勿忘草
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場地の死から逃げて、何日経っただろうか。未だに逃げ続けている。千冬と会った日、千冬は私に生きる理由を作ると言ってくれた。でも、私の生きる理由は場地だった。他に生きる理由なんて無い。もう全てがどうでも良くて、空っぽだった。
この三年間、場地と共に来た湘南の海に一人でやって来た。
自決なんてそんな馬鹿な事をした意味が理解出来なかった。理由なんて聞きたくなかった。
だから、ずっと逃げて逃げて、逃げ続けた。
場地の帰りを待つように、一人で海辺に佇む。私の心情とは真逆の穏やかで静かに優しく奏でる波の音が耳に入ってきた。
あまりにも真逆過ぎて皮肉のように感じ、まるで世界から拒まれているようにすら感じてしまう。
しばらく、何も考えずに海を眺めていると、パラパラと空から落ちてくる冷たさが身を包んだ。少しすると、パタリと止み、また降り出す。それを繰り返していた。
やっぱり、私の心とは真逆だなと思った。私の心もこの時雨のように一瞬でも止む時があればいいのに、私にはそれがない。ずっと止むことの無い雨の中に居るようだ。
一人で過ごす夜も雨が止まない日も、ひたすら場地への想いを募らせていた。言いたい事も聞きたい事も何一つ出来なくなってしまった。この想いはどこにぶつけたら良いのだろう。
場地をどれほど求めても叶わない事は、本当はもう分かっている。だけど、微かな希望に縋りたかった。
どこへ行ったって彼の姿は見えない。場地に似た背中を見つけては、期待して、落胆する。そんな事を繰り返していた。私の前に戻って来るんじゃないかって、いつものように笑って帰って来てくれるんじゃないかって、そんな幻想を常に抱いていた。
「場地、会いたい…」
そう呟いても、波の音に掻き消されるだけで彼には届く筈もなかった。場地を求める切なさと戻って来てほしいと祈る儚さが、私の心を揺さぶった。
浜辺を打ち付けては戻って行く、白く泡立った波を飽きる事なく、眺めていると遠くから独特なバイクの音が聞こえて来た。
この吸い込みの音はバブだ。もう、音を聞いただけで分かるようになってしまった。場地がいつも隣で目をキラキラとさせながら、バイクについて語っていたのを思い出す。
バイクの音が止み、代わりに聞こえてくるのは徐々に近付いてくる、砂浜を噛み締めるような足音。
「ここに居たのか」
場地よりも高いけれど、いつもより低く感じる声が聞こえ、現れた影は私の隣に静かに並んだ。風で揺れた透き通った金髪が視界の端に入る。
「懐かしいな。最初は創設メンバーで来て、次の年は偶然、遭遇したっけ」
「…そうだね」
懐かしむように語り出すマイキーの声に一応は、相槌を打つ。だけど、今は正直、思い出話なんて聞きたくないし、したいとも思わない。余計に辛くなる。心臓が抉れるように痛む。
「今、どう思ってる?」
「どうって…?」
「場地の事」
場地の事を考えると、どうしても後悔の念が湧いて来る。どうしてこうなったのだろう、私はどこで間違えてしまったのだろうか。私が大丈夫だと背中を押してしまったから?
あの時、抗争なんてしないでと止めていればこんな現実にはならなかった?
