勿忘草
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場地を刺した後の記憶は殆どない。誰かに吹っ飛ばされて、廃車の山から転げ落ちた。誰かが胸ぐらを掴んで怒鳴って来るが、何を言っているのかも耳に入って来ない。ただ、半間クンから言われた言葉だけが頭の中を駆け巡る。電話越しに聞こえた「やはり場地は裏切り者だ。殺っちまえ、一虎」という声が自分を壊していくかのように感じた。
なんで場地はオレを裏切ったのか。マイキーを殺せなかったから?オレがマイキーに負けたから、見捨てるのか。場地はオレを見捨ててマイキーの元に帰る。アイツには迎えに来てくれる奴らがまだ居る。だけど、場地までも居なくなったら、オレは独りだ。英雄にすら成り損なったオレには何も残らない。
…あぁ、そうか。無かった事にすればいいんだ。そうすれば、何も傷付かなくても良い。悲しみも何もない。最初から、独りだったと思えば良いんだ。仲間も何もいない。場地も最初から敵だったんだ。
そう思ったら、勝手に身体が動いていた。誰かに操られているように脚は勝手に歩き、手はナイフの柄を強く握りしめて、気づけば場地の背後に立っていた。「死ね…場地…」と勝手に口が動いていた。自分の口から出た言葉のようには聞こえなくて、携帯から聞こえたあの機械を通した声が頭の中で響いている。この言葉を言ったのは、オレ?半間クン?それとも、別の誰かか?…もう、何も分からない。
遠くから場地が倒れる姿が見えたが、現実の事のように見えなかった。まるで分厚い膜で覆われているような感覚だった。
「オレのせいじゃない…裏切った場地が悪いんだ…」
自分は悪くない、悪いのは全て自分を裏切ったヤツらなんだ。違う、違う。オレじゃない。場地が裏切ったからいけないんだ。裏切られた事実と自分でもどうしようもない感情で今にも壊れそうだった。
「殺したかった…。ずっと…一虎が年少から出てきたら真っ先にオレが殺そうと思ってた。そんなオレを諭し続けてくれたのが場地だった。場地が言ってた。″一虎はマイキーを喜ばしたかった。だから、受け入れられない。たとえ、マイキーの兄貴を殺しちまっても自分を肯定する為にマイキーを敵にするしかなかった…″ってよー」
マイキーの抑揚のないセリフが無性に胸に突き刺さった。あの日の感情が津波のように荒々しく押し寄せて来る。最初はマイキーに喜んで欲しかっただけだった。でも、あの時はああするしかなかった。暗闇の中に浮かぶ大きな影が場地に覆い被さっていて、殺らなきゃ、場地が殺られると思った。昔の記憶と被って見えてしまったんだ。オレに被さる大きな影、振りかざされる拳。暴力で支配されていたあの頃に。そんな世界から違う世界に連れ出してくれたマイキーに憧れていた。強くて、自由で、カッコ良かったマイキーに少しでも近付きたくて、認めて貰いたかっただけだった。
「喧嘩は終わりだ」
「は!?オイオイオイ、喧嘩は終わり!?ナメてんのかマイキー?そんなのテメーの決める事じゃねーだろーが!!」
マイキーと半間クンの声が聞こえた。鈍い衝撃音と「ホラ、終わった」という、マイキーの感情のない声が耳に届いた。耳鳴りがするほどの沈黙が一瞬だけ流れ、じわじわと波紋が広がるようにざわめき立った後、爆発的に騒がしさが戻った。
辺りに人が居なくなり、マイキーがオレの目の前に見下ろすかのように立っていた。マイキーの落とした影が過去のモノと重なって、再度憎しみが込み上がって来た。
場地が裏切った原因もコイツだ。全部全部、コイツが居るせいだ。マイキーさえ居なければ、オレはこんなに苦しむ事もなかった。信じていた場地にまで裏切られる事もなかった。
「人は誰しもが裏切る…。終わらせようぜ、マイキー。テメェが死ぬかオレが死ぬかだ」
見下ろすマイキーの前に立った瞬間、左頬に拳が喰い込んだ。また、地面に戻ってマイキーに見下ろされる形になる。
「大事なモン壊すしか脳がねぇならオレがここで…壊してやる」
今度は顎に蹴りが入り、倒れ込む。もう抵抗する気力も起こらない。なんでだろうな、あんなに殺したかったマイキーに今は、殺して欲しいと思っている。壊して欲しいと思ってしまっている。
オレの上にマイキーが跨り「オレが壊してやるよ、一虎」と拳を振りかざした。何度も何度も顔に拳を落とされ、自分の血が飛び散るのが見えるが、痛いとは思わなかった。何も感じなかった。
殴られ続けている中で、マイキーの言う"大事なモノ"を思い返していた。
場地の事は大事だった。だから、見捨てられるのが怖かった。場地が裏切ったという言葉で頭の中は真っ白になって、急に孤独感に襲われた。本当は独りになるのが怖かった。気付いたら、場地を刺していた。
なんで刺してしまったんだろう。裏切ったから?敵になってしまったから?
