勿忘草
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本当は少し迷ったんだ。敵を殺すと心に決めて、年少に居た時からそれが正しい事なんだとずっと思っていたのに、あの二人の言葉で揺れてしまった。フとした瞬間、脳裏で言葉を反芻してしまう。
「何でオマエがマイキーを恨むんだ?」
「本当は何が欲しいの?」
ドラケンと明日香のこの言葉が頭の中にこびり付いて離れない。
昨日の夜、明日香と会った時、胸に押し付けられた虎のキーホルダーを見て、なんだか胸が痛くなった。それは何故だか分からない。あんなガキみてぇな、くだらないモン捨ててやろうと思った。そう思ったのに、手が動かなかった。それが無性にイライラした。まるで、自分の身体じゃなくなったみたいで気持ちが悪かった。
何で、何がってそんなの知らねぇよ。ただ、敵を殺す。それだけが理由だ。敵だからという理由があれば充分だ。
そう思うのに、何で恨むのか、何が欲しいのかと考えてしまう自分が居るのは確かだった。
東京中の顔役みてぇな連中が大勢集まり、東卍と芭流覇羅の抗争に注目している。
その中心では、東卍と芭流覇羅の連中は睨み合い、今にも一髪触発の雰囲気が醸し出されていた。オレらの間に仕切りを任されたという、ICBMの阪泉が立ち、マイキーと話していた。そして、「両チームの代表者、前に!!」の声と共にオレは輪の中心に行き、東卍の代表のドラケンと顔を合わせた。
「腕に自信がある奴、五対五のタイマン、それとも乱戦…どっちにするぅ?」
「芭流覇羅の売ってきた喧嘩だ。そっちが決めろや、一虎」
「あん?」
「オレらの条件は一つ、場地圭介の奪還!東卍が勝利した暁には場地を返してもらう。それだけだ!!」
「は?場地は自分でウチに来たんだぞ?返すも何もねーだろーが!!」
「場地を返してもらう!!それだけだ!!」
「テメー…上等じゃねーかよ」
ハッキリと何度も同じ台詞を繰り返すドラケンに苛立ちを覚えた。どいつもこいつもオレから全てを奪おうとする。家にも東卍にもどこにも居場所がないオレにとって、場地が唯一の居場所だった。それすら奪おうとする。やっぱり、コイツらは敵だ。
そのくせ、ドラケンはいつだって自分は正しいという態度と仲間だとかくだらねぇ幻想をぬけぬけと口にするところが自分を苛立たせる。だから、嫌いなんだ。
自分から全てを奪うマイキーが憎い。それが恨む理由。それ以外の理由が必要なのか?
何が欲しいのか、そんなモンは知らない。ただ、自分が正しいと肯定する為に、自分を守る為にはコレが一番なんだ。オレは間違ってなんかいない。
ようやく、自分じゃないような感覚を払拭する事が出来、心が晴れたように軽くなった。
拳を固く握り締め、ドラケンに殴りかかろうと腕を上げようとしたところで、阪泉が一発触発の状況のオレらの間に割って入って来た。
「オイ、ここで争う気かー?」
仕切りの奴の顔を殴り飛ばし、前屈みになった所にトドメで腹に一発拳を入れて、地面に捩じ伏せた。倒れた男を見下ろしながら、仕切りとか言っている、東卍の甘さに腹の中で嘲笑った。
「ヌリぃ〜〜なぁ…。仕切り?条件?テメーらママゴトしに来たのか?」
恨む理由も明確になった今、迷いは一切無くなった。背中のマークと後ろに控えている殺る気満々の血に飢えた猛獣のような芭流覇羅の連中を見せつけるように両手を広げてみせた。
「芭流覇羅は東卍を嬲り殺しに来たんだよ!!」
「おっぱじめるか!?マイキー」
「行くぞ東卍!!!!」
その声を皮切りに抗争の火蓋が切られた。
大人数の乱戦で人がごった返す中、真っ先にマイキーへ向かっていく。自分の人生を狂わせた男への恨み、憎しみは自分の中で日に日に大きくなって行った。それらの感情を今ここで晴らす。そうすれば、あの夏の呪縛からオレは解放されるんだ。
マイキーに向かって思いっきり腕を振り上げて拳が相手に当たる目の前で黒い影が現れ、拳を受け止められた。
「テメーがマイキーに手ぇ出すなんて、百年早えぇんだよ!!」
毎回、邪魔をしてくるドラケンに怒りを覚えながらもう一度殴りかかろうとした時、後ろから半間クンが現れたのが見え、狙いはドラケンなのを察して、体を逸らして距離を取ると、半間クンがドラケンを蹴り飛ばした。
「ヒャハ、テメーの相手はオレだ、ドラケン」
「上等だよ、半間ぁぁ」
「マイキーはテメぇに任せたぞ!一虎!!」
邪魔なドラケンは半間クンが引き受けてくれたので、オレはマイキーを殺す事に専念出来る。年少にいた頃からこの日をずっと待っていた。マイキーと対峙していると、この手で殺せる事への嬉しさが込み上げて来て口角が上がるのを抑えられない。恨みを晴らせる事への高揚感が凄く、緊張にも似た鼓動の速さが心地良く感じた。