場地を分かったフリをして、結局、何も分かってなかった。悔しくて、悲しくてぶつけようのない感情が入り交じり、その感情は涙として溢れ出した。
「私は、何もしてあげられなかった。分かったつもりでいて、結局、何も分かってなかった」
「何でそう思う?」
「無理にでもあの日、抗争なんてしないでって止めれば良かったのかもしれない」
「それを場地は望んでオマエに全て話したと思うか?」
「そんなの分かんない」
「分かんねぇなら、考えろよ」
「考えたって、もう分かんないよ」
「場地の想いから逃げんな」
「マイキーに私の気持ちなんて分からないよ!もう、ほっといて!」
声を荒らげてそう叫んだ後にまた、後悔した。
マイキーに当たったって仕方ないのに、何をしているんだろう。
黙ってしまったマイキーの顔を見れば、彼は悲しそうに笑っていた。その表情を見た瞬間に自分の発した言葉がマイキーを傷付けてしまった事を知り、思わず目を逸らしてしまった。
「ごめん…」
「別に謝る事じゃねーよ。本当の事だし」
マイキーだって、たった一人の大切な幼馴染を失った。辛くないはずがない。だって、場地の事、大好きだって言っていた。なのに、私は自分の事ばかりで酷い事を言ってしまった。マイキーは辛い気持ちを押し殺して私の元へ来てくれたと言うのに。
「オマエの気持ちはオマエにしか分かんねぇよ。オレの気持ちもオマエには分かんねぇ」
マイキーの漆黒の瞳が私を捕らえた瞬間に彼の話はきちんと聞かなければならないと思った。辛かったとしても、今ここで逃げて、耳を塞いではいけない。
「全部は分かんねぇから、理解する為にこうやって話をするんじゃねぇの?ただ、もう場地は居ない。だから、考えるしかねぇんだよ。アイツが何を想って選択したのか」
「…場地は、あの日、最期になんて言ってた?」
マイキーはあの日、場地が何を想って、何の為に命をかける覚悟を決めたのかを全て話してくれた。途中で何度も何度も耳を塞ぎたくなった。聞きたくない言葉が沢山出て来て、場地がとれほど傷付いて、苦しい想いをしたのかが分かってしまう。
痛かったよね、苦しかったよね、辛かったよね。そう言って、彼の傍に行きたくなる。
何度も喉から出かかっては、言葉を飲み込んだ。
全てを聞き終わると、止まっていた涙がまた溢れ出した。最後の最後まで私の大好きな場地だった。信念を貫き通した彼の想いを踏みにじるような事ばかり言ってしまった自分が情けなく思えて来てしまう。
話し終えたマイキーは小さく笑って「もっと、アイツと話をすれば良かった」と呟いた。
「兄貴が死んだ日から、アイツ何も言わなくなっただろ?オレも何も聞かなかったんだ。理解するのを止めちまった。もっと、アイツと話をしてれば、こんな風にはならなかったのかなって思ったりもした」
その言葉に何も言えなかった。きっと、みんなそう思っている。あの日をタブーにして誰も何も口にしなかった。場地も彼らにその事を言う事もなかった。きっと、他の人に背負わせたくないと自分一人でなんとかしようとしていたからだ。
「でも、オマエは理解しようとして、アイツに必死にぶつかってたじゃん。だから、自分を責めるのは違ぇよ。オマエも千冬も」
そう聞いて、思い出した。あの時は自分の事で精一杯で、自分だけ悲しい、私が一番傷付いているみたいに接してしまったけれど、千冬も沢山、傷付いて泣いていたハズだった。
あんなにも場地を慕って、大好きだって言っていた千冬が悲しくないワケなんてないのに。
「私、何やってんだろ…」
「今は仕方ねぇよ」
マイキーはそう言って、私の頭にポンっと手を乗せた。優しい手のひらが、どこか懐かしくて胸がキュッと締め付けられた。
「オマエは居なくなんなよ?言ったじゃん。オレ、場地と明日香が大好きだって」
「…うん。ごめん、ごめんね」
涙が止まる事のない私にマイキーは何も言わず、ただ、傍に居てくれた。その事が私は一人じゃないと思えて、心が少しだけ暖かくなった。
マイキーは目を細めて波打ち際を眺めながら「オレさ」と切り出したので、彼の方を見た。私の視線に気が付いているが、視線が絡まる事はなく、彼は海を真っ直ぐ見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「一虎の事、許そうと思う」
「…え?一虎を?」
「場地が望んでいる事だと思ったから」
