勿忘草
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あれから、何度か場地に会おうと家に行ったり、電話したりしたけれど、一回も会えなかったし出る事はなかった。千冬に聞いた話だと、十月三十一日に東卍対芭流覇羅の抗争が起きるとの事。今日は、その前日の十月三十日だ。
時間があまりない。何とかして、抗争が始まる前に場地に会いたい。話したい事も聞きたい事も沢山ある。そんな思いから、探しても見つからない事に焦りは募る一方だ。
千冬も場地を呼び出してみるとは言っていたが、それは成功したのだろうか。
不安や焦りで自然と歩くペースは速くなってしまう。
「場地、どこに居るの…?」
ポツリ、そう呟いた瞬間にポケットの中に入っていた、ケータイが震えた。慌ててケータイを開くと、ディスプレイには場地の文字が浮かび上がり、心臓が一つ大きく跳ねた。
それから、一定のリズムで鼓動が鳴る。それは緊張にも似た速さだった。
深く息を吐き、ゆっくりとメールフォルダを開くと、そこには淡白な文章で一言、"もう連絡してくんな"と記載されていた。
きっと前までの私だったらショックで泣いて、立ち直れなかったと思う。
でも、今は違う。この文章から場地の性格が滲み出ているのが、ちゃんと分かるから。とにかく、一秒でも早く彼に会いたいと思った。
場地が行きそうな所を必死で考えた結果、あそこしかないと思う場所が一つ思い浮かんだ。
この数日間で何度か足を運んでみたが、会えなかった。でも、今は絶対にそこに居ると思って、駆け出した。
夜の商店街を駆け抜けていると、一つの人影が見えた。ほぼ閉店していてシャッターが閉まっている為、人は全然居ない。そこにポツンと立ち尽くす人影は異様で、周りの暗闇に溶けて消えて行きそうだった。
近づくにつれてハッキリと見えてくるその影は私の知っている人物だった。
「…一虎?何でここにいるの?」
一虎は私の声に肩を揺らし、ゆらりと顔を動かして私を見た。彼がいた場所は、もう二度と開く事のないバイクショップの目の前だった。
二人が罪を犯してしまった場所。一虎がここに来た意味はなんなのだろうか。
一虎はポケットに手を入れてゆっくりと、近付いて来た。あの日と同じように無機質な笑顔を貼り付けている。
「オマエ、ドラケンに話したろ?」
「うん。話したよ」
「アイツ、オレの所来て、こんな抗争止めねぇかなんて言い出したんだ」
「ドラケンが?」
「腑抜けだよなぁ。副総長が抗争止めねぇかなんてさ」
「…一虎は何がしたいの?」
アンニュイな表情を浮かべている一虎にそう言えば、ピクリと眉を動かして下から睨み付けるような角度で見て来た。更に歩みを進め、私のすぐ目の前まで来て、足を止めた。目が合っているのに、合っていないようなそんな感覚がして、目力を強めて一虎を見返した。
「マイキーを殺して何がしたいの?」
「敵を消す、それだけだ」
「じゃあ、何が欲しいの?」
「…は?」
目を見開いて、意味が分からないと言いたげな表情を浮かべる一虎の心臓辺りに虎のキーホルダーを押し付けた。一虎はゆっくりとそれを手にしたので、私は手を離して真っ直ぐに瞳を見つめると、その瞳は少しだけ揺れて見えた。
「本当は何が欲しかったのか、マイキーを殺して本当に手に入るのかもう一度、自分の心に聞いてみなよ」
私はそう言い残し、一虎の横をすり抜けて走り去った。今の私にはこんな事しか言えない。
一人一人の為にみんなが命を張れるチームにするとそう誓って東卍の特服に腕を通した誇りがまだその胸に少しでもあるのなら、私の言葉の意味が分かってくれると思った。
まだ、私の声が届いてくれると思ったんだ。
