勿忘草
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場地が走り去った後を千冬としばらく見つめていると、鼻先にポツリと冷たいものが触れた。それは、ゆっくりから段々と早くなり身体全体に降り注いだ。予報では今日一日、晴れだった筈なのに降り出した雨に、何だか嫌な予感を生み出したような気がした。
「こっちで雨宿りしましょう!」
千冬の誘導で人混みから外れて、神社の裏にある小さな建物の下で雨宿りをしていると、千冬は小雨のうちに傘を買ってくると言って、近くのコンビニへと行ってしまった。私も一緒に行くと言ったのだが、折角の浴衣を雨で濡らすワケにはいかないから、ここで待っていてと断られてしまった。
一人で居ると、不安が募ってしまう。場地の事、東卍の事が心配で堪らない。
千冬と居れば少しは気が紛れるので、濡れても良いから千冬と一緒が良かった。
千冬が戻って来る間に雨は更に強くなって来てしまった。木々に落ちる雨音がやけに大きく聞こえ、この世界に一人ぼっちになってしまったような感覚に陥ってしまう。
「早く、千冬も場地も戻って来ないかな…」
そう呟くと同時にガサガサと足音が音がしたので、千冬が戻ってきたのかと思ったが、その足音は複数あり、すぐに千冬では無い事を察した。音のする方を覗き込むように顔を出すと、そこには数人の男達がいた。
この雨から逃れようとここまでやって来たのかと思ったが、その男達は雨宿りをする所か雨に打たれているのにも関わらずその場に立ち止まり、ヒソヒソと話をしていた。
様子がおかしいと思い、もう少し顔を出して目を凝らして見てみると、見慣れた東卍の特服を着ている男達と愛美愛主と書かれた特服を着ている人男達だった。
愛美愛主は、マイキーが言っていたパーちんが捕まる原因となったチームだったハズ。
でも、何で、東卍とそのチームが一緒にいるのかが分からない。もしかして、緊急の集合がかかったのはコレが原因なのかと色々と思考を巡らせる。
一瞬、脳裏に過ぎったのはマイキーとドラケン顔だったが、すぐに頭を横に振ってその考えを打ち消した。
マイキーとドラケンは仲直りしたのだから、内部抗争はもう起こらないとエマと話した。
だけど、雨音にかき消されそうな声だったのに嫌な程に私の耳に入って来た言葉。
"ドラケンを殺す"
全身が心臓になってしまったかのように身体中がドクドクと脈打ち始めた。
場地が呼ばれたのはこの事だと分かり、すぐに千冬に知らせた方がいいと思ったが、今、ここを動いたら会えなくなってしまうかもしれないので、無闇に動けないし、どうしようかと迷っていると、後ろから砂利を踏む音が聞こえて、体が強ばった。
「明日香さん、お待たせしました!」
後ろに居るのは千冬だと分かり、体の緊張は解けた。戻って来てくれたタイミングは良かったが、その大きな声はマズイ気がした。
慌てて千冬の口元を片手で塞いで、人差し指を口元に持っていき、静かにしてとジェスチャーするが千冬は不思議そうに首を傾げていた。
「あそこの男達がドラケンを殺すって話しているのが聞こえたの。どうなってるのか分からないけど、まずい状況だよ 」
小さな声でそう伝えれば、千冬は男達の居る方を覗き込んだ瞬間に目を見開いて、すぐに私の方に顔を戻して「明日香さん、今すぐ逃げて下さい」と緊張が含まれた声で言った。
意味が分からず、すぐに動く事が出来ずに立ち尽くしていると、建物の角からパンチパーマが覗いた。
先ほどの千冬の声で気が付いたようで、東卍と愛美愛主の特服を着た男たちが集まって来ていた。ジリジリと近づいて来る男達は、「話、聞かれたか?」、「壱番隊副隊長じゃん」、「女も一緒に殺っちまえ」と言っているのが聞こえた。
「走って!早く!!」
千冬の大声と共に背中を押され、反射的に走り出した。後ろからは男達の怒声が聞こえて来た。それと同時に殴るような鈍い音が聞こえ始めた。
ここに居ても足でまといになるので、私が出来る事は一刻も早く、人がいる場所に戻って助けを呼ぶ事。