マイキーはゆっくりと視線を私に移して、優しく微笑んだ。そして、スっと立ち上がった。
「これからも、アイツは東卍の一員だ」
その言葉に更に涙が溢れ出してしまう。
ずっとずっと、待ち望んでいた。マイキーと一虎が和解する事を。
本音はそこに場地も居て欲しかったけれど、場地の想いがちゃんとマイキーに届いた事が嬉しかった。
「今日の集会、オマエも来い」
「え、何で?」
「大事な話をするから。オマエにとっても」
「私にとっても…?」
「うん。だから、迎えに来た」
手を差し出して来たので、その手に触れると、力強く上に引っ張り上げた。
マイキーに続いて歩き出し、歩道の傍に停めてあった彼のバブの後に乗ると、ゆっくりと走り出した。
海風を感じて、みんなで笑いあっていたあの夏の日に戻ったような気がした。
*
日が暮れた頃、神社には沢山の東卍のメンバーが揃っていた。マイキーは木の影の所に私を置いて「ここで話を聞いてろ」と言って、彼はみんなの前へ向かった。
集会が始まり、階段の上に立っているのは、マイキー、千冬、そして、東卍ではない特服を着た背の高い男の人だった。
着々と進む集会の内容は、血のハロウィンと呼ばれる、場地が亡くなった抗争の事だった。
一虎と場地が入っていた、芭琉覇羅が傘下に下るという話がされていた。
だけど、何故私を呼んだのかがイマイチ、分からない。芭流覇羅が傘下に下るという話は私には関係ない。マイキーの意図が全く読めずに、困惑しながらも静かに話に耳を傾けた。
傘下に下る事で東卍が450人の大規模なチームになる事に、大きな盛り上がりを見せ、東卍コールが起こる中、マイキーは「話がもう一つある」と言って、周りを静かにさせた。
「血のハロウィンで得たモノもあれば失ったモノもある。壱番隊隊長、場地圭介が死んだ」
そのセリフに胸が抉れたように苦しくなった。
東卍メンバーも一気に静かになって、ピリッと空気が引き締まったような気がした。
これが現実なんだ。もう、逃げちゃダメなんだと、場地の死を受け入れろと伝える為にマイキーは私をここへ連れて来たのだろうか。
「オレらはこの事実を深く反省し、重く受け止めなきゃいけない。……後はオマエから言ってくれ。壱番隊副隊長、松野千冬」
今度は千冬が一歩前に出て、神妙な面持ちで口を開いた。
「東卍を辞めようと思っていたオレを総長はこう言って引き止めた。"壱番隊の灯をオマエが消すのか?"」
その時、千冬が東卍を辞めようとしていた事を初めて知った。全然、知らなかった。
確かに、こんな状態の私に辞めようと思っているなんて話をするワケなかった。
「壱番隊を引っ張っていくのはオレにはやっぱり荷が重い。総長と話し合った。何日も何日も。そして、こういう形に辿り着いた」
下を向きながら話していた千冬は、顔をバッと上げた。その顔はもう何の迷いも無く、力強く前を見据えていた。
「自分のついて行きたい奴ぁ自分が指名する!!花垣武道オレはオマエを壱番隊隊長に命じる!!!」
その言葉にまた涙が溢れ出てきてしまった。
もう、立っていられなくなって、その場にしゃがみ込み蹲った。
こんなにも簡単に場地の居場所が無くなってしまった事が辛かった。仕方の無い事だって分かってはいる。私がどうこう言える問題でもないのも分かっている。でも、やっぱりどうしても悲しかった。
すぐに埋まってしまった、場地の居場所。彼が創り上げてきた居場所が無くなってしまう。そう思うと、どうしても涙は止まらなかった。
その後の話は全く耳に入って来なくて、ひたすら蹲っていた。さっきまで、ザワザワしていたのが無くなっていて、辺りは静まり返っていて、集会が終了した事に気が付いた。
そして、私の元へ一つの足音が近付いて来て、目の前で立ち止まった。
「明日香さん、マイキー君からここにいる事聞きました」
「場地の代わりなんて居ないのに…」
千冬の声に顔を上げることは出来ず、下を向きながら、ポロリと本音が零れ落ちた。
こんな事、言うつもりじゃなかった。言ったってどうしようもない事、千冬を困らせる事も全部頭では分かっているけど、無意識に言葉を零していた。
「代わりなんかじゃないです。マイキー君と何度も何度も話し合って決めました」
「壱番隊隊長は場地圭介だけだよ…」
「…オレもそう思っていました。でも、これが場地さんの遺志だと思ってます」