自分に問いかけているうちに、分からなくなって来た。オレのいう、敵ってなんだろう…。
…そうだ、あの時、場地は言ってくれた。あの日、マイキーの兄貴を殺してしまった日、オレの頭を抱いて「この先、どんな地獄が待っててもオレは最後まで一緒だから」とオレに向けて言ってくれた。なんで、あの言葉を信じられなかったんだろう。なんで、今の今まで忘れてしまっていたんだろう。
それに、明日香。アイツもそうだ。昔と変わらずオレの手を掴もうとしてくれていた。間違った道に進もうとしていたオレを連れ戻そうと止めてくれていた。泣きそうになりながらも必死になっていたのは、オレの為だったのに。
だって、会った時はちゃんと笑ってくれていたんだ。掴んでくれていた二人の手を勝手に突き放したのはオレだった。
「本当は何が欲しいの?」
また、明日香の言葉が思い返される。何が欲しいのか、その答えはずっと自分の胸の中にちゃんと有ったはずなのに、自分を肯定する事に必死で見失っていた。
オレはただ…自分の居場所が欲しかっただけなんだ。場地と明日香と笑い合って、マイキーとドラケンと三ツ谷とパーともう一度バイク走らせて、一緒に喧嘩して。そんな自分の居場所が欲しかった。もう一度、あの暖かい輪の中に戻りたかった。でも、どうせ無理だと、どうせ許されないと諦めたのは紛れもないオレ自身だ。
人は誰しも裏切るって散々言って来たけれど、一番信用していなかったのは自分だった。昔から、暴力に屈していた自分に自信がなかったから。強く見せる為に首に刺青を入れて髪型も変えて強くあろうとしていたんだ。だけど、変わったのは見た目だけで心は何一つ強くなんてなれていなかった。全て自分の弱さが招いた結果だ。
…いつもそうだ。場地…なんだかんだ言って一緒にいてくれた…。あの日も今だってそうだった。
何も気付けなかった事、見落としてしまっていた事に今更気が付いて、自分の愚かさに涙が溢れた。
オレは一番大事なモンを壊しちまったんだな。明日香にとっても一番大事なモンを奪っちまった。ごめんな、場地、明日香。
場地に向こうで謝ったら許してくれっかな。場地なら「しょーがねぇな」って笑ってくれるような気がした。
場地、オレもすぐにそこに逝くよ。
マイキーに壊される事がオレの人生の終わりにふさわしいと思い、スッと目を閉じて、自分の命が尽きるのを待った。
「マイキィイ!!」
突然聞こえた、場地の叫び声にずっと降り続いてた拳の雨が止んだ。
「オレの為に…怒ってくれて…ありがとな」
途切れ途切れの弱々しい声が聞こえた。場地の柔らかい声だった。
「オレは死なねーよ。こんな傷じゃあオレは死なねー!!!気にすんなよ一虎 」
オレの目の前に立ち、いつものように笑って、いつもオレを受け入れてくれうような優しい声でオレに語りかけてくれた。涙で歪む視界の中で、場地が自分の腹をナイフで刺したのが見えた。
*
「一虎ぁ、オレはオマエには殺られねぇよ」
オレは自分の腹を刺した。灼けるような激痛と共に息苦しさと全身の毛が一気に逆立つような感覚がした。そのまま立っている力もなくなり、その場に崩れ落ちる寸前に千冬が叫びながら自身を抱き抱えた。