動きづらい浴衣と下駄と雨で滑る地面に苦戦しながらも懸命に走った。階段を降りようとした瞬間に千冬の「やめろっ!!」と焦ったような怒声が聞こえ、思わず振り返ろうとすると、後頭部を掴まれた感覚がしたと同時に物凄い力で下に引っ張られるように視界が動き、そのまま頭を地面に叩き付けられてしまった。
階段の近くだったせいで、額がぶつかった場所が最悪な事に階段の角で鈍い音と共に額に激痛が走った。そして、ジワジワと温かいものが広がっていくのを感じた。
身体を動かそうにも男の力が強くてその手から抜け出せなくて、もがいていると男が突然、呻き声を上げたと思ったら、抑えられていた頭がスっと軽くなった。
「明日香さん!大丈夫ですか!?」
その声と共に抱き抱えられ、起こされた私の視界には焦った千冬の顔が映りこんだ。大丈夫だと答えたいが声が上手く出せず、強く頭を打ち付けたせいでクラクラとして、視界が霞んで見える。
意識が朦朧とする中で千冬が唇を強く噛み締めた後、「今、病院に運びます」と悔しさの篭った声で呟いて、私を背負った。
千冬に背負われ、走り出した揺れを感じたのと同時に私は目を閉じた。
*
目を覚ますと、真っ白な天井が視界に飛び込んで来た。鼻を刺すような消毒の匂いに顔を顰める。
ここはどこだろうか。どこに居るのか確認しようと体をゆっくり起こせば、ベッドの横で椅子に座っていた、場地と千冬が驚いたように目を見開いて私の顔を見た。
「明日香さん!よかった…目が覚めて」
「ここは?」
「病院です。治療も終わって、目が覚めるのを待ってたんです。なかなか、目を覚まさないから、心配しました」
「そっか」
千冬は眉を下げて瞳を揺らしながら、最後に見た時と同じように唇をぎゅっと噛みしめていた。そして、勢いよく頭を下げた。
「すみませんでした!オレ、近くに居たのに…怪我を負わせてしまって」
「大丈夫だから気にしないで。頭なんて下げなくていいから」
そう言っても、なかなか頭を上げない千冬の肩に手を置いて「お願いだから、もう顔を上げて」と言えば、ゆっくりと顔をあげた。
千冬は子供のように顔をクシャッとして泣くのを堪えながら私と目を合わせた。
「そんな、情けない顔しないの」
「でも、オレ…」
「軽い怪我だし、どうって事ないよ」
「場地さんにも頼むって言われてたのに。場地さん、明日香、本当にすみませんでした」
「千冬はすぐに助けてくれたでしょ?ありがとね」
私が口角を上げれば、千冬は少しだけ表情を緩めた。そこで、私はある事を思い出した。
すっかり記憶が飛んでしまっていたが、こうなった原因を思い出し、嫌な汗が瞬時に吹き出す。
「ドラケンは、無事なの!?」
一番大事な事を忘れてしまっていた。私の問いに場地は表情を変えずに、ジッと私の顔を見た。その表情からはなにも読み取れなくて、不安が胸を占め、沈黙が流れる。
「テメェは人の心配より自分の心配しろよ」
「だって、私は生きてるし…」
「…ドラケンは、今、手術中だ。最悪の場合も覚悟してくれってよ」
「ウソ…。そんな状況なのに、何で二人共ここにいるの?ドラケンの所に行かなきゃ!」
「何でってオマエの事も心配だったからに決まってんだろ」
「私の怪我は軽いでしょ?ドラケンの方が大事だよ!」
「ドラケンも大事だが、オレにとっては、オマエも大事なんだよ。そんくらい分かれよ」
「あ…ごめん…」
苦しそうな表情で絞り出すように言葉を放った場地にそれ以上は何も言えなくなってしまい、俯いた。
「それに、マイキーにドラケンの事はオレらに任せて明日香に付いててやれって言われてる」
「ごめんね、心配かけて」
「別に」
場地は視線を足元に落として、また俯いてしまった。何か言葉をかけようと思っても、言葉が見つからず、また沈黙が訪れた。
すると、慌ただしい足音が廊下から聞こえて来たので私たちは顔を上げた。
そして、ドアが勢いよく開き、病室に駆け込んで来た人が居た。肩を上下させながらドア付近に立っているのは、三ツ谷だった。
「明日香!目が覚めたのか?良かった」
「三ツ谷にもご心配おかけしました」
「無事で良かったよ」
「で、何だよ、三ツ谷ぁ?」
「ドラケンが一命を取り留めたって。手術は成功だ」