こうやって、場地の居場所が少しずつ無くなって、いつかは場地を思い出す人は居なくなってしまうのだろうか。それが凄く嫌だった。悲しかった。忘れたくない、忘れて欲しくない。そればかり、考えてしまう。
「場地さんの代わりなんていない。場地さんは場地さんで、タケミっちはタケミっちです」
千冬は私の肩に手を置いて来たので、ゆっくりと顔を上げると、私と同じようにしゃがみ込んで視線を合わせて来た。
「花垣武道は場地圭介にはなれない。場地圭介も花垣武道にはなれない。だからこそ、二人と出逢えたんです 」
そう語る千冬の顔は凄く穏やかで、優しい声だった。まるで、場地との出会いを思い出して、懐かしんでいるようだった。
「オレは、松野千冬として場地圭介と出逢う事が出来て、幸せでした」
場地を語る彼からは、悲しいという感情よりも、出逢えた事の嬉しさが滲み出ていた。
千冬は、場地の遺志を継いで前を向いている。
それに引き換え私は、ただ泣いて、その場で立ち止まって過去を振り返ってばっかりだ。
マイキーも千冬も未来を見ていると言うのに。マイキーはきっと、それを伝える為に私をここに呼んだのだろう。ようやくマイキーの意図が分かった気がした。
もう、囚われたまま生きるのはやめよう。場地が命を掛けてまで伝えたかった事は、そんな事じゃない。そんな事しても、何も戻りはしない。今、私が出来る事がある筈。私にしか出来ない事がある筈。
場地を忘れずとも、千冬のように前を向いて生きていける。
「明日香さん、花垣武道を見ていてください。きっと、分かりますから」
「…うん。千冬、ありがと」
久しぶりに自然と出た笑みに千冬は目に涙を浮かべ、顔をクシャッとして笑った。
この三年間、場地と共に来た湘南の海に一人でやって来た。
自決なんてそんな馬鹿な事をした意味が理解出来なかった。理由なんて聞きたくなかった。
だから、ずっと逃げて逃げて、逃げ続けた。
場地の帰りを待つように、一人で海辺に佇む。私の心情とは真逆の穏やかで静かに優しく奏でる波の音が耳に入ってきた。
あまりにも真逆過ぎて皮肉のように感じ、まるで世界から拒まれているようにすら感じてしまう。
しばらく、何も考えずに海を眺めていると、パラパラと空から落ちてくる冷たさが身を包んだ。少しすると、パタリと止み、また降り出す。それを繰り返していた。
やっぱり、私の心とは真逆だなと思った。私の心もこの時雨のように一瞬でも止む時があればいいのに、私にはそれがない。ずっと止むことの無い雨の中に居るようだ。
一人で過ごす夜も雨が止まない日も、ひたすら場地への想いを募らせていた。言いたい事も聞きたい事も何一つ出来なくなってしまった。この想いはどこにぶつけたら良いのだろう。
場地をどれほど求めても叶わない事は、本当はもう分かっている。だけど、微かな希望に縋りたかった。
どこへ行ったって彼の姿は見えない。場地に似た背中を見つけては、期待して、落胆する。そんな事を繰り返していた。私の前に戻って来るんじゃないかって、いつものように笑って帰って来てくれるんじゃないかって、そんな幻想を常に抱いていた。
「場地、会いたい…」
そう呟いても、波の音に掻き消されるだけで彼には届く筈もなかった。場地を求める切なさと戻って来てほしいと祈る儚さが、私の心を揺さぶった。
浜辺を打ち付けては戻って行く、白く泡立った波を飽きる事なく、眺めていると遠くから独特なバイクの音が聞こえて来た。
この吸い込みの音はバブだ。もう、音を聞いただけで分かるようになってしまった。場地がいつも隣で目をキラキラとさせながら、バイクについて語っていたのを思い出す。
バイクの音が止み、代わりに聞こえてくるのは徐々に近付いてくる、砂浜を噛み締めるような足音。
「ここに居たのか」
場地よりも高いけれど、いつもより低く感じる声が聞こえ、現れた影は私の隣に静かに並んだ。風で揺れた透き通った金髪が視界の端に入る。
「懐かしいな。最初は創設メンバーで来て、次の年は偶然、遭遇したっけ」
「…そうだね」
懐かしむように語り出すマイキーの声に一応は、相槌を打つ。だけど、今は正直、思い出話なんて聞きたくないし、したいとも思わない。余計に辛くなる。心臓が抉れるように痛む。
「今、どう思ってる?」
「どうって…?」
「場地の事」
場地の事を考えると、どうしても後悔の念が湧いて来る。どうしてこうなったのだろう、私はどこで間違えてしまったのだろうか。私が大丈夫だと背中を押してしまったから?
