勿忘草
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武蔵祭りから二週間経った。額の傷も跡には残らないだろうと医者には言われ、完璧ではないが、ほぼ治った。
一方ドラケンはと言うと、未だに入院中。でも、怪我は順調に回復していた。
都合が合えば、マイキー、三ツ谷、エマ、場地の五人でお見舞いに行っている。夏休みという事もあって、ほぼ、毎日のように病室に顔を出していた。
しかし、今日は珍しく、マイキーと三ツ谷とエマは用事が合ったようで都合が合わず、場地と二人でドラケンのお見舞いに行った。
ドラケンも流石に病院に退屈したのか、私たちが顔を出すと嬉しそうにしていた。
話を聞けば、もうそろそろ退院も近いと医者に言われたそうだ。良かったねと言えば、体がなまってしょうがねぇと、握力を鍛えるハンドグリップを握りながらそう答えた。
ここでも筋トレかと苦笑いを漏らしたが、筋トレが趣味の場地は直ぐに、そのハンドグリップは何キロだのなんだのと質問して、二人は盛り上がっていた。
だけど、その平和な会話は八月三日の八・三抗争と呼ばれた事件は無事に終わりを迎えつつある事を物語っているようで、すぐにいつもの日常が戻ってくると思っていた。
*
ドラケンのお見舞いを終えて、バイクを停めてある駐輪場で場地は「この後、まだ時間あるか?」と聞いて来たので、特に予定はないので頷くと、場地はバイクのエンジンを掛けた。
「今から、海行かねぇ?」
「海?」
「今年は、夏らしい事してねぇし、祭りもそれどころじゃなかっただろ」
そう言われみれば、今年はまだ、海も行ってないし、武蔵祭りで花火も見れなかった。夏休みも半分以上が終わり、夏もそろそろ終わりがやってくる頃だ。このまま、夏が終わってしまうのも寂しい。
「うん、行きたい!後、花火もしたいな」
「コンビニで買っていくか」
「打ち上げ花火もしよう!」
「お、いいな。やろーぜ」
意外にもノリノリで満面の笑みを浮かべた場地に私も釣られて笑みを零す。
今の時間から海に向かったら、夕方になってしまう為、どうせ海には入れないだろうから、水着は必要ないのでそのまま向かう事にした。
場地のバイクの後ろに乗って、一時間弱程で毎年来ていた江ノ島に到着した。夏とはいえ、もう夕暮れなので海の家も閉まっていて、人は閑散としていた。
花火をするにはまだ明るかったので、日が沈むまで海沿いを散歩する事にした。
潮風を感じながら歩いていると、髪を靡かせ、夕日に照らされた場地の横顔が視界に入った。オレンジに縁取られた横顔はいつも以上に凛としているようにみえた。
私の視線に気付いたのか、チラッと視線を寄越した後、すぐに目を逸らした彼の頬が紅く見えたのは夕日のせいだろうか。
散歩のついでに近くのコンビニに寄って、花火とアイスを買って浜辺に戻り、砂浜に座ってアイスを食べながら、夕日が完全に沈むのを待っていた。
一人一個は多いと場地が言うので、クーリッシュのバニラを一つだけ買って、半分こしている。アイスは飲み物だと思っている私は、アイスなら二個でも三個でも余裕で食べれる。場地の残したアイスも食べれない事はないが、食い意地の凄い女だと思われたくないので止めた。
「アイスは水分補給だと思うんだよねぇ」
「テメェ、頭おかしくなったか?」
場地は私の頭を鷲掴みにして脳内を掻き回すように左右に振った。その衝撃でグラグラと揺れる視界に酔いそうだった。
「もう少し加減ってのをして欲しいのですが」
「充分にしてる」
場地は私の手からクーリッシュを取って、口にしたがまだ解けていないようで、なかなか出て来ないようで、イライラしたようにクーリッシュの飲み口を噛んでいた。
手の体温で溶かしながら、クーリッシュを食べ追える頃には完全に日は沈み、辺りは暗闇に包まれていた。
