勿忘草
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夏も終わり、秋に入り肌寒くなって来た。
海に行ったあの日以降、場地が家に居ない事が増えた。たまに会ったりするけれど、何かを考え込んでいるようなそんな表情でどこか遠くを見ていた。
連絡も前より来ないし、返って来なくなった。元々、マメに連絡して来るタイプではなかったけれど、今は更にだ。
最近は全然会えていないので、同じ学校の千冬なら場地の様子を分かるだろうと千冬と会う約束をして、話を聞いても千冬も分からないらしい。学校にも来ていないし、家を訪ねても会えていないそうだ。
集会には来ているのかと聞けば、東卍の御法度である、内輪揉めを起こして謹慎中で暫くは、集会に来れないらしい。
でも、昨日行われた集会に少しだけ顔を出したそうだが、話は出来なかったそう。
場地は何をしに来たのかを聞いたが、千冬はそれ以上、教えてはくれなかった。千冬の様子を見る限り、何かがあったのは察する事は出来たが、千冬は肝心な部分をはぐらかしていた。
聞きたい気持ちもあるけれど、東卍のメンバーでもない私が全部話せなんて事は言えなかった。
「どうするかなぁ…」
千冬と別れて行く宛も無く、トボトボと歩いていると後ろから私の名前を呼ばれた。その聞き覚えのある声に振り返った。
振り返った先には、学ランを着た男が立っていた。右目にある泣きぼくろ、大きな瞳、首を小さく傾げて笑うその姿は私のよく知っている人物。私の記憶の中では無かった、左耳にある鈴のピアスをリンと鳴らして、もう一度私の名前を呼んだ。
あの頃のパンチパーマとは違い、髪の毛が伸びて金のメッシュが入っていたので一瞬、誰かと思ったが、直ぐに分かった。
「一虎!」
「久しぶり」
「久しぶりだね!良かった、出てこれたんだね!」
私が笑いかければ、一虎もニコッと笑ってくれた。「やっと出てこれたよ」と言いながら、一虎は塀の中は退屈だったとか、そんな話をしていた。冗談を言いながら、笑っている一虎に私も一緒に笑った。以前と変わらない笑顔に安心して、肩の力が抜けた。
一虎に渡そうと思っていた、動物園で買った虎のキーホルダーを思い出してバッグの中から小さな紙袋を取り出して、一虎の顔を見た瞬間に私は固まってしまった。
一虎のさっきの笑みは消えていて、無機質な表情で私を見下ろしていた。その顔からは、何も読み取れなくて、ゾクッと背筋に冷たいものが走った。
「明日香はさ、味方でいてくれる?」
「え?」
「オレの味方でいてくれるよね?」
何も読み取れない瞳が早く答えろと言わんばかりに私の瞳を捕らえていた。
一虎の味方でいるのは当たり前だと、私と場地はちゃんと一虎の傍に居るよと伝えたくて、その問いに首を縦に振ろうとした瞬間に一虎は「オレらはマイキーを殺す」と言った。
その言葉に頭の中が真っ白になってしまい、言葉に詰まる。キーホルダーを持った手が震えている事に気が付いて、必死に抑えようとするが意思とは裏腹に震えは強くなる一方だった。
どうして、何の為に?そう聞きたいのに言葉は出て来なくて、一虎の言葉だけが頭の中をグルグルと巡る。やっとの思いで出て来た「どういう事…?」と言葉は、掠れていて、酷く情けない物だった。その声に一虎は憎しみの籠った目で私を睨みつけて、奥歯を噛み締めていた。
「オレはアイツのせいで苦しんだ」
「それは、マイキーのせいじゃないでしょ」
「アイツは敵なんだ」
「敵なんかじゃない!仲間でしょ…?」
「仲間?いつまでもヌリィ事言ってんじゃねーよ。オレはあの頃のオレじゃねぇ」
一虎はポケットに手を入れて、目を閉じて天を仰ぐように上を向き「この世にはさ、敵と味方、どっちかしかねぇんだよ」と嘆くように吐き出した。
そして、顔をゆっくりと下げて視線がまた私を捕らえると、右の口角だけを上げた。
「で?明日香は、オレの味方?」
「…そんなの間違ってる。マイキーを殺すなんて絶対に許さない」
「…やっぱりか」
「え?」