真っ向からでは部が悪いのはちゃんと理解している。どうすれば優位に立てるのか、確実に仕留める方法は考えてある。マイキーの得意技や癖などは近くで見ていたからよく分かる。この時ばかりは、過去に一緒に喧嘩して来た仲で良かったと心の底から思った。
オレはすぐさま、マイキーを廃車の山へと誘い出す為に踵を返して走り出した。オレの思惑を知らないマイキーはその後をのこのこと追い掛けて来た。背後で「一虎ぁ!!逃げ回るだけかぁ!?」と怒鳴り声をあげているのを耳にしながら、仲間が待機している場所までマイキーをお引き寄せると、オレは振り返った。その瞬間、待機していたチョンボが飛び出し、マイキーへ蹴りを入れた。
腕でガードをされたが、膝をつかす事に成功した。マイキーの初めて見る膝をつく姿を上から見下ろして、優越感に浸る。
「どーしたマイキー!?膝なんてついてよぉ」
煽るようにそう口にすれば、マイキーは感情が読み取れないような表情で静かに「一虎テメェ、タイマンも張れねぇのか?」と言って来たが、そんな事どうだって良い。オレは不良ごっこやママゴトをしたいワケでも、マイキーに喧嘩で勝ちたいワケでもない。多数を使ってでも、確実に殺れればそれで良い。目的を達成出来れば、オレは満たされる。
「タイマン?誰がそんな約束したよ?コイツらは対マイキー用に用意した、オレのいた少年院で最強だったケンカのエキスパートだ」
「よーく観察したぞぉマイキー」
「強えー奴なんて大概ウワサだろ」
チョンボがマイキーに向かって飛び、蹴りを入れようとするが、マイキーは右腕で軽く受け止め、それと同時に左脚がチョンボ目掛けて振り上げられた。チョメの離れろという警告でチョンボはギリギリ避ける事が出来た。平坦な場所でやり合っていたら、今のは確実にチョンボに入っていただろう。それも、オレの計算通りだった。
「なんでテメーをここに誘いこんだと思う?マイキー。この足場の悪さじゃあテメーの自慢の核弾頭みてーなケリもうまくキマんねーだろ!?」
チョンボとチョメがマイキーとやり合っている中、廃車の瓦礫の中から鉄パイプを見つけた。ソレを手に取ると、妙にシックリ来てコレでアイツを殺そうと決めた。
二対一でも、ややマイキーが優勢に見えたが、焦りは全く湧いて来ない。二人がタックルのようにマイキーの脚と上半身を抑えて動けないように固定したのを確認すると、笑みが溢れた。
勝った、そう確信したからだ。
「殺ったぁ!」
叫びながら鉄パイプを振りかざし、後頭部を鉄パイプで殴り付けて腕を振り切った。車体の上に倒れ込むマイキーを見て、あの日の夜を思い出す。真っ暗な部屋の中で倒れて血を流す男の姿と今が重なって見えた。兄弟揃って同じ死に方が出来て良かったなと心の中で呟いた。
ドラケンが大声でマイキーの名を呼ぶと、東卍の奴らは一斉にオレらに注目をした。ぐったりと倒れているマイキーを再度見下ろして、勝利を確信したオレは、焦りの色が見えている東卍のヤツらに無敵のマイキーは今日、ここで命を落とし、東卍の敗北を教えてやる。
「芭流芭羅の勝ちだ」
しかし、マイキーは頭から血を流しながらも起き上がった。
「1個だけ教えてくれ、一虎」
「あん?」
「オレはオマエの敵か?」
真っ直ぐにオレを射抜くような瞳に、その言葉にまた揺らぐ。思い返されるのは、過去にマイキーに言われた言葉だった。
「オマエはオレのモンだ、一虎」
マイキーは確かにそう言った。オレは信じてその手を取った。その時、ちゃんと気付くべきだったんだ。人は誰しもが裏切るという事に。最初から分かっていれば、オレはその手を取らなかった。
脳内で何度も何度も、今言ったマイキーの言葉が反芻する。一昨日の夜、ドラケンは言った。「オマエはオレの仲間だ」と。東卍を裏切ったのは場地も同じなのに、アイツらは場地だけの奪還を求めている。仲間だと言った癖にオレを取り戻すなんて言葉は一つもなかった。最初から期待なんてしていなかったけれど、裏切ると分かっていながらもどこかで胸を痛めている自分がいた。
それがオマエらの答えなんだろう?だったら、わざわざ聞かなくても分かるだろう。マイキーは敵だ。向けられた敵意に敵意を返して何が悪い。
どうせ、オレは許されない。どうせ、みんな裏切る。
幼い頃の記憶はあまりない。覚えているのは振り上げられた拳とー怯える母の顔だけだ。あまりない記憶の中で一つだけ鮮明に覚えている言葉がある。
「オマエはお父さんの味方?それともお母さんの味方?どっちもはダメ。どっちかよ」