「花火するか」
「そうだね」
コンビニで買ってきた花火を開け、手持ち花火を数本やった後、打ち上げ花火に火を付けて打ち上げた。
色とりどりの花が咲いては散って、また咲いては散ってを繰り返していた。
花火は昔から大好きだった。割れ咲く時の体中に響く音も目がチカチカする程の眩い光も火薬の匂いも全部好きだ。視覚だけではなく、身体全部で感じれる花火が好きだった。でも、終わった後はいつも寂しかった。
打ち上げ花火が終わり、辺りが真っ暗闇に包まれて静かになり、浜に寄せられた波の音だけが聞こえた。
私の元へ戻ってきて、隣に座った場地は「儚ぇな」と声を漏らした。花火の事なのか、また別の事なのかは私には分からないけれど「そうだね」と返した。
「線香花火しよ」
「アレ、苦手なんだよなぁ」
「場地はすぐ動くから」
ブツブツと文句言いながらも、線香花火を取り出して先端に火を付けた。
先に落ちた方が罰ゲームか何かしようとか色々と話して、場地は嫌がっていたが線香花火の火の勢いが増してくると、黙って線香花火の光を見ていた。
そう言えば、線香花火は人間の人生を例えていると聞いた事がある。
線香花火は、起の牡丹、承の松葉、転の柳、結の散り菊の四つで構成されているそうだ。
蕾から始まり、命が宿ったかのようにどんどん大きくなって、力強く火花が散り出していく。
そして、やがて火の勢いは増して松葉のように火花が飛び出す。その後、一番静かな火花を出して、最後に散り行く。それが人生に例えられるそうだ。
松葉の段階で火の玉の勢いが強くてそこで燃え尽きてしまったり、散り菊に入ってから、長かったり。人の人生と同じように色々な終わり方がある。だから、線香花火は奥が深いと聞いた事がある。
「あ、やべぇ」
場地のその声に花火を見てみると、枝分かれした大きな花火が激しく揺れていた。そして、火花が静まる事無く、そのまま地面に落ちて燃え尽きた。
「早くない?」
「向いてねぇんだよな、こういうの」
私の線香花火は、菊の花びらのように小さな火花が静かに舞い、火の玉は静かに燃え尽きた。
私達を照らしていた小さな明かりが消え、また暗闇に包まれた。すると、場地は聞きたい事があると言った。彼の方を見ると、場地はまた言葉を続けた。
「もう少しで一虎が戻ってくる」
「そうだね」
お互い一虎の事を考えているのか、訪れた沈黙に俯いた。
「…私は、またみんなで馬鹿みたいにはしゃぎたいと思ってる。コレって我儘な願いかな?」
「多分、マイキーと一虎だってそう思ってる。でも、上手く自分の中で処理出来ねェんだよ」
マイキーがドラケンと喧嘩した時、言いかけた、「ただ、オレは…」の後はきっとそう。本当はただ、みんなと一緒に居たいだけ。
「すぐには無理かもしれねぇ。でも、オレらは生きている限り、分かり合える事は出来る」
「うん、でも、きっと簡単じゃないよね」
「どんなに難しくても、辛くても諦めねぇ。オレは、アイツらと一緒にやりてぇ事がまだ沢山あんだよ」
そう言って、立ち上がった場地はジーンズを膝上まで捲りあげ、海の中へ入っていった。
どんどんと奥に進んで行くのを見ていたら、場地が暗闇にそのまま飲み込まれて行ってしまいそうに感じて急に怖くなった。私も立ち上がって、場地の後を追って海に入った。
波を掻き分けて進む音に気付いたのか、静かに振り返った。振り返った彼は小さく笑っていた。その表情はどこか儚くて、今にも消えてしまいそうだった。消えないで…そう言葉にしようとしたが、それは飲み込んだ。
明るい話に戻そうと、さっきの罰ゲームの話題を振れば場地は心底嫌そうに顔を顰めた。「オレはやるなんて言ってねぇ」と言ってきたが、そんな事は知らないと突っぱねた。
「罰ゲームどうしようかなぁ」
「変なのにすんなよ」
