながら小難しそうな顔をしていた。
こいつもグダグダと色々考えたら勝手に沼にハマっていってしまうタイプらしい。
物事は意外にもこう、シンプルなのに。
「そう言うのはさ、案外簡単に答えは見つかるもんだぜ。お前のココに素直になれば、な」
エースの胸のあたりを右の拳で二回ほど小突くと口をへの字に曲げた後に目を伏せて深い溜息を吐いた。
これでいて、別に好きじゃないとか言うから困りもんだ。好きじゃねェなら、こんな悩ましくもならねェだろ。
「…なァ、デュース」
「ん?どうした」
「…おれなんかが、好きになっても、いいのかな」
「そりゃ…お前…いいに決まってんだろ」
「…そうか」
そうか、と呟いたエースの表情は納得いったような晴々としたものではなく、諦めに近い表情で悲しそうに笑っていた。
エース、お前、おれがなんて言ったら納得するんだ?どうせ、しねェだろ。
自分でその答えを見つけない限り、他人に言われた言葉なんかで納得なんてお前がする訳がねェんだ。
こりゃ、前途多難だな。なんて言ったて、エースがスタート地点にすら立とうとしていないんだから。
黙り込んでしまったエースの肩に手を置くと微かに肩が揺れた。
ま、長い目で見守って行くしかないだろう。
おれの大事な相棒には幸せになって欲しいんだ。