「場地さんっ!なんで…っ!?」
近くに居るはずなのに千冬の声が遠く聞こえる。なんでって、なんでだろうな。別に死にたかったワケじゃねぇ。出来れば、生きたいと思った。まだまだ、こいつらとやりたい事もあるし、夢も途中だ。だけど、自分のやりたい事、夢よりも大事なモノを守りたかった。オレの命よりも大事なモンを守りたかった。
「……場地くん…なんでだよ?わかんねぇよ…なんの為に…自分で自分を刺したりなんか…!?」
「タケミチ…もっと近くに」
腹を刺してもすぐには死ねないと言うのは本当らしい。もう、大きな声も出ねぇし、浅く息をするだけで痛ぇ。それでも、まだ命は尽きない。痛くて苦しいがオレにとっても都合が良いと思った。コイツらに伝えるべき事を話す時間があった。
「稀咲は敵だ」
稀咲が敵である事をタケミチも千冬も気付いていた。だから、あの日、自分が見て聞いて、アイツが敵である事を話した。
「それに気が付いたのはパーが長内を刺した事件、″パーを出所させる代わりに参番隊 隊長に任命してくれ″、稀咲がマイキーにそう持ち掛けるのを偶然見ちまった。参番隊隊長は…稀咲じゃねぇ!!東卍はオレら六人で立ち上げた。どんな理由があっても参番隊隊長はパーだけなんだ」
東卍を創設する時に"一人一人がみんなの為に命を張れる"そんなチームにしたいと言った。
それがオレの信念であって、東卍の理念で魂だと思っている。稀咲はそれを分かっていない。理解しようともしていない。そんな奴がオレらの夢を背負って良いわけがねェんだ。
思い返されるのは、六人で創設した日の事。マイキーと相談して、役割はオレに任せて貰った。オレは一虎と一緒に特攻隊と決めた。あの時は、言わなかったけれど、本当は理由があったんだ。
知ってたか、一虎?オレが二人で特攻隊をやりたかった理由は、単純に真っ先に敵陣に突っ込んで喧嘩が出来るからじゃねぇ。最初に敵陣に突っ込んで行って、誰よりも先に仲間を守れるからだ。
本当は一虎が仲間想いで優しい奴なのはオレが一番よく知っている。だから、そんなオマエと肩を並べて、時には背中を預けあって仲間を守れる、カッケェ男になりたかった。
「パーちん…三ツ谷…ドラケン…マイキー、一虎"創設メンバー"はオレの"宝"だ。オレ一人で何とかしたかった」
オレは大事だった宝をバラバラにしてしまったから、一人で元の形に戻したかった。命より大事なモノだったからこそ、自分の為にもどうにかしたかった。
死にたかったワケじゃねぇけど、大事なモノの守る為に命をかけるなら今だと思った。それがオレの生きる意味だったのかもしれない。
「オレは…自分で死んだ。マイキーが一虎を殺す理由はねぇ…」
タケミチの顔を見ていると、何故だか真一郎君の姿が浮かんで来る。昔、彼と一緒に過ごして来た日々が思い返された。真一郎君は喧嘩は弱いし、女にヘラヘラしてるし、空手もよくサボっていたけど、オレの目には誰よりもカッコよく映っていた。優しくて、心が強くて、キラキラしていて、そんな男になりたかった。
なぁ、真一郎君、オレは真一郎君のようなカッケェ男になれたかな?