「え?それは、フリですか?」
「違ぇよ!」
ムキになる場地を笑ってから、私は罰ゲームを再度考え始めた。罰ゲームという程ではないが、場地にずっと聞いてみたい事があった。
場地は凄い嫌がるかもしれないけれど、どうしても気になってしまう。
「あのさ、場地は私のどこを好きになってくれたの?」
「あ゛ぁ?」
「うわ、そんな嫌な顔しなくても」
この世の終わりとでも言いたそうな程の顔を見せて、私を睨み付けてきた。流石にちょっとだけ傷付くぞと言いたくなる。
ただ、本当に気になっただけ。別にこれと言って美人なワケでも可愛いワケでもないし、自信を持てる部分も特にない。場地はそんな私のどこを好いてくれているのか、疑問に思った。
「まぁ、言いたくないなら、それでもいいけどさ」
場地に向けてそう言えば、彼は無言で私の目の前までやって来た。そして、ジッと見下ろして「そうだな、一つに絞るなら…」と呟いてから、小さく息を吐いた。
「変わらないで居てくれるところ」
「え?」
「オレをオレとして、ちゃんと見てくれるところ」
「…一つじゃないじゃん」
「だな。でも、そんなとこにオレは救われた」
場地はこの二年間、変わってしまったモノ、自分が変えてしまったモノを取り戻そうともがいていた。それを一番近くで見てきた。救いたいと思っていた。
場地があまりにも優しい顔でそう言ってくれるものだから、思わず涙が滲んだ。
その表情から、どれだけ私を好きでいてくれているかを知る。目は口ほどに物を言うというけれど、本当にその通りだと思った。私を見つめてくれる瞳が言葉にしなくたって、好きだと言ってくれているように思えた。
「明日香、ありがとな」
「場地、大好き」
とめどなく流れ落ちる涙を拭う事もせず、笑顔を作ってそう告げると、場地は言葉の代わりに優しく包み込んでくれた。
場地の香りと温もりに包まれて、静かに伝わってくる鼓動を耳にしながら、彼に腕を回して抱き締め返した。
そんな私たちの間を優しい風が吹き抜けた。
その風は、夏が終わる匂いがした。
一方ドラケンはと言うと、未だに入院中。でも、怪我は順調に回復していた。
都合が合えば、マイキー、三ツ谷、エマ、場地の五人でお見舞いに行っている。夏休みという事もあって、ほぼ、毎日のように病室に顔を出していた。
しかし、今日は珍しく、マイキーと三ツ谷とエマは用事が合ったようで都合が合わず、場地と二人でドラケンのお見舞いに行った。
ドラケンも流石に病院に退屈したのか、私たちが顔を出すと嬉しそうにしていた。
話を聞けば、もうそろそろ退院も近いと医者に言われたそうだ。良かったねと言えば、体がなまってしょうがねぇと、握力を鍛えるハンドグリップを握りながらそう答えた。
ここでも筋トレかと苦笑いを漏らしたが、筋トレが趣味の場地は直ぐに、そのハンドグリップは何キロだのなんだのと質問して、二人は盛り上がっていた。
だけど、その平和な会話は八月三日の八・三抗争と呼ばれた事件は無事に終わりを迎えつつある事を物語っているようで、すぐにいつもの日常が戻ってくると思っていた。
*
ドラケンのお見舞いを終えて、バイクを停めてある駐輪場で場地は「この後、まだ時間あるか?」と聞いて来たので、特に予定はないので頷くと、場地はバイクのエンジンを掛けた。
「今から、海行かねぇ?」
「海?」
「今年は、夏らしい事してねぇし、祭りもそれどころじゃなかっただろ」
そう言われみれば、今年はまだ、海も行ってないし、武蔵祭りで花火も見れなかった。夏休みも半分以上が終わり、夏もそろそろ終わりがやってくる頃だ。このまま、夏が終わってしまうのも寂しい。
「うん、行きたい!後、花火もしたいな」
「コンビニで買っていくか」
「打ち上げ花火もしよう!」
「お、いいな。やろーぜ」
意外にもノリノリで満面の笑みを浮かべた場地に私も釣られて笑みを零す。
