勿忘草
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朝、アラームの音で目を覚ます。カーテンを開けると、太陽の光が部屋の中に差し込んだ。外は、真っ青な空に雲一つない、デート日和だった。
場地は初デートなんて気にしていないのかもしれないが、私は昨日の夜からソワソワしっぱなしだ。何を着ていこうとか、どんな髪型で行こうとか、深夜になるまで鏡と睨めっこをしていた。
だって、長年好きだった人と晴れて恋人になれて、初デートなんて女の子の憧れだし、人生の中でトップ三に入るくらいの大イベントだと思う。
一緒に出掛ける事は今まで散々あったから、場地の言いたいことも分かるけれど、ソレとコレは別問題だ。
小学生の頃、私の両親に場地と一緒に動物園へ連れて行って貰った時のはしゃぎ様を思い出して、頬が緩む。
まだ、動物の知識がそこまで無かった場地が初めてマンドリルを見て「この猿、変な模様が顔に付いてる」と言って、顔を覗き込んで観察をしていたら、マンドリルが怒ってガラスを叩きながら牙を向けて来た事にキレた場地が「アイツ、オレに喧嘩売ってんのか?」と張り合っていた。当時、猿同士の縄張り争いにしか見えなかったのは、内緒だ。それらを思い出したら、今日の動物園も更に楽しみになった。
時計の針が九時丁度を差すと、場地のバイクの排気音が聞こえて来て、数十秒後に家の前で音は止まり、私の名を呼ぶ場地のデカい声が聞こえた。
その大きな声に笑いが零れてしまった。昔から、場地は家に来て、インターフォンは鳴らさずに家の前で大きな声で叫ぶか、勝手に窓から侵入して来ていた。それは、今も変わらないらしい。
部屋の窓から外に顔を出し、「今行くー!」と私も叫び返す。これも、昔と変わらない。
階段を駆け降りて、靴を履いて玄関を開け、外に出た。
「おはよう」
「おー」
「今日は、お願いします」
「乗れよ」
ヘルメットを被って後ろに跨って腰に腕を回すと、バイクは静かに走り始めた。
渋谷から、東武動物公園までは一時間弱で着く。道中は渋滞する事なくスムーズに進み、あっという間に目的地に到着した。
チケットを買ってから、ゲートの前まで来ると、ぼんやりと見覚えのある景色に懐かしさを感じる。場地は入場する前からテンションが上がっているようで「ヤベェ、めっちゃ楽しみ」と目をキラキラと輝かせて興奮気味だ。
「明日香、早く行くぞ!ほら、早くしろ!」
「え、ちょっと待ってよ!」
場地は私の手を掴むとグイグイと引っ張って小走りで園内に入って行く。ゲートを潜ると一番最初に目にしたのは、犬と猫と触れ合える広場だった。隣に居る場地を見れば、絶対に行きたい。今すぐ行きたいと言わんばかりにソワソワとしていて、態度から感情が溢れ出していた。
「ここ、行こうか」
「お、オマエ、よく分かってんじゃん」
嬉しそうに笑った後、触れ合い広場をスルーしている他のお客さんを見て「ここ行かねぇとか頭悪ぃだろ。人間失格だな」と悪態をついていたので、ソレは言い過ぎでしょと心の中でツッコミを入れておいた。
触れ合い広場は入場料とは別料金だったので新たにチケットを購入して広場に入った。
柵の中に入った瞬間に小型犬が多数寄って来て、場地の足元にジャレついていた。場地はその中から、茶色のミニチュアダックスを抱き上げて「オマエ、かわいいな」と頬を緩ましていた。その姿が可愛くて、持参したデジタルカメラをバッグの中から取り出して、起動させてシャッターを切った。ディスプレイに写る犬を見つめた場地の顔は凄くいい顔をしていた。