幻覚まで見えて来て、柄にもなくそんな事を語り掛けてしまった。
「タケミチ、オマエはどこか真一郎君に似てる」
そんな風に思えたから、タケミチにオレらの夢を背負って欲しいと思った。きっと、オレの想いも託せる。
「マイキーを…東卍を…オマエに託す!!」
「ダメだよ場地君。そんな事言わないで!!」
別に深い面識があったワケじゃねぇ。むしろ、初対面でぶん殴ったオレなんて印象は最悪だったハズだ。なのに、そんなオレの為に涙を流せるタケミチになら絶対に東卍の信念が分かる。真っ直ぐで暖かい心を持っているコイツなら大丈夫だって思えたんだ。
少しずつ、意識が薄れていく中でガキの頃からの記憶が一気に頭の中を駆け巡った。あぁ、コレが走馬灯ってやつか…だなんて、他人事のように思いながら、自分の人生を記憶の中で辿った。
本当に昔からずっと一緒に居たんだな、明日香と。
記憶の中のアイツはいつも笑ってた。その次に思い出すのは、泣き顔だった。アイツは自分の為には泣かねぇ癖に他人の為にはすぐ泣くんだ。昔っからそう。でも、そんな所が好きだったな。
本当は聞こえてたんだ。昨日の夜、「隣に帰ってきてね」と言っていたのは。
多分、アイツすげぇ泣くんだろうな。でも、オレはもう傍に居てやれねぇから、別のヤツ頼むしかねぇ。
…あぁ、馬鹿だなオレも。もう無理だって分かっている癖にその場所譲りたくねぇなんて思っちまう。
いつも、オレは自分勝手だって怒られてた。最後の最後まで自分勝手だって怒られっかな。でも、いつかはいつもみたいに「バカだねぇ、場地は」って笑って欲しい。アイツのバカって言葉はいつも優しくて、どうしようもねぇオレを呆れながらも受け入れてくれているような気がして好きだった。
「千冬、明日香の事、頼むな。アイツ、泣き虫だからよぉ」
「ダメですよ…場地さんじゃなきゃ…!」
オレだって本当は譲りたくねぇけど、アイツが一人で泣くよりマシだ。
「…千冬ぅ」
「ハイ」
「ペヤング食いてぇな」
「…買ってきますよ」
「半分コ な?」
出会った日の事を思い出し、そう口にすれば千冬の瞳からはボロボロと涙が溢れた。透き通って見える涙を見たら、不思議と笑えた。千冬になら任せてもいいかなんて思えたんだ。千冬がアイツの傍に居てくれたら、安心出来る。そう思えるヤツに出会えて良かった。
脳裏に三人で笑いあった日々が蘇って、つい最近の事なのに酷く懐かしく想えた。最後まで信じ抜いてくれた、千冬。そんな千冬と共に過ごして来た日々は紛れもないオレの大切な宝だ。
「ありがとな、千冬…」
大切な宝に囲まれて笑う自分の姿を走馬灯で見ながら、重くなった瞼に逆らう事を止め、ソッと目を閉じた。
なんで場地はオレを裏切ったのか。マイキーを殺せなかったから?オレがマイキーに負けたから、見捨てるのか。場地はオレを見捨ててマイキーの元に帰る。アイツには迎えに来てくれる奴らがまだ居る。だけど、場地までも居なくなったら、オレは独りだ。英雄にすら成り損なったオレには何も残らない。
…あぁ、そうか。無かった事にすればいいんだ。そうすれば、何も傷付かなくても良い。悲しみも何もない。最初から、独りだったと思えば良いんだ。仲間も何もいない。場地も最初から敵だったんだ。
そう思ったら、勝手に身体が動いていた。誰かに操られているように脚は勝手に歩き、手はナイフの柄を強く握りしめて、気づけば場地の背後に立っていた。「死ね…場地…」と勝手に口が動いていた。自分の口から出た言葉のようには聞こえなくて、携帯から聞こえたあの機械を通した声が頭の中で響いている。この言葉を言ったのは、オレ?半間クン?それとも、別の誰かか?…もう、何も分からない。
遠くから場地が倒れる姿が見えたが、現実の事のように見えなかった。まるで分厚い膜で覆われているような感覚だった。
「オレのせいじゃない…裏切った場地が悪いんだ…」
自分は悪くない、悪いのは全て自分を裏切ったヤツらなんだ。違う、違う。オレじゃない。場地が裏切ったからいけないんだ。裏切られた事実と自分でもどうしようもない感情で今にも壊れそうだった。
「殺したかった…。ずっと…一虎が年少から出てきたら真っ先にオレが殺そうと思ってた。そんなオレを諭し続けてくれたのが場地だった。場地が言ってた。″一虎はマイキーを喜ばしたかった。だから、受け入れられない。たとえ、マイキーの兄貴を殺しちまっても自分を肯定する為にマイキーを敵にするしかなかった…″ってよー」