幼い頃の自分にその選択は難しかった。だけど、必ず選ばなきゃイケなかった。その時、幼いながらに知った。人間は敵か味方、どちらかにしかなり得ないという事を。
敵は恨みを持つべき相手だ。だったら、迷う事なんて何もない。
「オレはオマエのせいで苦しんだ」
未だにあの日を思い出すだけで、灼けるように胸が苦しくなる。
「オマエのせいで年少にいたんだ」
「は?何言ってんだテメェ」
「敵に決まってんだろーが!!!」
自分を肯定しないものは敵だと、そうやって今まで生きてきた。だから、味方は場地だけだった。オレを肯定して受け入れてくれた。
本当は、明日香も味方になってくれると思っていた。場地から聞いた話では、明日香は場地を受け入れたと。あの場に居た場地を受け入れて肯定してくれた。だったら、オレの事も受け入れてくれると、肯定してくれると思って彼女に縋った。だけど、アイツは肯定してはくれなかった。マイキーを殺すのは間違ってると。敵じゃなくて仲間なんだと。
理解出来なかった。憎しみしかないのに敵ではないなんて有り得るはずもない。
泣きそうな顔しながら必死になっちゃってさ。馬鹿みてぇ。
結局は、明日香が肯定したのは、場地が好きだったからだ。その感情の対象では無かったオレは肯定される筈も無かった。少しでも期待してしまった自分が惨めで可哀想に思えた。
「オレは邪魔なモノを排除する。知ってるか?マイキー。”人を殺すのは悪者"でも、"敵を殺すのは英雄"だ!!」
オレは悪者なんかじゃない。ただの人殺しなんかじゃない。オレと場地の敵を殺せば英雄になれる。それが正しい事なんだって、証明してみせる。そうすれば、場地はオレから離れて行かないだろ?
「しっかり押さえとけよ」
チョメに羽交い締めにして貰い、チョンボはマイキーの一番の武器の脚を押さえて抵抗出来ないようにする。そんな不利な状況なのにも関わらず、マイキーの目は揺らぐ事なく、真っ直ぐにオレを見ていた。その視線が気に食わなかった。その強い瞳を壊してやりたくて、何度も何度も鉄パイプでマイキーの頭を殴り続ける。何もかもが気に食わない。
「オレは英雄になる為に敵を殺す」
早く壊したくなり、トドメを刺すつもりで腕を振りかぶって、鉄パイプを叩き付けると鉄パイプが骨に当たる鈍い音が耳を刺激した。動かなくなったマイキーを見て殺ったと思ったのも束の間、地を這うような低い声で「敵を殺す?」と聞こえた。
「そんな事で兄貴を殺したのか?」
その声は、この世のモノではないような、地獄の底から這い上がって来たような禍々しい音で体の中心を貫ぬかれたような感覚がして、体が勝手に恐怖を感じていた。
それと同時に気が付けば、右のこめかみ辺りに激痛が走り、何が起きたか理解する前に視界が揺れて意識が飛んだ。
*
何度も何度も一虎がマイキーを殴るのを遠くから見ていた。本当は直ぐにでも飛び出して止めたかった。その衝動を掌から血が滲み出るほど握り締めて堪えた。目的の為にはここで出て行くワケにもいかず、ただ見ている事しか出来なくて苦しかった。
マイキーが殺される理由など本当は無い。憎むべき理由なんてモノも存在しない。アイツは一虎の敵じゃねぇんだ。
本当の敵は別に居る。そう気付いたのは、パーが捕まった後だった。
稀咲 鉄太、コイツがなんの目的でマイキーに近付いたかは分からねぇが、敵である事はハッキリしている。まずは、コイツを東卍から追い出すと決めた。コイツがいる限り、東卍が崩れていくような気がした。その為に、今は耐えるしかない。
黙って、ひたすら耐えている間にマイキーは一虎を蹴り飛ばし、一虎は意識を飛ばして地面に伸びていた。その傍らでマイキーも座り込んでしまった。
正直、このまま一虎が抗争が終わるまで意識を飛ばしていてくれたら良いと思ってしまった。そうすれば、一虎がマイキーを殺すなんて事は出来ず、オレは稀咲を追い詰めることに徹する事が出来るからだ。
崩れ落ちたマイキーを倒すべく、芭流覇羅の連中は一目散に廃車の山を駆け登って行く。そこへ、台本通りと言わんばかりのタイミングで稀咲がマイキーを庇う為に姿を現した。
稀咲の姿を見つけた瞬間にオレは飛び出した。ようやく、尻尾を出したのを逃すワケにはいかない。東卍の敵だと思われたとしてもやらなければならない。例え、東卍に戻れなくなったとしても、必ずやり遂げなければならない。その覚悟を持って廃車を駆け上った。
「この時を待っていたぜ、稀咲ッ!!」
背後を取られた事なんて全く気が付いていない稀咲の頭目がけて鉄パイプを思いっきり振り抜いた。頭とぶつかった衝撃が手のひらにジンジンと伝わって来るのを打ち消すかのように強く鉄パイプを握りしめた。