目元を光らせて、嬉しそうに話す三ツ谷の言葉に嬉しさと安堵が入り交じり、私も涙が浮かぶ。全身から力が一気に抜けたような気がした。場地と千冬も肩の力を緩めたように見えた。
三ツ谷は「今から、外で待機してるヤツらに報告してくる!」と言って、またバタバタと慌ただしく病室を出て行った。
「千冬、オマエも三ツ谷と一緒に外行ってろ。オレらもすぐ行くから」
「あ、はい。じゃあ、お先に失礼します」
千冬が一礼をして病室を出ていくのを見送った。私たちも一緒に行けば良いのに、何で千冬だけを先に行かせたのだろうと、考えていれば、場地は椅子から立ち上がってベッドの端に腰を下ろし、私を強く抱き締めた。
「場地…?どうしたの?」
場地は何も答えはしなかった。だけど、微かに震えているのが分かった。強い力で抱き締められて少し苦しけど、その苦しさも心地良かった。自分がちゃんと生きているって思えたから。
「…オマエもドラケンも居なくなったらって考えた」
「うん」
「そしたら、凄ェ怖かった。悲しかった。こんな想いをマイキーにさせちまったんだって思った…」
弱々しい声でそう言う場地を優しく抱き締め返した。真一郎くんの事を言っているのだろう。
もうすぐで三回忌。もう、二年が経った。それでも、たった二年では、誰一人として傷は癒えてないことを知る。
「これ以上、誰も失いたくねぇって思ったんだ」
場地は更に抱き締める力を強めた。私もそれに応えるように力を強めた。不意に場地が腕の力を緩め、身体をゆっくりと離して私の顔を見つめた後、額同士をコツンとくっ付けた。
「…無事で良かった」
場地は凄く優しい声でそう呟いた。その声に涙がボロボロと溢れて来てしまった。
泣いている私を宥めるように、背中を優しく撫でてくれて、それに安堵して更に涙をこぼした。
泣き止んだ頃に場地の顔を見上げると、彼は私の瞳を覗き込み、泣き止んだのを確認してから口を開いた。
「外、行くか」
「うん」
微笑み合ってから場地が私の手を取り、ベッドを抜け出して病室を出た。外に出れば、東卍のメンバー全員が居て、ドラケンの無事を大いに喜んでいた。その様子に私も心からホッとした。場地も安心したかのような表情を浮かべていた。
フと空を見上げれば、雨は上がっていた。
「こっちで雨宿りしましょう!」
千冬の誘導で人混みから外れて、神社の裏にある小さな建物の下で雨宿りをしていると、千冬は小雨のうちに傘を買ってくると言って、近くのコンビニへと行ってしまった。私も一緒に行くと言ったのだが、折角の浴衣を雨で濡らすワケにはいかないから、ここで待っていてと断られてしまった。
一人で居ると、不安が募ってしまう。場地の事、東卍の事が心配で堪らない。
千冬と居れば少しは気が紛れるので、濡れても良いから千冬と一緒が良かった。
千冬が戻って来る間に雨は更に強くなって来てしまった。木々に落ちる雨音がやけに大きく聞こえ、この世界に一人ぼっちになってしまったような感覚に陥ってしまう。
「早く、千冬も場地も戻って来ないかな…」
そう呟くと同時にガサガサと足音が音がしたので、千冬が戻ってきたのかと思ったが、その足音は複数あり、すぐに千冬では無い事を察した。音のする方を覗き込むように顔を出すと、そこには数人の男達がいた。
この雨から逃れようとここまでやって来たのかと思ったが、その男達は雨宿りをする所か雨に打たれているのにも関わらずその場に立ち止まり、ヒソヒソと話をしていた。
様子がおかしいと思い、もう少し顔を出して目を凝らして見てみると、見慣れた東卍の特服を着ている男達と愛美愛主と書かれた特服を着ている人男達だった。
愛美愛主は、マイキーが言っていたパーちんが捕まる原因となったチームだったハズ。
でも、何で、東卍とそのチームが一緒にいるのかが分からない。もしかして、緊急の集合がかかったのはコレが原因なのかと色々と思考を巡らせる。
一瞬、脳裏に過ぎったのはマイキーとドラケン顔だったが、すぐに頭を横に振ってその考えを打ち消した。
マイキーとドラケンは仲直りしたのだから、内部抗争はもう起こらないとエマと話した。