あの時、抗争なんてしないでと止めていればこんな現実にはならなかった?
場地を分かったフリをして、結局、何も分かってなかった。悔しくて、悲しくてぶつけようのない感情が入り交じり、その感情は涙として溢れ出した。
「私は、何もしてあげられなかった。分かったつもりでいて、結局、何も分かってなかった」
「何でそう思う?」
「無理にでもあの日、抗争なんてしないでって止めれば良かったのかもしれない」
「それを場地は望んでオマエに全て話したと思うか?」
「そんなの分かんない」
「分かんねぇなら、考えろよ」
「考えたって、もう分かんないよ」
「場地の想いから逃げんな」
「マイキーに私の気持ちなんて分からないよ!もう、ほっといて!」
声を荒らげてそう叫んだ後にまた、後悔した。
マイキーに当たったって仕方ないのに、何をしているんだろう。
黙ってしまったマイキーの顔を見れば、彼は悲しそうに笑っていた。その表情を見た瞬間に自分の発した言葉がマイキーを傷付けてしまった事を知り、思わず目を逸らしてしまった。
「ごめん…」
「別に謝る事じゃねーよ。本当の事だし」
マイキーだって、たった一人の大切な幼馴染を失った。辛くないはずがない。だって、場地の事、大好きだって言っていた。なのに、私は自分の事ばかりで酷い事を言ってしまった。マイキーは辛い気持ちを押し殺して私の元へ来てくれたと言うのに。
「オマエの気持ちはオマエにしか分かんねぇよ。オレの気持ちもオマエには分かんねぇ」
マイキーの漆黒の瞳が私を捕らえた瞬間に彼の話はきちんと聞かなければならないと思った。辛かったとしても、今ここで逃げて、耳を塞いではいけない。
「全部は分かんねぇから、理解する為にこうやって話をするんじゃねぇの?ただ、もう場地は居ない。だから、考えるしかねぇんだよ。アイツが何を想って選択したのか」
「…場地は、あの日、最期になんて言ってた?」
マイキーはあの日、場地が何を想って、何の為に命をかける覚悟を決めたのかを全て話してくれた。途中で何度も何度も耳を塞ぎたくなった。聞きたくない言葉が沢山出て来て、場地がとれほど傷付いて、苦しい想いをしたのかが分かってしまう。
痛かったよね、苦しかったよね、辛かったよね。そう言って、彼の傍に行きたくなる。
何度も喉から出かかっては、言葉を飲み込んだ。
全てを聞き終わると、止まっていた涙がまた溢れ出した。最後の最後まで私の大好きな場地だった。信念を貫き通した彼の想いを踏みにじるような事ばかり言ってしまった自分が情けなく思えて来てしまう。
話し終えたマイキーは小さく笑って「もっと、アイツと話をすれば良かった」と呟いた。
「兄貴が死んだ日から、アイツ何も言わなくなっただろ?オレも何も聞かなかったんだ。理解するのを止めちまった。もっと、アイツと話をしてれば、こんな風にはならなかったのかなって思ったりもした」
その言葉に何も言えなかった。きっと、みんなそう思っている。あの日をタブーにして誰も何も口にしなかった。場地も彼らにその事を言う事もなかった。きっと、他の人に背負わせたくないと自分一人でなんとかしようとしていたからだ。
「でも、オマエは理解しようとして、アイツに必死にぶつかってたじゃん。だから、自分を責めるのは違ぇよ。オマエも千冬も」
そう聞いて、思い出した。あの時は自分の事で精一杯で、自分だけ悲しい、私が一番傷付いているみたいに接してしまったけれど、千冬も沢山、傷付いて泣いていたハズだった。