「カメラなんて持ってたか?」
「お母さんから譲ってもらったの。これから、二人の思い出たくさん形に残していきたくて」
「いいな、それ」
もう一度、カメラを向けると今度はピースまでしてくれて、さっきよりもいい写真が撮れた。その笑顔を見ると私も自然と頬が緩んだ。
足元に違和感を感じて、下を向くと一匹の柴犬が私の足に頭を擦り付けていた。しゃがみ込んで頭を撫でようとすると、お行儀良くお座りをした。
「え、何この子。可愛い」
舌をチロっと出してジッと見つめて来る汚れの知らない曇りの無い瞳にハートを撃ち抜かれる。もちのようにふっくらとした、ふわふわのほっぺを両手で包み込んで撫でるとモフモフとしていて、やみつきになりそうだ。
「ねぇ、場地。この子可愛いよ」
「お、柴犬じゃねぇか」
場地は、ダックスを下に降ろしてから柴犬の前にしゃがみ込むと急に背筋をピンと伸ばして、あの可愛らしい表情を引き締めてキリッとした凛々しい表情で場地を見つめた。
「急に凛々しくなったな。ほら、お手」
場地が右の手のひらを差し出すとちゃんと手のひらにちょんと前足を乗っけた。その様子を見ていたら、何かに似ているような気がして、なんだろうと考えていると不意に場地が「千冬に似てねぇ?」と場地が言うので、「それだ!」と声を上げてしまった。場地に忠実な所とか場地の前だとピシッとする所とか言われてみればソックリだ。
「オイ、千冬ぅ」
場地がそう呼ぶと柴犬は元気よくキレ良くヒト吠えした。鳴いた柴犬はどことなく、嬉しそうに笑っているように見えて、私と場地は声を上げて笑った。
制限時間の三十分は柴犬の千冬とたっぷり戯れて、時間切れになってしまったので外に出ようとすると、千冬は「また、来てください」というような表情を浮かべながら、おすわりをした状態で私たちを見送ってくれた。
満足気な表情を浮かべた場地は「次、どこ行くか」と早速、園内マップを広げていた。
「一番近ぇとこだと、鳥のゾーンだな」
「げっ…」
「ンだよ、オマエまだ鳥嫌いなのかよ」
「だって、あの足怖くない?」
「そういやぁ、ガキの頃江ノ島に行った時、トンビに後ろからソフトクリーム掻っ攫われてギャン泣きしてたもんなぁ?」
「それから、トラウマなんだよね。鳥の足」
「食い意地張りすぎだろ」
「ソフトクリーム取られた事へのトラウマじゃないよ!」
場地は馬鹿にしたように笑ってから、私の手を取って「鳥、見に行くか」と意地悪い顔で笑って引っ張った。それに抵抗して「やめよう」と言っても全く聞き入れて貰えない。
「本当に行くの?」
「ゲージあんだから、大丈夫だろ」
「あ、そっか」
「ココ使えよ」
ココと人差し指でこめかみ辺りを指す仕草に場地だけには言われたくないと思うが、黙っておく。もっと意地悪されたら困るからだ。
握られた手を強く握り返してトラウマの克服をすべく、鳥ゾーンに足を踏み入れた。
だけれど、いくらゲージに入っていても怖いものは怖かった。ワシ、アンデスコンドル、フラミンゴ、トキ、オウギバトなど比較的大き目な鳥が並んでいた。
目の前を通ると大きな羽を広げて私達を睨み付ける。握った手だけでは頼りなく、場地の腕にしがみついて、彼に隠れるようにゾーンを進んでいく。
ついに、私のトラウマの根源のトンビが目の前に現れた。目の前に行くと、場地は興味を示して立ち止まってしまった。
「コイツ、強そうだな」
目で会話しているのか、一人と一羽はジッと見つめ合っている。そして、トンビは大きな声で一鳴きして羽を羽ばたかせてゲージの中を飛び回った。