今の時間から海に向かったら、夕方になってしまう為、どうせ海には入れないだろうから、水着は必要ないのでそのまま向かう事にした。
場地のバイクの後ろに乗って、一時間弱程で毎年来ていた江ノ島に到着した。夏とはいえ、もう夕暮れなので海の家も閉まっていて、人は閑散としていた。
花火をするにはまだ明るかったので、日が沈むまで海沿いを散歩する事にした。
潮風を感じながら歩いていると、髪を靡かせ、夕日に照らされた場地の横顔が視界に入った。オレンジに縁取られた横顔はいつも以上に凛としているようにみえた。
私の視線に気付いたのか、チラッと視線を寄越した後、すぐに目を逸らした彼の頬が紅く見えたのは夕日のせいだろうか。
散歩のついでに近くのコンビニに寄って、花火とアイスを買って浜辺に戻り、砂浜に座ってアイスを食べながら、夕日が完全に沈むのを待っていた。
一人一個は多いと場地が言うので、クーリッシュのバニラを一つだけ買って、半分こしている。アイスは飲み物だと思っている私は、アイスなら二個でも三個でも余裕で食べれる。場地の残したアイスも食べれない事はないが、食い意地の凄い女だと思われたくないので止めた。
「アイスは水分補給だと思うんだよねぇ」
「テメェ、頭おかしくなったか?」
場地は私の頭を鷲掴みにして脳内を掻き回すように左右に振った。その衝撃でグラグラと揺れる視界に酔いそうだった。
「もう少し加減ってのをして欲しいのですが」
「充分にしてる」
場地は私の手からクーリッシュを取って、口にしたがまだ解けていないようで、なかなか出て来ないようで、イライラしたようにクーリッシュの飲み口を噛んでいた。
手の体温で溶かしながら、クーリッシュを食べ追える頃には完全に日は沈み、辺りは暗闇に包まれていた。
「花火するか」
「そうだね」
コンビニで買ってきた花火を開け、手持ち花火を数本やった後、打ち上げ花火に火を付けて打ち上げた。
色とりどりの花が咲いては散って、また咲いては散ってを繰り返していた。
花火は昔から大好きだった。割れ咲く時の体中に響く音も目がチカチカする程の眩い光も火薬の匂いも全部好きだ。視覚だけではなく、身体全部で感じれる花火が好きだった。でも、終わった後はいつも寂しかった。
打ち上げ花火が終わり、辺りが真っ暗闇に包まれて静かになり、浜に寄せられた波の音だけが聞こえた。
私の元へ戻ってきて、隣に座った場地は「儚ぇな」と声を漏らした。花火の事なのか、また別の事なのかは私には分からないけれど「そうだね」と返した。
「線香花火しよ」
「アレ、苦手なんだよなぁ」
「場地はすぐ動くから」
ブツブツと文句言いながらも、線香花火を取り出して先端に火を付けた。
先に落ちた方が罰ゲームか何かしようとか色々と話して、場地は嫌がっていたが線香花火の火の勢いが増してくると、黙って線香花火の光を見ていた。
そう言えば、線香花火は人間の人生を例えていると聞いた事がある。
線香花火は、起の牡丹、承の松葉、転の柳、結の散り菊の四つで構成されているそうだ。
蕾から始まり、命が宿ったかのようにどんどん大きくなって、力強く火花が散り出していく。
そして、やがて火の勢いは増して松葉のように火花が飛び出す。その後、一番静かな火花を出して、最後に散り行く。それが人生に例えられるそうだ。
松葉の段階で火の玉の勢いが強くてそこで燃え尽きてしまったり、散り菊に入ってから、長かったり。人の人生と同じように色々な終わり方がある。だから、線香花火は奥が深いと聞いた事がある。
「あ、やべぇ」
場地のその声に花火を見てみると、枝分かれした大きな花火が激しく揺れていた。そして、火花が静まる事無く、そのまま地面に落ちて燃え尽きた。
「早くない?」
「向いてねぇんだよな、こういうの」