マイキーの抑揚のないセリフが無性に胸に突き刺さった。あの日の感情が津波のように荒々しく押し寄せて来る。最初はマイキーに喜んで欲しかっただけだった。でも、あの時はああするしかなかった。暗闇の中に浮かぶ大きな影が場地に覆い被さっていて、殺らなきゃ、場地が殺られると思った。昔の記憶と被って見えてしまったんだ。オレに被さる大きな影、振りかざされる拳。暴力で支配されていたあの頃に。そんな世界から違う世界に連れ出してくれたマイキーに憧れていた。強くて、自由で、カッコ良かったマイキーに少しでも近付きたくて、認めて貰いたかっただけだった。
「喧嘩は終わりだ」
「は!?オイオイオイ、喧嘩は終わり!?ナメてんのかマイキー?そんなのテメーの決める事じゃねーだろーが!!」
マイキーと半間クンの声が聞こえた。鈍い衝撃音と「ホラ、終わった」という、マイキーの感情のない声が耳に届いた。耳鳴りがするほどの沈黙が一瞬だけ流れ、じわじわと波紋が広がるようにざわめき立った後、爆発的に騒がしさが戻った。
辺りに人が居なくなり、マイキーがオレの目の前に見下ろすかのように立っていた。マイキーの落とした影が過去のモノと重なって、再度憎しみが込み上がって来た。
場地が裏切った原因もコイツだ。全部全部、コイツが居るせいだ。マイキーさえ居なければ、オレはこんなに苦しむ事もなかった。信じていた場地にまで裏切られる事もなかった。
「人は誰しもが裏切る…。終わらせようぜ、マイキー。テメェが死ぬかオレが死ぬかだ」
見下ろすマイキーの前に立った瞬間、左頬に拳が喰い込んだ。また、地面に戻ってマイキーに見下ろされる形になる。
「大事なモン壊すしか脳がねぇならオレがここで…壊してやる」
今度は顎に蹴りが入り、倒れ込む。もう抵抗する気力も起こらない。なんでだろうな、あんなに殺したかったマイキーに今は、殺して欲しいと思っている。壊して欲しいと思ってしまっている。
オレの上にマイキーが跨り「オレが壊してやるよ、一虎」と拳を振りかざした。何度も何度も顔に拳を落とされ、自分の血が飛び散るのが見えるが、痛いとは思わなかった。何も感じなかった。
殴られ続けている中で、マイキーの言う"大事なモノ"を思い返していた。
場地の事は大事だった。だから、見捨てられるのが怖かった。場地が裏切ったという言葉で頭の中は真っ白になって、急に孤独感に襲われた。本当は独りになるのが怖かった。気付いたら、場地を刺していた。
なんで刺してしまったんだろう。裏切ったから?敵になってしまったから?
自分に問いかけているうちに、分からなくなって来た。オレのいう、敵ってなんだろう…。
…そうだ、あの時、場地は言ってくれた。あの日、マイキーの兄貴を殺してしまった日、オレの頭を抱いて「この先、どんな地獄が待っててもオレは最後まで一緒だから」とオレに向けて言ってくれた。なんで、あの言葉を信じられなかったんだろう。なんで、今の今まで忘れてしまっていたんだろう。
それに、明日香。アイツもそうだ。昔と変わらずオレの手を掴もうとしてくれていた。間違った道に進もうとしていたオレを連れ戻そうと止めてくれていた。泣きそうになりながらも必死になっていたのは、オレの為だったのに。
だって、会った時はちゃんと笑ってくれていたんだ。掴んでくれていた二人の手を勝手に突き放したのはオレだった。
「本当は何が欲しいの?」
また、明日香の言葉が思い返される。何が欲しいのか、その答えはずっと自分の胸の中にちゃんと有ったはずなのに、自分を肯定する事に必死で見失っていた。
オレはただ…自分の居場所が欲しかっただけなんだ。場地と明日香と笑い合って、マイキーとドラケンと三ツ谷とパーともう一度バイク走らせて、一緒に喧嘩して。そんな自分の居場所が欲しかった。もう一度、あの暖かい輪の中に戻りたかった。でも、どうせ無理だと、どうせ許されないと諦めたのは紛れもないオレ自身だ。
人は誰しも裏切るって散々言って来たけれど、一番信用していなかったのは自分だった。昔から、暴力に屈していた自分に自信がなかったから。強く見せる為に首に刺青を入れて髪型も変えて強くあろうとしていたんだ。だけど、変わったのは見た目だけで心は何一つ強くなんてなれていなかった。全て自分の弱さが招いた結果だ。
…いつもそうだ。場地…なんだかんだ言って一緒にいてくれた…。あの日も今だってそうだった。