「ねぇ、何て言ってたの?あの鳥」
「隣の女、アホ面だなってよ」
「は?」
「よく分かってんなぁ、アイツ」
「サイテー」
場地はゲラゲラと笑いながら「次、行くぞ」と誘導するように私の腰に手を回して歩き始めた。残りの鳥たちは横目でチラチラと見る程度にして、早足で駆け抜けた。
無事に鳥ゾーンを抜ける事が出来て、ホッと胸を撫で下ろし、絡めていた腕を離すと、場地は「ん」と言って、手のひらを差し出して来た。
この手は何だと手と彼の顔を交互に見つめた後、バッグの中からガムを一枚取り出して、場地の手のひらに置くと、彼は顔を引き攣らせた。短い溜息をつきながら、「これじゃねぇよ」と呟いて、私の左手を強引に掴んでギュッと握り締めた。
若干、頬を紅く染めている場地の横顔を見上げていると「見てんじゃねぇよ」と横目で睨まれてしまった。
初デートとかキモイとか散々言っていた癖にちゃんと、デートっぽくしようとしてくれている事に胸が締め付けられる程に嬉しかった。
握られた手を強く握り返すと「りんごくれぇ、握り潰せそうだな」と冗談を言った。
「ゴリラじゃありませんから」
「あ、オレ、ゴリラ見てぇな。モンキーゾーン行こうぜ」
「仲間見たいの?」
「あ゛?」
「場地はマウンテンゴリラでしょ?」
「じゃあ、明日香はニシローランドゴリラか?」
「なにそれ、初めて聞いた」
「ニシローランドゴリラの学名、ゴリラ=ゴリラ=ゴリラって言うんだってよ」
「全部ゴリラじゃん」
「日本の動物園にいるゴリラはみんな、ニシローランドゴリラだから、ここにはオレは居ねぇな」
「マウンテンゴリラは否定しないんだね」
場地の動物ウンチクを聞いたり、軽口を叩き合いながらモンキーゾーンに行くと、ニホンザルを始め、マントヒヒ、マンドリル、アビシニアコロブスなどが居た。流石に今回はマンドリルと喧嘩勃発する事はなく、無事にモンキーゾーンから出る事が出来た。
残念ながら、東武動物公園にはゴリラは居ないようで、場地は肩を落としていた。
その後、ライオンやホワイトタイガー、カバ、ゾウやキツネ、タヌキ、ワニなどの王道な動物や珍しい動物を見て行った。
それらを見て回った頃には、15時近くになっていたので、休憩がてらお土産屋さんに入り、フラフラと店内を見ていると、キーホルダーが売っているコーナーに「はじめてごはん」という動物がお肉やお魚にかぶりついている小さなぬいぐるみのキーホルダーが目に止まった。
お肉にかぶりついている、虎のキーホルダーを手に取って眺めていると、場地が「何見てんだぁ?」と手元を覗き込んで来た。
「これ、一虎みたいだなって」
「アイツは、こんな可愛くねーだろ」
「一虎にだって、可愛い所もあるでしょ」
「アイツにそれ言ったら、調子に乗るから言うなよ」
一虎は顔は整っているし、それを自覚している部分があるから「まぁ、明日香よりは、可愛いかも」とか言ってきそうではある。それはそれで、腹が立つので絶対に言わないようにしようと決めた。
「これ、一虎に買って行こうかな」
「一虎に?」
「うん。出所祝いとお守りのお礼にさ」
「アイツ、喜ぶんじゃねぇ?」
「そうだといいな」
虎のキーホルダーが潤んだ瞳で見てくるのがどことなく、一虎の泣き顔に重なってしまい、慰めるように手のひらで優しく包み込んだ。
「あ、こっちのオオカミは場地に似てる」
「はぁ?どこがだよ」
「犬歯がある所とか目付きの悪さとか」
「じゃあ、オマエはこっちか?」
場地が手に取ったのは、カピバラだった。