だけど、雨音にかき消されそうな声だったのに嫌な程に私の耳に入って来た言葉。
"ドラケンを殺す"
全身が心臓になってしまったかのように身体中がドクドクと脈打ち始めた。
場地が呼ばれたのはこの事だと分かり、すぐに千冬に知らせた方がいいと思ったが、今、ここを動いたら会えなくなってしまうかもしれないので、無闇に動けないし、どうしようかと迷っていると、後ろから砂利を踏む音が聞こえて、体が強ばった。
「明日香さん、お待たせしました!」
後ろに居るのは千冬だと分かり、体の緊張は解けた。戻って来てくれたタイミングは良かったが、その大きな声はマズイ気がした。
慌てて千冬の口元を片手で塞いで、人差し指を口元に持っていき、静かにしてとジェスチャーするが千冬は不思議そうに首を傾げていた。
「あそこの男達がドラケンを殺すって話しているのが聞こえたの。どうなってるのか分からないけど、まずい状況だよ 」
小さな声でそう伝えれば、千冬は男達の居る方を覗き込んだ瞬間に目を見開いて、すぐに私の方に顔を戻して「明日香さん、今すぐ逃げて下さい」と緊張が含まれた声で言った。
意味が分からず、すぐに動く事が出来ずに立ち尽くしていると、建物の角からパンチパーマが覗いた。
先ほどの千冬の声で気が付いたようで、東卍と愛美愛主の特服を着た男たちが集まって来ていた。ジリジリと近づいて来る男達は、「話、聞かれたか?」、「壱番隊副隊長じゃん」、「女も一緒に殺っちまえ」と言っているのが聞こえた。
「走って!早く!!」
千冬の大声と共に背中を押され、反射的に走り出した。後ろからは男達の怒声が聞こえて来た。それと同時に殴るような鈍い音が聞こえ始めた。
ここに居ても足でまといになるので、私が出来る事は一刻も早く、人がいる場所に戻って助けを呼ぶ事。
動きづらい浴衣と下駄と雨で滑る地面に苦戦しながらも懸命に走った。階段を降りようとした瞬間に千冬の「やめろっ!!」と焦ったような怒声が聞こえ、思わず振り返ろうとすると、後頭部を掴まれた感覚がしたと同時に物凄い力で下に引っ張られるように視界が動き、そのまま頭を地面に叩き付けられてしまった。
階段の近くだったせいで、額がぶつかった場所が最悪な事に階段の角で鈍い音と共に額に激痛が走った。そして、ジワジワと温かいものが広がっていくのを感じた。
身体を動かそうにも男の力が強くてその手から抜け出せなくて、もがいていると男が突然、呻き声を上げたと思ったら、抑えられていた頭がスっと軽くなった。
「明日香さん!大丈夫ですか!?」
その声と共に抱き抱えられ、起こされた私の視界には焦った千冬の顔が映りこんだ。大丈夫だと答えたいが声が上手く出せず、強く頭を打ち付けたせいでクラクラとして、視界が霞んで見える。
意識が朦朧とする中で千冬が唇を強く噛み締めた後、「今、病院に運びます」と悔しさの篭った声で呟いて、私を背負った。
千冬に背負われ、走り出した揺れを感じたのと同時に私は目を閉じた。
*
目を覚ますと、真っ白な天井が視界に飛び込んで来た。鼻を刺すような消毒の匂いに顔を顰める。
ここはどこだろうか。どこに居るのか確認しようと体をゆっくり起こせば、ベッドの横で椅子に座っていた、場地と千冬が驚いたように目を見開いて私の顔を見た。
「明日香さん!よかった…目が覚めて」
「ここは?」
「病院です。治療も終わって、目が覚めるのを待ってたんです。なかなか、目を覚まさないから、心配しました」
「そっか」
千冬は眉を下げて瞳を揺らしながら、最後に見た時と同じように唇をぎゅっと噛みしめていた。そして、勢いよく頭を下げた。
「すみませんでした!オレ、近くに居たのに…怪我を負わせてしまって」
「大丈夫だから気にしないで。頭なんて下げなくていいから」
そう言っても、なかなか頭を上げない千冬の肩に手を置いて「お願いだから、もう顔を上げて」と言えば、ゆっくりと顔をあげた。
千冬は子供のように顔をクシャッとして泣くのを堪えながら私と目を合わせた。
「そんな、情けない顔しないの」
「でも、オレ…」
「軽い怪我だし、どうって事ないよ」
「場地さんにも頼むって言われてたのに。場地さん、明日香、本当にすみませんでした」