ボソッと呟いた言葉が聞き取れなくて、腕に触れて、彼の名を呼んだ途端に手を振り払われてしまった。その衝撃で手に持っていた虎のキーホルダーの入った紙袋が飛んでしまい、地面に落ちて、袋から出てしまった虎は悲しそうにアスファルトに転がっていた。
「明日香はオレの味方じゃないんだね。だったら、今日からオマエも敵だ」
「どうして…?私はただ、マイキーと一虎に前みたいに戻って欲しいだけなのに…」
「アイツのせいでオレの大事な二年間、ずっと塀の中だよ」
「マイキーだってこの二年間ずっと苦しんでたんだよ!」
いつも強気で弱い所を一切見せないマイキーが「ただ、みんなと一緒に居たいだけ」と初めて見せた弱音。マイキーの中で色々な葛藤や泣きたいくらいの悲しみや苦しみを押し殺して、一人で立ち上がって強くあろうとしているマイキーを私は知っている。
それなのに、全部マイキーの所為だと、マイキーがこの二年間何も苦しまずに一虎だけを苦しませたなんて事、一虎に言って欲しくなかった。
「オマエには分かんねぇよ。場地だけだよ、オレの事分かってくれるのは」
「場地だって絶対に反対するに決まってるでしょ!だって、一虎は…「うるせぇな」」
一虎は大事な仲間だから、また罪を重ねさせるような事を場地は絶対にさせない。と言おうとしたが、肩を思いっきり突き飛ばされて、遮られてしまい、それらは言葉にならなかった。
突き飛ばされた肩がジンジンと痛むが、それ以上に心の方が痛む。泣きそうになってしまうのを堪えるように唇を噛み締めた。
「場地はオレの味方だって言ってくれたよ。場地も怨んでるんだ、オレらの人生を壊したアイツを」
「嘘、そんなワケない」
「嘘じゃねーよ。場地は東卍を捨ててオレらのチームに来るんだ。マイキーを殺す為に」
その言葉に頭を鈍器で殴られたかのような衝撃がした。上手く思考が回らなくなってきてしまう。ゆらゆらとする視界にしゃがみ込みたくなるが、懸命に足に力を入れて、なんとか立っていた。
そんな筈がないと思うのに、どこかで、もしかしたらって思ってしまう自分が居た。
先程、千冬から聞いた、昨日集会に顔を出したと言う話が脳裏に過ぎってしまった。その時の千冬の表情が複雑そうに歪んでいた事に気が付いてしまっていたから。
もし、その時に場地が東卍を辞めて他のチームに入ると言う話をする為に謹慎中にも関わらず集会に顔を出したと考えると、千冬が浮かない顔をしていたのも辻褄が合ってしまう。
場地は昔から一虎には甘かった。文句を言いつつも、一虎のやりたい事に付き合っていた。
あの日も場地は「この先どんな地獄が待ってても、オレは最後まで一緒だから」と一虎と約束したと言っていた。
だから、何があっても場地は一虎を見捨てないという事は分かっている。もし、その最後まで一緒だからと言う意味が、マイキーを殺すという事を容認するという事だとしたら…と思ってしまった。
場地がマイキーを恨んでいるなんて事はないと断言出来るけれど、マイキーを殺すという地獄に最後まで付き合う覚悟を決めているのかもしれない。段々と場地の事が分からなくなって来てしまい、そう感じる事が胸が張り裂けそうなくらいに苦しくて、悲しかった。
「もう一度だけ聞くよ。明日香はどっちの味方?」
「…マイキーを殺すのは間違ってる」
「そう。じゃあ、オマエはオレと場地の敵だ」
そう吐き捨て、一虎は私の前から立ち去った。
一虎が立ち去った後も私は、暫く動く事が出来なかった。石のように重くなってしまった足をようやく動かせるようになって、引き摺るように歩いて、アスファルトに転がった虎のキーホルダーを拾い上げた。
やっぱり、その虎の潤んだ瞳が一虎が泣いているように見えて、私も涙が溢れ出た。
違う、こんな風にしたかったワケじゃない。
もしかしたら、もっと言葉を選べば一虎も聞き入れてくれたのではないか、もっと一虎の言葉を聞いて、もっとちゃんと話せれば…。
そんな後悔が押し寄せて来て、堪らなく悲しかった。
蹲って涙を流していると、いきなり肩を叩かれ「どうした?こんな所に蹲って。腹でも痛ぇのか?」と心配そうな声で話しかけてくれた。
声で誰か分かり、ゆっくりと振り返ってその人物の顔を見た瞬間に気が緩んだのか更に涙がボロボロと出て来てしまった。