このぬいぐるみのカピバラは可愛いが、リアルはちょっとインパクト凄い気もするが、喜んでいいのかは微妙なところだ。でも、ずっと見ていると愛着が湧いて来るから不思議だ。
「私達も買ってお揃いにしようよ」
「はぁ?三人で?」
「うん。ダメ?」
「別にいーけどよぉ」
「ありがとう。じゃあ、これ買って来るね」
オオカミとカピバラを追加で手に取ってレジに向かおうとすると、場地は私の手からオオカミとカピバラを取り上げた。
「これはオレが買うから、オマエはその虎買ってやれよ」
「うん、ありがとう」
キーホルダーをそれぞれ、購入してお土産屋さんを出た。小さな紙袋に入った虎のキーホルダーを袋越しに見つめて、一虎が喜んでくれる姿を想像して小さく笑った。
「あ、そうだ!まだ、二人で写真撮ってないから、二人で撮ろうよ」
「マジかよ」
「いいじゃん、ほら、こっち来て」
入口の近くにあった東武動物公園の文字が書いてあるオブジェの前に並び、カメラのレンズを私たちの方に向けて、パシャリとシャッターを切った。ディスプレイを覗くと、東武動物公園の文字は一切見えず、私たちの顔しか写っていなかった。だけど、私も場地も凄く幸せそうに微笑んでいた。
「これじゃ、どこに来たか分からないね」
「ま、いーんじゃねぇの」
「そうだね。きっと、この写真を見ただけで今日の事は直ぐに思い出せるよね」
「あぁ」
二人で写真を見ながら笑いあっていると、場地のケータイの着信音が鳴り響いた。
ポケットの中からケータイを出して、ディスプレイを確認するとドラケンからだったようで「珍しいな、アイツから掛かって来るなんて」と呟きながら、ケータイを開いて通話ボタンを押し、耳に当てた。話をしながら、相槌を打つ場地の顔はどんどんと曇って行くのが分かり、急に不安の波が押し寄せてきた。
そして、場地の「…パーが捕まった…?」という震えた声が嫌な程に耳に響いた。
場地は初デートなんて気にしていないのかもしれないが、私は昨日の夜からソワソワしっぱなしだ。何を着ていこうとか、どんな髪型で行こうとか、深夜になるまで鏡と睨めっこをしていた。
だって、長年好きだった人と晴れて恋人になれて、初デートなんて女の子の憧れだし、人生の中でトップ三に入るくらいの大イベントだと思う。
一緒に出掛ける事は今まで散々あったから、場地の言いたいことも分かるけれど、ソレとコレは別問題だ。
小学生の頃、私の両親に場地と一緒に動物園へ連れて行って貰った時のはしゃぎ様を思い出して、頬が緩む。
まだ、動物の知識がそこまで無かった場地が初めてマンドリルを見て「この猿、変な模様が顔に付いてる」と言って、顔を覗き込んで観察をしていたら、マンドリルが怒ってガラスを叩きながら牙を向けて来た事にキレた場地が「アイツ、オレに喧嘩売ってんのか?」と張り合っていた。当時、猿同士の縄張り争いにしか見えなかったのは、内緒だ。それらを思い出したら、今日の動物園も更に楽しみになった。
時計の針が九時丁度を差すと、場地のバイクの排気音が聞こえて来て、数十秒後に家の前で音は止まり、私の名を呼ぶ場地のデカい声が聞こえた。
その大きな声に笑いが零れてしまった。昔から、場地は家に来て、インターフォンは鳴らさずに家の前で大きな声で叫ぶか、勝手に窓から侵入して来ていた。それは、今も変わらないらしい。
部屋の窓から外に顔を出し、「今行くー!」と私も叫び返す。これも、昔と変わらない。
階段を駆け降りて、靴を履いて玄関を開け、外に出た。
「おはよう」
「おー」
「今日は、お願いします」