商店街を抜けて、ある場所へ一直線に向かった。真一郎君の眠る場所に着くと、私が探している人の背中があった。走るのを止め、静かに歩いて傍に近寄り声をかけた。
「やっぱりここにいた」
去年の誕生日の時にはすぐに気が付いたのに、今回は気が付かなかったのか、私の声に驚いたように勢いよく振り向き、私を見た瞬間に薄ら目を見開いた後、すぐに目を細めて睨み付けた。
「何しに来た。連絡してくんなって言ったハズだろ」
「だから、会いに来た」
「察しろよ。もう、テメェとは終わりだって意味だろーが」
「あんな一言で納得出来るとでも思ってるの?」
本当は足に力が入らないくらいだし、指先も冷たくて震える。私を真っ直ぐに射抜いてくるその瞳が鋭くて、一つ一つの言葉が痛くて心が揺れる。
でも、私は自分の知っている場地を信じると決めた。だから、どんなに痛い言葉が胸に突き刺さったとしても最後まで諦めたくない。
「オマエと話す事なんてねぇんだよ」
「私はある」
「オレはねぇ。さっさと失せろ」
氷のように冷たい視線を向けて来る場地に怯みそうになってしまう。
今まで、どんなに大きな喧嘩をしたってそんな視線を受けた事はなかった。まるで、敵を見るかのような視線が苦しい。本当に場地は私と話なんてしたくないと言われているようだった。
目を瞑って大きく息を吸う。そして、ゆっくりと吐いて目を開く。冷たい視線を溶かすように強く熱い視線で場地を見返してから、少しだけ声を張り上げて必死に言葉を紡ぐ。
「私は、場地圭介に話をしに来た」
「あぁ?テメェは何言ってんだぁ?」
「だから、東卍でも芭流覇羅でもない、一人の人間、場地圭介として聞いて欲しい」
場地は小さく舌打ちをして視線を逸らし、目を伏せた。それは拒絶ではなさそうだったので、言葉を続けた。
「私の知っている場地圭介は、仲間の為に自分の命をかけるような人。大事なモノを守ろうとして突き放すけど、突き離しきれない弱さがあるのも知ってる」
何も言わず、口を真一文字に結んだまま黙り込んでしまう場地の頬へ手を伸ばし、ソッと触れれば驚いたように目を見開いて、少しだけ顔を上げた。
「すぐに一人で抱え込んじゃうのも知ってる」
目が合うと、我慢していた一筋の光が瞳から零れてしまった。絶対に泣かないと決めていたのに、溢れ出た涙は静かに落ちて暗闇の中で一瞬だけ光った。
「私の変わらないで居てくれる所が好きって場地が言ったんだよ。そう言った場地が変わっていこうとしないでよ…!」
場地の大切なモノがこれ以上、壊れないで欲しい。掌から零れていかないで欲しい。場地の大切が、幸せがいつまでも彼の傍にあって欲しい。それが私の願いだった。
だから、本心を聞いて場地の心がもう固く決まっているのなら、どんな結果になろうと受け入れようと思った。例え、ここで私達の関係が終わってしまう事になったとしても、場地の大切の中に私が居なくなってしまっても。
場地は何かを諦めたかのようなため息を零して、あの冷たさを無くした瞳で私を見た。
「いつもオレの決心を鈍らせんのはオマエなんだよ」
「だから、連絡してくんなって言ったの?」
「…まぁ、それもある」
気まずそうに視線を逸らした場地の指先に触れると、小さく握り締めてくれた。そして、ポツリ、ポツリと語り始めた彼の話に耳を傾けた。
「コレで良かったのかなんて考えてた。オレがやらなきゃならねぇ事だけど、正しい事なのか分かんねぇ。このまま、アイツらと戦っていいのか…」
「それも一つの選択肢だと思う」
場地は呆気に取られたように口を少しだけ開けて、私を見ていた。その視線に気付きながらも、構わず私は続けた。
「守るべきモノの為に戦う事は悪い事じゃないと思う。それに、今までだって殴り合って分かり合って来たじゃん?みんな、不器用だから、言葉で伝えるのが下手なんだよ」