「千冬はすぐに助けてくれたでしょ?ありがとね」
私が口角を上げれば、千冬は少しだけ表情を緩めた。そこで、私はある事を思い出した。
すっかり記憶が飛んでしまっていたが、こうなった原因を思い出し、嫌な汗が瞬時に吹き出す。
「ドラケンは、無事なの!?」
一番大事な事を忘れてしまっていた。私の問いに場地は表情を変えずに、ジッと私の顔を見た。その表情からはなにも読み取れなくて、不安が胸を占め、沈黙が流れる。
「テメェは人の心配より自分の心配しろよ」
「だって、私は生きてるし…」
「…ドラケンは、今、手術中だ。最悪の場合も覚悟してくれってよ」
「ウソ…。そんな状況なのに、何で二人共ここにいるの?ドラケンの所に行かなきゃ!」
「何でってオマエの事も心配だったからに決まってんだろ」
「私の怪我は軽いでしょ?ドラケンの方が大事だよ!」
「ドラケンも大事だが、オレにとっては、オマエも大事なんだよ。そんくらい分かれよ」
「あ…ごめん…」
苦しそうな表情で絞り出すように言葉を放った場地にそれ以上は何も言えなくなってしまい、俯いた。
「それに、マイキーにドラケンの事はオレらに任せて明日香に付いててやれって言われてる」
「ごめんね、心配かけて」
「別に」
場地は視線を足元に落として、また俯いてしまった。何か言葉をかけようと思っても、言葉が見つからず、また沈黙が訪れた。
すると、慌ただしい足音が廊下から聞こえて来たので私たちは顔を上げた。
そして、ドアが勢いよく開き、病室に駆け込んで来た人が居た。肩を上下させながらドア付近に立っているのは、三ツ谷だった。
「明日香!目が覚めたのか?良かった」
「三ツ谷にもご心配おかけしました」
「無事で良かったよ」
「で、何だよ、三ツ谷ぁ?」
「ドラケンが一命を取り留めたって。手術は成功だ」
目元を光らせて、嬉しそうに話す三ツ谷の言葉に嬉しさと安堵が入り交じり、私も涙が浮かぶ。全身から力が一気に抜けたような気がした。場地と千冬も肩の力を緩めたように見えた。
三ツ谷は「今から、外で待機してるヤツらに報告してくる!」と言って、またバタバタと慌ただしく病室を出て行った。
「千冬、オマエも三ツ谷と一緒に外行ってろ。オレらもすぐ行くから」
「あ、はい。じゃあ、お先に失礼します」
千冬が一礼をして病室を出ていくのを見送った。私たちも一緒に行けば良いのに、何で千冬だけを先に行かせたのだろうと、考えていれば、場地は椅子から立ち上がってベッドの端に腰を下ろし、私を強く抱き締めた。
「場地…?どうしたの?」
場地は何も答えはしなかった。だけど、微かに震えているのが分かった。強い力で抱き締められて少し苦しけど、その苦しさも心地良かった。自分がちゃんと生きているって思えたから。
「…オマエもドラケンも居なくなったらって考えた」
「うん」
「そしたら、凄ェ怖かった。悲しかった。こんな想いをマイキーにさせちまったんだって思った…」
弱々しい声でそう言う場地を優しく抱き締め返した。真一郎くんの事を言っているのだろう。
もうすぐで三回忌。もう、二年が経った。それでも、たった二年では、誰一人として傷は癒えてないことを知る。
「これ以上、誰も失いたくねぇって思ったんだ」
場地は更に抱き締める力を強めた。私もそれに応えるように力を強めた。不意に場地が腕の力を緩め、身体をゆっくりと離して私の顔を見つめた後、額同士をコツンとくっ付けた。
「…無事で良かった」
場地は凄く優しい声でそう呟いた。その声に涙がボロボロと溢れて来てしまった。
泣いている私を宥めるように、背中を優しく撫でてくれて、それに安堵して更に涙をこぼした。
泣き止んだ頃に場地の顔を見上げると、彼は私の瞳を覗き込み、泣き止んだのを確認してから口を開いた。
「外、行くか」
「うん」
微笑み合ってから場地が私の手を取り、ベッドを抜け出して病室を出た。外に出れば、東卍のメンバー全員が居て、ドラケンの無事を大いに喜んでいた。その様子に私も心からホッとした。場地も安心したかのような表情を浮かべていた。
フと空を見上げれば、雨は上がっていた。