あんなにも場地を慕って、大好きだって言っていた千冬が悲しくないワケなんてないのに。
「私、何やってんだろ…」
「今は仕方ねぇよ」
マイキーはそう言って、私の頭にポンっと手を乗せた。優しい手のひらが、どこか懐かしくて胸がキュッと締め付けられた。
「オマエは居なくなんなよ?言ったじゃん。オレ、場地と明日香が大好きだって」
「…うん。ごめん、ごめんね」
涙が止まる事のない私にマイキーは何も言わず、ただ、傍に居てくれた。その事が私は一人じゃないと思えて、心が少しだけ暖かくなった。
マイキーは目を細めて波打ち際を眺めながら「オレさ」と切り出したので、彼の方を見た。私の視線に気が付いているが、視線が絡まる事はなく、彼は海を真っ直ぐ見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「一虎の事、許そうと思う」
「…え?一虎を?」
「場地が望んでいる事だと思ったから」
マイキーはゆっくりと視線を私に移して、優しく微笑んだ。そして、スっと立ち上がった。
「これからも、アイツは東卍の一員だ」
その言葉に更に涙が溢れ出してしまう。
ずっとずっと、待ち望んでいた。マイキーと一虎が和解する事を。
本音はそこに場地も居て欲しかったけれど、場地の想いがちゃんとマイキーに届いた事が嬉しかった。
「今日の集会、オマエも来い」
「え、何で?」
「大事な話をするから。オマエにとっても」
「私にとっても…?」
「うん。だから、迎えに来た」
手を差し出して来たので、その手に触れると、力強く上に引っ張り上げた。
マイキーに続いて歩き出し、歩道の傍に停めてあった彼のバブの後に乗ると、ゆっくりと走り出した。
海風を感じて、みんなで笑いあっていたあの夏の日に戻ったような気がした。
*
日が暮れた頃、神社には沢山の東卍のメンバーが揃っていた。マイキーは木の影の所に私を置いて「ここで話を聞いてろ」と言って、彼はみんなの前へ向かった。
集会が始まり、階段の上に立っているのは、マイキー、千冬、そして、東卍ではない特服を着た背の高い男の人だった。
着々と進む集会の内容は、血のハロウィンと呼ばれる、場地が亡くなった抗争の事だった。
一虎と場地が入っていた、芭琉覇羅が傘下に下るという話がされていた。
だけど、何故私を呼んだのかがイマイチ、分からない。芭流覇羅が傘下に下るという話は私には関係ない。マイキーの意図が全く読めずに、困惑しながらも静かに話に耳を傾けた。
傘下に下る事で東卍が450人の大規模なチームになる事に、大きな盛り上がりを見せ、東卍コールが起こる中、マイキーは「話がもう一つある」と言って、周りを静かにさせた。
「血のハロウィンで得たモノもあれば失ったモノもある。壱番隊隊長、場地圭介が死んだ」
そのセリフに胸が抉れたように苦しくなった。
東卍メンバーも一気に静かになって、ピリッと空気が引き締まったような気がした。
これが現実なんだ。もう、逃げちゃダメなんだと、場地の死を受け入れろと伝える為にマイキーは私をここへ連れて来たのだろうか。
「オレらはこの事実を深く反省し、重く受け止めなきゃいけない。……後はオマエから言ってくれ。壱番隊副隊長、松野千冬」
今度は千冬が一歩前に出て、神妙な面持ちで口を開いた。
「東卍を辞めようと思っていたオレを総長はこう言って引き止めた。"壱番隊の灯をオマエが消すのか?"」
その時、千冬が東卍を辞めようとしていた事を初めて知った。全然、知らなかった。