「…うっせぇよ」
やるべき事の為に東卍を抜ける事は正しいことなのか、きっとそんな葛藤も彼の中であったのだろう。
場地はずっと、思い詰めたような表情をしていた。この顔をしている時は言いたいけど言えない。そんな場地なりの助けを求める表情なのを私は知っている。何年もずっと見てきたから。
さっき、うっせぇよと言った声は柔らかくて、場地の眉間に寄った皺が少しだけ薄れたような気がして私はほんの少し、肩の力を抜いた。
指先を握り締めてくれていた手を空いている手で包み込んで、微笑み掛けながら「帰ろう?」と言えば、場地は小さく頷いた。
帰る前に二人で、真一郎君に向かって手を合わせて静かに目を瞑る。心の中で真一郎君に語りかけた。どうか、場地とマイキーを見守っていて欲しいと。きっと、真一郎君なら笑って背中を押してくれるだろう。「ケースケ、自分の思ったように生きろ」って言ってくれる気がした。
手を合わせるのを解くと、場地が私の手を取った。今度は指先だけではなく、しっかりと包み込むように握った。
そのまま、並んで帰路に就く。
いつもは沈黙があってもさほど気にもせず、その沈黙さえ心地良いものだが、今日の沈黙は重苦しく、足取りも重く感じる。まだ、場地の心は揺れているのだろう。そんな雰囲気がしていた。
何も話さずに、ただひたすら歩いている。だけど、考えていることは多分一緒。
暫く歩き続けると、私の家の前へと着いた。
「どうぞ」と声をかけ玄関を開けると、場地は迷わず家への中へ入った。
やっぱり、まだ一緒に居たいと思っていたのは私だけじゃなかったと胸を撫で下ろした。
部屋に入り、二人で並んでベッドの端に座ったが、またここでも沈黙が流れた。この沈黙をどうやって破ろうかと思考を巡らせていると、先に沈黙を破ったのは場地だった。
「オマエはいつもそうだよな」
「何が?」
「いつも自分の事より他人の事ばっか」
「他人じゃなくて、場地だからだよ」
場地は目を見張り、「なんで…」と小さく声を漏らした。なんでって、そんな事、答えは一つしかない。
「だって、好きなんだもん」
場地に「それ以外に理由がいる?」と聞いた瞬間に抱き寄せられた。彼の背中に手を伸ばし、私も抱きしめ返した。
「圭介、好きだよ」
今までは恥ずかしくて呼べなかった彼の名前。
今は、ストンと自分の中に落ちてきて自然と呼べた。
お互い見つめ合い、ゆっくりと距離を詰めた。
そして、それを合図にベッドへ沈み込み、お互いを求めるように体を重ねた。
あの日と違うのは、彼の声や手が暖かくて優しいという事。悲しみに飲み込まれていない瞳で暖かい色を灯した瞳が真っ直ぐに私を見つめてくれる。
たった、それだけで泣けてくるくらいに嬉しくて幸福に満ち溢れていた。
何度も優しい声で私の名前を呼ばれ、その度にこの人に愛されているんだと感じられ、胸が締め付けられた。
事も徐々に終盤に入り、息も上がってきて快楽の波が押し寄せて来た。少しだけ怖くなってきたので、汗ばんだ彼の背中に腕を回して抱き着いた。彼も私の頭に手を回してクシャッと髪を撫でた後、耳元に顔を寄せた。
「明日香、好きだ」
その声が聞こえたのと同時に視界が真っ白になった。
彼の腕の中でゆったりと身体を休ませる。場地は何かを言うワケでもなく、ただ私を優しく包み込んでいた。
言葉がなくても、こんなにも胸は暖かい。
時を止めてずっとこのままでいたいなんて思うくらいに幸せだった。
暫くすると、寝息が聞こえてきたので顔を上げて見ると、穏やかな表情で気持ち良さそうにスヤスヤと眠っていた。
安心しきったように眠る姿は子供のようで可愛かった。 起こさないようにゆっくりと動いて、そっと唇を重ねた。