そうでもしないと、怒りが抑えられなくなりそうだった。マイキーを守るのは参番隊隊長と名乗るコイツに虫唾が走った。必ずその座から引きずり落としてやると稀咲を睨みつけた。
稀咲をやった事で芭流覇羅の連中は一気に盛り上がりを見せた。
「稀咲ぃぃ!!ツラがわかんなくなるまでブン殴ってやるぜ!!」
すると、ドラケンと三ツ谷は口々に「やめろ」「オレらはオマエを連れ戻しに来たんだ」と言った。
つい最近まで笑いあっていた仲間とこうなる事は苦しい。でも、オレが東卍に戻る時は一虎が一緒じゃないともっと苦しい。アイツを独りにする事なんて出来ない。不器用な一虎は自分の居場所を作るのが下手くそだ。自らその居場所を壊してしまう。でも、ソレはわざとじゃねぇんだ。一虎は自分の心を守るのに必死なだけなのを分かっている。分かってやれるのが自分だけなら、オレがアイツの居場所を作ってやりたいと思った。
ドラケンと三ツ谷に意識を取られている間に背後から近付く気配に気が付かず、後首の服を引っ張られ、投げ飛ばされてしまった。
廃車の山から転がり落ちるが、受身を取ったおかげで大した怪我も胸を強打する事もなく、直ぐに立ち上がった。
「ブンブンブンブン、オレの周りを嗅ぎ回ってるハエだ。叩き殺せ」
「…上等だよ稀咲!!」
本当の敵を目の前にして、腹の底から燃えるように熱いモノが湧き上がってくる。こんな感情は今までにない。きっと怒りを通り越した感情だ。
稀咲に再度近付こうとすると、目の前に両手を広げて道を阻んで来たのは千冬だった。
「千冬…?なんのマネだ?どけよ、千冬ぅぅ!」
いつもなら、オレの言う事は必ず聞く千冬だが今回は微動だにせず、意思の強い瞳で真っ直ぐにオレを見て、必死に止めようとしていた。
「場地さん、ダメっスよ。今ここで稀咲をヤるのはマイキー君を裏切る事です!東卍の為に稀咲をヤるなら今じゃない」
そう言ってのける千冬を鉄パイプで殴り飛ばした。
そんな事言われなくたって分かっている。だけど、どうしても今、やらなきゃならない。きっと、これが最後のチャンスだと思う。このまま、稀咲を野放しにしていたら、マイキーと一虎の仲を修復する事なんて出来なくなるどころか、取り返しのつかない事になってしまうような気がしていた。
「いい気になんなよ、千冬ぅぅ!テメーをオレの横に置いたのは喧嘩の腕を買っただけでテメーの考えなんてどーでもいーんだよ」
「オレは壱番隊副隊長!!!場地さんを守る為にここにいる!!」
声を荒げて、未だにオレを信じている千冬の言葉に心が揺さぶられてしまう。千冬は立ち上がってオレの前に睨みつけるように再度、立ち塞がった。
「どーしてもこの先に行くならオレも容赦しねーぞ!!」
「やってみろ。10秒やる」
「え!?」
「10!9…8…7…6…」
カウントダウンを始めても一向に戸惑ったまま、何もして来ない千冬に「どーした?5…容赦しねーんじゃねーのか?殺さねーと止まんねーぞオレは」と畳み掛けた。
あの事件からきっと、一虎とマイキーの時間は止まったままだ。きっと、囚われたまま動けないでいる。だから、ここで自分の時が止まってしまったとしても、二人の時間だけはどうにか動かしたいって思った。それが唯一、オレに出来るマイキーへの償いと一虎に出来る救いの手だと思った。
「4…3…2…1…」
荒くなる千冬の呼吸の合わせて、自分の鼓動も速くなっていくような気がした。このカウントダウンは、千冬へのモノではなく自分へのものだったのかもしれない。この先からは、もう戻れない。それでも進むのか?と。
殺されない限り、オレは止まっちゃいけねぇんだと、自分への戒めだったのかもしれない。
「………ゼロ」
カウントダウンが終わったと同時にオレは最後の覚悟を決めた。やり遂げるまでは、もう二度と揺れないと。後戻りの出来ない一歩を踏み出そうとした途端に叫び声を上げてオレの腰にしがみついて来たヤツがいた。
千冬の「タケミっち!?」という、驚きの声でコイツは花垣武道だという事を知った。
「千冬!!一緒に場地君止めんぞ!!」
しがみついて離れない花垣に舌打ちを落とす。身を捩ってもしぶとい花垣は、千冬に加勢するように名前を呼ぶが、千冬がやって来る気配は感じられなかった。代わりに聞こえて来たのは、今まで聞いた事もないような、千冬の震えた声だった。
「ダメだ、タケミっち」
「え!?」
「オレは…場地さんを殴れねー」
「は!?何言ってんだよ千冬…!!」
千冬の答えに力を緩めて意識は完全千冬の方に持っていき、隙だらけの花垣の首筋に肘を入れた。意識をふっ飛ばすつもりで入れたのだが、思いの外しぶとく、花垣は力を緩めるどころか更に拘束する力を強めた。