何も気付けなかった事、見落としてしまっていた事に今更気が付いて、自分の愚かさに涙が溢れた。
オレは一番大事なモンを壊しちまったんだな。明日香にとっても一番大事なモンを奪っちまった。ごめんな、場地、明日香。
場地に向こうで謝ったら許してくれっかな。場地なら「しょーがねぇな」って笑ってくれるような気がした。
場地、オレもすぐにそこに逝くよ。
マイキーに壊される事がオレの人生の終わりにふさわしいと思い、スッと目を閉じて、自分の命が尽きるのを待った。
「マイキィイ!!」
突然聞こえた、場地の叫び声にずっと降り続いてた拳の雨が止んだ。
「オレの為に…怒ってくれて…ありがとな」
途切れ途切れの弱々しい声が聞こえた。場地の柔らかい声だった。
「オレは死なねーよ。こんな傷じゃあオレは死なねー!!!気にすんなよ一虎 」
オレの目の前に立ち、いつものように笑って、いつもオレを受け入れてくれうような優しい声でオレに語りかけてくれた。涙で歪む視界の中で、場地が自分の腹をナイフで刺したのが見えた。
*
「一虎ぁ、オレはオマエには殺られねぇよ」
オレは自分の腹を刺した。灼けるような激痛と共に息苦しさと全身の毛が一気に逆立つような感覚がした。そのまま立っている力もなくなり、その場に崩れ落ちる寸前に千冬が叫びながら自身を抱き抱えた。
「場地さんっ!なんで…っ!?」
近くに居るはずなのに千冬の声が遠く聞こえる。なんでって、なんでだろうな。別に死にたかったワケじゃねぇ。出来れば、生きたいと思った。まだまだ、こいつらとやりたい事もあるし、夢も途中だ。だけど、自分のやりたい事、夢よりも大事なモノを守りたかった。オレの命よりも大事なモンを守りたかった。
「……場地くん…なんでだよ?わかんねぇよ…なんの為に…自分で自分を刺したりなんか…!?」
「タケミチ…もっと近くに」
腹を刺してもすぐには死ねないと言うのは本当らしい。もう、大きな声も出ねぇし、浅く息をするだけで痛ぇ。それでも、まだ命は尽きない。痛くて苦しいがオレにとっても都合が良いと思った。コイツらに伝えるべき事を話す時間があった。
「稀咲は敵だ」
稀咲が敵である事をタケミチも千冬も気付いていた。だから、あの日、自分が見て聞いて、アイツが敵である事を話した。
「それに気が付いたのはパーが長内を刺した事件、″パーを出所させる代わりに参番隊 隊長に任命してくれ″、稀咲がマイキーにそう持ち掛けるのを偶然見ちまった。参番隊隊長は…稀咲じゃねぇ!!東卍はオレら六人で立ち上げた。どんな理由があっても参番隊隊長はパーだけなんだ」
東卍を創設する時に"一人一人がみんなの為に命を張れる"そんなチームにしたいと言った。
それがオレの信念であって、東卍の理念で魂だと思っている。稀咲はそれを分かっていない。理解しようともしていない。そんな奴がオレらの夢を背負って良いわけがねェんだ。
思い返されるのは、六人で創設した日の事。マイキーと相談して、役割はオレに任せて貰った。オレは一虎と一緒に特攻隊と決めた。あの時は、言わなかったけれど、本当は理由があったんだ。
知ってたか、一虎?オレが二人で特攻隊をやりたかった理由は、単純に真っ先に敵陣に突っ込んで喧嘩が出来るからじゃねぇ。最初に敵陣に突っ込んで行って、誰よりも先に仲間を守れるからだ。
本当は一虎が仲間想いで優しい奴なのはオレが一番よく知っている。だから、そんなオマエと肩を並べて、時には背中を預けあって仲間を守れる、カッケェ男になりたかった。
「パーちん…三ツ谷…ドラケン…マイキー、一虎"創設メンバー"はオレの"宝"だ。オレ一人で何とかしたかった」
オレは大事だった宝をバラバラにしてしまったから、一人で元の形に戻したかった。命より大事なモノだったからこそ、自分の為にもどうにかしたかった。
死にたかったワケじゃねぇけど、大事なモノの守る為に命をかけるなら今だと思った。それがオレの生きる意味だったのかもしれない。
「オレは…自分で死んだ。マイキーが一虎を殺す理由はねぇ…」
タケミチの顔を見ていると、何故だか真一郎君の姿が浮かんで来る。昔、彼と一緒に過ごして来た日々が思い返された。真一郎君は喧嘩は弱いし、女にヘラヘラしてるし、空手もよくサボっていたけど、オレの目には誰よりもカッコよく映っていた。優しくて、心が強くて、キラキラしていて、そんな男になりたかった。
なぁ、真一郎君、オレは真一郎君のようなカッケェ男になれたかな?