「私の隣にちゃんと帰って来てね」
小さな声でそう呟いて、また元の位置に戻る。
トクトクと優しい音で刻む彼の心音を心地好く感じながら、私も目を閉じた。
時間があまりない。何とかして、抗争が始まる前に場地に会いたい。話したい事も聞きたい事も沢山ある。そんな思いから、探しても見つからない事に焦りは募る一方だ。
千冬も場地を呼び出してみるとは言っていたが、それは成功したのだろうか。
不安や焦りで自然と歩くペースは速くなってしまう。
「場地、どこに居るの…?」
ポツリ、そう呟いた瞬間にポケットの中に入っていた、ケータイが震えた。慌ててケータイを開くと、ディスプレイには場地の文字が浮かび上がり、心臓が一つ大きく跳ねた。
それから、一定のリズムで鼓動が鳴る。それは緊張にも似た速さだった。
深く息を吐き、ゆっくりとメールフォルダを開くと、そこには淡白な文章で一言、"もう連絡してくんな"と記載されていた。
きっと前までの私だったらショックで泣いて、立ち直れなかったと思う。
でも、今は違う。この文章から場地の性格が滲み出ているのが、ちゃんと分かるから。とにかく、一秒でも早く彼に会いたいと思った。
場地が行きそうな所を必死で考えた結果、あそこしかないと思う場所が一つ思い浮かんだ。
この数日間で何度か足を運んでみたが、会えなかった。でも、今は絶対にそこに居ると思って、駆け出した。
夜の商店街を駆け抜けていると、一つの人影が見えた。ほぼ閉店していてシャッターが閉まっている為、人は全然居ない。そこにポツンと立ち尽くす人影は異様で、周りの暗闇に溶けて消えて行きそうだった。
近づくにつれてハッキリと見えてくるその影は私の知っている人物だった。
「…一虎?何でここにいるの?」
一虎は私の声に肩を揺らし、ゆらりと顔を動かして私を見た。彼がいた場所は、もう二度と開く事のないバイクショップの目の前だった。
二人が罪を犯してしまった場所。一虎がここに来た意味はなんなのだろうか。
一虎はポケットに手を入れてゆっくりと、近付いて来た。あの日と同じように無機質な笑顔を貼り付けている。
「オマエ、ドラケンに話したろ?」
「うん。話したよ」
「アイツ、オレの所来て、こんな抗争止めねぇかなんて言い出したんだ」
「ドラケンが?」
「腑抜けだよなぁ。副総長が抗争止めねぇかなんてさ」
「…一虎は何がしたいの?」
アンニュイな表情を浮かべている一虎にそう言えば、ピクリと眉を動かして下から睨み付けるような角度で見て来た。更に歩みを進め、私のすぐ目の前まで来て、足を止めた。目が合っているのに、合っていないようなそんな感覚がして、目力を強めて一虎を見返した。
「マイキーを殺して何がしたいの?」
「敵を消す、それだけだ」
「じゃあ、何が欲しいの?」
「…は?」
目を見開いて、意味が分からないと言いたげな表情を浮かべる一虎の心臓辺りに虎のキーホルダーを押し付けた。一虎はゆっくりとそれを手にしたので、私は手を離して真っ直ぐに瞳を見つめると、その瞳は少しだけ揺れて見えた。
「本当は何が欲しかったのか、マイキーを殺して本当に手に入るのかもう一度、自分の心に聞いてみなよ」
私はそう言い残し、一虎の横をすり抜けて走り去った。今の私にはこんな事しか言えない。
一人一人の為にみんなが命を張れるチームにするとそう誓って東卍の特服に腕を通した誇りがまだその胸に少しでもあるのなら、私の言葉の意味が分かってくれると思った。
まだ、私の声が届いてくれると思ったんだ。
商店街を抜けて、ある場所へ一直線に向かった。真一郎君の眠る場所に着くと、私が探している人の背中があった。走るのを止め、静かに歩いて傍に近寄り声をかけた。
「やっぱりここにいた」