固定された体は上手く動かす事が出来ず、どう引き剥がそうかと思考を巡らせていると、後ろから鈍い音ともに腰辺りに衝撃が走った。
「死ね…場地…」
呟かれた小さなその声が異様に大きく耳に届いた。
「何でオマエがマイキーを恨むんだ?」
「本当は何が欲しいの?」
ドラケンと明日香のこの言葉が頭の中にこびり付いて離れない。
昨日の夜、明日香と会った時、胸に押し付けられた虎のキーホルダーを見て、なんだか胸が痛くなった。それは何故だか分からない。あんなガキみてぇな、くだらないモン捨ててやろうと思った。そう思ったのに、手が動かなかった。それが無性にイライラした。まるで、自分の身体じゃなくなったみたいで気持ちが悪かった。
何で、何がってそんなの知らねぇよ。ただ、敵を殺す。それだけが理由だ。敵だからという理由があれば充分だ。
そう思うのに、何で恨むのか、何が欲しいのかと考えてしまう自分が居るのは確かだった。
東京中の顔役みてぇな連中が大勢集まり、東卍と芭流覇羅の抗争に注目している。
その中心では、東卍と芭流覇羅の連中は睨み合い、今にも一髪触発の雰囲気が醸し出されていた。オレらの間に仕切りを任されたという、ICBMの阪泉が立ち、マイキーと話していた。そして、「両チームの代表者、前に!!」の声と共にオレは輪の中心に行き、東卍の代表のドラケンと顔を合わせた。
「腕に自信がある奴、五対五のタイマン、それとも乱戦…どっちにするぅ?」
「芭流覇羅の売ってきた喧嘩だ。そっちが決めろや、一虎」
「あん?」
「オレらの条件は一つ、場地圭介の奪還!東卍が勝利した暁には場地を返してもらう。それだけだ!!」
「は?場地は自分でウチに来たんだぞ?返すも何もねーだろーが!!」
「場地を返してもらう!!それだけだ!!」
「テメー…上等じゃねーかよ」
ハッキリと何度も同じ台詞を繰り返すドラケンに苛立ちを覚えた。どいつもこいつもオレから全てを奪おうとする。家にも東卍にもどこにも居場所がないオレにとって、場地が唯一の居場所だった。それすら奪おうとする。やっぱり、コイツらは敵だ。
そのくせ、ドラケンはいつだって自分は正しいという態度と仲間だとかくだらねぇ幻想をぬけぬけと口にするところが自分を苛立たせる。だから、嫌いなんだ。
自分から全てを奪うマイキーが憎い。それが恨む理由。それ以外の理由が必要なのか?
何が欲しいのか、そんなモンは知らない。ただ、自分が正しいと肯定する為に、自分を守る為にはコレが一番なんだ。オレは間違ってなんかいない。
ようやく、自分じゃないような感覚を払拭する事が出来、心が晴れたように軽くなった。
拳を固く握り締め、ドラケンに殴りかかろうと腕を上げようとしたところで、阪泉が一発触発の状況のオレらの間に割って入って来た。
「オイ、ここで争う気かー?」
仕切りの奴の顔を殴り飛ばし、前屈みになった所にトドメで腹に一発拳を入れて、地面に捩じ伏せた。倒れた男を見下ろしながら、仕切りとか言っている、東卍の甘さに腹の中で嘲笑った。
「ヌリぃ〜〜なぁ…。仕切り?条件?テメーらママゴトしに来たのか?」
恨む理由も明確になった今、迷いは一切無くなった。背中のマークと後ろに控えている殺る気満々の血に飢えた猛獣のような芭流覇羅の連中を見せつけるように両手を広げてみせた。
「芭流覇羅は東卍を嬲り殺しに来たんだよ!!」
「おっぱじめるか!?マイキー」
「行くぞ東卍!!!!」
その声を皮切りに抗争の火蓋が切られた。
大人数の乱戦で人がごった返す中、真っ先にマイキーへ向かっていく。自分の人生を狂わせた男への恨み、憎しみは自分の中で日に日に大きくなって行った。それらの感情を今ここで晴らす。そうすれば、あの夏の呪縛からオレは解放されるんだ。
マイキーに向かって思いっきり腕を振り上げて拳が相手に当たる目の前で黒い影が現れ、拳を受け止められた。
「テメーがマイキーに手ぇ出すなんて、百年早えぇんだよ!!」
毎回、邪魔をしてくるドラケンに怒りを覚えながらもう一度殴りかかろうとした時、後ろから半間クンが現れたのが見え、狙いはドラケンなのを察して、体を逸らして距離を取ると、半間クンがドラケンを蹴り飛ばした。
「ヒャハ、テメーの相手はオレだ、ドラケン」
「上等だよ、半間ぁぁ」
「マイキーはテメぇに任せたぞ!一虎!!」
邪魔なドラケンは半間クンが引き受けてくれたので、オレはマイキーを殺す事に専念出来る。年少にいた頃からこの日をずっと待っていた。マイキーと対峙していると、この手で殺せる事への嬉しさが込み上げて来て口角が上がるのを抑えられない。恨みを晴らせる事への高揚感が凄く、緊張にも似た鼓動の速さが心地良く感じた。