「乗れよ」
ヘルメットを被って後ろに跨って腰に腕を回すと、バイクは静かに走り始めた。
渋谷から、東武動物公園までは一時間弱で着く。道中は渋滞する事なくスムーズに進み、あっという間に目的地に到着した。
チケットを買ってから、ゲートの前まで来ると、ぼんやりと見覚えのある景色に懐かしさを感じる。場地は入場する前からテンションが上がっているようで「ヤベェ、めっちゃ楽しみ」と目をキラキラと輝かせて興奮気味だ。
「明日香、早く行くぞ!ほら、早くしろ!」
「え、ちょっと待ってよ!」
場地は私の手を掴むとグイグイと引っ張って小走りで園内に入って行く。ゲートを潜ると一番最初に目にしたのは、犬と猫と触れ合える広場だった。隣に居る場地を見れば、絶対に行きたい。今すぐ行きたいと言わんばかりにソワソワとしていて、態度から感情が溢れ出していた。
「ここ、行こうか」
「お、オマエ、よく分かってんじゃん」
嬉しそうに笑った後、触れ合い広場をスルーしている他のお客さんを見て「ここ行かねぇとか頭悪ぃだろ。人間失格だな」と悪態をついていたので、ソレは言い過ぎでしょと心の中でツッコミを入れておいた。
触れ合い広場は入場料とは別料金だったので新たにチケットを購入して広場に入った。
柵の中に入った瞬間に小型犬が多数寄って来て、場地の足元にジャレついていた。場地はその中から、茶色のミニチュアダックスを抱き上げて「オマエ、かわいいな」と頬を緩ましていた。その姿が可愛くて、持参したデジタルカメラをバッグの中から取り出して、起動させてシャッターを切った。ディスプレイに写る犬を見つめた場地の顔は凄くいい顔をしていた。
「カメラなんて持ってたか?」
「お母さんから譲ってもらったの。これから、二人の思い出たくさん形に残していきたくて」
「いいな、それ」
もう一度、カメラを向けると今度はピースまでしてくれて、さっきよりもいい写真が撮れた。その笑顔を見ると私も自然と頬が緩んだ。
足元に違和感を感じて、下を向くと一匹の柴犬が私の足に頭を擦り付けていた。しゃがみ込んで頭を撫でようとすると、お行儀良くお座りをした。
「え、何この子。可愛い」
舌をチロっと出してジッと見つめて来る汚れの知らない曇りの無い瞳にハートを撃ち抜かれる。もちのようにふっくらとした、ふわふわのほっぺを両手で包み込んで撫でるとモフモフとしていて、やみつきになりそうだ。
「ねぇ、場地。この子可愛いよ」
「お、柴犬じゃねぇか」
場地は、ダックスを下に降ろしてから柴犬の前にしゃがみ込むと急に背筋をピンと伸ばして、あの可愛らしい表情を引き締めてキリッとした凛々しい表情で場地を見つめた。
「急に凛々しくなったな。ほら、お手」
場地が右の手のひらを差し出すとちゃんと手のひらにちょんと前足を乗っけた。その様子を見ていたら、何かに似ているような気がして、なんだろうと考えていると不意に場地が「千冬に似てねぇ?」と場地が言うので、「それだ!」と声を上げてしまった。場地に忠実な所とか場地の前だとピシッとする所とか言われてみればソックリだ。
「オイ、千冬ぅ」
場地がそう呼ぶと柴犬は元気よくキレ良くヒト吠えした。鳴いた柴犬はどことなく、嬉しそうに笑っているように見えて、私と場地は声を上げて笑った。
制限時間の三十分は柴犬の千冬とたっぷり戯れて、時間切れになってしまったので外に出ようとすると、千冬は「また、来てください」というような表情を浮かべながら、おすわりをした状態で私たちを見送ってくれた。