「ドラケン…」
「あ?なに泣いてんだ?」
「 もう、どうしたらいいか分かんない…」
「…ひとまず、向こう行こうぜ」
道端で話すのもどうかと思ったのか、ドラケンは私の腕を引っ張り上げて背中を支えながら、近くの小さな公園まで連れ来てくれた。
ベンチに私を座らせ、少し待ってろと言って公園を出て行った。言われた通りに待っていると、すぐに戻って来て缶のホットココアを渡してくれた。
「自販機ので悪ぃけど」
「ううん、ありがと」
プルタブを開けて、温かいココアを一口飲むと甘さが口の中に広がり、体がじんわり温かくなって、少しだけ気持ちが落ちついた。
「場地と何かあったのか?」
「場地じゃなくて、一虎」
「アイツに会ったのか!?」
「うん。さっき私が居た場所で会って、少し話した」
私が一虎と話した事をドラケンに全部話した。
途中で何度か泣いてしまい、その度にドラケンは「ゆっくりでいい」と言って、落ち着くのを待ち、そしてまた話し出すと、静かに私の話を聞いてくれた。
「一虎になんて言ってあげるのが正解だったのかな。私、間違えちゃった…」
「いや、オマエは間違ってねぇ」
「でも、敵だって言われた。もっと他に言うべき事があったんじゃないかって思っちゃって」
「間違ってる事はちゃんと言ってやんねぇと、アイツは間違ったままになっちまう。その方がダメだ。だから、明日香は間違ってなんかねぇよ」
ドラケンの言葉に更に涙が溢れてきてしまう。
何が正しくて何が間違っているのかなんて分からなくて、苦しい。
きっとお互い、正しいと思っているから、反発し合ってしまう。マイキーを殺すのは間違ってると思うのは変わらないけれど、一虎からしたらそれは間違いではなく、一虎にとっての正義だったのかもしれない。
それをちゃんと、理解して話し合う事が出来たら、こんな風に揉める事もなかったかもしれない。そう思うと、どうしても私の言葉が足らなかったと、自分を責める方に考えが行ってしまう。
「一虎を止めようとしてくれてありがとな」
ドラケンは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた後、優しく笑って頭を数回ポンポンと撫でた。その優しい手にもう涙は止まらなくなってしまった。
どうして、こうも上手くいかないのだろう。やっと平穏が戻って来て、幸せの色を見つけられて…。
一虎とマイキーが仲直り出来たらなんて、甘かったのだろうか。そんな簡単な話ではない事は分かっていたけど、最初は認め合った者同士だったから、命を預けると時代を創ると誓い合った仲間だったから、そんな理由で私は大丈夫だと心のどこかで思ってしまっていたんだ。
「みんな、想いは同じだって勝手に思ってた。でも、違ったんだね」
私の渇いた笑いが小さな公園に響いた。
同じ罪を背負った者同士にしか分からない痛みがあるのは分かる。では、今までのは偽りで一虎の前で見せる場地が真実なのか。これまでの幸せも全て偽りだったのか。
そう思ってしまう自分が嫌で仕方がない。
「幸せってなんで簡単に手に入らないんだろうね」
「…簡単に手に入れたモノは直ぐに無くしちまう」
「え?」
「悩んで、迷って、苦しんで、もがいて手に入れたからこそ、尊く思えて、大事にするんじゃねぇの?」
その言葉に何も言えなくなってしまい、黙り込んでいると、ドラケンは「オレもそんな偉そうな事言えねぇけどな」と言いながら、ニッと笑った。
太陽みたいな暖かい笑顔を見たら、なんだか心が軽くなった。問題はまだ解決はしてないけれど、ドラケンの言葉に救われた気がした。
「明日香はさ、周りを照らそうと一生懸命に上を向いてるけど、たまには下を向いて自分の足元も照らしてやってもいいんじゃねぇの?」
ドラケンの言葉はいつだって、私の足元を照らしてくれているような気がする。ドラケンだけじゃない、場地と三ツ谷と千冬も私が迷った時はいつだって、太陽のような笑顔で私を照らしてくれる。だから、私は今まで上を向いて来れた。
「…ドラケン、ありがとう」
悩んで、迷って、苦しんだ先にもう一度幸せを掴めるのなら、私は、もがいてみようと思う。