真っ向からでは部が悪いのはちゃんと理解している。どうすれば優位に立てるのか、確実に仕留める方法は考えてある。マイキーの得意技や癖などは近くで見ていたからよく分かる。この時ばかりは、過去に一緒に喧嘩して来た仲で良かったと心の底から思った。
オレはすぐさま、マイキーを廃車の山へと誘い出す為に踵を返して走り出した。オレの思惑を知らないマイキーはその後をのこのこと追い掛けて来た。背後で「一虎ぁ!!逃げ回るだけかぁ!?」と怒鳴り声をあげているのを耳にしながら、仲間が待機している場所までマイキーをお引き寄せると、オレは振り返った。その瞬間、待機していたチョンボが飛び出し、マイキーへ蹴りを入れた。
腕でガードをされたが、膝をつかす事に成功した。マイキーの初めて見る膝をつく姿を上から見下ろして、優越感に浸る。
「どーしたマイキー!?膝なんてついてよぉ」
煽るようにそう口にすれば、マイキーは感情が読み取れないような表情で静かに「一虎テメェ、タイマンも張れねぇのか?」と言って来たが、そんな事どうだって良い。オレは不良ごっこやママゴトをしたいワケでも、マイキーに喧嘩で勝ちたいワケでもない。多数を使ってでも、確実に殺れればそれで良い。目的を達成出来れば、オレは満たされる。
「タイマン?誰がそんな約束したよ?コイツらは対マイキー用に用意した、オレのいた少年院で最強だったケンカのエキスパートだ」
「よーく観察したぞぉマイキー」
「強えー奴なんて大概ウワサだろ」
チョンボがマイキーに向かって飛び、蹴りを入れようとするが、マイキーは右腕で軽く受け止め、それと同時に左脚がチョンボ目掛けて振り上げられた。チョメの離れろという警告でチョンボはギリギリ避ける事が出来た。平坦な場所でやり合っていたら、今のは確実にチョンボに入っていただろう。それも、オレの計算通りだった。
「なんでテメーをここに誘いこんだと思う?マイキー。この足場の悪さじゃあテメーの自慢の核弾頭みてーなケリもうまくキマんねーだろ!?」
チョンボとチョメがマイキーとやり合っている中、廃車の瓦礫の中から鉄パイプを見つけた。ソレを手に取ると、妙にシックリ来てコレでアイツを殺そうと決めた。
二対一でも、ややマイキーが優勢に見えたが、焦りは全く湧いて来ない。二人がタックルのようにマイキーの脚と上半身を抑えて動けないように固定したのを確認すると、笑みが溢れた。
勝った、そう確信したからだ。
「殺ったぁ!」
叫びながら鉄パイプを振りかざし、後頭部を鉄パイプで殴り付けて腕を振り切った。車体の上に倒れ込むマイキーを見て、あの日の夜を思い出す。真っ暗な部屋の中で倒れて血を流す男の姿と今が重なって見えた。兄弟揃って同じ死に方が出来て良かったなと心の中で呟いた。
ドラケンが大声でマイキーの名を呼ぶと、東卍の奴らは一斉にオレらに注目をした。ぐったりと倒れているマイキーを再度見下ろして、勝利を確信したオレは、焦りの色が見えている東卍のヤツらに無敵のマイキーは今日、ここで命を落とし、東卍の敗北を教えてやる。
「芭流芭羅の勝ちだ」
しかし、マイキーは頭から血を流しながらも起き上がった。
「1個だけ教えてくれ、一虎」
「あん?」
「オレはオマエの敵か?」
真っ直ぐにオレを射抜くような瞳に、その言葉にまた揺らぐ。思い返されるのは、過去にマイキーに言われた言葉だった。
「オマエはオレのモンだ、一虎」
マイキーは確かにそう言った。オレは信じてその手を取った。その時、ちゃんと気付くべきだったんだ。人は誰しもが裏切るという事に。最初から分かっていれば、オレはその手を取らなかった。
脳内で何度も何度も、今言ったマイキーの言葉が反芻する。一昨日の夜、ドラケンは言った。「オマエはオレの仲間だ」と。東卍を裏切ったのは場地も同じなのに、アイツらは場地だけの奪還を求めている。仲間だと言った癖にオレを取り戻すなんて言葉は一つもなかった。最初から期待なんてしていなかったけれど、裏切ると分かっていながらもどこかで胸を痛めている自分がいた。
それがオマエらの答えなんだろう?だったら、わざわざ聞かなくても分かるだろう。マイキーは敵だ。向けられた敵意に敵意を返して何が悪い。
どうせ、オレは許されない。どうせ、みんな裏切る。
幼い頃の記憶はあまりない。覚えているのは振り上げられた拳とー怯える母の顔だけだ。あまりない記憶の中で一つだけ鮮明に覚えている言葉がある。
「オマエはお父さんの味方?それともお母さんの味方?どっちもはダメ。どっちかよ」
幼い頃の自分にその選択は難しかった。だけど、必ず選ばなきゃイケなかった。その時、幼いながらに知った。人間は敵か味方、どちらかにしかなり得ないという事を。
敵は恨みを持つべき相手だ。だったら、迷う事なんて何もない。