去年の誕生日の時にはすぐに気が付いたのに、今回は気が付かなかったのか、私の声に驚いたように勢いよく振り向き、私を見た瞬間に薄ら目を見開いた後、すぐに目を細めて睨み付けた。
「何しに来た。連絡してくんなって言ったハズだろ」
「だから、会いに来た」
「察しろよ。もう、テメェとは終わりだって意味だろーが」
「あんな一言で納得出来るとでも思ってるの?」
本当は足に力が入らないくらいだし、指先も冷たくて震える。私を真っ直ぐに射抜いてくるその瞳が鋭くて、一つ一つの言葉が痛くて心が揺れる。
でも、私は自分の知っている場地を信じると決めた。だから、どんなに痛い言葉が胸に突き刺さったとしても最後まで諦めたくない。
「オマエと話す事なんてねぇんだよ」
「私はある」
「オレはねぇ。さっさと失せろ」
氷のように冷たい視線を向けて来る場地に怯みそうになってしまう。
今まで、どんなに大きな喧嘩をしたってそんな視線を受けた事はなかった。まるで、敵を見るかのような視線が苦しい。本当に場地は私と話なんてしたくないと言われているようだった。
目を瞑って大きく息を吸う。そして、ゆっくりと吐いて目を開く。冷たい視線を溶かすように強く熱い視線で場地を見返してから、少しだけ声を張り上げて必死に言葉を紡ぐ。
「私は、場地圭介に話をしに来た」
「あぁ?テメェは何言ってんだぁ?」
「だから、東卍でも芭流覇羅でもない、一人の人間、場地圭介として聞いて欲しい」
場地は小さく舌打ちをして視線を逸らし、目を伏せた。それは拒絶ではなさそうだったので、言葉を続けた。
「私の知っている場地圭介は、仲間の為に自分の命をかけるような人。大事なモノを守ろうとして突き放すけど、突き離しきれない弱さがあるのも知ってる」
何も言わず、口を真一文字に結んだまま黙り込んでしまう場地の頬へ手を伸ばし、ソッと触れれば驚いたように目を見開いて、少しだけ顔を上げた。
「すぐに一人で抱え込んじゃうのも知ってる」
目が合うと、我慢していた一筋の光が瞳から零れてしまった。絶対に泣かないと決めていたのに、溢れ出た涙は静かに落ちて暗闇の中で一瞬だけ光った。
「私の変わらないで居てくれる所が好きって場地が言ったんだよ。そう言った場地が変わっていこうとしないでよ…!」
場地の大切なモノがこれ以上、壊れないで欲しい。掌から零れていかないで欲しい。場地の大切が、幸せがいつまでも彼の傍にあって欲しい。それが私の願いだった。
だから、本心を聞いて場地の心がもう固く決まっているのなら、どんな結果になろうと受け入れようと思った。例え、ここで私達の関係が終わってしまう事になったとしても、場地の大切の中に私が居なくなってしまっても。
場地は何かを諦めたかのようなため息を零して、あの冷たさを無くした瞳で私を見た。
「いつもオレの決心を鈍らせんのはオマエなんだよ」
「だから、連絡してくんなって言ったの?」
「…まぁ、それもある」
気まずそうに視線を逸らした場地の指先に触れると、小さく握り締めてくれた。そして、ポツリ、ポツリと語り始めた彼の話に耳を傾けた。
「コレで良かったのかなんて考えてた。オレがやらなきゃならねぇ事だけど、正しい事なのか分かんねぇ。このまま、アイツらと戦っていいのか…」
「それも一つの選択肢だと思う」
場地は呆気に取られたように口を少しだけ開けて、私を見ていた。その視線に気付きながらも、構わず私は続けた。
「守るべきモノの為に戦う事は悪い事じゃないと思う。それに、今までだって殴り合って分かり合って来たじゃん?みんな、不器用だから、言葉で伝えるのが下手なんだよ」
「…うっせぇよ」
やるべき事の為に東卍を抜ける事は正しいことなのか、きっとそんな葛藤も彼の中であったのだろう。