それがきっと、みんながもう一度、笑い合える日が来ると、幸せの道に繋がると信じて。
海に行ったあの日以降、場地が家に居ない事が増えた。たまに会ったりするけれど、何かを考え込んでいるようなそんな表情でどこか遠くを見ていた。
連絡も前より来ないし、返って来なくなった。元々、マメに連絡して来るタイプではなかったけれど、今は更にだ。
最近は全然会えていないので、同じ学校の千冬なら場地の様子を分かるだろうと千冬と会う約束をして、話を聞いても千冬も分からないらしい。学校にも来ていないし、家を訪ねても会えていないそうだ。
集会には来ているのかと聞けば、東卍の御法度である、内輪揉めを起こして謹慎中で暫くは、集会に来れないらしい。
でも、昨日行われた集会に少しだけ顔を出したそうだが、話は出来なかったそう。
場地は何をしに来たのかを聞いたが、千冬はそれ以上、教えてはくれなかった。千冬の様子を見る限り、何かがあったのは察する事は出来たが、千冬は肝心な部分をはぐらかしていた。
聞きたい気持ちもあるけれど、東卍のメンバーでもない私が全部話せなんて事は言えなかった。
「どうするかなぁ…」
千冬と別れて行く宛も無く、トボトボと歩いていると後ろから私の名前を呼ばれた。その聞き覚えのある声に振り返った。
振り返った先には、学ランを着た男が立っていた。右目にある泣きぼくろ、大きな瞳、首を小さく傾げて笑うその姿は私のよく知っている人物。私の記憶の中では無かった、左耳にある鈴のピアスをリンと鳴らして、もう一度私の名前を呼んだ。
あの頃のパンチパーマとは違い、髪の毛が伸びて金のメッシュが入っていたので一瞬、誰かと思ったが、直ぐに分かった。
「一虎!」
「久しぶり」
「久しぶりだね!良かった、出てこれたんだね!」
私が笑いかければ、一虎もニコッと笑ってくれた。「やっと出てこれたよ」と言いながら、一虎は塀の中は退屈だったとか、そんな話をしていた。冗談を言いながら、笑っている一虎に私も一緒に笑った。以前と変わらない笑顔に安心して、肩の力が抜けた。
一虎に渡そうと思っていた、動物園で買った虎のキーホルダーを思い出してバッグの中から小さな紙袋を取り出して、一虎の顔を見た瞬間に私は固まってしまった。
一虎のさっきの笑みは消えていて、無機質な表情で私を見下ろしていた。その顔からは、何も読み取れなくて、ゾクッと背筋に冷たいものが走った。
「明日香はさ、味方でいてくれる?」
「え?」
「オレの味方でいてくれるよね?」
何も読み取れない瞳が早く答えろと言わんばかりに私の瞳を捕らえていた。
一虎の味方でいるのは当たり前だと、私と場地はちゃんと一虎の傍に居るよと伝えたくて、その問いに首を縦に振ろうとした瞬間に一虎は「オレらはマイキーを殺す」と言った。
その言葉に頭の中が真っ白になってしまい、言葉に詰まる。キーホルダーを持った手が震えている事に気が付いて、必死に抑えようとするが意思とは裏腹に震えは強くなる一方だった。
どうして、何の為に?そう聞きたいのに言葉は出て来なくて、一虎の言葉だけが頭の中をグルグルと巡る。やっとの思いで出て来た「どういう事…?」と言葉は、掠れていて、酷く情けない物だった。その声に一虎は憎しみの籠った目で私を睨みつけて、奥歯を噛み締めていた。
「オレはアイツのせいで苦しんだ」
「それは、マイキーのせいじゃないでしょ」
「アイツは敵なんだ」
「敵なんかじゃない!仲間でしょ…?」
「仲間?いつまでもヌリィ事言ってんじゃねーよ。オレはあの頃のオレじゃねぇ」
一虎はポケットに手を入れて、目を閉じて天を仰ぐように上を向き「この世にはさ、敵と味方、どっちかしかねぇんだよ」と嘆くように吐き出した。
そして、顔をゆっくりと下げて視線がまた私を捕らえると、右の口角だけを上げた。
「で?明日香は、オレの味方?」
「…そんなの間違ってる。マイキーを殺すなんて絶対に許さない」
「…やっぱりか」
「え?」
ボソッと呟いた言葉が聞き取れなくて、腕に触れて、彼の名を呼んだ途端に手を振り払われてしまった。その衝撃で手に持っていた虎のキーホルダーの入った紙袋が飛んでしまい、地面に落ちて、袋から出てしまった虎は悲しそうにアスファルトに転がっていた。