確かに、こんな状態の私に辞めようと思っているなんて話をするワケなかった。
「壱番隊を引っ張っていくのはオレにはやっぱり荷が重い。総長と話し合った。何日も何日も。そして、こういう形に辿り着いた」
下を向きながら話していた千冬は、顔をバッと上げた。その顔はもう何の迷いも無く、力強く前を見据えていた。
「自分のついて行きたい奴ぁ自分が指名する!!花垣武道オレはオマエを壱番隊隊長に命じる!!!」
その言葉にまた涙が溢れ出てきてしまった。
もう、立っていられなくなって、その場にしゃがみ込み蹲った。
こんなにも簡単に場地の居場所が無くなってしまった事が辛かった。仕方の無い事だって分かってはいる。私がどうこう言える問題でもないのも分かっている。でも、やっぱりどうしても悲しかった。
すぐに埋まってしまった、場地の居場所。彼が創り上げてきた居場所が無くなってしまう。そう思うと、どうしても涙は止まらなかった。
その後の話は全く耳に入って来なくて、ひたすら蹲っていた。さっきまで、ザワザワしていたのが無くなっていて、辺りは静まり返っていて、集会が終了した事に気が付いた。
そして、私の元へ一つの足音が近付いて来て、目の前で立ち止まった。
「明日香さん、マイキー君からここにいる事聞きました」
「場地の代わりなんて居ないのに…」
千冬の声に顔を上げることは出来ず、下を向きながら、ポロリと本音が零れ落ちた。
こんな事、言うつもりじゃなかった。言ったってどうしようもない事、千冬を困らせる事も全部頭では分かっているけど、無意識に言葉を零していた。
「代わりなんかじゃないです。マイキー君と何度も何度も話し合って決めました」
「壱番隊隊長は場地圭介だけだよ…」
「…オレもそう思っていました。でも、これが場地さんの遺志だと思ってます」
こうやって、場地の居場所が少しずつ無くなって、いつかは場地を思い出す人は居なくなってしまうのだろうか。それが凄く嫌だった。悲しかった。忘れたくない、忘れて欲しくない。そればかり、考えてしまう。
「場地さんの代わりなんていない。場地さんは場地さんで、タケミっちはタケミっちです」
千冬は私の肩に手を置いて来たので、ゆっくりと顔を上げると、私と同じようにしゃがみ込んで視線を合わせて来た。
「花垣武道は場地圭介にはなれない。場地圭介も花垣武道にはなれない。だからこそ、二人と出逢えたんです 」
そう語る千冬の顔は凄く穏やかで、優しい声だった。まるで、場地との出会いを思い出して、懐かしんでいるようだった。
「オレは、松野千冬として場地圭介と出逢う事が出来て、幸せでした」
場地を語る彼からは、悲しいという感情よりも、出逢えた事の嬉しさが滲み出ていた。
千冬は、場地の遺志を継いで前を向いている。
それに引き換え私は、ただ泣いて、その場で立ち止まって過去を振り返ってばっかりだ。
マイキーも千冬も未来を見ていると言うのに。マイキーはきっと、それを伝える為に私をここに呼んだのだろう。ようやくマイキーの意図が分かった気がした。
もう、囚われたまま生きるのはやめよう。場地が命を掛けてまで伝えたかった事は、そんな事じゃない。そんな事しても、何も戻りはしない。今、私が出来る事がある筈。私にしか出来ない事がある筈。
場地を忘れずとも、千冬のように前を向いて生きていける。
「明日香さん、花垣武道を見ていてください。きっと、分かりますから」
「…うん。千冬、ありがと」
久しぶりに自然と出た笑みに千冬は目に涙を浮かべ、顔をクシャッとして笑った。