「オレはオマエのせいで苦しんだ」
未だにあの日を思い出すだけで、灼けるように胸が苦しくなる。
「オマエのせいで年少にいたんだ」
「は?何言ってんだテメェ」
「敵に決まってんだろーが!!!」
自分を肯定しないものは敵だと、そうやって今まで生きてきた。だから、味方は場地だけだった。オレを肯定して受け入れてくれた。
本当は、明日香も味方になってくれると思っていた。場地から聞いた話では、明日香は場地を受け入れたと。あの場に居た場地を受け入れて肯定してくれた。だったら、オレの事も受け入れてくれると、肯定してくれると思って彼女に縋った。だけど、アイツは肯定してはくれなかった。マイキーを殺すのは間違ってると。敵じゃなくて仲間なんだと。
理解出来なかった。憎しみしかないのに敵ではないなんて有り得るはずもない。
泣きそうな顔しながら必死になっちゃってさ。馬鹿みてぇ。
結局は、明日香が肯定したのは、場地が好きだったからだ。その感情の対象では無かったオレは肯定される筈も無かった。少しでも期待してしまった自分が惨めで可哀想に思えた。
「オレは邪魔なモノを排除する。知ってるか?マイキー。”人を殺すのは悪者"でも、"敵を殺すのは英雄"だ!!」
オレは悪者なんかじゃない。ただの人殺しなんかじゃない。オレと場地の敵を殺せば英雄になれる。それが正しい事なんだって、証明してみせる。そうすれば、場地はオレから離れて行かないだろ?
「しっかり押さえとけよ」
チョメに羽交い締めにして貰い、チョンボはマイキーの一番の武器の脚を押さえて抵抗出来ないようにする。そんな不利な状況なのにも関わらず、マイキーの目は揺らぐ事なく、真っ直ぐにオレを見ていた。その視線が気に食わなかった。その強い瞳を壊してやりたくて、何度も何度も鉄パイプでマイキーの頭を殴り続ける。何もかもが気に食わない。
「オレは英雄になる為に敵を殺す」
早く壊したくなり、トドメを刺すつもりで腕を振りかぶって、鉄パイプを叩き付けると鉄パイプが骨に当たる鈍い音が耳を刺激した。動かなくなったマイキーを見て殺ったと思ったのも束の間、地を這うような低い声で「敵を殺す?」と聞こえた。
「そんな事で兄貴を殺したのか?」
その声は、この世のモノではないような、地獄の底から這い上がって来たような禍々しい音で体の中心を貫ぬかれたような感覚がして、体が勝手に恐怖を感じていた。
それと同時に気が付けば、右のこめかみ辺りに激痛が走り、何が起きたか理解する前に視界が揺れて意識が飛んだ。
*
何度も何度も一虎がマイキーを殴るのを遠くから見ていた。本当は直ぐにでも飛び出して止めたかった。その衝動を掌から血が滲み出るほど握り締めて堪えた。目的の為にはここで出て行くワケにもいかず、ただ見ている事しか出来なくて苦しかった。
マイキーが殺される理由など本当は無い。憎むべき理由なんてモノも存在しない。アイツは一虎の敵じゃねぇんだ。
本当の敵は別に居る。そう気付いたのは、パーが捕まった後だった。
稀咲 鉄太、コイツがなんの目的でマイキーに近付いたかは分からねぇが、敵である事はハッキリしている。まずは、コイツを東卍から追い出すと決めた。コイツがいる限り、東卍が崩れていくような気がした。その為に、今は耐えるしかない。
黙って、ひたすら耐えている間にマイキーは一虎を蹴り飛ばし、一虎は意識を飛ばして地面に伸びていた。その傍らでマイキーも座り込んでしまった。
正直、このまま一虎が抗争が終わるまで意識を飛ばしていてくれたら良いと思ってしまった。そうすれば、一虎がマイキーを殺すなんて事は出来ず、オレは稀咲を追い詰めることに徹する事が出来るからだ。
崩れ落ちたマイキーを倒すべく、芭流覇羅の連中は一目散に廃車の山を駆け登って行く。そこへ、台本通りと言わんばかりのタイミングで稀咲がマイキーを庇う為に姿を現した。
稀咲の姿を見つけた瞬間にオレは飛び出した。ようやく、尻尾を出したのを逃すワケにはいかない。東卍の敵だと思われたとしてもやらなければならない。例え、東卍に戻れなくなったとしても、必ずやり遂げなければならない。その覚悟を持って廃車を駆け上った。
「この時を待っていたぜ、稀咲ッ!!」
背後を取られた事なんて全く気が付いていない稀咲の頭目がけて鉄パイプを思いっきり振り抜いた。頭とぶつかった衝撃が手のひらにジンジンと伝わって来るのを打ち消すかのように強く鉄パイプを握りしめた。
そうでもしないと、怒りが抑えられなくなりそうだった。マイキーを守るのは参番隊隊長と名乗るコイツに虫唾が走った。必ずその座から引きずり落としてやると稀咲を睨みつけた。