「明日香はオレの味方じゃないんだね。だったら、今日からオマエも敵だ」
「どうして…?私はただ、マイキーと一虎に前みたいに戻って欲しいだけなのに…」
「アイツのせいでオレの大事な二年間、ずっと塀の中だよ」
「マイキーだってこの二年間ずっと苦しんでたんだよ!」
いつも強気で弱い所を一切見せないマイキーが「ただ、みんなと一緒に居たいだけ」と初めて見せた弱音。マイキーの中で色々な葛藤や泣きたいくらいの悲しみや苦しみを押し殺して、一人で立ち上がって強くあろうとしているマイキーを私は知っている。
それなのに、全部マイキーの所為だと、マイキーがこの二年間何も苦しまずに一虎だけを苦しませたなんて事、一虎に言って欲しくなかった。
「オマエには分かんねぇよ。場地だけだよ、オレの事分かってくれるのは」
「場地だって絶対に反対するに決まってるでしょ!だって、一虎は…「うるせぇな」」
一虎は大事な仲間だから、また罪を重ねさせるような事を場地は絶対にさせない。と言おうとしたが、肩を思いっきり突き飛ばされて、遮られてしまい、それらは言葉にならなかった。
突き飛ばされた肩がジンジンと痛むが、それ以上に心の方が痛む。泣きそうになってしまうのを堪えるように唇を噛み締めた。
「場地はオレの味方だって言ってくれたよ。場地も怨んでるんだ、オレらの人生を壊したアイツを」
「嘘、そんなワケない」
「嘘じゃねーよ。場地は東卍を捨ててオレらのチームに来るんだ。マイキーを殺す為に」
その言葉に頭を鈍器で殴られたかのような衝撃がした。上手く思考が回らなくなってきてしまう。ゆらゆらとする視界にしゃがみ込みたくなるが、懸命に足に力を入れて、なんとか立っていた。
そんな筈がないと思うのに、どこかで、もしかしたらって思ってしまう自分が居た。
先程、千冬から聞いた、昨日集会に顔を出したと言う話が脳裏に過ぎってしまった。その時の千冬の表情が複雑そうに歪んでいた事に気が付いてしまっていたから。
もし、その時に場地が東卍を辞めて他のチームに入ると言う話をする為に謹慎中にも関わらず集会に顔を出したと考えると、千冬が浮かない顔をしていたのも辻褄が合ってしまう。
場地は昔から一虎には甘かった。文句を言いつつも、一虎のやりたい事に付き合っていた。
あの日も場地は「この先どんな地獄が待ってても、オレは最後まで一緒だから」と一虎と約束したと言っていた。
だから、何があっても場地は一虎を見捨てないという事は分かっている。もし、その最後まで一緒だからと言う意味が、マイキーを殺すという事を容認するという事だとしたら…と思ってしまった。
場地がマイキーを恨んでいるなんて事はないと断言出来るけれど、マイキーを殺すという地獄に最後まで付き合う覚悟を決めているのかもしれない。段々と場地の事が分からなくなって来てしまい、そう感じる事が胸が張り裂けそうなくらいに苦しくて、悲しかった。
「もう一度だけ聞くよ。明日香はどっちの味方?」
「…マイキーを殺すのは間違ってる」
「そう。じゃあ、オマエはオレと場地の敵だ」
そう吐き捨て、一虎は私の前から立ち去った。
一虎が立ち去った後も私は、暫く動く事が出来なかった。石のように重くなってしまった足をようやく動かせるようになって、引き摺るように歩いて、アスファルトに転がった虎のキーホルダーを拾い上げた。
やっぱり、その虎の潤んだ瞳が一虎が泣いているように見えて、私も涙が溢れ出た。
違う、こんな風にしたかったワケじゃない。
もしかしたら、もっと言葉を選べば一虎も聞き入れてくれたのではないか、もっと一虎の言葉を聞いて、もっとちゃんと話せれば…。
そんな後悔が押し寄せて来て、堪らなく悲しかった。
蹲って涙を流していると、いきなり肩を叩かれ「どうした?こんな所に蹲って。腹でも痛ぇのか?」と心配そうな声で話しかけてくれた。
声で誰か分かり、ゆっくりと振り返ってその人物の顔を見た瞬間に気が緩んだのか更に涙がボロボロと出て来てしまった。
「ドラケン…」
「あ?なに泣いてんだ?」
「 もう、どうしたらいいか分かんない…」