満足気な表情を浮かべた場地は「次、どこ行くか」と早速、園内マップを広げていた。
「一番近ぇとこだと、鳥のゾーンだな」
「げっ…」
「ンだよ、オマエまだ鳥嫌いなのかよ」
「だって、あの足怖くない?」
「そういやぁ、ガキの頃江ノ島に行った時、トンビに後ろからソフトクリーム掻っ攫われてギャン泣きしてたもんなぁ?」
「それから、トラウマなんだよね。鳥の足」
「食い意地張りすぎだろ」
「ソフトクリーム取られた事へのトラウマじゃないよ!」
場地は馬鹿にしたように笑ってから、私の手を取って「鳥、見に行くか」と意地悪い顔で笑って引っ張った。それに抵抗して「やめよう」と言っても全く聞き入れて貰えない。
「本当に行くの?」
「ゲージあんだから、大丈夫だろ」
「あ、そっか」
「ココ使えよ」
ココと人差し指でこめかみ辺りを指す仕草に場地だけには言われたくないと思うが、黙っておく。もっと意地悪されたら困るからだ。
握られた手を強く握り返してトラウマの克服をすべく、鳥ゾーンに足を踏み入れた。
だけれど、いくらゲージに入っていても怖いものは怖かった。ワシ、アンデスコンドル、フラミンゴ、トキ、オウギバトなど比較的大き目な鳥が並んでいた。
目の前を通ると大きな羽を広げて私達を睨み付ける。握った手だけでは頼りなく、場地の腕にしがみついて、彼に隠れるようにゾーンを進んでいく。
ついに、私のトラウマの根源のトンビが目の前に現れた。目の前に行くと、場地は興味を示して立ち止まってしまった。
「コイツ、強そうだな」
目で会話しているのか、一人と一羽はジッと見つめ合っている。そして、トンビは大きな声で一鳴きして羽を羽ばたかせてゲージの中を飛び回った。
「ねぇ、何て言ってたの?あの鳥」
「隣の女、アホ面だなってよ」
「は?」
「よく分かってんなぁ、アイツ」
「サイテー」
場地はゲラゲラと笑いながら「次、行くぞ」と誘導するように私の腰に手を回して歩き始めた。残りの鳥たちは横目でチラチラと見る程度にして、早足で駆け抜けた。
無事に鳥ゾーンを抜ける事が出来て、ホッと胸を撫で下ろし、絡めていた腕を離すと、場地は「ん」と言って、手のひらを差し出して来た。
この手は何だと手と彼の顔を交互に見つめた後、バッグの中からガムを一枚取り出して、場地の手のひらに置くと、彼は顔を引き攣らせた。短い溜息をつきながら、「これじゃねぇよ」と呟いて、私の左手を強引に掴んでギュッと握り締めた。
若干、頬を紅く染めている場地の横顔を見上げていると「見てんじゃねぇよ」と横目で睨まれてしまった。
初デートとかキモイとか散々言っていた癖にちゃんと、デートっぽくしようとしてくれている事に胸が締め付けられる程に嬉しかった。
握られた手を強く握り返すと「りんごくれぇ、握り潰せそうだな」と冗談を言った。
「ゴリラじゃありませんから」
「あ、オレ、ゴリラ見てぇな。モンキーゾーン行こうぜ」
「仲間見たいの?」
「あ゛?」
「場地はマウンテンゴリラでしょ?」
「じゃあ、明日香はニシローランドゴリラか?」
「なにそれ、初めて聞いた」
「ニシローランドゴリラの学名、ゴリラ=ゴリラ=ゴリラって言うんだってよ」
「全部ゴリラじゃん」
「日本の動物園にいるゴリラはみんな、ニシローランドゴリラだから、ここにはオレは居ねぇな」
「マウンテンゴリラは否定しないんだね」
場地の動物ウンチクを聞いたり、軽口を叩き合いながらモンキーゾーンに行くと、ニホンザルを始め、マントヒヒ、マンドリル、アビシニアコロブスなどが居た。流石に今回はマンドリルと喧嘩勃発する事はなく、無事にモンキーゾーンから出る事が出来た。