幻覚まで見えて来て、柄にもなくそんな事を語り掛けてしまった。
「タケミチ、オマエはどこか真一郎君に似てる」
そんな風に思えたから、タケミチにオレらの夢を背負って欲しいと思った。きっと、オレの想いも託せる。
「マイキーを…東卍を…オマエに託す!!」
「ダメだよ場地君。そんな事言わないで!!」
別に深い面識があったワケじゃねぇ。むしろ、初対面でぶん殴ったオレなんて印象は最悪だったハズだ。なのに、そんなオレの為に涙を流せるタケミチになら絶対に東卍の信念が分かる。真っ直ぐで暖かい心を持っているコイツなら大丈夫だって思えたんだ。
少しずつ、意識が薄れていく中でガキの頃からの記憶が一気に頭の中を駆け巡った。あぁ、コレが走馬灯ってやつか…だなんて、他人事のように思いながら、自分の人生を記憶の中で辿った。
本当に昔からずっと一緒に居たんだな、明日香と。
記憶の中のアイツはいつも笑ってた。その次に思い出すのは、泣き顔だった。アイツは自分の為には泣かねぇ癖に他人の為にはすぐ泣くんだ。昔っからそう。でも、そんな所が好きだったな。
本当は聞こえてたんだ。昨日の夜、「隣に帰ってきてね」と言っていたのは。
多分、アイツすげぇ泣くんだろうな。でも、オレはもう傍に居てやれねぇから、別のヤツ頼むしかねぇ。
…あぁ、馬鹿だなオレも。もう無理だって分かっている癖にその場所譲りたくねぇなんて思っちまう。
いつも、オレは自分勝手だって怒られてた。最後の最後まで自分勝手だって怒られっかな。でも、いつかはいつもみたいに「バカだねぇ、場地は」って笑って欲しい。アイツのバカって言葉はいつも優しくて、どうしようもねぇオレを呆れながらも受け入れてくれているような気がして好きだった。
「千冬、明日香の事、頼むな。アイツ、泣き虫だからよぉ」
「ダメですよ…場地さんじゃなきゃ…!」
オレだって本当は譲りたくねぇけど、アイツが一人で泣くよりマシだ。
「…千冬ぅ」
「ハイ」
「ペヤング食いてぇな」
「…買ってきますよ」
「半分コ な?」
出会った日の事を思い出し、そう口にすれば千冬の瞳からはボロボロと涙が溢れた。透き通って見える涙を見たら、不思議と笑えた。千冬になら任せてもいいかなんて思えたんだ。千冬がアイツの傍に居てくれたら、安心出来る。そう思えるヤツに出会えて良かった。
脳裏に三人で笑いあった日々が蘇って、つい最近の事なのに酷く懐かしく想えた。最後まで信じ抜いてくれた、千冬。そんな千冬と共に過ごして来た日々は紛れもないオレの大切な宝だ。
「ありがとな、千冬…」
大切な宝に囲まれて笑う自分の姿を走馬灯で見ながら、重くなった瞼に逆らう事を止め、ソッと目を閉じた。