「…ひとまず、向こう行こうぜ」
道端で話すのもどうかと思ったのか、ドラケンは私の腕を引っ張り上げて背中を支えながら、近くの小さな公園まで連れ来てくれた。
ベンチに私を座らせ、少し待ってろと言って公園を出て行った。言われた通りに待っていると、すぐに戻って来て缶のホットココアを渡してくれた。
「自販機ので悪ぃけど」
「ううん、ありがと」
プルタブを開けて、温かいココアを一口飲むと甘さが口の中に広がり、体がじんわり温かくなって、少しだけ気持ちが落ちついた。
「場地と何かあったのか?」
「場地じゃなくて、一虎」
「アイツに会ったのか!?」
「うん。さっき私が居た場所で会って、少し話した」
私が一虎と話した事をドラケンに全部話した。
途中で何度か泣いてしまい、その度にドラケンは「ゆっくりでいい」と言って、落ち着くのを待ち、そしてまた話し出すと、静かに私の話を聞いてくれた。
「一虎になんて言ってあげるのが正解だったのかな。私、間違えちゃった…」
「いや、オマエは間違ってねぇ」
「でも、敵だって言われた。もっと他に言うべき事があったんじゃないかって思っちゃって」
「間違ってる事はちゃんと言ってやんねぇと、アイツは間違ったままになっちまう。その方がダメだ。だから、明日香は間違ってなんかねぇよ」
ドラケンの言葉に更に涙が溢れてきてしまう。
何が正しくて何が間違っているのかなんて分からなくて、苦しい。
きっとお互い、正しいと思っているから、反発し合ってしまう。マイキーを殺すのは間違ってると思うのは変わらないけれど、一虎からしたらそれは間違いではなく、一虎にとっての正義だったのかもしれない。
それをちゃんと、理解して話し合う事が出来たら、こんな風に揉める事もなかったかもしれない。そう思うと、どうしても私の言葉が足らなかったと、自分を責める方に考えが行ってしまう。
「一虎を止めようとしてくれてありがとな」
ドラケンは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた後、優しく笑って頭を数回ポンポンと撫でた。その優しい手にもう涙は止まらなくなってしまった。
どうして、こうも上手くいかないのだろう。やっと平穏が戻って来て、幸せの色を見つけられて…。
一虎とマイキーが仲直り出来たらなんて、甘かったのだろうか。そんな簡単な話ではない事は分かっていたけど、最初は認め合った者同士だったから、命を預けると時代を創ると誓い合った仲間だったから、そんな理由で私は大丈夫だと心のどこかで思ってしまっていたんだ。
「みんな、想いは同じだって勝手に思ってた。でも、違ったんだね」
私の渇いた笑いが小さな公園に響いた。
同じ罪を背負った者同士にしか分からない痛みがあるのは分かる。では、今までのは偽りで一虎の前で見せる場地が真実なのか。これまでの幸せも全て偽りだったのか。
そう思ってしまう自分が嫌で仕方がない。
「幸せってなんで簡単に手に入らないんだろうね」
「…簡単に手に入れたモノは直ぐに無くしちまう」
「え?」
「悩んで、迷って、苦しんで、もがいて手に入れたからこそ、尊く思えて、大事にするんじゃねぇの?」
その言葉に何も言えなくなってしまい、黙り込んでいると、ドラケンは「オレもそんな偉そうな事言えねぇけどな」と言いながら、ニッと笑った。
太陽みたいな暖かい笑顔を見たら、なんだか心が軽くなった。問題はまだ解決はしてないけれど、ドラケンの言葉に救われた気がした。
「明日香はさ、周りを照らそうと一生懸命に上を向いてるけど、たまには下を向いて自分の足元も照らしてやってもいいんじゃねぇの?」
ドラケンの言葉はいつだって、私の足元を照らしてくれているような気がする。ドラケンだけじゃない、場地と三ツ谷と千冬も私が迷った時はいつだって、太陽のような笑顔で私を照らしてくれる。だから、私は今まで上を向いて来れた。
「…ドラケン、ありがとう」
悩んで、迷って、苦しんだ先にもう一度幸せを掴めるのなら、私は、もがいてみようと思う。
それがきっと、みんながもう一度、笑い合える日が来ると、幸せの道に繋がると信じて。