場地はずっと、思い詰めたような表情をしていた。この顔をしている時は言いたいけど言えない。そんな場地なりの助けを求める表情なのを私は知っている。何年もずっと見てきたから。
さっき、うっせぇよと言った声は柔らかくて、場地の眉間に寄った皺が少しだけ薄れたような気がして私はほんの少し、肩の力を抜いた。
指先を握り締めてくれていた手を空いている手で包み込んで、微笑み掛けながら「帰ろう?」と言えば、場地は小さく頷いた。
帰る前に二人で、真一郎君に向かって手を合わせて静かに目を瞑る。心の中で真一郎君に語りかけた。どうか、場地とマイキーを見守っていて欲しいと。きっと、真一郎君なら笑って背中を押してくれるだろう。「ケースケ、自分の思ったように生きろ」って言ってくれる気がした。
手を合わせるのを解くと、場地が私の手を取った。今度は指先だけではなく、しっかりと包み込むように握った。
そのまま、並んで帰路に就く。
いつもは沈黙があってもさほど気にもせず、その沈黙さえ心地良いものだが、今日の沈黙は重苦しく、足取りも重く感じる。まだ、場地の心は揺れているのだろう。そんな雰囲気がしていた。
何も話さずに、ただひたすら歩いている。だけど、考えていることは多分一緒。
暫く歩き続けると、私の家の前へと着いた。
「どうぞ」と声をかけ玄関を開けると、場地は迷わず家への中へ入った。
やっぱり、まだ一緒に居たいと思っていたのは私だけじゃなかったと胸を撫で下ろした。
部屋に入り、二人で並んでベッドの端に座ったが、またここでも沈黙が流れた。この沈黙をどうやって破ろうかと思考を巡らせていると、先に沈黙を破ったのは場地だった。
「オマエはいつもそうだよな」
「何が?」
「いつも自分の事より他人の事ばっか」
「他人じゃなくて、場地だからだよ」
場地は目を見張り、「なんで…」と小さく声を漏らした。なんでって、そんな事、答えは一つしかない。
「だって、好きなんだもん」
場地に「それ以外に理由がいる?」と聞いた瞬間に抱き寄せられた。彼の背中に手を伸ばし、私も抱きしめ返した。
「圭介、好きだよ」
今までは恥ずかしくて呼べなかった彼の名前。
今は、ストンと自分の中に落ちてきて自然と呼べた。
お互い見つめ合い、ゆっくりと距離を詰めた。
そして、それを合図にベッドへ沈み込み、お互いを求めるように体を重ねた。
あの日と違うのは、彼の声や手が暖かくて優しいという事。悲しみに飲み込まれていない瞳で暖かい色を灯した瞳が真っ直ぐに私を見つめてくれる。
たった、それだけで泣けてくるくらいに嬉しくて幸福に満ち溢れていた。
何度も優しい声で私の名前を呼ばれ、その度にこの人に愛されているんだと感じられ、胸が締め付けられた。
事も徐々に終盤に入り、息も上がってきて快楽の波が押し寄せて来た。少しだけ怖くなってきたので、汗ばんだ彼の背中に腕を回して抱き着いた。彼も私の頭に手を回してクシャッと髪を撫でた後、耳元に顔を寄せた。
「明日香、好きだ」
その声が聞こえたのと同時に視界が真っ白になった。
彼の腕の中でゆったりと身体を休ませる。場地は何かを言うワケでもなく、ただ私を優しく包み込んでいた。
言葉がなくても、こんなにも胸は暖かい。
時を止めてずっとこのままでいたいなんて思うくらいに幸せだった。
暫くすると、寝息が聞こえてきたので顔を上げて見ると、穏やかな表情で気持ち良さそうにスヤスヤと眠っていた。
安心しきったように眠る姿は子供のようで可愛かった。 起こさないようにゆっくりと動いて、そっと唇を重ねた。
「私の隣にちゃんと帰って来てね」
小さな声でそう呟いて、また元の位置に戻る。
トクトクと優しい音で刻む彼の心音を心地好く感じながら、私も目を閉じた。