稀咲をやった事で芭流覇羅の連中は一気に盛り上がりを見せた。
「稀咲ぃぃ!!ツラがわかんなくなるまでブン殴ってやるぜ!!」
すると、ドラケンと三ツ谷は口々に「やめろ」「オレらはオマエを連れ戻しに来たんだ」と言った。
つい最近まで笑いあっていた仲間とこうなる事は苦しい。でも、オレが東卍に戻る時は一虎が一緒じゃないともっと苦しい。アイツを独りにする事なんて出来ない。不器用な一虎は自分の居場所を作るのが下手くそだ。自らその居場所を壊してしまう。でも、ソレはわざとじゃねぇんだ。一虎は自分の心を守るのに必死なだけなのを分かっている。分かってやれるのが自分だけなら、オレがアイツの居場所を作ってやりたいと思った。
ドラケンと三ツ谷に意識を取られている間に背後から近付く気配に気が付かず、後首の服を引っ張られ、投げ飛ばされてしまった。
廃車の山から転がり落ちるが、受身を取ったおかげで大した怪我も胸を強打する事もなく、直ぐに立ち上がった。
「ブンブンブンブン、オレの周りを嗅ぎ回ってるハエだ。叩き殺せ」
「…上等だよ稀咲!!」
本当の敵を目の前にして、腹の底から燃えるように熱いモノが湧き上がってくる。こんな感情は今までにない。きっと怒りを通り越した感情だ。
稀咲に再度近付こうとすると、目の前に両手を広げて道を阻んで来たのは千冬だった。
「千冬…?なんのマネだ?どけよ、千冬ぅぅ!」
いつもなら、オレの言う事は必ず聞く千冬だが今回は微動だにせず、意思の強い瞳で真っ直ぐにオレを見て、必死に止めようとしていた。
「場地さん、ダメっスよ。今ここで稀咲をヤるのはマイキー君を裏切る事です!東卍の為に稀咲をヤるなら今じゃない」
そう言ってのける千冬を鉄パイプで殴り飛ばした。
そんな事言われなくたって分かっている。だけど、どうしても今、やらなきゃならない。きっと、これが最後のチャンスだと思う。このまま、稀咲を野放しにしていたら、マイキーと一虎の仲を修復する事なんて出来なくなるどころか、取り返しのつかない事になってしまうような気がしていた。
「いい気になんなよ、千冬ぅぅ!テメーをオレの横に置いたのは喧嘩の腕を買っただけでテメーの考えなんてどーでもいーんだよ」
「オレは壱番隊副隊長!!!場地さんを守る為にここにいる!!」
声を荒げて、未だにオレを信じている千冬の言葉に心が揺さぶられてしまう。千冬は立ち上がってオレの前に睨みつけるように再度、立ち塞がった。
「どーしてもこの先に行くならオレも容赦しねーぞ!!」
「やってみろ。10秒やる」
「え!?」
「10!9…8…7…6…」
カウントダウンを始めても一向に戸惑ったまま、何もして来ない千冬に「どーした?5…容赦しねーんじゃねーのか?殺さねーと止まんねーぞオレは」と畳み掛けた。
あの事件からきっと、一虎とマイキーの時間は止まったままだ。きっと、囚われたまま動けないでいる。だから、ここで自分の時が止まってしまったとしても、二人の時間だけはどうにか動かしたいって思った。それが唯一、オレに出来るマイキーへの償いと一虎に出来る救いの手だと思った。
「4…3…2…1…」
荒くなる千冬の呼吸の合わせて、自分の鼓動も速くなっていくような気がした。このカウントダウンは、千冬へのモノではなく自分へのものだったのかもしれない。この先からは、もう戻れない。それでも進むのか?と。
殺されない限り、オレは止まっちゃいけねぇんだと、自分への戒めだったのかもしれない。
「………ゼロ」
カウントダウンが終わったと同時にオレは最後の覚悟を決めた。やり遂げるまでは、もう二度と揺れないと。後戻りの出来ない一歩を踏み出そうとした途端に叫び声を上げてオレの腰にしがみついて来たヤツがいた。
千冬の「タケミっち!?」という、驚きの声でコイツは花垣武道だという事を知った。
「千冬!!一緒に場地君止めんぞ!!」
しがみついて離れない花垣に舌打ちを落とす。身を捩ってもしぶとい花垣は、千冬に加勢するように名前を呼ぶが、千冬がやって来る気配は感じられなかった。代わりに聞こえて来たのは、今まで聞いた事もないような、千冬の震えた声だった。
「ダメだ、タケミっち」
「え!?」
「オレは…場地さんを殴れねー」
「は!?何言ってんだよ千冬…!!」
千冬の答えに力を緩めて意識は完全千冬の方に持っていき、隙だらけの花垣の首筋に肘を入れた。意識をふっ飛ばすつもりで入れたのだが、思いの外しぶとく、花垣は力を緩めるどころか更に拘束する力を強めた。
固定された体は上手く動かす事が出来ず、どう引き剥がそうかと思考を巡らせていると、後ろから鈍い音ともに腰辺りに衝撃が走った。
「死ね…場地…」
呟かれた小さなその声が異様に大きく耳に届いた。