私の線香花火は、菊の花びらのように小さな火花が静かに舞い、火の玉は静かに燃え尽きた。
私達を照らしていた小さな明かりが消え、また暗闇に包まれた。すると、場地は聞きたい事があると言った。彼の方を見ると、場地はまた言葉を続けた。
「もう少しで一虎が戻ってくる」
「そうだね」
お互い一虎の事を考えているのか、訪れた沈黙に俯いた。
「…私は、またみんなで馬鹿みたいにはしゃぎたいと思ってる。コレって我儘な願いかな?」
「多分、マイキーと一虎だってそう思ってる。でも、上手く自分の中で処理出来ねェんだよ」
マイキーがドラケンと喧嘩した時、言いかけた、「ただ、オレは…」の後はきっとそう。本当はただ、みんなと一緒に居たいだけ。
「すぐには無理かもしれねぇ。でも、オレらは生きている限り、分かり合える事は出来る」
「うん、でも、きっと簡単じゃないよね」
「どんなに難しくても、辛くても諦めねぇ。オレは、アイツらと一緒にやりてぇ事がまだ沢山あんだよ」
そう言って、立ち上がった場地はジーンズを膝上まで捲りあげ、海の中へ入っていった。
どんどんと奥に進んで行くのを見ていたら、場地が暗闇にそのまま飲み込まれて行ってしまいそうに感じて急に怖くなった。私も立ち上がって、場地の後を追って海に入った。
波を掻き分けて進む音に気付いたのか、静かに振り返った。振り返った彼は小さく笑っていた。その表情はどこか儚くて、今にも消えてしまいそうだった。消えないで…そう言葉にしようとしたが、それは飲み込んだ。
明るい話に戻そうと、さっきの罰ゲームの話題を振れば場地は心底嫌そうに顔を顰めた。「オレはやるなんて言ってねぇ」と言ってきたが、そんな事は知らないと突っぱねた。
「罰ゲームどうしようかなぁ」
「変なのにすんなよ」
「え?それは、フリですか?」
「違ぇよ!」
ムキになる場地を笑ってから、私は罰ゲームを再度考え始めた。罰ゲームという程ではないが、場地にずっと聞いてみたい事があった。
場地は凄い嫌がるかもしれないけれど、どうしても気になってしまう。
「あのさ、場地は私のどこを好きになってくれたの?」
「あ゛ぁ?」
「うわ、そんな嫌な顔しなくても」
この世の終わりとでも言いたそうな程の顔を見せて、私を睨み付けてきた。流石にちょっとだけ傷付くぞと言いたくなる。
ただ、本当に気になっただけ。別にこれと言って美人なワケでも可愛いワケでもないし、自信を持てる部分も特にない。場地はそんな私のどこを好いてくれているのか、疑問に思った。
「まぁ、言いたくないなら、それでもいいけどさ」
場地に向けてそう言えば、彼は無言で私の目の前までやって来た。そして、ジッと見下ろして「そうだな、一つに絞るなら…」と呟いてから、小さく息を吐いた。
「変わらないで居てくれるところ」
「え?」
「オレをオレとして、ちゃんと見てくれるところ」
「…一つじゃないじゃん」
「だな。でも、そんなとこにオレは救われた」
場地はこの二年間、変わってしまったモノ、自分が変えてしまったモノを取り戻そうともがいていた。それを一番近くで見てきた。救いたいと思っていた。
場地があまりにも優しい顔でそう言ってくれるものだから、思わず涙が滲んだ。
その表情から、どれだけ私を好きでいてくれているかを知る。目は口ほどに物を言うというけれど、本当にその通りだと思った。私を見つめてくれる瞳が言葉にしなくたって、好きだと言ってくれているように思えた。
「明日香、ありがとな」
「場地、大好き」
とめどなく流れ落ちる涙を拭う事もせず、笑顔を作ってそう告げると、場地は言葉の代わりに優しく包み込んでくれた。
場地の香りと温もりに包まれて、静かに伝わってくる鼓動を耳にしながら、彼に腕を回して抱き締め返した。
そんな私たちの間を優しい風が吹き抜けた。
その風は、夏が終わる匂いがした。