残念ながら、東武動物公園にはゴリラは居ないようで、場地は肩を落としていた。
その後、ライオンやホワイトタイガー、カバ、ゾウやキツネ、タヌキ、ワニなどの王道な動物や珍しい動物を見て行った。
それらを見て回った頃には、15時近くになっていたので、休憩がてらお土産屋さんに入り、フラフラと店内を見ていると、キーホルダーが売っているコーナーに「はじめてごはん」という動物がお肉やお魚にかぶりついている小さなぬいぐるみのキーホルダーが目に止まった。
お肉にかぶりついている、虎のキーホルダーを手に取って眺めていると、場地が「何見てんだぁ?」と手元を覗き込んで来た。
「これ、一虎みたいだなって」
「アイツは、こんな可愛くねーだろ」
「一虎にだって、可愛い所もあるでしょ」
「アイツにそれ言ったら、調子に乗るから言うなよ」
一虎は顔は整っているし、それを自覚している部分があるから「まぁ、明日香よりは、可愛いかも」とか言ってきそうではある。それはそれで、腹が立つので絶対に言わないようにしようと決めた。
「これ、一虎に買って行こうかな」
「一虎に?」
「うん。出所祝いとお守りのお礼にさ」
「アイツ、喜ぶんじゃねぇ?」
「そうだといいな」
虎のキーホルダーが潤んだ瞳で見てくるのがどことなく、一虎の泣き顔に重なってしまい、慰めるように手のひらで優しく包み込んだ。
「あ、こっちのオオカミは場地に似てる」
「はぁ?どこがだよ」
「犬歯がある所とか目付きの悪さとか」
「じゃあ、オマエはこっちか?」
場地が手に取ったのは、カピバラだった。
このぬいぐるみのカピバラは可愛いが、リアルはちょっとインパクト凄い気もするが、喜んでいいのかは微妙なところだ。でも、ずっと見ていると愛着が湧いて来るから不思議だ。
「私達も買ってお揃いにしようよ」
「はぁ?三人で?」
「うん。ダメ?」
「別にいーけどよぉ」
「ありがとう。じゃあ、これ買って来るね」
オオカミとカピバラを追加で手に取ってレジに向かおうとすると、場地は私の手からオオカミとカピバラを取り上げた。
「これはオレが買うから、オマエはその虎買ってやれよ」
「うん、ありがとう」
キーホルダーをそれぞれ、購入してお土産屋さんを出た。小さな紙袋に入った虎のキーホルダーを袋越しに見つめて、一虎が喜んでくれる姿を想像して小さく笑った。
「あ、そうだ!まだ、二人で写真撮ってないから、二人で撮ろうよ」
「マジかよ」
「いいじゃん、ほら、こっち来て」
入口の近くにあった東武動物公園の文字が書いてあるオブジェの前に並び、カメラのレンズを私たちの方に向けて、パシャリとシャッターを切った。ディスプレイを覗くと、東武動物公園の文字は一切見えず、私たちの顔しか写っていなかった。だけど、私も場地も凄く幸せそうに微笑んでいた。
「これじゃ、どこに来たか分からないね」
「ま、いーんじゃねぇの」
「そうだね。きっと、この写真を見ただけで今日の事は直ぐに思い出せるよね」
「あぁ」
二人で写真を見ながら笑いあっていると、場地のケータイの着信音が鳴り響いた。
ポケットの中からケータイを出して、ディスプレイを確認するとドラケンからだったようで「珍しいな、アイツから掛かって来るなんて」と呟きながら、ケータイを開いて通話ボタンを押し、耳に当てた。話をしながら、相槌を打つ場地の顔はどんどんと曇って行くのが分かり、急に不安の波が押し寄せてきた。
そして、場地の「…パーが捕まった…?」という震えた声が嫌な程に耳に響いた。